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Illusion sand ある未来の物語 41 「増えるにしても、限度がある……」 「ええ。これは普通の人間には無理でしょうね」 眼下で蠢くドラゴンの群れに、セフィロスは思わず呟く。 ニブルヘイムの山奥。 町からも廃魔晄炉からも離れた岩山は、普段は人も獣も少なく静かなのに、今は雌を巡る雄同士の戦いで騒がしい。 聳え立っていた岩山は所々大きく削れ、谷は所々が瓦礫で浅くなっている。 そこで血まみれになりながら戦う雄を見下ろすのは、フェニックスに乗るセフィロスとだけではない。 山の中腹に大きな巣穴を掘り、ゆったりと戦いの行く末を見下ろす、ドラゴンの雌たちの姿があるのだ。 ただ、その数は戦う雄と変わらないほどに多く、これらが繁殖した後の事を考えると、ルーファウスから討伐依頼が来るのは当然だった。 セフィロスが知るドラゴンは、そこまで増える種類ではなかったはずだが、メテオ後に魔晄炉が停止されてから10年ほどで一気に数が増え始めたらしい。 昔セフィロスが燃やし、その後神羅が作り直したニブルヘイムは、今や100人程度の小さな村だ。 住んでいた神羅関係者はメテオ後に半分が去り、その後移住してくる人間もいたが、目立つ産業がなく寂れるだけだった。 魔晄炉が廃炉になり、岩が多い土壌では農業もできない。 一度、大昔の鉱山を復活させようという動きがあったが、具体的な計画が立つ前にゴンガガ近くで油田が発掘され、仕事を求める若い世代が町から去ってしまった。 一時は山岳趣味の人間でにぎわったが、大型の凶暴なドラゴンが住み着いていては、腕に覚えがある者しか挑めない。 安全を重視するクライマー達は当然この山を選択肢には入れず、時折命知らずの武者修行をする変わり者が来るだけだ。 そんな変わり者すら、昨今の大繁殖したドラゴンによって山から逃げ、あるいは胃に収められて、寄り付かなくなっている。 危険地帯に変わっているとは分かっていても、もっと住人が多くてモンスターの脅威に晒されている地域はある。 ほんの数十件しか住んでいないニブルヘイムへ、人員と予算を割くのは難しく、WROは助けを求められても移住の補助を提案するだけだった。 そんな事が長く続いた結果、増えたドラゴンは簡単に討伐できない数まで膨れ上がってしまった。 「討伐能な人員の不足……ですか。WROも飛空艇を持っているのですから、高出力の重火器で上空から攻撃すれば良いと思うんですが」 「予算の問題だろう。兵器は金がかかる。それを上回る旨味がこの地になければ、動けないだろうな」 「平地に出るはぐれのドラゴンが増えているというのに、呑気ですねぇ」 「むしろ、平地に出てきてくれた方が、兵や武器の輸送コストがかからないかもしれない。討伐した後の死体処理も必要だからな」 「こんな所に金鉱床があるなんて、ルーファウスに教えなければよかった……」 「奴も、この土地と神羅の因縁は気にしていたようだ。昔あった鉱山の話も、奴が裏から話を回していたらしい。お前の情報は、降ってわいた幸運というわけだ」 ミディールから帰ってから半月ほどだが、あれからセフィロスはルーファウスとよく連絡をとっている。 無自覚で話し相手に飢えていたセフィロスと、割と話し好きだが隠居していて話し相手がいないルーファウスの状況が、上手くかみ合ったらしい。 が魔法の教本を書いている間や、うたた寝している間に電話をしているようだった。 ルーファウスの話をセフィロスが聞いている事が多いようだが、昔より親しくなっている事は間違いなく、電話でしか話をしていないはずなのに二人の距離はかなり近くなっていた。 元々性格の相性は悪くない二人なので、仲良くなってもおかしくはないというのがとレノの見解だった。 「なるほど。今はゴンガガの油田でさえ、人が余っていますから、ルーファウスも放っておけなかったのですね」 「恐らくな。本当に隠居する気があるのか、わからん奴だな」 「長い間、陰から世界の復興に力を貸していましたから、ライフワークになっているのかもしれませんね」 「だとしても、任せられる人材を育てられなかった奴の失態だ。WROを笑えん」 「ルーファウスは、神羅を存続させる気はないようでした。子や孫の代まで負債を背負わせるのは可哀そうだ、と。自分の死期までは世界への責任を果たすと言っていたので、今の状況は予想外なのでしょう」 「だろうな。普通は寿命が延びたり若返ったりといった事態は想定しない。、そろそろ偵察はいい。どう始末する?」 「ここから魔法で殲滅するのが一番手っ取り早いんですが……貴方は暴れたいのでしょう?」 「よくわかったな。流石だ」 山に入る前から刀を出していたくせに、何を言っているのやら。 ドラゴンの群れとやりあう気十分なセフィロスに、は苦笑いを零すと、携帯で依頼内容を再確認する。 元々は山の中に20匹が生息するだけだったドラゴンは、ざっと見ただけで3桁はいる。 けれど依頼は、急激に生態系を壊さないよう、討伐数は状況判断するように指示されているので、はドラゴン系の繁殖力と成長速度を頭の中でざっと計算する。 雄も雌も脅威の度合いは同じく、討伐に際して区別が必要ないので、複雑に考えなくて良いのはありがたかった。 「とりあえず、今日は3割ほど削りましょう。このままフェニックスで降下しますから、ご自分の丁度良いところで降りて討伐を開始してください。私はそのまま空に戻って様子を見ています。予定の3割ほどを削ったら、合図してまた降下しますから、フェニックスの上に戻ってきてください。その後上空に戻り、死骸を私が魔法で焼却したら撤収です」 「わかった合図は何にする?」 「貴方の近くにいるドラゴンの上に、大きめの氷を落とします。足場を作っておきますから、その上に登ってフェニックスに移ってください」 「なるほど。分かりやすい」 「では、行きましょう」 「ああ」 セフィロスが返事をすると、フェニックスが一声鳴いて降下する。 急襲に気づいた雌のドラゴンが警鐘のように鳴き、その声に争っていた雄達が争いを止めた。 本来は群れないはずのドラゴンだが、思ったより知能があるのか、それとも繁殖期だから雌の声に敏感なのか。 けれど、どちらでも関係はないと考えると、セフィロスは一際大きな雄のドラゴンをめがけて、フェニックスの背から飛ぶ。 ドラゴンが火炎放射を放とうと口を開けるとほぼ同時に、セフィロスは空中で身を捻り、正宗でドラゴンの頭頂部を捕らえる。 一瞬視界から消えた彼に反応する間もなく、ドラゴンはあっさりと頭から背中まで切り裂かれた。 攻撃と、ドラゴンというクッションで落下の衝撃を殺したセフィロスは、足元から血が吹き上がる前に飛び立ち、隣にいた別のドラゴンの背に着地する。 慌てて振り返ったドラゴンと、噛みつこうと首を伸ばしてきたドラゴンに、その場で横に円を描くように刀を振れば、向かってきていた首が纏めて飛んだ。 この群れの3割となると、およそ50匹になるだろうか。 今の自分なら、何分くらいで終わるだろうかと考えていると、頭上に影が差し、大きく鋭い鍵爪が迫ってくる。 甲高い鳴き声に、巣にいた雌が降りて来たのだと理解しながら、刀を振って鍵爪を弾き、返す刀で今度は足を切り落とした。 周りの死骸の中に倒れこんだドラゴンに飛び乗り、口端から炎を漏らすその首を素早く落としたセフィロスは、休む間も与えず群がってくるドラゴン達に口の端を上げると、噛みつこうとしてくる牙も頭も二つに裂いた。 繁殖期で凶暴性が増したドラゴンを、難なく倒していくセフィロスを見下ろして、は時計を確認する。 久々に思いっきり刀を振れる彼の目は生き生きとして良いのだが、討伐のペースはが思っていたより早い。 戦闘に集中しているセフィロスはそれに気づいていないだろうが、彼の体が温まってきたところで討伐終了しそうな気がした。 達が引き受ける討伐対象は強力モンスターだが、そのすべてがこんな群れを作っているわけではない。 むしろ、強い個体ほど単独で生きているので、繁殖期であろうともドラゴンが群れるほど発生している事が異常だった。 だから、これを逃してしまうと、同じレベルの魔物の群れに会えることは難しい。 ドラゴンを、こっそり魔法で強化してあげようか。だが、それはそれで、余計なお世話だと嫌がられそうな気がする。 が静かに悩んでいる間に、ドラゴンはどんどん死体の山になっていく。 今年ではなく一年後に討伐依頼が来ていたなら、悩むことない数のドラゴンがいただろうに……と、ニブルエリア付近の住民に泣かれそうな事を考えながら、は減りゆく群れを眺めた。 そろそろセフィロスに合図を送ろう。 丁度そう考えた瞬間、様子を見ていた一部の雌ドラゴンが一斉に鳴きだす。 が出そうとした魔法を止めたように、地上でもセフィロスが狩りを止めてドラゴンの頭を足場に飛びながら様子を見ていた。 最初に気づいたのは、鈍い音だ。 岩肌を砕くような、地を揺らすような音にが視線を巡らせると、辺りの山々から群れにはいなかったドラゴン達が続々と集まってくる。 他の繁殖場所を目指していた個体か、或いはあぶれて参加できていなかった雄のドラゴンなのか。 いや、もしかすると、近くにいた別の群れでも呼んだのかもしれない。 雌達の鳴き声に呼応してやってくるのは、眼下の谷にいる群れと同じくらいの数のドラゴンで、それは即ちセフィロスが刃を振る時間が増えた事を意味した。 余計な横やりをいれずに済んで良かったと安堵すると、はセフィロスの周りにいたドラゴンにストップをかけて降下する。 ドラゴンの頭の上に立っていたセフィロスは、時を止めたままフェニックスに焼かれるドラゴンに少し同情しながら、同じドラゴンの頭に降りて来たを迎える。 「、何が起きている?」 「先ほどの鳴き声で、付近にいたドラゴンが集まってきました。この群れと同じくらいの数が来ますよ」 「仲間を呼ぶ声だったか。討伐数に変更はあるか?」 「同じ、全体の3割です。終わる頃に、合図をするのは変わりませんから、貴方は気にせず暴れてください」 「簡単で助かる」 「では、私は上に戻りますね」 そろそろ終わってしまうかと思っていたセフィロスは、追加の敵の出現に少しだけ喜び、フェニックスの背に戻る彼女を見送った。 フェニックスが上空に飛び立つと同時に、ドラゴンにかけられていた魔法が解け、一瞬の間のあとまた一斉に襲い掛かってくる。 ドラゴンは、色々とステータス異常に耐性を持っていたはずだが、ほど魔力があると、それらもねじ伏せられるのだろうか。 それとも、単に停止の態勢がなかったのだろうかと考えながら、セフィロスはドラゴンの数をどんどん減らしていく。 谷の向こうや、そびえる山の端からやってきたドラゴンに、が言う通り余計な事を考えず刀を振ろうと考える。 戦いながら、以前より上がっている自分の実力を感じ、もしかするとすぐに終わってしまうかもと思っていた。 だが、後詰めという嬉しい誤算のおかげで、もう少し刀を振るい、今の力の感覚を掴む時間を持てる。 とののんびりとした生活は勿論良いのだが、やはり自分は戦う事を生業にする性分で、そんな時間が必要なのだと再確認する。 ルーファウスに良いように使われているのは自覚しているが、少なくともセフィロスには、それを甘受するだけの利益は十分あった。 山を越えたドラゴンが、咆哮を上げながらセフィロスがいる谷へ雪崩れ込んでくる。 本当に、よくここまで繁殖したものだと笑みを零すと、セフィロスは踊るように刀を振るった。 が合図をしてセフィロスを回収したのは、それから凡そ30分後だった。 戦場となった谷から少し離れ、尚も追ってきて地上から吠えるドラゴンを無視した彼女は、谷に出来た死体の山を容赦なく魔法で燃やす。 出来上がった巨大な火柱は強烈な熱風を辺りにまき散らし、途端、吠えていたドラゴンは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 生体系は崩さすとも、環境破壊にはなっている。 流石にセフィロスが注意すると、は即座に谷を氷の壁で囲み、熱風は収まった。 ドラゴンの死体を灰にするのは簡単だったが、今回はさすがに量が多く、これ以上周りに被害を出さないためには少し時間が必要だった。 「燃え尽きるまで、昼食でもしていましょう。お弁当を出しますね」 「……そうだな。ところで、俺の予想より倒したドラゴンの数が多かったが、本当にあれで3割だったのか?」 「ええ。ただ、最初の追加の後も、2回ほどドラゴンの群れがやってきていました。何度も中断させるのはどうかと思って、貴方には言わずにいたんです」 「そういう事だったか。正直、お前がドラゴンにレイズでもかけているのかと思った」 「ハハハ!流石にそれはしませんよ」 「そうだな。疑って悪かった。昼食にしよう」 手を拭いて唐揚げ串に手を伸ばしたセフィロスを見ながら、は最初に余計な手出しをしなくてよかったと密かに胸をなでおろす。 水筒のお茶をセフィロスの前に置き、炊き込みご飯のお握りをフェニックスの炎でかるく炙ると、醤油と鶏肉の香ばしい香りが広がった。 串を皿に置いたセフィロスが、同じようにお握りを炙ると、流石にフェニックスがら不満そうな声が出る。 笑って謝ると一緒に、セフィロスも苦笑いしながらフェニックスへ詫びの言葉をかけたが、召喚獣に対する態度がと同じになってきた自分の気づいてハッとする。 夫婦は似るものだと言うが、少しに感化されすぎではないか、と。一昨日ルーファウスに電話で言われたばかりだった。 これはまずい。しっかりしなくては。 そう考えるセフィロスは、意図せず食べかけの唐揚げ串を見つめていて、それに気づいたがまたその串をフェニックスで炙りだした。 「流石はフェニックスの聖なる炎ですね。さあ、セフィロス、香ばしさが増して美味しそうになりましたよ。どうぞ」 「いや、俺は……」 そういうつもりで見ていたのではない。 と言う前に、怒ったフェニックスが首を捻り、背中にいたを大きな嘴で突いた。 |
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ニブルヘイム勝手に寂れさせゴメンナサイ(笑) 2023.04.26 Rika |
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