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Illusion sand ある未来の物語 55


考えるほどに、記憶を拾い上げるほどに、違和感を覚えるはずのものに気づいて、セフィロスはどこから考えて良いか分からなくなる。

きっと初めから……もしかすると彼女が自分を蘇らせようとした時からおかしかったのだ。
のあの性格だ。
嘘は言っていないが、全てを語ってもいない。
知られたくない事は避けて、けれど気取られぬよう僅かな本当だけを口にしていたのだろう。
だが、相変わらず詰めが甘い。
だから、ルーファウスに見透かされ、牙が抜けかけた自分にさえ勘づかれた。
それともそれは、彼女に未だ迷いがある証拠だろうか。
元来の情の深さのせいだろうか。
できれば、希望を求めるが故であればいいと思う。

けれど、それが希望的観測だとも気づいていて、そんな願望を抱え続けたが故に一度は彼女を失った彼は、気休めに縋りたがる己を振り払う。
もっと慎重になるべきか。
丁寧に確かめるべきか。
誤解が無いように、すれ違いがないように、余計に傷つけてしまわないように……。

そんな考えで立ち止まれば、過去の轍を踏むだけだと、余計なところで行動力があるの性質を思い出し、セフィロスは立ち上がる。
動画の再生を続ける画面をそのままに部屋を出て、早足で階段を下りると、台所に立っていたが目を丸くして振り向いた。

「どうしました?夕食はもう少し後でも……」
「食事は後だ。話がある。こっちに来い」


「え?どうしたんですか、セフィロス!?」

小首を傾げる彼女の横をすり抜けて鍋の火を止めると、セフィロスは驚く彼女の腕を掴んでソファへ連れて行く。
突然腕を引かれたは、足を縺れさせながら彼の着いていくと、無理やりソファに腰を下ろさせられた上に両手首を捕まえられた。
何事かと驚いていた彼女は、セフィロスの切迫した表情を見てその顔を心配そうなものに変える。

それの変化さえ本当なのか、それとも、作ったものなのか。
見極めようとして、けれどそんな暇すら惜しませるくらい手を離せない女だと思い出して、彼は振り払うように一度きつく目を閉じた。

「セフィロス、一体どう……」
、何を隠している?」

に会話のペースを与えてはならないと、セフィロスは彼女の言葉を遮って問う。
また、ポカンとした表情を見せたは、一瞬怪訝な顔になると、思い出すように視線を天井に向ける。

「目を逸らすな!」
「……っ!」

「くだらない話はしていない。俺を蘇らせる前から、今まで、俺に言っていないことがあるだろう?お前は、お前の目は、敵がいることを知っている人間の目だ」
「…………」

問い詰められ、僅かに眉を跳ねさせたに、セフィロスの顔が更に険しくなる。
それでも、困惑と、苦笑いを作ろうとした彼女は、上手く動いてくれなかった自分の表情に気づき、一瞬だけ気まずげに視線を泳がせた。
観念した顔で、けれど思案を続けながら顔を上げた彼女が目を合わせて、僅かに瞼を伏せながら口を開く。
その仕草に、頭が痛くなるほどの怒りを覚えたセフィロスは、彼女の唇から言葉が漏れるまえに掴んだ手を強く引いた。

「嘘をつこうとするな!」
「…………」

「お前は、嘘をつく時、決まって少しだけ目を伏せる。昔、ザックスにも言われたはずだが、忘れたか?」
「……え……?」

「あの頃はお前が望むならと思い目を瞑ったが、その結果どうなった?俺はもう、お前に逃げることは許さない」
「私は、逃げては……」

「敵からじゃない。俺から、逃げるなと言っている!目を逸らすな!背を向けるな!一人で全て背負って、また同じことを繰り返すつもりか!」
「…………」

尚も言葉を探し、けれど見つけられなかったか、の目に観念した色が混じる。
けれど、それでもと彼女が思考を巡らせているのを僅かに揺れる瞳の動きに感じて、セフィロスは奥歯を噛みながら冷静さを引き寄せた。
彼女を捕まえる手を少しだけ緩め、大きな手の跡がついた腕に眉を寄せて、袖口から除く噛み跡にきつく目を閉じる。
忠犬根性と騎士道精神が悪い方に混ざっているいるに、この馬鹿女がと罵りたくなるのを堪えたセフィロスは、また何か言おうとした彼女に苛立って、その顎を捕らえ、唇に親指を入れて黙らせた。

「ぅぁっ!?」
「今更、下手な誤魔化しで乗り切れると思うな。俺の優しさにも限度がある」

「…………」
「今日、次元の狭間でお前の幻を見た。右腕を剣ごと飛ばされ、傷口からは血ではなく砂が零れていた。残ったお前の手の薬指には、その指輪だ。あれは、これまで目にした過去の幻ではなく、未来のお前が作った幻だ。、お前は何と戦うつもりだ?」


次元の狭間は、時空が歪んでいると知っていたはず。けれど、過去に過ごした場所という思いが強いは、未来の幻など想像していなかったのだろう。
セフィロスの言葉に、は明らかに動揺して瞳を揺らし、その姿に彼はようやく彼女が隠すものに手が触れたことを確信した。

すり抜けて掴めなかった彼女の腕と、その指にあった白銀の輝きを思い出して、今彼女を捕らえるセフィロスの手に自然と力がこもる。
口を塞がれて答えられないの目は、また一瞬だけ逃げ道を探そうと泳いだが、そんな僅かな動きすら見逃さない彼の視線に、観念して目を逸らすのをやめた。

交わり落ち着いた視線に、セフィロスは僅かに安堵したが、それで油断した所を更に逃げる彼女の往生際の悪さは数十年前に経験済みだ。
ここは気を抜くところではなく、畳みかけて逃げ道を塞ぐところだ。
を相手にするなら、オーバーキルするぐらいでなければ駄目だと思い直し、セフィロスは抱える疑問を全て叩きつけることに決めた。


、何故お前は蘇った?お前は、ただ望んだというだけで、命の流れに逆らうような真似はしない。誰が、何がそうさせた?人として、砂になって死んだお前を、化け物として蘇るよう仕向けたのは何だ?
 俺を蘇らせた本当の理由は?ジェノバを利用してまで血肉を持つ肉体を持たせた理由はなんだ?ルーファウスを若返らせた事もわざとだろう?魔法に長けているお前が、何十年分もの若返りを間違いでするはずがない。たとえ本当に間違いだったとしても、元に戻すくらいは造作もないはずだ。
 俺たちが蘇る前から、召喚獣達と夜に紛れて世界を飛び回っていたのは何のためだ?2〜300年先に危機が訪れると言ったな。だが、お前は、それまで何もないとは言わなかった。まさか、2年〜300年のつもりだったなどとは言わ…………、その反応は何だ?」


年数の話について、ふと思いついたことを言った瞬間、あからさまに驚いて瞳を揺らした彼女に、セフィロスの方こそ驚く。
嘘だろうと内心呟くと同時に、今すぐ彼女の口から指を引き抜いて、床に正座させてやりたくなったが、それをすると話が止まってしまう。
問いただし、声を荒げたくなるのを、腹の底から息を吐いて堪える。だが、抑えきれなかった表情は更に険しくなり、一人アワアワしているを睨みつける。


……」
「……ぁぃ……」

「ルーファウスに集めさせたアイテム。それで武装組織の情報を得ていたと知っても何も言わなかったのは、奴らに危機感を思い出させる狙いがあったからか?星を黙らせ召喚獣として存在しているのは、星と何か取り引きをしたからかだな?お前の召喚マテリアがあんな仕様なのは、多くの人間達に力を合わせさせるためか?ルーファウスの墓に入れて後世まで残すつもりが、今の人間達の様子では期待できないと判断して、海に捨てるように言ったのか?今日、春を待たずに俺を次元の狭間に連れて行ったのは、暇だからというだけじゃない。俺を早く強くする必要ができたからだな?お前の事だ。他にも、俺やルーファウスが知らないところで色々としているんだろう?」

セフィロスの言葉が続くほど顔色を悪くしていたは、とうとう諦めて無表情になった。
その様子に、セフィロスは彼女の口から指を引き抜き、彼女の腕を捕まえなおした。
再び捕らえられた事に、は一瞬目を見開き、セフィロスは彼女の予想通りの反応にその腕を強く引くと、ぐっと彼女に顔を近づける。

「逃げるなと言ったはずだ」
「う……」

「往生際の悪さは相変わらずだな、。そこがお前の長所ではあるが、今は諦めるべきだった」

薄く笑みを浮かべて言う彼に、は口惜し気に眉を顰め、観念すべきか迷うように目を伏せる。
この期に及んでも降参しない彼女に、それを半ば予想していたセフィロスは小さく鼻で笑うと、口づけを迫る様に彼女と額を重ねた。

、お前は相変わらず、嘘が下手だ。……この生活も、俺に見せる姿も、お前に偽りなど一つもないのだろう。だが、ルーファウスが言う通り、騙すことと、隠し事は上手くなった」
「…………」

「慣れないことをしているせいだろうな。壊滅的なほど詰めが甘い。それとも、自分がいなくなった後、俺が何が起きたか理解できるようにしたかったのか?お前は、本当に昔から、余計な事には頭が回るが、それがどれほど俺を怒らせるか、全く理解していないようだ」
「いや……今、ちょっと思い知ってるところで……」

「その、一人で抱えて解決しようとする悪癖で、どれだけ俺が傷ついたか、今傷ついているか、少しは理解する努力をしたらどうだ?お前は俺を最大限に大事にしているつもりだろうが、その悪癖だけですべてが台無しだ。お前にとって、俺は自己満足に付き合わせる丁度良い道具か?自分の行動が俺を侮辱していることに何故気づかない?!目を逸らすなと言っているだろう!同じことを何度も言わせるな!」
「ぅっ!……はい」

「今回ばかりはお前を許してやる気も甘やかしてやる気もない。洗いざらい吐かせたいところだが……お前の事だ。完全に諦めなければ、また隠そうとするだろうな」
「…………」

、教えてくれないか?……どうしたら、お前のその心を折る事ができる?」


怒りのまま壮麗な笑みを浮かべて言葉を並べ続けるセフィロスに、は嵐よ過ぎ去れと祈る様に、きつく目を閉じて口を閉ざす。
そんな態度を、表情を変えないまま観察したセフィロスは、やがて柔らかく微笑むと彼女から顔を離した。
その気配に、は地獄へと続く扉が一つ開いたような気がして、血の気が引いた顔で恐る恐る彼を見る。
その目に映ったのは、慈愛すら感じる微笑みを浮かべながら、シヴァより冷たい目をして見下ろすセフィロスの姿で、彼女は自分の健康な視力を初めて恨めしく思ってしまった。
見るんじゃなかったと思って再び目を閉じようとしたが、それはそれで次に目を開けるのが怖くなる。

進むも地獄、戻るも地獄。
そんな久々な状況を懐かしく思う自分の余裕に感心しながら、ならばこれまでそうしていた通り、恐れを受け入れて進むしかないと腹を括る事を決めた。
が、が口を開く前に、彼女の余裕を察したセフィロスから表情が消え、腕を捕らえる力が痛いくらい強くなる。

、勘違いするな。俺が今の生活をしているのは、お前がそれを望んだからだ。星が滅びようが、人間どもが死に絶えようが、俺には何の価値もありはしない。お前はそれらを守ろうと足掻いているのかもしれないが、俺にとって、それはお前の命をくれてやるには値しない」
「ああああああのですね、セフィロス、ちょっと……」

、今は俺が話をしている。もう少し黙っていろ。いいな?」
「ぉぶっ」

洗いざらい喋りますと言おうとしたの口に、再びセフィロスの指が入れられて塞がれる。
腹に据えかねてるからこそ、加減して先ほどより浅く指を入れた彼に、は彼の冷静さを理解して安堵し、けれど怒らせている事には変わりないと気づいて気分を沈ませる。
彼女の言葉を弁明や逃避のためと勘違いしたか、彼の表情は笑みに険しさが混じり、その眼光もあって見たこともないほど凶悪なものになっていた。
綺麗な顔をしているだけに、その迫力は倍増どころではない。

、お前は以前、次元の狭間でも、違う世界でも一緒に逃げるといったな。ならどうだ?このまま、この世界もお前が背負うものも捨てて、何処か………………ああ、そうか。そういう事だったか」

自分の言葉の先に答えを見つけて、セフィロスはその顔から感情を落とすと、彼女の舌を撫でながら口から指を出す。
突然与えられた妙な刺激に、が小さく身を震わせるのを眺めながら、彼はいっそ怖いくらい優しい手つきで彼女の頬を撫でた。

「何処へ逃げても、それは追ってくる……追われるのは、俺か。お前が形振り構わず立ち上がる理由は、それ以外に無い」
「…………すみま……」

「それで俺が喜ぶとでも思ったか。二度もお前を見殺しにした俺が、平静でいられると?随分と馬鹿にしてくれるものだ」
「……いや、あの……」

「残される痛みを、お前は忘れてしまったようだな。それとも、俺なら大丈夫だと、また根拠の浅い希望を求めたか?ならば今度は、俺がお前にその痛みを思い出させてやろうか?」
「…………」

怒りのあまり、完全に話を聞ける状態ではなくなっているセフィロスに、はどこから話を切り出したら良いかわからず、けれど下手に口を挟めず黙るしかない。
そもそも彼の怒りの理由が、自分の行動のせいだと分かっているので、彼女には黙って反省する以外に今できることはなかった。
どうしてこの人は隠していることを的確に突いてくるのだろうと恐怖さえ覚えたが、それはひとえに自分の性分のせいだとも分かる。
少しだけ、もう少し時間稼ぎをしたかったと思っている自分に、そういう所が彼を余計に怒らせていると理解して、今更ながらどうしてセフィロスは自分を好いてくれているのか不思議になった。
だが、現実逃避をしていられる状況ではない。
思考が少しだけずれる度、セフィロスは指先で頬を撫でて意識を引き寄せてくる。まるで心が読めているかのようだ。


「お前が俺を失いたくないように、俺もお前を失いたくはない。お前が俺を守るというなら、俺がお前を守りたいと思う事を、否定するな。受け入れろ。そう、昔にも言ったはずだ。いったい何度口にすれば、俺の言葉はお前に届く?どれだけ言葉を重ねれば、お前は俺の前から隣に来る?何が足りない?どれだけ、どんな言葉をかければいい?それとも、俺がお前より強くなれば、お前は俺の言葉を聞き入れるのか?…………そうか。そうだな。俺がお前と同じか、それ以上に強くなれば、もうその身を捨てて守ろうなどと馬鹿な事を考える事もなくなるか……」
「え?セフィロス、あの……」

「お前を黙らせる方法も、全てを吐かせる方法も、俺は知っている。だが、お前が、お前の意思で決めて、受け入れ、口にしなければ、何の意味もありはしない。そうだろう、?どうしたら良い?お前が話すまで捕まえ続けるか?泣いて縋れば良いか?それとも、その心が折れるまで、この首を掻き切れば良いか?どうせすぐに蘇られる。何も惜しむものはない」
「落ち着いて下さい。セフィロス、本当に落ち着いてください」

「焦っているな、。それほどに嫌か。……だが、それを言わせているのは一体誰だ?俺がお前を失う事を恐れていると知りながら、それでも追いつめているのは、お前だろう、
「あの……あの……」

「お前を失った俺に、何が残ると思う?今の俺の手に、お前以外の何がある?今更俺を蘇らせて、散々心地良い夢を見せて、それで突然手放しても許されるなど、そんな都合が良い事があると思うな」
「ぅひっ……!」

「覚えておけ。もし、万が一お前が、また俺を置いて死んだ時は、俺はどんな手を使ってでもお前を蘇らせる。たとえこの星や、お前が生まれた世界を破壊してでもな。わかったか?」
「…………はい」

情緒不安定に声を沈ませたかと思ったら、再び怒りに満ち満ちた声で脅してきたセフィロスに、は身を固くして首を縦に振るしかできない。
彼女が従順に答えても、彼の怒りが静まる気配は当然なく、その瞳は僅かな変化すら逃さないようを見つめていた。

漠然と想定していたものとは変わってしまった、けれど何処かで想像していた状況に、は目を閉じると深く息を吐く。
こうしてセフィロスに気づかれるのは想像していたより早く、しかし彼にしては随分遅かったと思う。
ルーファウスと連絡をとっていたから、もしかしたらそちらから助言があったのかもしれない。
けれど、それがなくとも、いずれこうして問い詰められる事は想像していたのだ。


せめて雪が解ける頃までは、この微温湯の日々に浸かっていたかったが、気に留めないふりをしていた予兆は無視したところで未来を変えてくれるはずもない。

意図せず歯車が集まり噛み合う感覚。
ルーファウスが言った通り、嫌というほどよく知るその感覚は、平穏な日々に心を委ねようとする度に、この腕を無理やり引き上げてくる。
だから意識の端に引っ掛かってくる目障りなそれらを、全力で気づかぬふりをして、出来る限り逃げ隠れようとしたのに、やはり上手くはいかないようだ。
どうせ僅かな間の夢なら、せめて好きな間だけ見せてほしいと思っていたのに、まさかセフィロスに叩き起こされる事になるとは……いや、きっとそれで良かったのだろう。
他の何者かが夢を覚まそうとしても、知らぬ存ぜぬで目を閉じ続けていただろうから。

セフィロスに問い詰められた今、目を背ける時間は終わったという事なのだろうと、は静かに目を開けてセフィロスを見る。
何事も、引き際を間違えてはならない。


、ようやく観念したようだな。……洗いざらい、吐いてもらうぞ」


そう、これ以上、引き際を間違えてはならない。
いや、もう間違えすぎて手遅れか?
そもそも最初の最初から、引かずに降参した方が正解だったか?
多分そうだろう。


今まで見た事もないくらいに怒り心頭で見下ろすセフィロスに、は背中と額に冷たい汗をかきながら、続く言葉を考えていた。






、とうとう色々バレてセフィロスにバチクソ怒られるの巻。

2023.06.12 Rika
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