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Illusion sand ある未来の物語 40 ふと、視線を感じた気がして、セフィロスは振り返る。 見えるのは夕暮れ近くでも賑やかなミディールの町並みで、並び立つ宿泊施設の灯りが街を照らしていた。 いくつも並ぶ窓には、時折街並みを見下ろす旅行客や、忙しなく歩く従業員らしき姿が見える。 「セフィロス、どうかしましたか?」 「昨日から、時々遠くから視線を感じて、少し気になった」 「貴方は素敵な方ですからね。遠目でも魅力的なのがわかりますから、目が行く人がいるのは仕方ないでしょうね」 「そういう類もの視線では……いや、どうだろうな。少し自信がなくなってきた」 「私は特に何も感じませんから、少なくとも、敵意は無いと思いますよ。もう少し様子を見てみてはどうでしょう?」 「ああ。……せっかくの旅行だ。神経質になるのはやめておく」 「それがいいですよ。何かあったら、私も一緒に対処しますから、肩の力を抜いてくださいな」 「……そうだな。その時は、協力を頼む」 ミディールへの滞在も4日目となり、街の中を把握してきた二人は、小さく笑いあうと再び足を進める。 今日の夕食の店はレノがお勧めする大衆居酒屋で、漬物と煮物が素朴で庶民的な味ながら絶品らしい。 旅館の豪華な食事で胃が疲れ始めていた二人は、喜んでその店に向かうことにした。 レノが言う通り、ホッとする味の料理を腹八分目に収めると、良い感じに酔っぱらって宿に戻る。 その頃には、セフィロスも視線を気にすることが無くなり、リラックスして月見風呂を楽しんだ。 いざ意識してみれば、帰り道でも、旅館の中でも、自分とは人から視線を向けられやすい。 現に、今セフィロスと同じ露天風呂で真正面に座っている老人も、目を丸くしてセフィロスを凝視していた。 恐らく、ソルジャー1stセフィロスの姿を覚えている年代だろうが、10分後には他人の空似として思い出話にするのが想像できる。 田舎生活に慣れて忘れていたが、昔は他人からの視線など当たり前にあったと思い出して、そんな今と昔の自分の違いに、彼は小さく笑みをこぼした。 家でも、旅先でも、長風呂してしまうセフィロスに対して、の入浴時間は短い。 今日も、先に入浴を終えてベンチで待っていたを回収したセフィロスは、そのままに手を引かれてフロント横の物販コーナーへ向かう。 が向かうのはアルコールの前……ではなく、珍味やお菓子が置いてある場所だった。 迷わず手に取ったのは、種抜き干し梅。 部屋の茶器に添えられていたもので、はこれを毎日楽しみにしていた。 どうやら人気商品らしく、とセフィロスが出かける時間には、いつも売り切れてしまっている。 夕食から帰って来た時、夜9時頃に在庫が入ってくると聞いたので、風呂上りに彼女が直行するのはセフィロスも予想していた。 笑顔で干し梅を手に取るを視界に収めながら、セフィロスは自分との水を手に取る。 そこで、食前酒によく出される杏の果実酒を発見した彼は、も好きなものを買っているのだと自分に言い訳し、とりあえず1本だけ瓶を手に取った。 物販の閉店時間が迫っているため、セフィロスはすぐに会計しようと振り向き、の腕いっぱいに抱えられている干し梅の袋を半分程棚に戻す。 文句を言おうとするに、レジを顎で指し示すと、渋い顔をする彼女の背を押して会計を済ませた。 部屋に戻る途中、二人は先ほど風呂でセフィロスを凝視してきた老人と再び出くわした。 一緒にいる妻らしき老婦人にもまた驚いていたが、セフィロスは気づいていないフリを。は微塵も気にせず、自分たちの部屋へと廊下を歩く。 「おや、お水以外にも何か買ったんですか?」 「食前酒の杏酒があったから、1本買ってみた」 「ああ、あれは美味しかったですよね。物販にあったとは思いませんでした。あそこはアルコールは無いと思っていましたよ」 「ああ。他は殆ど水かジュースだけだった。確か、この酒は宿のオリジナルと言っていたからだろう」 「なるほど。もしや、この後、飲まれるおつもりですか」 「いや、これは家に持って帰るつもりだ。今日は、もう胃を休めたい。お前もそうだろう?」 「ええ。夕飯のお店で、十分楽しみましたからね」 「ああ。……あのニシンと大根の煮物は美味かったな」 「ええ。干物にしたニシンは手に入りやすいですから、家でも作れそうですね。私は蕪と胡瓜の酢の物が一番好きでした」 「酸味の加減が絶妙だったな。あれは、同じ酢を使わないと、出せない味かもしれない」 「お酢ですか。出汁は入っていないのに、風味と深みがあったので、不思議だったんです。以前ウータイで買った調味料に酢がありますから、帰ったら少し作ってみましょうか」 「ああ。研究のし甲斐がありそうだ」 笑いあい……傍から見ればイチャつきながら、二人は自分たちの部屋へ戻る。 鍵を開けるの隣で、横目に廊下を見たセフィロスは、そこに誰もいないのを確認して少しだけ安堵する。 何とかする、どうにでもできると分かっていても、英雄を記憶している誰かが自分を見て驚く度、騒がれるのではないか、今の生活を壊されるのではないかと小さな恐れが生まれる。 そんな事になる前に、多分が力技で、最悪物理的に黙らせるのは予想できるのが、それはそれで平然とはしていられない。 アイシクルロッジでも時折そんな反応を見せる人がいるが、1年も過ごせばセフィロスの姿を見慣れたのか、ハッキリと似ていると言って笑うくらいだ。 孫だと聞けば納得して終わるし、たまに複雑そうな表情を見せる者がいるが、幸い深く関わった人間には、今のところ会っていない。 元・神羅の社員や、元ミッドガル住民はいるが、殆どが老齢だから『よく似ている』で済ませてくれた。 夏前に遭遇したヴィンセントには背中がヒヤリとしたが、レノ達のおかげで、今のところその平穏は破られていない。 無意識に何も起きないでくれと願う日々も、そう長くかからず終わってくれると知っているのに、今の安寧が確かになるほど、また突然失うかもしれないと怖くなった。 だからこそが過保護になり、意味が分からないほどの力を包み隠さず見せてくれるのだとは思うが、それはそれで別の不安もできるのだ。この女、本当に野放しにできないという不安が。 は、セフィロスが求めるなら、地の果てでも、違う世界でも連れて逃げてくれるだろうが、それが比喩ではなく本当にやるだろうから、迂闊に逃げたいと口にできない。 二つ返事で、絶海の孤島や、次元の狭間に生活基盤を整えられる様子が、簡単に想像できる。 今の生活を変えたくないと言ったとすれば、英雄セフィロスに関する記録を徹底的に消しに行く姿も想像できる。 いや、勿体ないと言って、消さずに回収してきそうだ。 心強いのに全く安心できないとはどういう事か。 思い返せば、彼女を拾ったあの日から、自分の心労が絶えた日はない気がする。 「…………」 もしや、自分は周りを巻き込む不運を持っている女に惚れてしまったのではないか? そんな事を一瞬だけ考えたセフィロスは、洗面台で眠そうに歯磨きしているを見る。 鏡越しに見えた気の抜けたその表情に、自分が疲れて考えすぎているだけだろうと頭を振ったセフィロスは、洗面台が空くまでの間に携帯を見る。 画面には、早速レノから、来週からのモンスター討伐の予定表が届いていた。 冬ごもり中で暇だと言っているせいか、3日に一度はどこかの山の中に行くことになっている。 モンスター討伐の依頼について、正式に契約したのは、ルーファウスを会った翌日の事だ。 に、彼女と同じ条件だと確認して契約したのだが、何故かからはやけに温い目で見られたし、レノにはしっかりしろと説教された。 そこで、ルーファウスにまんまと乗せられたと理解したセフィロスだったが、仕事自体は悪くなかったので、契約はそのまま結んでいる。 ルーファウスに対する怒りはなかったが、完全に牙が抜けている自分を思い知って脱力はした。 多少の警戒心はあったつもりだったが、あっさり手の上で転がされたセフィロスの様子から、仕事は暫くを同伴する事が条件づけられた。 「セフィロス、私は洗面所を使い終わりましたので、どうぞ」 「ああ。先に寝ているか?」 「ええ、そうします。風呂から上がって少し経ったからか、凄く眠くなってきました」 「わかった。灯りは消しておいてかまわん」 「はい。おやすみなさい」 子供のように眠気でふらふらしながら布団に入るを見て、セフィロスは小さく笑みを零す。 彼が洗面所に入ると同時に部屋の電気が消され、やがての気配が眠ったときのそれに変わった。 時刻はまだ22時にもなっていないが、と同じく、セフィロスも強い眠気を感じて、手早く歯を磨くと布団に入る。 既に寝息を立てているの顔を見つめ、家とは違い手が届かない位置で眠っている彼女に、彼は枕を布団の端に移すと、気持ちよさそうに寝ている彼女の腰を引き寄せてすぐ横に来させた。 引っ張られて、一瞬目を覚ました彼女の呼吸が少し変わったが、眠気が勝ったらしくまたすぐに眠ってしまう。 それで良いと内心で頷いたセフィロスは、彼女の腹に腕を乗せたまま、一度大きく息を吐くと眠りについた。 セフィロスが、周りを巻き込む不運を持っているのは自分も同じだと思ったのは翌日の事だ。 午後にミディールを発つ予定だった二人は、最後にルーファウスとレノに挨拶へ向かい、途中で先日の変態に遭遇することとなる。 何やら大きなレンズがついたカメラを構え、離れた塀の影から見られていると気づいた瞬間、流石のセフィロスも鳥肌が立った。 即座にノーモーションでバハムートを召喚し、変態を捕獲して何処かへ連れ去らせるに感心したのもつかの間。 まばらに歩いていた人日は、突然現れたバハムートが、一般人を連れ去った姿を見て騒然としていた。 「、街中でアレは流石にまずい」 「あの変態を野放しにする方がマズいので、大丈夫です。それよりセフィロス、顔色がよくありません。そこに茶屋がありますから、少し休みましょうね」 全然大丈夫じゃないし、顔色の悪さの半分はお前のせいだ。 そう言いたくなったセフィロスだったが、迅速に変態が排除された事の安堵もあり、彼女の言う通り傍にある茶屋の椅子に腰を下ろす。 通りの騒ぎに驚いている店員に、お茶と小さな饅頭を頼んだはマイペースにも程があった。 「、気遣いは有り難いが、茶を飲んでいる場合か?」 「ああ、そうですね。ではルーファウス達に、少し遅れると連絡しておきます」 「そうじゃない」 「ん?では何でしょうか?」 「……いや、もう、いい」 「そうですか?」 諦めて小さくため息をつくセフィロスに、は小首を傾げたが、まあ良いかと気にせずルーファウスに連絡をする。 要点だけの簡単な内容を送った彼女は、いまだ混乱し続ける周りを眺めながら、呑気にお茶を啜りだした。 本来、モンスターの襲撃が起これば、一目散に人々は逃げ出すものだが、今回の通り魔的な連れ去りだ、再度の襲撃の恐れがないからか皆その場にとどまっている。 やがて街の自警団らしき武器を持った男達が現れ、人々を落ち着かせながら事情を聞き始めるが、情報はどれも同じだろう。 饅頭を食べ終え、残りのお茶を飲もうと思ったところで、セフィロスの携帯がなる。 画面を見れば、予想通りレノからの着信だった。 「社長から話は聞いたぞ、と。大変だったな」 「ああ。人が一人いなくなったが、大丈夫なのか?」 「から聞いてないのか?山向こうの村にある木に引っかけておいたらしいぞ、と。餌と間違えて連れていかれただけの、不幸な事故だぞ、と」 「……そういう事か。てっきり殺ったかと思っていた」 「あんたの奥さんは、あんまり殺生しないぞ、と。無力化が得意だからな」 「お前も、目の前で見れば勘違いする。それに、彼女からは一瞬殺気が出ていた」 「……ちゃんと手綱握っとけよ、と」 「残念だが、自然な動きで引き千切られるだけだろう」 「ああ……わかるぞ、と」 「それは良かった。そろそろ出発する。そちらには、10分もせずに着くだろう」 「了解、と。気を付けて来いよ」 「ああ。後でな」 電話を切ると、は既にお茶も饅頭も平らげて店員と世間話していた。 残りのお茶を一気に飲んだセフィロスは、の手を引いて立ち上がると、先ほどより人が増えた道を進む。 行き交う人々に事情を聞いていた自警団の男は、呑気にお茶を飲んでいた二人に気づいていたのか、声をかけて事情を聞いてきた。 「気が付いた所と言われましても、私は夫の姿しか目に入っておりませんでしたから、大きな羽音が聞こえたくらいしか……ねえ?」 「そうだな。俺も、妻の顔ばかりみていた。大きな音がして、妻の声が聞こえないのが不快だと思って見てみたら、バハムートがいて周りが騒いでいたという感じだ」 「そ、そうか……」 「ですが、まさかバハムートに人が連れ去られるだなんて……。セフィロス、どうしましょう、もし貴方が連れ去られてしまったら、私は……」 「心配するな。お前なら狩……いや、勝て……うん。たとえ俺が連れ去られても、必ず勝ってお前の元へ戻ってこよう。俺は、お前を一人にはしない」 「……えー、はい、ありがとうございました。もう結構ですので、どうぞ、お気をつけて」 ロクな証言もなく、見つめあいながら二人の世界を展開する達に、自警団は呆れた顔をして解放した。 身を寄せ合い、何度も見つめあいながら、二人は人込みを抜けて大きな角を曲がる。 その瞬間、視線も雰囲気も平常に戻した二人は、時間を確認すると少し歩く速度を上げた。 「セフィロス、さっき、私に狩れるとか勝てるとか言おうとしていましたね?」 「……正直に言うと、そうだ。だが、事実だろう?」 「事実ですよ。ですが、あそこで口に出そうとしなくても良いのでは?」 「まんまと騙される自警団の男を哀れに思ったら、つい口から出そうになった。お前は……いや、何でもない」 「何です?」 「……か弱く怯えている……そういう顔も、悪くないと思っただけだ」 『か弱く怯えるフリがうまい』と言いかけたセフィロスは、咄嗟に言い方を直して当たり障りない会話にした。 視線を合わせないまま言ったセフィロスに、は数秒考えると納得して、その話を終わりにする。 若干機嫌を直したらしい彼女に、密かに安堵した彼は、手綱を握るどころか尻に敷かれているとしみじみ思った 。 |
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ミディール旅行は今回か次で終わり…かな? 温泉街でのんびり感が全然なかったから……どうしようかな? そもそもこの二人、普段の生活からのんびりだからな…… 2023.04.24 Rika |
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