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Illusion sand ある未来の物語 47


雪と風に守られてはいるものの、完全に謎の敵に包囲されている達の家は、果たして本当に安全な場所なのか。
疑問に思いつつ、セフィロスに言われて寝具を2階に運ぶレノは、すっかり庶民的に様変わりした家を改めて見回す。
元はルーファウスの別荘だったので、レノも何度か護衛としてこの家に来たことがある。
自分達が宛がわれた2階の部屋は、当時もタークス用に割り当てられていた部屋で、ルーファウスが使っている客間も当時彼が使っていた部屋だ。
家具や雰囲気は様変わりしているが、注意を払う場所や緊急時の動きが当時と変わらないのはありがたい。
この家の主達を退けて2階までたどり着ける襲撃者はいないだろうが、だからといって無警戒でいるわけにはいかない。

ルーファウスがこの新居とともにへ餞別で渡したパソコンが持て余されていたので、レノ達はありがたくそれを貰うことにした。
使える通信機器が1台だけでも今は十分だったが、レノとルードが肩を寄せ合って使う様子を見たセフィロスに、ちゃんと返すことを条件としてタブレットまで借りられた。
おかげで、ツォン達が到着するまでに情報収集ができたので、後は彼らが持ち帰った情報との擦り合わせだ。

また忙しくなりそうだと考えながら布団を運び終えて1階へ戻ると、ツォンがセフィロスに入れてもらった紅茶を飲んで首を傾げているところだった。
きっとあの味も香りもない紅茶なのだろうと、昼間それを味わった(と言えるほど味はなかったが)レノは、素知らぬふりをしてツォンの隣へ行く。

セフィロスはさっさと夕食の準備をしに台所に戻り、忙しそうにカボチャを切っていた。
マスタードイエローのエプロンが、絶妙に似合っていないが、多分カボチャの色がついても良い色を選んだのだろう。

全員が揃ったところで、今回の襲撃に関する情報をまとめる。
通常、こういう事は、タークスだけで行ってからルーファウスに報告するのだが、ソファで寛いでしまっている上司に席を外せとは言えなかった。


しばらく話し合っていると、リビングのドアが静かに開き、入浴を終えてすっきりした顔のが入ってくる。

「私に構わず、続けて下さい」

集まった視線に一瞬目を丸くしたは、そのまま台所に足を向ける。
すぐに会議を再開したタークス達を横目に見ると、はドアの横にかけてあった自分のエプロンをつけて、セフィロスと一緒に調理を始めた。

まな板とザルにある大量のカボチャにが目を丸くしていると、それらを蒸し器に入れているセフィロスから今夜のメニューを伝えられる。
まずは明日の朝の分も含めた大量のカボチャのポタージュ。冷凍生地を使った米粉パン、プランターで作りすぎたベビーリーフと生ハムのサラダ、一昨日まとめて作って冷凍していたベヒーモスの角煮。
あとは作り置きしていた切り干し大根やひじきと大豆の炒め物でも出しておこうと言われて、は早速調理を始めた。

途中で会議が終わったタークスの何人かに手伝ってもらうと、ダイニング、リビングと別れて夕食を始める。
が寝室の鏡台から椅子を持ってきて、セフィロス、ルーファウスとダイニングテーブルで食事をとり、他のタークスは食べにくいのを我慢してリビングのテーブルを使ってもらった。


「まさか、セフィロスの手料理を楽しめる日が来るとは……人生とはわからないものだ」
「俺も、お前が入れた珈琲を飲む日が来るとは思わなかった」

「口に合ったようで何よりだ。この食事も、お前の心遣いがよくわかる」
「何の事だ」

「照れているのか?……冗談だ。だが、感謝している事は理解してくれ。今回、部下達には随分と無理をさせてしまったが、お前たちの料理でやっと人心地が付いた」
「好きに解釈しろ」

綺麗な所作でポタージュを口に運ぶルーファウスに、セフィロスは諦めたように言うとちぎったパンを口に放り込む。
数日も空腹状態だった老人二人に、重すぎる食事は出せず、けれど体が若い面子の好みを無視するわけにもいかず、こういうメニューになったのだが、とりあえず全員満足しているようだった。
流石に片付けはタークスに手伝わせようと思いながらセフィロスが食事を続けていると、早くも満腹になったツォンが、ソファでうとうとし始めたのが見える。
彼は仮眠も取らずにジュノンで動いていたし、暖炉の灯りもあるので、余計に眠くなったのだろう。

静かに席を立ったが、ソファに置いていたブランケットを差し出したが、ツォンは少し恥ずかしそうにしてそれを断る。
だが、次の瞬間ツォンは糸が切れたようにソファに倒れ、淡い緑色の光に包まれながら穏やかな寝息を立て始めた。
ギョッとしたタークスを尻目に、は気にせずツォンにブランケットをかけると、テーブルへ戻ってくる。
何事もなかったような顔で食事を再開するに、セフィロスがちらりとルーファウスへ視線をやると、彼も手を止めて呆れた目をに向けていた。

「待て、ツォンを休ませるのは良いが、魔法で眠らせるのはやめてやれ」
「すみません、ちょっと戦闘不能になりかかっていたのを上手く隠していたので、緊急措置的に……」
「彼は、隠し事が上手い。私も、まさかそこまで消耗していたとは思わなかった。、礼を言おう」

「ルーファウス、甘やかすな。ここで止めなければ、はまた同じことをする」
「いや、流石に今回のは……聞いてませんね」
「セフィロス、お前が言わんとしていることはわかる。だが、これはお前がと話し合い、よく言い聞かせるべきだろう」

「部下に勝手をされた事は怒れ」
「ルーファウス、ポタージュのお代わりはいりますか?」
「大丈夫だ、もう十分いただいた。セフィロス、が手出しするという事は、それが必要だと判断したからだ。ツォンへは、私からも謝っておこう」

「そういう事じゃない……」
「戦闘不能になる方が、彼は後悔すると思いますよ」
「……、後でセフィロスとゆっくり話し合うといい」

多少問題あるとは思っているようだが、それでも反省する気がないの様子に、セフィロスは後で説教しなければと決める。
緊急措置として回復させるのは仕方がないが、その前にルーファウスか他のタークスに一言断るべきだろう。
戦闘中ならいざ知らず、平時でのそれはトラブルになる。今までそうならなかったのは、単に運が良かったからだろう。

以前からそういう行動をしやすいとは思っていたが……もしや彼女は常に戦闘中のような頭の使い方をしているのだろうか。
ふとそう思ってセフィロスはを見るが、彼女は説教を恐れている時の顔で視線を逸らしている。

もしそれが本当なら、散々人の事を帰りたい場所だ自分の居場所だと言いながら、本当にそこで安息を得たことは無かったのでは……と、過った考えにセフィロスの表情が険しくなった。
それまで微笑ましく二人を眺めていたルーファウスの顔が、セフィロスの表情の変化に気づいて様子を見るときのものに変わる。
セフィロスの顔を見ないようして食事を続けていたは気づいていないが、ピリつき始めた雰囲気にタークス達まで3人のテーブルを気にし始めた。

、食事が終わったら話がある」
「うぐっ……今ではいけませんか?」

「二人の問題だ。他の人間に聞かせる事じゃない」
「え……え?……えぇぇ!?あ、いえ……わ、かり、ました。……うん、それは……ええ、仕方が、ありませんね……うん……」

二人の問題と言われて何を想像したのか、は頬を染めてもじもじと戸惑いながら了承する。
一瞬で呆れた顔になったルーファウスと、早々に興味を失ったタークス達に気づかないのは本人だけだ。
セフィロスは咎めるも呆れるも超えて遠い目になると、恥ずかしそうな顔で食事を再開したに頭を抱えた。

普段は一体どんな話し合いをしているのだと言わんばかりのルーファウスの視線に、セフィロスは色々と否定も弁解もできなくて黙るしかない。
仕方ないではないか。こちらは新婚1年目なのだ。それはそれは、色々とある。色々と、あるのだ。

食事を終えると、片づけを引き受けてくれたタークスに後を任せ、セフィロスはを寝室に連れていく。
その頃には、自分の想像が見当違いで、本当に説教が待っていると理解していただったが、今更逃げようとする無謀さは流石になかった。
明らかに自分の余計な言動で、セフィロスの不機嫌さが増している。
そんな彼に手を引かれる彼女の気分は、負け戦に向かう時のそれだ。

必要な事だから説教されるのだが、たまには甘やかしながら諭してほしいと思ったりもする。
けれど、それを言えば、そもそも説教されるような事をするなと更に説教が増えるので、は想像して自分の気持ちを慰めるだけにしておいた。

寝室に入ると、セフィロスに言われてベッドに登り、自然と正座になる。
正面にあぐらをかいて座ったセフィロスは、一度大きくため息をつくと、びくびくと怯えながらこちらを伺い見るを見た。

「ぐっ……」
「え、どうしたんですか?」

「何でもない……覚えておけ」
「……意味がわからないのですが……」

彼女が意図せず向けてきた上目遣いに、セフィロスはつい許しそうになった自分を抑える。
突然妙な言動をされたは、困惑して首を傾げたが、彼に手で制されて仕方なく姿勢を正した。
一度大きく息を吸って吐いた彼は、また彼女の視線に心が揺らぎかけたが、眉を寄せて気持ちを落ち着けると口を開く。

、先ほどのツォンに対するお前の行動と、これまでの行動を思い返して、気が付いたことがある。お前は……本当は常に気を張っているんじゃないか?」
「大分、腑抜けているつもりですが?」

「俺もそう思っていたが……。さっきのツォンへの回復で、お前の判断と行動が、反射的なものなのではないかと思った。基本的にやりすぎているが、その場に敵がいたならと想定すれば、納得できるものも多い」
「…………ん?それは普通では?」

「何?」
「え?」

「待て、何が普通だと言っている?まさか、常にその場に敵がいることを想定して行動する事が、お前にとって普通だと言うのか?」
「常にというわけではありませんが、このような情勢で、この家も襲撃されている最中ですから、そう考えて行動するのは普通かと思いますが……」

そう言われれば、この家は今まさに謎の集団から襲撃を受けているのだったと思い出したセフィロスだったが、事の本質はそうではないと思考を振り払う。
確かにの方が正解で、セフィロスの方が気を抜きすぎかもしれないが、今話しているのは今回の件以外も含む。
そもそも、ルーファウスの家に行ったときに少しだけ様子を見たが、あちらの襲撃者もこの家を囲っている襲撃者も、セフィロスにとっては脅威にならない。
多分寝ている時に襲われてもどうにかできる。
それはにとっても同じなはずで、ならばもしもの敵を想定するのも、過ぎた思考だった。

「お前と俺を出し抜いてここへこられる奴がいるとは思えん。それを一番わかっているお前が、何故そこまで常に警戒している?俺にはそれが分からん」
「……大分気を抜いているつもりですが、最低限の警戒は常に……しませんか?私はそう育てられたので……それが貴方の求めるものと違うのでしたら、食い違いは生まれるかと……」

「……育ち方なのか……?、お前はどんな風に育てられた?覚えている限りで良いから言ってみろ」
「いきなり言われましても……。いつ誰が主君に刃がむけられても傷一つ付けられぬよう常に周りを警戒するというのが……最低限ですね」

「最低限か……だが、仕事をしていない時までは、そうじゃないだろう?」
「仕事をしない時は……仮眠を取る時と、暇を出された時くらいだったはずですから、あまり……。仮眠中も、異変があれば目が覚めるようにしていましたし、そもそも主からは離れませんでしたから……」

「休みくらいあるだろう。夜に家には帰らなかったのか?その時はどうだった?」
「ん?ですから、休みは仮眠と、暇を出された時だけです。その暇も専属の護衛騎士になってからはありませんでした。それと、家には帰りませんよ、常に主の傍に控えている仕事なんですから。まあ、私の代になってからですが……」

「代?だが……何だ、その職場環境は」
「うーん、この世界の仕事の感覚とは、大分違うので、理解はし難いと思います」

諜報と護衛を兼ねるタークスですら、有休があるのだから、当時のの勤務形態はセフィロス達にとって奴隷のようにも見えるだろう。
あそこまで主君にへばりついていたのは、が育った家がそういう騎士を出す家だからと、自分の代では他に同じ専属の騎士になる養子を得られなかったからだ。
ちなみに、他の騎士や兵士は普通に休みも休暇もとっていた。
旅に出たばかりの頃は、殆ど休まず警戒している事を仲間に驚かれたし、ガラフには繰り返し説教と同情をされたが、染み付いた習慣は終ぞ消えることは無かった。
だが、そのお陰で魔物の急襲を退けた事があったし、次元の狭間で命拾いした事は数えきれず、むしろますます無意識の警戒心はつよくなった。

セフィロスを蘇らせ、彼の心が安定してから、は心から深く息を吐いて肩の力を抜けるようになった。
自分が呆けて何もできなくても、降りかかる火の粉はセフィロスが簡単に振り払ってくれると分かっている。
それは、にとって今までにないくらい心が休まる事で、これまでの人生で一度も経験できなかった事だった。

だが、彼が言いたいのは、多分もっと深い部分の事だろう。
それは想像できたのだが、具体的に何かは分からず、は考え込むセフィロスを見た。

「セフィロス、間違っていたらすみません。貴方が言いたいのは、私がいつでも身を守れるようにしている事について……でしょうか?」
「ああ、そうだ。話を逸らしてすまない、少しお前の昔の環境に驚いた」

「いえ……。それで、話を戻しますが……貴方は、私にどうしてほしいんでしょうか?すみません、私は、自分が知る生き方しかわからないので、多分、貴方に教えていただかなければ、分からないと思います」
「そうだな……まず、必要ない時に警戒心は持たなくていい。警戒が必要なときは……直接の戦闘中や怪しい奴が間合いの中まで接触してきた時だ」

「そう…ですか……あの、私は今でも気を抜いているつもりなので、更にとなると、想像が……」
「……今、お前やお前が大切にしている物を脅かす存在が一つもない状況が、想像できるか? 戦う力が一つもなくなったとしても、なんの心配も恐れもなくいられる状況を想像できるか?」


できない、と素直に顔に出すに、セフィロスは今更になって生い立ちの違いを思い知った気がした。
同時に、ミッドガルにいた頃のが、いつも何処か遠くを眺めて心に剣を持ち、その目に不安と憂いを滲ませていた理由が分かった気がする。
これは彼女のこれまでの生き方に関わる問題で、だからこそ、一朝一夕では変わらないだろう。
ならば、これから時間をかけて、自分がに本当の安心を教えて、それができる場所になるしかない。
過去に思考を引きずられたり、魔力を乱して盛りついたりしている場合ではないと、セフィロスは深く目を閉じて腹を括った。

「お前が、俺の想像を超えた生き方をしていたことは、良くわかった。だが、せめて俺が傍にいるときは、何の恐れも警戒もしないでいてほしい。隣にいるという事は、お前が動けなくても、俺が対処するという事だ。俺が言っていることがわかるか?」
「それは分かります」

「よし。それなら、まずは、今の、息をするように最速と最善の対処を考え実行するのをやめる努力をしろ。おそらく無意識で、長年染みついたもので難しいだろうが、まずはそこからだ」
「うぅ……いきなりそんな事を言われても、ピンときませんし難しいんですが……」

「そうだ。だから、どれだけ時間がかかってもいい。だが、努力はしろ。お前は俺を心配しているようだが、俺は、お前が思っているより強いつもりだ……まあ、実力の開きは大きそうだが……」
「何で最後に自信がなくなるんですか……」

付けたされた一言に、は小さく苦笑いを零す。
セフィロスが言わんとすることは、には残念ながらいまいち想像できない。
だが、彼には自身が見えていない部分が、確かに見えているのだろう。
時間をかけて良いと言ってくれたのは幸いで、具体的にはルーファウス達の件が落ち着いてから、ゆっくり試していこうと思う。
努力の方向や結果がセフィロスが求めるものと違っても、多分彼はねばり強く正していってくれるはずだ。

しかし、これまで無警戒の状況があったかと思い返すと、せいぜい記憶にない幼少期ぐらいだろう。
思い返して、確かに自分は、この世界の人間が想像つかないような環境で育ったかもしれないと考えたは、不意に蘇った誰かの野太く黄色い悲鳴に、何故か咄嗟に記憶へ蓋をした。

「………何だ今のは……」
、どうした?」

「いえ、何か思い出しかけたんですが、どうしてか思い出してはいけない気がして……」
「何だそれは?」

首を傾げるセフィロスを見つめ返しながら、何故か思い出そうとしたくない自分にも首を傾げて返す。
気を取り直して、昔油断した瞬間がなかったか思い出してみるが、蘇ったのはファリスが女だと知った衝撃と失恋のショックで白目をむきそうになった一瞬の事だけだった。
セフィロスとザックスに保護されたばかりの衰弱していた時にあったのは、油断ではなく諦観だった。だから、思い出すべきはそれじゃない。

この世界に来てから、自分は確実に牙を鈍らせたが、それでもいつ刃がむけられようと受けて立てる。
あの頃、彼が頬に触れてくれるだけで、過ぎるほどの喜びと安らぎを感じていて尚、次の瞬間に刃が飛んできても弾き返せる警戒心はあった。

どれだけ気を抜いて生活していても、生命を脅かすものには対処する。
セフィロスが指摘しているのは、そのあたりなのだろう。

なんて難しい事を求めるのかと、そんなものは知らないのだと心の中で嘆きかけた瞬間、脳裏に何かが引っ掛かる。
今、何が引っ掛かったのか、とても重要な事に思えて首を傾げるに、セフィロスは様子を窺ってその顔を覗き込んだ。

、今度は何だ?」
「貴方が言う、何の警戒もしなかった事があったかと思い返していて、何かが引っ掛かったので……」

「思い出せるなら、少しは進展が早いかもしれないが、無理はするな」
「無理をさせたのは貴方でしょう。私は貴方の求めに応……じて……何も、考え…………られず…………」

思考に捕らわれながら答えていたの顔が、言葉を途切れさせると同時に赤くなっていく。
何だと首を傾げるセフィロスに対し、は急に慌てた様子で、彼とベッドの上へ忙しなく視線を泳がせている。


「ぅひぇ!何もありません、何もありませんよ!」

「俺はまだ何も言っていない」

慌てすぎて隠す気があるのか不明な返答をするに、セフィロスはとりあえず彼女の腕を掴んで捕獲すると、そのまま少しだけ考える。
が言っていた言葉を思い出し、何か心当たりがあったのだと当たりをつけると、彼はの肩をそっと叩き、落ち着けるよう静かな眼差しを向けた。

、何の警戒もせずにいる状況に、心当たりがあったんだな?」
「…………黙秘は……」

「悪いが、今回はだめだ」
「分かってましたけど、貴方、いつも黙秘を認めてくれないじゃないですか……」

「それは今どうでもいい。、どういう状況だったか、言ってみろ。それが分かれば、俺もお前が何の心配もせずに過ごせるよう協力ができる」
「ひぃっ!いりません!結構です!いえ、嫌ではなく、暫くは遠慮します!」

「……言え」

耳どころか首まで赤くなり始めたの様子と、その視線がさ迷う先に、セフィロスは何となく状況を察する。
だが、勘違いという事もあるので、最低限の確認くらいは必要だと思った。

まじめな顔で問うセフィロスに、は眉を八の字に下げて、恥ずかしそうな、そして少しいたたまれないような顔で視線を落とす。
踏み出すか踏み出すまいか迷うの顔に、半月ほど前の夜に同じ表情を見たことを思い出して、つい脳裏に過ったその後の記憶にセフィロスは一瞬だけ天井を見て思考を戻す。

「あの……お恥ずかしいのですが……貴方とここで過ご時に、思考が儘ならない状態になりますと……その……朝起きるまでは無警戒な状態のようです……」

だから、手を出せない状況でそういう事を言ってくれるな。
そう心の中で叫んだセフィロスは、きつく目を閉じながらに何度か頷いて返す。
色々な感情が乱れる胸と腹の内を落ち着けて目をあければ、彼女は先ほどと同じ恥じらう顔で、シーツの上を見つめている。

おかげで、そんな顔で彼女がしてくれたあれやこれやを思い出し、セフィロスはまたきつく目を閉じて精神を落ち着ける。
物事を理性的に、そして建設的に考えるよう心掛けると、何を目にしても動じない覚悟を決めて、再び目を開けた。

、状況は分かった。つまり、コンフュとは違う形で、お前の思考が停止している状況にすれば良いという事だな?酒を飲んでいるときも思考が鈍っているはずだが、警戒心は変わらないか?」
「飲酒は毒耐性も影響しますから、護身という点での警戒心は変わらないんです」

「そうか。『悲しい』状態や『怒り』状態はどうだ?他に考えられる方法に心当たりはあるか?」
「その二つのステータス異常は、私の場合どちらもバーサク状態になるようなので、おすすめできません。他には……すみません、私も心当たりは……」

「わかった。だが、手段が一つでもあるのなら十分だ。状況が整ったら、そちらからからのアプローチをしてみよう」
「……え?セフィロス、貴方、冷静な顔で何を言っているんですか?ご自分が何を言っているか、わかってますか?」

「当たり前だ。俺は現状の最善策を言っているに過ぎない。時間はかかるかもしれないが、お前が本当の意味で安心して過ごせる日が来るよう、努力と協力は惜しまん」
「はい、ご協力ありが……いや、いやいやいやいや……」

「心配するな。どうすればお前が、さっき言っていた状態になるのかは分かっている。何も問題はない」
「問題ありますよ。貴方何を言ってるんですか?もしかしてまた魔力が乱れて……いない……だと?」

「取り掛かるのが冬で良かったな。春や夏だと、畑があるから夜遅くまでの時間はとれなかった」
「……おかしくなった……セフィロスがおかしくなってしまった……私のせいだ……」

『悲しい』でバーサク状態になるとはどういう事か。
これまでセフィロスが培ってきた戦闘経験が脳裏で盛大に首を傾げたが、彼はそれを無視して話を進め、努めて冷静さを心掛けながらに安心するよう優しく言い聞かせる。
プルプル震えながら涙目になっているに、心配しないよう声をかけようとしたが、恐る恐る視線を向けた彼女の表情にまた色々と思い出してしまい、余計なことは口にすまいと無言で頷き返す。
小さく呻いて頭を抱えてしまった彼女に、慰めるか励ますが数秒考えたが、多分今は何を言っても余計な一言になると分かっていて、セフィロスはやはり黙ることにした。
自分の発言が少しおかしかったのは理解しているが、そう思いながら視線が勝手にの湿った唇に吸い寄せられる自分が何を言い出すか、簡単に想像がつく。今口を開いてはいけない。

ルーファウス達も、流石に新婚1年も経っていない夫婦の家に長居はしないだろうから、滞在してもせいぜい1週間ほどだろう。
それまでは、何処か懐かしい騒がしさのある生活を楽しんでも良い。きっとそんな機会はもう二度とないのだ。
静かに時を刻む壁掛け時計の針を眺めながら、セフィロスはそんな事を考え、束の間の非日常を楽しもうと決めた。
未だは頭を抱えているが、今はそっとしておくことにした。






2023.05.15. Rika
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