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一度雪が降りだせば、景色が色を変えるのはあっという間だった。
2度目の冬籠もりを迎え、朝はから魔道を学び、昼は剣を振る生活を送るセフィロスに、1年目ほどの心の陰りはない。

けれど、休息に窓の外を眺める時、夜に暖炉の火を眺める時、彼の目は深く遠い場所を見ている。
傍らにいたはそれに気づきながら、彼の手を握ったままそれを見守っていた。
時折強く握りしめてくるセフィロスの手を両手で包み、その心が落ち着くのを待つ。

夏も、秋も平気だった彼が、冬になった途端こうなってしまうのは、この季節と相性が悪いからなのか。
冬籠もりという、閉ざされた状況のせいなのか。

春まではまだ先が長い。
あまり無理をしなければ良いが……と、壁にかけたカレンダーに目をやったは、それが途中から破られている事に気づいた。
翌月の日付が覗いてしまっているカレンダーに、破られた日に何かあっただろうかと考えて、それが自分が死んだ日だったと気が付く。

去年は、その日の後に蘇ったから大丈夫だったが、徐々に迫るその日付が彼に不安を与えていたのだろう。
もう大丈夫だと分かっていても、深く根を張った不安は簡単に消えるものではない。
本当に繊細な人だと内心で苦笑いを零し、はセフィロスの頬をそっと撫でる。
振り向いた彼に優しく口づけ、大きな体を抱きしめると、慰めるように彼の広い背中を撫でた。

「大丈夫ですよ、セフィロス。私は、もういなくなりません」
「ああ。わかっている……」

「もしまた私が死んだとしても、次からは30秒くらいで生き返ります。だから、安心してくださいね」
「……早いな」

「一度作った肉体ですからね。貴方の事も、同じくらいで生き返らせられますよ」
「そうか……なら安心だな」

不安を拭おうとしてくれたのは嬉しいが、復活までが短すぎてインスタントスープのようだと、セフィロスは遠い目になる。
彼の顔が見えていないは、少し呆れが混じる彼の声色に内心で首を傾げた。
だが、よしよしと頭を撫でてくれるセフィロスの手と温かな体温に、まあいいかと考えて、彼の首元に頬をすり寄せた。




Illusion sand ある未来の物語 35



「……では、もう一度発音してみましょうか。『代償を差し出す』」
「……『ゴミ野郎』」

「……えー……『代償』」
「『ゴミ』」

「すみません、セフィロス。ちょっと待ってください」
「……そんなに酷いのか?」

「えー……その……魔道用語は古代語訛りが入るので、発音は少しコツがいりまして、その部分が、やはり難しいようですね」
「そうか……。、お前には、どんな風に聞こえている?」

「…………まあ……大分荒い言葉遣いですね」
「そうか……」


セフィロスにの魔法を教えて1週間。
大まかな理論が終わり、最初の実践を行おうとしていた二人だったが、この世界の魔法にはない『詠唱』という段階で、セフィロスは完全に躓いていた。
詠唱と言っても、コツさえ掴んでしまえば無くても大丈夫になるので、本当に最初教える時だけ必要になるだけだ。
だが、の世界でも魔導士しか知らない詠唱は、古い時代に作られたものが時代によって変化しているものなので、日常で使う言語とは少し違う。

特徴的だが、学べば誰でもできるもの。
自身の経験からそう考えていただったが、セフィロスにの世界の古代語との親和性があるわけなかった。

舌の動き、口の中の空間の大きさ、アクセントの位置と、は丁寧に教えているのだが、いざセフィロスが繰り返すと、全く別の単語が飛び出してくる。
何故だろうと頭を悩ませるだったが、ふと、ファリスも召喚魔法の時だけ発音がおかしくて、同じように荒っぽい言葉の意味になっていた事を思い出した。
何でこれで召喚できるんだろうと、とレナは不思議に思っていたが、バッツとファリスはそんな違和感を覚えていなかった気がする。
それに、バッツは白魔法の詠唱をするときだけは、やたら優しい声色で丁寧な言葉になる発音だった。
となると、もしや、自分自身も、気づいていないだけで実は酷い内容の言葉の意味を詠唱しているのかもしれない。

そう考えると、詠唱の言葉の意味に重要性はなく、重視すべきは魔法を構築していく魔力操作のプロセスなのだろうか。
だが、それでは詠唱によって魔法の威力が上がる事に説明がつかない。いや、丁寧な工程を踏むことによって微量な魔力の省略をしないことが威力の増減に影響している可能性も……


、戻ってこい」
「……あ、セフィロス。失礼しました、ちょっと考え事をしてしまって」

「いや、いい。それで、続けていいのか?」
「そうですね。昔の仲間も、多少発音による単語の変化があっても魔法を発動できていましたので、もしかすると大丈夫かもしれません。とりあえず、一番影響が少ないケアルを試してみましょう」

「そうか。さっき教わった発音でいいんだな?」
「ええ。……どうぞ」

「わかった。『くたばり損ねのドブ鼠ども、傷に塩を叩き込んでやる。泣いて喜べゴミ野郎』」
「…………」


セフィロスの口からこういうセリフは聞きたくなかったな……と遠い目をしているの目の前で、詠唱を終えたセフィロスの手から無事ケアルが発動する。
柔らかな緑色の光に、何でこれで発動するんだと思うとは対象に、セフィロスは無事発動した魔法に安心して頬を緩めていた。
色々思うところはあるが、今はセフィロスの魔法の成功を喜ぶことにする。

魔法の発動に際する魔力の構築さえ覚えれば、詠唱は不要というの言葉に従い、セフィロスは何度も『ドブ鼠』『ゴミ野郎』と詠唱を繰り返してケアルを発動する。
更に発音が難しい上級魔法になったら、一体どんな言葉が飛び出してくるのだろうとが心配する中、その日セフィロスはレベル1の白魔法3つを習得した。




、どうした?」
「どうしたと言いますと……?」

「気づいていないのか?今日の魔法の実技から、様子がおかしい。俺とあまり目を合わせようとしていない」
「……そう、ですか……?」

「そうだ。何かあるなら言え。その態度は、割と傷つく」


夕食の準備中、サラダ用の生ハムを切っているセフィロスに言われて、は気まずげに視線を逸らす。
だが、その態度が彼が指摘しているものだと気づき、反省してセフィロスに視線を戻した。

「すみませんでした。貴方の詠唱の内容が、私が持つ貴方の印象と違いすぎていたので、どう受け止めて良いか戸惑ってしまいました」
「……魔法が発動したなら大丈夫だと思っていたが、そんなに意味が違う言葉だったのか?」

「ええ、まあ……正直、貴方の口から出るとは思わなかった言葉でしたので」
「…俺は、お前に教えられた通り、【傷ついたものに癒やしの光を願う、魔力を代償に慈悲を分け与える】、と言ったつもりだが。お前にはどう聞こえていたんだ?」

「……割と、口汚い言葉です」
「それだけではわからん。言え」

「…………」


「……ドブ鼠ですとか、泣いて喜べですとか……ですねぇ……」
「……そこまで単語が違っていて、詠唱に意味はあるのか?」

「今回、私もそれが良く分からなくなってきました。この際、発動するなら問題ないかと……」
「……そうか。普通の会話は問題ないが、魔法の詠唱になると言語の壁ができるというのも、不思議な話だ」


出来上がったサラダに胡椒とチーズを振りかけながら、セフィロスはちらりとへ視線をやる。
シチューをテーブルに置いたは、暖炉で炙っていたパンを回収すると、先に席についてセフィロスを待つ。
少し遅れて席に着いた彼が、サラダを取り分ける間にパンを分けたは、少しだけ考えるとこの世界に来たばかりの頃を思い出して口を開く。


「言語の不思議というなら、私には、違う世界なのに、言語と文法が同じく文字に多少の違いがあるだけという事の方が不思議です。魔法の名も同じですからね。文化や文明の差があり、言語の成り立ちも違うのに言葉や魔法の名が同じというのは、正直説明がつきません。もしかすると、この世界と私が生まれた世界には、何か共通する法則のようなものがあるのかもしれないと考えています」
「お前がこの世界に来たことにも、何かしらの必然性があるという事か……」

「可能性はあります。ラムウやオーディンは理由を知っているようですが、以前聞いた時は、遠いようで近しい世界だから、と。それ以上は教えてくれませんでしたね」
「近くて遠い……。……確かに、その通りかもしれんな」

「ええ。では、食べましょうか」
「ああ」


少しだけ、の世界での話を聞きたくなったセフィロスだったが、湯気が立つシチューを前に会話を切り上げた。
がする魔法の授業は、まずは周りに影響が少ない白魔法から始め、次元の狭間へ行けるようになったら時魔法、黒魔法、赤魔法、召喚魔法、青魔法の順に進める予定になっている。
途中、様子を見て魔法剣も教える予定になっており、その種類の多さにセフィロスは少しだけ驚かされた。

数年かけてゆっくり学んでいけば良いと言っていただったが、実際に始めてみたら、セフィロスは1週間ほどで初歩の白魔法を習得してしまった。
地頭が良いからか、魔法の基礎理論への理解がの予想を超えていたのだ。


「周りに影響を及ぼす魔法は、次元の狭間で実地をしたかったのですが、間に合わないかもしれませんね。セフィロス、どこか、人気がなくて多少の破壊活動も問題にならない場所をご存じありませんか?」
「思い当たるのは北の大空洞だ。だが、いくらこの家から比較的近いとはいえ、流石に通うのが面倒だ」

「セフィロス、あそこは、定期的にWROが巡視しています。昔、ルーファウスがあそこから首を持ち出したでしょう?それから、異変があれば分かるように、数ヶ月おきに確認されいるんですよ」
「……そうだったのか。そこのドレッシングをとってくれ」

「はい、どうぞ。大空洞の巡視は、今は形骸化していますが、異常があれば調査されるでしょう。色々あった土地ですから」
「そうか。なら、無理せず次元の狭間が安定するのを待った方が良さそうだ」

「やはりそうですね……。では、この冬は白魔法を重点的に学び、他のアビリティを軽く復習しましょうか」
「復習はかまわないが、途中になっているアビリティがあるだろう」

「……歌は、貴方の身が持たないのでやめようと話したはずですが?」
「歌はな。お前が得意の、踊り子のアビリティはどうする?『いろめ』でお前が鼻血を出してから、そのままだろう?」

「…………」
「どうした?確か、踊りを教える前で止めていただろう?」


忘れてほしい事を蒸し返されて、はつい食事の手が止まる。
セフィロスが言う通り、確かに踊り子のアビリティは半端なまま。
無理して踊りを教えようとしたを、心配したセフィロスが止めた後は、全くやっていなかった。

本当なら、中途半端な戦技は優先して磨いていきたい。
しかし、セフィロスの『いろめ』は、どういう仕組みなのか、食らうと毒以外の態勢が大幅に下がるのだ。
それが他の敵にも適用されるのか、限定なのかはわからないが、いきなり混乱耐性がゼロまで削られて行動不能になるのは、流石のでも嫌だった。
セフィロスの色気だとか、弱体化などよりも、何をしでかすかわからない自分が一番恐い。
前回は幸いに気絶して事なきを得たが、次も運よく気を失えるかはわからなかった。


「私の装備を全て外して、縛り上げて口を塞ぐなど……あとは前後不覚にして全く抵抗できない状態にした上であれば、貴方の『いろめ』を使っても大丈夫かと……」
「お前は俺を何だと思っている……?」

「それだけ貴方の『いろめ』は威力が強いんです。踊り子のアビリティは……そうですね。一緒にモンスターを相手に実践しながら鍛えましょう。私相手には、あの技は使わないでください」
「……納得はてきんが、お前がそうしたいなら、そうしよう」

「よろしくお願いします。シチューのお代わりはいりますか?」
「ああ。頼む」

皿を受け取って暖炉の鍋に向かうを眺めながら、セフィロスは自分の『いろめ』はそんなに強力だろうかと小首をかしげる。
確かに以前教えられて実践した時は、は鼻血を出して気絶したし、目覚めた後もしばらく首まで赤くなったまま両手で顔を覆ってプルプル震えていた。

踊りだけ踊るなら問題なさそうだが、昔が見せてくれた『みわくのタンゴ』では、所々で『いろめ』を使われたので、切り離して教わるのは難しそうだ。
もしかしたら撲殺音頭……『ふたりのジルバ』と『ミステリーワルツ』でも『いろめ』は使っているのかもしれないが、セフィロスが知るのは撲殺音頭だけなので判断はできない。
無理に覚える必要はないが、戦闘技能として興味はある。
特にが乱戦で重宝し、無ければ次元の狭間で死んでいただろうとまで言った『つるぎのまい』には、非常に興味があった。


、お前が『いろめ』を避けたいのは分かった。だが、『つるぎのまい』には、俺も興味がある。それだけでも、教えてもらう事は出来るか?」
「…………」

「嫌なら、無理にとは言わない」


シチューが入った皿を差し出したまま動きを止めたに、セフィロスは難しいのかと考えて引き下がる。
だが、視線をさ迷わせて考える様子が、断りの言葉を探す態度とは違う気がして、彼女の返答を待つことにした。
セフィロスに時見つめられながら、数秒考えこんだは、やがて意を決すると、彼とまっすぐ視線を合わせる。


「……セフィロス、言い忘れていましたが、私は戦闘以外で『つるぎのまい』を踊ると、敵に攻撃を与えない分動きが少し変わります」
「それは、そうだろうな。何か問題があるのか?」

「周りの人間を傷つけないよう、無意識に動きが硬くなるため、『ふたりのジルバ』や『ミステリーワルツ』を踊った時と似た状態になるのです」
「…………」


つまり撲殺音頭になるという事か。
いや、剣を持っているのなら、斬殺音頭になるのだろうか。
これは、教わった方が良いのか、諦めるべきかと悩むセフィロスに、は気まずそうに視線を逸らしながら席に腰を下ろす。


「剣を持たないままであれば、殺傷能力がある踊りではありませんから、多少動きがおかしくなっても、教えること自体は可能です」
「……そうか」

動きがおかし状態で教えられても、セフィロスがおかしな踊りを覚えるだけである。
これは、普通に考えて諦めるべきだろうかと考えるセフィロスに、は難しい顔をして残ったパンを飲みこんだ。


「ご心配ならずとも、通しで踊らなければ、おかしい踊りにならないことはわかっています。振りを一つ一つ見せて、正しい動きを教える事はできますから、そこは安心してください」
「そうか。なら、あまり問題はなさそうだ」

「ええ。ただ……私の戦闘以外での剣の舞は、ファリスから『首狩り炭坑節』と言われたことがあるので、正直……その……」
「わかった。振りを一つずつ教わる形で覚える。いいな?」

「ええ。そう言っていただけると、私も安心できます」
「なら良い。暇なときにでも、教えてくれると助かる」


笑うことなく答えてくれたセフィロスに、は安心して表情を緩める。
その様子に微かに口の端を上げて答えた彼は、空になっている彼女のグラスにワインを注ぐと、飲んで一息つくように促した。

頬を緩めて勧められた酒を口にしたは知らない。
セフィロスが、とりあえずこの後を泥酔させて、件の『首狩り炭坑節』を踊らせようとしている事も、必要なら『いろめ』を使って言う事を聞かせ、場合によっては判断力を鈍らせて踊らせた事を許させようとしている事を。


「おや?今日のワインは、少し度数が強めですね」
「まだ季節の変わり目だ。体は温めておいたほうがいい」

「セフィロス……ありがとうございます。この体に病は関係ありませんが、せっかく貴方が心配してくださっているなら、そうしましょう」
「ああ」






なんか長くなるなぁ……

2023.04.07 Rika
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