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Illusion sand ある未来の物語 45 夜明けの光に瞼を照らされ、ルーファウスは薄く目を開ける。 視界の端で揺れた赤に目をやれば、ベッドの横に腰掛けて休んでいたレノが、ルーファウスの目覚めに気づいて立ち上がったところだった。 その顔には少しだけ疲れがあるが、潜り抜けてきた修羅場のおかげか、疲弊している様子はない。 ほかの部屋で休む部下たちも、同じようなものだろう。 頬を撫でる冷たい風に、ルーファウスはゆっくりと起き上がる。 無残にガラスがなくなった窓の外は朝日が眩しく、けれど登りきらない太陽に部屋の中は薄暗かった。 長くなる隠居生活に思いを馳せながら、初めてデザイナーに一任せず自ら選んだ内装は、見る影もないほどボロボロだ。 目に優しかったグレーベージュの壁紙は銃弾で穴だらけだし、天井の照明は既にない。 頑丈だったドアは外れかかっていて、所々床が砕けた廊下が見えていた。 昼夜を問わず不意に行われる襲撃に無傷でいるのは、の力で守られているルーファウスの体と、そこで身を守れる部下だけだ。 本来護衛対象のはずの自分が、完全に部下たちのセーフティエリアになっている。 何とも面白い状況だと思ったのは最初だけで、一向に解決する気配が無い情勢と事態に、ルーファウスは引退が早すぎただろうかと考えてしまった。 タークスの殆どは会社と共に息子に引き継いでいて、今ルーファウスの傍にいるのはレノのように古参で引退していない者、理由あって傍においている者だけだ。 数は片手で足りる程度で、使える手段も限られていた。 だが、武器もろくに無く、通信手段も絶たれた状況でよく守ってくれていると思う。 WROの力が減る陰で、独特の思想を持った集団が各地に広がっている情報はルーファウスも得ていた。 それらの対処も含めて、次の世代に引き継いだつもりだったのだが、若い世代は不穏の目を潰すことに失敗したらしい。 武装集団が各地で一斉に蜂起し、WROや権力者に連なる者達を襲撃し始めたのは6日前だ。 2日くらいすれば、息子から密かに連絡がくるかと思っていたルーファウスだったが、これだけ放置されているという事は、余裕がないのだろう。 少し甘やかしすぎただろうかと考えながら、可能な限り情報を集めたが、状況はどうもうまくない。 各地の治安で分散していたWROは大きな打撃を受け、慌てて立て直している最中だが、相手はその隙を徹底的に突いている。 内部での工作もされているようで、多分今はそちらの対処に手がいっぱいなのだろう。 おかげで、ミディールに駐屯するWROの軍隊は半分が撤退し、ルーファウスの家は廃墟のようにボロボロだ。 経営していた料亭も、襲撃二日目で半壊状態にされたらしい。 雲隠れしているルーファウスまで襲撃するのだから、神羅に強い恨みがある人間がいるのだろう。 今のルーファウスは、お家騒動に巻き込まれて静かに暮らす事を選んだ元一般人の隠し子という設定なのに襲われるのだ。 相手はセフィロスよりも執念深いかもしれない。 「叶うなら、と連絡を取りたいが……レノ、電話はどうだ?」 「残念ですが、まだ不通ですよ、と」 「そうか……我々が襲撃されているならば、当然、あちらにも手が伸びているだろう。セフィロスは随分と畑を気に入っていたからな。荒らされて大きな騒ぎを起こさなければ良いが……」 「あいつらの心配してる場合じゃありませんよ、と。さっきルードから連絡がありました。食糧調達は失敗。敵の数が増えて、完全に囲まれてます」 「それは残念だ。ならばやむを得ん。私を盾にし、突破していくしかないな」 「それだけは、絶対に嫌ですよ、と」 苦虫をかみ潰した顔で言うレノに、散々休憩所扱いしておいてよく言ったものだと、ルーファウスは笑みを零した。 朝方の静けさに、少しだけ気が緩んだものの、状況は笑えない。 とセフィロスの家のように、ルーファウスの家もミディールの町から少し離れた場所にあり、おかげで襲撃を受けても近隣に被害はなかった。 だが、容易に包囲されて補給が滞る結果になっている。 襲撃を想定せずに選んだ土地と言えなので、それは仕方がないと諦めるしかなかった。 いくらルーファウスがいて攻撃が防げても、生きている以上は食事が必要だ。 北国のように冬ごもりをしないこの土地では、大の男数人で籠城するには物資が足りず、強硬策も選択肢に入れる状況だった。 現に、ルーファウスでさえ、昨日の昼にわずかな食事をとっただけで、それ以降は水しか口にしていなかった。 ここまで極限の状態は、メテオが落ちてきてミッドガルが崩れた時以来だ。 よもや、この年になってまた追いつめられる事になるとはと、ルーファウスは状況にそぐわぬ笑みを浮かべて、壁にかけられた上着に袖を通す。 その時、壊されてカメラが動かない玄関のインターホンが鳴って、ルーファウスはレノへ目をやる。 既に警戒しているレノと同じく、別の部屋にいたタークスが動き出す物音がわずかに聞こえた。 音もなく武器を出したレノが、足音を殺しながらルーファウスの前に立ち位置を変える。 最初の襲撃で穴が開き、3日目あたりで扉が外れてしまった玄関のインターフォンをわざわざ押すなど、普通の人間はしない。 相談する声がぼそぼそと聞こえたかと思うと、外れて立てかけておいた扉をガンガンと叩く音がした。 「ルーファウスー!いますよねー?出てこないなら勝手に入りますよー!?」 「レノ、迎えに行ってやれ」 普通に友達の家に遊びに来た雰囲気で玄関から叫ぶの声に、ルーファウスは苦笑いを浮かべ、呆れた顔のレノを向かわせる。 彼が部屋から出ていく際、とうとう部屋のドアが外れて床に倒れてしまったが、もう誰もそんな事は気にしなかった。 ライラの声を聞いて感じた安堵が、身の安全を確保できたからなのか、部下との飢え死にを免れたからなのかはわからないが、ひとまず風呂に入って身ぎれいにしたいと思った。 レノの歓迎する声を背に、ツォンが部屋に入ってきてルーファウスの傍に控える。 若返っていない彼は、レノよりずっと疲れているだろうに、白い髪が少し乱れているだけで6日も籠城している老人には見えなかった。 彼の手に、今後必要な物が入った鞄があるのを目で確認すると、ルーファウスは乱れている髪を手で軽く直し、扉がなくなった部屋の入り口を見る。 レノに連れられ顔を見せたは、ルーファウスが無事だと知っていたからか、本当に普通に遊びに来たような表情だった。 彼女に続いて顔を出したセフィロスのほうが、よっぽど同情した顔をしてくれている。 「おはようございますルーファウス。様子を聞こうと思ったら電話が繋がらなかったので、見に来てしまいました」 「手ひどくやられたな」 「、そしてセフィロス、よく来てくれた。お前たちに会えたことを、これほど喜ばしく思えたことはない」 「こちらも、無事なあなたに会えて嬉しいですよ。遅くなってすみませんでした」 「電話が通じていないとは思わなかった。怪我はないようだな」 「の守りのお陰だ。だが、補給が完全に絶たれた。情けないことに、今の我々は、餓死寸前だ」 「ああ、そこは気が付きませんでしたね。……すみません、お裾分けのローストビーフを少ししか持ってきていませんでした」 「空腹状態で口にするものではないな……」 「体が若い部下が二人いる。彼らに渡してやってくれ」 ルーファウスの言い方にセフィロスは微かに首を傾げたが、疑問を持っているのは彼だけで、は持っていた袋をレノに手渡している。 後でに聞こうと考えて視線を戻したセフィロスは、ルーファウスの傍に控える白髪のタークスと目が合う。 どこか見覚えがあるのだが、特定ができないままでは、皺が刻まれた顔と昔の記憶は簡単に結びついてくれない。 じっとこちらを見つめているので、多分知り合いなのだろうと考えていると、がに袖を引かれ、屈んだ耳に彼がツォンだと囁かれた なるほど、言われてみれば確かにツォンだと思ってその顔を見たセフィロスだったが、呑気に挨拶する状況ではなさそうなのでルーファウスに視線を戻す。 「さて、静かに暮らすお前たちに、こんな事を頼むのは心苦しいが、一つ、私の頼みをきいてほしい」 「先に言っておくが、この騒ぎには参加しない」 「そのような心配は不要だ。セフィロス、私は、お前たちを戦力の手駒とは考えていない。身を守るため以外に、お前たちの力を求めない事を約束しよう」 「何をしてほしい?」 余裕を見せているが、決して元気そうではないルーファウス達に、お願いよりもまずは食事ではないかと思ったセフィロスだったが、流石に口にはしなかった。 は最初からルーファウスを助ける気でいるし、よほどの内容でなければ頼みを断らないだろう。 ルーファウスの前置きが誰に向けたものか理解したセフィロスは、知らぬ間に自分へ決定権を握らされていた事へ、ついへもの言いたげな視線を向けてしまった。 「私は、ただ静かに暮らしたいと思っている。当然、諍いなど望んではいない。だが、世界は我々を放ってはくれないようだ。お前たちなら、この気持ちを理解してくれるのではないか?」 「長い前置きはいい。用件を言え」 空腹で極限に近いはずなのに、何を悠長に話しているのか。 この男本当は大丈夫なんじゃないかと思いながら先を急かしたセフィロスに、ルーファウスは残念そうな顔をつくると溜め息までついて見せた。 「我々を、安全な場所へ護送してほしい」 「目星はついているのか?」 避難先の幾つかは持っているだろうと問うが、対するルーファウスは首を横に振った。 まさかと思って眉を跳ね上げたセフィロスに対し、はおやおやと呑気に言うだけだ。 おやおやじゃないだろうと彼女の顔を見ていると、ツォンが鞄から地図を出し、廃墟の中で唯一綺麗なベッドの上に広げて見せる。 カーム、ジュノン、ゴンガガそれぞれの郊外に丸とバツが付けられているので、全て襲撃されて失ったという事だろう。 そこまで嫌われるとは、この男は一体今まで何をしてきたのだろうと思ったセフィロスだったが、今のルーファウスはJr.なので、個人ではなく神羅か彼の血族への恨みかもしれない。 「見ての通り、私の別荘は全て破壊された。今の我々は、何処にも身寄りがない哀れな老人だ」 「…………」 自分とそう変わらない外見年齢をしながら宣ったルーファウスに、セフィロスは言葉をかける気も失せて代わりにへ目をやる。 彼女ならどうするか。 考えて、簡単に出てきた答えにため息をついたが、それは自分の脳裏にも過った考えだったので、ひとまず置いておく。 次いで、自分がルーファウス達を見捨てた場合にがやらかす案を想像したセフィロスは、安全しか考慮しない非情な考えが浮かんでしまい、それを本当に言いかねない彼女をまじまじと見てしまった。 「どうかしましたか?」 「……いや、何でもない」 「私は貴方のお考えについていきますよ。どうぞ、貴方がやりたいようにしてくださいな」 「わかった」 ルーファウスも、内心では絶対に狙っていただろうと思って、セフィロスは大きく息を吐く。 だが、もしここで見捨てれば、のやらかし案が現実味を帯びてくるので、情勢が落ち着くまでの間だけだと自分に言い聞かせる。 「まずは家に帰って食事だ。先の事は、その後考える。いいな?」 あまり直視しないようにはしていたが、家と同じくらいボロボロなレノ達に、セフィロスは憐れみを感じてしまった。 それに、今ルーファウスがいなくなれば、また以外の話し相手がいなくなり、それは少し気が引ける。 電気屋は寄れそうにないが、寝具屋には寄らなければと考えているうちに、礼を言ったルーファウス達はが呼んだリヴァイアサンの背に乗せられた。 |
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2023.05.09 Rika |
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