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Illusion sand ある未来の物語 52


WROが既に勝利しているなら、これ以上氷雪の壁の防御は過剰になるだろう。
セフィロスと相談してそう結論をだしたは、夜の闇と吹雪に紛れて家の周りの壁を消した。
その途端、辺りに吹き付けていた風と雪が叩きつけるように家に当たり、窓という窓がガタガタと揺れ出す。
暖炉の炎さえ一瞬激しく揺らめき、は咄嗟に暖炉の周りに氷の壁を作って舞いあがる煤と灰を防いだ。
激しい吹雪は暫く続き、やがて少しだけ落ち着いたものの、窓の外は夜闇でもわかるほどの吹雪だ。

「驚きましたね。煙突から風が入ってくるとは思いませんでした」
「急な気圧の変化のせいだろう。次からは、気を付けた方が良さそうだ」

「そうですね。できれば、次など無ければ良いのですが。そろそろ寝る時間ですから、灰の掃除だけにして火はそのまま落としてしまいましょうか。煤は明日拭きましょう」
「ああ、それでいい。ところで、今夜はどうする?」

「昨日まで暖かい島でしたから、少し強めのお酒で体を温めましょう。ちょっと環境の変化が激しすぎて、体温調節がおかしくなりそうですからね」
「そこは同意するが、あまり深酒はしたくない。気付け程度に出してくれ」

では1杯だけ、と笑って、は棚の奥で殆ど手をつけていない1本を出す。
癖も度数も強い酒は小さなグラス1杯で十分で、一口飲むだけでも喉の奥が焼けるように熱くなるものだった。
ほんとうに、ただの気付けだと思いながら、はセフィロスと同じ小さなグラスで酒を喉に流し込む。
独特の強い香りについ吐き戻しそうになり、慌てて口を押さえたは、口内に残る香りを洗い流すように、何杯も水を飲んだ。

体を温めるという本来の目的が果たせていないが、口に合わなかったものは仕方がない。
次からはホットワインか生姜のスープにしようと思いながら、は呆れ顔なセフィロスの手を引いて寝室に向かった。

帰宅してからずっと暖炉を燃やし、家の中のドアを殆ど開けていたおかげで、廊下や寝室はほんのりと暖かい。
それでも、やむ気配が見えない吹雪は窓から室内に冷気を放ち、カーテンで遮っても足元をひやりとさせた。
身震いしてベッドに乗っただったが、シーツは冷たく、足を入れた布団も同じだ。

、悪いが、部屋とベッドを温めてくれ。これは寒すぎる」
「ええ。私も同じことを考えていました」

胃の熱さも冷めるような寒さに、はパジャマの上に来ていたカーディガンを半分脱ぎながら、室内を暖める。
厚手のパジャマなら快適な程度に部屋の空気を暖めて、カーディガンを脱いだだったが、セフィロスが求める温度には足りないらしく、少し暑いくらいまで部屋の温度を上げた。

「少し暑い気がしますが、セフィロス、本当にいいんですか?」
「ああ。丁度いい」

布団をかければ逆に暑すぎる気がして、は熱でもあるのかとセフィロスの顔を覗き込む。
特に何の感情もなく頷いて返した彼は、しかし着ていたカーディガンと一緒にパジャマとインナーも脱ぎ捨て、ポカンとしたの衣類にも当然のように手をかける。
あれ?何で?と小首をかしげている間に上半身裸にされたは、ふわりと身を包んだ暖かな空気に、ああ、確かに丁度良い温度だな〜と、現実逃避していた。

そういえば、ルーファウス達を保護してから島にいる間も、2人は全く触れ合っていなかったので、帰宅した日にそうなるのは納得できた。
セフィロスの体の調子をなおしてからだって、それまでの反動なのか反省なのか、そういった行為はしていなかった気がする。
先日の説教の時も、普段から無防備な状態でいれるよう努力する方向で結論が出たので、こうなるのは自然な事なのだろう。
口づけより先に太ももに噛みついてきたセフィロスに、じとりと濡れた目で見つめられ、は乾いた笑いを浮かべながら抵抗を諦めた。









泥のように眠るとはまさにこの事で、癒え切らない疲労と心地よい眠りの中、は周りの音をぼんやりと拾う。
外の吹雪は既に収まったのか、あれほど煩かった風の音はやみ、窓から伝わる冷気も心なしか穏やかだ。
既に冷えた室内の空気で鼻先が冷たくなっているのを感じる。
けれど布団の中は暖かくて、肌に触れる毛布の柔らかな毛の感触も気持ちよかった。
それは眠り続けるのに最適な環境なのに、どうしてか、耳に雑音が入ってくる。

上手くまわらない頭で、それがセフィロスの声だとはわかるのだが、何を言っているか理解するほど脳は覚醒していなかった。
遠くで何か言っているようだが、眠気が強くて半ば夢のようにも思える。
セフィロスの声と一緒に、誰か別の声も聞こえるのだが、やはりそれも言語として理解できない。

目を開けた方が良いだろうか。でもまだ体は眠りたがっている。
来客があるならもう朝かと思うが、瞼の裏に感じるのは夜の色だ。
じゃあ夢だな、と考えて、はもそもそとした動きでセフィロスが寝ている方へ寝返りをうつ。
布団の間から入った空気が寒くて、彼の体温を求めて腕を伸ばすが、触れたのは布団の外の冷えた空気と、冷たいシーツの感触。
そこでようやく異変を感じて目を開けたは、無人の隣を暫く眺めると、冷えた腕を布団に戻してセフィロスの魔力を探した。

彼がいるのは家の玄関前で、近くにはいくつも別の魔力反応がある。
よくわからないが、とりあえず布団からは出たくないと思ったは、会得している補助魔法を全てセフィロスにかけると、後は任せて寝ることにした。

眠りに落ちる直前の敏感になった聴覚が、セフィロスが刀を振るう音を捉える。
それを聞いて、ハッと目を開けたは、冷えた室内を暖めなおし、彼が出て行ったままの布団を整えて暖めると、満足して再び目を閉じた。


何だか体を揺すられて、セフィロスの声が聞こえたが、は夢現のまま生返事をする。
彼が何を言っているのかわからないが、とりあえずセフィロスのいう事には、頷いて従っておけば間違いないだろう。
そうぼんやり考えながら彼に身を寄せると、肌に触れた彼の服は冷え切っていて、はうめき声を漏らしながら身を離す。
冷たい手で腰を掴まれたかと思うと、そのまま元の位置に引っ張り戻され、はとうとう唸り声を漏らした。

段々と覚醒していく意識に、まだ寝かせろと苛立ちながら、は寝返りを打ってセフィロスに背を向けた。
追いかけるように腹に回された手と、ぴたりと背中にくっついてきた彼のパジャマの冷たさに、は内心舌打ちするが眠気の方が勝つ。
腹を撫で、臍の周りを指でなぞる感触にくすぐったさを感じるが、やはりそれより眠気が勝っていた。
物言いたげに触れてくるセフィロスには申し訳ないが、本当に眠い。
寝させてくれるなら好きにしてくれと思いながら、はまた何か言っているセフィロスに生返事を返すと、そのまま深い眠りに落ちていった。

翌朝、変態な……否、大変な目にあった。

もう眠くても適当に返事などしないと誓ったは、昼を過ぎてからようやくリビングに出てきて、暖炉で焼いたパンをモソモソと食べる。
隣で一緒に軽い食事をとっているセフィロスは、気だるげではあるものの、それはそれはスッキリとした表情をしていた。
恨めしく睨む気力も湧かず、食後もソファでボーッとしていたは、家事をして歩き回るセフィロスを眺める。

、洗濯物の乾燥を頼めるか?」
「あー……はい。ですが、2階に行く気力はありませんので、物干し台を持ってきて、そこで広げていただけますか?」

「少し待ってろ」
「お願いします」

体力もHPもの方が上のはずなのに、何故セフィロスの方が元気なのだろう。
そんな事を考えながら洗濯物の籠に目をやったは、一番上に彼のコートがあるのに気づき、何かが記憶にひっかかる。
そう古い記憶ではないはずだが、一体何だっただろうと考えている間に、2階の廊下から室内用の物干し台を持ってきたセフィロスが、眺めていたコートやその下のタオルを広げ始めた。

「ねえ、セフィロス、そのコートは、どうして洗濯したんですか?島で使っていたコートとは違いますよね?」
「覚えていないのか?」

いつになく力の抜けた声で問うに、セフィロスは驚いて手を止めて振り返る。
首を傾げて答えたに、少し呆れ顔で肩から力を抜いて見せた彼は、苦笑いを浮かべると再び手を動かし始めた。

「昨日の夜中、何処かの馬の骨が家を襲いに来た。コートが汚れたのは、その時だ。少し煤がかかってな」
「そんな事、ありましたっけ?」

「お前は寝ていたから俺が始末しておいた。だが、俺に補助魔法をかけた記憶はないか?」
「言われてみると、記憶にあるような、無いような……」

冷たい手で腹を触られて嫌だったという事ははっきり思い出せるが、その前後の記憶は夢と現実が入り混じっている。
しかし、彼が言うならそうなのだろうと考えて、はセフィロスの目を見てうんうん頷いた。
一方のセフィロスは、何の意味で彼女が頷いたのか分からず小首を傾げたが、特に重要な事ではないだろうと考えてシーツを広げる。
既に最初に干したコートとタオルは乾いていたので、空いているソファにそれらを置いたセフィロスは、別の洗濯物を広げながら口を開く。

「警戒心を解いて欲しいとは思っていたが、襲撃に気づかず眠っているほど無防備になるとは思わなかった。いや、無防備とは少し違うか……」
「私自身、そこまで寝汚くなるとは思いませんでした。お恥ずかしい限りです」

「いや、昨日は仕方がない。それに、お前にはそれくらいで丁度良い。元が警戒しすぎだからな」
「反省したくなりますが、貴方がそう仰るなら……」

襲撃されたならかなりの物音がしているはずだが、本当に良いのだろうかと思いながら、はゆっくりと体を起こす。
緩慢な動きで向かいのソファから乾いた洗濯物を引き寄せて畳み始めると、セフィロスは乾いた洗濯物をの隣に置き始めた。
テーブルに手をついて身を乗り出さなくて済むので助かると思いながら、は、彼のコートの裾に小さな破れを見つける。
広げてみると周りは少し焦げていて、銃弾か何かが掠った跡のようだった。


「セフィロス、昨夜の襲撃、本当に大丈夫だったんですか?」
「西の雪山が少し削れたが、それだけだ。数は多かったが、苦戦はしていない。コートを汚したのは寝起きだった事と、少し疲れていだせいだ」

「そこまで大きな戦闘になっていたんですか……?」
「家や車庫には攻撃が当たらないようにしていたから、被害はない。……次があっても俺が対処する。、お前は何も心配するな」

雪山が削れた上に、セフィロスが服を汚すなど、かなりの騒ぎのはずである。
コートに被弾したのは、家や車庫に被害が出ないように立ちまわってくれたからだろう。
それでも起きなかった自分に唖然としているを、戦闘に関する反応だと勘違いしたセフィロスは、安心させるように小さく笑みを見せた。
そうではないんだが……と思っただったが、ここは黙っているべきところだろうと思い、セフィロスに微笑んで返す。
ちょっとだけ罪悪感が湧いたものの、彼の気持ち自体は嬉しかったので、余計なことは胸の奥にしまっておくことにした。


「貴方がそう仰って下さるなら、頼りにさせていただきますね。ところで、襲撃してきたのは、先日来た一味ですか?」
「多分な。無力化してから、夜中に来るなと言って追い返した。生きて山を下りられて、WROに捕まらなければ、また来るかもな」

「それ、多分もう二度と来ないと思いますよ」
「ドラゴンが暴れまわったばかりの場所に来る奴らだ。どうだろうな」


吹雪はやんだが、気温自体は低いままだ。
大勢の負傷者が無事に山から下りられたとは思えないが、心配する義理も助ける理由もないので、はまあいいかと思う事にした。

既に後がない襲撃者達が、素直に撤退を選んで下山するとは考えにくい。
しかし、こんな極寒の中で留まったとしても、寒さで全滅するのは目に見ているので、やはり再度の襲撃は考えにくかった。

家の近くに死体が転がっているのは普通に嫌だが、レノ経由でWROには連絡しているらしいので、そちらの回収もしてくれるだろう。
遅れて雪解けを迎えても、冬眠から覚めた野生動物が食物連鎖に組み込んでくれるはずだ。多分。

旅行中の物も含めた大量の洗濯物を乾かし終えると、はようやくソファから立ち上がって、畳んだ衣類の片付けに向かう。
正直今も、昨夜のように警戒ができていない状態なのだが、セフィロスが対処してくれると言うのだから、完全に甘えてしまおうと思った。
何か騒ぎが起きたとしても、その時にはちゃんと頭が切り替えられるだろう。

夏物の衣類を箪笥の奥に入れながら、はベッドを整えているセフィロスを見た。
正直、もう少しベッドで休みたい気分なのだが、そうすると夜に眠れなくなりそうだ。
どうしてこの人は今こんなに動けるのだろうと、心底不思議に思いながらセフィロスを眺めていると、気づいた彼が振り向いて目があった。


、どうした?休みたいのか?」
「ええ。ですが、夜に眠れなくなりそうなので……」

「昼寝程度なら問題ないだろう。少し横になれ。1時間したら、起こしてやる」
「……そうですね。では、お言葉に甘えます」


少しくらいなら、大丈夫だろうと考えると、は残りの洗濯物を片付けて這うようにベッドへ向かう。
苦笑いのセフィロスに手を貸してもらいながらベッドに乗ると、そのまま横になった。
寝ている場所も枕もセフィロスのものだが、一度横になると隣に移動するのも億劫になってしまう。

、服が皺になるぞ。着替えなくていいのか」
「貴方が気にするなら、そうします」

「いや、いい。そんな眠そうな顔の人間に、無理を言ったな」
「ありがとうございます。それと、私はまだ警戒が出来ていない状態なので、一応気をつけてくださいね」

「誰に言っている?」
「それもそうですね。おやすみなさい」

洗いたての毛布と布団をセフィロスにかけてもらうと同時に、は目を閉じ、一瞬で眠りについた。
次に目を覚ましたのは、残念ながら彼の声ではなく、外から聞こえた爆発音によってだった。
昨夜同様にセフィロスとその周りの魔力を探すと、山道がある家の北側でやりあっているようだ。

夜中に来るなと言われたから、昼間に来たのだろうか。
何故せっかく見逃してもらったのに、懲りずにやってくるのだろうと思いながら、はまたセフィロスに補助魔法をかけた。
だが、それだけではまた明日あたり、生き残りが再襲撃してきそうなので、WROに見つかりやすい山の下に追い返す必要があるだろう。

「シヴァ、来れるか?」
「我がそなたの呼び出しに応じぬわけがなかろう」

囁くように呼ぶの声に、当然のようにシヴァが答える。
まるで最初からそこにいたようにベッド横へ現れた召喚獣は、布団から顔をのぞかせるを見下ろし、不思議そうに首をかしげた。

「ん?、どうしたのじゃ?いつもの覇気がないのう。小僧と喧嘩でもしたかの?」
「いや、むしろ逆だ。それで、頼みなんだが、今、外でセフィロスが戦っているだろう?戦闘が終わったら、敵の一味を山の下まで馬車で運んでほしいんだ」

「……よ、我が先日人間どもに馬車を出してやったのは、そなたの知己であるからだ。いくらそなたの頼みでも、取るに足らぬ輩まで乗せてやる気はない」
「ああ、うん、乗せなくていい。適当に氷の鎖で繋いで、引きずって行ってくれ。山の下に捨ててきてくれれば、それでいいんだ。運んだあとの生死も問わない」

「そなた……可愛らしい寝起き顔で恐ろしい事を言いおる……」
「あれらの狙いがセフィロスなんだ。普通に腹が立つだろう?」

「バハムートに聞いたが、少し前に北のドラゴンに食わせたりもしたそうではないか。そなた、元々殺生は好まぬであろう?」
「夫を狙われて情けをかける奴がいるか?」

「……納得してやろう」
「じゃあ、お願いな。セフィロスの戦闘自体は、介入不要だ。後始末だけ頼む」

「よかろう。ではな」
「うん。おやすみ」

セフィロスが言っていた1時間は過ぎている気がするが、起こしに来るまでは寝ていても良いだろう。
そう考えると、はシヴァを見送って再び目を閉じる。
外ではまだ戦闘が続いているが、ここは手出しせずに待っているところだと分かっているので、は気にせず寝ることにした。









2023.05.24 Rika
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