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Illusion sand ある未来の物語 51 セフィロスが着替えている間、は早速電話をしてきたレノから、ゴブリン討伐の依頼を受ける。 バカンスの終わりは、ついでにそのまま各地を巡り、モンスターの異常発生地域がないか見てほしと冗談交じりに言われ、はあっさりとそれを却下した。 ただ、今回の討伐後の現地調査だけは、情勢的に難しいだろうと、動画を送ってやる事にする。 レノと話しながら、は南のゴブリンアイランドを闊歩して石化をしまくっているカトブレパスに、日没までそのまま散歩してくれるよう頼んだ。 日が沈み、カトブレパスを帰した後は、この北西の島と同じく、シルドラに石像を破壊し沖まで風で吹き飛ばしてもらう予定だ。 「今回はたまたま通りかかっただけですし、報酬額はそちらの都合が良いようにしてくださってかまいませんよ。忙しそうですし」 『流石、サービスがいいな。詳しくは、後からまた連絡するぞ、と。貸し切りビーチ、楽しめよ』 「ええ。では、また」 こちらは既に十分稼がせてもらっているので、たまには安く仕事をしてもかまわない。 それでも律儀に値段を抑えず支払うのだから、これが企業と商人の違いなのだろうと、はこの世界と元の世界の違いに苦笑いする。 電話を切ってテーブルに置くと、着替えを終えたセフィロスがテントから出てきた。 上半身裸でうっすら汗をかいている彼に、は一度深く目を閉じると呼吸を落ち着け、カップに入れた水を差し出した。 「どうぞ、セフィロス。その艶めかしい姿でこちらに近寄らないでください」 「なるほど。落ち着け」 「セフィロス、どうか私が逃げ出さないように、速やかに腕なり足なりを拘束してください。いっそ首輪と紐をつけて逃走を防止した方が良いかもしれません。日光の下で貴方のその姿は私には刺激が強すぎます。煩悩に苛まれます」 「よくわかったから落ち着け」 笑顔で何か色々言い出したに、セフィロスは冷静に告げて水を受け取る。 縛るのは別の機会にさせてもらおうと思いながら、首輪と紐は趣味じゃない事を告げると、望み通りの腕を掴んで海へ向かった。 最近の彼女は鼻血を出す事が前より少なくなったので、多分何とかなるだろう。 そう思いながらザブザブ水の中に入ると、ようやく冷静になった彼女は赤くなった顔を両手て覆って俯いてしまった。 「私は……なんてはしたない事を……」 「いつもとちがう環境で、少し混乱しただけだ。気にしなくていい」 セフィロスの度量が広すぎて、は少しだけ泣けてきた。 この頃、自分がどんどんポンコツになってきているのは、きっと気のせいではないのだ。 確実に、飛ばしてはいけない頭のネジが飛んで行方不明になっているのだが、以前セフィロスに相談したら、他の必要なネジも最初から飛んでいたから今更気にするなと、慰めになっていない慰め方をされた。 残念ながら否定はできなかった。 セフィロスもセフィロスで、昔は言わなかった酷い事をハッキリ言ってくるようになったが、腹の内を見せているだけなのだとはも分かる。 「動揺してすみませんでした。気を取り直して、楽しみましょう」 「そうだな。ところで、さっきは誰と電話していた?」 「レノから、ゴブリンの討伐依頼の連絡が来たんです。召喚獣達に任せてますから、こちらは何もしなくても大丈夫ですよ」 「随分と返事が早いな。だが、あの数ならそうなるか……」 「ええ。では、何をしま……魚ァ!!」 「!?」 ここからは、余計な事は考えず海を楽しもう。 そう思っていただったが、視界の端に見えた銀色の煌めきを認識した瞬間、反射的に水の中に手を突き入れていた。 人差し指と中指の間にしっかりと捕らえられた魚は、逃れようと暴れながらセフィロスの前に突き出される。 「セフィロス、見てください、捕まえました」 「ああ、凄いな。だが、逃がしてやれ」 「!?」 「その魚は多分食用じゃない」 「!!?」 「それと、とるなら魚じゃなくて貝殻とか、何か、食用じゃないものでも構わない」 暖かな海辺らしい、赤と黄色の鮮やかな魚を見せるに、セフィロスは少し呆れた顔で海面を指さす。 食用じゃないという一言に最も驚いた顔をしたは、残念そうに魚の顔を見ると、名残惜し気に海に帰した。 静かな波の音に包まれた時間は穏やかで、けれど非日常の感覚が強いからか、あっというまに過ぎていく。 日没前、海の夕暮れを楽しむついでに、南東の島を確認しに行った達は、数えるほどまでに数を減らしたゴブリンを撮影する。 北西の島に戻りながら海と空の赤を楽しみ、夕食の後で砂浜を歩いて、丁度良い所で腰を下ろしてそのまま酒瓶を開けた。 未だ昼間の熱が残る砂の上に寝転がり、アイシクルエリアとは違う星空を眺めて、さざ波の音に眠気を誘われる。 遠くの空に何かが飛んでいるのを見つけたセフィロスに、今世界は忙しそうだからと、はのんびりとした声で答えた。 ほんのりと寒さを感じてテントに戻ると、数分も経たずは寝息を立て始める。 月明かりでうっすらと明るいテントの中、それをぼんやり眺めるセフィロスは、たとえ今自分が魔力を揺らがせただけでも、彼女は目を覚ましてしまうのだろうと思いながら、諦めるように目を閉じた。 生活のリズム自体は家にいるときと大きく変わらないのに、環境が違うだけで些細な事も新鮮に感じた。 日の出の光で目を覚まし、ゆっくりと朝食をとると、気が向くままに海へ入り、または釣り針を垂らし、あるいは砂の上で手足を広げて眠りこける。 時折強い雨が降り、水浸しのテントの代わりにコテージで体を休めた後は、雨上がりの砂浜に打ち上げられたものを見に行った。 退屈を感じたら剣を合わせ、互いに知る技を見せあっていれば、時間はあっという間に過ぎていった。 そろそろ食料が尽きそうだと気づいたのは、島に来て何日目だったか。 気ままな南国生活にすっかり馴染んだ二人は、残りの食材を確認すると、次の日の午後に家へ帰ることにした。 久しぶりの、何にも煩わされない生活は心地よく、また面倒に付きまとわれたら逃げに来ようと、とセフィロスは笑いあう。 留守中の家は、日に1度召喚獣達に確認してもらっていたが、特に異常は報告されていない。 家を囲む集団が、諦めて撤退してくれている事を願いながら、北国用の身なりに着替えた二人はフェニックスに乗って西に向かった。 大陸が見え、山々を超えると、家の目印のように白い風雪の柱が見える。 黒く重い雪雲の下は山々の陰さえ霞むほどの猛吹雪で、その中に立つ柱はともすれば光の柱のようにも見えた。 大氷河を横切り、雪雲で暗く覆われた地上を眼下に風雪の壁の中に入ると、何一つ変わっていないわが家が待ち構えている。 数日留守が続いたからか、家どころか敷地の空気さえ冷えているような感覚がした。 「暖かい島にいたせいか、ここが凄く寒く感じてしまいますね」 「そうだな。片付けの前に、暖炉に火を入れよう」 「その後は、お風呂ですね」 「ああ。暫く海に入るだけだったからな。髪の中が砂だらけだ」 幸い玄関や鍵穴は凍り付いていなかったので、2人は足早に家に入ると、リビングに荷物を置いて暖炉に火を付ける。 外よりは幾分かまし、というくらいに寒い家の中に、はとりあえずリビングだけ軽く魔法で暖め、セフィロスは水の元栓を開けに地下室へ向かった。 空気は暖かくても壁や床は冷たいので、2人はコートを脱ぐこともできず家の中を歩き回る。 一段落した頃には暖炉の熱だけでリビングが暖かくなっていたが、髪や服に残っていた砂が家中に落ちてしまっていた。 「、一先ず珈琲で一息いれるぞ。砂の掃除は、その後だ」 「わかりました。それにしても、随分砂がついていましたね。島を出る時、少し風があったせいでしょうか」 「恐らくな。……何日かは、この寒さが堪えるだろうな」 「辛くなったら、仰ってください。すぐに暖めてあげますから」 「……そうだな。そのつもりだ」 「…………?」 何故か苦笑いして答えるセフィロスに、は小首を傾げたが、珈琲を口に含んだ彼に倣って自分もカップに口をつける。 数日滞在したルーファウス達がいないだけで、急に家の中が物寂しく感じたが、一時的な感傷も悪くないと思った。 砂を掃除して、荷物を片付けたら、入浴を済ませてから食事の準備。 それが終わったら、外の様子の確認と、情勢の把握、ルーファウス達へ家に帰った連絡、風雪の壁を解除するかどうかの判断。 家に帰ったとたんやる事がいっぱいで、はついまた島に帰りたくなった。 だが、野営は期限が決まっているから楽しめるのであって、終わりを決めずに続けると昔を思い出しての精神が落ち込んでくる。 それに、せっかく家と暖かい寝床があるならそこで休みたいし、海に入れたとしても風呂が無い生活が長く続くのは嫌だった。 多少の寒さはあっても、セフィロスと隣り合って座り、珈琲カップを手に一息付ける今の家が一番いい。 とはいえ、冷たいソファはどうにも寛げず、は暖を求めてセフィロスに身を寄せる。 腕を上げ、肩を抱き寄せてくれた彼へ、更に身を寄せたが、生憎彼の服もソファの冷たさで冷えていて、あまり暖はとれなかった。 家の中でここまで寒いのは珍しいと思いながら、は壁のカレンダーを見る。 月初にミディールへルーファウスに会いに行った予定が書かれているが、その後は特に予定を立てずに行動し、島で気ままに過ごしていたため、日付の感覚は完全に狂っている。 「セフィロス、家を出たのが何日だったか覚えていますか?」 「悪いが、俺も覚えていない。電話の履歴で出てこないか?」 「その方が確実ですね。ゴブリンの討伐依頼でレノと話した日ですから……おや、私たち、10日近くあの島にいたようですね」 「予想していたより長いな。確かにゆっくりはしていたが……」 「貴方が魚を釣ってくださって、食材に余裕が出来ましたから、そのせいでしょう」 「なるほど……壁の外はどうなっているか、わかるか?」 「少々お待ちください」 せいぜい4日か5日程度の小旅行と考えていたが、倍近くなっていた滞在期間に、2人は素直に驚く。 旅に使っていたテントが、魔物の襲撃がなくて繰り返し使えた事も、日付の感覚が狂った一因だろう。 順調に進んでいたなら、WROと神羅によって、騒ぎは大体収められている頃だ。 ルーファウスが危機に陥っている様子はないし、あちらから連絡は無いので、多分順調なのだろう。 ダークドラゴンに食い散らかされて撤退した壁の外の一団も、さすがにいなくなっているはずだ。 そう楽観的に考えて、外に感じる魔力を探したは、ドラゴンの襲撃跡から消えた魔力反応によしよしと頷き、しかし、同時に感じたシヴァの強い魔力の残滓に動きを止める。 それは、地面に積もる雪の途中から始まっての背丈を越え、家の屋根の半ばまで満ちている。 あれ?と顔を上げたに、異変を感じたセフィロスの表情がわずかに険しくなった。 だが、あまり緊張感がない彼女の様子に、危険はないと判断して、すぐに警戒を緩める。 「、どうした?」 「壁の外に、シヴァの魔力がするんですが、かなりの高さまで満ち満ちているというか……もしかすると、壁の外が氷漬けになっているか、雪でいっぱいになっているかもしれません」 「シヴァなら、ミスではなさそうだな」 「ええ。恐らく、再度の襲撃があったか、その妨害のためにやったのでしょうね。だから、尚の事寒いのかもしれません。ああ、今は、家の周りは誰もいませんよ」 「そうか。シヴァと話すか?」 「いえ、後でも大丈夫そうですから、先に片づけをします」 あまり雪を降らされると、雪解けと共に畑が水浸しになってしまう。 そこら辺の対処についても考えなければと思いながら、は空になったカップを置くとソファから立ち上がった。 結論から言えば、外に感じたシヴァの魔力は、予想通り積もりに積もった雪だった。 達が家を離れた翌日、シヴァが様子を見に来ると、前より大人数でやってくる一団を見つけたという。 直接手を下してもキリがないと判断し、大氷河辺りを漂っていた雪雲を捕まえて、家の周り一帯をずっと吹雪にしていたらしい。 悪天候により襲撃者達は風雪の壁に近づけず、数日すると慌てた様子で撤退していったのだが、念のため達が帰ってくるまで雪を降らせ続けていた。 積もった雪は、半分くらいはシヴァの力で消せるというし、残る雪もこの土地での積雪量内なので、そのままにする。 この吹雪も、今夜日付が変わる前にはおさまるそうだ。 がシヴァと話す間、セフィロスは情勢を確認し、ルーファウス達と連絡をとっていた。 武装組織の鎮圧作戦は4日ほど前に勝利で終わり、今は残党処理の真っ最中らしい。 あちらが持っていたデータや、盗まれた神羅科学部門の研究データ等も回収と処理をしている。 ちなみに、の召喚マテリアは不良品と判断されたらしく、コスタ・デル・ソルのジャンク屋に売り払われていたという。 装備しても魔力が1しか上がらず、なのにHPはギリギリまで減り、召喚は消費MPの桁がおかしいうえに、無理して呼べば不発でMPが空になる。 確かに不良品だった。 各地に残る残党の一部が、まだ治安を乱しているので、油断しすぎるなと言われたが、生憎セフィロスとの頭はバカンス気分が抜けていない。 春までは、去年のように家に籠もっていようと考えながら、セフィロスは髪についた泡を洗い流す。 流石に10日も砂浜にいた頭は、一度のシャンプーで砂が落ち切らず、2度目のシャンプーでやっと流す水に砂の感触がしなくなった。 トリートメントをいつもの倍つけてタオルで髪を巻き、湯船に体を鎮めると、久しぶりの暖かさに大きな息が漏れる。 の髪も砂で凄い事になっていそうだと思いながら暫く体を温めていると、いつもより火照った体に少しだけ眩暈がする。 暖かい島から極寒の地へ来たのだから、体の負担は当然かと思いながら、髪を洗い流して浴室を出ると、丁度着替えを届けに来たが『ぐはぁ!』と悲鳴を上げながら鼻血を噴いた。 「大丈夫か?」 「それより、タオルをどうぞ。お見苦しいものをお見せしました。すぐに下がります」 「ああ。血はちゃんと拭いておけ」 「はい」 裸などいい加減見慣れているだろうに、この女はいつになったら風呂上り姿を見て鼻血を出さなくなるんだろう。 そんな事を疑問に思いながら、セフィロスはが用意してくれた厚手のインナーとパジャマに袖を通した。 |
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2023.05.23. Rika |
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