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バイタリティ溢れる集団の再襲撃をセフィロスに撃退してもらい、シヴァに馬車で引きずり回しながら追い返してもらってから数日。
先日中断されてしまった家づくりの番組の再放送を見ていたは、彼女の膝を枕にしていたセフィロスに裾を引かれて目を向ける。

「どうしました?」
「この間の襲撃者が、見つかったらしい」

彼から差し出された携帯電話を受け取ったは、表示されているニュースに目を通す。
『雪の集落に現れた変死体の山、〇〇の一団と判明』という見出しの記事には、数日前にシヴァに運んでもらった襲撃者達の事について書かれていた。
ダークドラゴンの出現情報やシヴァの目撃情報、山の中に見えた謎の白い柱についても書かれているが、それぞれが別件だとWROから調査結果が出た旨も書いてある。
別件というには無理がありそうだが、そう最終決定されたなら簡単に覆らないだろう。
何度襲撃されても返り討ちにするだけだが、煩わしさが無くなるに越したことはない。
冬ごもりの良い暇つぶしにはなったが、所詮は細事だと記憶の隅に投げ捨てると、はセフィロスに携帯を返し、彼の顔にかかる髪をそっと指で払った。



Illusion sand ある未来の物語 53




猛吹雪が来た反動か、騒ぎが収まってから達の家の周りは常に青空が見えていた。
けれど、毎日吹く強い風がシヴァの置き土産である雪を舞いあがらせ、窓の外は常に白い。
地吹雪の中、は毎日雪かきに追われているが、襲撃で削れたはずの雪山は、今では前より大きくなっていた。

気温は平年並みに低いが風で家の熱が奪われるため、セフィロスが薪を運び入れる頻度が増す。
これまでは燻製小屋に詰め込まれた薪を必要に応じて運んできていたが、さすがに日に何度も行くのが面倒になったらしい。
が雪かきをすると同時に外へ出た彼は、風がやんだ短い間に大量の薪を運び出すと、土間やリビングの端にある空きスペースに薪を積み上げていた。

地吹雪の影響はそれだけではない。
大きくなった雪山のせいで動く場所が確保できず、島にいたときのように、気が向いた時に剣を合わせられなくなってしまった。
おかげで、魔法の教本を作って暇をつぶせるに対し、最近のセフィロスは退屈を持て余し気味だ。
読書も、いい加減飽きたらしい。贅沢だが、良い悩みだと思う。

、珈琲は飲むか?」
「ありがとうございます。ですが、今日は4杯もいただいてますから、大丈夫ですよ」

「……そうか」
「肩を落とさないでくださいな。こちらを片付けたら行きますから、少し待っていただけますか?」

朝から1時間おきに出される珈琲で胃が重たいは、まだ半分残っている冷えた珈琲をセフィロスに見せる。
カップを受け取って下げに行ったセフィロスの背中がどこか寂しそうで、は苦笑いすると使っていた道具を片付けた。

騒動は面倒だが、平和すぎるのも退屈になる。
そんな平凡さを許容し、身に馴染ませ始めた彼に、は何度も繰り返した安心をして、カップを洗っている彼の傍へ行った。
すると、ガス台に少し大きめの鍋が置かれているのに気づき、同時にホッとするような温かな匂いを感じる。

「セフィロス、先ほどお昼をとったばかりなのに、もう夕食を作ったのですか?」
「ああ。今日はおでんだ。今、味を染み込ませている」

「では、その小鍋は?」
「味噌だ」

「いいですね。楽しみです」
「ああ。今日は少しつゆの出汁を変えてみた」

「食べてから当てたいので、それまで答えは言わないでくださいね」
「わかった。だが、匂いで分かりそうな気がするな」

「セフィロス、余計なヒントを出さないでください」
「それは残念だ」

少し意地悪く笑って更にヒントを出しそうな雰囲気のセフィロスに、は笑って彼の口を手で押さえる。
唇に触れた指がくすぐったくてその手を捕まえた彼は、ハッとすると、シンクの下から大きな蓋つき容器を取り出した。

、ボウルを一つと、中くらいの蓋つきの容器を出してくれ」
「わかりましたが、何をするんですか?」

「朝、糠漬けを出すのを忘れていた」
「ああ、毎日混ぜていたアレですか……」

独特の匂いがする糠床を、セフィロスは嫌な顔一つせずに毎日手入れしていた。
程よくしんなりとした野菜を出す彼の顔は楽しそうで、はそれを微笑ましく見ながら、彼から頼まれた物を出す。
日に日に彼が所帯じみていく……それどころか、主婦っぽくなっていく気がするのだが、止めてよいのか悪いのかには判断がつかない。
とりあえず、本人が楽しそうなので良しとしているが、今後彼がどんな方向に進んでいくのか、正直予想がつかなくて、それが少しだけ不安だった。

思うように運動ができない環境で、楽しめるのが料理と食事ぐらいなせいか、最近心なしか、彼の臍周りが自然の防寒能力を上げている気がする。
彼は何も言わないが自覚はあるようで、最近は食事内容がウータイ系の淡泊なものばかりだし、毎晩のようにしていた晩酌もしていない。
トレーニングで削るにも限界があるし、彼の場合既に一番自分が動きやすい筋肉量を分かっているので、室内運動だけでバランスをとるのに苦労しているようだった。

セフィロスがそうなるなら、当然も肉がついているのだが、彼女は元々体重を増やす方向で考えていたので、由々しき事態にはなっていない。
むしろ、適度に筋肉をつけた上で脂肪を増やしているおかげで、切なげだった胸には少しだけ希望が宿っている。

考えるべきはセフィロスだ。
この冬ごもりが終わり、自由に体を動かせるようになれば元に戻るとわかっているが、だからと言って冬眠中の熊のように蓄えて良いわけではない。
魔物の討伐依頼があれば良かったが、世界情勢が落ち着く春までは無いだろうと言われている。
しかし、それまで待っていたら、恐らくセフィロスの体は今よりも鈍ってしまうだろう。

多少皮下脂肪が増えても、彼ならすぐに元に戻るのでは気にしないのだが、セフィロス本人は多分そうじゃない。
この土地を住み処に選んだのはだ。
彼が思うように体を動かせず、体脂肪比率を見て落ち込む結果になるとするなら、それはのせいでもある。
今の時点でさえセフィロスが気にしている以上、が自分は気にしないからと言って、黙って見ていて良いとは彼女自身も思えなかった。


「セフィロス、貴方がお嫌でなければ、少し体を動かしに行きませんか?」
「俺は構わんが、西の雪山はどうする?下手に処理すると、夏の土の水分量に影響が出るだろう?」

「はい。ですから、家の周りではなく、別の場所に行こうかと。どうでしょうか?」
「俺もそうしたいところだが、また何日も家を空けるのは気が引ける。この間の奴らは、まだ何人か手配中だ。留守中に来られる可能性がある」

「ええ。ですから、貴方さえ嫌でなければ、次元の狭間に行こうかと。そろそろ、あちらの様子も見てみたいと思っていましたし」
「家や周りに被害を出さずに留守を守れる方法があるなら、乗ってもいい」

「はい。留守は、召喚獣のレモラに頼もうと思います。あの子は、麻痺しか与えられませんから、家や周りに被害を出しません。もし何者かが家に来ても、知らせを送ってから私たちが着くまでの間、相手を動けなくするだけです」
「凍死……いや、いい。それで、本当に大丈夫な奴なのか?」

「攻撃手段を持たないか弱い召喚獣ですが、とても善良ですよ。善良すぎて、戦闘で呼ぶのを躊躇うくらいに」
「……わかった。出発はいつだ?」

「この後、すぐにでも」
「わかった。片付けたら準備をする」

次元の狭間は嫌がられるだろうかと、少し不安だっただったが、大根についた糠を洗い落としながら頷いた彼に、ホッとして頬を緩める。
多分セフィロスは、この際動けるならどこでも良いのだろう。

台所をセフィロスに任せると、は早速レモラを召喚し、事の次第を説明する。
高価なサファイアのように深い青の鱗を煌めかせて空中を泳ぐ小さな魚は、の話を子供のように頷いて聞き、受け取った魔力で尾びれを大きくすると自慢気に揺らしていた。
人懐っこい性格なのか、説明を受け終わったレモラはの周りをくるくると回り、やがてその頬に身をすりよせる。
普段、動物には威嚇されるか、怯えて姿を隠されるだけのは、甘えてくれるレモラに頬を緩め、艶やかな鱗をよしよしと撫でた。

いつも以上にご機嫌なの様子に、セフィロスは小さく笑みをこぼしながら、手元の片づけを終える。
レモラは掌ほどの小さな召喚獣だ。
がそんなに気に入っているなら、普段から呼んでも良いかもしれないと思ったセフィロスは、レモラを撫でている彼女に近づいた。

体を動かしに行くんじゃなかったのか?けれど、彼女が望むなら少しだけ待とうと思いながら、セフィロスは口を開く。
しかし、その瞬間こちらに気づいたレモラと目が合って、数秒見つめあうことになった。

何を考えているか分からない、けれどその鱗よりも深く鮮やかな青い目で見つめられ、セフィロスは何か伝えたいのだろうかと待つ。
セフィロスと見つめあうレモラは、の頬に身を寄せたままふわふわと尾びれを漂わせ、伺うように彼女の目じりに顔を摺り寄せた。
くすぐったさに笑って撫でる彼女の手に身を寄せて甘えるレモラに、セフィロスが何かの勘違いだろうかと思う。
だが次の瞬間、青い魚は魚であるにもかかわらずニヤリと口の端を上げ、見せつけるようにの髪を尾びれで撫で始めた。

『……は?』

今、この魚は笑ったのだろうか?
魚類の笑顔など見たことが無いセフィロスは、わが目を疑ってレモラをじっと見つめる。
髪を弄ばれて笑うの注意はレモラの尾びれに向かっていて、顔の方は見ていない。
呆然とするセフィロスに対し、レモラは若干ふんぞり返る様に角度を変えると、尾びれだけでなくその小さな全身を使っての髪で遊び始めた。

「うわ!レモラ、やめろ。くすぐったいし、髪が乱れる!やめてくれ!」
「…………」

笑いながら止めるに、身を摺り寄せて甘え、彼女の頭の上に乗るレモラ。
呆けて見つめるセフィロスに、レモラはまた胸を張る様に角度を変えると、魚類なのに口の端を上げて嘲笑って見せた。

「…………」

これは、自慢されているのだろうか?
仲の良さを見せつけてきても、相手は単なる小魚である。
当然嫉妬などわかず、けれどのようにレモラを可愛いとは思えず、セフィロスは困惑するしかない。
とりあえず、ちょっと気持ち悪いが珍しい魚類の笑みを携帯で写真に撮った彼は、軽い説明と共にルーファウスに送っておいた。

、まだ遊んでいるか?俺は先に着替えてくるが……」
「いいえ、私も一緒に行きます。レモラ、見回りは家の外で頼む」


の言葉に、レモラは離れたくないと言うかのように、彼女の髪の中を泳ぎ、頬に身を摺り寄せる。
が、一度行動を決めたら即座に行動する性質のは、レモラの体を容赦なく鷲掴みにすると、窓を開けて外に放した。

外は、今日も地吹雪である。
暖かな室内から突然氷点下の世界に放りだされ、レモラは驚いて飛び上がると、慌てて室内に戻ってこようとする。
だが、は既に窓を閉め、寝室に向かおうと歩き始めていたので、中に入れてと訴えるレモラの姿は視界に入っていなかった。

さっさと行ってしまったを目で追うレモラは、魚といえど哀れである。
思わず同情するセフィロスの視線に気づいたレモラは、数秒見つめあって考えると、意を決したように目を潤ませて切なげに尾びれを震わせた。

「……寒いだろうが、大事な仕事だ。頼んだぞ」

助けたところで恩を感じる性格ではなさそうだと判断して、セフィロスはそれだけ言うとレモラに背を向けてを追う。
すると、レモラは怒ったのか鋭い歯をむき出しにすると、棘だらけの背びれを立て、突然大きく身を震わせた。
思わず足を止めたセフィロスの前で、レモラはその場で素早く何度も宙を回る。
すると、その体は青から金色に色を変え、残像のように揺らいだかと思うと沢山の魚の群れに変化した。

「家に何かすれば、は怒るだろうな」

威嚇しながら攻撃姿勢を取ろうとした魚の群れに、セフィロスは冷めた声で告げる。
すると、八つ当たりする気だったレモラの一味はハッとした顔になるとブルブル身を震わせ、すごすごと敷地内に散っていった。

初めから敷地の見張りで呼び出されたのに、一体何がしたかったのか不明なレモラを視界から外すと、セフィロスはの後を追う。
着替えのために寝室へ入ると、戦闘用の丈夫な服を出してくれていたが、レモラに乱された髪を抑えながら顔を上げた。

「セフィロス、すみませんが、先に髪を洗ってきて良いでしょうか?レモラに遊ばれて、生臭くなってしまって……」
「わかった。俺もゆっくり準備している。行ってくるといい」

「ありがとうございます。では、行ってきますね」
「ついでに、帰ったらすぐに風呂に入れるようにしてくれると助かる」

「わかりました」


浴室に向かおうとしてすれ違った彼女からは、最近お気に入りの百合の香りと共に、海の匂いと強い生魚の匂いがする。
この匂いが髪からするのは確かに嫌だな、と考えたセフィロスは、つい自分の髪の匂いを確認し、指先と髪からほんのり感じた糠床の匂いに動きを止めた。

が出てきたら、自分もシャワーを浴びよう。
もしかすると、今日は体を動かす気分ではなくなってしまうかもしれないと思いながら、セフィロスはベッドに腰掛けてが戻ってくるのを待った。





生臭い女と糠臭い男

2023.05.28. Rika
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