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イフリートが放った炎の矢を切り裂く背中に、オーディンの刃が迫る。
振り向きざまに刀でそれを弾くものの、その剣は予想以上に重く、刀を握る手に痺れを感じた。
横から聞こえた氷の鎧が鳴る音に、セフィロスはスレイプニルの前足を裂きながら後方へ飛ぶ。
次の瞬間、自分がいた地面にはいくつもの氷の槍が突き刺さり、シヴァが生み出した氷の騎士が、馬を捨てたオーディンと共に剣を向けてきた。

取り囲まれ、しかし焦りなど微塵も見せないセフィロスは、騎士の数を数えるまでもなく一閃の元に切り伏せる。
けれど、騎士の半分を氷塊に返した刀はオーディンに止められ、刀の勢いを利用されてセフィロスの体は空中に投げ飛ばされた。
体を捻って体制を戻そうとする前に、リヴァイアサンが吐き出した巨大な水球に飲み込まれ、追い打ちをかけるようにラムウの雷が落とされる。
平時であれば、耐性で問題ない雷だが、が召喚して魔力で強化されたラムウの攻撃は、セフィロスが知るものとは天地ほども威力が違う。
全身に走った痛みと痺れが慢心と油断の結果だと知る彼は、内心舌打ちして纏わりつく水と雷を切った。

水球から抜け出したセフィロスは、近くにある大きな水晶の上に降りると、ブレスを放とうとしていたバハムートを振り向きざまに切る。
ろくな攻撃をできないまま真っ二つに裂かれて消えたバハムートに、身をよじらせてゲラゲラ笑ったリヴァイアサンは、しかし直後に尾の先を3つに裂かれて悲鳴を上げていた。
炎と、氷と、雷の矢が放たれる空中を、瓦礫や氷、のたうち回るリヴァイアサンの体を足場にして降りてきたセフィロスは、待ち構えていたオーディンと刃をぶつける。
再び数を増やした氷の騎士と、次いで攻撃に参加したタイタンの後ろでは、大きく翼を広げるフェニックスと、その炎を纏って蘇ったバハムートがいた。


袋叩きのように見えるが、致命的なダメージを全く受けていないセフィロスは、まだまだ余裕があるのだろう。
楽しそうにしているし、ならばもう少し召喚獣を強化してやろうと、は召喚獣達へ更に魔力を送る。
この戦闘も、あと30分くらいすれば、セフィロスの勝利で終わるだろう。
水晶の大地の隅っこに敷かれたレジャーシートの上、一人ぼっちで観戦していたは、セフィロスが作ってきてくれたおにぎりをモソモソと頬張っていた。



Illusion sand ある未来の物語 59



農作業している時よりも、料理をしている時よりも、戦っている時のセフィロスは楽しそうだった。
戦闘が好きというより、思いっきり体を動かせる爽快感のためだろうが、どちらにしろ彼の表情が晴れやかなのは喜ばしい。
毎日夕方まで召喚獣達と戦っているせいで、彼の戦闘用の服はとっくにボロボロになって廃棄された。
代わりの服も毎日汚れたり、破れやほつれていたりして、は彼が寝た後も毎晩のように繕い物に追われている。
冬ごもり中だというのに、彼の箪笥の中の風通しがよくなってきているのが、最近の心配事だった。

「あの、セフィロス、戦闘中の衣類について、相談があるのですが、今、お時間をいただいてもよろしいですか?」

今日もズボンの裾を破り、上着の裾を焦がし、靴までダメにして帰ってきたセフィロスは、に声をかけられて読んでいた本から顔を上げる。
焼け焦げて修繕不可能な上着を手に眉を下げる彼女に、彼は寝転がっていたソファから起き上がると、少し気まずげな顔をしながら彼女の方へ体を向けた。

「服を買い足しに行きたいのか?」
「それもあるのですが、キリが無くなりそうなので、装備品の見直しをお願いしたいのです」

「アクセサリをつけても、服の頑丈さまでは変わらないはずだが……」
「はい。ですから……私の昔の装備を貸しますから、せめて鎧や籠手を着けてくださいませんか?」

「…………鎧」
「少なくとも、今よりは服を駄目にする事は減るかと思いますし。今日の上着やズボンのダメージも、ブーツや鎧で防げるか所ですから」

「嫌だ」
「……せめて籠手や脚当てはできませんか?」

「動きの邪魔になる」
「今日駄目にした靴、最後の1足だったのですが……」

「…………」
「明日から裸足で戦われますか?」

「体格が違うのに、お前の装備を俺が使えると思うのか?」
「御心配には及びません。あちらの世界の装備品は、基本的にサイズの調整が可能です。仲間内で使いまわす事もありますからね」

「…………他に、どうにかならないか?」
「貴方は、何か、戦闘に耐えられる衣類に心当たりはありますか?」

「俺の黒いコートは……」
「最初に駄目にしましたよね?ルーファウスが新しいのを用意してくださっていますが、何着駄目にする予定なんですか?」

「…………」
「次元の狭間は誰の目もないのですから、修練中だけと思って我慢できませんか?」

「……気が進まない」
「…………あなたは、最近は疲れたと言ってすぐ寝てしまわれますが、私は、毎日遅くまで繕い物に追われて、何もできていないのです」

「……酒は飲んでるだろう?」
「はぁ?」

「いや、悪かった」
「とにかく、靴だけはもう替えがありませんから、明日から私が渡す装備品を使ってください。いいですね?」


魔法の教本作りは無くなったし、夜は酒を飲む以外に何もしていないだろうと思ったセフィロスだったが、に睨まれて口を噤む。
実際、毎日のように服を破き、翌朝には綺麗に縫い終えた状態にしてもらっているので、反論ができない。
が布団に入る時は、口から酒の匂いがしているので、セフィロスはてっきり晩酌してから寝ているかと思っていた。
だが、思い返してみると先週手をつけた酒はまだ冷蔵庫に入ったままだし、寝酒に1杯飲む程度だったのかもしれない。

先日セフィロスと召喚獣に怒られ、翌日シヴァに歌を教えてから、は見るも哀れなほど落ち込んでいた。
今もまだちょっと元気がないし、テレビやラジオから歌が聞こえる度に目の光が消える。
積極的に何かをするまで気力は回復していないようだが、それでも、魔力供給と繕い物しかできない生活は流石に苦痛すぎたらしい。

の世界の鎧をセフィロスは見たことがないが、想像するのはオーディンが着ている鎧だ。
あれを自分が着ると考えると凄く嫌だし、だったらむしろ上半身裸でいいくらいなのだが、の魔力を潤沢に受けた召喚獣は攻撃の一つ一つが強烈だった。
それを食らう可能性を考えるなら、防御力ゼロの裸は論外で、ならばこれ以上服を駄目にしないよう立ち回るしかない。

セフィロスの成長に合わせて強化されていく召喚獣との戦いは楽しい。
だが、攻撃を受けた時のダメージも同じく大きくなっていくので、戦闘用の服はいずれ買い足さなければならないと思っていた。

「ああ、そうです。お気づきではないようですが、ズボンは、今貴方が履いているものと、私が縫っているもの、それともう1本の、3つしか残っていませよ?」
「……買い出しに出た方が良いか?」

「今後も服を破いてくるおつもりなら、早めに行った方がよろしいかと」
「わかった。明日は午前中から出る。ジュノンに行けば、戦闘用の服の専門店があるはずだ」

雪が降らないジュノンなら、夏用の靴でも問題ないと考えると、セフィロスはが差し出した上着とズボンを受けとる。
普通の強度の服は何度か戦闘に使っているせいで、あちこちに縫い目があってボロボロだ。
せっかく縫っても数日で別の場所を破いて帰ってこられるのだから、がうんざりするのは当然だろう。
とりあえず、この上着はそのまま廃棄、ズボンはあと1回履いたら捨てようと考えると、セフィロスはそれらをソファの端に置き、キッチンへ向かう。
裁縫道具を片付けるを眺めながら皿とナイフを出し、慣れた手つきで生ハムを削っていると、窓の外に物欲しげな目で見つめてくるラムウを見つけた。
無視した。

2人分の酒とつまみを手にソファへ戻ると、先ほど置いておいたはずの上着とズボンが見当たらない
自分がキッチンにいる間、が片付けてくれたのだろうと理解したセフィロスは、礼を言うと彼女の前に酒が入ったグラスを置いた。


「ありがとございます」
「ああ。明日だが、あまり時間をかけたくない。9時くらいにバハムートで出て、昼過ぎに帰ろうと思う。大丈夫そうか?」

「ええ。お一人で行かれますか?それとも、ご一緒に?」
「どうしてお前を置いて行くと思う?お前も、少し気分転換した方が良い」

「ですが……服を買うんですよね?私は……」
「誰も選べとまでは言っていない。一緒にいるだけでいい」

「わかりました。そういう事でしたら、ご一緒します」
「…………」

微かに口の端を上げて微笑むものの、すぐにグラスへ視線を移してしまったに、セフィロスは物言いたげな視線を向ける。
それをちらりと横目で見た彼女は、ワインで唇を少しだけ濡らすと、振り向いて首を傾げた。

そんなと数秒見つめあい、考えたセフィロスは、彼女の手からグラスを取ってテーブルに置く。
視線でそれを追ったは、ゆっくりと手首を掴んできた彼の掌に微かに眉を上げ、その理由を探して彼を見つめた。

何処かいぶかし気な目をする彼に、は内心首を傾げたものの、特に感情を動かすでもなく彼をまっすぐ見つめ返す。
先日、洗いざらい吐かされて以降、何の秘密も隠し事もないはずだが、一体何だというのか。
心当たりは全くないが、また説教されるような事をしてしまっていたのだろうかと、は少しだけ憂鬱になった。

、何か、気がかりな事はないか?」
「貴方が何故そんな事を言うのかという点は気になりますね」

「……他に、何かあるか?ここ数日のお前は、別の事に気をとられている。説教された後くらいには、元気がない。問題は深刻ではないが、気分は良くない……そんな辺りだな」
「…………そうですね。確かに、それはあります」

「言え。お前が黙ってる事は、ロクな事じゃない」
「これは相談しなくても問題ないとシヴァに言われましたが……一応言った方が良いでしょうか?」

「何でもなければ、聞き流す」
「そうですか」


ならば、隠す事でもないし良いだろうと思って、は再びワインで唇を濡らす。
同じくグラスに手を伸ばした彼の喉が動くのを見届けると、は小さく息を吐いてグラスに映る自分を眺めた。


「最近、またレベルが上がるんですよ。貴方と召喚獣の戦いは、私にも経験として積みあがっているようで……」
「そうか。レベルが上がると、問題があるのか?」

「いえ……それはいいんですが……。セフィロス、貴方、今のレベルはどれくらいですか?」
「……今日の夕方、238になった」

「順調ですね。私も、多分、自分のレベルは、それくらいだと思ってたんですよ。この世界に来た時も、せいぜい150から160くらいかと……」
「そんなわけがあるか」

「その台詞、シヴァにもそのまま言われました」
「だろうな」

あのおかしげな空間である次元の狭間を、故意か偶然かはわからないが自力で抜け出し、そのまま異世界までやってくる存在が、たかだかレベル150やそこらなわけあるものか。
最近次元の狭間に入り浸り、その異質さをまざまざと思い知るセフィロスは、の言葉を間髪入れずに否定した。
夏前に狭間に行ってボコボコにされた時は、セフィロスもまだ精神的に回復しきれず頭も回っていなかったので騙された。
だが冷静になった今なら、魔法を殆ど使わないのに軽く自分の相手をしていたが、その程度のレベルではなかったとわかる。


「自分のレベルを、そこまで把握していなかったのか?」
「100を超えたあたりで、確認するのが嫌になったんです。それから、ずっと気にしていなくて……。先日、シヴァに言われて確認した自分のレベルが、予想を超えていたので、少し……驚いてしまって」

「いくつだったか、聞いても良いか?」
「……………………………やっぱり言うのをやめていいですか?」

「かまわん。言いたくないほど高いのはわかった」
「ありがとうございます。実は、貴方と召喚獣の戦闘で、この数日で更に上がっているんですよ。だからもう、直視したくないんです」

「……それで伸びるのか。ステータスはどうだ?」
「やっているのが召喚と魔力供給だけですから、物理は伸びていません。でも、その分魔力の上がり方が著しいようですね」

「お前は、魔力が枯渇すれば、また死ぬんだろう?なら、魔力が上がるのは良い事だと思えばいい」
「……そう、ですね……」


まだ成長しているのかと呆れかけたセフィロスだったが、彼女の視線がグラスにあったおかげで何とか誤魔化すことに成功する。
なるほど、シヴァ達に化け物離れと言われるわけだと思ったが、魔力だけの伸びと聞いて納得できた。

そもそも、はあの広い次元の狭間に蔓延っていたという高レベルの魔物を、たった一人で根絶やしにしたのだ。
異常な事をやってのけているのだから、レベルの高さだって異常になっていなければおかしい。

召喚獣達との戦闘により、凄まじい速さでレベルが上がっていると思っていたセフィロスだったが、彼女にい追いつくためにはもっと急いだ方が良いかもしれないと考え直す。
正直色々と思うところはあるのだが、高い目標ができたのだと、セフィロスは思うことにした。
の事だ。多分、今後セフィロスが彼女のレベルを超えた時に、それを報告する形で自分のレベルを知らせるだろう。

は余程自分のレベルがショックだったらしいが、今のセフィロスには話を聞く以外できないので、彼女の気を紛らわせる方向に思考を変える。
とりあえず、皿の上のつまみに箸をつけ、の口へ近づけた彼は、大人しく食べた彼女の頭をヨシヨシと撫でる。
けれど、いつもは大人しくそれを受け入れて気持ちを切り替えてくれるはずの彼女は、口を動かしながら物言いたげな、そしてどこか申し訳なさそうな目をセフィロスに向けた。

その態度に、落ち込んでいる意外にも何かあると理解したセフィロスは、彼女の頭から手を離す。
大きな生ハムとチーズを口に入れているせいで、咀嚼に時間をかける彼女を横目に、セフィロスは喉を潤しながら少しだけ心構えをした。
さほど深刻さはなく、ただ、気まずそうな彼女に、厄介ごとではないはずだと自分を励ます。

、他に何か言いたいことがあるんだな?」
「……ええ。少し言いにくいのですが……」

「だが、言えること……だな?問題があるなら、聞いてから2人で考えればいい。言うだけ言ってみろ」
「ありがとうございます。……その、今後は私も参加して貴方を強化する事になるのですが、その時にも私はレベルが上がっていくと思うんです」

「追いつくのが難しくなると言いたいのか?」
「いえ、そこは、貴方ですから多分何とかなるかと」

「どういう意味だ?」
「……貴方は、そのレベルに見合わないほど成長が早いので、私に追いつくのは時間の問題です。そういう話をしたいのではなく、私は自分が予想していた以上にレベルが高かったという話です。万が一に備える際、総合戦力を把握しておく必用はありますし、その情報に誤りがあるのはどうかと思いまして」

「……なるほど」
「私が後方で守りに徹するより、貴方と共闘した方が勝算が上がるのは、ご理解なさっていると思います。イレギュラーでも起きない限り、恐らく負けることは無くなるでしょう。……ですが、それは貴方と召喚獣の意思に反するでしょう?貴方の意思に反しようとは思いません。今回は特にというか、流石に……ええ、大人しくしています。ただ、念のため伝えておこうかと」

「わかった」


おかしな気を起こしていないなら良いかと考えながら、セフィロスは静かにグラスに口をつける。
彼女の言葉の途中で、まだ説教が必要かと少しだけ苛立ったが、杞憂に終わって安心した彼は気を紛らわせるように口内にあるワインの味を確かめた。
数秒考えてからワインを飲み込み、視線を横に向けると、居たたまれない顔をしたと目があう。
大人しくしているつもりではいるが、自分を戦力にいれた状況を想定しろと言ったのだから、そんな顔にもなるだろう。


「いらん心配はするな。星の危機とやらの相手は、今の人間達にさせる。それが駄目でこちらに被害が出るなら、俺が相手をする。それは変わらない」
「……そうですね」

「今回、俺達にとって重要なのは、お前が守られることを学び、知る事だ。お前は、それだけを考えればいい」
「分かっています。ですが、精神的には、ずっと貴方という存在に守られ支えられています。その上戦闘の面でもとなると……頼りすぎている気がしてしまって」

「精神的なものは、お互い様だ。それに、いつまでもお前に守られ続ける方が、俺は気にする。だから、俺のためだと思って、守られろ」
「……わかりました。よろしくお願いします」


ようやく安心した表情になったに、セフィロスは少しだけ頬を緩めてグラスを勧める。
実際に戦いが起きた時も、こんな風に落ち着いて待ってくれていればいいのだが、それは今後のセフィロスの成長次第だろう。

が今どれだけのレベルであろうと、今更方針転換はない。
それに、セフィロスの脳裏には未だに、次元の狭間で見た未来の幻が鮮明に残っている。
元々も、星から全容を知らされていないと言っていたし、恐らく彼女が言うイレギュラーは起こるだろう。
その時、彼女が戦場に足を向けようと思わないくらいの余裕が、今セフィロスが考えている最低限の目標だった。


「明日、買い物を終えてから、お前も召喚獣と一緒に俺と戦えるか?」
「ええ。貴方が必要と判断するなら、それに従います」

「頼んだ。可能な限り早く、お前のレベルを超えたい。協力してもらえるな?」
「わかりました。では、明日は回復アイテムも買い足……あ、いえ、やっぱりいりません。せっかくですから、アイテムより魔法の回復速度が速くなるように、頑張ってみましょう」

「…………」
「それが出来るようになったら、HPが0になる直前にレイズをかけれるようにしましょうね。最初はお手伝いしますが、貴方ならすぐにできると思います」


協力する気でいてくれるのは嬉しいが、微笑みながらボコボコにすると宣言してきたに、セフィロスは言葉を返せずグラスに口をつける。
次元の狭間に行く回数が増えたからか、死線をくぐりすぎて感覚が麻痺している発言を普通にしてくる彼女に、何とも言えない気持ちになった。









2023.06.29 Rika
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