次話前話小説目次 


Illusion sand ある未来の物語 64


骨の芯まで突き刺すようだった寒さが和らぎ、雪に覆われていた木々がその白装束から枝を見せ始める。
春の気配を纏う風を感じる日が増え、積もる雪より屋根からの落雪を運ぶ日が増えた。

次元の狭間での戦闘が間もなく3か月目になるかという頃、セフィロスはとうとうのレベルに追いつき、しかし翌日にはまた追い抜き返された。
互角の相手と剣を合わせているのだから、自然の成り行きだろう。
やっと目標を一つ達成したと喜んだセフィロスは、つい頭を抱えそうになったが、気まずそうなを見て何も言えなくなった。

ルーファウスに手配してもらった戦闘用の衣類はとっくに無くなり、今は半月前にジュノンで買ってきた服が数着あるだけだ。
もまた、戦闘に使っていた服を1着だけ破いてしまったが、その次から鎧や籠手で全身装備を固めていたおかげで、箪笥の中に変化は見られなかった。


「セフィロス、明日からまたお休みですから、ジュノンへ買出しに行きましょう」
「わかった。先に店に在庫確認をしておく」


前回買いに行ったとき、店の棚にあったセフィロスのサイズの服は全て購入してしまった。
その前にルーファウスに手配してもらった関係だと思うが、店の在庫がメーカー品切れで足りないと店員が言っていた。
初来店にも関わらずスタンプカードがいっぱいになるという珍事を起こし、おまけとして頑丈で通気性が良い靴下を貰ったが、どうやらセフィロスはそれがいたく気に入ったらしい。
戦闘服がなくても、靴下だけを買いに行きそうだと思って眺めていると、電話のついでに台所へ行ったセフィロスが、珈琲を手に戻ってくる。


「残念だが、戦闘服はまだ入荷していないそうだ。だが、エッジの支店では、まだ在庫があるらしい」
「そうですか。では、そちらに行ってみましょうか。ところで、その街は何処にあるのですか?」

「ミッドガルの跡地周辺らしい。メテオの跡に作られて、今はジュノンに次ぐ規模の街だそうだが……知らなかったのか?」


殆どセフィロスにつきっきりだったとはいえ、何十年も世界を漂い、召喚獣達と空を飛びまわっていた彼女の意外な反応に、セフィロスは少し驚く。
ルーファウスが前に住んでいた家も近いし、てっきり知っているとばかり思っていた。
だが、思い返すと確かには、ジュノンやミディールには行っても、同じくらい大きな街であるエッジについて口にしたことはなかった。


「行きたくない土地なら、俺だけで行ってくるが……」
「いえ、そういう訳ではないんです。ただ、ミッドガルが見える町は……昔の家があった街が落ちているのを見るのが、ちょっと気が進まなくて、あまり行かなかったんです」


たとえプレートが残っていたとしても、今の時代には廃墟になっている事に変わりはない。
それでも、もしプレートが無事であったなら、残る街の景色に彼と過ごした思い出を探せただろう。
今の生活に充足感はあるが、多すぎた心残りは過去を振り返るたびに、心を少しだけ立ち止まらせた。
脳裏を過ぎ行く思い出をただ見送るれるようになるには、もう少しだけ時間がかかりそうだ。


、俺達の家は、もうここだ」
「ええ。大丈夫、ちゃんと分かっています」

「…………行くのは、やめておくか?」
「いえ。ご一緒します。きっと、その方がいい」

「無理なら、途中で引き返せ。いいな?」
「わかりました。ですが、きっと大丈夫です。貴方と一緒ですから」

「……そうか」
「はい」


無理そうなら帰すと顔で言っているセフィロスに、は安心させるように笑みを返すと、現地の情報を調べる。
最近次元の狭間にいる以外は、ゆっくり本を読むか暖炉の前で昔話をするばかりだったので、情勢というものがさっぱり分からない。

以前家の周りに出た新種の魔物は、その後数日現れたが、1週間もするとここを危険地帯と認識したか、近寄ってこなくなった。
その時、各地でも新種が現れて騒ぎになっているとセフィロスが言っていたが、それよりも自分たちの強化の方が重要だったので、後の情報は得ていなかった
一応見ておくかと携帯を開くと、各地の新種は色々な街や集落を襲っているものの、WROによって何とか治安は維持されいるらしい。

目的地であるエッジは、人口と被害が比例して大きいが、その分手練れも多いようで、悲惨な状況には程遠いようだ。
地域ごとのモンスター危険度マップなるものが出来ており、ニブル山とアイシクロッジの北、まさにとセフィロスの家あたりは危険度が最高ランクになっていて、つい笑ってしまった。
附帯情報があるので確認すると、危険度が高すぎるため立ち入り禁止になっており、住民はアイシクルロッジ近辺に避難済みと書かれていた。


「取り残されましたね」
「何がだ?」

「こちら、ご覧ください」


雪で道が塞がっているので、不在だと思われたのだろう。
一応ちゃんと生活しているのに、見事にいない事にされていて、は笑いながらセフィロスに携帯を見せる。
画面を眺めたセフィロスは、と同じく小さく笑うと、珈琲に口をつけた。

「ルーファウスめ……昨日電話した時、何も言っていなかった」
「本当に、仲がよくなりましたね」

「誰かのお陰でな」
「ではその誰かに感謝しなくてはいけませんねぇ。さて、エッジの安全は問題ないようです。お店も、通常営業のようですし、安心ですね」

「昼食もあちらで取ることになる。何か食べたいものはあるか?」
「何か名物でもあれば……とは思いますが、貴方と一緒に食べられるなら、何でも」


本当に希望が無いときにの口から出る、一緒なら何でも良いという台詞に、セフィロスは苦笑いを零して自分の携帯を開いた。
調べてみれば、一番多いのはジャンクフードで、様々な店がそれぞれに特徴をつけて提供している。
昼間の営業しているバーは勿論、家族向けの飲食店や、老舗風のコーヒー店も提供しているので、街のソウルフードなのかもしれない。
とりあえず、評判が良さそうな店を数件チェックし、同時にカーム近くにあるレンタカー屋も予約する。
ハイウェイの出入り口を確認していると、暇になったが肩に頭を預けながら、画面を覗き込んできた。

「セフィロス、この煙突の記号は何ですか?」
「今見る。少し待て」

カームの東。
広い川の近くに並んだ煙突のマークを差して問われ、セフィロスも内心首を傾げながら画面を拡大する。
川に面した小さな山々に点在する記号の一つを選ぶと、長い煙突が並ぶ地区の写真が現れ、素朴な見た目の陶器が並ぶ写真が表示された。
どうやらそこは一応カームの町の一部で、陶芸が盛んな集落で観光地でもあるらしい。
多くの工房の情報が画面に並び、中には、飛び入りでの体験が可能なアトリエまであった。


「お前が言った記号は、陶芸用の窯の記号のようだ。ここは、陶芸が盛んな場所らしい」
「なるほど、川が近く、山も遠くないからですね」

「……どういう事だ?」
「焼き物は、良質の粘土と薪が必要でしょう?これだけ窯が多いという事は、良い土が取れるのでしょうね」

「なるほど。飛び入りでの体験を受け付けている所もある。時間があったら、行ってみるか?」
「粘土での成型ですか。楽しそうですね。もし今回いけなくても、今度足を延ばしてみましょう」


の感覚では、陶磁器を作れるのは職人だけだが、こちらの世界では素人でも手を出す場所があるらしい。
既に目が輝き始めているに、セフィロスは苦笑いしながら工房をチェックすると、目的が戦闘服な事を忘れないよう釘を刺した。










「貴方は本当に、時々人が悪いですよ。本当に、本当に……」
「暴走する妻を懸命に抑える健気な夫だろう?」


前夜、期待で眠れなくなったは、寝過ごしたらどうしようかと、日付が変わるまでベッドの上で頭をかかえていた。
何度も寝返りを打ったり起き上がったりする彼女に、眠りが浅くなって苛ついたセフィロスは、以前がしていたようにスリプルをかけたが、魔法防御が強すぎて不発。
仕方なくを全身噛み跡だらけにし、疲労で強制的に寝かせたのだが、その頃には時刻は丑三つ時を過ぎていた。
朝日が昇っても、いつもの朝食時間になっても起きないに合わせ、ゆっくりとした目覚めを迎えたセフィロスは、時計を見て恨めし気に見つめるに気づかないふりをして身支度を整えた。
疲れているが動けないほどではない彼女が外出の準備を整え終えたのは、正午になる頃だった。

時差を考えると、すぐに出かけなければ到着は夕方になる。
陶芸がお預けなのは、起きた時点で決定していたため、はずっと恨みがまし気にセフィロスを見ていた。

、そう睨むな」
「睨みたくもなります。楽しみにしていたんですよ?」

「なら、カームで1泊して、明日の朝から陶芸に行けばいい。午後から帰れば、明後日の戦闘には響かないはずだ」
「……カームの宿、予約します」

『お前だって断らなかっただろうが』という言葉を飲み込み、妥協案を提示すると、は納得して頷き、携帯を操作する。
店が閉まる前にエッジへ行きたいセフィロスは、朝食付きか否かで悩む彼女の手を引き、バハムートを召喚した。


『のう、我、今日、休養日のはずだろ?何で足にする?』
「カームの辺りまで乗せてほしい。代わりに、明後日は呼び出さない」

『……連休と中1日で出るんじゃ、違うんだがのー……。まあ、おぬし、より話が通じるから許してやるけど。ほれ、早く乗るが良い。飛ばすぞ?』
「それと、明日の帰り道も頼む」

『え、嫌。……帰りは、フェニックスかリヴァイアサンに頼んでくれんか?』
「……そうだな。わかった」
「セフィロス、宿の予約が終わりました。素泊まりにしましたから、食事はまたあちらで考えましょう」

休みの日にデートの足にするな、と、当然の不満を口にするバハムートに乗せてもらい、2人はカームの南西にある森へ降りる。
近くにある街で車を借りた後は、1時間ほどでエッジへ到着した。
バハムートに乗った直後なせいで、速度の感覚がおかしくなったのか、予定よりずいぶん早く到着してしまう。
武器商人の小屋へ行ったときは、小さな町を抜ける一般道だったのでゆっくり走ったが、今回はミッドガルへ繋がるハイウェイを使った。
早く着いたのは、整備された道な上に、周りも高速で走っていたせいで、速度を出しすぎてしまったからだろう。
次からは気を付けた方が良さそうだと考えながら、目的の店に向かって街の中心部へ向かうと、そこは何処か昔のミッドガルを彷彿とさせる華やかな通りになっていた。

セフィロスの中では、この街は昔3体の思念体を送り込んだ際に見た時のイメージで止まっていた。
だが、あれから随分時間が経っているのだから、こうした発展をするのは当然である。
煌びやかだがどこか清潔感が無く感じるのは、この街を作ったのがミッドガルから逃れた住人たちだからだろうか。
あの街も、整備はされているのにどこか薄汚れていて、一つ路地に入れば破られたポスターの跡や派手な落書きばかりだった。
当時はそれも見慣れて当たり前と思っていたし、もう少し綺麗なら文句はないと言ったの言葉の意味がいまいち理解できなかった。
だが、緑溢れる山の中で暮らし、毎年雪が汚れを洗い流す町に慣れた今は、彼女が遠回しに言いたかった事が理解できた。

路肩の駐車スペースに車を停め、都会特有の排気ガスと路地裏の匂いがほんのり混じる空気に、セフィロスは少しだけ眉を顰める。
ジュノンは鉄の香りがするが、それより海の香りが強かったので、久々に感じる何処か饐えたような匂いに敏感になるのだろう。

車道側に車を降りたせいで、目の前を車が通りすぎるたびに排気を食らって嫌な気分になる。
小さくため息をつき、は気にしているだろうかと歩道を見たセフィロスは、彼女が見知らぬ2人組の男に話しかけられているのを見て慌てた。


、行くぞ」
「はい。では、失礼」


全く興味がない相手に対応しているときの、無表情で少し冷めた目のを見たのは久しぶりだった。
男連れと知ってすぐに引いた2人組に、何とか生きて逃がすことができたと安堵しながら、セフィロスはの手を取って一応の無事を確かめる。


「何と声をかけられた?」
「私が持っているスタンプカードを見て、そのお店は最近早く閉まるから、急いだ方が良いと言っていましたよ」

「……ナンパじゃなかったか……」
「店の前にいるのに、近道を案内すると言っていましたから、どうでしょうね?金品が狙いの犯罪目的ではないでしょうか」

「…………」
「それより、早くお店に入りましょう」


去った二人を振り返りもしないどころか、速攻で話題を終わらせた彼女に、本当に興味がないのだなとおかしな感心もした。
言われてみれば、結婚指輪をしている上に奔放さとは無縁な見た目の女へ、車を降りた途端のナンパは妙だ。
車のナンバーはカーム近辺だし、今日のの服装は小奇麗だが都会的ではなく、街中に出ているので気配も雰囲気も柔らかい。
ぱっと見は、郊外から来た良い家の善良な若奥さんなので、が言う通り犯罪目的の可能性が高そうだ。
知らぬが仏とはこの事である。
何はともあれ、騒ぎが起きる前に追い払ってよかったと内心安堵すると、セフィロスはに手を引かれながら店に入った。






田舎生活が馴染みすぎて都会では浮き始めた二人(笑)

2023.07.14 Rika

次話前話小説目次