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『……やはり、お前には全て白状したか。さすがだセフィロス』
「褒められても何とも思わん。おかげでこちらは頭が痛い」

『それはそれは。ならば、のように一人で気負いすぎない事だ』
「分かっている。それより……の食欲が減った事の方が問題だ」


深夜、古い写真を眺めながら電話をしていたセフィロスは、相変わらず余裕を崩さないルーファウスの態度につい愚痴を零す。
を怒り白状させてから数時間経つが、時間を追うごとに落ち込み、晩酌もせずに布団に寝室に引っ込んでしまった彼女に、セフィロスは肩を落としてため息を吐かずにいられなかった。
そうさせたのは自分で、その原因は自身で、この状態を予想はしていた。
だが、いざその状況になって陰鬱とした彼女を目の当たりにすると、嫌でも罪悪感は湧くし、それを表に出さないようにするのは気骨が折れる。

『……世界の危機より、妻の食欲とは……さすがだ、セフィロス』
「なんとでも言え。それより、何かの気分を軽くしてやる方法はないか?俺に叱られた後、召喚獣達にも説教されて、予想以上に落ち込んでいる」

『その召喚獣を呼んだのは誰だ?』
「……俺だ。てっきりグルかと思っていたが、奴らはが俺にまで黙っていたとは知らなかったらしい。そのままほぼ全員出てきて、彼女を囲んで説教を始めた」

『……それは、お前もも、どちらも自業自得だな。自然に回復するまで放っておくといい。彼女には、良い薬だろう』
「……やはりそうか」

他にどうしようもないと思っていたセフィロスだったが、ルーファウスから改めて言われ、諦めてため息をつく。
この後予定があるというルーファウスに礼を言って電話を切ると、セフィロスは携帯を机に置き、画面の中で楽しそうに笑っている昔のを見つめる。
その手には、ブリザドで作った巧妙な氷の彫刻が乗っていて、大きな目とずんぐりむっくりな体、手に持っているどんぐりが、どこか間抜けで愛らしかった。
不細工なリスのようだが、確か彼女の世界にいる魔物の一つだと言っていた気がする。
本当かどうかは知らないし、確かめたいとも思わないが、セフィロスの視線は彼女の手にある彫刻に注がれた。

氷塊を出す魔法で、彫刻を作る。
それがどれほど難しい事か、彼女の世界の魔法とその仕組みを学んだ今、ようやく理解できるようになった。
けれど、その先が見えない道のりと持ちうる時間の短さに、セフィロスは頭を抱えて深いため息をつくしかなかった。



Illusion sand ある未来の物語 58



「ほれ、小僧。お望みの品じゃぞい」
「助かった。しかし、随分集まったな。が生まれた世界は、彼女が生きていた時代より時間が経っていたはずだが……」

「そこは裏技じゃ。のお陰で次元の狭間に慣れてしもうたからのう。時間と時間の隙間を突くとな、ピュンと過去まで行けるんじゃ」
「……色々聞きたいところはあるが、今はいい。少し中身を確認させてもらおう」

地吹雪が続く昼下がり。
リビングでラムウと顔を合わせたセフィロスは、彼がローブから出した麻の袋を受け取り、中身を改める。
粗く丈夫な布地の袋に詰められていたのは、セフィロスが初めて見る動物の皮で出来た紙の巻物だ。
ただの紐でとめられているものや、軸に金属が使われているもの、表に染めた皮や金属で装飾がされた豪奢なものと、見た目は様々だった。

「これはマテリアと違うてな、内容がそのまま頭の中に刻まれるんじゃ。今は使えん魔法があっても、魔導士としてのレベルが上がれば使えるようになるじゃろう」
「魔導士のレベルは既にに上げてもらった。白魔法は全て覚えたが、ここにあるのは、それ以外の魔法で良いんだな?」

「そうじゃ。しかし、スクロールを使わず一から魔法を覚えるとは、だけじゃなく、おぬしもなかなか化け物じゃのう……」
「人の事を言えた存在か?しかし、これは助かった。ありがたく使わせてもらう」

「貸し一つじゃな。さて、ワシはの様子でも見に行こうかの……おぬしはどうするんじゃ?」
「今日はこの魔法を頭に入れる。が言うには、慣れなければ鼻血を出して倒れるらしいからな」

「うーむ……一気に5つも6つも頭に入れればそうなるかもしれんが……おぬし、まさか今渡した魔法、全て今日頭に入れるつもりじゃなかろう?」
「問題がなければそうするつもりだ。時間はそれほどなさそうだからな」

「……止めてもやりそうじゃな。安そうなやつが簡単な魔法じゃ。それから順番に試すと良いぞ」
「わかった」

心底呆れた顔をしつつ、それでも止めなかったラムウに短く言葉を返すと、セフィロスは煙のように消えていく雷帝を見送る。
先ほど言っていた通り、他の召喚獣と次元の狭間にいるの様子を見に行ったのだろう。
早朝、シヴァに襟首を掴まれて肩を落としながら狭間の魔力処理に向かったの姿を思い出し、セフィロスは小さくため息をつく。

そう仕向けたのは自分だが、落ち込む彼女を慰めないのも励ませないのも、結構なストレスだ。
だが、昨日の今日で甘い顔をすると、今後も同じことで彼女を叱ることになりそうなので、セフィロスも耐えるしかない。

昨夜、はセフィロスに怒られた後、召喚獣達にも寄って集って叱られ、イフリートからは頭に3回ぐらい拳骨を落とされた上にウォンウォンとやかましく泣かれていた。
その後、セフィロスと召喚獣達が今後の話し合いをしている間も、彼女は一人だけ床で正座させられ、時折涙目で脚にエスナをかけていたのだ。
だが、今回ばかりは流石に誰も同情しなかったし、何度彼女の脚が光っても気にしなかった。

召喚獣との話し合いは、意外なことに全員の方針があっさりと一致し、セフィロスがいない時のの監視役は満場一致でイフリートに決まった。
張り切って引き受けたイフリートとは対照に、無表情で目が死んでいたの顔が印象的だった。


とにもかくにも、まずはできるだけ時間をかけず、セフィロスをのレベルに追いつかせる事が話し合いで決まった。
には暫く戦闘を禁止させ、唯一許可されるのは、セフィロスを強化する時のみ。
それ以外でを戦闘に引っ張り出す事があるなら、それは召喚獣が全滅してセフィロスが戦闘不能になってから。
星の危機とやらまで時間はなさそうだが、それはまずこの世界にいる現代の人間達が対処する事であって、セフィロスと召喚獣が腰を上げるのは、彼らの敗北が決まってからになる。
つまり、実質、無期限の戦闘禁止である。

とはいえ、どちらにしろ時間はなさそうだった。

そのために、セフィロスはが魔法の教本を作るのを待たず、召喚獣に彼女の世界の魔法を手に入れてきてもらった。
彼らが時間まで超えられるとは予想外だったが、人知を超えた存在なのだから、様々な知識や技があるのだろう。

出来るだけ最短で魔法を頭に叩き込んだら、セフィロスはその後、次元の狭間でひたすら召喚獣達と戦闘だ。
レベルを上げるためでもあるが、一応ラムウ達は相手の力を試してから召喚に応じるタイプらしく、今更ではあるが一度は倒す必要があるらしい。
セフィロスが相手なのだから、始める前から結果は分かり切っているのだが、契約上必要なのだそうだ。
何故か話が勝手に進んでいて、が召喚して強化された召喚獣達を、一度にまとめて相手にする事になってしまった。
勝手に決めるなと思ったセフィロスだったが、良いレベル上げにもなりそうなので、今回は黙ることにした。

夕方までに、次元の狭間の方へ合流したいと思いながら、セフィロスは手始めに一番ボロボロの巻物を取る。
固くゴワつく紐を解き、同じくゴワついた皮の紙を開くと、書かれていた文字が魔力となって浮き上がり、風を通すように眉間から入り込んでくる。
瞬間、得られた初歩的な黒魔法の知識に少し驚き、同時にそれがから既に教わっているサンダーだと理解する。

文字通り脳内に刻まれた知識に、セフィロスは少しだけ気持ち悪さを感じたが、拒否反応を起こすほどではない。
レベルを上げれば、自然と使い方が分かるというのはその通りだと思うが、逆にレベルを上げて経験と知識がなければ使えない気がした。
がくれた教本の内容を想像していたセフィロスだったが、刻まれた知識はそれよりずっと大雑把で端的だ。
初心者にも優しい教本と、分かる人間向けの参考書ぐらいの違いがある。
から教わった事前知識や魔力や魔法操作の基礎・理論がなければ、4つ目くらいで頭痛を起こしていたかもしれない。

遠回りではあるが、は堅実にセフィロスを強くしようとしてくれていたのだと再確認して、彼は少しだけ頬を緩める。
けれど、彼の手は1本目の巻物をテーブルに置くと、すぐに2本目に伸ばされ、今度はケアルの魔法を頭に入れる。
短い童話を読む程度の負担しか感じなかったセフィロスは、その後も次々と巻物に手を伸ばしあっという間に初歩魔法の巻物を開き終わった。
そのままの勢いで中級の魔法を開き、途中軽い頭痛を覚える度に手を止めて休憩を挟むと、1時間もする頃にはラムウがくれた魔法をすべて頭に入れられた。

流石に疲れを感じて、ソファの上で体を伸ばしていると、急に強い眩暈を感じて視界が白く変わっていく。
そのまま重力に従って横になり瞼を伏せると、視界は白から徐々に黒へ変わり、意識が眠りの中へ落ちていった。




よ、そなた、歌声まで化け物離れしているとは、流石の我も想像せなんだ。本当に人間の歌が不得手よのう。かように声に魔力を乗せすぎては、普通の人間は簡単に気が狂うであろうよ。それを差し引いても、音程とリズムが壊滅的とは、ある意味逸材よ。『ちからのうた』とは言っていたが、まるで亡者の寝言のようであったわ」
「…………」

所変わって次元の狭間の一角。
恥を忍んで歌を披露したは、シヴァからの容赦ない酷評を、3日前に打ち上げられた魚のような目で聞いていた。
セフィロス強化のため、吟遊詩人のアビリティである歌を教えたいのだが、直接目の前で歌うと1音目で彼が白目を剥いて倒れる。

その対策として、の歌をシヴァが聞き、シヴァがセフィロスに歌って教えることにしたのだが、最初の1曲を歌ったところでシヴァはの心をへし折った。
散々に言いながら、今聞いた歌を綺麗な声と正確な音程でなぞり歌うシヴァに、の心は更に滅多刺しになる。
曲の内容に間違いない事を確認し、次の曲を歌いだすと、遠くからバハムートとリヴァイアサンが笑い転げている音が聞こえてきて、途中からは歌真似までされた。

あの2体、次に召喚する時は、肉塊になるまで酷使してやる。

そんな仄暗い決意をしながら、はシヴァが歌いなおす声を、心を無にして耳に入れていた。

『すばやさのうた』を岩場に打ち上げられた海竜が産卵する鳴き声と言われ。
『えいゆうのうた』を生ごみと本気で喧嘩する酔っ払いの声と言われ。
『ゆうわくのうた』を不規則な魔力で操り人形にしてくる崩壊寸前の風車と言われ。
人の歌に対するとは思えない感想で心を粉砕されながら、は全ての歌をシヴァに教え切った。

シヴァが言うには、の歌で他人がステータス異常を起こしていたのは、彼女の声に乗る魔力が強すぎて、脳では耳から入ってくる魔力に耐えられないためらしい。
普通の生き物ではない召喚獣ならば、むしろ魔力が乗った声の歌の方が効き心地が良いそうだ。
だが、の場合はシヴァが最初に指摘した通り、声に乗せる魔力が大きすぎるし、それ以前の音程とリズムが壊滅的だったので、召喚獣が聞いても酷い音痴なことに変わりはなかった。
最初は笑っていたバハムートとリヴァイアサンも、4曲目あたりで引き始め、6曲目を始める頃にはどこかへいなくなっていた。

のメンタルはゼロどころかマイナスである。

早く帰って不貞寝したいと思うだったが、この後はオーディンがセフィロスを迎えに行って、彼の召喚獣集団討伐戦が予定されている。
今の顔色をセフィロスに見せるのは気が進まないが、シヴァにボロボロにされた心は簡単に癒える気がしない。

普段持て余している魔力を限界まで使い、が従える召喚獣を全て強化して呼び出す事になっているのだが、最初からそれは酷ではないかとは思う。
だが、決めたのは他ならないセフィロスと召喚獣だ。
それに、多少力加減を間違えても死にはしないので、その安心感があるだけでも少し気が楽だった。

あまりにも精神が沈んでいるに、シヴァは時間まで休むように言って何処かへいってしまう。
引き留めるでも、横目で見送るでもなく頷くだけで返したは、数時間後にセフィロスが来るまで無心で眼下の星空を見つめていた。










以下、の歌に対する召喚獣の感想です。

ラムウ「……うむ。ワシは何も言わんでおこうかの」
イフリート「一生懸命歌っている姿が可愛いではないか!」
シヴァ「稀に見る下手さであった」
オーディン「…………我は何も聞いていない」
リヴァイアサン「歌を聞いて引いたのは初めてよの……」
バハムート「下手糞すぎて笑ってたら、笑い事じゃなかった。あれはヤバい」

2023.06.22 Rika
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