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「……そう。やはり難しかったのですね」
『すまなかった。お前の期待に応えられず、残念だ』

「いえ、最初から、難しいと聞いていましたからね。手を尽くしててくださって、ありがとうございます、ルーファウス」
『そうか……。それと、新たに製作を依頼していた武器だが、一度工房で直接打ち合わせをしたいらしい。頼まれていた紋章についても、精細な図面が欲しいとの事だ』

「図面と言っても、手書きしかできませんが、現地に行ってからでも大丈夫なのでしょうか?」
『それも含めて、詳しくはレノからメールをさせる。パソコンの操作はセフィロスに頼むと良い』

「わかりました。お手数をおかけします」
『気にすることはない。私からお前達へ、ささやかな結婚祝いだ』

「ありがとうございます。では、ありがたく受け取らせていただきますね」
『ああ。私が生きているうちに、一度二人でこちらへ来ると良い。良い宿を用意しよう』

「ミディールには、そのうち冬に行こうと話をしていましたから、近いうちに会えるかもしれません」
『そのうち……か。果たして、何年先になるやら……。では、その日を楽しみにしていよう。セフィロスに、あまり飲み過ぎないよう伝えてくれ』


微笑むルーファウスに笑顔で手を振ると、ビデオ通話が切れて画面が夕暮れの壁紙に戻る。
アプリケーションとタブレットを終了して貰おうと、ソファからダイニングテーブルに振り返ったは、ぶすくれた顔で酒を飲んでいるセフィロスの姿に小さく吹き出した。
いつもが使っている椅子に座って、画面に映り込みながら酒を飲んでいたのはわざとなのだろう。
終始の後ろで酒を飲みながらルーファウスを睨んでいたようだが、対するルーファウスは気づかないフリをして楽しみつつ、様子を見ていた。

会話したいけど、したくない。
そんな素直じゃない彼の行動に、は暫くは見守っていた方が良いと考えて、タブレットとパソコンの操作を頼んだ。




Illusion sand ある未来の物語 29




「結局足を運ぶ事になったか……」
「お付き合いさせてしまってすみません」

「それは気にするな。俺も、新しいOSや知らないソフトに慣れるには、時間がかかる」
「そうですか……私は、携帯は辛うじて使えますが、それ以外は本当に……」

「俺がいる。あまり落ち込むな」
「はい」


セフィロスがパソコンを起動して間もなく、画面を見ていただけなのに途方に暮れた顔になっていたを思い出して、セフィロスは彼女の背を優しく撫でながら慰める。
起動してすぐ立ち上げたのが図面ソフトだったのも悪かったのだが、セフィロスも使った事が無いそのソフトに戸惑ったせいで、の機械に対する苦手意識はさらに悪化してしまった。
そもそも、セフィロスだって何十年もライフストリームにいてパソコンなど触れていないのだから、多少旧式と言われても新しいソフトウェアを見せられて、すぐ操作できるはずが無かった。
レノにメールで助けを求めて、図面を3D画像として送ってもらうことはできたが、鍛冶屋がつけた質問の注釈をクリックしたら、なぜか3Dの図面が高速回転して止まらなくなる始末。
焦りつつ解決策を探したセフィロスだったが、インターネットで検索してもその高速回転する事象自体が出てこず、そうこうしている間に間違って何処かをクリックして図面が細かい部品毎にバラバラになって回転し始めてしまった。
一旦諦めて、データを開き直して作業したものの、そもそもの図面になっている紋章がの希望するものと大分違っていたため、直接鍛冶師の元へ足を運ぶことになってしまった。




真夜中にバハムートの背に乗って家を出た二人は、アイシクルリアから南の海を越え、砂漠の端に着くと地上に降りた。
浅く広い川の畔にテントを張り、数時間の仮眠を取ると、夜明けと共に移動を開始し、街道沿いにある街で車を借りる。
十数年前に出来たという大きな橋で川を越え、ゴンガガに行く手前で東に道を進んでいくと、ルーファウスから紹介された武器職人の小屋に到着した。

小屋と言われてこぢんまりとした一軒家を想像していたが、実際はかなり立派な工房が建っており、車を降りると賑やかに鉄を叩く音が聞こえた。
連絡しているとはいえ、果たして今対応してくれる人はいるのだろうかと思いながら、二人は事務所の扉を開く。


「失礼。約束をしいていたです」
「いらっしゃいませ」


扉の向こうには、伝票が散らばるカウンターに笑顔で建つ小柄な女性と、隣のテーブルで他の客に対応する職人らしい男性がいた。
受付の女性に促され、カウンターの椅子に腰を下ろした二人は、担当の職人が来るのをそのまま待つ。
何気なく隣のテーブルに目をやると、隣の客は重そうな銃の整備とカスタマイズを依頼しているらしく、真剣な顔で職人と話し合っていた。

店内にあるのも半分は重火器で、やセフィロスが使う剣は少ない。
どうやら、今はナイフ以外の接近武器は、殆どがオーダーメイド。
しかも、この店に来る客はこだわりの武器を求める玄人ばかりで、余計に既製品や見本は少ないようだった。

武器屋に行くと聞いてから、セフィロスの顔が分かりやすく嬉しそうだったのだが、がっかりさせてしまっただろうか。
そう申し訳なく思って隣の彼を見ると、彼は受付表に書かれた自分達の姓を見つめてそわそわとしていた。
の姓を名乗るのに慣れないのと、少し照れているらしい。

セフィロスの昔の姓は、流石にフルネームで名乗れば危険だろうと、復活したときからの姓で戸籍を作っている。
だが、改めて結婚という形でと同じ姓になったので、少し心境に変化があったのだろう。
因みに、復活時のの姓は、スミスとかジョーンズのような、どこの街にもいる姓にしていた。



「待たせてすまねえな。アンタらがルーファウスさんとこから来た客かい?」
「はい。この度はお手数をおかけします」


受付嬢を置き去りにドカドカ足音を立ててやってきた中年の職人に、は席に座ったまま礼をする。
カウンターの中から椅子を出した職人は、腰に下げた工具もそのままにどかりと腰を下ろすと、首にかけていた手ぬぐいで乱雑に汗を拭う。


「ああ、いいっていいって。こっちこそ、頼まれた剣を治せなくてすまなかったな。そっちは今、納品前の検品中だからよ、渡すのは後でかまわねえかい?」
「ええ。では、まずお願いしていた武器2本ですが、一本は私の直剣を。もう1本は夫の刀なのですが、全体的に長く、刀身は彼の身長を超える長さにしていただきたいのです」

「あん?直剣はわかるが、身長を超える刀だって?……遊びで……作るってぇワケじゃなさそうだな。だが、本当に扱えんのかい?刀ってのは、力だけじゃ扱えねえぞ?」
「彼は、既に同じ武器を持っておりますので、ご心配なく。今回は、その予備と、結婚の記念を兼ねての製作依頼ですので」

「なるほどな。既に現物があるってんなら、そっちの寸法を後で測らせてくれ。しかし、今時珍しいな。昔は結婚指輪の代わりに武器を買い合う夫婦がいたって言うが、俺の代になてからは初めてだ」
「おや、そんな風習があったのですか。もしかしたら、ルーファウスはそれを知って勧めたのかもしれませんね」

「おう。この武器で互いを守る、この武器で家族を守る、そういう意味で、昔は買う夫婦がいたらしいが……何だよ、あんたらは知らずに頼んでたのか」
「ええ。ご期待に添えず、すみませんね」
「……ここは、アクセサリーも扱っているようだな」

「おお!?何だ、旦那、喋れたんじゃねえか。ずっと黙ってたから、口がきけねえのかと思ったぜ。見てえなら出してやるよ」
「すみません、彼は少し、人見知りなんです」
、余計な事を言うな」


カウンターの隣、短剣が並ぶショーケースの端に、ひっそりと置かれていた小さな装備品を見つけて、セフィロスは職人に声をかける。
驚いて声を上げたものの、職人は大きく口を開けて笑うと、ショーケースからアクセサリーを出してカウンターに並べた。


「うちの装飾担当が作ったんだ。見た目も出来も良いんだが、ちょっと効果が尖っててなぁ。この指輪は運が80上がるがMPが少しずつ減っていっちまう。この腕輪は与えるダメージが3倍になるが、素早さが15減るんだ」
「余計な効果は与えず、ただの装飾品を作ることはできるか?」

「素材によるが、大丈夫じゃねえか?ただ、うちは鍛冶屋だからな、本物のアクセサリー職人みてえな出来は、期待しねえでくんな」
「なるほど。少し考えておく」
「今回依頼する紋章を入れた装飾品を頼むことは、可能ですか?」

「おうおう、そうだ。今日話さなきゃならねえのはその紋章だよ。まあ、ざっくりとしか言えねえが、昔あった認証指輪ぐらいなら、多少細かい細工でも問題なく作れるだろうよ。その紋章、今回依頼する武器にも入れるんだろう?さっさと話を詰めちまおうぜ」


指輪以上に細かい物なら、無理せず外注すると言うと、職人は今回までのやりとりを記録したファイルを出す。
が紋章について話し合う間、セフィロスは別の職人に正宗の寸法を測って貰うため、店の外に出て行った。

残ったは職人が出した印刷図面にペンを入れると、改めて自分の家の紋章を書き上げた。
鍛冶屋がよこした図面のデータは、打ち直しを頼んでいた剣についていた紋章をスキャナで取り込んだものらしく、すり減った部分のせいで図面がおかしかったらしい。
描かれている葉の種類、剣の形、吠える犬の横顔や、盾の後ろにある王家を象徴する炎のクリスタル。
偽造を防ぐためにかなり細かい意匠になっているのだが、武器の装飾も手がける職人は苦にした様子もなく頷いて紋章の図案を描き出していた。


「葉は葉脈も刻んでください。縁の飾りは左右の中央のみ、こういう形で、犬の肉球っぽくなるように……」
「紋章に犬ばっかりいれるなんて、ご先祖様は犬好きだったのかい?」

「どうでしょう……私も、昔はそう思っていましたね」
「ハハハッ!狼がいいって客はいるが、犬がいいって客は珍しい。ああ、でもほら、その隣のお客さんも、銃に犬3匹つけてたな」
「ケルベロスだ……」


ボソリと言い返した隣の客に、の対応をしていた職人は笑って謝り、は苦笑いしながら会釈する。
派手な赤いマントをしている割に、表情は暗くて根暗そうなその男は、の顔をまじまじと見てきたのだが、たまにあることなのでは放置することにした。

カルナックの建国時からあるの家は、初代から王の犬、忠犬、猟犬、狂犬と呼ばれていて、それが家の紋章にも使われている。
由緒正しい家ではあるが、代々養子で継いでいるため、貴族であっても血は高貴じゃない。そうでなければ、王だけに従う肉の盾・兼猟犬にはなれないだろう。
その紋章を通行手形に王族の寝所まで入れるため、家の紋章は他の家より細かく複雑だった。


「ここの炎は、3本の筋を入れてください。あと、そこの先端は丸みを出さないように。注意点は以上ですね。あとは仕上がってから確認して修正を入れていただく事になるかと」
「っかー!細けえな。こりゃまた何回か確認が必要だ」

「こちらは私の剣に入れていただく紋章ですから、精密にお願いしたいのです。夫の武器に入れるのは、もう少し省略したものになりますので」
「ああ、それなら助かるぜ。いや、でもどれぐらい省略してくれるんだい?ま、引き受けたからにはやるけどよ。じゃ、奥さんの方の剣だが、どうする?折れてた剣は、ちょっとアンタには長い気がするんだが……」

「あの長さが一番慣れているので、各寸法はそのままでおねがいします。マテリアの装着穴も不要です」
「わかった。重さは、素材によって変わっちまうが、希望はあるかい?属性つきの金属にすりゃ、少しは軽くなるが」

「……いえ、余計な効果は必要ありません。ただ、刀身の強度はできる限り上げていただきたい。大きな獲物を相手にする事もあるので」
「強度で選ぶなら、旦那さんと同じ刀が一番だがなぁ……。今ウチで使える素材はこっちのリストにあるから、そっから選んでくれ」


出されたリストを見て、は職人と出来上がりの重さを確認しながら話を詰めていく。
時折隣の客から視線を感じたが、武器が好きな人間は自分と違う種類武器にも興味を持つので、その類いの人間なのだろうと気にしない事にする。

最後に剣の装飾について話していると、外で正宗の寸法を測っていた職人が、セフィロスを連れて困り顔でやってきた。
聞けば、今使っている炉では小さすぎ、同じ長さの刀をつくれないらしい。
確かに、大きくてもバスターソード辺りを想定して作られた炉で、2m近い刀を作るのは難しいだろう。
外注先の目処も無いという若い職人の後ろでは、半ば諦めた表情のセフィロスがに苦笑いして肩を竦めてくる。


「今の炉はダメでも、昔の炉があるじゃねえか。先代が新羅の英雄の刀を作ったって炉だ。その旦那の身長ぐらいの刀なら打てるぜ」
「親方、あの刀、旦那さんの身長より長いッスよ。でも、その英雄の刀とおんなじくらいの長さだったから、大丈夫かもしれないッスね。ちょっくら昔の炉の奥行き計ってくるッス」

「おう。じゃあ、アイツが戻ってくるまで、旦那さんもこっちで待っててくれ」


職人に促されて、セフィロスは再びの隣に腰を下ろした。
隣の客がまたこちらを気にしていたので、二人は騒がしくしたことを詫びて小さく頭を下げた。
今度はセフィロスの顔をじっと見てきた隣の客に、もしかして人の顔を凝視する癖があるのだろうかと思いつつ、はセフィロスの注意をテーブルの上に向けさせる。
と職人の手で書かれた紋章のデザインに、セフィロスは予想以上の細かさだと驚き、ルーファウスの金でつくるとはいえ本当に大丈夫かと心配になった。

「ルーファウスから、予算は提示されているのか?」
「装飾技術も武具を扱う鍛冶師にとっては必須技術です。特殊形状でなければ、大幅な価格変更はおきませんよ」
「奥さんの言う通り、心配いらねえぜ旦那。紋章は細かいが、その分、奥さんの剣は装飾が殆どない。旦那も刀だからな。追加料金なんてかかんねえよ」

「そうか……なら、いいが」
「ええ。それに、あのルーファウスがそんなにケチ臭いことを言うと思いますか?」
「旦那、俺は昔、あの社長さんに世話になったんだ。この仕事は、その社長さんが遺言で頼んでくれた依頼なんだぜ?セコいまねはしねえよ。失敗もしねえ。俺の職人の腕に誓ってやる」

「…………ああ、そうか。そうだな。頼む」
「そうですね。信じてお願いしましょう」
「おう、任せとけ!」


そういえば、お家騒動を終結させて落ち着いた後、社会では老人ルーファウスは死んだことになっていた。
確か、1〜2週間前に嘘の葬式が終わったのだったか……。
職人の言葉で思い出した二人は、あやうく老人ルーファウスがまだ生きている体で話を続けそうになって、内心少し慌てる。

今の若返ったルーファウスは、父と同じ名を付けられた隠し子のルーファウス2世を名乗っていた。
お家騒動が落ち着くと同時に、遺産の生前贈与という形で老後資金を手に入れ、今はミディールで隠居という名の雲隠れをしている。
ルーファウスと職人の間に何があったのか、別に知りたいとは思わないので、とセフィロスは涙ぐむ職人にそれ以上その話題を振らなかった。

出されたお茶を飲んで暫く待っていると、先程の若い職人が戻ってきて、昔の炉の長さなら問題ないと知らせる。
そこからはトントンと話が進み、武器の話を終えて紋章を入れた指輪の注文まで終えると、時刻は正午を過ぎていた。
指輪に付く効果をどうするかでとセフィロスが少し揉めたが、睡眠耐性−5でも運+60で話が落ち着いたのは、出生時点で既に運に見放されているとお互い自覚があるからだろう。

それぞれの仕事の合間で休憩を取る職人達が、セフィロスの正宗を囲んで、本物かレプリカかと騒いでいる。
刃がついていて、実際に戦闘で使用可能だと分かると、なぜか本物ではなく、本物に限りなく近い偽物という結論が出された。
何処か納得いかない顔をするセフィロスだったが、職人から本物の正宗と太鼓判を押される方が厄介な事になりそうなので、口を噤むしかない。
それを横目に、自分の剣について見本品を手に職人と話すは、彼らの話を聞いて苦笑いこそ浮かべるが、口を挟もうとはしなかった。






長いので最初に書いたのから分割しました


2022.12.04 Rika
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