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レノは野暮用らしく不在だが、一通りの役者が揃ってしまった現状に、ルーファウスは今後の騒動を予想してその顔に笑みを浮かべる。
彼が言いたいことを理解してしまったセフィロスは、一同の顔を見回すと、諦めたように口の端を上げて笑い、は腹を括りつつ静観の構えで目を閉じた。

レノがこの部屋に来た時が、この平穏の終わりだ。
理屈は分からないが、直感でそう思った3人は扉が開くのを静かに待った。
だが訪れたのは、状況が変わり戻れそうにないというツォンへの電話で、とセフィロスは肩透かしを食らい、ルーファウスは小さく鼻で笑った。



Illusion sand ある未来の物語 67



「……あの時は誤魔化す事ばかりに気を取られていたが、今思い出しても、俺を見たクラウドの驚いた顔は傑作だった。もう二度と見たくはないがな」
「酷い男だ。老人の心臓を止めかねない事をして、傑作とは……」
「わざとではないのですから、仕方がありません。しかし、あの顔は本当に……私ですら、そのままあの男が死ぬのでは?と思いましたね」

「それは俺も思った。ぎっくり腰で本当に良かった。あれで本当に心臓が止まられたら、星を救った老人会に追われる羽目になっていただろう」
「セフィロス、あまり私を笑わせるな。これは報告なのだろう?」
「残念ながら、私とセフィロスの運の悪さですからね。笑い話にでもしなければやっていられません」


昨日のクラウド達との遭遇を報告すると、ルーファウスは口を押さえて笑い、壁に立つツォンも僅かに口の端を上げる。
そのまま夜中と早朝にヴィンセントを見た事、そのまま別の道を通って放置し陶芸で遊んでいた事を話すと、ルーファウスはほんのりと笑みを作るものの考えた様子を見せる。
以前自分の死を偽装している事を嗅ぎまわられたそうなので、彼もヴィンセントには警戒しているのだろう。


「こちらの動きはそれくらいです。それで、ルーファウス、あなたがこの船にいる理由は、話せるものなのですか?」
「無論だ。だが、そう大した話ではない。外戚の女性の一人が、私に執心でな。あまりにしつこく接触しようとしてくるので、事後を息子に任せてバカンスでもしようと思っていたところだ」
「お前が逃げるとは……相当な女のようだな」


それまでの楽し気な顔から一転、一瞬で疲れた表情になったルーファウスに、達は同情の眼差しを向ける。
若返っているはずなのに、急に老け込んだ顔になったルーファウスは、どんな目にあったのか聞くのを躊躇うくらいやつれていた。
しつこく言い寄られるという経験が記憶にないは、どうやったら普通(?)の女がルーファウスをここまで憔悴させるのだろうと考える。
一方、セフィロスはルーファウスの話に、ちょっとだけソルジャー時代の事を思い出し、しっかり話をきいてやろうと決めた。

「嫌なら深くは聞きませんが、コスタに逃げれば大丈夫なものなのですか?」
「少なくとも、私の心の平穏は保てる。あとは、息子次第だ」
「……そうか。吐き出したければ、いくらでも聞いてやる」

「……男同士の話になるのでしたら、私は席を外しましょうか?」
「…………そうだな。あまり、女性に聞かせる話ではない」
、暫く外の風にあたってくるといい。終わったら連絡する」


若干目が死んでいるルーファウスと、無表情ながら痛まし気な目をしているツォンに、は不穏なものを感じて視線をさ迷わせる。
一体何をされたのかと思ったが、何となく自分がいては言えなさそうな雰囲気を視線の動きで感じて、は腰を上げた。
セフィロスにも促されたので、判断は間違っていないようだ。
買ってきた荷物から自分の夕食を取り出すと、は3人を残して部屋を後にし、甲板にある展望スーペースへ向かった。


一晩かけてゆっくりと進む船で感じる風は穏やかで、けれど春を控えた季節の海風は十分に冷たい。
それでも、船首側にあるスペースには星を楽しむ人々やベンチで酒を楽しむ人もいて、それなりに賑やかさがあった。

この船は高速船の半分の速度で進むから、夜でも甲板に出られるのだ。
そんな会話を小耳に挟みながら、空いているベンチに腰を下ろしたは、持ってきた食事をゆっくり胃に収めた。
ルーファウス達の話がどれくらいで終わるのかわからないが、軽食も軽い掃除も済ませてしまい、手持ち無沙汰になったは星を眺めるしかない。
船内の探検も考えたが、そう広くない船の中で見られるのは、先ほど行った売店くらいだった。
もう少し広い船なら、他にもいろいろな設備があるのだが、丁度良い時間の船はこれしかなかった。
それに、予想外にルーファウスに会う事もできたので、これは彼の幸運に引き寄せられた結果なのかもしれない。

それにしても、あのルーファウスが逃げる女とは、一体どんな女でなにをしたのだろう。
自分たちを部屋に呼ぶのではなく、ルーファウスの方から足を運び、更にレノが未だ船内で何かしているのだから、相当厄介なのだろう。

彼を若返らせた身として、には十分責任がある。
必用なら、暫くオールドで老化させて匿うくらいはしてあげなければと考えていると、いつの間にか甲板にいたレノが隣に腰掛けてきた。


「お疲れですね。大丈夫ですか?」
「もちろん、疲れてるフリだぞ、と」

「それはよかった。それで、お仕事はもうよろしいのですか?」
「何とかな。で、アンタはなんでこの船にいるんだ?と」

「エッジに用事があって、色々回りながら帰るところでした。先ほど、夫との共通の友人とも偶然会えましてね。今は、部屋で男同士、話に花を咲かせていますよ」
「あんたのダンナとか。そりゃあ心強い」


最強の護衛がついていると聞いて、あからさまに胸を撫でおろしたレノに、これは完全に巻き込まれるパターンだな、とは確信する。
しかし、ルーファウスにはそれでも余りあるほど世話になっているので、自分たちが手を貸すのは当然だと思った。
実質対処しているのはルーファウスの息子らしいので、達がするのはルーファウスの心を休ませて身の安全を保つ事ぐらいだが。


「コスタ・デル・ソルに1泊してから家に帰る予定でしたが……どうなることやら」
「何か予定でもあんのか、と」

「ええ。今、彼のレベルを上げている最中なんです。とても成長が早くて、先日とうとう私に追いついたんですよ」
「…………手綱、しっかり握っててくれよ、と」

「ええ、勿論。友人が存命のうちは……ですが」
「…………」

「そう恐い顔をなさらないでください。最近ね、ちょっと移住を考えているんです。夫にも少し話した程度で、具体的ではないのですがね」
「そういや、アンタらが住んでる所、立ち入り禁止区域になってたな、と」

「ええ。それもあるのですが、大きな町へ行くと、彼のお爺様を知る方が多くて、よく驚かれたり、騒がれたりしてしまうんですよ。なので、彼が良いと言うなら、私の生まれ育った土地へ一時的に引っ越すのも、良いのではないかと」
「アンタの故郷か。確か、かなり遠かったよな、と」

「はい。一度行けば、今住んでいるところへ戻ってこれるのは、かなり先になりそうです。ただ、そうなると彼は友人ともなかなか会えなくなってしまうでしょう?最近はよく電話するくらいに仲良くなっているようなので、今引き離すような事を言うのは気が引けてしまって」
「アンタの旦那がそのお友達を大事にしてるなら、棺桶に入るまではつきあってやってもいいと思うぞ、と。アンタがちゃんと尻に敷くことが前提だけどな」

「そう……ですか。私は、今回の魔物の新種騒ぎがもっと大きな事の予兆だと思ったんです。なので、それが治まったら……と考えていたのですが、私は少し焦っていたのかもしれませんね」


いつの間にか、セフィロスの意思を無視し、自分が良いと思う方へ連れて行こうとしていた事に気が付いて、は目を閉じてため息をつく。
彼ならば、それを見透かしていても、満足するまで付き合おうと甘やかしてくれる事を知っているから、今、レノとの会話で気づけてよかったと安堵する。
セフィロスと二人きりで、他者に関わることもなく生活しているからか、独り善がりに気づくきっかけはなかなかない。
だからこそ、セフィロスが本気で怒るほど一人で暴走してしまったし、それに気づくのも遅かった。
これまでレノに対しては、良い顔見知り。ルーファウスの部下。という前提を持って見ていたが、それだけではないのだと、考えを改めなければならないだろう。
今、彼に対してが持つ感覚は、友人の部下という他人に持つものより、もう少し近い。


「レノ、私は、貴方が私の事をあまり好いていない事も、嫌ってもいない事も知っています。昔も今も、貴方が本当は私にあまり深く関わりたくないと思っている事は知っていますし、今の健康状態について、私に憤りを持っている事も。貴方が大事な上司とご一緒できる状況を、それが私からの信用であると納得し、諸々の感情を飲み込んでくださった事も、わかっています」
「…………そうかい。ま、女じゃなかったら、一発殴ってたぞ、と」

「でしょうね。ただ、レノ、私はね、貴方が私をどう思っていても、私自身は、貴方の事が結構好きなようです」
「OK。それ以上言うな。俺はアンタの旦那に殺されたくないぞ、と」

「わかってますよ。でも……ええ、友人ほどではありませんが、貴方が助けを求めてきたら、3回ぐらいは無償で手を貸してあげようと思うくらいには、好意を持っています」
「多いのか少ないのか、微妙だぞ、と」

「そうですか?ですが、一般的な童話でも、魔法使いや妖精が願いを聞いてくれるのは、3回が定番でしょう?」
「アンタいつからランプの精になったんだ、と」

「精霊か悪魔か、はたまた天の助けかは、求める者の心根次第ですね」
「わかった。アンタは絶対悪魔だぞ、と」

確信した目で言ってきたレノに、は声を上げて笑う。
確かに、これまでレノにかけた迷惑や負担を考えると、自分は悪魔か疫病神のどちらかでしかない。
彼らしい突っぱね方に、笑みを静かに収めたは、会話に満足して夜の海へ視線を向けた。

徐々に遠ざかるジュノンの灯りが陸の影を一層濃くするが、広がる海上は船の真上に上る欠けた月と満天の星に照らされて輝いている。
ざわめきを溶かす波の音は心地良く、は静かに耳を澄ませた。


「昔から、アンタに関わるとロクなことがないぞ、と」
「心外ですね。私が関わらずとも、貴方、ロクでもない目にはあっているのでは?そういう事が付き物のお仕事でしょう?」

「じゃあ聞くが、コスタに着くまで、何もないって言いきれるか?」
「先の事などわかりませんよ。ですが、カームをでてからここまで、至って平穏に移動していますよ」

「俺は嫌な予感しかしてないぞ、と」
「レノ、貴方、少しお疲れなのでは?むしろ、私がいるから最悪の事態を避けられているのだと思っても良いではありませんか」

「それ自分で言うのか?」
「他に何だというのですか?」

「……………」
「貴方だって、窮地に陥った時には私に連絡をしてきたでしょう?頼りになる味方に、そんな酷い言い方をするものではありませんよ?」


相手の運をそぎ落としてマイナスにするレベルで運がないくせに、さも当然のように言い返してくるに、レノはもはやかける言葉が見つからなかった。
世間を騒がせている新種の魔物は、これまで平和だった海にも現れた。
どう考えてもこの航海が無事終わるわけがない。


「アンタ、新種の魔物が海に出たって話、聞いてるか?」
「さきほど下にいた大きなやつですか?」

「…………一応聞いとくけど、それ、今どうなってる?」
「勿論、こっそり掃除しておきましたよ。海洋ゴミにもならないよう、しっかりと処理しておきましたから、ご安心ください」

「ああ……あんがとな、と。最悪の事態を避けられたって、そういうことか、と」
「こんな時に私たちと一緒だなんて、運が良いですね」

「俺はアンタらの不運に巻き込まれた気がするぞ、と」
「失礼ですね。今回は沖で待ち伏せされていたのですから、私たちがいなければ今頃沈んでいますよ」

「わかるけどな……いまいち信用できないぞ、と」
「……お疲れですねぇ……」


溜め息をついて頭を垂れるレノを横目に見ながら、は呆れてため息をつく。

ルーファウスも疲弊している様子だったし、どうやら今回、彼らは相当厄介な目にあっているようだ。
ここ10年くらいは割と平和に過ごせていたから、そのツケが一気にきたのかもしれない。
そんなちょっと酷い事を考えながら欠伸をしていると、セフィロスからメッセージが届いた。
どうやら、ルーファウスとの話が終わり、彼が自分の部屋に戻ったので、もう帰ってきて大丈夫らしい。
出来れば、自分も少しくらいルーファウスと話したかったが、今の彼には、それだけの体力もなかったらしい。


「どうやら、友人が部屋に戻ったようです。私も、そろそろ自分の部屋に戻りますね」
「そうか。いい時間つぶしになったぞ、と。ありがとな」

「私も、楽しい時間でしたよ。では、お仕事頑張ってくださいね」


とりあえず、セフィロスの気が向くなら助けてやるかと思いながら、はレノに手を振って甲板を後にする。
再び出てきた欠伸に、シャワーは明日の朝にしようと考えながら廊下を歩いていると、急に目の前のドアが開き、見知らぬ男女が手を伸ばしてきた。







「……うん。まぁいいか」

後始末の方法を考え、しかし眠気が勝ったは、意識を落とされ手足を折られた襲撃者を廊下に放置して、そのまま部屋に向かう。
一応レノにメールで連絡をしたが、余計な仕事を増やしてしまったような気がして少し申し訳なく思う。
とはいえ、多分これはルーファウス達からのとばっちりなので、罪悪感を持つ必要はないのだが……。

襲撃されたと知らせたら、セフィロスの心労がまた増してしまうだろうか。
昔のように、胃薬や頭痛薬を常備するような負担は掛けたくないのだが……と小さくため息をついて角を曲がると、たちの部屋の扉を叩く黒ずくめの男たちがいた。
どうするかな〜と思って見ていたのだが、そんな乱暴な訪問者に対し、扉が開かれるはずがなく、当然セフィロスだって扉を開かない。

しかし、そうなるとがこれを処理しなければならないのだが、レノが先ほどの襲撃者に対処している今、後始末は誰がするのだろうか。
外で食事をした上に襲撃者の対処までするのは何だか嫌で、はセフィロスにどうするのかとメッセージを送る。
すると、数十秒もしない内に部屋の扉が開かれ、待ち構えていた男たちは次の瞬間地面に横たわっていた。


「ありがとごうざいますセフィロス。ところで、ちゃんと生かしてますよね?」
「当たり前だ。適当に捨ててくる。鍵を貸してくれ」

「はい、どうぞ。さっき、上の階でも同じような輩に襲撃されたので、そちらはそのままにしてきました。多分、レノが処理していますよ」
「そうか。なら、上に置いてくるとしよう」

「いってらっしゃい」


多忙すぎてレノが禿げそうだと思いながら、はセフィロスに部屋の鍵を渡すと部屋に入り、ベッドに横になる。
5分もせずに戻ってきたセフィロスは、レノはまだ来ていなかったというと、シャワーを浴びに行ってしまった。
まだ寝るには早いな……と、午後9時を指す時計を眺めている間に瞼が重くなり、気づいた頃には窓から差し込む朝日が部屋を照らす時間。
隣のベッドで眠るセフィロスは、足が宙に浮くのはやはり収まりが悪かったのか、横向きで少し身を縮ませた姿勢で眠っていた。

起きてシャワーを浴びるか、それとも、もう一度寝るか。
呆ける頭で考えながら時計に目をやったは、朝4時を指す針と窓の朝日を見比べ、数秒目をきつく閉じると、再び横になった。







2023.07.26 Rika
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