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Illusion sand ある未来の物語 44


、少し休んだらどうだ?」
「変態にはおかまいなく。どうぞお一人で休憩なさっていてください」

「俺が悪かった。そろそろ許してくれ」
「何が悪かったのですか?妻がベッドで変態になるのは夫にとって最高だと仰っていたでしょう?貴方が喜ばれているようで、私も大変嬉しく思っております」

テーブルで魔法の教本を書いているに、セフィロスは珈琲を差し出しながら機嫌を伺う。
冷たく返した彼女に、一瞬苦い顔をしたものの頭を下げたセフィロスだったが、それに対するの言葉と言い方に、連日のストレスもあってとうとう顔を顰めて大きな溜め息をついた。

先日つい口を滑らせた件から、の機嫌はずっと悪いままで、何度謝っても態度を変えてくれない。
どうにか機嫌を直してもらおうと頑張っていたセフィロスが、再び口を滑らせてしまったのは昨夜の事。
徐々に軟化していたの態度は、再び頑ななものへ戻り、いい加減セフィロスもうんざりしていた。

「……そうだな。本当に最高だ」
「貴方が色々と教えてくださったおかげですね。普通の事だって言ったから信じてその通りにしたのに、それを変態だなんて……!私をそんな体にしたのは貴方じゃないですか!」

「だから、変態呼ばわりしたことは何度も謝っているだろう!ならどう言えばいい!?いい加減に機嫌を直せ!」
「私だってどう言ってもらえば良いか分かりませんよ!仕方がないでしょう!?貴方と目が合ったり話しかけられたりすると、何を言われても変態と言われている気分になるんです!」

「ただの被害妄想で当てこするな!俺はそこまで言っていない!」
「分かってますよ!だから私だってどうしたらいいか分からなくて困っているんです!もう、貴方が反省なさっているのも、私の態度に嫌気がさしているのも分かっていますから、少し放っておいてください!」

赤い顔で叫ぶとそっぽを向いたに、セフィロスはとうとう舌打ちして背を向けた。
彼女がノートにペンを走らせる音を耳にしながら、彼はソファに腰を下ろすと、渡し損ねた珈琲に口をつける。
いっそ本当に変態に調教してやろうかと考えたものの、その後で毎日泣き暮らされそうだったので、即座にその余計な考えを捨て去る。
テーブルに置いていた読みかけの本を開き、文字を目で追ってはみるが、内容は全く頭に入ってこなかった。

窓の外は白く、数メートル先の景色さえ見えない。
連日の寒波と大雪の後、青空が見えたのはほんの数時間で、それから数日は強風による地吹雪が二人を家に閉じ込めていた。

閉塞感も喧嘩の原因の一端だが、それでなくとも話はこじれている。
言い争うことはあっても、すぐに互いの妥協点を見つける二人にとって、数日も長引く喧嘩は初めてのものだった。
セフィロスは既に頭を下げているし、後はが自分の中で落としどころを見つけて、機嫌を直すしかない。

それが分かっていても、は考えようとする度にセフィロスから変態呼ばわりされた時のショックと羞恥が蘇り、思考が止まって頬の熱さと共に視界が滲んでくる。
ギリギリと歯を食いしばって堪えるが、その姿は怒りに震える姿そのもので、セフィロスの呆れと苛立ちが増す結果になっていた。

ペンを走らせる手は既に止まり、リビングには外の風の音と、暖炉の薪が爆ぜる小さな音だけが響く。
気を抜けば、悪天候でもかまわず逃走を図りたがる自分に、は何度も深く息を吐いて気持ちを落ち着かせようとした。
そのたびに、セフィロスの纏う空気が刺々しくなっていくのがわかる。

平時なら、落ち着くまで椅子に縛り付けてくれと頼むところだが、こと喧嘩の原因が『変態』発言となると、そんなお願いはできなかった。
原因が『変態』発言でなくとも、普通はそんな事を人に頼むものではないのだが、冷静さが足りない状態のに常識的観点はない。

考えても考えても、の思考は空白のままだ。
セフィロスに言った通り、彼女にもこの状況をどうしたらいいのかはわからなかった。
たった一言で喧嘩するほど態度が硬くなるのだから、『変態』という言葉は図星を付いていると、数日経った今なら理屈としては認められる。だが感情ではまだ認められない。
元々筋金入りの朴念仁だったの感覚では、いくら夫とはいえ毎晩セフィロスの求めに答えていたのだから、潜在的に自分を変態と認識してはいたのだろう。

セフィロスがそういうものだと言えば、は素直にそれを受け止めて、彼が教えた通りその希望に答えていた。
本当に色々と教えられて、必死に羞恥に耐えながら、色々としてきたのだ。
にもかかわらず、その教えた張本人から小馬鹿にした顔で変態と呼ばれては、怒りを覚えるのは当然だった。

そもそも、元々は良い家の出で、一国の君主に仕えていた騎士なのだ。
自分の安全や命を軽んじる傾向があったし、色々と経験したおかげで角が取れた円い性格になっているが、元々のプライドは高い。
その上責任感もあり、自分の立場を理解していたため、普通の人なら怒る程度の感覚の事でも、激昂して剣を抜くことがあったし、そうしなければならない事もあった。
個人が良いと思っていても、家や君主の名誉を傷つける結果になる事もあるからだ。
もちろん、その感覚はにとって既に過去のものだが、精神的な土台ともなっている一人の人間としての名誉や誇りは、普通の人よりは注意が必要だった。
そして、その名誉や誇りを捨てても願った相手がセフィロスであり、当然彼は彼女にとって、本人が思っている以上に特別な存在なのだ。

だというのに、よりにもよってそのセフィロスが、事もあろうに彼女の精神の根幹にある誇りと名誉を、あろうことか『変態』などという言葉でからかったのだ。
腹部を叩いただけで済んだのが奇跡である。

時間が経って冷静になれば、だってあれがただの軽口だったとは分かるし、既に彼が謝ってくれているのだから、この問題は終わりにするべきだとも思う。
だが、これまで耐えて堪えて溜め込んでいた羞恥心が、彼の一言で爆発してしまい、自身もどうしたら良いかわからない状態になってしまっていた。
しかも、内容が内容だけに、誰にも相談できない。
仮にシヴァに相談しても、『そなた自身がそう思っておるのなら、変態で違いなかろう』と言って、それ以上は話を聞いてくれないのが簡単に想像できる。

以前は、こんなどうしたら良いかわからない時は、ライフストリームにいたセフィロスに抱きついて落ち着いていた。
しかし、セフィロスと喧嘩している今、胸を借りて甘えるのは普通に考えて難しい。
すでに折れるだけ折れてくれている彼に、更に胸を貸せとは図々しすぎるし、そもそも今のセフィロスはその話を聞いてくれるか疑問なほど機嫌が悪かった。

この状況で、同じ室内にはいない方が良いと思うのに、外は地吹雪で出られる状態ではない。
魔法で環境を整えようにも、今は冷静さを欠いていて上手く制御できそうになかった。
トレーニングルームは一昨日使ったが、無心で体を鍛えていたらセフィロスに休憩をとらないなら使うなと叱られた。
寝室で休んでみても、変態の称号を得るに至った現場で冷静な考え事などできるはずがなく、しょんぼりして出てきた姿をセフィロスに呆れた目で見られた。
二階にある客間は物置兼書庫のような状態だし、地下の食糧庫は広いが寒いし、そもそも長居するような場所ではない。

ソファにいるセフィロスをいないものと仮定して色々と考えてはいるが、待てど暮らせと当然良策など思いつかないし、気持ちは全く落ち着かなかった。
とりあえず、使っていたペンを片付けようと思ったは、何も持っていない自分の手を見て数秒考える。
ゆるゆると視線をペンケースに移し、既にしまわれている愛用のボールペンを確認した彼女は、ペンどころかノートまで隅に片付けられている様を見ると、自分がいよいよ末期だと悟ってテーブルに突っ伏した。
勢いが良すぎて、額がぶつかってしまったが、口からは悲鳴ではなく深いため息が出てくる。
セフィロスが振り向いた気配がして顔を向けようとしたが、目を合わせたら視線で変態と言われている気分になるし、また口論になりそうなのでそちらを向きたくなかった。
だが、顔をそむけたままだと余計に溝が深まるのは分かっているし、そうなりたいとは思わない。けれど、彼と目を合わせたくない。

どうしようか腹が決まらず、は呻きながらテーブルにグリグリと額を左右に擦りつけるという、意味不明な行動をとる。
これでは変態どころかただの奇人だと気づき、すぐに動きをとめたものの、既に手遅れなのでもう考えるのをやめた。

セフィロスには暫く突き放しておいてもらって、その間に頭を冷やそうと思ったは、このままテーブルで寝てしまおうと考える。
彼がソファから立ち上がった音に、ドン引きして別室に行くのだろうと思っていただったが、彼の足音はがいるテーブルの横へ来ると止まった。
今は文句を聞きたくないと思いながら、緩慢な動きで振り向き薄目を開けると、呆れた顔のセフィロスが額に手を伸ばしてくる。

テーブルに擦って少し痛むそこを、優しく触れてくれる彼の手に、は己の不甲斐なさを痛感して涙が出そうたった。
礼を言うべきなのに、口から言葉がでようとしない。
これではまた喧嘩が続くと思いながら、無言で額を撫でてくれた彼の手が離れるのを、はただ見つめる。
だが次の瞬間、の目には彼の手首を高速で捕らえ、額に戻した自分の手が映っていた。


「……もう少し撫でるのか?」
「…………はい」


ちょっと普通じゃない速さで腕を掴まれたのに、それには触れずに再び額を撫でてくれるセフィロスの優しさ、は深く息を吐いて目を閉じる。
彼の手首を離した手は、気づけば彼の服の裾を掴んでいて、彼女の意図とは関係なしにぐいぐいと引っ張っていた。

「もう気は済んだか?」
「まだ完全には落ち着いてません。ですが、これ以上貴方と喧嘩し続けるのは嫌です」

「なら、とりあえずはいいんだな?」
「……はい。臍をまげてすみませんでした」

機嫌を直すとまでは行かない様子のセフィロスだったが、喧嘩を終了する事は了承してくれた。
自分の機嫌も直っているわけではないので、お互い様だろうと考えたは、彼に逃げられる前に腕を伸ばし、目を閉じたままその胸にしがみつく。
頭の上に、彼のため息がかかったが、は知らないふりをして、彼の胸で一息ついた。

「……やっぱりここが一番気持ちが落ち着きます」
「自分を変態にした男の胸がか?」

「……暫く、その単語は避けてください。できれば、あと半年くらいは喧嘩したくありません」
「それは同感だ]

まだ、お互い下手に口を開くと余計な一言が出てくると分かって、二人は口を閉ざす事にした。
暫くそうして時間を過ごしていた二人は、薪が崩れる音に暖炉へ視線を移し、どちらからともなく離れて薪をくべる。

相変わらず白い外の景色に、気分転換も何もできないと思いながらソファへ腰を下ろしたは、珍しくテレビのリモコンに手を伸ばしたセフィロスに視線を向けた。
けれど、悪天候のせいで上手く受信ができず、流れる映像と音はかなり乱れている。
いくつかチャンネルを変え、辛うじて綺麗に見られた番組は土と石で家を作る番組だったが、二人は特に文句もなくそれを眺める事にした。

セフィロスは珍しいものを見る感覚で、は懐かしいものを見る感覚で番組を見ていると、突然画面が乱れて出演者とは違う男が現れる。
ほかにも画面には数人いるようだが、音声はノイズだらけで聞き取れないし、画像も乱れて何がなんだかわからない。
よくわからないが、別のドラマか映画が映りこんだのだろうと考えると、はセフィロスに断りを入れて録画していた料理番組をかけた。

バーベキューで作れる美味しいパエリアとローストビーフのレシピを紹介する合間に、鳥の骨付き肉を使ったチキンスープの作り方が紹介される。
シンプルだが野菜が沢山入ったスープに、今夜にでも作ろうと考えていたは、魔力の感覚にルーファウスが襲撃されているのを感じて、おやおやと思いながら材料のおさらいで画面を止めた。

「セフィロス、今夜はこのスープにしたいのですが、よろしいですか?」
「構わん。俺はパエリアが食いたい。材料はあったか?」

「魚介類は地下の倉庫に冷凍がありますよ。調味料も揃っているはずです」
「なら、見終わったら取りに行ってくる」

「わかりました。メインの料理は何にしましょうか……」
「多く作りすぎても余るだけだ。スープの具を増やせば、必要ないだろう」

「それもそうですね。では、メモはとったので、続きを再生しますね。途中で止めてしまってすみませんでした」
「気にするな。だが、後でパエリアの材料が出たときは止めてくれ」

セフィロスに頷いて返すと、は再生ボタンを押して番組の続きを見る。
作り方のコツを走り書きでメモする彼女の脳裏では、結構な人数に襲われながらもの力で無傷のまま笑っているルーファウスの様子が感じられた。
彼のそばには、レノをはじめとする古参のタークスがいるので、防御さえしてあげればあとは手出し無用である。

その後も、夕飯の支度をしている間や入浴中にもルーファウスが襲撃されているのを感じながら、は大変そうだと呑気に考える。
助けを求める電話は来ないので、こちらから連絡をして様子を聞くこともなかった。
ベッドに入り、数日ぶりにセフィロスと向かい合って寝転がったは、再び感じた襲撃の感覚に少し呆れた顔になる。
今度は一体何を企んだのだろうと考えていると、の様子に気づいたセフィロスが、首をかしげた。

「どうした?」
「昼頃から、ルーファウスが何度も襲撃されているようです。暫く討伐の依頼は来ないかもしれません」

「奴は本気で隠居する気でいたはずだが、状況が変わったのか?」
「どうでしょうか。ですが、連絡は来ていませんから、動く必要はないでしょう。何かあれば、遠慮なく助けを求めてくる人ですからね」

「そうだな。なら、もう寝るぞ」
「ええ。おやすみなさい。今日のパエリア、美味しかったですね。また作りましょうね」

「ああ。おやすみ。……、また作るなら、海で新鮮な素材を取って作りたい」
「それは楽しそうですね。では、今時期で魚介が取れそうな海を調べましょう」

「ああ。暫く暇になるなら、また遠出するのも良いだろう。すぐ討伐が再開するようなら、暖かくなってからでも良さそうだ」
「貴方が海の釣りを楽しむ姿が目に浮かぶようです。ところで、寝るのではなかったのですか?」

「そうだった。おやすみ、
「ええ、おやすみなさい」

「……待て、明日の朝のパン生地は冷凍庫から出していたか?」
「ちゃんと台所に置いてあります。セフィロス、寝るんじゃなかったんですか?」

「悪かった。少し気になってな。今度こそ寝るぞ」
「ええ、おやすみなさい」

布団を顔の半分まで被ったままクスクス笑うに、セフィロスは小さく笑みを返して目を閉じる。
すぐに眠気に身を委ねながら、窓を叩く風の音を聞いていると、意識は静かに眠りの世界に落ちていった。
夢うつつの中、時折小さく感じるの魔力の揺れは、ルーファウス襲撃への防御なのだろう。
夜中と朝方……いや、ミディールは時差があるから夕方から夜なのだろうか。

どちらにしてもご苦労なことだと思っていると、夢見も自然とおかしくなるのか、奇妙な夢と浅い眠りを味わって、セフィロスは朝を迎えた。
無意識にできるとはいえ、一晩中ルーファウスを守っていたは、上手く熟睡できなかったのではないか。
そう思って彼女へ目をやれば、そこにはの顔ではなく足が枕に乗っていた。
どういう事かと布団を捲れば、彼女は布団の中で逆さまの状態になり、両手と魔力を動かしながら眠っている。
彼女の初めて見る寝相は、寝ながらルーファウスを守っていたせいなのだろう。
だが、よくこれで、苦しくもなく寝ているものだと、セフィロスは呆れながらを揺り起こした。

すぐに目覚めたと身支度を調えると、セフィロスは朝食の準備を始める。
暖炉に火を入れていたが、不意に窓の外へ目をやり、空を見て佇んでいたが、間もなく昨日と変わらない地吹雪が辺りの山々を包んだ。
青空が見えていたのは、明け方と早朝だけで、その日は前日と同じような強風が夜中まで吹き荒れた。

その間も、ルーファウスは何度も襲撃を受けているようだったが、連絡は来ないので二人は気にせずのんびり過ごしていた。

セフィロスとが、外界の異変に気づいたのは、その翌日。
時差を考えると、現地で2晩も続く襲撃を不審に思ったが携帯を開くと、画面はニュースの通知でいっぱいになっていた。
そこで初めて各地で戦闘が行われていると知った二人は、とりあえずルーファウス以外は放置。連絡が来るまで動かないという結論で一致する。
あの家づくり番組を妨害したのが、地吹雪ではなく戦闘行為を始めた集団によるものだと知って少し苛立ったが、腰を上げるほどではなかった。

相も変わらず襲撃されているルーファウスに、もしやタークスの肉の盾にされているのではと笑ったのが最初の襲撃から4日後。
そろそろ連絡があるのではと電話したら、襲撃で一部の回線が不通だと知ったのが襲撃から6日後のことだった。

「レノの電話も通じない」
「ほかのタークスの子も電話が通じませんね。仕方ありませんから、ルーファウスの様子だけ見に行きましょうか」

「そうだな。問題ないなら、そのまま帰ればいい」
「昨日作ったローストビーフ、まだありましたよね。美味しくできましたから、少しお裾分けしてあげましょう」

「分かった。容器に詰めておいてくれ。それと、帰りに電気屋に寄って蛍光灯を買うのを忘れるな」
「わかりました。あとは、山に来ているおかしな連中ですが、無視で良いですよね」

「…………、今、何と言った?」
「先日から山に入ってきている人間たちです。面倒なので、地吹雪で足止めしていたのですが、撤退する気配が無いんですよ。なかなか根性があるとは思うのですが、関わる理由がありませんし、無視で良いかと思ったのですが?」

散歩気分で出かける準備をしようとしていたセフィロスは、から与えられた新情報に動きを止める。
ルーファウスの襲撃を笑っている場合じゃないだろうと言いたくなったが、自分たちにとって脅威にならない程度なら、の対応も分からなくはない。
けれど、せめて最初に一言ほしかったと苦言を呈すと、セフィロスは気持ちを切り替えて外出の準備を始めた。






御隠居たちは腰を上げるのが遅い(笑)

2023.05.07 Rika
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