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Illusion sand ある未来の物語 62


極度の疲労と著しい成長のためにセフィロスの体調不良は長引き、再び次元の狭間へ向かったのは最後に訪れてから10日後だった。
戦闘時間は4時間を2回。間に2時間の休憩を挟む形に変えた結果、以前より成長はゆるやかになったものの、彼や召喚獣達の疲労は軽減された。
時間が短くなった分、召喚獣達からの攻撃は苛烈になる。
しかし、それで倒れるほどセフィロスは軟弱ではなく、むしろそんな時ほどより成長が著しくなるため、必然的に彼を追い込む時間が長くなった。

どうしてこれで倒れないんだろうかと、が首を傾げて眺めていると、それを見つけたセフィロスが近くにいる氷の騎士を掴んで投げつけてくる。
そんな彼の余裕に笑みを零しながら騎士を避けたは、その騎士が一人悠々と氷雪のソファで寛いでいるシヴァの方へ突っ込んでいくのを気にせず、地上にひしめく氷の騎士の中に紛れた。
狙ったかのように飛んできた斬撃で、辺りにいた氷の騎士たちが氷塊へと姿を変える。
以前とは段違いに強くなった彼に、は笑顔でその攻撃を避け、氷塊と斬撃の衝撃に隠れて一気に距離を詰めてきたセフィロスの刀をさらりと避けた。
彼が刀を振る前に背後に回り込み、そのまま彼を崖の下にある地面に蹴り落とす。
落下しながら放たれたファイガもあっさり避けたに、悔し気に顔を歪めた彼は、その姿を追うように雪崩れ込んでいった氷の騎士達の波に飲まれた。

何秒くらいで出てくるだろうかと呑気に眺めていると、先ほどと同じ攻撃で氷の騎士の半分が削られ、中央にいるセフィロスの姿が見える。
こちらを見る彼に、それより自分の後ろを見ろと指さすと、やる気満々なイフリートとタイタン、それに速攻でスレイプニルを潰されて代わりにフェニックスに乗ったオーディンが攻撃を仕掛け始めた。

地面が大きく揺れる灼熱地獄に加え、熱で溶けた氷が足元を滑らせる。
フェニックスが飛ぶ更に上では、ラムウが嫌らしい笑みを浮かべて攻撃のタイミングを待っていた。
タイタンがあっさり切り捨てられると同時に走る閃光に、は背を向けるとシヴァの方へ向かう。
後ろから聞こえるドンパチする音を一応耳にいれつつ、一人読書するシヴァの隣に腰を下ろしたは、次から作る騎士の強化について相談をし始めた。





、お前はやる気があるのか?」
「ん?お食事、鍋ではお気に召しませんでしたか?」

「そうじゃない。戦闘の事だ」
「おや……何かご不満が?」

戦闘での汗や埃を綺麗に洗い流し、人心地ついた夕飯時。
テーブルの上でぐつぐつと煮える鍋を前にして眉を顰めた彼に、は首を傾げる。
近頃は2人で夕方まで狭間にいるから、時間がかからない料理が多い。
それが不満なのかと思ったが、どうやら違うらしい。

戦闘でのやる気と言われて、は箸を置いて考えたが、あれだけ召喚獣を強化してけしかけているのにやる気を疑われる理由がわからない。
むしろ、としては様子を見るフリをしてたまにしか攻撃しない召喚獣達、特にほぼソファで別の事をしているシヴァのやる気の方が疑問だった。


「何故そう思われたのか、理由を伺ってもよろしいですか?」
「……俺がシヴァの騎士達と戦っている間、シヴァの傍で笑いながら見ていただろう?それに、攻撃をしかけても避けるばかりで、受けることも反撃をする事もない」

「ああ、そういう事ですか。攻撃は殆ど召喚獣に任せているので、確かにそう見えるかもしれませんね。御気分を害してしまったようで、すみません」
「だとしても、笑ってみている理由にはならん」

「それは、何と言いますか……貴方が成長するに従って、戦い方が泥臭くなっていくので……良い具合に追い込まれていて、丁度良いペースで強化されていると思うと、つい」
「……馬鹿にされているようにしか感じない。せめて、攻撃を避けるときに笑うのはやめろ」

「はい。すみません」
「それと、何故受けたり反撃したりしないか、答えを教えろ」


不満げに言いながらも食事はするセフィロスが、どこか昔の……幼い頃の自分を思い出させて、は彼が怒っていると知りながら、ついまた笑ってしまいそうになる。
剣を教えてくれる父や家人に、何故避けるばかりで反撃しないのか、馬鹿にして遊んでいるのか、と。今のセフィロスと同じような文句をいった記憶が、鮮明に蘇ってきた。
きっと彼には、これまでそんな対応をする指導者はいなかったか、そこにあった実力差を一瞬で詰められるだけの才能があったのだろう。
それが幸せなのか、不幸なのか、にはわからないし、セフィロスにとっては、幸・不幸で考える問題ではないのだろう。

流石に今は笑ってはいけないと思うのだが、思わず緩んでしまった頬はしっかりセフィロスに見られ、彼の眉間にしわが寄った。
しかし馬鹿正直に、自分の子供の頃に似ているなんて言えるわけがないし、父や家人のように反撃を望むなど5年早いなんて言えるわけがない。
彼の場合、5年どころか5日くらいでおいついてきそうだ。


「失礼しました。私が反撃をしないのは、今のあなたの実力だと、上手い手加減が難しくなってきたからです。レベルの上昇も激しいですからね、逆に加減が難しくて」
「つまり、俺がまだ弱いせいか」

「逆ですよ。お互い怪我をしないようにするのが難しいくらい、貴方が強くなっているんです。貴方はバランスが良いタイプですが、若干物理寄りでしょう?私は逆に魔法寄りなので、現時点では物理的な攻撃力や防御力が近くて……」
「どちらにしろ、言っている事は変わらない」

「そう気を悪くなさらないで下さい。セフィロス、貴方、今日の夕方の時点で、レベルが550を超えたでしょう?十分化け物離れしている部類ですよ?」
「それでも、お前にはまだ追いついていない」

「いえ、大分近づいていますよ。このままのペースなら、来週中には、追い越されるかもしれませんね」
「……650……いや、700辺りか……」

「私のレベルを当てようとしないでください」
「明確な目標があった方が、やる気が出る。ところで、実力が近づいているという事は、この休養日が終わったら、お前も今までより積極的に戦闘に参加するんだな?」

「そのつもりです。ですが、その前に、セフィロス、世の女性の多くが年齢を聞かれて嫌がるように、私の場合はレベルを聞かれるのを嫌がるのだと覚えておいてください」
「……わかった。もう、お前を追い越すまではレベルについて聞くのはやめにする」

「追い越しても聞かないでほしいんですが……」
「……そこは譲れ。多少の目安は必要だ」

「……わかりました」
、そこのぽん酢をとってくれ」

やっぱりこの女、変な所が面倒だと思いながら、セフィロスは食事を再開する。
一日8時間の戦闘を4日行い、明日からはまた3日の休養日の予定だが、外の寒さは相変わらずで、何処かへ出かけようという気は起きない。
春や夏であれば、畑や釣りで気分転換できるのだが、冬になった途端にそれらが無くなってしまうのは本当に厄介だ。
今になって、が本を買い込んでいた事に納得できたが、では読書するかと考えると、そんな気分にもならない。
もっとこう、気分が高揚するような何かがしたいと考えていると、視線は自然と目の前にいるへ向く。

彼女に面白い話を期待しても、期待とは違う話をされそうだが、変わった話を望むなら楽しい時間を提供してくれるかもしれない。
召喚獣であるシヴァにすら、初対面からおかしい奴だったと言われただ。
きっと、普通の昔話も楽しいに違いない。
結果が楽しい話題ではかったとしても、彼女の事を知れるのだから、それはそれで悪くない時間になるはずだ。

一緒にいる時間は長くなったが、の昔を詳しく聞いたことはなかったセフィロスは、どんな彼女を知れるのかと考えて、自然と頬が緩む。
鍋から白身魚を掬っていたは、そんな彼の表情に気づくと、自分の口の端を指で確かめながら首を傾げた。


「セフィロス、私の顔に、何かついているんですか?」
「いや。だが、お前に、少し頼みがある。食後は予定を入れないでほしい。それと、今日の酒は控えめにしておいてくれ」

「………………そ、それは…………」
「どうした?何か問題があるか?」

「……いえ、その……分かりました。ですが、食事中に言わなくても……」
「ん?」

酒を控えての頼み事と聞いて、は一瞬固まると耳まで赤く染め、恥ずかし気に視線を落とす。
その反応に、一瞬首を傾げかけたセフィロスだったが、彼女が赤面する理由がすぐにはわからない。


「……あの、セフィロス、確かに明日はお休みですが、私も召喚だけとはいえ少し疲れていますし、出来れば、こう……今夜はお手柔らか、にお願いします」
「待て。そういう意味では言っていない。誤解するな。今のは俺の言い方が悪かった。、こっちを見ろ」


酒を控えた上で時間をとれ。
そんな条件での頼みごとをした時、自分がに何をしてもらっていたか思い出したセフィロスは、慌てて箸を置くと誤解を解きにかかった。
赤面して所在なさげに視線をさ迷わせる彼女に、いつまでもこうして可愛らしく恥じらっていてほしいと思いながら、しかし慌ててその思考を振り払う。


、俺は、お前の昔の話を聞きたかっただけだ。そのために、少し時間をとってほしかった。それだけだ」
「そう……なのですか?」

「そうだ。流石に、食事中に、そういう話はしない。今までも、そうだっただろう?」
「ええ、そうですね。……セフィロス、妙な誤解をしてしまって、すみませんでした。私、てっきり……ああ、恥ずかしい……」


今度は自分の勘違いに頬を染めて顔を覆った彼女に、セフィロスはやっぱり誤解を解かなけば良かったと少しだけ思ってしまう。
しかし、今更前言撤回する気になれず、今日は彼女の話を聞きたいという気持ちが大きいのは変わらないので、一瞬湧いた欲求は後日に持ち越すことにした。
恥ずかしがっているを、気が済むまで眺めていたくもなるのだが、放っておけば羞恥心が限界突破して雄叫びを上げそうなので、それも後日に持ち越す。


「深酒すれば、話どころではなくなる。だから、今日は酒は控えてほしいと言ったんだ。頼めるか?」
「……はい、それは、大丈夫です。あの、私の昔の話と仰いますが、具体的にどのような話を?」

「お前の世界の話が聞きたい。いつ、どんな風景を、どう旅したのか。お前が覚えている事だけでいい。教えてくれ」
「細かい事は大分忘れてしまっていますが……そうですね。思い出せる出来事だけでよければ」

「決まりだな。早く食べてしまおう」
「ご期待に添えると、よいのですが」


安心した様子で小さく笑みを浮かべる彼女に、やはりもう少し恥ずかしがらせればよかったと小さく後悔しながら、セフィロスは止まっていた箸を進める。
段々大雑把な男の料理から、普通の家庭料理に変わり始めたの料理に、内心で満足げに頷いたセフィロスは、花の形の人参を口に入れた。




「さて……セフィロス、貴方はどんなお話がお望みでしょうか?」

夕食の片付けを終え、あとは寝るだけとなった2人は、暖炉の前にラグを敷き、クッションを集めて灯りを落とす。
暖炉に向かって足を投げ出し、クッションに背を預けながら肘をついた恰好で、それでも身を寄せ合う2人の顔は、緩やかに揺らめく暖炉の炎に照らされていた。
見知らぬ世界に思いを馳せるセフィロスの目は、無自覚のようだが、まるで少年のように輝いている。
その期待に、は柔らかく目を細めると、温かな炎に目をやって遠い記憶を思い起こす。

「私が育った炎の守護国、古の叡智と魔性が眠る古代図書館、真の女王を忘れた水の王城、孤島の地下に眠っていた太古の文明、悪霊蔓延る船の墓場、流砂に聳え立つピラミッド……」
「どれも興味深くて、すぐには選べん」

「おや。では……そうですね、古代図書館のお話にしましょうか」
「そうしてくれ」


太古の文明に浪漫を感じるのは、何処の世界の人間でも変わらないのだろう。
期待の表情を隠そうともしないセフィロスに、はまた柔く目を細め、記憶の端をそっと引き寄せる。


カルナックの遥か南、内海の対岸に広がる森の中に立つ、巨大な建造物。
いつからあるのか、誰が作ったのかさえ、そこに抱えられた膨大な知識に埋もれてしまった、人類の遺産。
多くの学者がいつか一度は訪れることを願い、叶うならその知識の財宝に触れながら生きたいと夢見る場所。

1歩足を踏み入れれば、古に信仰された知と良心の神の像が出迎える。
無心で本を貪る学者達の上へと目をやれば、天井の灯り窓から差す光が遠い月のようにさえ思えるほど、高く聳える書架が、初めて訪れる者を圧倒した。
その奥に広がる知識の森は深く、光すら届かない。

溜め込まれた計り知れない英知には、魔物すら魅入られ住みついた。
それは隠された知識に呼ばれた魔性だったのか、それとも知識に取り憑かれ捕らわれた探究者の成れの果てなのか。
その真実すら、時と知識に埋もれ、誰も知り得ない。

溢れるほどの叡智に魅入られ奥深くへ足を踏み入れた者は、その多くが魔性の餌食となった。
無事戻れた一握りの幸運な者たちは、その叡智の鱗片を語り、魔性の恐ろしさに震え、けれど皆、さらなる知識欲に飲まれて再び知識の森へ挑み、二度と戻ってはこない。
ただ、己が見聞きした知識を、まるで生きた証しであるかのように、他の学者達に残し、姿を消した。

そんな古代図書館にが初めて自らの足で門を潜ったのは、まだ14かそこらの少女の頃。
当時はまだ後の女王の専属になることもできず、他の騎士達に交じり仕事を学んでいた。
王城の学者の護衛として訪れた時、古代図書館にいる学者の夫婦が奥から帰ってこないと泣きつかれ、代表をしていた騎士の決定で捜索に向かう事になった。

1歩奥へ足を踏み入れれば、そこは旧文明の痕跡があちらこちらに見られる。
辺りを仄かに照らすのは、宙に浮かんだ消えないランプ。
太い土台に載った壁の柱は天井に行くに従い細くなり、上下の縮尺を狂わせる。
暗闇に目をこらせば、そこには荘厳な天井画が広がり、それ自体を研究する学者もいた。
朽ちる気配のない梯子の先には、ぽっかりと本が抜けた場所があり、覗き込めば書棚自体に穴が開き、その向こうへと抜けられる。
大きな書棚で塞がれた道に立ち止まり、動物の皮と紙で出来た古い本の中、一つだけ見つけた木製の本を引き出せば、重い書棚が音を立てて動き道が開いた。
道のからくりに湧く騎士と、それを書棚の隙間ら覗く魔性の気配。

時に魔物を切り伏せ、時に傷を負いながら油断なく進む騎士たちは、やがて炎を纏う獣と遭遇する。
最後尾にいたがその爪を剣で受け、残る騎士達が体勢を立て直して反撃にかかる。
だが、獣の力は強く、騎士達は撤退を余儀なくされた。

服や髪を焦がし、命からがら逃げ帰ってきた騎士達に、学者達は何が起きたか理解し、あの獣が幻獣イフリートであると教えた。
そんなものが生息しているなど聞いていないと激怒した騎士達は、傷の処置を終えるとすぐに国へ帰る。
当時はまだ非力だったも、焦げた髪を肩の下までナイフで切って揃えると、古代図書館を後にした。
遠出の仕事に行った跡取りが、長かった髪を切って帰ってくると、家人は大騒ぎして、を更に鍛え始めた。

次に古代図書館を訪れた時も、騎士としての仕事だった。
王室でカルナック地方の歴史書が必用となり訪れると、その本を探しに行った学者が戻らないと言われ、また図書館の奥へ行く事になった。
その学者はすぐに見つけられたが、近道だと言われて向かった道の先には、以前遭遇したイフリートの姿。
腰を抜かす学者の尻を蹴り飛ばし、悪態をつく騎士達と共に立ち向かったは、イフリートを打ち取れはしなかったが、撃退することに成功する。
古代図書館へ行くと聞き、事前にイフリートへの対策をしていたから生き延びただけで、そうでなければ以前見た焼死体と同じになっていたのは間違いなかった。
学者を引きずって戻り、目的の書物を手にすると、騎士達は休む間もなく国へ帰る。
せっかく伸びた髪をまた焦がして切ることになったは、当時父が雇っていた剣の師匠に鍛えてもらいながら、いつかあの獣をチョコボのように乗り回してやると決めた。

その後も、髪が胸の下を超えるたびに古代図書館へ仕事で行き、イフリートに焦がされて切り落とす事を繰り返した。
髪を切る度に家人や師匠に頭を下げて徹底的に鍛えていると、元々実力が抜きんでていた彼女と剣でやりあえる騎士は、片手で足りるほどしかいなくなってしまった。
影で変なあだ名をつけ始められたのは、多分その頃である。
イフリートフラグとか、フレイムゴリラナイトとか、そんな感じの。

「……で、結局イフリートには乗れるようになったのか?」
「ええ。ですが、当時の私には、イフリートの背中は熱くて。乗用は諦めました」

「ああ、だろうな……」
「今は別の意味で、暑苦しいですからねぇ……」


イフリートは自称の父親代わりらしいが、それはどういう事だろう。
そう思ったセフィロスだったが、時刻は既に11時を過ぎている。
話し疲れた様子のに、セフィロスは別の機会に聞こうと決めると、腰を上げてクッションをソファに戻した。

「そろそろ寝る時間だな。、またお前の世界の話を聞かせてくれ」
「お楽しみいただけたなら、幸いです」

「ああ。悪くない寝物語だった」
「それはよかった」


明日はどの話を聞こうかと考えながら、ふと、どうせなら仲間と旅した時の事も聞いてみたいとセフィロスは思う。
古代図書館の話は、それはそれで見知らぬ世界の話として楽しめるが、仕事で行っていたというだけあって、がどう行動したのかいち分かりにくい。
自分が昔仕事で行った場所について聞かれても、同じような話しかできない気はしたので、彼女が仕事についてあっさりとした話し方をしたのは分かる。
だが、仲間とした旅の話なら、その時彼女が何を考え、どうしたのか、知れるんじゃないかと期待した。





船の墓を場書きたい

2023.07.11 Rika
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