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北国の夏は涼しく、しかしあっという間に過ぎ去って秋が訪れる。
冬越えの作物を考えている間に、畑には実りが溢れ、早々に冬ごもりの準備に追われることとなった。

夏の間、毎日のように昼寝に使っていたハンモックを片付けながら、セフィロスはこの1年を振り返る。
穏やかで静かな日々だったが、かなり濃い時間だったと思う。
蘇って1年目なので当然かもしれない。
けれど、本当の理由はがいるからだと思ってしまうのは、生きている時間の中で彼女といる時間が一番記憶に鮮やかだからかもしれない。

納屋に入り、農機具が並べられた棚の奥に、畳んだハンモックを仕舞う。
8畳ほどの広さがある納屋の奥には、短い夏の間にと庭での昼食に使っていたテーブルセットが布を掛けられていた。
他にも、彼女がよく日光浴しながらうたた寝していたロッキングチェアも、一緒に片付けられている。
収穫の時にも活躍した作業用の大きなテーブルは、これからが冬用の肉を狩ってくるため、今は外に出されている。

「まだ、大分時間があるな……」

早朝に家を出たは、早ければ昼に帰ると言っていたが、時刻はすでに午後2時になる。
彼女が狩りに手間取るとは思えないので、現地である程度解体しているのだろうと予想したセフィロスは、1輪車に鎌と鋏を載せて午後の収穫に向かった。



Illusion sand ある未来の物語 33



「チーズや野菜の酢漬けは十分ありますし……あとは何かありますか?」
「サラダ用のベビーリーフがもう少しほしい。家の中に置くプランターを増やせるか?」

「鉢はありますが、これ以上はリビングに置き場所がありませんよ?」
「2階の廊下を使う。吹き抜け近くなら、暖炉の熱があるから大丈夫だろう

「わかりました。あとは……グラタンのお代わりはいりますか?」
「頼む。半分くらいでいい」


本日の夕食、カボチャと玉葱のチーズグラタンを一瞬で胃袋に収めたセフィロスは、の言葉に空の皿を即座に差し出す。
殆どの野菜を自分たちの手で作っているからか、最近彼女の料理の上達は著しい。
それでも、繊細な味付けや出汁の取り方はセフィロスの方が上手く、隣で丁寧に教えていてもは同じ味が出せない。
明確に存在する謎の超えられない壁に、一時は二人で首を傾げたものの、経験の差という事で落ち着くことになった。
いや、実際の調理回数で考えると、長生きしているの方が上のはずなので、やはり超えられない壁があるのだろう。
二人とも、何となくそれを感じてはいたが、さした問題ではないので、どちらが言うでもなく気にしないことにしていた。

セフィロスの希望通り、皿に半分程グラタンとチーズを入れたは、皿をガス台に置くとファイアで表面を軽く炙る。
適度に焦げ目をつけたグラタンをセフィロスに出し、向かいの席についたは、食卓に置いたメモに煙突掃除を追加した。

暇さえあれば薪を割ってくれるセフィロスのおかげで、厳しい冬を前にしても心配はない。
春からこつこつ溜まった薪は、この夏の間、家の壁に沿うように積んで乾燥させていて、すぐにでも使える状態だった。
人によっては面倒な作業だが、無心で薪を割り続ける作業は、釣りと同じくセフィロスの新たな趣味になっている。
好きでやってくれているので、はありがたく任せているのだが、彼が作ってくれた大量の薪を一冬で使い切れるかは、正直自信がなかった。


「今年の冬は、何かやりたいことはありますか?おそらく暇を持て余すと思いますから、適当な趣味を用意した方がよいかもしれませんよ?」
「お前の魔法を教えてくれるんじゃなかったのか?」

「それはもちろん教えますが、それだけでは飽きてしまうでしょう?」
「その時は、トレーニングルームに籠もる」

「あなたがそれで良いなら、かまいませんが……」
「本当に飽きたら、またどこかへ遠出すればいい。以前、ミディールに行く話をしていただろう」

「なら、ルーファウスに顔を見せてみませんか?あのヴィ……何とかという赤マントの件で、世話になりましたし」
「…………」

「無理に、とは言いませんよ。あちらも、貴方はまだ休養中だと思っていますから」
「いや、奴に世話をかけた事は確かだ。顔ぐらいは見せる」

「では、後で連絡しておきますね。以前、良い宿を教えてくれると言っていましたから、期待しましょう」


下手をすると本当に顔見せと挨拶だけで終わりそうだと内心苦笑いしながら、は食後の紅茶を準備する。
結局、セフィロスは趣味に関して何も言わなかったので、剣を振るか本を読んで過ごすつもりなのだろう。
彼が街に降りられるようになったので、今年の冬は空輸での物資運搬を断っている。
雪が降ってからは街に降りるのは億劫になるだろうから、あと数回の買い出しで冬の支度を整えるつもりだった。

次の買い出しでは、街にある新古本屋に寄ろうと考えたところで、は蒸らし終わった紅茶をセフィロスに差し出す。
空になった食器を端に寄せ、カップを受け取った彼は、ゆらゆらと上がる湯気を少し見つめると、少し冷めるまで待つことにした。


「俺の暇つぶしはいいが、お前はどうするつもりだ?何か考えているのか?」
「貴方用の魔法の教本作りで、時間は十分潰せると思いますが……魔力操作の復習でもしておきます」

「……それは、趣味か?」
「習慣を兼ねた趣味ですね。というか、それ以外は知らないと言う方が正確かもしれません」

「だろうな。お前の方こそ、何か趣味を見つけたほうが良い。戦いとは無縁の……な」
「殆どが戦闘技能と結びつくので、難しいですね……」


結びつくではなく、結びつけるの間違いだろうと思いながら、セフィロスは紅茶に口を付ける。
自分が淹れるより、味も香りも格段に良いお茶に、これも十分趣味にできるのではと思ったが、台所を茶缶やカップだらけにされると困るので黙っておくことにした。

家の中を見回せば、暖炉の上には花とハーブの小さな鉢植えが並び、ボードの中には各地から取り寄せたグラス、階段下の棚には化粧品を作る道具と材料の保存箱。
台所には夏に二人で作ったワインラックに瓶が並べられ、棚に並んだ酢漬けや塩漬けの瓶を隠すように、乾燥したハーブの束がぶら下がっている。
今使っているダイニングテーブルの後ろの棚には、大量の上等な紙のノートと、更に大量のボールペンが仕舞われていた。

それら全て、が日々地道に……物によってはミッドガルにいた頃から集めて楽しんでいたものや、彼女の生活の一部になっているもの。
セフィロスが心配しなくても、彼女は結構楽しく過ごしていたようだ。

ただ、それを下手に言うと、余計に収集や制作に力を入れすぎる気がしたので、セフィロスは口を噤むことにした。
黙っていることで、別の何かを収集・製作しはじめる懸念があるが、何も思い浮かばない事に賭ける。


「ああ、趣味ではありませんが、持っている武器に暫く手入れできなかったものがあるので、そちらの整備で時間を潰します」
「そうか。あまり根を詰めすぎないようにな」

「ええ。それに、予定を詰めすぎては、貴方との時間が長くとれなくなりますからね。余裕があるくらいが、丁度良いでしょう」
「……どれだけ予定を詰め込むつもりだった?」

「それほど忙しくする気はありませんよ?」
「……だと良いが……」


いまいち信用できないといった顔のセフィロスに、はもう少し暇を作るべきだろうかと脳内の予定を組みなおす。
人生の大半が暇を持て余している時間だったせいか、時間の空きがあればつい埋めようとしまう傾向があるのはも自覚していた。
セフィロスが普通に外や街に出られるようになって行動範囲が広がったから、つい遠慮なく動こうとしてしまう。
今、この食事の間ですら、外出や屋内での予定を立てようと考えてばかりいるのだ。セフィロスが止めたくなるのも当然だろう。

となると、やはり日がな庭で剣を振って過ごす事になるのだが、はまだセフィロスに筋肉をつけすぎないようトレーニングを制限されたままだ。
使っている剣の重さを考えると、もう少し筋肉をつけた方が良いのだが、彼はなかなか首を縦に振ってくれない。
数か月前、黙って鍛えればバレないだろうと思って試したが、すぐに見破られ、脂肪を付けてからにしろと叱られてしまった。
ならば怠惰に過ごしてみようとダラダラしてみるが、気づけば台所で保存食を作っていたりする。
当然、セフィロスはそれを見て呆れた顔をしていた。

だって、セフィロスが作った薪の量を呆れる立場にない。
大量の酢漬けや塩漬けだって、二人が一冬で消化できる量ではなかった。
冬越えの為に準備した肉も、春先まで余裕がある。
何で暇を潰すか悩めるのは、十分な備えがあるおかげだが、来年はお互い加減を覚えて準備すべきだと考えていた。


「ああ、そういえば、この辺りはウィンタースポーツが盛んですから、試してみてはどうです?来月には、色々な施設が開くはずですよ」
「……あの山道を車で通うのは気が進まない」

「……それもそうですね」
「それに、元々人混みは好きじゃない。お前と家でゆっくりしているほうがいい。暖かいしな」

「薪もたくさんありますしね。では、召喚獣達に次元の狭間の様子を聞いておきます。そのうち、周りを気にせず体を動かしたくなるでしょうから」
「……そうだな。その時は、お手柔らかに頼む」

「ええ。ですが、貴方は成長が早いので、すぐに手加減できなくなりそうです」
「頼むから、俺を殺してくれるなよ?」

「分かっていますよ。もし間違ってやってしまっても、すぐにまた蘇らせられますが、そういう問題ではありませんからね」


セフィロスの冗談めかした言い方に、クスクスと笑いながら、は空になったカップを手に席を立つ。
だが、笑う彼女の口から出た予想外の情報に、セフィロスは理解が追い付かず固まった。
そんな様子に気づかず、は台所で食器を水に浸けると、果実酒とグラスを持ってテーブルに戻ってくる。


「ん?どうしました?」
「……さっき、何と言った?」

「何のことですか?」
「俺が死んでも、また蘇らせられるのか?」

「ええ。おや、言っていませんでしたか?」
「聞いていない」

「それは失礼……ああ、そうですね。後で貴方にも肉体の構築を覚えてもらう予定だったので、その時に説明しようと思って、あまり言っていなかったかもしれません。お互い、暫く死にそうにありませんでしたし」
「それは、そうだが……」

差し出されたグラスを受け取りながら、呆れた顔で呟くセフィロスに、は苦笑いを浮かべてソファに腰を下ろす。
さて飲もうかと思ったところで、いや、この機会に説明しておいた方が良いだろうかと考えて横を向くと、の言葉を待っているセフィロスと目が合った。


「……そうですね。説明が先ですよね」
「そうしてくれ」

そのまま飲み始めていたら、グラスを奪って説教していただろうセフィロスの様子に、は少し気まずげに視線を逸らす。
さてどう話そうかと考えてはみたものの、魔術に関しての細かい内容は今のセフィロスには理解できないので、大雑把な話しかできそうになかった。
ちょっと怒られそうだと思いながら、はグラスをテーブルに置き、頭の中で要点をまとめる。


「セフィロス、貴方も何度か自力で蘇っていらっしゃいますから、肉体と魂の話は省略しますね?」
「え……ああ、そうだな。そうしてくれ」

「今の私たちは貴方が過去に蘇った時と同じように、肉体を作ってそこに入り込み、今は魔力で意識や魂を肉体と繋ぎ定着させて生きている状態です。その繋がりは通常の人間よりは弱いものですが、普通に生きる分には問題ないでしょう。ここまではよろしいですか?」
「ああ」

「万が一肉体が激しい損傷を受け修復が不可能となれば、魂と肉体の接続が切れて魂の状態……貴方の場合は精神体と言った方が良いでしょうか。その状態に戻ります。普通の人間の死んだ状態ですね。私たちの場合は、そこで再び肉体を作り、蘇れます。貴方の場合は、元の肉体に近づけるため、今回はジェノバの細胞を使いましたので、今は復活にその細胞が必要になります。ああ、それは私がアイテムとして所持していますから、ご安心を」
「…………」

安心するところではない気がしたが、口を出せば話が進みそうにないので、セフィロスはとりあえず頷いておく。
つまり、普通の人間のように一度死んだら終わりではなく、肉体さえ作れば何度でも復活できる危険な亡霊のような存在という事だろう。
何度かリユニオンをして復活していたセフィロスには、今までとそう変わりないので、なるほどと納得できる内容だった。

過去、死にかけて呼び戻したり、塵になって死んだまで何度も蘇られるのは少しだけ感覚にズレがあったが、だからと思うと、まあ納得できる。
ふと、元々人間離れしていたとはいえ、惚れた男一人の為に人間を捨てるこの女に危機感を覚えたがセフィロスだったが、その女に絆されて長閑に過ごす自分も大概な存在だと思い出してそれ以上考えるのをやめた。


「今と同じ体なら、1日かからず蘇られるでしょう。ただ、何かしらの付加を付けるとなると、肉体を作るにも、魂や精神体を定着させるにも、相応の時間がかかります」
「付加……具体的には、どんなものだ?」

「そうですね……能力を制限して、普通の人間と同程度の力しかないようにする場合は、力を抑えるための術式と肉体を作らなければなりません。その場合は、急がなければ5年ほどかかるでしょう」
、その例は、あまり具体的じゃない」

「おや、そうですか?」
「何を制限するかによるが、経験や技能が変わらないなら、俺もお前も普通の人間には十分な脅威だ」

「確かに、そうかもしれませんねぇ……。ああ、では、以前……その……時に、申し上げた、命を宿せる肉体についてですが、それは、短くても100年はかかるかと思います」
「……そうか。思ったよりかかるな」

「ええ。以前も申し上げたように、今の私たちが命を宿すというのは、無から有を生み出すようなものですからね。色々と理に反するので。それに、確実に胎に命を宿せるという確証もありません」
「なるほど……だが、どうせ時間は腐るほどある。それはこの先、気が向いたときにまた考えれば良い。そうだろう?」

「ええ。私も、暫くは、貴方を独り占めさせていただきたいので、このままでいさせてください」
「…………好きにしろ」


お互いの性格や性分を考えると、劇的に環境が変わらない限りは、本当に暫く二人きりの方が良いかもしれないと思いながら、セフィロスは果実酒に手を伸ばす。
ふと、の子供の頃はどんな風だったのだろうと考えたが、同時に思い出した自分の幼少期に、自然と言葉を飲みこんだ。

この、やたらと真っすぐな女の生い立ちがどんな風だったのか。
正直あまり想像はできないが、自分とは全く違うものだった事だけはわかる。

彼女が好む、爽やかで甘い果実の香りと、対照的な辛口の酒を口内で転がしながら、セフィロスは自身の薬指に光る指輪を見た。
と揃いの指輪は、彼女が作り直した剣に用いたものより多少簡略化された、彼女の家の紋章が刻まれていた。
他の誰とも違うものにできるからと言われた指輪だが、出来上がった指輪を見て嬉しそうに、そして懐かしそうに眼を細めた彼女の横顔を彼はよく覚えている。
そんな『家』がある彼女が、今更また羨ましく、同時に自分がそこに迎え入れられたのだと嬉しく思ったのだ。

けれど、彼女が帰れないその『家』を、自分が知ることができないことも分かっている。
薄れた思い出しか持たない事さえ、どこか羨む自分のこの感情を、どうに伝えたら良いのか。
どう言えば、彼女を苦しめずに、その思い出を分けてもらえるのか。

伸ばした手に、当たり前のように頬を寄せて口づけるに笑みを返しながら、セフィロスはぼんやりと考えていた。





久々に7夢書いた
エロいのが書きたい

2023.04.01 Rika
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