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Illusion sand ある未来の物語 32



「懐かしいですねぇこの乾燥した風」
「あまり遠くへ行くな」

「心配なら、手を繋いでいますか?」
「……そうしよう」


からかうように手を差し出したに、セフィロスは小さくため息をつくとその手を取る。
てっきり断られると思っていた彼女は目を丸くしていたが、彼は気にせず緩やかに起伏する砂の海に足を踏み入れた。

昼間の暑さが嘘のように冷えた砂漠には、セフィロス達の他にも観光客がまばらに見える。
道路は夜のうちに移動する車がひっきりなしに走っていて、昼間の閑散とした様子が嘘のようだった。
夕刻までホテルで休んでいた二人も、そんな夜間に移動する車に乗せてもらってここまできたのだが、他の観光客は皆自分達の車できているようだ。
砂漠まで乗せてくれた車の運転手には、帰りはどうするのか心配されたが、数時間後に仲間が迎えに来ると言って納得させた。
モンスター対策の地元自警団が巡回しているらしく、時折観光客に砂漠へ入りすぎないよう注意している姿が見える。


「これでは、暫くバハムートは呼べないな」
「ええ。人が減るのを見計らって、少し姿を隠しましょうか。今朝のように、朝方であれば人はいないようですから」

「そうしたいところだが、そうも行かなさそうだ」
「セフィロス?どうしま……おやおや、大変そうですねえ」


繋いでいた手を離したかと思ったら正宗を出したセフィロスに、は彼の視線の先へ目をやる。
耳に届いたいくつかの悲鳴に、更に視線を動かせば、砂漠の方からモンスターに追われてくる人達が見えた。

自分はどうしようかと考えている間に、暇つぶしを見つけたセフィロスがモンスターの方へ走っていく。
少し遅れて自警団の一人が無線をしながらバギーを走らせていくが、セフィロスの姿に気をとられたか砂の斜面に乗り上げて車体ごと転がり落ちていった。
とりあえず、自警団の方を助けようと歩いて行ったは、砂の窪みでバギーの下敷きになっている男に苦笑いを零す。
斜面を滑り降り、男の脇に手を差し入れて引きずり出してやると、彼は礼もそこそこにバギーを戻すと、にも逃げるように言って走って行った。

到着する頃にはセフィロスが片付けていそうだと思いながら、は下りてきた斜面を登り直す。
ふと、正宗ではなく、別の武器を使ってくれた方が、昔の色々と結びつけられにくいのではと気がついた。
しかし、既にセフィロスは遠くまで走って行ってしまっているし、追いかけたり大声を出したりするのも悪目立ちしてしまう。
今回は仕方ないので、次から正宗以外でお願いしよう。

そんな事を考えて斜面を登り切ったところで、は近づいてきた悲鳴に目をやる。
モンスターに追われていた人達は息も絶え絶えな状態で叫ぶ気力もなさそうだ。
見回すと、今は、漸くモンスターに気づいた人々が、慌てて自分達の車に乗っているところらしい。

良い具合に人が減ってくれて、は少しだけ喜びながら、セフィロスの様子を見る。
随分遠くまでモンスターを追っているらしく、追っていた自警団の男が、必死に魔物の死体を避けながら叫んでいるのが見えた。
このままでは彼の姿が見えなくなりそうだったので、は仕方なく歩いて行くことにする。
手ぶらというのもどうかと思ったので、槍を1本だしておいて、杖にしながら砂漠を進むことにした。

途中で逃げてきた一団とすれ違いそうになったが、モンスターと距離が出来たところで味方を見て安心したのか、彼らは足を止めて座り込んでしまう。
けが人がいる様子はないので、そのまま通り過ぎようとしたら、彼らは何故かを引き留めて助けを求めてきた。

ここで自分達を守って欲しいという意味だろうが、気持ちは理解できるものの面倒だと思う。
どうしようか少し考えたところで、いくつものエンジン音が聞こえて顔を上げると、応援で駆けつけた自警団のバギー集団が見えた。
彼らの方がプロだから、あちらに助けてもらうよう言うと、は心細そうな彼らを放置してセフィロスの後を追う。
先に行った自警団の男が、セフィロスと背を合わせるように銃で戦闘しているが、セフィロスからは遠目にも邪魔くさそうな雰囲気が伝わってきた。

先程が懸念した事を、セフィロスも気づいたのだろう。
今は正宗ではなく、が家での手合わせ用にと貸した『あめのむらくも』に持ち替えていた。
魔物の悲鳴と血の臭いのせいか、倒したと思ったらまた魔物が現れるという状況になっているので、終わるまではもう少し時間がかかりそうだ。
いつもより攻撃範囲が短くなった上に、助太刀のつもりで来た足手まといもいるが、セフィロスなので負ける事はないだろう。
暇つぶしと言っていたし、丁度良い縛りになるじゃないかと思いながら、は悠々と歩いていく。

だが、とりこぼされた魔物を槍で突いて倒していると、後詰めの自警団がの位置まで追いついてきて、道を塞いだ。


「おいアンタ、腕は立つようだが、危ないから下がっててくれ」
「……そうですね。応援が来たなら、私は不要でしょう。あそこに夫がいるので、終わったら乗せてきてあげてください」


別に意固地になる理由はないので、はあっさり引き下がる事にする。
先程の集団は、自警団に怒られながら歩いているが、銃声やモンスターの悲鳴が聞こえてくるせいかその背中は怯えきっていた。
時折また取りこぼされてきた魔物を槍で刺しながら歩いていると、段々後ろの方が静かになってくる。

勝利の連絡を受けたらしく、最初に逃げてきた集団は安堵の涙を流し座り込んだりしていたが、は気にせずその横を通り過ぎた。
車が殆どいなくなった駐車場が目前になった頃、後方からバギーの集団が戻ってくる音がする。
振り返ってみると、倒した魔物の素材を引きずったバギーの群れが、砂をまき散らしながら戻ってきたところだった。

魔物の群れを一掃し、晴れやかな集団の中、セフィロスの表情は当然晴れていない。
人目が近い場所で魔物が出るのだから、当然の帰結だとは思うのだが、久々に魔物と踊りたかったセフィロスにはガッカリな展開だったのだろう。

予想外の強力な助っ人と戦果に湧く自警団と、予想外の足手まとい集団と結果に落胆するセフィロスの差が激しい。
今度北の大空洞にでも連れて行ってあげようと思っていると、自警団に囲まれたセフィロスが疲れた表情での元へ帰ってきた。


「お疲れ様でした」
「ああ」


不完全燃焼だとみて分かる彼に、は苦笑いを浮かべると彼の服の埃を払った。
セフィロスの強さを褒め称え、街で勝利の祝杯を挙げよう誘う自警団に断りを入れると、二人は再び砂漠の中に戻り、砂丘の上に腰を下ろした。

戦闘力の高さを目の当たりにしたおかげで、仲間の迎えまで砂漠で待つと言っても止められなかったのだけは幸いだ。
追われていた集団に泣いて礼を言われたセフィロスは、何処か居心地の悪そうな顔をしていたが、は口を出さずにおいた。
自警団が少しずついなくなると同時に、騒ぎを知らない後れた観光客がやってきて、砂漠にはまた仄かな賑やかさが訪れる。
達の姿を見て、そこまでなら安全だろうと歩いてくる者もいたが、彼女が肩に立てかけたままにしている槍を見ると、モンスターが出ると気づいて戻っていた。

なかなか静かにならない砂漠に、セフィロスが隣でため息をつく。
戦闘の直後だから、変わらない景色に余計飽きてしまったのだろう。
何度も時計を確認するセフィロスに苦笑いしたは、また時計を探そうとした彼の手を取ると、指を絡めながら彼に身を寄せた。


「寒いか?」
「ええ。ですから、今温まっています」

「そうか」
「今日の月は少し欠けていますね。残念です」


防寒のために着ている外套の前を開き、中に入れてくれたセフィロスに肩を抱かれながら、は軽く腕を伸ばして半分欠けた月を指でなぞる。
彼女の頭に頬を預け、その髪に絡んだ砂の感触に一瞬だけ目をやった彼だったが、その視線はすぐに彼女が見る月へ向かった。
星々を押しのけるように佇む光は、しかし照らすのが柔らかな象牙色の世界だからか、雪山のそれより柔らかく見える。
いつかも見た気がする景色に、が言った残念の意味が分かって、セフィロスは砂混じりの黒髪に口付けながら小さく笑みを零した。


「満月なら、お前を拾った日と同じだったのにな」


もし、同じ月が浮かんでいたら、喜ぶどころか、が何処かに行くのではと不安になっていただろうが……。
欠けた月に安堵していることを隠しながら呟くと、ゆっくり振り向いたがやたらとキラキラした目で見てくる。
月の下でもわかるほど頬を紅色に染める彼女は、軽く笑みを作って首を傾げて見せたセフィロスに、いつぞや目にした乙女の微笑みを浮かべた。

その顔のまま暫く止まってくれと無茶な事を思っている間に、彼女の唇が頬に触れる。
口付けるのはそこじゃないだろうと、彼女の肩を抱く手を腰へ移したのだが、その体を引き寄せるのと同時にもセフィロスに抱きついてきた。


「おい……!」
「ぬぅ!?」


思った以上に勢いがつきすぎて、二人は姿勢を崩すとそのまま砂の斜面を転がり落ちる。
咄嗟に彼女の肩口に顔を埋めて目を閉じれば、彼女も同じようにセフィロスの首元に顔を埋めた。
斜面の砂を巻き込みながら落ちる二人は、坂の下でようやく動きを止めたが、小さな雪崩となって追ってきた砂に体の半分が飲まれた。

自分の下になったに、セフィロスはもう度転がって位置を入れ替え、同時に纏わり付いていた砂から抜け出す。
セフィロスが起き上がるのに合わせて身を起こしたは、顔についた砂を払うと、頭を軽く振って髪の中の砂を落とした。
自分から落ちた砂がセフィロスの腹の上に溜まるのを見て、彼女は口元を拭って砂を払う彼の額に手を伸ばす。
肌についた砂を軽く払ってはみるものの、髪の中に入り込んだ砂が後から後から顔にかかってきて、彼は目を開けられないようだった。


「セフィロス、軽く頭を振ってください。髪の砂が大分落ちますから、目に入りにくくなります」


の声に従い、セフィロスが軽く頭を振ると、髪についた砂がバサバサと落ちてくる。
それでも、入り込んだ砂が完全にはとれず、彼の髪に差し入れた手には砂の手触りがあった。
セフィロスの額から髪に指をさしいれ、全体を後ろに流すと、顔についた砂を乱雑に拭った彼がようやく目を開けた。


「……、手伝ってくれるのは有り難いが、せめて自分の砂を払ってからにしろ」
「後で、魔法で飛ばします。それより……髪を後ろに撫でつけた貴方も、新鮮で良いですね」


砂が付いたままの頬をまた染めて、恥ずかしそうに笑うに、セフィロスは呆れと照れでため息をつく。
彼女のこの、自分の優先順位を最後にするところは、直っているようで全く直っていないようだ。
の中にある変われない部分に、自分が持つ同じく変われない所も許されたような気がした。

額と目元以外が砂まみれのままなの顔に、セフィロスは苦笑いを浮かべながら手を伸ばす。
鼻筋から頬に掌と親指を滑らせ、唇に落ちた砂を指の腹で撫でると、彼女は猫のように掌に頬をすりつけてきた。
けれど、そんな状態になってもなお、彼女の手はセフィロスの髪を抑えたたままだ。
時折恥じらうように目を伏せるものの、の頬は薔薇色に染まったままで、その目は時折うっとりとセフィロスの目を見つめている。


「そんなに気に入ったなら、暫く髪をオールバックにしていてやろうか……?」
「いえ……他のことが手につかなくなりそうなので、たまのご褒美でお願いします」

「……わかった」


やっとセフィロスの髪から手を離したと思ったら、は赤くなった自分の頬を両手で押さえながら、悩ましげなため息をついている。
気持ちを正直に教えてくれるのは嬉しいのだが、腹の上に座ったままでそれをやるのは、ちょっと違う光景に見えるので後で注意しなければと思った。


、服の砂を払いたい。少し避けてもらっても良いか?」
「……ふぉう!?失礼しました!重かったでしょう?」

「それほどでもない。……もう日付が変わるな。そろそろバハムートを呼べるか?」
「はい。いつでも大丈夫です」

セフィロスに言われて、慌てて彼の上から退いたは、彼の服の砂を払いながら質問に答える。
彼が立ち上がると、服の皺に溜まっていた砂が、ザァッと音を立てて地面に落ちた。
次いでが立ち上がったときも同様で、二人の足下には軽い砂の山が出来る。
何度かはらっているとはいえ、二人の長い髪からは動く度にパラパラと砂が落ちてきた。
結局が髪を乾かす要領で魔法を使うことで砂を落とすと、二人はもう少し砂漠の奥へと歩いて行く。

冷えた空気と、自然と繋いだ手に少しだけ懐かしさを感じて、セフィロスはに目をやる。
視線に気づいて顔を上げた彼女は、未だ頬にほんのりと赤みを残しながら、昔と同じ柔らかな笑みを浮かべていた。
けれど、その目にはもう穏やかさに垣間見える諦観はなく、目の前を映しながら遠くを眺めることもない。
代わりに、思わず苦笑いを零したくなるほどの好意と信頼、それと、ともすれば無防備にも思える安心感がその瞳には映っていた。
それを目の当たりにする度、彼女に守られていると自覚しているはずなのに、昔のように自分が彼女を庇護していると錯覚してしまう。
きっと、が分かりやすく甘えてきてくれるようになったからだろう。

繋いだ手に少しだけ力が込められたのを感じて、セフィロスは同じように握り返す。
それだけの事で、殊更嬉しそうに頬を緩めるに、彼は同じ笑みを返しつつも、一瞬過ぎった邪な思いにさりげなく彼女から前へと視線を移した。
月と砂の景色のせいか、今日は随分昔を思い出す。
昔も何度かこんなふうに、仄かな触れ合いで喜ぶ彼女の無自覚な色気に当てられ、気づかれまいと視線を逃がしていた。

最近の変化のせいか、彼女の表情や所作に滲む色気は顕著なくらいに増していて、家の外に出る度セフィロスの心配を増やす。
男を知ると女は変わると言うが、それにしたって限度があると思うのは、彼女の元の朴念仁レベルが高かったせいか、単に自分が惚れているからそう思うのか。
いや、先日ビデオ通話をしたルーファウスが、を見て意味深な視線をセフィロスへ向けてきたので、やはり彼女自身の変化は大きいのだろう。
単にルーファウスの洞察力が鋭すぎるからかもしれないが……。


「セフィロス、お疲れですか?」
「……そうだな、早めに帰って風呂に入りたい」

「そうですね。では、ここら辺で良いでしょう」
「いつも悪いな」

「いえ、お気になさらず」


道路の灯りが殆ど見えなくなったところで、はバハムートを呼び出し、同時に砂と風除けに氷の壁を作る。
予想通り、高速で降り立ったバハムートは盛大に砂をまき散らして着地し、さあ乗れと言わんばかりに砂の上に腹ばいになると、その衝撃で更に砂を巻き上げてきた。
もはやバハムートのそんな所には慣れてしまって、二人は反応を欲しがるバハムートの視線を無視しながらその背中に跨がる。
『つまらん』と言って近くにいたモンスターにブレスを吐くのも無視すると、バハムートは一気に空へ駆け昇り、そのままの速度で北へ向かった。







どこでもイチャつきよる……

2022.12.08 Rika
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