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のんびりとしていたせいで、年明けから半月も過ぎてから、とセフィロスはミディールへの旅行へ行くことにした。 旅行用の荷物を選びながら、現地での服をセフィロスに選んでもらっていたは、不意に頬を掌で包まれて彼を見上げる。 「お前は……本当に美しい顔をしているな……」 「ありがとうございます。貴方も、綺麗なだけではなく男らしさもあって、とても素敵ですよ」 「ああ。そして、お前好みだ。……前から思っていたが、その顔でよく今まで純潔でいられたものだ」 「仕事人間でしたから。それに、今なら、父や家の者達が守っていてくれたのだとわかります」 「なるほど。確かに、そうだろうな。俺ですら、16やそこらのお前が目の前にいたとしたら、おかしな虫がつかないか気が気じゃなくなるだろう」 「おや……過保護なことで……。ですが、元々、貴方は保護者として私を家に招いてくれましたからねぇ……」 「そうだな。だが、悪いな、今思い返すと、あの頃、下心がゼロだったかと問われると、肯定はできない」 「当時の私はまだ不健康なほど痩せていましたよ?」 「それでも……だ。でなければ、わざわざ家に連れ帰った説明がつかん。俺は、責任感だけで、女を家に住まわせるような『いい人』じゃない」 「どちらかというと、苦労人でしたものね」 「誰かのおかげでな。……服はこれでいいだろう。俺は他に必要なものがないか確認してくる」 セフィロスから衣類を受け取ったは、彼がリビングに向かったのを確認すると、小さく苦笑いをこぼす。 は10代の頃など殆ど覚えていないが、当時の自分が既に脳筋騎士だった事は覚えている。 それに、セフィロスが指す10代後半は、父が亡くなって復讐の鬼になっていた頃だし、その後は脳筋騎士に戻り、以来、朴念仁街道をまっしぐらだ。 とはいえ、想像するだけならば自由なので、わざわざ教えて夢を壊してしまうのも忍びない。 多分、セフィロスが想像する3倍くらいは愛想がないし、雰囲気も態度も冷たかったし、若さからくる傲慢さと自惚れが強かったので、あまり彼に知られたくない。 当時の話など、必要に迫られて教える事もないのだから、好きに想像させておこうと考えると、は旅行に持っていく下着を選び始めた。 Illusion sand ある未来の物語 37 「何と暖かい……」 「この辺りは、地熱もあって冬でも気温が下がりにくいいからな」 「セフィロス、来年からは、冬は毎年こちらへ来ましょう。そのために、私は頑張って魔物を買って肉を売りますから」 「気持ちはわかるが、少し落ち着け」 湯煙に包まれるミディールへ降り立った途端、目を爛々とさせて上着を脱いだに、セフィロスは呆れた顔でその手をとって暴走を抑えた。 景色こそ違うが、街はセフィロスの記憶と変わらず賑やかさと静けさが程よく交じり合っている。 街の入り口には土産物屋と観光客向けの旅館が多く、奥のエリアには長期保養のための宿泊施設が見える。 その二つの間には、どちらの客も受け入れる施設があった。 だが、今回二人が利用する宿は、街から少し外れた場所にある、少し上のランクの旅館が並ぶ区画だ。 ハイシーズンでは中心街にある宿はどこもいっぱいで、何とか予約できた宿までは少し歩くことになる。 「今から行けば、チェックイン時間に丁度いいくらいだろう。少し遠いが、行くぞ」 「わかりました」 地図を表示した携帯を片手に、セフィロスはの手を引いたまま街の中心へ向かう。 歩きながら、何気なく目をやった土産物屋には、美味しそうな饅頭が蒸されていて少しだけ食欲をそそった。 ただ、普通の丸い饅頭ではなく、何やら山が崩れたようなおかしな形をしている事だけが気になった。 重ねられた蒸篭には砂神饅頭という聞いたこともない名前が少し気になったが、隣の店では犬の顔の饅頭が作られているので、多分新しいキャラクターか何かだろう。 いつになっても、この手の商売人は商魂が逞しいと感心しながら、セフィロスは店の前を通り過ぎて大きな旅館の角を曲がった。 大小様々な旅館が立ち並ぶ通りを歩いていくと、広い庭を持つ旅館や大きな民家が目立つようになってくる。 建物の間を縫う道は段々入り組んでいき、何度も地図を見ながら歩き続けた二人は、やっと目的地の宿にたどり着いた。 一見民家のように見えた旅館は、入り口の大きさに反して奥行きがあり、高い塀と生け垣のおかげで周りの建物も気にならない。 2階の一番奥にある客室に案内された二人は、荷解きもそこそこに大浴場の場所を確認すると、速攻で入りに行った。 の魔法のおかげで冬でも凍えることなく過ごしていたのだが、温泉に浸かると、体が芯から温まっていく感覚がする。 程よく温まって大浴場を出たセフィロスは、廊下のベンチに腰掛けホカホカ顔で待っていたを回収して客室に戻った。 髪を乾かし、櫛づけてくれるに身を任せながら、セフィロスはカウチでホッと息を吐く。 アイシクルロッジは大丈夫だったが、と遠出をすると高確率で何か起こる。 街を歩いているときは、また偶然赤マントに出くわすのじゃないかと内心ハラハラしたが、今回は何事もなく過ごせそうだ。 明日は、がこの街で隠居生活をしているルーファウスに会いに行くので、セフィロスも同伴する予定だった。 今の生活をするために、彼にはかなり世話になったので、セフィロスだって礼の一つくらい言わなくてはと思っている。 手ぶらで行くのは流石に気が引けたので、セフィロスは家にあった地元産のワインとソーセージを持ってきた。 口に合わなければレノ辺りに食わせるだろうと思いながら、ふとを見たセフィロスは、夕食を準備する仲居達の横で、荷物をゴソゴソしている彼女に目をとめた。 「、まだ荷物の整理をしているのか?」 「いえ、今は、ルーファウスへのお土産を確認していたところです」 「それなら、俺の荷物の中にある黒い紙袋の中だ」 「おや?私は、お土産を貴方に渡しましたか?」 「渡すも何も、お前は何も言わなかっただろう。念のため、俺が家から持ってきた」 「ああ、そういう事ですか。貴方には言い忘れていましたが、私もお土産を用意してきたんですよ」 「そうだったのか?」 「ええ。先日獲ったベヒーモスの頬肉と、スープ用の尻尾、あとは瓶詰めをいくつかですね」 頬肉はさておき、他のものはルーファウスに渡しても、喜ばれる気が全くしない。 田舎のおばちゃんが、都会の息子に山菜の瓶めや自作の漬物を送り付けるような事案と重なって、セフィロスは慌てての土産を確認しに行った。 魔法でガチガチに凍らせているが、テール部分はちゃんと処理されて使いやすい大きさに切られているので、まあ良い。 だが、瓶詰めの方は『いくつか』で済ませられる大きさでも量でもなく、明らかに持ち込み過ぎだった。 「、これは、逆に迷惑になる。やめておけ」 「ですが、お土産の内容はルーファウスに頼まれたものですよ?」 「頼まれた?奴にか?」 「ええ、今は趣味で料理屋を経営しているらしくて、瓶めはそちらで使いたいそうです」 「……本当か?」 「嘘をついてどうするんですか」 あのルーファウスが料理を……と一瞬考えたセフィロスだったが、経営ならば人を使っているだけだろうと理解した。 は料理屋と言うが、ルーファウスが経営しているのなら、実際は料亭かレストランだろう。 隠居しているはずなのに、趣味で経営をする辺りがルーファウスらしいと思いながら、セフィロスは念のため瓶めを確認する。 どれもこれも、夏辺りからが作っていたもので、あまりの量にセフィロスが密かに始末しようかと考えていたのだ。 「いつから頼まれていた?」 「たしか、梅雨が終わった頃だったでしょうか……。貴方が釣りに行っている時に採取している事が多かったですし、瓶詰めにしたもの以外はすぐに召喚獣に運んでもらっていたので、貴方は知らなかったかもしれませんね」 「ああ、初耳だ。そんな事をしていたのか……」 「自給自足でも生活はできますが、現金収入は必要ですから」 「売っていたのか……」 「稼いだそばから酒代で消えてゆきましたけれどね」 てっきり売っているのは肉だけだと思っていたが、が意外と細々稼いでくれていたと知り、セフィロスは少しだけ衝撃を受ける。 が暫くのんびりしようと言って、それ以上何も言わないから気にしなかったが、はやり何かしら仕事をした方がよいだろうかと考えてしまった。 セフィロス自身、夏頃までなら他人と継続して関わるのは負担が大きそうだったが、今なら少しくらいはやれそうなきがする。 だが、では何をするのかと考えると、戦い以外は何もない自分の経歴を改めて思い出し、心に暗雲が漂い始めた。 仕事柄多少のデスクワークはしていたが、蘇ってから扱ったパソコンやタブレットを前にした時、自分の技能が既に時代遅れだと思い知らされたのだ。 いっそどこかへ職業技能を学びに行こうかと思った事もあるが、アイシクルエリアというド田舎では、学べるものも限られている。 だからと言って、やっと落ち着けた今の住み処から、すぐ何処かへ移住しようとは思えない。 畑もあるし、釣りができない場所に行くのは、多分後から精神的に辛くなってくる。 ド田舎ド田舎と思ってはいるが、自然の中で木々と水の音だけを聞きながら何も考えない時間が持てる今の家を、セフィロスはとても気に入っていた。 「難しい顔をなさって、どうしたんですか?」 「……俺も、何かした方がよいのかと思ってな。以前から、お前ばかりに稼がせるのはどうかと思っていた」 「私の狩りは良い肉を食べたいからやっているだけなので、貴方が焦らなくても大丈夫ですよ。売るのは、オマケのようなものです」 「しかし、お前に頼りきりになっているのは事実だ」 「何かやりたい事があるというなら応援しますが、焦りだけで動くと選択を間違えてしまいますよ?自分自身を追い詰める結果にもなりそうですし、私は、あまり勧めできませんね」 「確かにそうだが……」 「何もない時は、それを楽しんでしまってもよろしいではありませんか。焦るほど短い人生ではないのですから」 「…………」 「では、今度一緒に狩りに行きますか?貴方が狩って、私が解体をすれば良いでしょうし」 「……そうだな。考えておく」 結局に頼っている形になるので、納得できるか微妙に思っていると、彼女の予想通りセフィロスは考え込んで答えを先送りにした。 本腰を入れて働きたくなったら、自分で求人情報でも探すだろうと考えると、は土産の確認を再開する。 素人のが作った瓶詰めだが、作り方はルーファウスの店の調理担当者から指示された通りにしたので、問題はないはずだ。 アイシクルエリアとミディールでは、当然植生が違うので、珍しい山菜を使っているという事で集客に利用したいらしい。 採取場所は、たちの家の周りにある、ルーファウス所有の山なので、山菜泥棒扱いにもならない。 これだけ大量の瓶詰めを作っているのに、セフィロスが全て自家消費用だと思っていたのは予想外だったが……。 ルーファウスからは、そのうち茸も頼むかもしれないと言われていた。 ただ、畑の野菜は、農業初心者の達が作ったものなので、当然舌が肥えた料理人を頷かせるレベルではない。 そもそも畑の作物は自家消費分しか作っていないし、そこまで依頼されるとのんびり生活できそうにないので、頼まれない方が都合がよかった。 だから、今のように、偶に頼まれてベヒーモスを狩り、散歩ついでに頼まれた山菜を採るくらいが丁度良い。 セフィロスの方は、今の生活に慣れてくるほど、ミッドガル時代の忙しさとの比較で落ち着かなくなってきているようだ。 ただ、それも定期的に焦っては、少しすれば落ち着き、まだ思い出して焦るという行動を繰り返している。 根が真面目な彼らしい行動だが、止めなければ自分で作った見えない壁に突っ込んで、一人で激しく落ち込みそうだから心配だ。 彼には、自分が休養中だという自覚がないらしい。 もしかしたら、もう休養期間は終わって、自分は大丈夫になったと勘違いしているのかもしれない。 今は休むのが仕事だと言っても、セフィロスの性格なら逆に心から休めなくなるだろう。 としては、今ののんびりとした生活を、あと10年は続けたいと思っている。 多分、その頃にはルーファウスも今の店の経営に飽きて、別の事業を始めているだろう。 その時期になったら、セフィロスだって趣味や目的を見つけているだろうし、それを基準に選んだ地域に移住するつもりだった。 もし、それより早くセフィロスが夢を見つけて移住したいというなら、それでも良いと思っているが、今のまだ不安定さが垣間見える状態での環境変化は、は反対だった。 ストレス過多になって、リユニオンを頑張っていた頃のような、不思議なハッスルを始める未来しか想像できない。 「、食べないのか?」 「いえ、今、そちらへ行きます」 用意された夕食を前に、セフィロスはじっと見つめてくるを不思議そうに見返した。 何でもないと言って首を横に振った彼女は、片付け途中の土産を一旦壁際に寄せると、用意された食事の前に腰を下ろす。 仲居から簡単に料理の説明を受けたは、とりあえず見た事がない魚の塩焼きに箸をつける。 一方のセフィロスは炊き込みご飯が気になっているらしく、味の確認もしていないのに大盛りにしていた。 明日の予定を確認し、寝る前にまた温泉に入るか、それとも早朝にいくか相談しながら、二人はいつもより時間をかけて食事をする。 冬になってから、備蓄の肉ばかり食べていた二人は、久しぶりの魚メインな食事に満足すると、早々に布団に入ることにした。 横になった途端強くなった睡魔に、はやはりもう一風呂浴びてきたかったと思いながら目を閉じる。 隣の布団からは早くもセフィロスの寝息が聞こえていて、いくらなんでも寝るのが早すぎだろうと思ったが、それを口にする事すら億劫な体では人の事を言えない。 明日は今日より時間に余裕ができるので、もう少しゆっくり温泉に浸かれるだろう。 次に移住するなら、ミディールの近くか、他の温泉が湧いている地域にしようと考えている間に、の意識も眠りの中に落ちていった。 |
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温泉いきたい。 2023.04.17 Rika |
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