次話 ・ 前話 ・ 小説目次 | ||
「そんなに本を買い込んで、どうするつもりだ?」 「実用書籍です。あって損にはならないでしょう?」 「限度がある」 「ですが、時間は無限です」 「……好きにしろ」 「そうします。セフィロス、貴方も、気になる本はお好きなだけどうぞ。冬は長いですよ」 冬を前に最後の買い出し。 本でいっぱいになった紙袋を車に積み込むを見つめ、セフィロスは呆れてため息をつく。 確かにが買ったのは各地の郷土料理や農業に関する本、野草や茸、山菜に関する本が多数を占めていたが、それにしても限度がある。 過去の戦争に関する戦術書や歴史書は、実用なのか趣味なのか……。 中には昔セフィロスが読みたいと思っていた本もあったので強くは言えないが、しかし彼女が買った量は一冬と言うには多すぎる。 2階の物置が書庫になる日は遠くないと思いながら、セフィロスは本の積み込みを手伝うと、車のエンジンをかけた。 Illusion sand ある未来の物語 34 街に入った時に寄ったいつものカフェで、顔なじみになった店員から空港近くに新たに出来た飲食店の情報を聞いた二人は、冬ごもりの前にとそこで昼食をとる事にした。 洒落た店が並ぶ通りには、既にウィンタースポーツ目当ての観光客が見え始め、早くも賑わっている。 平和な風景だが、その人通りの多さに、セフィロスの眉間には僅かに皺が寄り、気づいたは助手席で口を押さえながら小さく笑い声を漏らしていた。 路上にある駐車場に車を停めて少し歩くと、目当ての店が見えてくる。 行列が出来ているウータイ料理店の隣にありながら、クリーム色の外壁とシンプルな格子の窓の店は落ち着いた雰囲気で、アーチを作りながら止められた紺色のカーテンから見える店内の様子も和やかだ。 店の外には数人の待ち客がいたが、とセフィロスは気にせずその後ろに並び、順番を待つ。 山から吹き下ろす冷たい風に周りの客が身震いして身を寄せ合う様に、は小首をかしげ、セフィロスは全く変わらない体感温度にを見下ろす。 今日は小春日和だと思っていたセフィロスは、ここでよやくが自分たちの周りの温度を調節していたと気づいた。 だが、当のは無意識の行動だったらしく、寒がる周りの人間を不思議そうに見るだけだ。 教えようにも周囲の人間に声が届く距離のために言えず、セフィロスは仕方なく、の肩を引き寄せると、見上げた彼女に顔を近づける。 「今日は冷える。もう少し傍に来い」 「それほど寒くは思えませんが?」 「お前はな。だが、周りを見てみろ。今は寒さにかこつけて、甘えても許される」 「……皆、軟弱ですねぇ……」 周りに聞こえないような小さな声で言った彼女の言葉に、そうじゃないと言いそうになるのをセフィロスは堪える。 とりあえずと言った風に、セフィロスに身を預けてくれるに、何とも言えない気持ちになりながら次の言葉を考えていると、二人の前で待っていた客が店内に案内された。 他の待ち客は、寒いね、早く入りたいねと言っているのに、は肩を震わせる事もなくセフィロスの胸元に頬を預けて「貴方はいつもいい匂いがしますね」なんて呑気な事を言っていた。 「お前は、この頃は花の匂いがする。昔は、草原の匂いだったが」 「シャンプーや化粧品に、花の香油を入れているからでしょう。今日は、鈴蘭の香りにしてみました」 「ああ、どおりで、爽やかというか、清楚な香りだ。似合っている」 「ありがとうございます」 何の香りを付けてもそう言ってくれると知っていても、は彼の言葉が嬉しくて頬を緩める。 対するセフィロスは、昔愛用していた香水が廃盤になってしまっていたため、今は色々と試している最中だ。 定期的に纏う香りが変わるのだが、そのおかげか、は彼が好きな香りの系統が把握できてしまった。 とりあえず、甘さが印象的な香りとメントールが強い爽やかすぎる香りは嫌いらしい。 「今の香水は長いですね。気に入ったんですか?」 「割とな。……だが、もう少し深みがある香りがあればと思っている。キリがないから、暫くはこれで妥協するつもりだ」 「いっそ、ご自分で調香なさってみては?意外と面白いかもしれませんよ?」 「……趣味としては悪くなさそうだが、専門性が高い気がする。やるなら、学べる場所をさがすべきだろうな」 「おや、気が乗っているようですね。良いと思いますよ。奥が深い趣味は、長く楽しめますからね」 「悪くはなさそうだ。だが、今はお前の魔法を学ぶ方が先だ。香水はその後で考える」 「あまり根を詰めないでくださいね。おや、私達の順番が来たようです。中に入りましょう」 本格的に学ぶなら都会への移住が前提になるので、どちらにしろ手を出すのは数年先になりそうだ。 そんな事を考えながら、涼やかやなドアベルの音と共に店内に入った二人は、案内された中央のテーブルにつく。 美味しいという評判通り、料理を口にした客たちは皆満足そうで、程よいざわめきと音楽が心地よい。 天井から吊り下げられた照明のランプは、様々な色ガラスを使っていて目に楽しいが、そこから漏れ出る灯りは落ち着いた色で店内を優しい色合いで照らしている。 まだ昼になったばかりで、窓の外は日の光が通りを照らしているというのに、店内は不思議と夜のような雰囲気だった。 がじっとランプを眺めていると、向かいに座るセフィロスが小さく苦笑いを浮かべる。 自覚はなかったが、そんなに物欲しそうな眼をしていただろうかと視線を逸らしたは、テーブルに出されたメニューに目を走らせた。 「気になるなら、後で調べよう」 「……それほど物欲しそうな目をしていましたか?」 「いや。どちらかというと、不思議そうな顔だな」 「……そうですか」 「恐らくだが、あのランプはコスタ・デル・ソル近辺の民芸品だ。あの辺りは、山を越えると昔は鉱山があって、その近くでこれに似た照明が作られていた」 「鉱山があるのに硝子を作るのですか?」 「鉱山と砂漠の間にある地域だ。鉱山が忙しければ鉄の加工を請け負い、暇になれば砂漠側の山から採った石英で硝子を作り、常に食いつないでいたらしい」 「なるほど。どこの世界の人間も、逞しいですね」 「それが人間というものなのだろう。さて、何を食べる?俺はお前がランプを眺めている間に選び終わった」 「ええ!?ちょっと待ってください、今選びますから」 「あまり焦るな。それと、今見ているジュノン海老のオリーブオイル煮は俺が頼む予定のものだ」 「ぬぁ!?うー……では……では……普段食べないものを……普段食べないもの……」 「それほど腹は減っていない。ゆっくり考えろ」 「ぐぬぬぬぬ……」 ゆっくり考えろとは言われたものの、最初に食べたいと思っていたものを取られてしまったため、は代わりを選ぶのに手間取ってしまう。 同じものを頼むのもよさそうだが、どうせ彼は少し分けてくれるので、どうせなら他のものも食べてみたい。 今週のお勧めと書かれたベヒーモスのシチューを無視しながら、さんざん悩んだは、結局無難そうな魚介のランチコースを選んだ。 その選択が予想通りだったのだろう、セフィロスが忍び笑いをしていたが、は気づかないふりをして炭酸水で口内を潤す。 ほどなく出てきた、家では作った事のない料理を楽しみ、食後の珈琲を飲み終える頃には、晩秋の太陽が山々に隠れ始めていた。 家に帰る頃には、辺りは真っ暗になっているだろう。 少しゆっくりしすぎた気はするが、土地と季節柄、午後4時には辺りは暗くなってしまう。 買い出しは既に終わったが、暫く山にこもるのだからと、二人は少しだけ街を歩くことにした。 観光客のために整備された区画は、昔のミッドガルほどではないけれど、日が暮れても明るく華やかだ。 スポーツ用品店や老舗ブランドが並ぶ通りは、歩いているだけでも少しだけ心が浮き足立つ。 帰り道の事もあるので、少しだけ街の雰囲気を楽しんだら、二人は帰るつもりだった。 だが、立ち並ぶ店の中に、街のはずれにある直売場のテナントショップを発見すると、どちらが言うでもなく中に入ってしまう。 いつも買っている地元産のソーセージと生ハムの塊を発見し、商品の前で足を止めたは、セフィロスと数秒見つめあった。 「肉はありますが、ソーセージにはしていません。このハーブ入りのものを、二つだけ買いましょう」 「一冬となれば、生ハムはブロックでは足りない。今度こそ原木を買う。いいな?」 「はい。ですが、他の肉もありますので。そちらの小さいものにしてください」 「これは酒と同じだけ消費する。そこの9キロでも大丈夫だ」 「セフィロス、食糧庫にどれだけの肉があるか、ご存じですね?」 「、お前が言う小さいものは13か月熟成。この9キロの方は24か月熟成だ。物が違う」 「待ってください、熟成期間が長ければ美味しいというものではありませんよ?食べる人間の好みによります」 「ならばなおの事、買って試してみるべきだ」 「試すには大きすぎるかと思います。それなら、まずはそこの500グラムのブロックを買って味を知っておくべきでは?」 「駄目だ。俺は原木が欲しい。ブロックでは意味がない」 「では、そちらの7キロの13か月熟成の原木と、24か月熟成のブロックを買うのはどうです?もし24か月熟成が気に入るなら、次からはそちらの原木を買いましょう」 「……いいだろう。今回はそれで手を打つ」 静かに話し合いを終えたとセフィロスは、それぞれが望む商品を手に会計へ向かう。 二人のそのやり取りを見ていた店員から、ワインと生ハムに合うというチーズを勧められ、二人はまんまと口車に乗せられて更にチーズまで購入してしまった。 車に荷物を積み込みながら、買いすぎたと思ったものの、後悔はない。 既にとっぷりと暮れてしまった陽に、二人は寄り道する事無く街を出る。 家々の灯りが途切れ、平野の中に伸びる道を走っていると、様子を窺って光るモンスターの目が見えたが今日は無視して通り過ぎる。 見慣れた集落に入り、集会場近くにある小さな商店の横にある道に入ると、少し進んだ先の脇道から家へ続く山道へ入った。 崖際の夜道だが、春にと召喚獣によってしっかりと固められた上、秋には崖側に木の柵も立てたので、もう以前のような不安はない。 それでも、少し山を登った坂の上に行けば小さな雨粒に白いものが混じりだす。 帰りは遅くなったが、今日のうちに買い出しに出たのは正解だったようだ。 帰ったら、セフィロスが荷物を運んでいる間に、が暖炉や風呂の準備をしようと話しながら、二人は見慣れた林の中を行く。 ふと視線を上げると、雪雲の中を飛ぶバハムートがフロントガラス越しに見えたが、面倒だったので二人は見なかったことにした。 呑気に飛んでいる様子から察するに、恐らくただの夜の散歩だろう。 家に着くと、辺りは薄っすらと雪が覆っていて、吐く息が白く変わる。 それほど今日は冷えていたのかと呑気に考えながら、一足早く家に入ったは、灯りを付けると同時に魔法で中を暖める。 セフィロスが車を片付けて戻ってくるまでの間に、一通り家の中の環境を整えたは、夕食の内容に頭を悩ませた。 しっかり作るべきか、晩酌をメインにして軽く済ませるべきか。 悩んでいると、セフィロスがやってきて炊飯器の中を見る。 「大分あるな……、腹は減っているか?」 「いえ、流石にまだ……。貴方はどうですか?」 「俺も、まだそれほど減っていない。が、あまり遅くに食事する気にもなれん」 「では、以前、貴方が作ってくださった、ご飯を握り固めて海苔で巻いたり、醤油をつけて焼いたりした料理にしましょうか」 「おにぎりか……別に構わないが、もう握りつぶすなよ?」 「善処します」 「だといいが……」 少しだけ視線を泳がせたに若干不安になりながら、セフィロスは調理の準備を始める。 におにぎりを作って見せたのが、ミッドガルにいた頃か、この1年なのかは忘れたが、初めての時、握った米を渾身の力で握りつぶされた光景は覚えている。 その後の「何故だ!?」という叫びと、驚いた顔も覚えている。 2回目は優しく握りすぎてボロボロ崩れ、また「何故だ!?」と叫んでいた。 3回目もまた握りつぶして叫んでいたし、うまく出来たのは4回目くらいだった気がするが、それもセフィロスが後ろからの手を掴み、補助した上でだ。 その後とおにぎりを作った記憶があるか思い出そうとするが、とんと思い出せない。 ちょっとだけ嫌な予感がしつつ、最悪また後ろから補助して握らせようと決めての手にご飯を乗せたセフィロスだったが、案の定数十秒後にはから『何故だ!?』という叫び声が上がった。 「セフィロス、ご飯がボロボロになってまとまりません!」 「優しく握……手に水を付けなかったのか?」 「は!そうでした!久しぶりだったので失念していました!」 「とりあえず、その手についた米粒は自分で食べろ。その後手を洗って濡れた手で握れ」 「手を洗う頃には、貴方がすべて握り終えていそうですね」 「最初から全て上手くできることは期待していない。それに、今回は、力加減は間違えていなかった。十分だ」 「……その言葉、昔初めてこの料理を作った時も言ってくださいましたね」 「そうか……昔すぎて、覚えていないな」 「私がご飯を握りつぶしたことは覚えていたじゃないですか」 「それは流石に忘れられん」 納得できないといった顔で掌の米粒を舐め取っているを横目に、セフィロスは次々とおにぎりを作っていく。 が予想していた通り、彼女が手を綺麗に洗う頃にはセフィロスが料理を終えてしまっていて、後は作り置きのおかずを出して食べるだけの状態になっていた。 「何という事だ……」 「次は、曖昧な記憶に頼らず、俺の作り方を見てから始めるんだな」 「……善処します」 「そう落ち込むな。早く食べて、生ハムを出すぞ」 「そうですね……楽しみにしているようですし、そうしましょう」 心なしかソワソワとしているセフィロスに促されて、はダイニングに向かう。 臭いの強さによっては、台所ではなく食糧庫に置かせてもらおうと思いながら席に着くと、セフィロスが作った程よい柔らかさのおにぎりに口をつけた。 |
||
セフィロスが作るとおにぎり。 が作ると握り(潰し)飯。 2023.04.04 Rika |
||
次話 ・ 前話 ・ 小説目次 |