次話前話小説目次 




Illusion sand ある未来の物語 16



地元の人間で賑わう大衆食堂で、セフィロスは椅子にかけながら凝った背中を伸ばす。
必要な買い物を終え、何とか昼の営業時間内に店に入れたとセフィロスは、カフェの店員が勧めていた『お任せメシ』なるメニューを注文して一息ついた。

小洒落た雰囲気とは縁が遠そうな店は、不思議と肩の力が抜けるようで、多少のざわめきも気にならないほどだたった。
隣のテーブルで地元の主婦と思われる女性達が楽しそうに会話しているせいか、下町にある誰かの実家に遊びに来たような感覚までしてしまう。


「入る前は心配でしたが、ここは良いですね。私は好きです」
「ああ。不思議と寛ぐ」


運ばれてきたウータイ風の食事に手を着けながら、二人は疲れたらまた来ようと約束する。
あと30分で昼の営業が終わるため、手早く食事を口に運んでいると、客が減って静かになったせいか隣の女性達の会話が耳に入ってきた。


「そうなのよ。でね、その新羅の社長息子は、社長の隠し子は認めてるんだけど、孫とか親戚が認めないって言ってるんですって」
「嫌だわぁ。隠し子なら最後までちゃんと隠しときゃいいのに」
「けど、当の社長さんが今行方不明になって探したら、隠し子が出てきちゃったらしいじゃない?」
「タイミングも悪いわよねぇ。もし社長さんが亡くなってたら、息子と隠し子で遺産半分でしょ?奥さんは随分前に別れてるらしいし。そりゃ孫とか親族も納得できないわよ」

「そうよねぇ。あの社長さん、山の方に別荘持ってるじゃない?昔何度か見た事あるんだけど、いい男でねぇ。白いゆったりした服着てて、金髪サラサラ〜って」
「私も見たことあるわよ。うち昔お店やってたから、お肉配達しに行った時後ろ頭をチョコッとだけ」
「やだそれ見たうちに入らないわよ。あ、その新羅の社長の隠し子、社長さんの若い頃に瓜二つらしいわよ。しかも凄い優秀で、息子さんが新羅に入れようとしたせいで、また余計に親族が怒ってるらしいわ」
「そりゃそうよー。私だってお爺ちゃんの隠し子と父親が一緒に仕事なんて嫌だもの。奥さん別れてるのに隠してたって事は、何かありそうじゃない」

「あー恐い。お金持ちって恐いわ−。ところでヨッちゃん、その新羅の社長ってどんなお肉食べてたの?」
「ちょっと何聞いてんのよー」
「だってお金持ってる人がこんな田舎に来て何食べるんだろうって、気になっちゃうじゃない」
「マトンの切り落としとか絶対に食べたりしなさそうだもんねー」


今朝、が今ルーファウスに頼れないと言った理由が分かって、セフィロスは内心でやれやれとため息をつく。
が、ふと視線を上げた先にいたの気まずそうな顔に、お前も関係者なのか、とひっそり驚いた。



「はい」

「車に戻ったら聞かせろ」
「…………はい」


明らかに何かやらかした時の反応をするに、セフィロスはどうか巻き込まれませんようにと祈りながら箸を置く。
ルーファウスが行方不明だろうが、が助けに行かないのだから無事なのは分かりきっている。
子や孫がいても年齢的におかしな事では無いと思ったが、隠し子などを作っていたと聞くと、そこだけ父親に似たのだろうかと考えてしまった。
まあ、多少揉めたところであの男ならすぐに収めてしまうだろう。

会計を済ませて店を出ると、が帰りの珈琲を買いたいと言ったので、セフィロスは路肩に駐めた車で待つことにした。
すぐ近くにある先程行ったカフェに彼女が向かうのを見送ると、セフィロスは何気なく辺りを見回し、目の前にある携帯電話ショップに目をとめた。

今のところ無くても不便は無いのだが、最近はが外出していても待っていられるようになったので、自分も連絡用に持ちたくなっていた。
購入に必要な書類を考えると、ルーファウスに頼む事になるかもしれない。今は彼を頼れない状況らしいので、すぐ電話を手に入れるのは無理だろう。


には、前社長の愛人(架空)が余所の男と作った子供という設定で、ルーファウスが戸籍等を用意したらしい。
ルーファウスの権力に加え、セフィロスがメテオでミッドガルを廃墟にしたおかげで、当時の戸籍はかなり手が加えやすくなったから出来る芸当である。
一方、セフィロスは自分の戸籍設定について、今気がつくまで失念していて何も知らなかった。
とは違い、セフィロスは過去に広く顔を知られている。
『英雄セフィロス』に縁がある誰かなのだろうと考えていると、珈琲で両手を塞がれたが戻ってきた。



昼食からさほど時間が経っていないというのに、街から山に近づくと早くも日没の気配がしだす。
狼の群れが、朝にセフィロスが始末した魔物の残骸を始末している姿を横目で眺めると、セフィロスはの合図で家へと続く山道へ入った。
トラブルが無かったおかげで、朝の半分もしない時間で山道に着いた事に、セフィロスは疲労が少なくてすむと安堵する。
邪魔な木の枝などはもう無いので、山中から家までもすぐ着くかと期待したが、が魔法で道路を補強する様子を見て、そんな都合の良い事はなかったかと肩を落とした。
車でルーファウスの話を、と思っていたセフィロスだったが、運転に集中しているとそんな余裕も無くなってしまう。
行きのように愚痴ったり励まされたりする事はなかったが、会話を弾ませることも出来ず、無言で進んでいくうちに、車は家に着いてしまった。


「私は荷物を物置に運んできますから、セフィロスは先に家で休んでいて下さい」
「それぐらいなら手伝えるが……」

「慣れない運転でかなりお疲れでしょう?顔に出ていますよ」
「……そうか。なら、そうさせてもらう」


それほど酷い顔をしているだろうかとセフィロスがミラーで確認すると、確かに顔から覇気が無くなっていた。
大人しく飲みかけの珈琲と肉類の袋を持つと、セフィロスは苗や肥料袋を抱えて物置に向かう彼女を気にしつつ家に入る。
春になってはいても、半日留守にしていた家の中は寒く、彼は荷物を台所に置くと暖炉に火を付けた。

食品を冷蔵庫に入れ、冷凍庫からパン生地を出すと時計を確認してリビングの日向に置く。
飲みかけだった珈琲をリビングのテーブルに置いたところで、コートを着たままだったことを思い出し、丁度家に入ってきたの上着と一緒に仕舞いに行った。
その間にリビングで寛いでいたの隣に腰を下ろし、すっかり冷たくなってしまった珈琲を口にして一息つく。
久しぶりに運転したせいか、少しだけ眠気を感じたが、セフィロスはとりあえずの膝を借りるのは先送りにして、車では聞けなかった事を問う事にした。


「ルーファウスの揉め事に、お前も噛んでいるのか?」
「……どちらかというと、私が元凶ですね。ジェノバ細胞回収に協力してくれた礼をした際、誤って彼とレノを若返らせてしまった話は覚えていますか?」

「それが行方不明の原因という事か」
「ええ。それと、食堂で隣にいた御婦人方が言っていたルーファウスの隠し子ですが、それは若返ったルーファウス本人です」

「なるほど。息子に協力させて、立場を変えた上で新羅の舵取りをしようとした結果、失敗したという事か」
「対外的には。ただ、ルーファウスですからね。親族が揉める事も想定した上で、目的があってやっているのでしょう」

「だろうな。奴からは何か連絡はあったのか?」
「少し前に、物資配達が暫く止まる旨と、心配と手出しが無用であるとだけでした」

「そうか。ならそのままでいいな」
「ええ」


ルーファウスは目の前にあるものなら、目に映るものも映らないものも全て手段と道具にする男だ。
助けを求められていないなら、逆に距離を置けという意味だろうと考えて、セフィロスはその話題を終わらせる事にした。

珈琲で唇を湿らせ、あとは何の話だったろうかと考えた彼は、テーブルにあるの携帯電話を見て思い出す。


「そうだ。そのうち、俺にも携帯を持たせてほしい。急がなくてもいいが、次にお前が一人で外出するまでにあると嬉しい」
「確かに、持っていた方が良いですね。次に街に行った時に、行ってみましょう。必要な書類も、街で用意できますので」

「そうか。それなら助かる」
「ええ、ただ街の店に電話の在庫が無い可能性がありますから、事前に私の携帯から購入と来店の予約を入れた方が良いでしょう」

「わかった。しかし、前から思っていたが、随分機械類の扱いに慣れたな。昔は人差し指でゆっくりキーを押していただろう?」
「ええ。私が電話を扱えないと、貴方まで生活に困ることになると言われて、タークスにいる子達に2週間ほど指南をしていただきました」


老人向けの携帯電話教室か?と思ったセフィロスだったが、流石に口にださず納得したように頷く。
『タークスにいる子』という事は、レノ達の後輩に当たる世代に教えて貰ったのだろうか。
何でも魔法か力業で解決する傾向があるを相手にするのは、少し大変だったのではないかと思う。
お陰で今セフィロスは不自由なく生活出来ているので、彼らに心の中で少しだけ感謝した。

には携帯電話の他にタブレットが預けられたが、残念ながら、そちらは結局使い方を覚えられなかったらしい。
代わりにセフィロス用にノートパソコンが渡されているが、蘇ってから約4ヶ月、1度も電源は入れていない。
理由は、外の情報にあまり触れたくないという1点で、実はテレビも映画を見る以外ではつけていなかった。見る映画も、昔見逃したものや、気に入っていた映画の続編ぐらいだ。
携帯電話を手に入れても、に連絡する他には使いそうに無いので、機種もプランも一番安いので良いと思った。
因みに、もルーファウス達に連絡する他は地図や街での飲食店情報探しくらいしか使っていないので、老人用に販売されている機種を使用している。


「それと、携帯の契約に必要な書類だが、少し気になった事がある」
「何でしょうか?」

「お前はプレジデントの元愛人の孫という設定だと言っていたな?俺はどうなっているのか、まだ聞いていなかった」
「ああ、それですか。貴方は、ご自分の孫ですよ」


一瞬思考が時空を超えかけたセフィロスだったが、すぐに理解してなるほどと頷く。
けれど、当然身に覚えなど無いので、少しだけ嫌な予感がしながらに再度尋ねた。


「……それは、俺にもルーファウスのように隠し子がいたという設定になるのか?」
「隠すという点では似ていますが、違います。昔私が貴方の子を身籠もり、安全上の理由から匿われて密かに婚姻したものの、夫である貴方が亡くなってしまい、友人であるルーファウスの庇護下で子を産み、その子が結婚して出来た子供が貴方。……という設定になっています」


なるほど、確かに当時のセフィロスの立場なら、下手に妻子の情報を出せば様々な危険に晒されるのは間違いない。時が経つまで隠されているのも納得できるだろう。
そう考えたセフィロスだったが、若干呆ける思考に慌てて思考を引き戻した。
捏造された過去の設定だとは理解しているのだが、どうにも顔が緩みそわそわと落ち着きが無くなってくる。


「俺はお前と結婚したのか」
「まぁ……そういう事になります。……あの、どうして嬉しそうなんですか?必要だったとはいえ、貴方の経歴を勝手に変えられているんですよ?そこは多少なりとも気分を害するところでは?」

「別に悪い気はしていない。お前の経歴も、俺の妻になっているのだろう?」
「ん?ああ、まぁ、そうですね。出産で体を壊した後、メテオのアレで死亡した事になっていますが」

「俺に殺されてるのか……」
「あの時の死者は多かったので、紛れ込ませるには丁度良かったらしく……」


だったらプレート落下でも良かっただろうと思ったが、既に決められた事なのでセフィロスは口を噤む。
の死因は絶対にルーファウスの意趣返しだ。
そもそも、お前があの時を護衛にして魔晄炉などに行かなければ彼女は死ななかっただろうがと言ってやりたくなったが、結局は遠い過去の事だ。
今のルーファウスがにしている援助は、彼なりの償いの1つだと分かっているので、セフィロスは一瞬の怒りを腹の内で収めた。
当のが、ルーファウスからの援助を友人としての厚意以上に思っておらず、償われる事があるとすら思っていないのだ。
それでセフィロスが今更怒るのも、話がこじれるだけだと思った。
何より、の死について、セフィロスはルーファウスに対してあまり怒っていない。
魔晄炉に行った件に関しては、危機感をもっていたのに断らずついて行ったの責任も大いにあると思っている。

蘇って約4ヶ月。
との関係が徐々に進んで行くにつれ、セフィロスの心境は大分変化し、精神状態も落ち着いてきていた。
だが、だからといって、必要な捏造とはいえ自分がやった事でが死んだ事にされるのは、古傷を抉られる気分だ。


「プレートの落下で死亡した事にする案もありましたが、それだとメテオの後復興した勢力に不利な説を出す者が現れる可能性がありまして」
「…………と言うと?」

「現在、プレートの落下は新羅によるものだと知られていますが、落下直後は反新羅組織による犯行だと告知されました。その情報は、当時の広報媒体の記録があるので、現在も知ることが出来ます。直後、貴方は新羅ビルで多くの人間の前に現れ、社長を殺害し、メテオを起こしました」
「お前がプレート落下で死んだ場合、プレートを落としたのがどちらの勢力によるものでも、俺の一連の行動が妻を殺された復讐として美化される可能性があるという事か」

「そういう事です。そして、今世界で最も軍事力を持っている勢力は、貴方を追っていた者達と親しく、そしてルーファウスからの支援を受けています」
「蹴落としたい人間には格好の餌だな。下らんが……仕方が無い。狂った挙げ句妻まで殺した男にされてやる」


そう言いながらも、心底不服そうな顔をしているセフィロスに、は彼の体を抱きしめてよしよしと慰める。
つい数分前までの緩んだ顔とは随分違う彼の表情に、は笑いそうな顔を見られないよう気をつけた。


「田舎で養生していたが死んだという事ではいけなかったのか?」
「ミッドガルと違って地方は人との繋がりが強いので、どこかに生きた記録が必要になってしまうんです。記録関係も、無事なところが多くて……」

「俺はお前を殺していない。弾みで殺すほど無様にはなっていない」
「ええ、そうですね。大丈夫、分かってますよ。殺しても結局死なずに蘇ってますしね。殺しても殺せませんね」


本当にその通りだな。と、の言葉で冷静になったセフィロスは、一瞬彼女はどうやったら死ぬのだろうかと真剣に考える。
が、どう手を尽くしても、また数十年後に謎の方法で蘇ってきそうな気がして、余計な事を考えるのはやめた。
この殺しても死なない女は、どんな最期を押しつけられたとしても、あらゆる法則を跨いで超えて「ちょっと面倒でした」とか言いながら帰ってくるだろう。
その様子が簡単に想像できると同時に、セフィロスは自分が怒っていた事も何だかどうでも良く感じてきて、小さくため息をつくとの腕から抜け出る。


「心配をかけた。もう大丈夫だ」
「そうですか?今日はもう予定はありませんし、疲れているならもう少し胸を貸しますよ?」

「別のことをしたくなるから、今はいい。さっきの話の続きをしてくれ。今の俺の経歴についてだ」
「あ、はい。わかりました。先程もいったように、去年の夏から、英雄セフィロスは実は既婚で子持ちという事になっています。成長して結婚した息子とその妻は孫である貴方が赤ん坊の頃に車で事故死という事になっていますよ。名前が同じなのは英雄と呼ばれた祖父の名を貰ったという設定になっています」

「なるほど。それで、今の俺とお前はどういう関係になっている?」
「昔と同じですよ。貴方の家に私がお世話になっている状態です。この家は、貴方の後見人であるルーファウスが貴方に独り立ちのお祝いに譲渡した事になっています」

「…………」
「セフィロス?どうかしましたか?」


何が気にくわなかったのか、少しそわそわしながら話を再開させたはずのセフィロスは、の説明を聞いて無表情になってしまった。
何処に嫌なポイントがあったのかわからず首を傾げたは、眉間に皺を寄せる彼を心配げに見つめる。


「今の俺とお前は……結婚しているんじゃないのか」
「え?ええ。ルーファウスから、その辺は二人で話し合って決めるよう言われました」

「……正論だな」
「ええ。貴方だって、蘇って目が覚めたら勝手に結婚させられていたなんて、お嫌でしょう?」

「全く気にしないと言えば嘘になる。そうだな、奴の判断は正しい」
「そう仰ると思っていました」

「ああ。だが、勝手に作られた過去だけ夫婦だったというのも納得出来ん。すぐに俺と結婚してくれ」
「は?私の名前を呼べるようになってから言ってください」


つい反射的に冷たく言い返してしまったは、慌ててどうフォローするか考えたが、もはや後の祭りである。
困った顔はさせても拒否はされないと思っていたセフィロスは、不快そうに突き放してきた彼女に、ショックで固まってしまった。

考えれば分かることだ。
どんなに好きな相手だったとしても、散々体を好き放題しておきながら、まともに名前を呼んでくれない不能男に求婚されて、不愉快にならないはずがない。
受け入れられないのは当たり前だと理解していても、この数ヶ月何をしても受け入れてくれていたから手を振り払うような態度を取られて、セフィロスはいい年をして泣きたくなってきた。
思わず出てしまった本音だと分かるからこそ、彼女がどれだけ名前の件で怒り不快な思いをしていたかわかる。

慌てた顔のが、言葉を探して口を開け閉めしたりキョロキョロ周りを見たりしているが、セフィロスには気にかけられる余裕は無かった。


「お前の……名を、呼べるよう、もっと努力する」
「え、あ、いや、今のははずみで出てしまっただけで、すみません。あまり気にしないで、ご自分を追い詰めず……」

「お前の、名を呼べるようになったら、俺と、結婚してくれ」
「あ、はい。じゃあ、焦らず、無理なさらず……ね、そういう感じで、行きましょう。焦らないで、ね」


目にほんのり涙を浮かべ目尻を赤くしながら声を震わせる彼に、は若干途方に暮れながら頷くしかなかった。







あ……フラれた(笑)

2022.09.20 Rika
次話前話小説目次