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シャワーを浴びたら気分が変わってしまうかと思ったが、幸いというべきか、そんな事にはならなかった。
セフィロスの髪を乾かしに来たが、既に装備を調えていたからかもしれない。

出かける前に、携帯を充電器に繋いだセフィロスは、ルーファウスからメッセージが届いていることに気が付く。
あの男の事だから、レモラに対しては無反応だろう。そう思っていたセフィロスは、意外に思いながら短いメッセージに目を通す。
内容は、夜に少し話がしたいという事だった。

いつもは先触れなくに電話をかけてくるルーファウスがセフィロスにそう言うのなら、には聞かれたくない話なのだろう。
その事に、セフィロスは久しく感じていなかった不安を覚えて、思わず眉間に皺が寄る。
脳裏に過ぎるのは、もう遠い昔になった、ミッドガルで過ごした日々の事だった。

あの頃、漠然と感じ、やがて自身を飲み込んだ不安がまた甦るようで、セフィロスは頭を振ってその感覚を振り払う。
そんな彼に、は彼の手を取って注意を向かせると、柔らかな笑みを浮かべて首を傾げた。

「セフィロス、どうかなさいましたか?」
「いや、大丈夫だ。何でもない」

「……そうですか?」
「ああ。待たせて悪かった。出発して大丈夫だ」

「わかりました。ですが……あまり、無理はなさらないでくださいね」
「……ああ」

今のセフィロスの反応についてか、これから狭間でする戦闘の事を言っているのか。
判断に一瞬セフィロスが迷っている間に、はその笑みを明るいものに変えると、背を向けて玄関へ向かってしまう。
その背中に、否、その前の彼女の態度にセフィロスは引っ掛かりを感じ、けれどその理由がわからず困惑した。

を何かで密かに怒らせただとか、さりげなく何かを誘導されただとか、そういう事とは違う。
けれど、きっと見過ごしてはならないもので、けれど、見て見ぬふりをしていた何かのようで、どうにも心が落ち着かなかった。



Illusion sand ある未来の物語 54




突き出された刀を剣で滑らせ、は踊るように間合いを詰める。
後方に飛んで避けると同時に振られた刀を身を屈めながら避け、逃げるセフィロスを更に追う。
彼の歩みに合わせながら接近し、刀を握る手にが手を伸ばすと、彼は後退を止めてに肩から体当たりした。
それをさらりと横に避けた彼女は、セフィロスが姿勢を立て直すより早くその首に剣を添える。

一瞬動きを止め、刀を下ろして降参を示した彼は、小さくため息をつくものの悔し気な様子はなく、それどころかどこか、心此処に在らずだ。
やる気が無いわけではなさそうだが、集中しきれない。
そんな彼の様子に、は首をかしげながら剣を仕舞った。


「セフィロス、やはり、無理をしていませんか?」
「4時間も戦い続ければ、嫌でもこうなる」

「いえ、今日のあなたは最初から集中しきれていませんでした。私が何度殺しかけたか、覚えていますか?」
「……4回だったか」

「2回ですよ」
「…………」

本当に覚えていないのか、危険を感じる瞬間が多かったのか。
どちらにしろ、今日はこれ以上続けるべきではないと判断して、はセフィロスの手から刀を奪うと仕舞ってしまう。
次元の狭間の一区画を集中的に魔力処理してもらい、何とか幻が現れない状態にしたは良いものの、せっかく思い切り剣を振れるというのにセフィロスはずっとこの調子だ。
戦っていれば気持ちが切り替わるかと思ったが、の予想に反してセフィロスの動きは変わらず、以前のような成長は全くなかった。

気まずげな彼の手をとり、近くにある切断されて平らになった水晶の上に腰を下ろさせると、は彼の前に膝をついてその顔を覗き込んだ。
狭間の星空を映すセフィロスの瞳は、いつもより綺麗な青緑色に見えたが、そこに乗る感情は晴れやかでも輝いてもいない。
そんな彼の眼は久しぶりで、は僅かに不安を覚えたが、それを表に出すことはなかった。

「次元の狭間が、お辛いわけではないでしょう?」
「ああ」

「では、何か、気がかりな事があるんですね?」
「……そうだ。だが、漠然としたものだ。心配するな。お前が……悪いんじゃない。多分な。…………悪いが、俺自身もよく分からない」

「…………そう、ですか。では、今日はもう帰ってゆっくりしましょうか」
「悪いな」

「いえ。調子が出ない日は、誰にでもありますから、どうぞ、お気になさらないでください」
「ああ」


歯切れが悪いセフィロスに、はそれ以上の追及をやめると、肩を竦めて立ち上がる。
調子が出なくとも、一定以上のパフォーマンスを発揮できるというセフィロスの自負は、現在進行形で揺らいでいた。
けれど、それに執着したり意地になったりする余裕はなく、だからこそ、は彼の瞳から視線を逸らさない。

セフィロスが弱った姿を隠さずにいてくれることを喜ぶ半面、その理由が自分であろうことも、彼が漏らした言葉から理解できてしまった。
まだ、足りないのだろうか。
彼が憂い悩まぬよう、出来る限りをしたつもりだが、やはりまだ至らない事ばかりだ。
何一つ悩まない生などないと分かっていても、出来るなら彼にはそう過ごしてほしい。そう思って手を尽くしてみたけれど、その傲慢さを見透かされてしまったのだろうか。
あるいは、何かに気づき始めているのか……。

思い返すのは自分自身の詰めの甘さで、けれど、それでもこれが精一杯だったと知る彼女は、穏やかな笑みを作って彼の手をとり立ち上がる。
けれど、地面を見つめたまま思案するセフィロスは、の手をわずかに握り返すものの、動こうとはしなかった。

「セフィロス、出来れば、考え事は家に帰ってからに……。ここは、そういう為の長居には向いていません」
「……ああ。そうだな」

何の音もしない空間は思案に向きそうだが、それをするには危険すぎる。
の言葉に小さくため息をついて腰を上げたセフィロスは、微かに微笑んだに頷いて返すと、繋いでいた手を解いて掌を差し出した。


「もう大丈夫だ。刀を返してくれ」
「……わかりました」

「あと1手だけ頼む。それが終わったら、今日はもう帰ろう」
「…………無理はなさらないと、約束してください」

数秒セフィロスの目を見つめて考えたは、いつも通りの表情になった彼に一応の納得をすると、取り上げていた刀を返す。
背を向けて距離を取るを見つめ、一度強く目を瞑った彼は、そのまま知られぬように深く息を吐き、ゆっくりと瞼を開ける。

次の瞬間目に映ったのは、腕を失い、肩から砂を散らしながら吹き飛ばされてくるの背中だった。

砕け散った水晶と砂が狭間の星空を反射して輝く中、すぐ横を飛ばされていくの姿にセフィロスは咄嗟に手を伸ばす。
水晶の大地から星空に投げ出されたの残る腕を掴み、けれど捕らえたはずの手は彼女の体をすり抜けた。
セフィロスが目を見開く間に、彼女は足元へ氷の足場を作り、消えた片腕に砂を集めて再生すると、彼の向こうの何かから目を逸らさないまま再び大地の上に戻っていく。手を伸ばし、奈落のような星の海に身を躍らせてしまった彼の体をすり抜けて。

幻だったのだと気づくには遅く、また別の事に気を取られていた彼は、刀を突きさす場所を探して視線を巡らせる。
だが、それより早く手首を痛みと共に捕らえられ、放り出されるように大地の上に体を引き上げられた。
空中で姿勢を直して着地したセフィロスは、僅かに痺れる体に顔を顰めながら、自分を引き上げた左腕と、そこに巻きつく白く滑らかな鞭を見る。

「セフィロス、大丈夫ですか?すみません、咄嗟だったので、つい一番強い鞭を使ってしまいました。痛かったでしょう?」
「……っ……ぐっ……」

確かにHPは減ったが、それより麻痺で上手く喋れない。
痺れて頷くこともできない体に、セフィロスは視線だけに向けるが、彼女は苦笑いするだけで回復はしてくれなかった。
巻きついた鞭を丁寧に外し、真っ赤になっている腕を優しく撫でたところでやっと回復魔法を使ってくれたに、セフィロスは大きく息を吐くと礼を言って立ち上がる。


「突然下に飛ばれたので、驚きました。貴方が無事でよかったとは思いますが、気を付けてくださいと、あれほど言っていたでしょう?」
「………………」

「セフィロス?聞いていますか?」
「ああ……。悪かった。少し、動揺した」

「少し、で崖下に飛ぶ人がありますか」
「そうだな。悪かった」

「今日はもう終わりにします。いいですね?」
「…………」

魔力処理しているとはいえ、絶対に幻が現れないとは言えない。
狭間に来た時、それを念押ししていたというのに、気を取られるどころか自ら奈落に落ちようとしたセフィロスに、は呆れの溜め息をついた。
再び心此処に在らず……どころか、よほど衝撃的な幻を見たのか呆然としているセフィロスに、彼女は無理やり彼の手を取ると家に帰る。

抵抗も、返事もない彼に、よもやまたおかしな自棄を起こした時の幻を見たのではと不安になっただったが、彼の様子を見る限り以前のアレほどではなさそうだ。
どちらにしろ、おかしなものを見た事に代わりはなさそうだが……。

それより、彼が目にしただろう幻を、が見ていないことに、彼女の意識は向いてしまう。
それが何故なのか、どういう意味をもつのか、思考が捕らわれそうになる。けれど、今のセフィロスの前で思案に耽る姿を見せるのは、不必要な不安を与えてしまう気がして、彼女は疑問にかける時間を先送りにした。

「セフィロス、私はお風呂を準備してきますから、暖炉の方をおねがいします」
「……わかった。、先に風呂に入っていろ。俺は、ルーファウスに連絡する約束がある」

「そうですか?では、お言葉に甘えさせていただきますね」

微笑みながらセフィロスから汚れたコートを受け取ったは、そのまま洗面所に入っていく。


剣を合わせるなら、その最中に気を散らしていた事へ、怒りや苛立ちがあって然るべきだ。
なのに、そんな心の動きがあるのか疑わしいほど穏やかな態度を崩さなかった彼女に、セフィロスは抱える不安が予感となって形作られていくのを感じた。
閉じた扉を暫く見つめていた彼は、やがて静かに目を伏せ、少しだけ昔を思い返す。
けれど、どうしてか、思い出すのはこの家で過ごした記憶ばかりで、穏やかすぎるそれには心に爪を立てるものが何もない。
不自然なほど、何もなかったのだ。


「…………そういう事か」

ああ、だからか。これだったのか。と理解して、セフィロスは思わず顔を覆う。
未だ漠然とした不安だったとしても、それを引き起こす一つ一つを手に取り見れば、確信など簡単にできてしまうのだ。

捕まえられなかった彼女の腕を思い出し、視界の中で輝いていた砂を思い出して、セフィロスは空を掴んでいた掌を見る。
彼女が浮かべる笑みも、慈しむ瞳の柔らかさも昔と変わらず、一番変わってほしかった所さえ変わらなかった。
そしてそれは、この先も同じだったのだと、望んでいないのに分かってしまった。

夢の終わりは、いつも唐突だ。
嫌というほど思い知っていたのに、彼女が作ってくれた微温湯の中で、いつのまにか忘れていた。
それでも、このままでいてやってたまるか……と、彼は拳を強く握る。

寝室から携帯を回収すると、馬鹿にされるのを覚悟の上で、リビングの暖炉に火を入れながらルーファウスに電話をかける。
3コール目で出たかと思えば、受け答えしているのはレノで、セフィロスは舌打ちを隠さずすると、すぐにルーファウスを出すよう求めた。

『ゆっくり食事もさせてくれないとは、酷い男だ』
「お前の長話はいい。今すぐ人払いするか、スピーカーを切れ」

『……その様子では、ようやく気がついたようだな。あやうく、私の方が痺れを切らすところだった』
「なんとでも言え。ルーファウス、お前は何を知っている?」

『知る?……セフィロス、残念だが、私は何も知りはしない。の事だ。お前にも何も言っていないのだろう?彼女がお前に言わないことを、私に言うと思うか?』
「質問を変える。ルーファウス、お前は何を考えている?」

『少し落ち着くといい。私は、お前と敵対する気はない。私は、初めてに会った日からずっと、彼女の味方だ』
「…………」

食事しながらという事を差し引いても、のらりくらりと話すルーファウスに、セフィロスは眉間にしわを寄せながら2階へ上がる。
目の前にいたら襟首を掴み上げて吐かせやるのにと思いながら、トレーニングルームと客間兼物置きを見比べ、彼は後者のドアを開けた。
夕日が差し込む部屋の電気をつけ、ベッドに腰を下ろすと、セフィロスは大きく息を吐いて苛立ちを落ち着けるよう努める。

「今日連絡をさせた用件はなんだ」
『ようやくそれを聞いてくれたか。てっきり忘れられているのかと、寂しく思っていたところだ』

「いいから早く言え」
『今、お前が抱えるその迷いを拭う手助けをしてやろう』

「切るぞ?」
『迷い続けたいのなら、そうするがいい』

「チッ!」
『そう慌てるな。私はただ、お前に思い出を返してやりたいだけだ』

「思い出だと?」
『お前の家に世話になった時、私が使った部屋の壁にクローゼットがあるだろう?そこには、お前たちの昔の荷物が詰め込まれているな?』

「今、その部屋にいる。その荷物に何がある?」
『窓側の壁との間に、白い箱を置いておいた。賢いお前なら、それを見れば答えに辿り着けるだろう』


わざわざ安全圏に逃げて日数が経ってから教えようとするのだから、絶対にロクな事ではない。
嫌な予感しかしなくて顔を顰めたセフィロスだが、手を伸ばさなければ進めない事もわかっているので、彼は嫌々ルーファウスが言う箱を出すと窓辺にある小さなテーブルの上に置いた。


『セフィロス、は相変わらず嘘をつくのが下手だ。だが、人を騙すのは少しだけ上手くなった。詐欺師には、絶望的に向いていないようだが……』
「これは、俺が使っていた携帯と……DVDか?」

『彼女は、私には何も言わなかった。だが、お前になら、あの重い口を開くかもしれない』
「……今回ばかりは、どんな手を使ってでも吐かせる」

『それが良い。彼女は、これまでも随分足掻いたようだ。次は、お前がそうしてやるといい。……もう、呆けてを見殺しにしてやるな』
「っ……!言われなくてもそのつもりだ」

最後の一言で思いっきり痛い所を抉られたセフィロスは、本気で頭に来たものの、腹に力を入れて怒鳴りそうになるのを抑える。
用件は済んだとばかりに電話を切り、携帯をベッドの上に放り投げると、セフィロスはクローゼットに戻って、昔使っていたパソコンを出した。
梅雨前に一度出したおかげですぐ見つけたそれは、古すぎてバッテリーが瀕死だが、データを見るくらいなら問題ないだろう。

入浴を終えたが、1階で呼ぶ声が聞こえる。
携帯とパソコンを電源に接続すると、セフィロスは吹き抜けになっている廊下から返事をし、調べ物をしていると言って部屋に戻った。

充電に時間がかかりそうな携帯はそのままにして、セフィロスは既に立ち上がったパソコンにDVDを入れる。
DVDに映されたデータは多くはない。表示されたデータは写真や動画で、と出会う前からの日付のものもあった。
元々セフィロスがあまり写真や動画をとらない上に、当時の携帯電話は連絡手段としての役割の方が大きかったからだろう。
一つ、試しに開いてみて、その映像の粗さに驚きながら、携帯のメモリーカードに保存していたデータだと理解する。

懐かしい友人達との食事の様子に、こんなもの撮っていただろうかと考えていると、勝手に人の携帯を使うなという自分の声の後に動画が終わった。
気を取り直し、と出会った後の動画を再生すると、画面いっぱいに驚いているの顔が映る。

『何と……セフィロス、この電話とやら、鏡にもなるのですか?』
『それは動画だ』

『ド、ドゥ……?』
『動画。今の様子を記録して、再生できる』

『再生……蘇生?レイズのようなものか……?』
『違う。カメラで記録したものを、何度でも画面で見られるという事だ』

『…………ほほう、なるほど。それはまた面妖ですね』
『見た方が早そうだ。一端止めるぞ』

一緒に画面を覗き込んで会話している自分が、『こいつ、分かってないのに言っているな……』という顔で言ったところで動画が終わる。
きっと、を保護して間もない頃だろう。彼女は今と比べ物にならないくらいに細く、あんなに痩せていたのかとセフィロスは驚いた。
強い眼差しと、画面からでも分かる覇気、同じくらい柔らかな雰囲気で惑わされるが、その姿は骨と皮も良いところで、よくそんな状態の彼女を普通に歩き回らせたものだと今更ながら思う。
同時に、何故そこまで酷い状態でも美人なのか、不思議で仕方がない。

次の日付のデータは写真で、病院のベッドの上でがザックスにヘッドロックをかけているものだった。
この時期は仕事で彼女の病室に行っていないので、恐らくザックスが持っていたデータも入っているのだろう。
その後は段ボールだらけの家の中や、食事をする、何故かセフィロスの足元やボールペン、時折誰かに撮られた自分の写真が続いている。
日付が進むごとにの顔には肉がつき、記憶にある姿に近づいているが、その目は徐々に落ち着き、やがてどこか諦観を隠したものに変わっていった。
丁度、ただ平凡に生きることが難しいと、思い知ってしまった頃だ。

小さく息を吐いて画面から目を離したセフィロスは、ふと、窓に映る自分の姿に目をとめる。
少しだけ疲れが見える顔で見つめ返す自分は見慣れた顔で、けれど記録の中にある自分より、その顔つきは穏やかだ。
沢山の写真の後にある動画を再生すると、スピーカーからはザックスの声が聞こえ、画面には呆れ顔の自分と、微笑ましそうに見つめるが映る。
もう、記憶にもない日の事だ。
日常の中の、何処にでもある平和な光景なのに、当時の自分の顔つきは当たり前のように険しく、戦場に生きる人間だと一目でわかった。
その隣でグラスを持つも、穏やかな表情で会話しながら、映像の中のセフィロスと同じ、そして、今と同じ目をしていた。

セフィロスが良く知る、昔から変わらない彼女がそこにいる。
心に蔓延った不安と疑念が晴れていくのを感じて、腑に落ちてしまって、セフィロスは深く息を吐きながら顔を覆う。
続いて再生された次の動画は、懐かしい家のリビングで、が繕い物をしている後ろ姿だった。

『おや、セフィロス、何をしていらっしゃるんですか?』
『作動確認だ。今朝仕事で携帯を壊して、帰りに新しいのを支給された』

『どうせなら、私ではなく別のものを映した方がよろしいのでは?』
『俺が好きで撮っている。嫌でないなら、気にするな』

『……そうですか。では、どうぞ、お好きなように』
『そうさせてもらう。、こちらを向け』

『……はあ、わかりました。……で、私は何をすればよろしいのですか?』

困ったように笑って道具をテーブルに置いた彼女が、柔らかく目を細めて振り返る。
カメラに慣れていない彼女の視線は、携帯を持つセフィロスにむけられているようで、画面の少し上を見つめていた。

見慣れた微笑みだった。
穏やかで温かな空気と、その瞳に滲む包み込むような慈しみと親愛、今よりずっと控えめな恋慕の色。けれど、自分に敵がいることを知っている者の目。
そして今は上手く隠すようになってしまった、ほんの僅かな瞬間に見える、不安、諦め、悲しみ、それでもなお恐れを飲み込み進む者の目。

いつから、どれだけのものを見落としていたのかと、セフィロスは溢れるような記憶を辿り、手がかりを求めて天井を仰ぐ。
下の階から漂う夕食の香りに、すぐにでも彼女の元へ向かい問いただしたくなるが、大雑把な問いかけはきっと上手くかわされてしまうだろう。
彼女は、感情的なフリも、感情を抑える事も、ずっと上手になってしまった。

心の隅に押しやっていた違和感と、記憶の端に残る違和感を、一つ一つ確かめていく。
それはどこか途方もない作業のようで、けれど全てが一つにつながる事を知っている彼は、溜め息を吐く代わりに唇を噛んで記憶をたどる。
温かな生活が全て夢として覚めてしまう感覚に動揺する自分を、全てが偽りではないと知る心で落ち着けながら、己の中に感じるの魔力を縋るように確かめた。






ようやく頭使うことを思い出したセフィロス

2023.05.30 Rika
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