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Illusion sand ある未来の物語 21



レノから電話が来た日から半月。
今日ものんびり畑の雑草を燃やしていたは、珍しく鳴った電話に手を止める。
早生種の苗に支柱を立てていたセフィロスは、その音にちらりと視線を向けただけで、すぐに自分の作業を再開した。

手袋を外して携帯を確認したは、久しぶりに来たルーファウスからのメールに目を通し、作業を続けるセフィロスへちらりと視線をやる。
こちらに変わりがないかの確認と、身内の問題が片付いた報告、レノからの電話を探知して向かってきたヘリを無傷で追い返した礼と詫び、レノに手を貸した礼がしたいという内容だった。
来週からまた物資をヘリで送れるようになるので、欲しい物や頼み事があるなら言って欲しいとの事だが、今はとくに思い浮かばない。
物資も、最近はセフィロスが街へ降りることに抵抗がなくなっているので、不足しているものは無かった。
左ハンドルの大型車には慣れたし、道路もとタイタンが走りやすいように治してある。


「セフィロス、ちょっと良いですか?」


最初見たとき笑いそうになったくらい似合わない麦わら帽子を上げて、セフィロスがこちらを見る。
蚊取り線香を左右の腰にぶら下げている彼は、白い靄の中から立ち上がり、独特の香りと霞を纏いながら歩いてきた。

2週間程前、暖かさに沸き始めた蚊によって顔や首をボコボコに刺された彼は、畑へ出るときは蚊取り線香を手放さない。
風の強さによって腰の後ろにまでつける徹底ぶりに、は少しだけ呆れたが好きにさせる事にした。

一度、毛先を線香で焦がしてしまってから、彼は農作業中は髪の毛をまとめて編むようになった。
初めは、露わになった首に虫除けのハーブオイルを塗り込んで作業していた彼だったが、髪の先に土がつくのに気づいてからは、編んだ髪を首に巻いている。
切るか上着の中に入れれば良いのにと思うが、何かしらのこだわりがあるのだろうかと思って、は何も言わない事にした。

歩きながら首に巻いた髪を緩めた彼に、マフラーだろうかと思いつつ、は彼がそばに来るのを待つ。
さほど興味がなさそうなセフィロスの顔に、彼女は苦笑いを零すと、欲しい物がないか尋ねた。


「今のところ特に思い浮かばないが……釣りの道具でも頼んでみたらどうだ?そのうち使うだろう」
「釣りですか!私、魚はサンダーで浮かせるか、銛で突いてとった事しかありませんが、竿と針でとるのも楽しそうですね」

「……まて、やはりやめだ。お前に釣りは多分無理だ」
「え?」

「周りに出る魔物に気を取られて、魚を逃がす姿が目に浮かんだ」
「そんなヘマしませんよ。ちゃんと気配も殺気も出さずに始末出来ます」

「……魚が食いつくまで黙って待てるか?」
「セフィロス、最近、貴方の私に対する印象がどうもおかしくなっている気がするんですが……」

「さ…………考えすぎだ。わかった。釣りの道具でいいなら、ルーファウスに頼んでみるといい。近くの山にある沢で釣ると伝えれば、それ用の道具を揃えてくれるだろう」
「…………わかりました」


最初からお前は何かおかしい……と言いそうになったのを堪えたセフィロスは、何事もなかった顔でルーファウスへの連絡を促す。
不審げな目を向けても無視する彼に、は諦めて携帯の画面を開くと、ルーファウスへ返事を送った。





1週間後、山の下にある一番近い集落の商店に届けられた釣り渡具を受け取ると、は翌日セフィロスと山の中にある沢へ向かった。
家から30分程山の中へ進んだ所にある沢は、人の手が一切入らないおかげか、沢山の魚影が見える。
水の音が聞こえ始めた頃から気配を消しているに、セフィロスは半ば呆れつつ追加の蚊取り線香に火を付けた。

流石ルーファウスというべきか、釣りの道具には初心者向けの川釣りの本が同梱されており、ある程度の予習は出来た。
川辺の砂利の上に音も無く向かい、釣りの準備をするの目は真剣である。
この砂利の上でどうやったら足音を消せるのかと思いながら、セフィロスは極力音を立てないように彼女の隣に行くと、差し出されるまま竿を受け取る。
どんな魚がいるのかわからないため、本とルアーを見比べて暫く考え、二人で別々のルアーを試すことにした。

セフィロスが手前にあるまとまった魚影近くにルアーを投げ入れると、少し遅れてが遠くの木陰にある魚影にルアーを投げ入れる。
彼が折りたたみの椅子に腰を下ろすと、は珈琲を入れた水筒を彼の椅子にあるカップホルダーに入れ、自分の飲み物も出して隣の椅子に腰を下ろした。




柔らかく照らす日の光に目を細め、川のせせらぎと、遠くから聞こえる鳥の声に耳を澄ませる。
心地良さに大きく息をつくが、川に沿って吹く風は思っていたより冷たく、セフィロスは編んでまとめていた髪を首に巻いた。
はどうなのだろうと視線をやると、彼女はこの風の冷たさは気にしていないらしく、魔法で自分の周りを温める事もしていない。
感心するセフィロスだったが、そんな間にも彼女の気配と存在感は徐々に薄くなり、目に見えているはずなのに注意しなければ存在が認識できなくなってきた。
少しだけ不安になって彼女の魔力を探るが、家を出るときから押さえている魔力も、その存在感同様よく注意しなければ分からないほど感じられない。

あまりの徹底ぶりに、セフィロスは少し引いているのだが、当のは集中しているので全く気づいていなかった。

石像かなにかと釣りをしているような感覚になりながら、セフィロスは自分の竿に集中する。
選んだルアーが正解だったらしく、1匹目の小さな獲物を釣り上げると、その後も2匹3匹と魚が釣れた。

いつの間にか足下に置かれていたクーラーボックスに釣った魚を入れると、中に入れてある川の水で魚は泳ぎ出す。
食べるには小ぶりなので、後で逃がそうと考えた彼は、突然目の前で動き出した何かに驚いて顔を上げる。


「大きいのが来たようです。セフィロス、ちょっと手伝ってください」
「……あ、ああ」


何かと思ったらだった。

彼女の存在をすっかり忘れていた彼は、すぐにタモを持って川による。
慣れないながらも何とか竿を左右に振って魚をいなしているが、彼女の竿は折れそうなほどしなり、糸もピンと張っている。
いつ釣りをやめて水面にサンダーをかけるのかと及び腰なセフィロスの視線の先では、逃れようともがく魚が水面に大きな飛沫を上げて暴れていた。

自分が釣った魚の倍以上もある魚影に、セフィロスは信じられない気持ちになりながら、の運の良さに感心する。
初めての釣りで大物を引っかける彼女を、素直に凄いと思いつつ、何の魚かと目をこらしたセフィロスは、一瞬見えた骸骨のような形に動きを止めた。


『……見間違いだな』


魚があげる飛沫に注意しながら、セフィロスはとタイミングを合わせて魚をタモで掬い上げる。
釣ったと言えるか微妙ではあるが、無事に魚が捕れたは表情を緩め、健闘してくれた竿の無事を確かめる。

普段から正宗を振り回したり、片手で相手を串刺しにしても平然としているセフィロスは、危なげない手つきで伸ばしたタモを手元に引き寄せた。
水から引き上げられた魚は予想以上に重く大きい。
タモの中で尾鰭を激しく振って暴れる魚に、は竿を置くとウキウキでセフィロスの傍に行き、戦果を確認した。


「…………何だか、変わった魚ですね」
「魚……か?」


薄紫が混じる灰色の鱗を煌めかせ、大きな尾鰭を振って暴れているそれは、一応魚類ではありそうだ。
が、濃い紫色の頭部は魚の顔ではなく人間の頭蓋骨のような骨が浮き上がり、鋭利な歯がびっしりと生えた口の中からは、老人が呻くような声が出ている。

人面魚……人面ゾンビ魚……人面骸骨魚?
この世界には随分気持ち悪い魚がいるのだな…・…と感心していただったが、セフィロスの困惑した顔に普通の魚ではないと理解した。
もしかしてモンスターを釣り上げてしまったのだろうかと思ったが、これがモンスターならセフィロスがすぐ分かるだろう。
骸骨魚のうめき声に顔を顰めるセフィロスが携帯で調べている間に、は近くにある石を魚に噛ませ、引っかかっている針を外した。


「出てきたぞ。釣り人の間では有名な幻の魚……だそうだ。頭部に毒がある。肉食だが癖はなく、獲れたてはかなり美味いそうだが、すぐに味が落ちるので時間との勝負らしい」
「私はちょっと食べたくありませんねぇ……」

「同感だ。逃がすか」
「ええ。あまり見たくないので、遠くに逃がしてきます」
『ぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』


ビチビチ跳ねながら呻く骸骨魚の尻尾を掴むと、はため息をつきながら川下に歩いて行く。
肩を落としたその姿を少し同情しながら見守っていたセフィロスは、自分の竿が引いているのに気づくと慌てて椅子に戻る。
次も先程までと同じ小魚だろうと竿を引いた彼は、しかし糸の先に見えた小さな紫色の骸骨に表情を消した。







「見てくださいセフィロス。大きい蟹が沢山いますよ。食べますか?」
「いや、食べるのはいい。それよりさっき釣った魚がザリガニに食われている」


骸骨魚を釣ってから約2時間。
肉食魚が出たせいか、普通の魚がいなくなってしまった沢から離れた二人は、何度かポイントを変えながら釣りをしてみた。
だが、ビギナーズラックはセフィロスが最初に使い切ったらしく、その後は全く竿は動かず、ザリガニが1匹ずつ釣れただけ。
持ってきた昼食で腹を満たした二人は、そのまま竿を仕舞い、ただの川遊びを始めていた。

岩をひっくり返して大きな蟹を捕ったに、セフィロスは素直に感心する。
ベヒーモスを平然と狩って食肉にしていた時から感じていたが、経験の差か、サバイバル能力に関してはの方が遙かに優れていた。

山奥だからか、川にいるとは思えないくらい大きな蟹に、セフィロスは持って帰ろうかとクーラーボックスを開け、中で起きている惨状に肩を落とした。
帰る前に逃がそうと思っていた魚は、後から入れた2匹のザリガニによっておいしくいただかれている。
考えれば当たり前の事だったのに、可哀想な事をしてしまったと思いながら、セフィロスはの許可を得て2匹のザリガニを逃がした。

そのまま川遊びや散策をした二人は、次は骸骨魚が出なくなる夏に来ようと話し、家に帰ることにした。
まだ昼が過ぎたばかりだが、日没が早い山中だ。行動して早すぎることはない。
元来た通りに川沿いを歩き、最初に魚を釣った場所から山へ入った。


「迷い無く歩いているが、目印と道はどれだ?」
「……印はつけていませんが、来るときに枝を落とした跡や、歩いた跡があるでしょう?こんな山中に、道ありませんよ」

「……言われれば、そうだな」
「セフィロス、もしや、何も気づかず歩いていたんですか?」

「てっきりお前が道を知っていて歩いていると思っていた」
「……今後、一人で山に入るときは、必ず教えてくださいね」


真剣な顔で心配するに、セフィロスは気を抜きすぎていた事を自覚しつつ、目を逸らして頷く。
来るときは、が魔法を先行させて枝を払っていたらしいが、今、傍にある木の枝の新しい切り口を示されるまで全く気づかなかった。
枝に頭をぶつける事も、藪を分けて進む事もなかったので、セフィロスはてっきり獣道になりかけた遊歩道でも歩いているとばかり思っていたのである。
道を作ってくれるのは良いのだが、当たり前のようにやらかすのではなく、もう少し事前に何か言ってほしいと思った。


「お前とはぐれたら、帰れそうにないな……」
「魔力の跡を辿れば帰れそうですが、どうですか?」

「流石に、まだそこまでは出来ない。離れるなよ」
「わかりました。ですが、もしはぐれてもすぐに迎えに行きますから、出来るだけその場に留まっていてくださいね」

「迷子の決まり事……か」
「どこの世界でも、共通ですね。ああ、ですが、もし街などではぐれた時は、逆に貴方が探してください。私は迷う自信しかありませんので」

「なんだその自信は……」
「人が多い場所は、そこにいる人々の魔力で私の魔力の跡がわからなくなるんですよ」

「わかった。だが、どちらにしろ、はぐれないよう気をつけた方が良いな」
「ええ、そうしましょう。……おや、あの木の実……」


迷子に気をつけようといった矢先、道から逸れてズンズン進み出したに、セフィロスは慌てて後を追う。
道から少し横に入った所で足を止めたは、藪に埋もれるように生えている木の実に手を伸ばした。


「この実、こちらの世界にもあるんですね。栄養があるので、旅人は皆見つけると採取するんですよ」
「俺は初めて見る。美味いのか?」

「ちゃんと選べば美味しいですよ。綺麗に赤くなったものが食べられる実です。酸味と汁気がありますから、好みは分かれるかもしれませんね」
「………」


笑顔で木の実を口に入れたは、味を確かめ、元の世界にあったものと同じで間違いないと言う。
毒味もしてくれているし、美味しいのならと思って、セフィロスは恐る恐る木の実を確認する。
の指の爪ほどの大きさしかない実は、赤、オレンジ、紫と、三つの色があり、彼女が言うとおり茎からもぎ取った部分から赤い汁が溢れてきた。
食べられるという赤い実を取ったセフィロスは、苺に似た小さな木の実をまじまじと確認する。
所々色が濃くなってはいるものの、匂いは甘く爽やかで、彼は恐る恐るそれを口に入れた。


「!?」


果汁と共に口内に広がった強烈な甘みとえぐみに、セフィロスはすぐさま実を吐き出す。
後からやってきた酸味に唾液が溢れ、その唾液にも移った味に彼は何度も唾を吐き出した。


「え!?セフィロス、大丈夫ですか?」
「……っア゙ァ゙!騙したな!」

「は!?今名前をよぶんですか!?」
「それどころじゃない!何か、口を濯ぐ物をくれ!」

「お茶でよければどうぞ。ですが、私は嘘は言っていないはずですが……」
「じゃあこの味はなんだ!?この……ァ゙ア゙ッ!……クソ!」


顔を顰めて口の中の物を必死に出すセフィロスは、が渡したお茶で何度も口を漱ぎながら彼女を睨む。
ちゃんと説明したのに、始めて見る食べ物を見せて確認する事もなく口に入れて怒ってくる彼に、は困惑しながら鞄に入れていたチョコレートの缶を渡した。


「食べてください。少しはマシになるはずですよ」
「……大丈夫なのかこれは?」

「下の街にある専門店のチョコレートです。今朝も食べていたでしょう?全部口に入れてしまってください」
「貰う」


辛そうな顔でチョコレートを受け取ったセフィロスは、ため息をつきながら口の中をチョコレートでいっぱいにする。
彼の口が塞がった事を確認すると、はやれやれと首を振り、先程まで食べていた実を摘んだ。


「セフィロス、私は赤い実と言ったでしょう?本当にちゃんと見ましたか?一部がまだ熟れずにオレンジがかっていたり、熟れすぎて紫だったり、痛んで色が濃くなっている物を選びませんでしたか?もしちゃんと綺麗に赤い物を選んでいれば、そんなに酷い味はしていないはずですよ?」
「…………」

「もし、どこかがオレンジ色だったら、苦みと強い渋みがあります。紫や濃い色、黒っぽければ、強い甘みとえぐみの後、強烈な酸味があるんです。貴方が感じた味は、そのどちらかだったんじゃありませんか?」
「…………」


チョコレートの甘さで口内を満たしながら、セフィロスは納得できないという顔で、色が濃い赤色の木の実を指さす。
指し示された木の実を見て、呆れた顔になったは、口内の酸味をチョコの甘みで消そうと舌をモゴモゴさせていつセフィロスを見上げた。


「色が濃いのは傷が出来て痛んでいるか、熟れすぎて紫になりかけているものですよ。綺麗な赤い実って言ったじゃないですか……」
「…………」

「それに、目の前で人が食べているとしても、知らない物を自己判断で口に入れるのはやめてください。勧めたのは私ですが、せめて私に見せて確認してから食べてください」
「…………」


渋々頷くセフィロスに、は仕方ないとため息をつくと、彼が空にしたチョコレートの缶を受け取る。
疲れた顔で荷物を背負いなおした彼を横目に、は赤い実を次々と摘むと、持っている缶の中に集めた。
彼が名前を呼んだことについて聞いてみたいのだが、辺りを飛ぶ蚊に気を取られる彼と落ち着いて会話するのは無理そうだ。
どうせ家に帰ってから暇を持て余すのだと考えると、は問題を後回しにして木の実の採取に集中することにした。


「……まさか、持って帰るのか?」
「ええ。天日で乾燥させるか、オーブンで水分を飛ばすと、保存が利くんです。オレンジ色の実も熱を加えると苦みと渋みが甘みに変わるので、砂糖なしでジャムになるんですよ。今回は採りませんけどね」

「お前一人で食べるんだな?」
「……ええ。貴方はもう二度と食べたくないようですからね。私用の間食にします」

「ならいい」


ため息をついて元来た道に戻るセフィロスに、は何故道が分かっていないのに一人で行くのかと思いながら採取を中断する。
道の手前で立ち止まって考える彼の手を取り、家に向かって歩き出した彼女は、こんなに困った人だっただろうかと昔を思い出してみた。
だが、昔セフィロスと山道を散策したことなどないし、道無き道を行ったことも緊急事態以外では無い気がする。
そもそも、こんなに自然がある場所でのんびり過ごすのは今が初めてなのだから、お互いに予想外があるのは当たり前だった。

街中では頼りになる人だが、自然の中にいる時はこちらが注意して見た方が良いかもしれない。
万が一にと考えていた避難先は、今の家より人里離れた秘境ばかりだ。
もっと人里に近い場所に避難先を用意し直した方がよさそうだと考えながら、は木の枝に髪が絡まってイしているセフィロスを見上げていた。








野生では生きていけない男セフィロス。


2022.10.23 Rika
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