次話前話小説目次 


Illusion sand ある未来の物語 63


頭が休養に切り替わっているせいか、全く起きる気配がないセフィロスの額に口づけると、は静かにベッドから抜け出る。
木々の間から差し込む朝日が部屋を染める中、寝る前に彼が用意してくれた服を抱えると、寒さに身を震わせながら浴室へと向かった。
手早く体を清め、身だしなみを整えると、彼が眠っている気配を確認してから、台所で朝食の準備を始めた。

昨日から出していた冷凍のパン生地を、暖炉の中にある鉄板の上に並べ、小さく切ったバターを上に載せる。
薪を追加し、台所に戻って竈の大鍋にエピオルニスの骨を入れて出汁をとっていると、一度強い風が吹いて家中の窓が揺れた。
舞いあがった雪で外が白く変わり、徐々に朝焼けの色へ戻るのを眺めたは、リビングにある大きな窓へ目をやって、外を確認する。
紺から紫、橙色と、夜明けの色をした空では、僅かに浮かんでいた雲が強い風に押され、東へと流れていった。

上空に遅れて、雪で覆われた地上も強い風が吹き始め、時折景色が真っ白に変わる。
山の上では、雪が煙のように空へ舞っているのが見えた。

暖炉の傍にあるプランターから、食べごろのベビーリーフを摘みながら、今日は荒れる予報だっただろうかとは首を傾げる。
ふと、珍しい気配を感じて家の周りを探れば、いつもは敷地に寄り付かない魔物が数匹、畑の向こうの森にいるのを感じた。

先ほど目覚めた時、そんな魔物がいただろかと考えながら、は人が道端で猫を見つけたときのように、窓の外を見てその姿を探す。
全く脅威にならない程度の魔物だが、可愛い見た目をしているなら捕獲して少し触りたい。
動物に悉く恐れられ、嫌われるは、どんな魔物が来たのだろうとワクワクしながら、森へと目を凝らした。


赤紫色に緑の斑点がある、ヘクトアイズみたいな奴が見えた。


捨て猫だと思って手を伸ばしたらビニール袋で、しかも中に腐ったコーヒーの飲み残しが入っていたような気分になりながら、はプランターへ視線を戻す。
勝手にいなくなるのを待つか、召喚獣に始末させるか、セフィロスを起こして頼むか。
ちょっと見たことがない魔物だが、自然に生まれる突然変異かなにかだろうと考えると、はとりあえずいなくなるのを待つ事にした。

出汁をとっている鍋から湯気が出ているのが見えて、が足早に台所に戻ると、髪がボサボサな状態のセフィロスがリビングに入ってくる。
起きてそのまま来たらしい彼は、ガウン1枚を着ただけの寒々しい姿で、眉間にしわを寄せながらがいることを確認すると大きな欠伸をした。

「先ほどの風で目が覚めてしまったんですか?」
「ああ。それに、珍しく外が騒がしい」

「畑の向こうに、モンスターがいたんですよ。ちょっと珍しい色でしたが、そのうちいなくなるのではないでしょうか」
「……そうか。シャワーを浴びてくる」

「まだ浴槽のお湯は温かいはずですから、ゆっくりしてきてくださって大丈夫ですよ。朝食まで、もう少しかかりますし」
「わかった」

スリッパを引きずるように歩いて廊下へ戻ったセフィロスに、は自分はどれだけ鉄砲玉だと思われているのかと考えながら、様子見を選んだ自分の選択を内心で褒める。
未だ森の中から動かない魔物の気配は気になるが、人にも魔物にも変わり者ぐらいいるだろうと考えて、朝食の準備を再開した。

スープを仕上げ、サラダ用の生ハムを削っている間に、暖炉のパンが焼きあがる。
バターとパンの香りに頬を緩めながら鉄板を取り出し、冷ましている間に果物を選んでいると、髪をタオルで巻いたセフィロスがリビングに戻ってきた。
彼が朝食のメニューを確認している間に、は手をさっと洗い、ソファへと促す。
彼女の目を盗んでパンをつまみ食いしようとしていたセフィロスは、その熱さに驚いて手を引き、何食わぬ顔でソファまでやってきた。


「パンは今焼けたばかりですから、もう少し待ってくださいね」
「この香りの中で待たされるのは、少し辛いな」

「でしたら、外の魔物の様子でも見てきてはいかがです?あまり可愛い見た目ではありませんでしたし、追い払ってくださるならお願いします」
「そうするか……だが、珍しいな。家の周りまで魔物が来たのは、初めてだ」

「ええ。それは私も気になっていました。朝起きたときは何もいなかったと思うのですが……念のため、気を付けてください。髪、もう良いですよ」
「ああ。助かった。魔物は、一応見てはおくが、厄介そうなら始末しておく」

「よろしくお願いします」


髪を簡単に結って立ち上がった彼を見送り、は再び台所に戻る。
少しすると、厚手のコートを着て窓の外を歩くセフィロスの姿が見えて、は料理をテーブルに運びながらそれを見送った。
畑と納屋の間を抜け、まっすぐ森へ向かう彼だったが、そこはあまり雪かきしていないせいで歩きにくそうだ。
とうとう立ち止まった彼は、のように魔法で雪を始末し始めたのだが、エアロではなファイアを使ったせいで、足元がドロドロで歩きにくそうだった。

学習し、その後はエアロで雪に道を作っていく彼を窓から眺めていると、森の中から件の魔物が這い出てくる。
遠目に見た通り、それはヘクトアイズのような見た目だが、しかしその体には長い手足がついていて、以前ジュノンの鮮魚市場で見た深海の蟹のようだった。

確か食糧庫に冷凍の蟹があったはずだから、今夜は蟹鍋にしよう。
そんな事を呑気に考えながら、同時にこんな魔物、この辺りにいただろうかと首を傾げていると、セフィロスも攻撃ではなく様子見へと動きを変える。
確認ぐらいなら怒られないだろうと思い、魔物にライブラをかけてみると、ちょっと普通の人間では勝てないレベルなのが分かった。
それでも、今のセフィロスが負ける可能性など無いので、は気にせず食事の準備を再開する。

長い脚は固いらしく、彼の刃がぶつかった瞬間高い金属音が鳴った。
次いで聞こえる蒸発するような音に、高温の火炎系モンスターだったのかと窓へ目をむけると……何という事だろう。
セフィロスに切られて畑の端に刺さった魔物の脚からは、青緑色の液体が染み出し、それに触れた木製の柵と雪、そしてその下の地面から、紫色の煙を出しているではないか。


「畑がーー!!!」


思わず悲鳴を上げて飛び出したくなっただったが、畑の惨状を見て目の色を変えたセフィロスを見て、一瞬で冷静になる。
今は、まだ戦闘は禁止だ。
ここは出てはいけない所。出たら怒られるところ。セフィロスに任せるところ。

そう言い聞かせてはみるものの、セフィロスと一緒に作った柵や、程よく肥えた畑の土を傷つけられた怒りは収まらない。
参戦できなくとも、補助ならギリギリ許されるかもしれない。
そう、こっそりと決めると、はこれでもかというほどの補助魔法をセフィロスにかけ、家の中から「やってしまえー!」と声を上げる。
その声が聞こえたのかはわからないが、の方をちらりと見たセフィロスは、刀を一度振って感覚を確かめると、傷口から出した体液で雪と草むらを溶かす魔物を切り刻みにかかった。

一瞬で魔物を肉片に変え、同時にその体を魔法で炭に変えて、土壌への被害を防ぐ。
次からはそのまま焼いてしまえば良いかと考えていると、今倒したものと同じ魔物が3体森から現れて、攻撃を始めた。

直接焼こうとしても、魔法防御が強いのか効きが悪い。
結局最初の1体と同じように、切り刻むと同時に焼いて始末したセフィロスは、未だ畑の端を汚している最初の1体の脚を焼いて始末すると、そのまま納屋に入ってスコップを持ち出す。
遠目から見ても不機嫌な彼の顔に、は慌てて上着を着ると外へ出た。

煙が出る土を前に考え込んでいる彼の傍へ行くと、被害にあった土は泥のようになっていて、甘い匂いと腐敗臭を混ぜたような匂いがしている。
下手にスコップを入れたら溶けそうだが、そのままにすれば汚染が広がりそうで、はセフィロスと顔を見合わせた。


「酷いですね。セフィロス、あの魔物、何なのですか?」
「さて……ヘクトアイズに似ていたが、あの色と脚があるのは見たことがない。あんなに強い個体もな」

「そうですか……。では、この土の対処法も、分からないという事ですね。どうしましょうか……」
「魔物自体は、燃やせば灰になった。とりあず、この土も燃やしてから庭の端に移して、様子を見る」

「わかりました。では、私は周りの土の温度が上がりすぎないようにしますから、汚れた土を燃やしていただいてよろしいですか?」
「いいだろう」


が、汚染された土の周りに少し余裕をもって魔力の壁を作ると、すぐにセフィロスが土を燃やしにかかる。
紫色だった煙がどす黒く変わり、焼け焦げた匂いがし始めたが、水分が増えた土は思ったより温度が上がりにくいようだった。
セフィロスが何度も魔法を使って燃やしている間に、は土を運ぶためのものを探しに行く。
そりか木の板があれば良かったが、生憎納屋の中にはなく、仕方なく収穫作業用のシートを出すことにした。
運搬はゴーレムかタイタンを召喚して頼もうと考えて畑に戻ると、先ほどより土から距離を取っているセフィロスがいた。
どうやら上手く燃えてくれないらしく、彼は忌ま忌まし気な顔をしながら、何度も地面にファイガを放っている。


「上手くいきませんか?」
「地中は燃焼する空気が少ないせいか、上手く温度が上がらない。、対処できるか?」

「そうですねぇ……レビテト……いえ、エアロで持ち上げて混ぜますから、それを燃やしてください」
「頼む」

朝飯前にしては手がかかる仕事になったと思いながら、とセフィロスは土の処理をする。
彼が言った通り、水分が多くとも空気を含ませたおかげで、汚れた土は炎と風の中を踊り、黒い消し炭へと姿を変えた。
冬の空気と混ぜて温度を下げてからシートの上に土を置き、ゴーレムを呼び出して森の近くへ運んでもらう。
その間、土を掘り起こした場所を確認したとセフィロスは、被害が広がっていないことを確認すると安堵して顔を見合わせた。


「対処法は分かりましたが、迷惑な魔物でしたね。穴は、春になってから埋めましょう」
「そうだな。腹が減った。朝食はすぐにとれる状態か?」

「ええ。では、スコップを仕舞ったら、行きましょうか。もう料理は殆どテーブルに並んでいますから」
「ああ」

そろそろパンも食べやすい温度になっているだろうと話しながら、2人は家へ戻る。
少し温くなっていたスープを温めなおし、爽やかな朝食を終えると、ゆったりとした休日を楽しんだ。


夕飯の準備と言って冷凍庫から蟹を出したに、セフィロスは暫く考えたが、まあ良いかと思って口を閉ざす。
今朝出た魔物も、変なヘクトアイズではなく大きな蟹だったら歓迎したのだが……。
そう考えたところで、思考がに毒されていると気づいた彼は、慌てて頭を振る。

夕食時、美味しそうに蟹を食べるを前に、今年の夏は海で蟹釣りをしようかと考えていたセフィロスは、その時になってやっとあの魔物の詳細を知らない事に気が付いた。
結局さしたる脅威ではなかったが、一応調べてみようと食後に携帯を開くと、各地で新種のモンスターが次々現れたというニュースが並んでいる。
やはり新種だったかと思い、ならばまだ詳細は分からないだろうと考えると、セフィロスは携帯を閉じた。

WROと神羅を狙った武装組織の騒ぎから、まだ2か月も経っていないのだが、世間はまた大騒ぎらしい。
しかし、そこは今の時代の人間達が何とかするところなので、セフィロスは情報収集をする事もなく今日の酒を選びに台所へ向かう。
冷蔵庫の奥に、以前飲んだことがある美味しい桃の果実酒を見つけた彼は、少しだけ迷ってからそれを手に取った。
多分は大事にとっておいたのかもしれないが、酒は飲むためのものであって仕舞っておくためのものではない。
なんだかんだ言って、グラスに入れて差し出せば口をつけるだろうと考えると、セフィロスは彼女が風呂でいないのを良い事に酒の封を切った。

入浴を終えて戻ってきたが、予想通りセフィロスが飲んでいる酒に驚いた顔をしていたが、彼がグラスを進めると、彼女は溜め息一ついただけで一緒に飲み始める。
会話のついでに、朝の魔物はやはり新種で、今は各地で急に新種が現れて騒いでいる事を教えてみたが、は「大変そうですねぇ」の一言で済ませた。
予想通りの反応だった。










2023.07.12 Rika
次話前話小説目次