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突然の浮遊感に姿勢を直していると、に腕を掴まれ、2人の体は真っ暗な世界を落ちていく。 どういうことだと声を上げるが、彼女はちらりと視線を向けただけで、すぐに下へ視線を戻してしまった。 混乱したまま彼女の視線を辿れば、大きな水晶と岩でできた地面が見えてくる。 水晶に囲まれた中に見えた道は、所々どす黒く汚れていて周囲もろ共大きく抉れたり、崩れたりしていた。 近づいていくと、暗闇だった水晶の大地の周りには、同じような浮島と、星空のような輝きが見え始める。 見知らぬ景色に目を奪われていると、落下速度は徐々に緩やかになっていく。 すぐに汚れた着地地点に視線を戻したセフィロスだったが、しかし、そこには先程見た汚れも崩れもない綺麗な地面があった。 ここは何なのか。そう再度問おうとしたセフィロスだったが、突然に体を引き寄せられたかと思うと、襟首を捕らえられる。 まさかと思う間もなく体を振り回され、上下の感覚が揺れた瞬間、彼の体は地面に向かって容赦なく投げ飛ばされた。 Illusion sand ある未来の物語 18 空中で体を捻り、無事着地したセフィロスは、追撃に備えて後方に飛ぶ。 だが、幾つもの薄氷を足で蹴破りながら速度を落としたは、彼の予想に反して静かに着地した。 「何のつもりだ?」 「申し上げたでしょう?人は、己が知らぬものを夢に見ることはできないと。できれば、貴方にはゆっくりと傷を癒やしていただきたかったのですが、それでは、貴方の心が持たないようです」 「それが…………待て、嘘だろう?」 「おや、お察しいただけましたか?ええ、ですから、貴方が知るはずのない場所で、貴方が知るはずのないものを目にして感じていただければ、これが現実で私が夢でも消えもしないことをよく理解してくださるかと……」 「何をさせるつもりだ?」 「貴方と本気でやりあったことは無かったでしょう?ついでと言っては何ですが、もう少し私のことを知っていただこうかと」 ほんのり頬を染めて恥じらいながら言っているのに、今だけは可愛い女だと思えないのは何故だろう。 の手にある剣からは早く始めろと言わんばかりに炎が暴れ、道を囲むように群生する水晶にその色を反射させている。 考えるまでもなく逃げられない状況に、セフィロスは頭痛を覚えながら立ち上がる。 あきらめのため息をつき、ぐるりと辺りを見回すが、目に入るのは聳え立ついくつもの水晶と星空だけだった。 『名前を呼ぶ』そんな簡単なことが難しい自分が、弱音を吐き出すことしかできないのは分かっていた。 自分でもどうしたら良いか分からない状況で、に都合よく答えを求めようとはしていなかった。 ただ、自分の言葉が彼女を傷つけることも、追い詰めることも分かっていて口にした。 その卑怯さも、彼女は受け入れてくれると分かっていたのだ。 分かっていたのに、一番大事なことを忘れていた。 の行動は予想できない。 最近はわりと大人しく常識の範囲内で行動していたからすっかり忘れていた。 この女、もののついででキングベヒーモスの群れを食肉として狩るし、自分のためだけに星を滅ぼそうとする男を蘇らせたのだ。 木っ端微塵の砂粒になったはずなのに、『やったら出来た』なんて雰囲気で復活するし、お礼と言って大事な親友に余計な若返りをしてお家騒動まで起こさせている。 落ち着いて考えれば、極めて相談相手として不適切なのに、どうして迂闊に弱音なんて吐いてしまったのだろう。 黙って手を握ってくれているだけでも良いと思っていたはずなのに、この女がそんな普通の対応で済ませるはずがなかった。 「俺が悪かった……」 「謝ったところで、何も変わらないでしょう?さあ、手っ取り早く始めてしまいましょう。私の力が貴方の知る程度の物か、貴方の予想に収まるものか、確かめてくださいな」 それ以前に、この謎空間が既に未知の領域だ。 そんなことを口にする間もなく、の剣から放たれた炎が鞭のように襲いかかってくる。 咄嗟に飛んで距離を取ろうとした彼を、幾つもの氷の杭が追いかけ、2歩3歩と下がる足下に次々と突き刺さった。 まだ小手調べだろうに、無傷で済ませる気がない攻撃に、セフィロスは水晶柱に飛び乗りながら刀を出す。 彼を追ってくる炎の鞭を切り捨てようと振り向いた彼は、軸足に風を叩き付けられ、それに気を取られた瞬間刀に向かって落ちてきた雷撃を食らった。 足を滑らせて水晶柱から落ちながら、途中にある太い木の根を蹴ってとの間合いを詰めたかったが、雷撃で痺れた体は何もできないまま着地する。 追撃を警戒して顔を上げようとした彼は、しかし頬に感じた燻る熱に動きを止め、突き出された炎の剣に視線をやるしかできなかった。 「これくらいなら、驚かないようですね」 「お前なら、この水晶の山を粉々にして代わりに炎の柱を立てるくらいはしそうだ」 「それでは貴方が死んでしまうでしょう?殺し合いをしたいのではないのですから、余計なことはしませんよ」 「そんなことで、上手くいくと思っているのか?」 「おや、やる気が出てきましたか?」 「どうだろうな」 「魔法を主体にしても、意味はなさそうですからね。やはり接近戦にしましょうか。まだ、ここには長居できませんから」 「時間制限付きか。親切なことだ」 痺れが取れた手を振って、セフィロスは億劫そうに立ち上がり、刀を握り直す。 そんな瞬きする間に音もなく下がって間合いを取ったに、果たして自分の攻撃は当たるのだろうかと考えながら、セフィロスは刀を構えた。 微かに顎を上げて呼んだに、彼は一瞬で間合いを詰めるが、その瞬間刀を腕ごと弾かれて胸元を晒す。 足を踏みつけて退避を阻まれ、鳩尾を柄頭で突かれて心臓に嫌な衝撃を食らったと思ったら、そのまま柄頭で顎を殴られた。 脳が揺さぶられて視界が白く変わる。 けれど、気を失うと理解した瞬間、視界の白が回復魔法の緑に変わり、頬を叩かれて現実に戻る。 作戦を立てる時間を稼がなければと思っている間に、今度はから切り込まれ、間合いを詰められたと理解すると同時に手の中から刀が飛んでいった。 「呆けていると首を落として繋げますよ」 「待て。お前の速度について行けていない。これは無理だ」 「そんなわけがないでしょう?そもそも、誰が勝てと言ったのですか?私は、私の力が貴方の予想に収まるか確かめろと言ったのですよ?」 「安心しろ。既に想像を超えている。これ以上は無意味だ」 「では、私を呼んでもこれが夢にならないと思えますか?」 「どちらかというと悪夢だな」 「……もう少し続けますか」 「サンドバッグになるだけだろう。どちらにしろ意味はない」 項垂れて首を振るセフィロスに、は何故か声を上げて楽しそうに笑う。 明らかに笑うところではないだろうと怪訝な顔をするセフィロスに、彼女は笑いを収めると困り顔で遠くに落ちたセフィロスの刀を魔法で引き寄せた。 「シヴァが言う通り、少し甘やかしすぎましたね」 「……続けるのか?」 「ええ。だってセフィロス、貴方、まだ実力の1割も出していないじゃないですか」 「そんなはずはない。それに、力を出せるほどの余裕はなかった」 「何を馬鹿な……貴方はそんなに弱くありませんよ。手加減を求めるような腑抜けでもないでしょう?先程から、ご自分の言っていることがおかしいと思わないのですか?」 「…………」 「武器の特性も出さず、体躯の有利さも出さず。それで敵わないなど……。貴方に本気を出されて傷一つ無く済むほど、私と貴方に実力の開きはないはずです。持って生まれた素質は、貴方の方が遙かに優れているのですから」 「……俺が鈍っているということか……?」 「自覚はあるでしょう?そこも含めて、そろそろ目を覚ました方がよろしいかと」 「手厳しい女だ」 大きなため息をついて刀を受け取るセフィロスに、は心外だと口を尖らせる。 本当に手厳しい女なら、とっくに頬を引っぱたいて別れを告げているだろう。 この男、やはり少し思い知らせてやならければと思いながら、はセフィロスと距離を取る。 多少やる気になった彼の目に嬉しくはなるものの、普段庭先でする遊びの手合わせが頭から離れない様子に、時間がかかりそうだと内心でため息をついた。 二人の力をぶつけても被害が出ない場所と思って、次元の狭間に連れてきただったが、出来れば長居はしたくない。 時折視界に入る幻影が、ここに囚われていた過去に心を引き寄せて彼女の胸の内を重くしていく。 じわりと染みていくような焦りを感じながら、けれどそんなの精神的な負荷も、丁度良いハンデだろうと考えることにした。 セフィロスが、狭間が見せる幻を目にしたら、引上げる。 そう決めると、は再び向かってきたセフィロスの刃を避け、それを読んで出された蹴りに容赦なく短剣を突き刺した。 『オーディンよ、ワシは今、酷い詐欺を目にしておるぞ』 『ラムウ、は本気でセフィロスとの実力差が少ないと思っている』 青く澄んだ水晶の大地で、攻撃される度に回復するという一方的な戦闘をする二人を見下ろし、先だって狭間に送られていたラムウは呆れて呟く。 ラムウの回収に来たついでに、一緒に達の様子を見に来たオーディンは、静かな口調でラムウの勘違いを正した。 だが、その返答にラムウはいやいやと首を振り、今まさに攻撃を弾かれて水晶柱の壁に体を叩き付けられたセフィロスを指さした。 『100以上もレベル差があるんじゃぞ。気づかぬわけかろうよ』 『は己のレベルを知らぬ。長く知ることを恐れ、今では気にも留めていない。恐らく、己のレベルを160辺りだと思い込んでいる』 『それでは今の小僧と変わらんじゃろ…………哀れな小僧じゃのう』 『の過日の死は、衰弱から回復しきれぬまま極限まで弱体化されてろくな抵抗ができなかったためだ。恐らく、そこで己の力量を見誤っている』 セフィロスがぶつかった水晶柱が背後の崖ごと轟音を立てて崩れ、砂埃が一瞬彼の姿を隠す。 そこへの剣から放たれた炎が雨となって降り注ぐが、それらを遮るように幾つもの瓦礫が彼女に向かっていった。 一瞬剣を構え、しかし飛んでくる大量の瓦礫に、は無数の氷の柱を作りその軌道を逸らす。 大きな音を立てて瓦礫が氷柱にぶつかっていく中、正面の氷柱が切り倒された。 破壊ではなく、なめらかに切られたそこに視線を向けた彼女は、しかしそれと同時に自身の側面に剣を振り、突き出された正宗の刃を弾いた。 大きく舌打ちをして距離を取り直したセフィロスに、は静かに視線だけ向け、同時に微かに感じた指の痺れに口の端を上げる。 漸く見られた彼女の反応らしい反応に、彼は表情を好戦的なものに変えると、未だ乱立する氷柱と散らばる瓦礫に姿を隠した。 『……ワシ、あの小僧に説教した上、杖で叩いてしもうたわ。可哀想なことをしてしもうたかのう』 『それとこれは別の問題だろう。それに、いずれセフィロスは更に強くする必要があった。それが少し早くなった程度だ』 『タイミングってもんがあるじゃろ。あれだけ慎重に回復させておったのに、嘘のようにボコボコにしおって……め、小僧の心が折れて再起不能になったらどうするんじゃ?』 『上手くやっているのならば問題はない。現に、この10分程でセフィロスのレベルは3つ上がっている。セフィロス自身、それを理解してやる気を出している。心配はいらん』 『いや、アレ、本人はレベルアップじゃなく、鈍った体が解れてきたと勘違いしとるじゃろ……。しかし、あの小僧、あのレベルだというのに凄まじい成長速度じゃな。この調子でやっておるなら、すぐにと肩を並べそうじゃわい』 『剣だけならば、が言う通り、セフィロスの方が素質は上だ。レベルの差など、すぐに関係がなくなる』 『嘘が真に……いや、やっぱり詐欺じゃろ。無自覚とはいえ、心が弱って認識能力が下がっているところを騙しておるんじゃぞ』 『強くなるに越したことはない。放っておけば良い。元より戦いを生業とする男。楽しげな顔になってきている』 『そういう問題かのう……。ところで、オーディンよ、そなた、あの小僧を名で呼んでおるが、気に入っておるのか?』 『一時は目も当てらぬ様であったが、元よりあ奴の剣は好ましく思っている。だが、名を呼ぶは礼節を蔑ろにせぬだけのこと。糞爺と呼ばれたくなければ、そなたも気をつけることだ』 心当たりに視線を泳がせるラムウを横目で見ると、オーディンは眼下で戦い続けている二人へ視線を戻す。 周りの被害を気にせず剣を振るえるからか、久しい強者との戦いだからか、セフィロスは徐々に水を得た魚のように動きを変えていた。 対するは、戦いこそ難なく行っているが、時折視線があらぬ方へ向かい、顔色も芳しくない。 彼女の魔力が僅かに揺らいでいることに気づき、視線が行く先に目を凝らせば、黒い影がぼんやりと道を過ぎっていく。 二度、三度それを目にすれば、その影がかつてこの地を彷徨ったの幻影なことにオーディンは気がついた。 この地に色濃く残るの魔力と当時の思念が、当時の様子を幻として形作っているのだろう。 時空が歪む狭間ならではの現象だと感心したオーディンだが、思い出したくないものを目の当たりにさせられているはどんどん表情が険しくなっている。 剣にも陰りが見え始めているが、一方のセフィロスはまだ彼女の攻撃を避けるのに必死で、気がつけていないようだ。 それでなくとも、セフィロスは強くなっていく体を無意識に制御するため、完全に戦闘に集中し切れていない。 の眉間に皺が寄っていても、苛立っている程度にしか考えられないだろう。 彼女と魔力を繋げているセフィロスが、幻を見始めるのは時間の問題だが……。 「っ……目障りな……!」 どんな過去を目にしたか。声を荒げたは大きく剣を振ると、一際大きな水晶柱を斬る。 自分がいる方向とは真逆の場所に攻撃をした彼女に、セフィロスは攻撃の手を止めて様子を伺った。 氷のように滑りながら星空に落ちていく水晶を、は忌々しげに睨むと、大きなため息をついて頭を振る。 様子がおかしいに、セフィロスは心配げに剣を下ろしたが、そんな彼に気づいた彼女は何事もなかったように剣を向けた。 明らかに集中力が切れているのに続けるのかと、セフィロスは視線で問いかけてみたのだが、剣を下ろす気がないに諦めて刀を構え直した。 「無理はするな」 「ええ。お互いに」 小さく微笑んで見せたにため息を飲み込むと、セフィロスは彼女の足下を狙って刀を振る。 軽く後方に飛んで避けた彼女に、返す刀で胴を切り上げようとするが、それは彼女の剣で難なく防がれてしまった。 そのまま力を受け流されると読んだセフィロスだったが、しかし二人の剣は彼の予想に反して鍔迫り合いになる。 の剣から出る炎を警戒し、距離を取ろうとしたセフィロスだったが、近づいても熱を感じない。 そこで初めて、彼女の剣が当初と別物に変わっていることと、彼女の顔色が良くないことに気づいた。 けれど、理由までは分からず、彼女の剣を刀で抑えながら、その顔を覗き込む。 「なぜ剣を変えた?」 「先程水晶を斬った際に折れたので」 「では、何故あの水晶を斬った?今も、何に警戒をしている?」 「……帰ったらお話します」 言いながら、セフィロスのずっと後ろに一瞬意識を持って行かれたに、セフィロスは怪訝な顔になってそちらに目をやる。 けれど、彼が見た時、そこには崩れた水晶の道と、宙に浮いて様子を見るラムウとオーディンの姿しかなかった。 意味が分からず視線を戻すと、先程より顔色を悪くしたが、感情を押し殺した目をしながらセフィロスの行動を待っている。 の何処か切羽詰まったような、いつにないその様子に、セフィロスは心配しつつ、彼女が望むように剣を振るい直した。 二つの刃は、小さく火花を散らせながら、何度もぶつかり合う。 辺りの水晶柱を殆ど瓦礫に変え、通らない刃を振りながら、先程まで避けられなかった攻撃を何度もかわす。 その度に増す彼女の速度に追い詰められながらも、どんどんと満ちて増していく自分の力に、セフィロスの心はいつしか高揚していた。 鈍った牙を研がれたのか、それを超えて実力を引上げられたのかは分からないが、どちらでもかまわなかった。 久しく……もうずっと忘れていた成長の実感に、セフィロスは自然と笑みを浮かべ、の顔が苦笑いに変わる。 出来るなら、もう暫くこの感覚のまま高みに向かいたいと思っていた彼は、また速度と重さを増した彼女の剣に、刀ごと体を弾き飛ばされた。 小さな水晶柱を蹴り、空中で姿勢を正すが、勢いを殺しきれず、道の上に散らばった水晶の破片で足を滑らせる。 崩れた地面の間際で止まったセフィロスは、再びに向かっていこうとするが、傍らに現れた黒い影にその動きを止めた。 それを認識した瞬間、胸の奥がざわりと騒ぎ、一気に鳥肌が立つ。 最近詳細に認識しはじめた自分の魔力と、常に自分を包んでいたの魔力が揺らぐのを感じながら、しかし黒い影からもと同じ魔力を感じてセフィロスは混乱した。 気配もなく存在するそれに、彼の額には冷や汗が浮かび、体が強ばる。 視線だけでそれを確認しようとした彼は、しかし目に映ったよく知る黒髪と、見慣れない服に困惑し、次いで目にした顔に驚愕した。 酷く疲れ切った顔に生気は無く、黒い瞳は崖下の星空を映してなお暗く濁っている。 死の気配を漂わせながら、隣にいるセフィロスのことなど気づかぬ様子で視線を彷徨わせたは、道の先に視線を止めると抜き身の剣を構える。 つられて視線を向けたセフィロスは、滑るように彼女の前に進んできた見た巨大な水晶の竜に、すぐさま立ち上がった。 けれど、次の瞬間には竜はの剣によってその身を二つに切り裂かれ、半身を地面に、半身を崖下の星空へ落とす。 何もしないうちに始まって終わった戦闘に、セフィロスは呆然としながらへ目をやる。 だが、そんな瞬きする一瞬に、そこにいたも、倒された竜も霧のように姿を消してしまっていた。 「!?」 「セフィロス、私はこちらです」 呼ばれて、慌てて振り向いたセフィロスは、そこにいる見慣れたに安堵し、一気に体の力が抜ける。 フラリと体を傾かせた彼に、は慌てて駆け寄ってその肩を抱いた。 確かめるように顔を見つめる彼に、は苦笑いを浮かべ、頬に触れた彼の手を包む。 「そろそろ時間切れです。家に帰りましょう」 「あれは……何だ?何故お前が……」 「過去の幻影。幻です。ここは時空が歪んでいるから、おかしなことが平気で起こる。囚われる前に、帰りましょう」 「……お前の、過去か?」 「……覚えていないほど昔のことです。お話は後で、ゆっくりと」 「……わかった」 今とも、出会った頃ともまるで違うの顔が、セフィロスの目には焼き付いていた。 あのまま放っておけば、彼女が死んでしまう。 そんな焦りが胸を騒がすが、しっかりと手を握って見つめる目の前のが、その考えをその存在で否定する。 それでも、一度生まれた不安はすぐには拭いきれず、セフィロスは彼女を腕の中に引き寄せた。 「大丈夫ですよ。さあ、これ以上おかしなものを見る前に、家に帰りましょう。ね?」 「……そうだな。そうしてく……」 そうしてくれると助かる、と言おうとしたセフィロスの言葉は、再び目の前に現れた黒い影によって遮られた。 次は何を見せられるのか。緊張して身を固くした彼に、は慌てて彼の頬を包み、影から自分へと視線を戻させる。 『かっえれっない!かっえれっない!今日もわったしっはかっえれっない!ヌ゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァァ!!かっえれっない!かっえれっない!かーえーれーないぃィィイヤッハァァァァァ!!』 やたらと気合いと覇気が入った歌……というには音程がおかしすぎて、叫びのような声が、ペッチンペッチンという謎の音と共にセフィロスの脳に届く。 同時に、顔と体を石のように固まらせたの横を、自分の尻を左右の手で叩くのに合わせてプリプリ振ってスキップしていく彼女の幻が過ぎっていった。 に顔を掴まれたまま、視線で幻を二度見したセフィロスは、スキップと尻叩きをしながら奇声を上げて崖下に落ちて消えた幻に目を丸くする。 目にした二つの幻の差に……というか、後から目にした幻のアレさに、本当に見たことを認めて良いのか分からない。けれど、見なかったことにもできない。 どう脳内処理したら良いのか見当がつかず、助けを求めてを見たが、彼女はセフィロスの頬を掴んだまま耳どころか首まで赤くなって涙目でプルプル震えていた。 こんな時、どう反応をしてやったらいいのだろう。 余計なことを言ったら終わりなことは分かっているが、スルーするにはインパクトが大きすぎるし、見なかったことにするには既にセフィロスは反応しすぎている。 笑い飛ばすのは彼女の性格なら下策だし、優しくしても傷を抉る未来しか見えない。 けれど、黙っていたら今後の接し方が変に拗れそうな気がするので、の対応を待つのも避けた方がよさそうだった。 とりあえず、無理に当たり障りがない対応をするより、しっかりと話をしての羞恥心を受け止めてあげるのが一番だろう。 「……そろそろ疲れた。もう帰って、話も、家でゆっくりしよう」 「…………はい」 目が合わせられなくなったか、俯いて小さく頷いたに、セフィロスは慰めるようにその体を引き寄せる。 縋るようにしがみついてきた彼女に、彼はとにかく平常心を心がけ、その小さな背中を優しく叩いた。 程なく地面が緩やかに消えていく感触と、ふわりと体が浮き上がるような感覚がして、景色がに飲まれるように薄くなっていく。 来るときのような手荒さのないそれに、の傷心ぶりを感じながら、セフィロスは脳裏に過ぎる思考を呆けた気持ちで見送っていた。 最初の幻だけなら、それもセフィロスが想像しうるの過去として、夢現の感覚を拭えなかったかもしれない。 だが、2つめのアレは、完全に彼の想像を超えていて、絶対に自分の脳内で作り出した夢とか妄想ではないと言い切れる。 追い詰められて壊れるにしても、方向性があるだろう。何で尻まで叩くのか。 昔、人であることに固執するほどに恐れた実力を見せることで、夢か幻かと逃げたがる自分の目を覚ます気だとばかり思っていたのに、蓋を開けてびっくりである。 彼女が意図したことではなくとも、半殺しになるまで叩きのめされるより、ずっと即効的だった。 効果がありすぎて、これから彼女の尻を見るたびに思い出しそうだ。 絶対に俺の夢や妄想じゃない。 そう確信することで、今腕の中にいるも現実で、消えることなどないと、セフィロスは漸く受け止めることができた。 なのに、何故純粋に喜びだけを感じることができないのか。切なくてやりきてなくて仕方がない。 多分、もうの名前を呼ぶのは恐くない。 恐くないが、タイミングを間違えれば、長く尾を引く問題になりかねない。 どうしてこんなに上手くいかないのだろうと、事の元凶の自覚を持ちつつ、セフィロスはぼんやり考える。 この思考も、現実逃避の一つなのだろうと考えていると、足に地面の感触が戻ってきて、景色が白い靄から自宅のリビングへと変わった。 |
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……んーと…… ……ん? 次元の狭間での過去の悲惨な状況を幻に見て、セフィロスが色々と考えながら何とか乗り越え、ももう一度過去を思い出しながらセフィロスと一緒に生きると決意を新たにしていく…………っていうのを書くつもりでいたんですが、何でこうなったのかな? シリアス展開しつつ、ラブラブに収まる方向に持っていくつもりだった当初の方向せいは………あれ? 2022.10.08 Rika |
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