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『……またか』

真夜中、体への違和感に目を覚ましたは、パジャマの上から胸を触ってくる大きな手にため息をついた。
以前は朝方パンツの紐を解かれていたのだが、今は代わりにこうして時折寝ながら胸を触られるようになった。

それがいかがわしい手つきであれば、セフィロスは意外と根が助平だったのかと思うだけだったのだが、実際は何かを確認するようにポンポン胸を叩かれ、脇腹や胸の下を触られるのだ。
一通り確認すると、彼の手は腹の上に落ち着くのだが、寝ながら胸が小さいことを確認されるのは当たり前に腹が立つ。
一度、手の甲を思いっきり抓ってやったが、痛みで起きた彼は自分が何をしたのか理解できず、1週間もするとまた寝ながら胸が無い事を確認してきた。

どうして彼が寝惚けてそんな事をするのか、原因は分かっている。
次元の狭間で目にした幻。
この世界に来るよりずっと昔の、まだ狭間に残ったばかりの頃のの姿を見たからだろう。

昔から酒の席でセフィロスに愚痴っていた通り、当時のは女騎士と聞いて納得できる筋肉と贅肉のバランスをもった体型だった。
女の騎士の中では細い方ではあったが、それでも体重は今より10キロは多かったはずだ。

引き締まってはいても、肩幅とウエストは、今とは違う。だが、何より分かりやすく違うのは、胸の大きさだった。
特別大きかったわけではなく普通の大きさだったが、必要な脂肪を付けた上で、しっかりとした筋肉に支えられていたので、今より大きかったのは間違いない。

あの時目にした幻について、セフィロスは何も聞かずにいてくれるが、彼の無意識の行動は一番気になったのが何かを馬鹿正直に教えてくれる。

いや、触れて良さそうな点が体型だけだったから、無意識に踏み込んで良い場所に意識が向いてしまっているのだろうか。
尻を触りかねないパンツの紐解きを無意識に避けた結果、胸の肉に手が行き着いたのだろうか。

どちらにしろ、腹立たしいことに変わりはない。
現在も普通の大きさではあるが、昔に比べれば触り甲斐の無い胸で、セフィロスには申し訳ない……なんて事は心にも思っていない。
今は体に負担をかけないよう注意しつつ筋肉と脂肪をつけている最中だが、恐らく昔の体型そのままに戻らないだろうし、胸の大きさは諦めてもらうつもりである。

普段は余計な事を言わないのに、たまに寝惚けてやらかしてくれる彼に、は大きくため息をつくと布団から出てトイレに向かった。




Illusion sand ある未来の物語 23




昨夜の夕食の残りと、サッと作ったサラダ、その日の気分で決めた飲み物を並べ、カレンダーを見ながら今日の予定を話し合う。
いつもの朝食風景だが、最近は食器が立てる音に雨音が混じることが増えた。
春が終わり始めているからだろうか、早朝は霧が出ることが多く、食事の時間になっても窓の外が白い事が多い。
今日の朝食に雨音はなく、昨日よりも窓の外が明るいが、畑の向こうに見える山々は霧に隠れて見えなかった。

こんな天気では、車で山を降りることが難しく、とセフィロスはここ1週間家の敷地に閉じこもるしかなかった。
食料や通信に不自由はないが、普段あまり出歩かない二人でも、いざ外出が出来ないとなると急に閉塞感をおぼえてしまう。


体を動かそうと剣で手合わせしても、次元の狭間での戦闘が記憶に新しいせいか、付近に気を配っての手合わせでは、物足りなさが募るだけだった。
片足をその場から動かさない、武器を持たない、目を閉じて視覚を使わない、スロウを3倍かけする等、色々試してはみたが二人ともすぐに適応してしまった。
結局、の戦闘技能をいくつかセフィロスに教えて時間を潰していたが、の教え方の上手さとセフィロスの戦闘センスの良さで、別の問題が出てきてしまった。

竜騎士のジャンプを教えれば飛びすぎて暫く戻ってこず、狩人の動物を使えば山から無数の野鳥が襲来し、忍者の二刀流を使えばセフィロスの攻撃力に耐えきれずが貸した2本の刀が折れた。
いくつかのジョブは問題なくマスターできたが、バーサーカーや風水士などの周辺へ被害が予想されるものは試せない。

他にも、踊り子はセフィロスが「いろめ」を使った瞬間が鼻血を出して気絶したため中断。
その後、メインである踊りを教えようとしたが、心配したセフィロスからまだ先で良いと断りが入った。

吟遊詩人はが手本で歌い出した瞬間に、セフィロスが強烈な目眩と各種ステータス異常を起こして意識が混濁し始めたため中止。
どんな歌だったか思い出そうとしても、想像を超えた下手さだったという情報以外は、脳が拒否して意識が朦朧としてくるので、諦めるしかなかった。
魔道士系はマテリアを使っての魔法とは勝手が違いすぎて、そのうち理論の基礎から教える必要が出たので、時間がかかりすぎるため冬に持ち越し。
そんな調子で、地味にセフィロスの強さを増しつつ暇を潰して過ごしていたが、どうしても限界はきてしまった。

ボードゲームは毎晩やっているし、映画を見るのも掃除をするのも早い段階で飽きた。
毎朝の予定の話し合いは、どう暇を潰すかという内容になっていて、昨日などとうとう昼間から二人でワインを開ける始末だ。
気がついたら、二人でトレーニングルームにしている2階の空き部屋の床に寝転がっていたが、寝るまでの記憶はあったので、気まずかったり艶っぽい雰囲気になったりはしない。
二人ともかなり汗臭くなっていたので、片付けより先にシャワーに入ることになっただけだ。


「今日は雨は降っていませんが……どうしましょうか」
「俺は、いい加減外出したくなってきた。、お前はどうだ?」

「っ…………ン、ゲホン!あー、そそう、そ、そ、そうですね、くる、くるるくるくくるくるくるくる……」
「落ち着け」

「失礼しました。くる、車は道が霧に隠れて難しいでしょうから……いっそ、バハムートやフェニックスの背中に乗せてもらって、一気に遠出をしてみるのはどうでしょうか?」
「……確かに、明日からまた雨の予報だからな。悪くないと思うが、何処か行きたい場所があるのか?」


名前を呼ばれて動揺しただったが、何とか持ち直すと赤い顔のまま外出を提案する。
遠出と言われて少し考えたセフィロスだったが、人を避けたい気持ちよりも、長雨の閉塞感から逃れたい気持ちが強かった。
問われて考えたは、すぐに携帯で候補地を探し始め、彼に携帯の画面を見せる。


「最近はウータイのちまきが流行っていて、新しい味が色々と増えているようですね。ただ、流行の中心はウータイではなくジュノンです。ゴンガガの辺りは石油が出てから工場が増えて、工業夜景を売りにしていますが、宿泊地が少なくて野宿かゴールドソーサーとセットで観光するのが定番のようですね」
「ゴンガガ以外は、そこまで昔と変わりがないな。……ゴールドソーサーの闘技場は3年前に事故が起きてから休止しているのか」

「ああ、それですね。当時の支配人が、条約で禁止されている裏闘技場を作り、違法な魔物を使って賭博を開いていたので、ルーファウスに頼まれて対処したんですよ。ですが、問題の根は深かったようで、後始末を請け負ったWROがまだ解決しきれていないようです」
「……お前は何をやったんだ?」

「何ですかその疑いの目は。失礼ですね。私は頼まれた通り、そこにいた生物を全て行動不能にしただけです。作戦の上で求められた事以上はしていませんよ」
「……それならいい。疑って悪かった」


が何かやらかしたのを前提に問うてくるセフィロスに、彼女はムッとして言い返す。
昔のあれこれなど忘れたふりをして堂々反論すると、彼は少し安心した様子で素直に謝ってくれた。

実際は、潜入や待機していた味方も一時的に戦闘不能にしてしまったが、指示通りにした結果なので、嘘はついていない。
タークスの陰に隠れて参加したその作戦で、は味方の損害を最小限に抑え、合同作戦をしていたWROに新羅からの大きな借りを作り、新羅の力は未だ無視できないのだと印象づけることに成功した。
一緒に行ったレノとルードは目を閉じただけで何も言わなかったし、報告を受けたルーファウスは期待通りだと笑っていた。


「ミッドガルは随分前に一部が整備されて廃墟観光をしていますが……行きたいですか?」
「昔の家はプレートごと落ちているんだろう?なら、今更見るものは何もない」

「それもそうですね……。あとは……ミディールの温泉ぐらいでしょうか」
「昔、一度いったな。だが、暇を潰しに行くのに、遠出してまた寛ぐというのも、おかしな話だ」

「そうですよね。それに、どうせ温泉に行くなら、梅雨より冬の方が良いです」
「同感だ。だが、他の場所も決め手が少なくて悩ましい」

「うーん……コスタ・デル・ソルは季節外れのクラゲが大量発生でビーチが閉鎖中ですか。あそこの海鮮は美味しかったんですが、クラゲの影響で不漁のようですね」
「わかった。ウータイに何か食いに行く。それでいいか?」

「では、そうしましょう。私は出かける準備をしますから、お店を探しておいていただけますか?それと、現地に直接召喚獣で行く事は出来ないので、街道に近く人目につかない場所も探していただけると助かります」
「注文が多いな。わかった。念のため、泊まる準備もしておいてくれ。ウータイとは、少し時差がある」

「わかりました。着替えは下着だけでよろしいですか?」
「ああ。それでいい」

セフィロスが頷いたのを確認すると、はソファから立ち上がって寝室に向かう。
その姿を軽く見送ったセフィロスは、早速携帯でウータイとの時差を確認して観光情報を検索した。

の口からウータイ風のちまきの話が出ていたので、それが含まれるコースを扱っている店を探していると、ウータイの中心街にある店が何軒も出てくる。
大衆レストランか、個室かと探していると、食事が自慢だという旅館が目にとまり、気づけばここ数年で出来たという郊外のオルベージュを見てしまっていた。

宿泊は帰れなかった時のためであり、前提ではないのだが、家とは全く違う雰囲気の客室や彩り鮮やかな料理を見ると心が惹かれてしまう。
いつか、また時間があるときに行こうと考えて、セフィロスは飲食店を探し直す。
比較的評判が良い3件を候補に決めた彼は、今度は地図を検索して召喚獣が降りられる場所を探した。






「街までしばらく歩く事になりますね。大丈夫ですか?」
「かまわん。お前と歩くのは苦にならない。それに、飽きたらまた走れば良い」


アイシクルエリアから海を越えて南西。
霧と雲が立ちこめる山中の自宅からフェニックスの背に乗った二人は、船舶が作る白い波の尾を眼下に空を行き、ウータイ中心部から南に位置する山中へ降りた。
雨雲が立ちこめる早朝の山へ降りた二人は、次いで召還したチョコボに乗り……たかったが、何度召還してもデブチョコボしか来なかったので、騎乗を諦める。
仕方なくヘイストをかけて山道を駆け下り、鋪装された道に出た二人は、人どころか車ま1台通らない道に顔を見合わせた。


「普通に歩いて2時間くらいですね。ちょっと長めの散歩になりますが……ちょうど開店時間頃に着くかと」
「わかった。だが、この間教えてもらった狩人のスキルがあれば、騎乗できる動物が呼べそうだが……」

「また野鳥が大量に襲来する可能性がありますが、大丈夫ですか?それより、大型の魔物が現れた際に操った方が良さそうな気がします」
「……大型の魔物か……」


先日目の当たりにした鳥の群れを思い出し、セフィロスは僅かに顔を顰めて頷くと、とこのエリアに出る魔物を思い出す。
たしか、大きな鳥の魔物が出た気がするが、人が乗れる大きさかと言われると微妙だ。
というか、自然に言われたから考えてしまったが、そもそも魔物は乗るものではないし、そんな状態で街に向かったら襲撃者と思われるだろう。

この頃、から色々なアビリティを教えてもらい、出来ることが増えて浮かれていたのかもしれない。
自分が少し常識を忘れてしまっていた事に気づき、セフィロスは危ないところだったと内心で胸をなで下ろす。
同時に、が召喚獣から見ても無茶苦茶な人間だったと思い出して、自分がしっかりしなければと気を引き締め直した。

この魔物に乗るという発想自体、の世界で普通なのか怪しく思えて、セフィロスは隣を歩くを見下ろす。


、念のため聞くが、お前の世界では魔物に乗るのは普通か?」
「ふっ、ふちゅ、ふちゅうはしませんね。動物への騎乗は習う必要がありますので。普通は徒歩か馬車、チョコボ車が基本です。私は、チョコボには囓られますし、馬には逃げられるので、仕方なく魔物に乗っていましたが、他の似た体質の者は諦めて歩くのが普通でしたね」


やっぱり魔物に乗るのは普通じゃなかった。
名前を呼ばれて照れているものの、案の定言っていることは少しおかしい。
確認しておいて正解だったと思いながら、嫌われているのはチョコボだけではなかったのかと、セフィロスは密かに驚いていた。


「お前は動物に乗る事を諦めなかったのか?」
「仕事柄、必要だったんです。ですが、使役していたのがズーという大きな鳥の魔物だったので、国内だけでしたが一人だけ制空権を握れたのは気持ちよかったですよ」


女のくせにだの、下賤の血だの言っていた者達の悔しそうな顔を空から見下ろしてやった時の事を思い出し、はニヤリと口の端を釣り上げる。
君主である女王が即位するまでは、機動力の高さから使いっ走りにされる事も少なくなかったが、それも後々の仕事や仲間との旅に役立つ事となった。
そして今日も、昔の操縦技術により、セフィロスに不安を抱かせることなく、フェニックスをウータイまで飛ばせたのだ。
昔の経験がなければ、安全快適な空の旅など不可能だし、今頃セフィロスから二度と召喚獣に乗らないと怒られていただろう。


「今のお前なら、魔物がいなくても空ぐらい飛べそうだな」
「昔も、消費魔力量を考えなければ可能ではありましたよ。別の方法で飛ぶ事も出来ますが、流石にここでは人目がありますから、避けた方が良いでしょうね」

「できるのか……」
「ええ。貴方がライフストリームにいる間、たまに、シヴァと夜空を散歩していたんですよ。雲が広がる空の夜明けは本当に綺麗で……いつか、貴方と見たいと思っていました」


軽い気持ちで聞いた言葉をあっさりと肯定され、セフィロスは何となくの予想が当たった事に少しだけ遠い目になった。
それに気づいていながら、苦笑いを零したは、少しだけ足が遅くなった彼の手を引く。

自分が知るこの世界の景色は、空の上から見たものばかりで、生まれた世界の空と同じだった。
けれど、今見せたいと語ったのは、彼が憎んでいたこの世界のもの。
気を悪くしただろうかと、は少しだけセフィロスの顔色をうかがったが、彼の目は静かに彼女を見つめ返した。


「そうか……。俺も、お前に見せたい景色が沢山ある。もう、知っている場所が多いかもしれないが……」
「それでも、いいんです。貴方と見る景色は、一人で見るよりずっと綺麗に見えるでしょう」

「そうか。……そうだといいが」
「ええ。きっと、そうですよ。ですから、今度連れて行って下さい」

「お前が呼んだ召喚獣に乗って……か」
「ええ。ああ、でも、今は昔より交通の便が良くなっていますし、長距離のバスやレンタカーを使う手もありますね」

「そう…………待て。なら、今回も少し離れた町の近くに降りて、そこからレンタカーを使えば良かったんじゃないのか?」
「あ…………」

「…………」
「…………」


穏やかな笑みを交わし合い、次の遠出に思いを馳せていた二人だったが、レンタカーという言葉にハタと足を止める。
公共交通機関が充実していたミッドガルでの生活と、自家用車で用事を済ませている最近の生活のせいで、二人の頭からは出先で車を借りるという発想がすっかり抜け落ちていた。


「ちょっと待て。一番近い街と、レンタカー屋を探す」
「セフィロス、残念ですがここは圏外です。それと、レンタカーよりタクシー会社を探す方が確実では?」

「何だと?……本当に圏外だな」
「すみません、私も、携帯が通じない街道があるとは思いませんでした」

「いや、お前が悪いわけじゃない。……俺も忘れていたのだから、お互い様だ。とりあえず、一番近い街か集落に着いてから探すぞ」
「そうですね。人里自体は遠くありませんし、行きましょう」


思いつきの遠出だったとはいえ、少し雑に計画しすぎたと反省しながら、二人は人里を目指す。
車の1台でも通れば乗せてもらえるよう交渉できたのだが、旧街道と看板に書かれた山道に車の影はない。
起伏やカーブが多い道からは、所々で山向こうにある新道の高架やトンネルの入り口と、そこを行く車が見えた。
新道と旧街道の合流地点は遠いようで、そこに着くより先に民家が見えてくる。

歩き始めて1時間。
思ったより人里は遠かったと一息ついた二人は、すぐに携帯で最寄りのタクシーを呼んで、どこから見に行くか相談を始めた。






予想外に始まったウータイ編。
でも多分ちまき食たべたらすぐに終わります(笑)

2022.11.07 Rika
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