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Illusion sand ある未来の物語 38 ルーファウスと会うのは、彼が趣味で経営している料理屋だった。 昼食を共にしながら、ゆっくり話をしようという誘いだ。 セフィロスが長時間彼らといて大丈夫なのか。それを心配しているのはセフィロス本人だけで、は問題が起きるとは露ほども思っていない。 とのチャットで画面越しにセフィロスを見ただけのルーファウスだったが、そんな彼ですら、大丈夫だと判断している。 少しだけ緊張と不安が見えるセフィロスの目に、はどう言葉をかけるか考えたが、実際にその状況を乗り越えて理解させる方が良いと判断して、余計な言葉をかけない事にした。 単なる短慮や放置ではなく、見守る姿勢をとって見せた彼女に、彼は少しだけ気持ちを落ち着ける。 言われた住所に向かう道は、静かな住宅と小さくとも品が良い旅館が隠れるように立っている。 泊まっている宿からも近いその道を、地図を見ながら歩いていた二人だが、その耳に、不意にこの静かな町並みには似つかわしくない声が聞こえた。 懇願と怒りが混じる声は、閑静な空気を無遠慮に壊し、それすら顧みずに響いている。 否応なしに聞こえてくる内容は、解雇を不服とした再雇用の要求だが、他人であるとセフィロスから見ても、望み薄そうだった。 路のど真ん中で抗議とは、何とも迷惑な人間だと思いながら、は教えられた住所と地図を確認する。 あと数十メートルで到着すると表示する地図を数秒見つめ、前方に視線を戻した彼女は、少しだけ歩く速度を緩めてセフィロスに携帯の画面に表示された地図を見せた。 「……面倒だな」 「ええ。仕方ありませんから、とりあえず行きましょう。言えば、レノあたりがどうにかするでしょうから」 困った時のレノ頼み。 長くタークスとして活躍し、経験と実績を積み重ねたレノは、昔とは比べ物にならないくらい二人に信頼されていた。 喧しい叫び声に少しだけ顔を顰めながら、とセフィロスは騒ぎが起きている店の前で足を止める。 叫んでいた人物に対応していたのは若い細身の料理人で、営業時間外に尋ねてきた二組目の客である達に一瞬怪訝な顔をした。 「ルーファウスと約束をしていただ」 「これは、失礼しました。オーナーからお話は伺っており……」 「何とすばらしい!!」 叫んでいる人物を視界にすら収めずにいただったが、従業員との会話に突然大声で入り込まれて、ちらりと冷たい視線を向ける。 そこでやっと確認した叫びの主は、髪を綺麗に後ろに撫でつけ、綺麗に整えた眉と同じく綺麗に剃った髭、白い服に白いズボン、白い靴を履いて、絵に描いた清潔感が歩いているような人物だった。 興奮して見つめてくるその人物の目に、一瞬で話が通じないと理解したは、とりあえず従業員にレノを呼んでもらおうと考えて視線を戻す。 「すみませんが、ルーファウスの部下の赤い髪……」 「少し物足りないが、それでもバランスよくつけられた筋肉!寸分のズレもない軸!歪みのない骨格!安定した重心!凝りや老廃物の滞りがない関節の曲線!素晴らしい肉体だ!どうか、貴方の裸を見せてくれ!!」 道のど真ん中で叫ばれた酷い要求の直後、声の主はセフィロスによって顔面を鷲掴みにされながら宙に持ち上げられた。 とりあえず、死なないようにケアルをかけてやったは、いくつもの理由で顔面蒼白になっている従業員にレノを呼ぶよう頼む。 「セフィロス、今、レノがきますから、離してあげてください。そのままでは、一般人のソレは死んでしまいます」 「……目つぶしでもしておくか……」 「傷害事件になるのでダメです。ほら、失禁される前に離して、殺気も収めてください」 「……チッ……」 流石にルーファウスの店の前を汚すわけにもいかないので、セフィロスは大きく舌打ちしながらブルブル震えている男を解放する。 顔面を押さえて蹲った男は、そのまま痛みと恐怖で怯えるかと思ったが、二人の予想に反してギッと睨みながら顔を上げた。 首になった店の前で大騒ぎする人物なら、ありえる反応かと考えるの隣で、セフィロスは再び男を威圧し始める。 だが、セフィロスと目があった男は、一瞬ハッとした顔になるとセフィロスの体をまじまじと眺め、次の瞬間には滂沱の涙を流しながら跪いた。 「神よ!貴方の最高傑作はここにいたのか!!」 「…………」 「何て美しい体だ!服の上からでもわかる!鍛えられた素晴らしい筋肉!完璧な骨格!審判の天秤が如き寸分の偏りがないライン!美だ!人類最高の美はここにあったんだ!どうか、貴方の裸も見せてくれ!!そして叶うなら、その私にその緊張した筋肉を揉み解させてほしい!」 「…………」 本当に気持ち悪いな……と思いながら、はドン引きしているセフィロスを下がらせて男との間に入る。 最初の輝いていたまなざしから一転、障害物を見る目でを睨んだ男は、何とかセフィロスの姿を見ようとしながらにじり寄ってきた。 「夫の肌を、私以外には見せたくないな。それと、君の発言はとても不快だ。口を閉じて、立ち去ってほしい」 「貴方の体は確かに素晴らしいが、私の心はそちらの男性の肉体に奪われてしまった!これは至高の美なんだ!邪魔しないでくれ!」 「邪魔してんのはお前の方だぞ、と。次に来たら豚箱行きだって言ったの、忘れたのか?」 やっぱり会話が通じないなー……とが考えていたところで、やっと駆け付けたレノともう一人の若いタークスが男を抑え込んだ。 さてセフィロスは大丈夫だろうかと振り向けば、彼は新芽に群がるナメクジを見るような目で男を見下ろしている。 尚も何か言おうとする男は、若いタークスによって手際よくネクタイで口を塞がれると、後ろで手首を拘束されて連れていかれた。 「巻き込んで悪かったぞ、と。社長がここを買い取る時にクビにした従業員なんだが、あの通り難だらけだ。社長が今日来てるって聞いて、直接抗議しにきたみたいだぞ、と」 「私は気にしてませんが……セフィロス、貴方は大丈夫ですか?」 「……正直、最悪の気分だ」 「本当、悪かったぞ、と」 「以前の経営者は、よく雇っていましたねぇ」 「二度と会いたくない」 「こは元々旅館で、今の奴はそのマッサージ師だったんだぞ、と。評判も良くなかったし、料亭にマッサージ師はらいないからな。ところで、ろそろ中に入れよ、と。社長のところに案内するぞ、と」 相変わらず運があるようで無い二人に、レノは少しだけ同情しながら中へ案内する。 部屋へ向かう途中、最初に入り口にいた若い料理人が慌てて頭を下げに来た。 だが、彼の仕事は調理であって、人事やクレーム対応ではないので、3人は気にしないように言って、瓶詰の土産を預けると仕事に戻らせる。 店の中は、達が泊まっている宿のように、入り口は小さいが奥行きがあり、綺麗な庭もあった。 廊下に漂うふんわりとした出汁の香りに、食事への期待を膨らませていると、廊下の奥から繋がる小さな離れに案内される。 「よく来てくれた。こうして会うのは久しぶりだな、。そして、セフィロス。元気そうで、安心した」 「お久しぶりですルーファウス。貴方もお変わりないようで何よりです」 「…………久しぶりだ」 「まずは腰を下ろしてくれ。店の入り口で、迷惑をかけたようだな。すまなかった」 「少し驚きましたが、レノがすぐに来てくださいましたから、大丈夫ですよ、私は」 「あの手の変態は初めてで、少し驚いた」 「絡まれたのはセフィロスだったか……しかし、変態とは、穏やかではないな」 思い出してげんなりとしたセフィロスに、が彼の背をさすっている間、レノがルーファウスに先ほどのやり取りを耳打ちで教える。 その内容が、想像していたものとは違っていたルーファウスは、微かに目を見開いて驚き、次いで同情する視線を二人に向けた。 「この詫びはいずれ必ずしよう。セフィロス、何か望みはあるか?」 「……何故俺に聞く……?」 「逆に問うが、セフィロス、仮にに望みを聞いたとして、どう答えると思う?」 「……酒か、気にするなというか、どちらかだな」 「その通りだ。そして、今回の件を差し引いても、私はお前に礼をしたいと、以前から思っていた」 「礼?悪いが、身に覚えがない」 「そんなことはない。セフィロス、お前は、ただ存在するだけで、常にを抑えるという働きをしてくれている。彼女が存在しながら、世界が混乱せずにいられるのは、お前の存在なくして不可能だ」 「が召喚獣と戯れて近隣住民を驚かせたとは聞いているが、昔の話だと聞いた」 「残念だが、彼女は本人が自覚しているより、ずっと忘れっぽい。セフィロス、お前が蘇る約半年前、ジュノン沖の上空で召喚獣達が戦う姿が目撃された。海上でも行われたその戦闘で、近隣の港町に被害が出たが……彼女曰く、それは軽い喧嘩で起きた事らしい。セフィロス、お前なら、この意味がわかるだろう?」 「……残念だが、想像できる……」 「それは良かった。セフィロス、お前が再び蘇ってから、召喚獣達による謎の騒ぎは一切起きていない。にもかかわらず、この、世にも奇妙で厄介な女を制御するお前に、何の労いもないとは、おかしなことだとは思わないか?」 「奇妙で厄介な事は認めるが、俺は何かをしている気はない。礼は不要だ」 「ねえレノ、なんだか私、二人がかりで貶されてませんか?」 「気づくの遅いぞ、と」 「そう警戒するな。私は、今のお前に何かしようとは考えていない。だが、断ると言うのなら、これ以上言うのはやめておこう」 「勝手にしろ。…………いや、違うな。お前には、俺達の方が、世話をかけている。気遣いは有り難いが、不要だ」 人を厄介な脅威扱いしてくれているが、その脅威を温水器扱いした事があるくせに、よくここまで馬鹿にしてくれたものである。 今は大人しくしているだけで、確実にお前の方が世界の脅威になれるではないかと見つめるに対し、ルーファウスは完全に見えていないフリをして返した。 代わりに隣から視線を感じてセフィロスの方を見れば、彼は困った人を見る目をに向けている。 何故、過去最もやらかしている男に、そんな目で見られなければならないのか。 何やらルーファウスと共感するものがあって気が緩んでいるようだが、先ほどの会話の中に心を通わせる要素など一つもない。 善意である礼を断る事で僅かばかりの罪悪感を刺激され、それをルーファウスが受け入れた事で、要求を呑んでもらったと錯覚している事も、謎の共感を持った原因の一つだろう。 だが、実際は、単に不要なものを断っただけである。 ルーファウスの善意だって、言ってしまえば単なるこじつけた。 抑えるというのなら、だってセフィロスを押さえているし、それは達が勝手にやっている事で、楽隠居しているルーファウスが感謝だの礼だの言う必要は一つもない。 にも拘わらず、セフィロスのこの体たらく。 ルーファウスの礼など、断る方が厄介な事になりそうだと、何故想像できないのか。 この男、久しぶりすぎて、まんまとルーファウスの術中にはまっているではないか。 困った人を見る目をしたいのはの方である。 「セフィロス……今日は助けませんからね」 「何の事だ?」 「少し世間の荒波を思い出してください」 「…………?」 怪訝な顔を返すセフィロスに、はため息を飲みこんでルーファウスへ目をやる。 虐めるなよ、と視線で言う彼女に、ルーファウスは微かに眉を跳ねさせると、その口元に胡散臭い穏やかな笑みを作った。 |
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やっぱりセフィロスとルーファウスが揃うと書きやすいわー。 2023.04.20 Rika |
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