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Illusion sand ある未来の物語 43



ソファで待っていたの前に珈琲を置くと、セフィロスは静かに隣に腰掛ける。
口を開こうとした彼女を片手で制し、履いたばかりのズボンを少し捲った彼は、その足に触れて体温を確かめた。


「ちゃんと温かいな」
「はい。先ほどは、気づいてくださって、どうもありがとうございます」

「たまたまだ。だが、、温めるためだけに体を作り直したわけじゃないな?」
「ええ。少し体に不具合が起きていたので、取り急ぎ調整ではなく作り直しにしました。驚かせてしまってすみません」

「いや、いい。氷のように冷たくなっていたのは、そのせいか?」
「はい。先ほどは、下半身が生物的に死に、魔力だけで動かしている状態になっていました。原因の見当は大体ついていますので、3日もあれば改善できるかと。ただ、念のため貴方の体も、後でゆっくり調べさせてください」

「構わん。原因がわかるまで、家事は俺がやる。お前はそちらに集中しておけ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」


セフィロスに笑顔でお礼を言いながら、は今回の現象と、肉体構築魔法のややこしさを思い、内心でため息をつく。
彼女の表情がわずかに曇ったことに気づいた彼は、その頬にそっと手を伸ばすと、ほんのりと温かな肌を掌で撫でた。
その手の大きさと温かさに、は自然と頬を摺り寄せ、瞼を伏せて深く息を吐く。

ほんのりと明るい暗闇の中、もう片方の頬も包まれる感触がして、心地よさにの肩から力が抜けていった。
セフィロスが身を寄せる衣擦れの音とともに、その呼吸を鼻先に感じ、次いで額に温かな感触がする。
ゆるりと瞼を開けてみれば、互いの睫毛が触れそうな距離で彼と目が合う。
重ねた額の端に彼の髪が触れて、そのくすぐったさにの頬が自然と緩んだ。


「今のうちに言っておくが、検証のためにいきなり実験したりはするな。心臓と心に悪い。必ず、事前に俺に言ってからにしろ」
「……肝に銘じます」

、俺はお前を信用している。だが、同じくらい心配もしている。わかるな?俺を大事にするのは嬉しいが、同じだけ自分を大事にすることを覚えろ。さっきの体の作り直しについても、お前にとっては些細な事だろうが、俺にとっては大ごとだ。少し目を離した間に……それが3分にも満たない時間でも、知らないうちにお前に死んで蘇られた俺がどんな気持ちになると思う?いいか、俺の精神状態を1年前に戻したくなければ、些細な事でも必ず事前に相談し、確認しろ」
「ご、ご心労をおかけしております。気を付けます」

「……本当に分かっているか?」
「はい。あの、なので、この至近距離でお説教は……」

「…………」
「……ハッ!ち、違いますよ!貴方のお話が嫌なのではなく、この距離でのお話は私の心臓に悪いんです。貴方の姿と声に気を取られて、しっかり内容を頭に入れるのが難しいのです!」

「そうか……つまり、お前は今の話は聞いていなかったという事だな?」
「聞いていました!よく分かりましたから、もうやめてください鼻血が出てしまいます」

「俺が心配し、頼んでいる間ですら、お前は別の事を考えているのか。そうか……そんなに俺を見てその気になるのか……」
「そうじゃありません。待ってください、またおかしな方へ話の方向を変えていませんか?」

落ち着いた声色から、苛立ちを抑えた声、優しく訴える声の後、何故かやたらと色気を滲ませた声色になったセフィロスに、は林檎のように顔を赤くして涙目になっていた。
最初は優しく頬を包んでくれていた彼の手は、説教が進むごとに力が入り、今ではの顔をガッチリと掴んでいる。
はセフィロスの手首を掴んで、必死に引き離そうとするが、魔力を使っていない状態では彼の力には勝てず、困り顔で見つめ返すのが精いっぱいだった。

「……良いだろう。お望み通り、もっと近い距離で説教してやる」
「どうしてそうなるんですか!?私は今回の件の原因を……」

「放っておけば、お前は必ず無茶をする。それなら、まずは理解させるほうが先だろう?」
「今回は、貴方のお説教する時の距離感の問題ですよ。分かりました。ちゃんと相談してから行動に移しますから、おかしな事は考えないでください。目が恐いですセフィロス、目が恐いですよ!」


眼差しにじっとりとした熱がこもったと思った次の瞬間、ギラギラとした捕食者の目に変わった彼に、は身の危険を感じてソファから逃げようとする。
まだ昼にもなっていないというのに、完全にその気になっている様子の彼に、そこまで気に障ることはしていないだろうとは内心で叫んだ。

この頃のセフィロスはいつもこうだ。
何かしら理由をつけてくっつきたがるのは、寒いからだと納得できるが、ふとした瞬間にスイッチが入って目つきが変わる。
安心して見ていられるのは米を炊いているときか食事をしている時くらいで、それ以外の時は突然後ろから耳や首に噛みつかれる事もあった。
肉が食いたいのだろうかと思って食卓に肉を多めに出したりもしたが、当然意味はなかった。

やたらと色気を垂れ流したり隙を見ては情事に縺れ込もうとしたりなセフィロスに、ここ半月近くのは振り回されっぱなしだった。
振り回されるどころか、夜ごと貪り食われているのだが、辛うじて昼間は寝室に連れ込まれていないのではまだ大丈夫だと思っている。
残念ながら、その大丈夫はただの願望である。
朝の目覚めと同時に前夜の続きを始められる事もあるので、願望どころか幻影である。

セフィロスに乞われた自分が否と言えないのを、は身をもって知っている。それはもう、嫌というほど知っている。
そんな彼女にとって、昼間は一応安心できるというのは大きな要素だった。
それが、今まさに崩れそうな状況になり、流石にも大きな焦りを覚え、思いっきり表情が引きつる。

ソファから腰を浮かせると同時に、顔を掴んでいた手から逃れたかと思ったら、逃げるために彼の腕をつかんでいた手を一瞬で捕らえられる。
火が付いた暖炉の近くで取っ組み合いをするわけにもいかず、じりじり距離を取ろうとしただったが、ゆっくり立ち上がった彼に急に勢いよく腕を引かれて体勢を崩した。
足がテーブルにぶつかり、その衝撃でまだ口をつけていない珈琲が零れそうになる。
周りに気を取られて思うように動けないとは対照に、セフィロスはそれらを全く気にせず、彼女の腕を片手で捕まえなおすと、空いた手を腰に回して完全に体を捕らえた。


、悪いが、お前の『分かった』は信用できない。それに……残念だが、俺はお前に、俺の気持ちをより理解してもらうと決めた」
「貴方が考えている事を実行しても気持ちの理解に至れるとは思いません!待ってください!まだ昼にもなっていないのに、おかしいですよ!?」

「これまで、出来るだけお前に合わせていただけだ。惚れた女に触れたいと思うことに、時間など関係ない」
「そ、そうなんですか!?いや、でも、昨夜も十分しましたよね!?それに、最近は毎日ですよ?いくら外に出られなくて体力が余っていても、おかしいでしょう?ぬ?本当に何かおかしいな……」

「お前が可愛い反応をするせいだろう」
「いえ、前はもっと落ち着いてました!少なくとも、やるべき事を蔑ろにして情事に更けようなんて選択はしませんでしたよ。貴方は自制心が強い方です。やはり何かおかしいと思います!セフィロス、先に貴方の体を見させてください!」

「断る。終わってからにしろ」
「スリプルと歌われるの、どちらが良いですか?」

「…………」
「デスクローという青魔法もありますよ。ご存じでしょうか?瀕死状態にして麻痺させる技です」


この数週間を思い返し、首をひねったは、魔力で力を上げるとセフィロスの拘束から抜け出す。
尚も腕を掴む彼と向き合い、冷静さを求めた彼女だったが、対するセフィロスはの言葉など聞く耳をもたないようだった。

これはダメだな、と、早々に説得は無理だと悟ったは、熱に焦れる彼の瞳を覗き込み、どんな手で行動不能になりたいか問う。
冗談抜きに本気の目をした彼女に、セフィロスは一瞬だけ虚を突かれた顔をしたものの、すぐに眉間にしわを寄せて彼女に掌を差し出した。


「……早くしろ。何でもなかったら、ここで脱がせてやるから覚悟をしておけ」
「では、ちょっと魔力を流しますね」

おかしな事をしたらデスクローを使ってやろうと考えながら、は彼の手を取り、自分の魔力と彼のそれを繋げる。
瞬間、頭の中に金属をひっくり返すような騒音が響いて、は驚き声を上げた。

「うわっ!」
、どうした!?大丈夫か?」

「はい、ちょっと驚いてしまって。魔力がかなり乱れているようです。今対処しますから、このまま少し待ってください」
「魔力が……?わかった。頼む」


心配するセフィロスに頷きながら、原因を探って魔力を辿れば、彼の左膝から胸の下辺りに、魔力の流れが淀みのように絡まっていた。
本来交じり合って流れるはずだった、彼自身の魔力と、肉体構築を補助しているの魔力。
それが毛玉のように絡まり、所々に別の力が棘のように突き刺さっている。

その棘の力に覚えがあって、集中して確認してみれば、それは行き場を失ったジェノバの力だ。
彼の力が増すに従い、彼の中にあるジェノバの力も増す。
本来それは、セフィロスの魔力に交じり溶けるはずだったが、今の彼の魔力はの魔力の色が濃いせいで、上手く溶け切らなかったのだろう。
それが徐々に凝り固まり、棘のように形を変えて魔力の流れに絡まってしまったという事か。

状態から、凡その予想を立てると、は原因であるジェノバの力を取り去り、結晶化したようなそれを可能な限り分解してセフィロスの魔力に流し込んだ。
障害が消えると、固かった絡まりはあっという間に解れ、セフィロスの魔力は正常な流れに戻る。
だが、問題はその後だ。
ほどではないが、今のセフィロスは魔力によって肉体に定着している存在。
その魔力の乱れは彼の肉体に影響を与えていて、絡まりがあった部分の臓器が不調を起こしてしまっていた。

、何をした?急に胃が……いや、腹も、気持ち悪い」
「すぐ治しますから、ソファに横になってください。体調の変化は、魔力が絡まっていた影響です。いまなおしますからね」

腹部に手を当てて顔を顰めるセフィロスは、の言葉に小さく頷くと、ゆっくりとした動きでソファに腰を下ろす。
一気に青ざめた彼の顔色に、は彼の肩を支えながら横にさせると、彼の腹部に手を当て、一番重症な胃と腸を整えにかかった。

「お米を炊くことに夢中だからかと思っていましたが、思い返せば、最近の貴方の食事量はかなり増えてましたね」
「……そうか……」

「食事量はもちろんですが、お米へ夢中になったのも、体が不調を治すためにエネルギーを求めた影響でしょう。魔力の不調は、食事では治りにくいので、消化器官への負担が増えていたようです」
「腹が減るとは思っていたが、寒さのせいかと思っていた……」

ケアルのような、少し違うような。
淡い緑色と、セフィロスが知らない白い魔力の光を掌から出しながら治癒するを眺めながら、セフィロスは最近の自分の行動を思い返す。
言われてみれば、確かに毎日大量の米を炊いては胃に収めていたし、ぼうっとする時間も増えていた。
昼間はうたた寝が増えていたが、そうでない時はやたら頭の回転が良くなり、かと思えば頻繁にトイレに行っていた気がする。
冬の生活のせいだとばかり思っていたが、霞が晴れ始めた今の頭で考えると、明らかに異常だ。

「左足から胸の下まで、魔力の絡まりがありました。そこにある臓器が、軒並み大きな影響を受けてしまったようです。気が付かなくてすみません」
「いや……本来なら、俺自身が気づくはずのものだった。お前のせいじゃない」

「こちらの世界ではどう言われているかわかりませんが、私が生まれた世界では、腸の不調は体全体に影響を与えると言われています。当然、思考や判断力にも。自身の変化に気づかなくても、仕方がありません」
「そうか……だが、お前が気づかなかったのは、俺が疲れさせていたせいだろう。悪かった」

詫びるセフィロスに、はちらりと視線を向け、苦笑いを浮かべて首を横に振る。
それだけで許してくれる彼女の心の広さに感謝したセフィロスだったが、1週間以上も毎晩ベッドの上で付き合わせ、酷い時は翌朝の寝起きの彼女を言いくるめて抱いていた自分を思い出して、我が事ながら呆れてしまった。
いくらが普通より体力があるとはいえ、よく途中で怒らなかったものだと思う。

「肉体と精神と魔力、3つの負担が増えて、生存本能が強くなったのかもしれません。そうなると、生き物は種を残そうとしますから」
「……なるほど。どうりで……」

毎夜抱いているのに、真昼間でさえを見て邪な思いを持つわけだ、とセフィロスは内心で呟く。
夜まで待てるなら冷静だと思っていた自分に、どこが冷静なのか問いただしたい気分である。

「この治癒が終われば、そちらの方も落ち着くはずです」
「わかった。、お前が毎晩俺を受け入れていたのも、お前に体の不調があったからか」

「いえ、私の体はなんの問題もありませんでしたよ?先ほどの体の不具合は、オールドをかけたせいでしょう。本来なら年をとらない体を、魔法で強制的に老いさせたので、その影響だと思います。まだ、推測ですが」
「……そうか」


同じ日に体の調子を崩していても、徐々に不調が出てきていたセフィロスと、使った魔法で不具合が出ただけのでは違う。
混同してしまうのは仕方がないと思いながら、セフィロスの体の状態を整えていたは、ふと視線を感じてセフィロスに目をやる。


「どうしました?」
「俺は、体の不調でお前に無理をさせたが、それを受け入れて答えていたお前は普通の状態だったのかと思ってな……」

「……?ええ。ですから、そう言っていますが、何か気になることでも?」
「いいや。ただ、人を助平呼ばわりする割に、お前も、人のことは言えないと思っただけだ」

「…………」
「お前が俺を拒絶しない事も、願いは全て叶えようとしてくれる事も知っているが、夜に関しては断っていいと知っていただろう?だが、、お前はそうしなかった」

「…………」
「お前の事はだいぶ知っていると思っていたが、まだまだだったようだ。心配するな。そういうお前も、悪くない。いや、むしろ、喜ばしくすらある」

セフィロスが言わんとしている事を理解できず……否。理解はできるが、認められず、は呆然としたまま彼を見ていた。
眠そうな目で話し続ける彼が、あまり頭が回っていない状態だとはわかる。
だが、だからこそ、思っている事をそのまま口にしているわけで、その言葉はの羞恥心を激しく刺激していた。

心底惚れている男に熱のある目で求められて、流されず上手に断れるほどという女は器用じゃない。
確かに本気で拒否するなら、彼を魔法などで行動不能にすれば良いのだが、ベッドの上でのそれは流石にどうかと結局行動に移せなかったし、すぐにそんな事を考える余裕を無くさせられたのだ。

セフィロスの言葉を否定したい。
けれど、思考の端には道理は通っていると納得している自分がいて、認めたくない自分が脳内でのたうち回っている。
下手に何かを口にすれば、治癒の手元が狂いそうで、は手も口も出せずセフィロスにもの言いたげな目を向けるしかできなかった。

見つめあうセフィロスの、眠気交じりでほんのりと笑っている目が恨めしい。
してやったりと言いたげに上がる口の端に、は治癒を続ける自分の体がプルプル震えているのが分かった。


「…………」

「意外と変態だな……」
「ぬぇぇえええええい!」


セフィロスの許されざる一言に、は彼の腹に音が鳴るほど強く掌を叩きつけた。



はセフィロスに押されると押された分だけ下がって受け入れちゃうタイプ
セフィロスやりたい放題できるな(笑)

2023.05.06 Rika
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