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朝日差し込む南国のキッチンで、はルードが残したメニュー通りに朝食を準備する。
カウンターになっているキッチンの向かいでは、疲れがとれてすっきりした顔のレノが、珈琲を片手に朝の海を眺めていた。


「レノ、昨夜遅くに来客があったのですが、それについてツォンから連絡は来ていますか?」
「石にしたってやつなら、さっき連絡がきたぞ、と。後でツォンさんが回収しにくるらしい。石化はその時に解除してくれよ、と」

「わかりました。では、ルーファウスには玄関ではなくビーチの方から出入りしてもらいますね。それと、来客の際に玄関にあったルーファウスの靴が濡れてしまって、生乾きのような匂いがしたので、洗ってしまいました。もう乾いていますが、確認をお願いできますか?勝手をしてすみません」
「……自分で洗っちまったのか。了解、と。ちょっと確認してくるぞ、と」


カップをテーブルに置いたレノは、足早に靴を確認しに向かう。
玄関から、感心したような彼の声が聞こえて、が内心胸を撫でおろしていると、玄関を開ける音の直後レノの驚いた声が聞こえた。
夜闇の中でもあの石像は不気味だったが、明るい陽の下でみれば、あの石像の異様さは更によくわかるだろう。

戻ってきたレノに聞けば、やはりあの石像は、ルーファウスに執心な女性で間違いないらしい。
彼女が行方知れずだという問題が片付いて良かったじゃないかと言うの笑みの柔らかさと、石にされた女性の恐怖と驚愕に染まる顔の差に、レノは生温かい笑みを返すしかできなかった。




Illusion sand ある未来の物語 70



「ルーファウス、今日は少し海の方へ行きませんか?」
「せっかくの誘いだが、先にお前の水着姿を見るのは、セフィロスに申し訳ない」

「いえ、遊ぶのではなく、沖にいる新種の魔物が陸に近づいてきているので、早めに始末しようかと思いまして。どうやら手足が長いタイプだった上、早めに始末しなければ海岸にいる人間達に被害が出そうなのです」
「そうか……では、今日は砂浜で過ごすとしよう」

「ありがとうございます。逃げられなければ、5分ほどで始末できますので、のんびりと羽を伸ばしてくださいね」
「人々が恐れ手こずる魔物も、お前にとっては片手間か……頼もしいが、空しくもなる」

「金も労力も使わず、もののついでで魔物を狩ってもらえるんですから、幸運だと喜んでくださいな」


しれっと言い放って、浜辺に続くベランダを開けたに、ルーファウスは苦笑いと共に頭を振ると外へ出る。
朝の空気が残る砂浜は、昨夜の嵐のおかげもあって涼しい風が吹き、夜の海のように過ごしやすい。
理由はどうあれ、良い時間に誘ってもらったと思いながら、ルーファウスはが砂を落としたビーチチェアに腰を下ろした。

断りを入れ、波打ち際に歩いて行ったは、沖の方を眺めてゆっくりと視線を左右に動かす。
ただ海を眺めているだけにしか見えない後ろ姿を、何とはなしに眺めていたルーファウスは、彼女の周りの空気……否、魔力が陽炎のように揺らめいているのに気が付き、素直に感心した。
その後も何度か沖を見回したは、宣言通り5分もしないうちに事を終わらせて、ルーファウスの傍に戻ってくる。
結果など聞くまでもないと判断して、彼女に隣の椅子を勧めたルーファウスは、この数日ですっかり気に入った竪琴の音色を求めた。





「これは酷いな……」


からの連絡を受け、コテージに戻ってきたツォンは、玄関前に立つ女性の石像に思わずつぶやく。
恐怖と驚愕に歪んだ顔はもちろんだが、嵐の中を放置していたせいで、その体や頭には木の葉などのゴミがひっかかり、大きく開かれた口の中には砂まで入っていた。
ツォンが覚えている限り、この女性はそれなりに綺麗な顔をしていたはずだが、表情のせいで見る影もない。

移動するために持ち上ようと手をかけたが、大の男とはいえ老年に差し掛かったツォンの力では引きずるのがせいぜい。
下手に破損しては厄介な事になると判断し、を探すためにコテージへ入ると、台所から顔を出しているレノと目が合った。

「レノ、石像の回収に来た。と社長はどこにいる?」
「2人なら、浜辺で竪琴弾いてますよ、と」

「……そうか。特に変わりはなかったか?」
が、沖にいた新種の魔物を狩ってくれた以外は、何もありませんよ、と」

「十分だ。レノ、少しの間、と交代してくれ。ジュノンに運ぶには、先に石化を解除する必要がある」
「了解、と」

珈琲片手に休憩中だったようだが、昨日より格段に顔色が良くなったレノに、ツォンは少しだけ安堵しながら頼むと、一足先に玄関へ戻る。
とりあえず、石像についた大きなゴミを払うが、口内や耳についた砂を取るのは限界がある。
石化が解除されてから、自分でやってもらおうと諦めると、玄関の扉が静かに開いてが顔を出した。


「ツォン、お疲れ様です」
「ああ。護衛の任、手伝ってくれて助かった。彼女は、石化させる前に何か言っていたか?」

「いえ、私はルーファウスの部屋の前で不寝番をしていましたから、何も聞いていませんね」
「そうか。とりあえず、鍵は閉めてくれ。それと、解除をしたら、暴れだす可能性がある。怪我をしないように拘束を頼む」

「わかりました。では、こちらが石化を解除する『金の針』です。目玉に思いっきりブッ刺してあげてください」
「…………」


それは本当に回復アイテムなのか?
笑顔で恐ろしい事を言いながら、金色の小さな針を掌に載せて見せたに、ツォンは動きを止めると針・・石像の目に何度か視線を走らせる。
回復のためならやむなしと思うか、それとも石像の女性に怪我をさせられないからと別の方法を求めるか。
当然良い気分ではないが、仕事ならば仕方ない。
諦めて針に手を伸ばしたツォンだったが、しかしその指は手を軽く握ったに阻まれ、針に触れることはできなかった。


「……なんてね。すみません、冗談ですよ、ツォン」
「っ……こんな時にからかうな」

「ええ。でも……ただ嵐を一晩過ごしただけで石化を解除するのでは、懲りてくれないのではないかと思いまして」
「…………まさか、石化中は、意識はあるのか?」

「勿論ありますよ?石なのですから、睡眠や気絶なんてないでしょう?」
「…………」


柔らかな笑みを作りながら、小首を傾げて言ったに、ツォンは眉を顰める。
そのまま石像の顔を覗き込んだに、何をするのか様子を見ていると、彼女は口元の笑みはそのまま、しかし冷ややかな目で石の瞳を見つめた。

「鍵開けに、そう時間がかかっていませんでしたし、初めてではないのでしょう?」
「社長にだけでも、留守中含めて3回だ」

「その口ぶり、前科があるようですね。しかし、ルーファウスのそばにはタークスがいるというのに、3回もですか。どおりで、ルーファウスがやつれているはずです。やはりただで返すのはやめた方がよさそうだ」
、彼女は無傷で返さなければならない。無力化はさせても危害を加える事は避けろ」

「ツォン、彼女が見つかった事、先方にはまだ連絡していないのでしょう?もしかしたら、この石像は偽物で、本人はこことは違う場所で不慮の事故にあっている……なんて可能性はありませんか?」
「残念だが、彼女は護衛を連れてコスタに来ている。今更それは通じない」

「護衛?彼女が石になっても、誰も助けに来ませんでしたよ?もしや、彼女は人望が無いのでしょうか?可哀想ですね」
「護衛は一昨日お前達が倒した。船の中で襲ってきた奴らがそれだ」

「え?ああ、あの、何をしたいのか分からないくらい弱い……おっと失礼。護衛の質は、対象の評価が如実に出ますから……ふふふっ。そうですね、まあ……ふふっ、相手からの嫌悪も気づかず追い掛け回す人間の護衛なら、妥当なところでしょうねぇ」

あからさまに嘲笑して見せたに、ツォンは彼女がやろうとしている事を何となく理解し、そっと1歩引く。
金の針を指先で弄び、針先で石像の頬や首をなぞるは、時折思い出したように石の瞼に針先を滑らせた。


「金の針は、別にどこに刺しても効果があるんですよ。指先だろうと、髪の毛だろうと、針先が石の中に入りさえすれば問題ないんです。まあ、わざわざ刺さなくてもエスナで解けますけどね」

言いながら、は針で石像の鼻を軽く叩く。


「でも、それだと貴方のような方は懲りてくれないでしょう?ルーファウスに拒絶されている事も理解できず、周りが理屈で説得しても理解できない程度の生物は、原始的な方法で理解させるしか無いと思うんですよね」

朗らかに笑ったかと思った直後、は石像の鼻に深々と金の針を突き刺す。
前触れなく行われた凶行に、ツォンが目を見開くと同時に、針は金色の光の粒となって砕け、石像が人間へと戻る。

「っひ……ぅっゲッホッ!ゲホッガハッ!ゲホっ!」
「おや、いきなり息を吸い込んだせいで、口の中の砂まで吸い込んでしまったようですね。大丈夫ですか?」

「ェッホッ!ご、ごないで!ゲホッ!ごっちこないで!ゲホッ!!」
「まあそう言わずに。砂を吸うのは苦しいですよね。ほら、お水……おや、ありませんね。ですが、嵐の中をいらしたおかげでびしょぬれですし、ご自身の髪の水分があれば大丈夫ですよね?」

「ぞんなわげなぃ!ゲホッ!お水!ゲッホ!ちょうだい!」
「いえいえ、あのルーファウスが逃げたくなるくらい追い掛け回す根性があるのですから、これくらい大丈夫です。……ね、大丈夫なんですよ」

「嫌っ!ごないで!!」
「おや、私は嵐の中を不法侵入した貴方の石化を解いてさしあげたんですよ?どうしてそんなに怯えているんです?でも大丈夫ですよね。貴方も、嫌がるルーファウスを追い回していたそうですから、ご自分が嫌がる相手に寄って来られても、かまいませんよね?」


一つ目の恐ろしい獣で石化させた上、嵐の夜に一晩中外へ放置し、針で目を刺すだの痛みで理解させるだの言う相手に、逃げるなという方が無理である。
玄関前でする事ではないな……と思ったツォンだったが、これでこの女性が大人しくなってくれるなら御の字だと考えて、辺りに人がいないか見張るだけにした。

その間には、苦しそうに咳き込む女性の背を優しくさすり、水が入ったボトルを女性に渡している。
怯えながらも、少しホッとした顔で貰った水を口に含んだ女性に、は『よく毒を疑わず口にするものだ』と笑って言い、驚いて吐き出した女性に、軽い冗談だと言って過剰なほど慈愛溢れる微笑みを向けていた。

セフィロスは、のこんな面を知っていて結婚したのだろうか。だとすれば、全く好みが理解できないと思いながら、ツォンは時計を確認する。
車で待っているルードに、もう少し時間がかかる事を連絡している間に、は女性に対し『貴方はルーファウスに嫌悪感を持たれるくらい嫌われているんだよ』と、親切丁寧に説明していた。
必死で反論しようとする女性に優しい声で頷き、けれど『嫌われているよ』と何度も念押しする声を聞いていると、他人事なのに胸がギュッっとなってくる。


「うーん。駄目ですね。彼女、本当に何を言っても理解しようとしない。ツォン、さぞ大変だったでしょう?」
「そうだな……そろそろ時間だ」
「嫌!私はここでルーファウスとバカンスするの!絶対帰らないから!!アンタ達だけで帰りなさいよ!」

「とりあえず、面倒になってきたので、不幸なの事故を起こしていいですか?」
「気持ちはわかるが、駄目だ」
「ねえ、ルーファウスはどこにいるの?彼は私の事待ってるんだから、早く案内して!」

「何をどうしたらこう言い切れるんでしょうね?この子、私のようにルーファウスから求婚された事があるわけでもないのでしょう?」
「勿論だ。だが、社長は君に求婚した事があったのか」
「嘘!嘘!ルーファウスは私と運命で結ばれてるの!私以外にプロポーズなんかしない!何なのアンタ!?嘘つかないでよこのブス!」

「黙れ馬糞面。モルボル以下の顔で美醜を語るな。ルーファウスに求婚されたのは、随分前ですよ。私が色々な所から目を付けられていた時に、妻になる気はないか?と。懐かしいですねぇ」
「……そうか」
「ば、馬糞ヅラって何!?私はそんな顔じゃない!モルボル以下でもない!アンタの方がよっぽど……よっぽど…………」

「馬糞が喋るな。臭いが移る」
「…………」
「……ち、違う!馬糞じゃない!この……このブス!ブスブスブス!!」


でもブス呼ばわりは腹が立つんだな……と思いながら、ツォンは女の争いに余計な口を挟まないと決める。
ルーファウスからの求婚と聞いて驚いたが、達が最初に死ぬ前に身の安全のためというなら、あり得ることだと納得した。
目の前で争う女性二人を客観的に見比べても、好みや身だしなみを差し引いたところで、美醜はに軍配が上がるだろう。
女性の方も、決してモルボル以下の顔でも不細工でもないのだが、流石に相手が悪すぎた。

言い返す言葉が思い浮かばなくなったのか、女性は涙目になりながらひたすらに向かってブスブス繰り返している。
ゴミどころか、本当に馬糞を見るような目で女性を見て始末を考えている様子のに、ツォンがそろそろ止めるべきかと考えていると、騒ぎが気になったらしいルーファウスが浜辺の方から歩いてくるのが見えた。

ルーファウスの後ろをついてくるレノが、口の動きで止めてくれと必死に言っているので、多分彼は制止に失敗したのだろう。
過剰な付きまといに、顔を合わせる価値なしと断じていたルーファウスだったが、を罵倒する声には流石に放置できなかったようだ。
女性はに噛みつくことに夢中で、まだルーファウスに気づいていない。
だが、興奮状態の女性の前に姿を見せるのは悪手。
しかし、いくら護衛を頼んだとはいえ、ルーファウスは自分のせいで友人が、しかも女性であるが容姿を罵倒されてたのに見過ごす人間ではない。

想像しうる中で最悪のパターンを想定しながら、ツォンは視線でルーファウスを制止する。
だが、当然止まる気がないルーファウスに、ツォンは今すぐ女性の目と口を封じなければと視線を戻した。

そして目にしたのは、無表情のに顔面を蹴り上げられて沈黙する女性である。
その瞬間を見ていたルーファウス達も驚いて足を止め、まずいものを見たという顔でツォンに視線を向けてきた。
そんな顔で見られても、こちらだってどうしようもない。

戸惑っている間に、はその場に膝をつくと、何が起きたか理解できずに呆然とする女性の髪を掴み上げていた。
同性とはいえ、女性の顔を容赦なく血まみれにしながら普通に回復魔法で元に戻すに、ツォンは久々に背筋が寒くなる。
いや、背筋が寒いのはの行動ではなく、その怒りの雰囲気のせいだろうか。

傷が癒えた事で、やっと何が起きたか理解したらしい女性は、悲鳴を上げてから距離を取ろうとする。
だがその前に、その体はの魔法で再び石になり、恐怖に染まった表情のまま固まってしまった。


「お前の美的感覚が独特だろうと、私が美しいのは純然たる事実だ。二度と醜女呼ばわりするな。不愉快だ」


凄い台詞と共に、は手に出した金の針を石になった女性の目に深々と突き刺した。
再び針が金の粒となって消え、女性の石化が解けたが、彼女は大きな悲鳴を上げて無傷の目を両手で押さえる。

突然始まった痛みを伴わない拷問に、ツォンは止めるか続けさせるか一瞬迷う。
今止めれば、一応女性は無傷だし、この暴行も、女性とルーファウスの友人であるの個人的な喧嘩として逃げられる。
続けさせれば、女性の心をへし折る事で、二度とこちらに関わりたくないと思わせることができる。
両方のメリットとデメリットを比較しかけた瞬間、また女性の悲鳴が途切れ、の手に金の針が光った。

、待て、やめろ!」
「お断りします。ツォン、言葉が通じないのであれば、コレはもはや獣と同じ。ならば、痛みで躾けるの常套です」

「気持ちはわかるが、我々がするべきは交渉だ」
「それを最初に蹴ったのは彼女自身では?その上、ルーファウスの近親者への襲撃、押し掛けに不法侵入までしているのです。ツォン、貴方の目に、彼女がその件を反省しているように見えますか?」

「必用なのは反省ではない」
「……そうですね。確かに、反省は必要ない」

「躾でもない」
「ええ。必用なのは、理解です」

だめだこの女()全然わかっていない。
理解が必要なのはお前もだと思っている間に、は女性が抑えていない方の目に金の針を突き刺した。
再び石化が解けた女性が悲鳴を上げ、またすぐに石化されて、両目を覆った女性の頬をが金の針で撫でる。


「悲鳴を上げたら、そのたびに石化して目玉に針を刺します。嫌なら叫ばないようにしてくださいね」


とんでもねぇ奴に協力を頼んでしまった。
奇行はあったとしても箱入りなお嬢さんを相手に、当たり前の顔で拷問宣言しているに、ツォンは激しい眩暈を覚える。
一方のは、外野が慌ただしいのを完全に無視し、女性の口にハンカチを詰めると、目を覆っている手に針先を刺して石化を解除した。
に言われた上、口まで塞がれた女性は、今度は悲鳴を上げずガタガタと震えながら身を縮こまらせている。
無抵抗になった女性に、は手早くその手首を縛り、口に入れたハンカチを取り出した。


「ねえ、貴方、何故船で私たちを襲ったのですか?よもや、ルーファウスの周りの人間をすべて排除すれば、彼が自分に縋り付いてくるとでも思いましたか?
ルーファウスは貴方を心底嫌悪していますから、天地がひっくり返ってもそんな事は起きませんよ?
彼はね、私たちの大事な友人なんです。彼に仇をなすなら、私はその度に貴方の前に現れますよ?
貴方が今生きているのは、ルーファウスが交渉の姿勢を捨てていないからです。そうでなければ、石化の解除などせず、そのまま海に捨てていますよ。
でも勘違いしないで下さいね。
それはルーファウスが貴方に好意をもっているのではなく、神羅とWROの関係を考えているからです。
貴方の事は、話題にしたくないくらいには嫌っているんですよ。
現に、私は彼の口から貴方の名前が出たのを聞いたことがありません。
そもそもね、ルーファウスは女性の理想がすこぶる高いんです。彼の眼鏡に適う女性なんて、そうそういないんですよ。彼の性格を考えれば、分かるでしょう?
ああ、貴方、嫌がる彼を追いかけるばかりで、性格を知るほど仲良くなんてありませんでしたっけ。ふふっ。ごめんなさい。
ですからね、貴方はご自分の容姿に自信があるようですが、面識がほぼない状態でルーファウスに特別な好意を持ってほしいなら、私くらい美しくなければ無理ではないでしょうか。
ああ、そうそう思い出しました。
私とルーファスが初めて会ったのはこのコスタの町だったんですがね、彼、私を見て開口一番に『美しい』って言ったんです。そのあと……ん?もしかして私、ルーファウスから2度も求婚されて……あ、ごめんなさい。ふふふっ、これ以上は内緒です。
ですからね、何度でも言ってさしあげますけれど、最低でも私と並んで見劣りしない程度の容姿が必要なんですよ。でも……ふふっ……貴方では、ちょっとねぇ……。
違うと思うなら……ああ、そもそも、私を醜女呼ばわりする貴方とルーファウスとでは、美的感覚は合わないようですね。
そんな貴方が自信をもってルーファウスに言い寄ったところで、好意を持ってもらうなんて不可能。それどころか、嫌われていく一方なだけなんですよ。
それでもまだ彼につきまとうなら、私とも長い付き合いになるでしょう。どうぞ、よろしくおねがいしますね」


女性が怯えて言葉を挟めないおかげで、は言いたい放題の煽り放題である。
女性の意識を、ルーファウスからへの敵意へ誘導しているのは分かるが、それ以上にブス呼ばわりされたことに怒っているのは明らかだった。
荒ぶる女を制止するなら、レノの方が得意だろうとツォンは目をやるが、赤毛の部下はルーファウスを連れて、そさくさと海の方へ戻っていく。
この状態のと二人にするなと内心叫びながら、どうやったらを落ち着かせられるか考えたツォンは、慌てて携帯を出すとセフィロスに電話をかけた。


『どうした?』
「セフィロス、を止めてくれ」

『何があった?』
「件の女性にブス呼ばわりされて、激怒している」

『…………』
「お前の妻だろう。何とかしてくれ」

『……代われ』


頭痛を覚えるセフィロスの姿が想像できたツォンだったが、ツォンだって同じように頭が痛い。
イリーナだったら適度なところで手を止めるか助けを求めてくれるだろうに、何故同じ女なのには相手の息の根を止める勢いで徹底攻撃しにいくのか。
しかも物理とメンタルの二段構えで。

怯えて声も出ない女性へ、金輪際ルーファウスに関わらないと約束させようとしているに、ツォンは繋がったままの携帯を差し出す。
鎮まりたまえ。鎮まりたまえと念じながら差し出した携帯を、は首を傾げながら受け取ると、女性を拘束する縄の端をツォンに託して立ち上がった。


「はい、代わりました」
、大丈夫か?』

「セフィロスでしたか。お疲れ様です。大丈夫とは、何の事でしょう?」
『ツォンから、ルーファウスのストーカーにブ……酷い事を言われたと聞いた』

「おや、そんな事で電話をかけてしまったのですか?すみません、お忙しいでしょうに」
『気にするな。それで……大丈夫なのか?随分気にしている様子だったらしいが』

「ええ。現実がよく見えていない方だったようなので、理解できるようお話をしましたよ。少し頭に血が上りましたが、それだけですから、大丈夫ですよ」
、お前の、こういう時の大丈夫は、アテにならない』

「……はい。顔面を蹴り飛ばすくらいには腹が立ちました」
『そうか……ん?顔を蹴ったのか?』

「馬鹿の一つ覚えのようにブスとしか言って来なくなったので。傷は治して証拠は残しておりませんから、ご心配なく」
『………………』


それは腹が立つどころか、完全に頭に血が上ったのではないか。
そう思ったが口にはできず、セフィロスは天井の隅を眺めて少しだけ気を紛らわせる。
相手が無傷で生きているのなら誤魔化せるし、今はを注意や叱責するより、慰める方が先だろうと口を開いた。


、お前は可愛い』
「…………」

『二度と会わない人間の言葉など気にするな。お前は誰が見ても美しい。俺もそう思っている』
「ありがとうございます。ですが、私は気にしてはいません。腹が立っただけです」

『……そうか』
「そうです」

怒りが続いている時点で、気にしているのではないだろうか。
思ったより怒ってるな……と思いながら、セフィロスはひたすら『可愛い』『綺麗』『美人』を繰り返す。
電話をしている場所がジュノンにある神羅の社内。しかもミーティングルームがあるエリアなせいで、通りかかる社員が怪訝な顔で見てくる。
ガラスのドアの向こうでは、一緒にジュノンに来た若いタークスとツォンの息子が調査結果を手に真剣な顔で会議を続けていた。


すっかり意気消沈……どころか、生気まで抜けかけている女性を車に乗せると、ツォンはコテージへ戻る。
とりあえず、女性を静かにさせて車に乗せるという目的は達成できたので、後はの機嫌がどうあれ携帯を返してもらって逃げるだけだ。
たとえの機嫌がなおっていなくても、これ以上時間をかけるわけにはいかない。
後は早々に逃げたレノと、彼女の友人であるルーファウスにどうにかしてもらうのが最善だろう。ツォンは忙しいのだ。

予想外の展開にはなったが、女性はルーファウスへの執着よりへの怯えの方が大きくなっているので、思ったより解決は早そうだ。
初めから達を頼れば良かっただろうか……いや、そんなことは無いな。
この件が解決したら、妻に少し愚痴を聞いてもらおうと考えながらコテージの前へ着くと、は先ほどと同じ姿勢、同じ表情で電話を続けていた。

ツォンが戻ってきた事に気が付いたは、セフィロスに断りを入れると、電話をそのままツォンに差し出す。


「お電話、ありがとうございました。セフィロスが、経過の報告をしたいそうです」
「わかった。君は仕事に戻ってくれ」


ルーファウスやレノほどと接触が無いツォンは、彼女の機嫌の良し悪しが判断できなかったので、携帯を受け取るとさっさとその場を後にする。
無事逃げられたことにツォンが内心胸を撫でおろしているなど気づかず、は言われた通り、ビーチにいるルーファウス達の元へ戻る。

戻ってきたに、戦々恐々するレノはセフィロスがそうしたように彼女の容姿を褒めると、逃げるように休憩へ戻った。
一方のルーファウスは、彼女が戻ってきた時点で、その顔色に怒りは無く、むしろ抑えているが上機嫌な事に気づいていた。
とはいえ、ビーチにまで聞こえる大声で暴言を吐かれていた事を知っていて、何も言わないという選択肢はない。
をビーチェアに座らせ、わざとらしくない程度に彼女を褒めたルーファウスは、竪琴の続きを頼んで優雅な時間を楽しんだ。












……ん?
あれ?思ったのと違う感じになったな……。
もっとこう……ツォンと一緒に黙らせる感じを想定して……
想定して……
あれ?

2023.08.03 Rika
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