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Illusion sand ある未来の物語 56


「セフィロス、先に、一つ教えてください」
「答えるかは、内容次第だ」

「……どうして気づかれたのですか?」
「…………初めから、多分、違和感はあった。だが、お前が隠したいなら、お前を再び失わないのならと、無意識に、気づかないふりをしていた。それが、目を背けるには限界になるほど、積もり積もって大きくなった。あとは……勘だ」

「そう……でしたか」

すぐに気づかれていたわけではないと知って、は少しだけ、無駄になった足掻きが報われた気がした。
蘇ってから今まで、彼に頭を使わない癖がついたのは、それだけ安穏とした日々を過ごせた証しだろう。
理屈だけで詰められたなら、まだ言い逃れできたかもしれないが、彼の目を覚まさせてしまったのは生来培われた感覚。
ならばもう、どう言い繕う事も出来ないのだと、避けたところで再び問い詰められるのだと、諦められる。

足掻いた結果の無様な小細工も、セフィロス達に関わる事は殆ど気づかれてしまっていて、知られていないのは召喚獣達や星の領分くらいだ。

どこからが始まりなのか、考えて、考えて、しかし彼が知りたいのはそれではないとは頭を振る。
何から話すべきか、自分が把握しきれていないものを、人に納得できるよう言葉にするのは簡単なようで難しく、不確定な予測がどうしても入り込む。
きっと自分も、全ては知らないのだろうと考えながら、それでも駒の一つになる事を引き受けたのは、腕を掴み引き留める彼が失われる様をもう見たくないからだ。
独り善がりと自己満足の押し付けだと怒る彼に、反論など出来ようはずがない。

腕を掴む彼の手の感触を改めて確かめて、離す気配が無い力に少しだけ安堵する。
できるなら、そのままずっと、最後まで捕らえ続けてほしくて、は自由になる指でセフィロスの袖口を掴む。
彼女が求めることを理解した彼は、腕を掴む手を緩めると、そのまま彼女の腕から手首へ掌を滑らせた。
焦るように手を握ってきたに、セフィロスは視線が緩みそうになるのを堪え、代わりにその小さな手をしっかりと握る。
何度か力をいれて、彼の手に離れる気配が無い事を確かめたは、それでも彼の手を強く握ったまま、少しだけ息を整えると口を開いた。


「情勢が動く。それは、恐らく予兆……あるいは、星の意図による、準備の一つ。私には判断ができませんが、いずれ全てが繋がることは間違いありません。私も、全ては知りません。駒が知るべきは己の役割であり、全てではありませんから、いつ、と詳細な時期は知らないのです。ただ、自分が思っていたより、遠い未来ではなかったのだと理解したばかりで……。星と直接意思の疎通はしましたが、教えられた事が全て真実だとは限りません。私を動かすために、あえて伏せている事はあるでしょう……」
「それぐらいは気にしない。何が起こる?」

「……星の歴史が、繰り返すのです」
「歴史?」

「遥か昔の出来事をなぞるように、再び星に厄災が訪れ、人々が戦い、勝利する。その時、かつて古代種と呼ばれ、今は途絶えた人種が、再び星によって生み出され、星の意思を聞き、叶える宿命を繋ぐ。それが初めて繰り返されるものなのか、それとも、何度も繰り返されてきたのかは知りません。ですが、星の命、その力が目的として狙われ、少なからず被害を受けるのは間違いがないのです」
「それで、俺が狙われるという事か?」

「ライフストリームは、地下深くにありますが、それでも星の外殻の一部でしかありません。最も大きな力は、星の奥深くにあることはご存じでしょう?そこまでの侵入は星とて許さないでしょうけれど、ならば相手は、次いで力を持つ、手近な場所にいる存在を食らいにかかる。地上には、未だジェノバの細胞を宿した者がいる。ライフストリームには貴方の力の残滓と、人々の記憶に残る姿が。星は貴方とジェノバを餌とし、その間に人々を立ち上がらせるつもりでした。……余程、滅びを迎えたいのでしょう……」
、落ち着け」

「失礼しました。……ですからセフィロス、貴方の身は、貴方が思っている以上に危ういのです。……本当は、この世界ではなく、違う場所に貴方を連れ去ってしまいたかった。狭間でも、私が生まれた世界でも、それ以外のどこか別の世界でも。ですが、貴方が存在する限り、その力の残滓を追って、厄災はどこへでもやってくるでしょう。逃げて辿った世界の多くの力を飲み込んで、力を増し、いつか、私たちの手には負えなくなる。だから……彼奴らはこの世界で、肉片一つ残さぬよう消し潰してやらねば……」
「冷静になれ。、口調がおかしくなっている」

「……すみません、また……その、お恥ずかしいところをお見せしました」
「…………」

話しながら、つい感情が高ぶって殺気と魔力が垂れ流しになったは、セフィロスに止められると、険しくなっていた表情をハッとさせ、恥じ入る様に頬を染める。
地獄の悪鬼も夜逃げしそうな表情を、次の瞬間には純真な乙女のように変えた彼女に、セフィロスは数秒考え……いつぞやの尻叩きスキップダイブよりマシなので良しとした。
多少の引っ掛かりは、『だから』という魔法の言葉で気にしない事にする。
気にしたら負けである。

「召喚獣達は、ジェノバが星に来た時も、人々と共に戦ったらしく、今回も既に何か準備をしているようです。といっても、この世界では召喚マテリアを増やし、使える人間とその熟練度を上げるしかできないようですが……人の性でしょうね。結果、力を持つ者は増えましたが、情勢も乱れ始めた。それだけ、世が平和だったという事かもしれませんが……余裕があるせいでしょう、神羅やルーファウスへの復讐を始めようとする者が後を絶たなかったのです。一番酷かったのは、30年くらい前ですが、貴方を蘇らせる少し前にも、彼はバハムートをけしかけられていました。……それだけの時間を与えても、人間達の力は期待するほどには大きくならなかった。先日の騒動で、それが分かりました。この状況のまま事が起これば、星は貴方を差し出して時間を稼ぎにかかるでしょう。私との契約を、簡単に破り捨てて……私が星を滅ぼさぬと、何故思い込んでいるのか……」
「……お前との契約とは何だ?」

「貴方を……私が、貴方を貰い受けるという契約です。厄災を退ける力を貸す代償に。貴方はこの世界の方で、他の多くの命と同じように、この星の一部でもある。その繋がり、しがらみを切り、私と結びなおす。そうすれば、貴方はここではない世界……私が生まれた世界でも、違う世界でも、何処へでも自由に行ける。もちろん、そのままこの星に留まることも。……私と一緒という制限はつきますがね。オーディンとスレイプニルのような感じと言えば、分かりやすいでしょうか……」
「まあな」

「貴方を蘇らせたのは、こうして共にいたいという欲のためだった事は、今も否定しません。ただ、ついでというか、おまけというか……いざという時、星に貴方を掠め取られないためという意図もありました。今になって人間達がジェノバ細胞の力に勘づき、集めていたのは、星の意思が影響していると、私は考えています。細胞が集まれば、貴方は自主的にリユニオンして復活なさるでしょう?厄災が訪れた時にリユニオンさせれば、星を狙う者同士を潰し合いさせられますから。……私が知り、考えられるのは、それくらいです。厄災とやらの正体も、私は知らない……」
「そうか。だが、まだ肝心な事を、お前は言っていない」


己が知りえる事を全て言い終えて一息つきかけただったが、それを止めるようにセフィロスに強く手を握られる。
驚き、下ろしかけた視線を上げて彼を見返せば、その顔には話の間おさまっていた怒りが蘇っていて、は本番はここからかと身を固くした。
命じられるでもなくソファの上に正座し、まっすぐ彼の方へ向けば、自然と背筋が伸びる。

、お前は、何故俺に何も言わなかったか、その答えをまだ言っていない」
「……そう、ですね。……貴方は、とても、楽しそうでした。ここで暮らす貴方は、物思いに更ける事があっても、昔よりずっと楽しそうで、一緒にいればいるほど、昔あった危うさが無くなって……とても、穏やかな顔をするようになりました。そんな貴方の隣にいるのは、とても心地良くて、もっとずっと見ていたいと思いました。最初から、貴方にも全て話すべきだとは分かっていたのです。ですが、蘇った後、貴方が徐々に落ち着いていって、この生活を楽しんでいく姿を見て、その顔を曇らせる事も、この生活を壊すような事もしたくないと思ってしまった。いつか、近いうちにと思いながら先延ばしにして、貴方の手を煩わせるまでもなく、私だけでもどうにかできると言い聞かせて、逃げていました」

「……俺が言いたいことがわかるか?」
「はい。……反省もせず、勝手に決めて好き勝手をして、すみませんでした」

「…………」
「……二度としません」

険しい顔のまま見下ろし続けるセフィロスに、は冷や汗が背中を伝っていくのを感じながら、静かに頭を下げた。
圧しかかる沈黙の中、時計の音と薪が爆ぜる音が一際耳に響く。
柔らかなソファの上で正座を続ける脚に疲労と痺れを感じるが、窓の外同様、冷たい吹雪が心中で吹き荒れているだろうセフィロスを前にして、姿勢を変える勇気は出なかった。
の態度がどれほどの反省の上にあるものか、無言で見定めるセフィロスに、は段々と不安が増していく。
よもや、これで彼に捨てられるなんて事はないだろうが、だからと言って拳骨一つで許される程度ではないのは確かだ。
ここまで彼を怒らせたのは初めてなので、はどう転ぶのか想像ができず、短く長い時間が過ぎるほど悪い想像が膨らんでいく。


先ほど、理解するまで首を掻き切ると言っていた彼の声が脳裏に蘇る。
流石にそれは……と思うものの、彼の場合は怒りが限界を超えると、本当に何をするか分からないところがある。
ちょっとどころか大幅に一線を踏み越えた手段なので、少しでも冷静さがあるなら避けてくれるだろう。そう思いたい。

希望的観測にすがるなら、彼の怒りの発露は理性あるもののはずだ。
怒る理由はあくまで2人の間に関する事なので、彼の性格なら他所に影響を与えることはしないはず。

別居?
まさか暫く顔を見たくないと言って出て行かれるのだろうか?
ほとぼりが冷め、しっかり反省するまで出て行かれるのか?
寿命の先が見えない事を考えると、数年家から離れられる可能性まで考えられる。
無理だ。
2日と持たず音を上げて泣き暮らす未来が容易に想像できる。
1週間もたずに魔力のバランスを崩して体が砂になる未来が見える。
それをセフィロスに発見されて更に説教される未来も見える。

勝手に想像して目に涙を浮かべ始めただったが、それを見下ろすセフィロスの視線が緩むことは無い。
的外れな涙を何とか抑えようとするだったが、何が何でも別居は避けたくて、決して離してなるものかと彼と繋ぐ手に力がこもる。
力がこもりすぎて、彼の表情が痛みにピクリと反応したが、一人で必死になっているに力を緩めるという思考は無くなっていた。


……」
「はい」

「少し手の力を緩めろ」
「……いなくなりませんか?」

「…………わかった。お前が反省するなら、そうする。だから力を緩めろ。普通に痛い」
「……わかりました。ですが、絶対ですよ?別居だとか、家出だとか、絶対に言わないでくださいね?」

「約束する。早く手の力を緩めろ」
「……はい」


出ていくだなんて一言も言っていないのに、勝手に想像して必死になっている様子のに、セフィロスは内心で呆れながら、痛みで手を振り解きたくなるのを堪える。
こちらはまだ怒っているのに、何だこの女はと思いながら、ようやく緩んだ彼女の手の力に小さく息を吐いた。
そんな呼吸の一つにすら、は眉尻を下げて、表情を伺いみてくる。
彼女の無意識の上目遣いを見て、頭をブッ叩きたくなったのは初めてだと思いながら、繋いだ手にケアルをかけてくれる彼女を見下ろす。

別居だの家出だのをチラつかせればが従うのは理解できたが、そんな条件付きで了承させた約束は健全じゃない。
関係が歪む可能性を孕んだ約束なんて、信頼関係が破綻するようなものは論外だ。
の性分・思考・精神性を考え、最適解を探ったセフィロスは、過去の記憶も探りながら、改めての姿をまじまじと見た。


、俺はお前を信頼しているが、それでも約束事の殆どを守られていない事実を、お前は理解しているか?」
「……そ、そんなにでしたか?」

「小さな約束は守っているが、身の安全に関わることについて、お前は状況判断を優先して平気で破る。やむを得ない状況にばかりなっていたせいだろうが、本当に、お前は平然と自分の身を捨て駒にする。俺が何を言いたいのかわかるな?」
「……はい。周りの気持ちを考えず結果ばかりを優先しておりました……いえ、しております。申し訳ありません」

「そうだな。そんな人間の言う反省を、簡単に信じられると思うか?善処するという言葉が、全く信用できない人間の言葉を、信じて安心できるか?」
「…………返す言葉もございません」


セフィロスと出会ってからも、それ以前にも、心当たりが多すぎて、は思い起こした自分の行動に軽く絶望する。
むしろ、これでよく信頼してくれるものだとセフィロスに対して感心したが、それを表に出せばまた怒られそうなので、今はその思考は横に置いておいた。
怒られている時間が長すぎて、脚の感覚はもう無いし、脳内は限界を迎え始めて気が散ってくる。
気を引き締めなおしてはみるものの、そんな気持ちとは裏腹に怒るセフィロスの顔を見て『そんな顔も素敵だ』と脳裏で呟く自分がいて、目を見て向き合っていたはずが気づけば彼の姿に見惚れかけていた。



「っ……はい」

「剣を出せ」
「え?」

「お前の、紋章入りの剣だ。ただの約束では守らないなら、騎士として、その剣に誓え」
「…………」

え、今?

脚の感覚がないのにやれというのか。
まさかわざとかと思ってセフィロスの顔を覗き見ただったが、眉間に皺を寄せた彼の表情からは、の状態を知っているかどうかは読めなかった。
ただ、これは拒否も失敗もしてはいけない状況だとはわかるので、は目を閉じて頷くと、彼の手を握ったままそっと脚を崩し、襲い来る痺れに対して全力でエスナをかけた。


「……、何故下半身が光っている?」
「足が痺れたので、エスナを少々……」

「…………効くのか?」
「ダメ元でしたが、効くようです」

「そうか……」
「ええ。すみません、もう少しお待ちください」







2023.06.15 Rika
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