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Illusion sand ある未来の物語 30




最後にの折れた剣を返してもらうと、二人は武器職人の小屋を後にする。
朝は砂漠付近らしい乾燥した空気だったが、川と海が近いからか、日が昇るにつれて湿気は増していた。
南方の大陸の夏らしい湿った夏の気配に、アイシクルエリアの夏の方が過ごしやすそうだと二人で話す。
思ったより早く用事が終わってしまったため、車を借りた川沿いの街で休憩した後、北の砂漠まで足を伸ばす事になった。


「そういえば、私は砂漠のどの辺りで拾われたんですか?」
「中央から北の辺りだ。今日車で行けるのは、せいぜい南の端程度だな。行くなら、車よりバハムートに乗った方が良い」

「そうですか。何日も畑を放置はできませんから、今回は見送りましょう。また機会をみて行きましょうね」
「……大丈夫か?」

「何がです?」
「……砂漠に着いた途端、ここではない世界に行くなんて事は……」

「心配しすぎですよ。次元の狭間と世界が繋がるのは、簡単な事では無いんです。でなければ、私が長い間囚われていないでしょう?」
「そうだな。……だが、砂漠から現れたお前が、また砂漠からどこかへ行くような気もしている」

「でも、もしそうなっても、今度は召喚獣達が答えてくれますから、すぐに戻ってきます。帰ってこなければ、彼らに頼んで次元の狭間に迎えに来てくださいな」
「そうならない事を願っておこう」


不安からか、少しだけ苛立った様子で、セフィロスは開けた窓に肘を乗せて頬杖をつく。
いつもの大型車とは違う乗用車の運転席は、彼にとって決して狭くはないのだが、長すぎる足は少しだけ窮屈そうに見えた。
頬杖をついているのとは別の手でハンドルを握っているセフィロスの横顔を見つめながら、さてどう機嫌をとろうかとは考える。
運転の邪魔をするわけにはいかないし、車の中では珈琲も入れられない。
余計な事は考えず、街に着いてから対処しようと決めると、は彼の横顔を見て楽しむ事にした。


「……景色を見ないのか?」
「貴方を見ている方が好きなので」

「……、からかうな」
「ん?今の、何かの冗談になったんですか?」

「……好きにしろ」
「はぁ……?」


一瞬横目で睨み、小さくため息をついて運転に集中しなおしたセフィロスに、は彼を眺めたまま少しだけ首を傾げる。
余計に苛立ったのか少しハンドルを握る位置を変えて落ち着かない様子の彼だったが、眉間に皺は寄っていないので怒ってはいないのだろう。
好きにしろと言ってくれているし、そうさせてもらおうと思って、は彼を眺め続ける。

長い銀髪は、今日は首の後ろでまとめていて、昨日が使っていた瑠璃色の硝子玉つきの紐で飾られていた。
自分とは太さが全く違う彼の首をぼんやり眺めていると、自然と彼の喉仏に視線が行く。
回復魔法ですぐ痕跡を消しているが、セフィロスがやたらと咽にかみついてくる事を思い出していると、ならば自分も一度彼の咽に噛み付いてどんな感触か確かめてみたくなってきた。
あれだけ頻繁に噛み付いてくると言うことは、そうしたくなる何かがあるのかもしれない。


「ねえ、セフィロス」
「何だ?」

「今度、貴方の咽に噛み付いてみていいですか?」
「……どういう意味だ?物理的にか?比喩で言っているのか?」


興奮や煩悩を抑える逃げ道の一つとしてやってしまうようになった行為を、その対象であるから突然求められて、セフィロスはハンドルを握り直しながら挙動不審になる。
とりあえず、はずみで事故らないようにしなければと、頬杖をやめて両手でハンドルを握るが、視線は真顔で聞いてくると前方を何度も行き来する。


「もちろん、物理的にです。貴方はよく私の咽を噛んでくるじゃないですか。もしかして、それには何か、そうしたくなる理由があるのかと、あるなら試してみたいと、貴方の咽を見て思ったので」
「…………

「何でしょう?」
「……俺のは……弾みで出る癖みたいなものだ。多分、お前がやっても楽しくない」

「……そう……ですか。では、やめておきますね」
「そうしておけ」


噛んでいる時やその跡を見ている時のセフィロスは楽しそうだし、やってみなければわからないのではないだろうか?
そう思っただったが、セフィロスの表情に段々妙な焦りが滲んできたので、ここは引き下がる事にした。
変な癖だが、痛くないように気をつけてくれているので、にとっては慣れもあって彼に噛まれるぐらいは許容範囲になってきた。
そのうち噛まれるのが嫌になる時がきたら、代わりにスルメか豚足でも預けておけば、勝手に噛んで満足してくれるだろう。

が、そんな、分かっているようで分かっていない自己完結をしているとは思い至らず、セフィロスは動揺を落ち着けようと視線をあちこちに彷徨わせる。
この女、やはり放っておけば何を言い出すかわからないと考えて、これ以上おかしな事を言い出さないための何かを、景色の中に探した。


、見ろ、歩いている奴がいる」
「え?そりゃぁ道ですし……まあ、ええ、本当ですね。民家も無いのに、ご苦労なことです」

まばらに草は生えるが、荒れ地の中に1本伸びる道の脇に建物など無い。
車での移動が主要だろうに、セフィロスの声に導かれて道の先を見ると、確かに一人、道路の端を歩いている人が見えた。


「あの赤マント、おそらく、武器職人の小屋に居た客ですね」
「客?ああ、確か、俺達より先に来ていた客がいたな。途中からすっかり忘れていた」

「あの小屋からここまで、それなりに距離があるでしょうに、歩いてきたのでしょうか」
「次の街までかなりある。乗せてやろう」

「貴方が良いなら、私もかまいませんよ」
「よし。止めるぞ」


二度と会わないだろう他人だからこそ……だろうか。
いつもは人と関わりたがらないセフィロスの提案に、は少し感慨深くなりながら快く頷いた。
何処か不自然さを感じはするものの、気まぐれとは言え彼が他人と関わろうとしてくれただけで十分だった。

一度短くクラクションを鳴らすと、セフィロスは振り向いた赤マントの男の前で車を止める。
小屋にいた時はうろ覚えだったが、向かい合ってみると、確かにあの時隣のテーブルにいた男だと分かる。
荒野に1本延びるだけの道で、拾ってくれる車など想定していなかったのか、赤マントの男は随分驚いた様子でセフィロスを見ていた。


「さっき武器職人の小屋にいただろう?街まで行くなら、乗せてやるが、どうする?」
「…………世話になろう」


数秒考えた男は、ボソリと呟くように返事をすると、マントの埃を払ってから後部座席に乗り込む。
何かを決意したような顔で乗ってきた男に、セフィロスは内心で少し首を傾げたが、の言動を止めるために話題にして乗せただけなので、男の態度は気にせず車を出した。

何となく、赤マントの男に小屋以外でも見覚えがある気がするのだが、こんな目立つ格好の人間に最近会ってはいない。
赤マントまでなら街中で会った人と思えるが、髪の毛こそ黒だが、頭にも赤い布を巻き、瞳も鮮やかな赤だ。
しかもよく見れば、片腕は少し重そうな金色の装備まであって、靴も同じ金属素材。
こんな目立つ格好の人間、もし会っていたのなら、だって気がつくだろう。

ならば昔の知り合いに、似た人間がいたのだろう。
そうと考えたところで、ふと、セフィロスの脳裏に何かがよぎった。

何か、急に嫌な予感がしてきて、セフィロスの背中には嫌な汗が滲む。
記憶の霞の向こうでちらつく何かに意識を向けるべきなのに、それを把握する以前に、思い出したくないから全力で知らないフリをしたいと思った。
それだけで、何かまずい事態になっている事だけはわかるし、セフィロスの表情は自然と厳しくなる。
けれどすぐに、の手が労るようにセフィロスの手を包んで、幾ばくかの平穏を彼に分け与えてくれた。

片手でハンドルを握ったまま、もう片方の手で彼女の手をしっかりと握り返す。
後部座席からも、座席の間だからその様子は見えているようで、バックミラーには繋がれた手を凝視する男の赤い瞳が見えた。


「あ……」


赤い瞳、赤いマント、頭に巻いた赤い布と、黒い髪、俊敏な動きの中で飛んでくる銃弾、異形への変化。


「仲が良いな。結婚祝いの武器を作っているという話が聞こえたが……」
「ええ。ずっと一緒にはいたんですが、最近籍を入れたんです」


思わず漏らしたセフィロスの小さな声はエンジン音にかき消され、代わりに男との会話が始まる。
平静を装いながら、鮮明に蘇ってきた記憶に、セフィロスは冷や汗をかきながら必死に男の情報を思い出そうとした。


「そうか。それは……おめでとう。それと、ルーファウスの名が聞こえたが、それは先日死んだ新羅の元社長の事か?」
「ありがとうございます。ええ、そのルーファウスですよ。もしや、貴方も知り合いだったのですか?」

「古い顔見知りだ。先日の葬式では、顔を見なかった気がするが……」
「私達ですか?ええ、住んでいたところが遠かったので、間に合わなくて」


絶対にクラウドの仲間にいた赤い奴だと分かるのに、それ以上の情報……名前すら、セフィロスは思い出せない。
というか、名前を聞いたことがあっただろうか?当時はリユニオンとクラウドにしか興味が無かった気がする。
クラウドの周りに居た人間はざっくり覚えているが、どれもこれも使っている武器は思い出せても、名前が思い出せないし聞いた記憶もない。

と赤マントの男の会話も、耳に入っていても右から左へ状態だ。
世間話なのか探りを入れられているのか判別出来ない程度には混乱している自覚があるセフィロスだったが、うっすら汗をかいている手をがしっかり握っていてくれているので、今のところ取り乱す心配はない。

復活の際に決めていた捏造経歴を土台に、は時折笑顔で後部座席を振り返りながら、赤マントと話している。
赤マントを乗せたのは自分だが、ここは下手に口を出して失敗するより、落ち着いているに任せようと決めた。
時折赤マントの男がミラー越しに見てくるのを感じながら、セフィロスは車の前を横切っていくモンスターの群れを眺めていた。










セフィロス、やらかすの巻

2022.12.04 Rika
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