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朝方、傍らの魔力が大きく揺れたのを感じて、セフィロスは飛び起きた。
無意識にの腕を掴むと同時に、そのが既に目を覚まして起き上がっていたことに気づく。
暗闇の中でも分かるほど周りの空気を歪ませている彼女の魔力に一瞬焦るが、動じた様子が無い彼女の表情に、体の力を抜いた。


「何があった?」
「うーん……誰かが私を召喚しようとして、魔力が足りなくて失敗したようです。まだ早い時間ですから、もう少し寝ましょう」

少し寝惚けた顔のまま笑うと、は布団に潜り直してセフィロスに身を寄せる。
毛布をたぐり寄せながら袖を引いてくる彼女に、確かにまだ日も昇っていない時間だと思って横になったセフィロスだったが、いや待てと思い直して目を閉じようとする彼女の頬をつついた。


「寝るな。召喚とは、どういう事だ……?」
「……昔ですねぇ、星はー、私を……召喚獣という事でー……受け入れたんですよー…………」

「まだ寝るな。詳しく説明しろ」
「えぇ〜……?眠いから嫌ですよー。明日の朝にしてください」

「だが……」
「スリプルかけますよ?」

「寝ていい」
「はい」


寝起きのせいか、いつもより気が短くなっているに睨まれて、セフィロスは大人しく諦める。
どういう事だと問いたいのは山々だが、当の本人が暢気に寝ているのなら、心配はいらないのだろう。

わざわざ起こして怒らせる気にもなれないので、セフィロスは仕方なく布団の中に戻った。
隙間を埋めるようにすり寄ってきたに、何だか少しだけ腹が立ったセフィロスは、袖を掴む彼女の手を外して背を向ける。
それにより、布団の中に入ってきた冷たい空気には少しだけ呻くと、暖を求めてセフィロスの体に背中からしがみつく。
全く意味をなさなかった小さな反抗に、セフィロスは小さくため息をつくと、彼女の寝息につられるように目を閉じた。





Illusion sand ある未来の物語 20





「……寝過ごしたか……?」


既に冷たくなっている傍らのシーツに、セフィロスは気怠げに起き上がって時計を見る。
8時前を示す時計に、思ったほど寝坊していなかったと思いながら、彼は大きく欠伸をしてベッドから出た。
肌寒さに手早く着替えて廊下へ出ると、リビングからの声が聞こえる。
気になって見に行くと、台所で竈の薪をいじりながら電話するがいた。

何処か懐かしさを感じて思い返してみると、前に彼女が誰かと電話している姿を見たのは、死ぬ前の事だった。
蘇ってから、彼女が携帯を触ることはあっても、電話しているのは初めてだ。

恐らく、セフィロスに他人の気配や繋がりを感じさせまいと気を遣っての事だろう。
今でこそ、彼女が誰かと繋がる姿を目の当たりにしても動じず、これまでの気配りに気づけたが、数ヶ月前だったらそんな風にはなっていない。
むしろ、その繋がりから外の世界に意識を向け、過去に抱えた世界への憎悪からを振り切って家を出……振り切れるだろうか?
とりあえず、間違いなく事態は拗れて、セフィロスもも、今こうして安穏とした生活はしていない。

思っていた以上に、自分は彼女に大切に守られていたのだと気づいて、セフィロスは緩んでいく頬を押さえる。
電話の相手はルーファウスかレノ辺りだろうと考えながら、彼はこちらを向いたに片手を上げて挨拶をすると、彼女が用意していたティーセットで紅茶を入れた。


「……ですから、そちらの守りは固めていますから、貴方は少し休んでください」
『敵に囲まれて休めるか!なぁ〜、助けに来てくれよ〜。そろそろ弾切れだ。今頼りになるのはアンタだけなんだ。一生のお願いだぞ、と』

「おや……それは大変ですね。まあ、向こうの攻撃は当たらないか、当たってもダメージが無いようにしますから、ナイフの1本でもあれば大丈夫ですよ」
『散々協力したろ!?』

「だから守りを固めて傷も回復しているじゃないですか。これ以上はルーファウスに怒られますよ?」
『分かるけど……社長が何処にいるのか分からないぞ、と。アンタならわかるんじゃないのか?』

「レノ……それを初めに言ってください。ルーファウスは、貴方がいる上の階の西に6メートル程いった所にいますよ」
『マジか!?』


受話器越しに、銃声に混じって何となく記憶にある声が聞こえると思ったら、声の主のレノはの言葉に驚いてブツリと電話を切る。
荒事に巻き込まれるのだろうかと紅茶を飲みながら様子を見ていたセフィロスだったが、対応していたはあっさり電話を仕舞うと、鍋の味見を始めた。

寒い朝には嬉しい具沢山のポトフが見えて、セフィロスは電話の事を忘れて鍋の傍に寄る。
鍋の中には大きく切られた野菜と一緒に、先日街の市場で購入し、セフィロスが楽しみにとっておいたソーセージが見えた。
え?と思っての顔を見ると、彼女は小さく笑って味見用の小皿にソーセージを入れて差し出す。


「あのソーセージは生だったでしょう?いい加減使わなければ、悪くなってしまいますので」
「…………そうだな」

「近いうちに、貴方の電話を買いに街に行きましょう?その時、市場で同じものを探しましょうね」
「わかった」

「……そう悲しげな顔をしないでくださいな。味はどうですか?」
「美味い。顔を洗ってくる」


散々注意しても食べなかったくせに、しょんぼりと肩を落とすセフィロスは静かにリビングを出て行く。
その後ろ姿を軽く笑って見送ったは、トースターの中にあるパンの膨らみと焼き色を確認すると、彼が置いていった紅茶に口付けた。


「……?」


味も香りも熱さもない液体に、は首を傾げてポットの中を見る。
茶漉しの上で殆ど開かず濡れた茶葉を見て、彼が殆ど抽出時間をとらなかった事を理解した彼女は、小さくため息をついてポットの中身を捨てた。

新生活のお祝いにとルーファウスから貰った良い茶葉だったのに、何て勿体ないことをしてくれるのか。
寝起きだから横着したのだろうと思いながら湯を沸かしなおしたは、お気に入りの茶葉を片付けて安い茶葉の缶と入れ替えた。



まだ少し眠そうな顔で、ポトフの中のソーセージをゆっくり食べるセフィロスに、は笑いを堪えながら朝食をとる。
食後のお茶までゆっくり飲む彼を眺めながら片付けを済ませると、は彼をソファに呼んで携帯の画面を見せた。
アイシクルロッジの携帯電話屋で取り扱っている機種の在庫が表示されているそれを見て、セフィロスはやっと眠気が覚めた顔になる。
真剣な顔で最新機種を見つめた彼は、詳細ページを開こうとしたところで、ハッとした顔になって携帯を伏せた。


「携帯の前に、今朝の話の続きをしたい」
「ルーファウス達の事ですか?それとも、私が星に召喚獣扱いされている事でしょうか?」

「奴らのことはどうでもいい。朝方、お前は召喚獣としてこの星に受け入れられたと言っていたな?それはどういう意味だ?」
「貴方がライフストリームにいる間に、星に私を排除させるのを諦めさせたんです。ですが、この世界の理では、私は人間の範囲からはみ出ていたので、理の外にある召喚獣として扱う事で、この世界にとって異物ではなくなったんですよ」

「召喚しようとした者がいたと言ったな。それは、お前を呼ぶマテリアが存在するという事か?」
「ええ。悪用されるのは困るので、一度粉々にしたんですが、すぐに元通りになっていまして。仕方がないので、ルーファウスに預けていましたが……どうやら他の人間の手に渡ったようですね」

「大丈夫なのか?」
「呼べる人間など、今のところ貴方くらいですよ。召還の消費MPが大きいので、魔力が強めの人間を20〜30人集めて頑張れば、召喚に挑戦するぐらいは出来るでしょうけれど、失敗しても消費したMPは返さないようにしておきました。あと、召還の拒否もできるようにしましたからね」

「……酷い仕様だな。どれほど効果が絶大でも、それなら試そうとする奴は限られる」
「ええ。ルーファウスは、召還せずとも呼べば私が来るのを知っています。私の召喚マテリアを使う人間など、何も知らず手に入れた者だけでしょう。今朝喚ぼうとした人間も、二度と試そうとはしないでしょうね」

「今朝お前を喚ぼうとしたのは、ルーファウスと敵対する者か?」
「あちらの事情には関わらない事になっていますから、分かりかねます。……ああ、ですが……ルーファウスですからねぇ……。わざと盗ませて罠に使った可能性も……」


よく考えてみれば、あのルーファウスが、強力な手札を他人に渡す失態をするはずがない。
万が一召還に必要なMPが確保出来ても、が彼や側近のタークス以外からの呼び出しを拒否すると見越しているのは明らかだった。
きっと今頃楽しそうに笑っているのだろうと思いながら、は早朝に電話で泣き言を言っていたレノに同情する。
しかし、ルーファウスに振り回されるのもタークスの仕事の内なのだろうし、多分彼は何だかんだいいながら相棒共々ルーファウスから離れないだろう。



「では、朝、レノと話していたのは、助けを求められたのか?」
「ええ。ただ、私が行くほどではなさそうでしたので、回復と防御に力を貸すだけにしておきました。レノの独断でしたし、ルーファウスから連絡が来ないなら、余計なお世話は焼きませんよ」

「そうか……」
「電話してきたのは迂闊だと思いますが、それもあちらで何とかするでしょう。こちらはこちらで、好きにしていて大丈夫だと思います」

「……火の粉が降りかかるなら払う。良いな?」
「火の海になると困るので、私が対処しますね」

「…………大丈夫なのか?」
「払った火の粉が、袖を焦がす事もあるでしょう?払うのでは無く、避けれるんです。ここ以外にも、いくつか隠れ家がありますから、心配しすぎなくても大丈夫ですよ」

「隠れ家……」
「最寄りはゴブリンアイランドです。あとはミディールと、ウータイ……他にもありますが、その3カ所があれば大凡平気でしょう」

「……わかった。今は納得しておこう」
「ありがとうございます。そうそう、そのうちまたミディールの方へ旅行へいきましょう。あそこの温泉にまた入りたいので」

「分かった。時期を見て、入りに行こう」
「楽しみです。では、貴方の携帯をどの機種にするか、選んでください」


立ち向かうのではなく逃げると断言する彼女に、セフィロスはちょっとだけ畑を気に掛けながら頷く。
気がつけばミディールに行く約束までしていたが、温泉という言葉に心惹かれたのは事実なので、そのうちの話として記憶の片隅に置いておいた。

もすぐに行く気は無かったようで、軽い口約束に満足すると、セフィロスが伏せていた携帯を指さす。
試しにお勧めを聞いてみたところ、即座に老人向けの機種を指さされたので彼女の意見は参考にしない事にした。

好きに使って良いと言う彼女に甘えて携帯を借りると、機種とネットのレビューを比較して、出来るだけ充電が持つ機種を探す。
映像も音楽も使わず、時々の連絡にしか使わないとなると、必然的に老人向けか子供向け機種になるのでセフィロスは少しだけ困った。
特に拘りが無いので、一番お勧めらしい機種を選んでみたが、昔の携帯の倍以上の値段に驚く。


「かなり値段が変わったな……」
「それはタブレットとして利用できる機種ですから、ポケットには入りませんよ?」


一緒に画面を見ていたの言葉に、セフィロスは指を止めて眉を顰める。
仕様を見ると、確かに普通の携帯より大きな画面サイズをしていて、スピーカー状態かイヤホンマイクを繋げる事で電話利用できると書かれていた。


「……紛らわしい」
「その下にあるのが普通の携帯ですが、私のものより一回り小さいサイズですよ。私のは老人向けなので、画面が大きいんです」

「……この普通のやつにする」
「では、購入申し込みしておいてください。店に行くのは、いつでも構いませんよ。では、私は先に畑を見てきますね」


体を伸ばしながらリビングを出て行くを見送ると、セフィロスは慣れない操作に少し手間取りながら、何とか申し込みを完了する。
途中、今の生年月日を確認するために身分証を探したり、連絡先になるの電話番号を探したりで時間をとられてしまった。
確認のメールを受け取り、一息ついて時計を見れば、が畑に向かってから1時間は経っている。
怒られる事はないだろうが、農作業を任せてしまった事を申し訳なく思いながら、セフィロスは急いで作業着に着替えて外へ出た。

畑へ行くと、は野菜の芽を間引いている最中だ。
彼女が作業する畝から、時々小さな煙が上がっているのでよく見てみると、所々に生えている雑草が魔法で燃やされていた。
近くの芽が焼けてダメにならないのだろうかと思いつつ、セフィロスはの向かいにしゃがみ込み、間引きを手伝う。
せっかく芽を出したのに勿体ないと思うが、多分、後でまとめて燃やして土に混ぜるのだろう。

二人で黙々と作業し、終わればセフィロスは畑を囲む柵をゆっくり確認して歩く。
一緒に歩くは柵の内側に生えた雑草の芽を魔法で燃やし、辺りは少しだけ焦げた匂いが漂った。

冬には聞こえなかった鳥の声が山々から届く。
季節の移ろいを感じ、自然とゆっくり歩きながら山々を眺めた二人は、畑の入り口まで戻ると倒れている丸太の上に腰を下ろす。
どちらからともなく手を繋ぎ、春風の中でも身を寄せ合う二人は、空いている場所に何を植えるか相談を始めた。


「野菜は時期をずらしながら植えたいところですが、この気候と日照時間だと、早めに種を蒔いた方が良いかもしれません」
「寒さに強い作物を選べば失敗はなさそうだが、それは調べているのか?」

「ええ。ただ、私達は素人ですからね。今年は失敗も視野に入れておきましょう。数年かけて上手くできるようになれば上出来かと」
「確かに、焦る必要はない。それでいいだろう。それと、携帯の購入だが、明日の午後……何か来たな」


ゆっくりと先のことを考えていた矢先、せっかくの鳥達の歌声に混じるヘリの音に、セフィロスは眉を顰める。
レノから電話が来ていた事で嫌な予感はしていたが、はやり何かに巻き込まれるのかと、彼の手は自然と彼女の腰を引き寄せた。
険しい顔で、遠い山々の合間に見えた黒い影を睨むセフィロスに対し、はのんびり音の元を探すと、顎に手を当てて考える。
セフィロスの顔を見上げ、その深刻な雰囲気に少しだけ表情を緩めた彼女は、彼の額に手を伸ばして眉間の皺をそっと伸ばした。


「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
「だが……」

「この辺りの上空は、明日の夕方まで濃霧と強風が吹き荒れますから、ヘリで近づくのは不可能でしょう」
「は?」


強風なのに濃霧とはどういう事かと思っている間に、空がどんどん白くなり、轟々と音を立てる風に霧の白が渦を巻く。
その上、ゴロゴロという雷鳴のようなものまで聞こえてきて、空路での接近が不可能な天候になった。


「無理に進めば落雷により電気系統のトラブルが起きます。陸路でなければ、この家に来るのは難しいでしょうけれど、山道にも霧が立ちこめていて、住人でもない限り辿り着けないでしょうね」
「……そうだな。こんな僻地だ。尋ねてくる奴はいないだろう」

「ええ。では、少し体を動かしましょうか。日が遮られて、少し肌寒くなってきました」
「素振りからか?」

「いえ、構えからです」
「そうか。俺は別のメニューにする」


問題を起きない事にして、二人は立ち上がるといつも鍛錬している場所へ移動する。
鋼の剣を静かに構えて集中し始めたを横目に、セフィロスは先日次元の狭間で目にしたの動きを脳裏に描き、正宗を振るう。


その日も、翌日も、その次の日も。
家に尋ねてくる者はおらず、二人の生活にはなんの波紋も届かない。
唯一あった外部からの接触は、レノの電話を詫びるルーファウスからのメールだけ。

翌日にセフィロスが携帯電話とソーセージを手に入れた以外は、いつもと変わらない、じつに平和な日常だった。








2022.10.15 Rika
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