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中途半端に権力を持つ人間が正気を失うと、本当に面倒なことになる。
恋愛が絡む、と考えれば可愛く聞こえるが、健全さが剥がれ落ちた一方的な執着はどう言葉を飾っても醜悪に見えるものだ。
そんな事を、とりとめもない思考の中で考えながら、セフィロスは縛り上げられた昨日の襲撃者達をヘリに投げ入れる。
厄介な主人を持った……いや、主人が厄介な人間になってしまった彼らに哀れみは感じないが、に敵意を向けてしまった不運には同情した。
彼女によって両手足を折られた数人は、発熱して意識を朦朧とさせながら、身じろぎするたび呻き声をあげている。
しかし、命があっただけまだマシだろうと考えていると、電話をしていたツォンが難しい顔をして近づいてきた。

「セフィロス、レノがダウンした。代わりを頼みたい」
「何をしてほしい?」

多少若返ったと言っても、4日も寝ていなければ倒れて当然だろうと思いながら、セフィロスはツォンに先を促す。
一度手を貸すと決めたのだから、とことん使われてやろうと思いながらヘリからはみ出した誰かの腕を足で押し込んだ。

「尋問だ。そのヘリで、一度ジュノンに向かってほしい。向こうにつくまでに、できる限り吐かせろ」
「人使いの荒いことだ……」

しかし、その方が早く仕事が終わって助かると思いながら、セフィロスは近くにいた男の喉笛を掴み上げヘリに乗り込む。
ドアが閉められると同時に運転席から投げ渡されたレコーダーを受け取り、早速質問を始めると、ヘリはゆっくりとコスタの港から離れた。



Illusion sand ある未来の物語 69



「そろそろ覚えている曲が無くなってきました。ルーファウス、何か聞きたい楽譜はありますか?」
「では、後で探しておくとしよう。、そろそろ疲れてきたのではないか?一度こちらで休憩すると良い。竪琴は、明日またゆっくりと聞かせてくれ」

「お気に召していただけたようでよかった。では、お言葉に甘えて休憩させていただきますね」


窓の向こうに見える星空が広がる砂浜を背景に、穏やかな夜風に竪琴の音色を乗せていたは、ルーファウスの言葉に楽器を片付けると彼の向かいにあるソファへ移る。
の歌は聞かせられないレベルだが、同じ吟遊詩人の技能である竪琴は見事な腕で、その異国的な音色も相まって耳が肥えているルーファウスを十分に楽しませた。
ワインを楽しむルーファウスに対し、今日の夜番をするはレモンを入れた炭酸水で喉を潤す。
今日ジュノンから移動してきたルードは既に休んでおり、明日の9時ごろにと護衛を交代する予定だった。

敵意や害意を持つ相手の侵入ならば、は寝ていても気づけるが、せっかく久々に護衛の仕事を貰ったのだ。
どうせなら昔懐かしい、そして良く知るやり方で、しっかり守ってやろうと、不寝番する事に気合いが入っていた。
許されるなら、全身鋼鉄の鎧で固めたいくらいである。いや、やっぱり暑いのでやらないが。

そろそろ休むというルーファウスの寝支度を手伝い、寝室内を再度確認してから中に入れると、はコテージ内の戸締まりを確認しに歩き回る。
使ったグラスを片付け、朝食の仕込みに抜かりが無いか確認すると、カウンターチェア1脚持ってルーファウスの部屋の前まで移動する。
扉の横に置いた椅子に腰かけ、剣を出して鞘のまま両足の間に立てると、静かに辺りの気配に集中した。



変化があったのは、海の向こうから朝日が昇り、部屋が赤く染まった頃だった。
何のことは無い、日の出と共に目覚めたルードが、トイレに行くために出てきただけだ。
廊下へ出てきた彼は、ルーファウスの部屋の前で剣を持って微動だにしないに、ビクリと肩を震わせて驚いたが、彼女が目礼をすると頷いて返すだけで、用を足してすぐ部屋へ戻る。
時刻が午前5時になると同時に、は部屋の前から台所へ移動し、リビングルームの窓を開けて家の中に空気を通しながら、朝食の準備を始める。
その後起きてきたルードと軽い朝食を済ませながらルーファウスの食事を準備し、遅れて起きてきたルーファウスに珈琲を入れる。
ルーファウスが食事をしている間に軽い引き継ぎをすると、食後に一曲竪琴を奏で、定刻通りはルードと護衛を交代して仮眠に向かった。


午後3時。
目を覚まし、シャワーで軽く身ぎれいにしたは、夕食を準備するルードの隣で今日の報告をしてもらう。
船で会った襲撃者は、今日の正午に無事ジュノンの神羅側へ引き渡され、彼らを証拠として先方と交渉を始めているらしい。
昨夜、とうとうレノが過労でダウンしたらしく、代わりにセフィロスが襲撃者をジュノンに連行した事。
事の元凶である女性が、ルーファウスを追うという書き置きを残して行方をくらませた事。
ルードとツォンがその対処に向かい、レノはあと30分程したらツォンがここに連れてくる事。
レノが回復するまでは、が一人でルーファウスの護衛をする事。
セフィロスはタークスの若い二人と一緒にジュノンで動くことになる事。
万が一、件の女性がここへ来る事があっても、命をとるのは勿論、怪我をさせてもいけない。


「おやおや……レノは倒れてしまったんですか。船で会った時も、随分とやせ我慢しているようでしたが……休んで回復するのですか?」
「本人は、寝れば治ると言っている」

「そうですか……ルード、貴方もお疲れでしょう?ここは私が引き受けますから、ツォンが来るまでお休みになってはどうです?」
「……社長にカツ丼は駄目だ」

「わかってますよ。もう悪戯心は出しません」
「なら任せる」


年のせいか疲れが取り切れていないのがありありと分かるルードを下がらせて、はルーファウス坊ちゃんに小洒落た夕食を準備する。
ルードの疲労の半分はこの食事のせいではないかと思うくらい手が込んだメニューに、何処かで外食してくれないだろうかと思いながら貝のマリネを盛り付けていると、連絡通りツォンに肩を借りたレノがコテージにやってきた。

青い顔で足元が覚束ないレノに、ルーファウスに食事を出したら少し回復してやるかと考えながら、は彼らに目礼だけして手を動かす。
最後にオーブンから出した白身魚の塩ハーブ焼きの表面に、ファイアで軽く焦げ目を足すと、全ての料理をダイニングテーブルに出しルーファウスを呼んだ。
ソファに腰掛け、から借りた竪琴を爪弾いて遊んでいたルーファウスは、呼ばれるとすぐに楽器を置き、席につく。
ルードに指示されていたワインをグラスに注ぎ、彼がそれに口をつけている間に、パンを一口大に切り分けてバターを塗ったは、自分がなぜここにいるのかちょっとだけわからなくなってきた。

昔取った杵柄で一応給仕もできるのだが、それがこの世界のマナーで通じるかはわからない。
恐らく細かい所は違うのだろうと思いつつ、しかし、そこまで学ぶだけの時間などなかったは、開き直って自分が知る方法で食事の世話を続けた。
先だってパンにバターを塗った時点て、ルーファウスがちらりと視線を寄こしていたので、多分それはしなくて良い事だったのだろう。
昨日はルードが給仕をしていたが、はルーファウスに乞われて後ろにある窓辺で竪琴を奏でていたので、どんな給仕だったか見ていなかったのだ。
が知るのは王族に対する至れり尽くせりな型の給仕の仕方なので、初回の今日ばかりは慣れない仕事だとおもって目を瞑ってもらうしかなかった。
そもそも自分は護衛を頼まれてここにいるのだ。給仕や食事の世話は、いわばサービスなのである。

出された食事をすべて小皿に一口分ずつ取り分けると、は静かに1歩引いて控える。
ルーファウスの視線の動きを見て、声がかかる前に欲しがっているものを皿によそい、2杯目のワインを注いだところで、耐えきれなくなったルーファウスの口から笑い声が漏れた。

「くくっ……、お前の給仕は素晴らしいが……私を王様かなにかと勘違いしていないか?」
「生憎、私は女王陛下への給仕の作法しか存じませんので、今日は諦めてくださいな」

「本当に王族待遇だったとはな。たまには悪くないが、私は食事くらいなら自分で切り分けられる。その間、お前も少し休んでいるといい」
「わかりました。音楽はいりますか?」

「いや、今日はいい。レノが休んでいるようだからな。後で様子を見てきてくれ」
「わかりました」

言われた通り少しだけ肩の力を抜くと、は足音を立てずにキッチンへ戻り、ツォン達に持たせる軽食を準備する。
内容は殆どルーファウスの食事と同じで、それらを野菜と一緒にパンに挟むだけの簡単なものだった。
先に部屋から出てきたツォンがルーファウスに報告をしている間、は廊下にいたルードに食事が入った紙袋を渡す。

「レノの食事はどうします?」
「今は眠っている。起きてからでいい」

「わかりました」

何とも慌ただしい事だと思いながら、は報告を終えたツォンとルードを見送り、ルーファウスに呼ばれて世間話に付き合わされる。
その後昨夜と同じ時間に寝室に入ったルーファウスを見送り、台所の片づけと朝食の仕込みをしたは、レノの食事をトレーに入れて彼の部屋を尋ねた。

ずっと眠っている気配のままだったので、はノックもせず、気配も消してそっと部屋に入る。
靴こそ脱がされているが、スーツのままベッドに横になるレノは、月明かりのせいもあってより顔色が悪く見えた。
ナイトボードの上に食事と水差しを置き、そっとレノの顔を覗き込んだは、眠っていても疲れが見えるその顔に同情する。
勝手をすると間違いなく彼は気分を害するだろうが、仕事に必要となれば妥協するだろうと考えて、は気休め程度にレノへ回復魔法をかけた。
ほんのりと薄れた目の下のクマに、彼が許容するのはこれぐらいまでだろうと考えると、はまた音もなく部屋を出る。

家の中を歩き回り、2度目の戸締まりの確認をしたは、昨日と同じ椅子を持ち出し、また昨日と同じように不寝番の姿勢をとった。
昨夜は何も起きず、ルーファウスはすっきりとした顔で目覚めてきた。
今夜も、多少の事は起きたとしても、彼の眠りを妨げることだけはしないつもりだった。

窓を叩く風にちらりと目をやれば、先ほどまで差し込んでいた月明かりは這い寄るような雲に遮られる。
一際強い風が窓を叩いた直後、南国特有の嵐が始まり、強烈な雨の音が辺りを包んだ。
寝室がある2階は特に雨音が響く。
ルーファウスと、レノの気配を確認するが、深い眠りの中にある彼らは目覚めていないようだ。
今度は家の外の気配を探り、しかし嵐の中では繊細な感知は難しいと判断して、は辺りの魔力を探る方法に切り替える。
感じるのは、昨日から近くのコテージに滞在している人と、少し離れた沖にいる今話題の新種モンスターだけだ。

魔物の相手の方が狩るだけなので楽だと考えながら、は1階の廊下にカトブレパスを召喚し、ゆっくりと腰を上げる。
今日ルードから聞いた連絡を思い出し、小さくため息をつきながら剣を仕舞ったは、代わりの武器を何にするか少し迷った。

雨音に交じるドアノブを何度も捻る音と、次いで聞こえる金属を擦り合わせるような音。
開けるでも良し、諦めて帰るでも良し。
さてどうなるかと思いながら、威嚇用として禍々しさ溢れる装飾の『デモンズロッド』を装備した。

やがて、鍵穴をいじくる音がやんだかと思うと、激しい雨音がより家の中に響き始める。
諦めて引き下がれば、今夜は見逃してやったのにと思いながら、は静かに1階へ下りると、役目を終えて廊下に座っているカトブレパスの頭を撫でた。


「美術品としてはイマイチだな……」


開けっ放しの玄関扉が、吹き込む風でゆらゆらと揺れて、雨が玄関の中を水浸しにしている。
そこに1歩足を踏み出した姿勢で、目を驚愕に見開いている女性は、雨にびしょぬれで風に髪を乱したまま、カトブレパスによって石像に変えられていた。
金を払われても飾りたくない像になってしまったと思いながら、は石像にレビテトをかけると玄関の外に運び出す。
石像をドアの横に置くと素早く玄関を閉め、灯りをつけて床の状態を確認すれば、思った以上に濡れてしまっている床や靴に溜め息が零れる。
石になった女は、明日レノとルーファウスが起きるまで放置で問題ないが、この玄関の状態はすぐに対処しなければならない。
報告は、ツォンに石像女性の件をメールするだけに留めておいた。

貸し出し型のコテージなおかげで、掃除用具は揃っているため、は手早く掃除を始める。
濡れてしまっているルーファウスの靴を魔法で乾かしたが、半端に濡れて乾かしたせいで、逆に匂いがするようになってしまった。
彼は軽い外出や家の中では違う靴を履いているが、濡れている靴は使い込んでいるのが見て取れる。多分お気に入りだ。


「……これは怒られそうだ……」


流石にまずいと考えて、は仕方なくルーファウスの靴を洗面所に持っていくと丁寧に洗い始める。
徹底的に汚れを落とし、武器の整備用に持っていた革の手入れ用品で磨いていると、いつの間にか外の嵐は収まっていた。

綺麗に艶が出たルーファウスの革靴に満足すると、は彼の部屋の前に戻り、不寝番を再開する。
流石に今夜はこれ以上の来訪者はないだろうが、だからといって油断して良い理由にはならない。


真夜中に、一度レノが起きてトイレに出てきたが、は昨夜のルードに対するのと同じく、目礼だけを返す。
今日もまた海から差し込んだ朝日が景色を染め、は時計を確認すると朝食の準備にとりかかった。
昨日と違うのは、彼女が不寝番を終えると同時にレノが起きだしてきた事ぐらいだった。






2023.07.28 Rika
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