次話前話小説目次 



集落から無事タクシーに乗った二人は、ものの十数分でウータイの中心街に着く。
運転手からお勧めの店を聞き、帰りもよろしくと名刺を貰ってタクシーを降りると、辺りの店はまだ開店準備中だった。




Illusion sand ある未来の物語 24





「思っていたより時差の計算を間違えていたようだ。すまない」
「気にしないでください。おかげで、他の気になっていた店にも行けますから」

「そうか。……昔、ヘリでウータイに来るときは、ミッドガルやジュノンから東周りばかりだった。アイシクルエリアから西周りで、ここまで時間が違うとは、思わなかった……」
「意外と近くて、私も驚きました。これなら、今後も気軽に来られそうですね」

「そうだな。良い店が見つかれば、そうするのも良さそうだ」
「ええ。ああ、見えてきました。あの黒い瓦の蔵が、ウータイの調味料を扱っている工房です」

「店も休憩所も開いているようだな。……あまり買いすぎるなよ?」
「……気をつけます」


心なしか足取りが軽くなっているに、セフィロスは釘を刺しつつ繋いでいる手を引く。
ウータイらしい達筆な字が書かれた看板を瓦屋根の上に掲げる店の中には、看板商品である味噌と醤油が何種類も置かれている。
店の周りに立てられた蔵からは、発酵調味料らしい少しツンとしたような独特な香りが漂っていた。
これを良い匂いと受け取るか、おかしな匂いと受け取るかは、生まれ育った環境によるのだろう。

様々な食材が揃うミッドガルで育ったセフィロスには、言うほど嫌な匂いには感じない。
文明の差により、この世界より保存食や発酵食品が身近だったも、気にしている様子は無かった。
けれど、これがコスタ・デル・ソルのような、発酵に適さない風土で、新鮮な食材が当たり前の地域では、評価は正反対になるらしい。


暖簾を潜り、棚に並べられた何種類もの調味料を見るの輝く瞳に、セフィロスは苦笑いを零して繋いだ手を離す。
リードを外された犬のように、高揚した雰囲気を隠そうともしないは、素早く商品棚の前に行くと真ん中にある琥珀色の醤油を速攻で篭に入れた。

その後、端にある箱入りの高価な醤油の瓶を見つけた彼女は、説明書を真剣な顔で読む込む。
まさか買うのかと思って見ていたが、流石に手に取る気にはならなかったらしく、それより3つほどランクが下の醤油を篭に入れていた。
それでも、普段使っているものの3倍は高いのだが、旅の土産でよくある箱菓子1つ買うのと変わりはない。
味噌と塩のコーナーをふらふらと行き来しはじめたに、セフィロスは暫くかかりそうだと考えると、入り口に置かれた蔵のパンフレットを立ち読みする事にした。


「お待たせしました。ちょっと、夢中になりすぎました」
「構わん。どちらにしろ、時間を潰すために来ている」


少し厚めのパンプレットを読み終えたところで、買い物を終えたが満足げに戻ってきた。
手にある紙袋には、見えるだけでも中くらいの醤油の瓶が2本。味噌の大きな袋が3つに、蔵で使っているという塩の小袋が3つ入っている。
袋の大きさから考えると、その下にも何かあるのは間違いない。

日々消費する物なのだから良いかと考えると、セフィロスは荷物を受け取ろうと手を差し出した。
が、その手を見て数秒考えたは、小さく笑うとそこに自分の手を乗せ、休憩スペースへ向かってしまう。

荷物を預けるのを躊躇うほど買ったということか……。

は平然と持っているが、よく見れば紙袋は2重になっているし、会計をした店員は心配そうな顔でこちらを見ている。
これは思ったより沢山買っているかもしれない。

ベンチに腰を下ろしたに促されるまま、セフィロスは隣に座り、彼女を挟んで向こうにある紙袋を覗き込む。
いつもなら、笑顔で何を買ったか教えてくれる彼女は、しかし今回はニコニコ笑っているだけで、口を開こうとはしなかった。

とても分かりやすい反応である。


「……、どれだけ買った?」
「っ……た、沢山買いましたよ。次にいつ来られるかわかりませんので、ちょっと奮発してしまいました」

「……どれだけ買った?」
「どれも発酵調味料ですから、冷蔵保存しておけばずっともちます。ご心配には及びません」


「………………醤油が4リットル、味噌が8キロ、塩は……3.2キロです」


どう考えても買いすぎだった。

店員の心配そうな顔も納得である。
この女、よく10キロ以上もある紙袋を持って歩き回ろうと思ったものだ。
いや、の事なので、多分魔法で重さを軽減しているのだろうが、どちらにしろ女が片手で持って歩く量ではない。
旅先で買いすぎてしまう事を強く責めはしないが、これで紙袋が無事なままというのは不自然だった。
後ろめたさに視線を泳がせるにため息をつくと、セフィロスは立ち上がり、床に置かれている紙袋を抱える。


「宅配で送るぞ」
「え……」

「決定事項だ」
「……はい」


譲る気配を微塵も見せないセフィロスに、は諦めて頭を垂れると、袋を抱えて売店のカウンターへ向かう背中を見送る。
ホッとした表情になった店員に紙袋を渡し、発送の伝票を書いたセフィロスは、さっさと代金を払うとの隣へ戻ってきた。


「伝票だ。船での運搬になるから時間はかかるが、温度管理はされているので品質は問題ないらしい」
「到着は2週間先……ですか」

「受取先は一応自宅にしたが、運送会社次第では山の下にある商店か、アイシクルロッジの郵便局になりそうだ」
「……わかりました」


しょんぼりしながら伝票を受け取ったに小さくため息をついて、セフィロスは時計を確認する。
少し早いが、そろそろ目当ての店に向かっても良さそうだと考えると、彼は彼女の手を取って店を出た。

店を出て少し歩くと、の気分は回復して珍しそうに町並みを眺め始める。
相変わらず切り替えが早い彼女に、セフィロスが感心半分呆れ半分な目を向けているが、当の本人はあまり気にしていなかった。

味噌蔵から歩いて15分。
中心街より北の奥に進み、ダチャオ像がよく見える場所に、目当ての店はあった。
『3号店オープン記念豚汁無料サービス中』と張り紙がされた店の中は、開店直後だというのに既に賑わっている。
混雑する前で良かったと思いながら、はセフィロスの手を引くと、今日の目的地であるキサラギ飯店の暖簾をくぐった。


「いらっしゃいませ。何名……様……」
「……?二人です」


入ってすぐの所にいた店員の声は、低さのせいか賑やかな店内では聞き取りづらい。
五月蠅いよりは良いが、もう少し大きい声かはっきり喋ってくれたほうが良いなと思いながら、は何故か驚いた顔をしている店員の顔を眺めた。
鮮やかな赤い瞳をした黒髪の店員の視線は、の存在を無視してセフィロスにまっすぐ注がれている。
当のセフィロスは、上手く締まらなかった引き戸に苦戦していて、店員の視線には気づいていなかった。


「…………何故……」
「席は、どこに座れば?」


顔色悪くセフィロスを見つめる店員はどう見ても2〜30代で、セフィロスを直接知っているような年代ではない。
昔の資料でも見て英雄の顔を知っている人間なのだろうと考えながら、がどこに座れば良いかと問うと、店員は初めての存在に気づいたように目を丸くした。


「……何者だ」
「……ん?普通の客ですが?それと、先程から、彼の顔を見て驚いているようですが、何かご用でしょうか?」
「俺は見覚えがない」

「!?……失礼しました。知っている人間に、よく似ていた……ものですから。席は、一番奥の席だ……にどうぞ」
「ありがとうございます。行きましょう」
「ああ」


セフィロスの言葉と興味なさげな顔に驚いた店員は、一瞬だけ困惑した顔をしたが、すぐに落ち着いて奥のテーブルを示す。
動揺のせいか敬語が乱れたり声が更にボソボソしたりする姿を見るに、あまり接客業に向いていない人なのかもしれない。
胸のネームプレートに着けられた初心者マークに、仕方ないかと思いながら、はセフィロスの手を引いて席につき、メニューを開いた。
初心者マークと一緒に見えたヴィンセントという名前に、は一応記憶に無いか考えるが、最近の知り合いなどいないし、士官学校時代にもそういう名前の生徒はいなかった気がする。
ならばセフィロスの知り合いだろうかと考えてはみたものの、どう考えても年代が合わないので、やはり昔の資料を見たことがあるだけの他人だろう。


「ちまきだけで色々種類がありますね。どうしますか?」
「お勧めのセットと、追加で2つくらい頼んで、二人で分けるのはどうだ?足りなければ追加すれば良い。飲み物はどうしたい?」

「では、食べ物はそれで。飲み物はテールスープにします。貴方はどうしますか?」
「俺は、こっちの水鳥と根菜のスープにする」


ほぼ即決で注文を決めた二人は、対応した店員から先程の店員の態度について謝罪を受けた。
から見ると、この世界の大衆向けの飲食店で受ける対応は、先程の店員の態度も含めて十分な水準なので、全く気にはしていない。
入るなり「適当に座れ」とか叫ぶように言われたり、「今日はもうチーズとエールしか残ってない」と言われたりしないだけで十分だった。

が生まれた世界とこの世界では、文明レベルに比例するように、接客業のレベルだってかなり違う。
旅をしていれば、散々待たされた挙げ句味が殆どないスープと固いパンが出される事だってあったし、逆に謎の発酵食品を使った不思議な匂いの熱い煮込みを口にする事だってあった。
暖を取ろうと入った店ですきま風に凍えたり、店主達の夫婦喧嘩に巻き込まれたり、入店時すでに店員が酔っ払っていた事もあった気がする。
ファリスの顔が利く地域は良かったが、それ以外の地域では酔っ払いやゴロツキに絡まれて殴り合いの喧嘩になった事は1度や2度ではない。
店員に薬を盛られて売られそうになった事もあっただろうか。
女の比率が多いパーティだったから、トラブルに合いやすいのは仕方がないが、ガラフに代わってクルルが入ってからは、ファリスには出来るだけ男に見える格好をするよう頼んでいた。

レナはファリスに女性らしい格好させたがっていたが、お前の金持ちオーラが原因の半分だとは、可哀想なので誰も言えなかった。
クルルも所作の端端に高貴な雰囲気が隠せていなかったが、レナを見て色々察したらしく、酷い事にはならなかった。
逆に、ファリスの勢力下にある街だと、通りすがるゴロツキ全てが頭を下げてくるので、一般住民からは変な目で見られた。
お尋ね者になっていたは街が近くなると顔を隠すか、街に入らないようにしていたが、多分色々迷惑はかけていたと思う。
バッツが時々ガラフやチョコボに『一人旅に戻りたい』と愚痴っていたのは、とファリスだけが知る秘密である。

そんな無法地帯も知っているからすれば、先程の店員の態度は失礼の内に入らない。
セフィロスはどうだろうと見てみると、彼はメニューページの後ろに書かれた創業者からのメッセージと顔写真を見て難しい顔になっていた。


「創業者が、どうしたんですか?」
「……この女、どこかで見た気がする」

「ユフィ=キサラギ……ですか。私は知りませんが、年代は貴方とそこまで離れていませんね」
「……ウータイの人間なら、仕事関係ではなさそうだが……。まあいい。どうせ関わる事はない。それに、必要なら、そのうち思い出す」

「そうですか。貴方がよろしいなら、気にせずにおきましょう」
「ああ。ところで、さっきは何を考えていた?随分楽しそうに百面相をしていたが」

「顔に出てしまいましたか。すみません、少し昔の事を思い出しまして」
「スープ以外は時間がかかる。嫌でなければ、聞かせてくれ」


よほど顔にでていたのか、小さく笑って聞いてくるセフィロスに、は恥ずかしさから少し頬を染める。
他人の会話など誰も聞いてはいないだろうが、もし人の耳に入れば不審がられる話だ。
少し考えて、椅子をセフィロスの傍に寄せたは、頬杖をついて視線を下げた彼と顔を寄せ合うと、ついさっき思い出した昔話を始めた。






「ヴィンセントさん、大丈夫?気をつけてよ?いくら婆ちゃんの紹介でも、客商売なんだからさ。いや、無理して店の方頼んだのはこっちだったか。ごめんな。接客が辛いなら、裏方に戻ってくれていいから、遠慮なく言ってよ」

カウンターの奥。
客からは見えない位置で店長から注意と心配をされているのは、達に最初に対応した臨時バイトのヴィンセント=ヴァレンタインだった。

たまたまウータイを訪れたところを、昔の仲間であるユフィに見つかったのが運の尽きか。
人手が足りないという理由から、有無を言わさず彼女が経営し、その孫が店長を務める飯屋に連れてこられたのは先週の事だ。
美味いまかない付きの小金稼ぎに、1カ月だけと約束して働いてみたが、そこでこんな思いも寄らない再会をするとは……。

元々裏方で働いていたのを、店内の人間が足りないと昨日から強制的に髪をまとめられて駆り出された。
だが、予想通り接客は向いていない。
昨日の内から、開店のピークが過ぎたら裏方に戻る事で話がついていて、あと3時間の辛抱だと思った矢先だ。
忘れもしない、銀の髪と、青緑の瞳に再会したのは。

夢か、幻かと困惑するのは一瞬で、すぐに身構えようとしたヴィンセントだったが、そこにいた男は自分が知るものとは別人のようだった。
隙がないのは変わらないが、その目に嘗ての狂気や凶暴さはなく、むしろ心身共に満たされた者の穏やかさがあった。
服装だって、あの黒いコートではなくて白い上着に紺色のシャツ、パンツは黒だが細身のジーンズで、靴などスニーカーである。

他人の空似と言えれば良かったが、体格も髪の長さまで記憶と重なっては、他人などとは言い切れない。
戸を上手く閉められなくてモタついている様子に、ちょっと違うのではと迷いかけたものの、正面から見つめた顔は嘗て戦った相手と寸分違わなかった。
だというのに……


『俺は見覚えがない』


自分を殺した相手の仲間を覚えていないなど、あるだろうか?
しかも、女連れでかなり親しい様子で、思わず女性をまじまじ見てしまったヴィンセントを密かに睨んでくるなど……。

思い込みや見間違いであれば良いと思いながら、ヴィンセントは物陰からそっと奥の席を確認する。
けれど、目に映ったのはやはり嘗て仲間と戦い、確かに倒したはずのセフィロスで間違いない。
何かが起きていると確信し、けれど連れの女性と肩を寄せ合って楽しげに話を聞いている姿は、どう頑張ってもヴィンセントが知るセフィロスではない。
そもそも、あのセフィロスがクラウドの前に現れるならまだしも、たまたまユフィの飯屋でバイトしていたヴィンセントの前に現れる狙いが分からない。

他人の空似。
そう判断したいのに、目の前で女とイチャつきながらスープを飲んでいるのは、間違いなくあのセフィロスなのだ。


「…………」
「ヴィンセントさん、大丈夫?顔色よくないけど、もしかして具合が悪かったの?だったら、無理しないで裏の仕事してていいんだよ?」

心配しても仕事をさせようとする容赦のなさは、流石ユフィの孫だと思うが、ヴィンセントには返事をする余裕がない。
もはやこの状況はヴィンセント一人で処理できるものではなくなっていた。

あれが他人の空似であれば良いが、そうでなかった場合、再び世界が危機に陥りかねない。
いや、あれだけイチャついている女がいるのに滅ぼそうとするだろうか?
いやいや、狂った男がなにを考えているかなど、分かるわけがない。
もしかしたら、何か企んでいる可能性も……企みであんなに好意がダダ漏れな目になるだろうか?


もっと情報を得なければと考えると、ヴィンセントは被っていた三角巾を外し、店長にオーナーであるユフィの居場所を聞く。
この忙しい時間に抜けないでくれと頼む彼女の孫を引きはがし、店の裏手から出たヴィンセントは、赤いマントを纏うとウータイの街を走った。








セフィロスのヴィンセントに対する認識は、クラウド一味の何か赤いやつ。

2022.11.09 Rika
次話前話小説目次