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「セフィロス、下の街に野菜の種と苗を買いに行きたいので、車を出していただけませんか?」
「……ルーファウスからの物資には頼めなかったのか?」

「ええ。彼は……ちょっと、暫く忙しいらしく、頼ることが出来ません」
「……そうか」


ほんの一瞬だけ視線を泳がせた彼女に引っかかりを覚えながらも、セフィロスは腰を上げる。
週に一度は車のエンジンをかけていたが、念のためにバッテリーが上がっていないか確認するために家を出た。

外は雪に代わって芽を出した草花が景色を染めている。
昨日まで耕した畑の周りは、春を喜ぶ小さな花で賑わい、すっかり温んだ風に揺られていた。



Illusion sand ある未来の物語 15



暫く人と関わりたくないというセフィロスの気持ちを尊重し、もまた雪が解けたこの季節まで彼を外へ連れ出そうとはしなかった。
それでも、生活していく上ではいつか限界はあると二人は理解していて、窓の外から雪が消えていく度、その時が近づいているのを感じていた。

から街への同行を頼まれた時、セフィロスはわずかな抵抗だけで了承した自分に少し驚いたが、それも自然な事と受け入れる余裕がある。
毎日のように剣と体を鍛えていたとはいえ、それ以外は堕落した生活をしている事に少しばかり不安を覚えていたが、それも必要な事だったのだと漸く考えられるようになってきた。
これまで街での用事があっても一人で出かけていたが今回セフィロスを連れて行く事にしたのは、そんな彼の様子に気がついたからだろうか。

けれど、出来れば、あと数日だけ待ってもらうべきだったかもしれない。
安請け合いしたは良いが、街までの数十分の道のりが予想以上に遠く困難に感じて、セフィロスはハンドルを握りながら4度目のため息をつく。


「そう落ち込まないで下さいセフィロス。慣れない車と道なのですから、仕方がないことです」
「……わかっている」


山奥の一軒家に続く道に舗装など当然なく、ガードレールだってありはしない。
加えて、セフィロスの体型に合わせて用意された大型車は慣れない左ハンドルで、家から出て20分で5度目の脱輪を起こしていた。


「どうしてこんな山道で左ハンドルにした……」
「この先の危ない箇所は後から魔法で何とかしておきますから、今だけ我慢してくださいね。さあ、車を持ち上げますよ?」


これはルーファウスから嫌がらせなのだろうか?
確かにセフィロスは一般車から軍用車両まで運転できるし、仕事柄色々なライセンスを取っていたが、それらは右ハンドルばかりだった。
今はどうかしらないが、セフィロスがミッドガルにいた時代は近辺の車両は殆どが右ハンドルで、左ハンドルは好事家向けの限定車か古い車両ぐらい。
鋪装された平地なら問題なく運転できるが、数十年ぶりな上に崖沿いの細い山道なんて、スムーズに運転などできるはずがなかった。

早くも脱輪に慣れたは、エアロで車体を浮かせて落ちかけていた車を道の上に戻す。
左は鬱蒼と茂る森。右は木々に隠された谷底へ続く崖。
人通りがない山道は数週間通らなければあっという間に森に飲まれており、の意識は道を阻む草木を魔法で刈り取り吹き飛ばす事に集中してしまう。
それ以外の道路状況への注意は自然とセフィロスに任せる事になってしまっているせいか、慣れない車はカーブの度にタイヤを宙にはみ出させて空回りしていた。
2回目くらまでは心配して声をかけていただったが、3回目の脱輪を起こした時点で気にしない方がセフィロスを傷つけないだろうと思考を切り替えた。

この買い物から帰ってきたら、道沿いの伐採と同時に道路の拡張もしておこうか。
タイタン辺りを召還すれば、良い具合に手伝ってくれる気がする。
それで駄目ならセフィロスが乗れる大きさでもう少し小型の車に買い換えるしかないが、彼の身長を考えると今の車の大きさとそう変わらない気がした。
車を買い換えるよりセフィロスが左ハンドルに慣れる方が早そうだけれど。

刈り取った草木を谷底へ風で飛ばしていたは、先にカーブを見つけてちらりとセフィロスへ目をやる。
街に着く前から疲れた顔をしている彼に、こっそり気休めの回復魔法をかけると、カーブの内側を広げるようにブリザドで道幅を広げた。


その後、山を下りたところで雪解けの泥濘に車がはまったり(エアロで浮かせて出た)、モンスターの群れが道路を塞いでいたり(セフィロスが鬱憤を晴らすように蹴散らしていた)しながら、二人は街までたどり着いた。

本来40分の道を1時間以上かけて着いたアイシクルロッジは、セフィロスが知る街より大分大きく発展していた。
が、そこに気を向けられる余裕が失せた彼は、車を止めるとに支えられてフラフラと近くのカフェに入っていく。
疲れた顔で肩を落としながら入ってきた大男に、遭遇した人々は少し驚いていたが、すぐに興味を失ってそれぞれの時間を過ごし出した。
ミッドガルもウータイも遠い街で、銀髪の大男というだけで数十年前も昔の英雄の存在を思い出す人など、もういなかった。


「買い物は、昼食を終えてからにしましょうか」
「……そうだな。だが、まずは飲み物だけで良い」


昔はなかった、人から注目されていないという状況に、セフィロスは少し不思議な感覚がしながら、同時に一息着ける心地良さを覚える。
常に人の視線に晒される事ない環境。これからは、それが普通なのだと改めて理解すると、これなら街に出るのもそこまで悪くないと思えた。


「では、昼食は別のお店に行きましょうか。ここは、軽食だけですから」
「ああ。そういえば、以前、ルーファウスが勧める店が何件かあると言っていたな」

「ええ。この街には3件ありますが、2件は予約制ですので、今日は難しいですね。1件は定休日でなければ大丈夫かと」
「そうか。では、後で少し覗いてみよう」

「わかりました。飲み物が来るまでの間に、場所を調べておきますね」
「ああ。お前は、珈琲で良いのか?紅茶かと思ったが、珍しいな」

「ああ、ここの紅茶は……私の好みとは少し違うので。それに、ここの珈琲に添えられているビスケットが美味しいんですよ」
「……そうか。それは楽しみだ」


恐らく紅茶が不味かったという意味だろうと予想しつつ、セフィロスはが言うビスケットに期待をする。
元々作っていた料理は大雑把なくせに、妙に舌が肥えているが美味しいというのなら、本当に美味しいのだろう。


10時半を指す壁の時計を確認し、そのままカウンターへ視線を向けると、気がついた店員がやってくる。
やたらと目を輝かせている若い店員に身構えそうになったものの、その視線がと自分の顔に向けられている事に気づいて、少しだけ肩の力が抜けた。
ほんのりと頬を染めて興奮しつつ、それを抑えて丁寧に接客する店員に珈琲を二つ頼む。
ソルジャーや英雄の肩書きが無くとも、この容姿では注目される事は変わりないのかと、思わず苦笑いが零れた。


「どうしました?」
「俺もお前も、他人の目を集めずにいるのは無理そうだと思ってな……」

「貴方は素敵な方ですからね。皆惹かれてしまうんですよ」
「お前は……すぐそういう事を言う……」

「ですが事実でしょう?照れる貴方も素敵ですよ」
「…………お前は、ここに来たことがあるのか?」

「街に用事がある時の休憩に、何度か寄った事があります」
「そうか」


からかうような事をいいながら、は事実を語っているだけという風で、その目でセフィロスへの好意を語ってくる。
下手に反論すると墓穴を掘ると思ったセフィロスは、頬が薄く染まるのを自覚しながら話題を変えるが、結局続かなくなって口を閉ざした。
その様子を見ていたは、小さく笑みを零すと携帯を取り出し、先ほど話した飲食店の情報を探す。
すぐに出てきた情報を確認し、そこに書かれた臨時休業の文字を見つけた彼女は、窓の外を見るセフィロスに画面を差し出して見せた。


「先ほど話していたお店ですが、残念ながら今週はお休みだそうです」
「そうか。なら、仕方が無いな。他を探そう」


多少空腹感はあるが、特に食べたいものがあるわけでもない。
いっそここで軽食を取って済ませても良いかと考えていると、頼んでいた珈琲が届く。
目当ての店が休みなので、お勧めの店はないかと店員に聞くに、店員は快く4件先の店を教えてくれた。
続けて笑顔で話しかける彼女に、店員も快く街の状況を話し出した。

今年は雪が多かった影響で、どこの川も水量が多かった。その影響で、橋の通行止めが頻発しているため、どこの店も思うように仕入が出来ないらしい。
セフィロスとが行こうとしていた店は、食材を拘って選んでいたために、その影響を大きく受けた結果の臨時休業だという。
街に数件ある高級店は同じ理由で影響を受けており、他にも、スノースポーツのシーズンを終えて別荘から帰ろうとしていた人々の中にも足止めを受けている人がいるとの事だった。
幸い全面的に通行止めではないので、街が孤立する状況ではないが、川の増水が落ち着くまで混乱は続きそうだった。
因みに、今回たちが購入する予定だった野菜の種や苗は、街の反対側にある地元農家の即売市場で購入できると教えて貰った。
夕方まで市場は開いているが、午後からは売り切れが多くなると聞いて、二人は珈琲を飲むとすぐに店を出る。
対応した以外の店員にも笑顔の大盤振る舞いをするに、妙な虫がつくのではと心配したセフィロスだったが、おかしな視線を向ける者がいないのを確認して密かに安堵した。


「街にあるカフェは何件か行きましたが、大衆向けの店の中では、今の所が一番教育が行き届いているんです。居心地も客層も、悪くなかったでしょう?」
「……ああ、そうだな」


気に入っている店だからいつもより愛想を良くしていたのかと、セフィロスは納得しながら車を出す。
慌ててシートベルトを締めたは、このまま大通りを街の端まで、とセフィロスに伝えると、買い物のメモを確認する。
1時間以上悪路を来たおかげか、町中での彼の運転に不安はなく、途中にある別の市場やホテルに意識を向ける余裕もあった。


「聞いて想像していたより、大分大きな街になったな」
「ええ。ですが、今は別荘やホテルで冬を過ごしていた人々が殆ど帰っていますから、これでも人が減っている方ですよ」

「そんなに人が多かったのか」
「ええ。家の準備をする時に何度か来ましたが、夜でも街に人がいるほどでした。その時期に街に来ていたら、貴方は嫌になっていたかもしれませんね」

「だろうな。さっき通り過ぎた市場は知っているか?」
「直売場とは違う、普通の市場ですよ。そちらは商人達の市場になります。生鮮食品の他に酒やチーズ、あとは工具や金物を扱う専門店も入っていますよ。道路からは見えませんでしたが、奥にはミッドガルにあったようなスーパーマーケットもあります。ですが、他の店に押されて規模は小さいですね。食品よりも洗剤などの日用消耗品を多く扱っています」

「本当に、よく知っているな」
「ルーファウスへ物資を頼めなくなった場合に備えたのもありますが、最低限の情報収集は必要ですから」


柔らかく笑って言うに、改めて自分は鳥籠で守られていたのだと気づいて、セフィロスはその過保護ぶりに苦笑いを零す。
そしてふと、過去の彼女も今の自分と同じ気持ちを持ったのだろうかと、遠い昔に思いを馳せた。
だが、脳裏に過ぎるのは、何食わぬ顔で常識外れの行動をして真面目に首を傾げては、心配するセフィロスに対し従順に頷くの姿ばかり。
そんな記憶の数々に、多分同じ気持ちではないだろうとセフィロスは思い直す。

苦笑いを浮かべたと思ったら、真面目な顔で遠くを眺め、頭を振ったセフィロスに、は首を傾げた。
とりあえず、よく分からなかったのでそのままにしておく事にして、は持っていたメモを仕舞う。
泥だらけの車ばかりが駐まる駐車場に入り、後部座席に持ってきたシートを敷くと、セフィロスはに手を引かれて賑わう市場に入った。

「セフィロス、購入は私がしますので、台車を押していただけますか?」
「ああ」

「ありがとうございます。では……すみません、ちょっと先にあそこの蜂蜜の瓶を取ってきます」
「わかった」

そういえば、蜂蜜も残りが少なくなっていたと思い出しながら、セフィロスは蜂蜜の棚へ一直線に向かっていくを見送る。
速攻で一人にされた事に思うところが無いわけではないが、女性の買い物はそういう所がある事は知っていたので、気にするほどではなかった。
ふとそばにある棚を見ると、畜産家が手作りしているという鳥ハムが目に入る。
数人の年配女性の写真シールが貼られている鳥ハムは、普通の塩と砂糖で味付けた以外に、胡椒やハーブ、チーズ入りやスモークされたものと豊富に種類がある。
が、ポップに書かれた『大人気』の文字の通り、どの種類も残りは僅かしかなく、人気ナンバー1という青じそ梅干し味は一つしか残っていなかった。


『暫くベヒーモスの肉ばかりだったな……』


少し考えて、蜂蜜を選んでいるの姿を確認したセフィロスは、陳列されている鳥ハムを全種類台車の篭に入れた。
これぐらいはが許す範囲と分かっているし、むしろ笑って夕食に出してくれるのが想像できる。


流石にこれ以上勝手に篭に物を入れるつもりはないが、他に何か目新しいものはあるだろうかと、セフィロスは陳列棚を眺める。
と、鳥ハムがあった場所の隣に、畜産農家が作ったというベーコンやハム、ソーセージが目に入ってしまった。

ベヒーモスと牛以外の肉。

篭の中を見つめ、どれだけなら許されるかと考えながら、彼の手は一番小さなブロックベーコンとが好きなハーブソーセージを篭に入れる。
これ以上は流石に不味い。そう考えた矢先、視線を上げたセフィロスは、商品棚の上に鎮座する10キロ近くはありそうな生ハム原木を見つけてしまった。


「…………」


これは保存が利く。

過ぎった躊躇をその一言でねじ伏せると、セフィロスは目の前の肉塊に手を伸ばす。
この程度は片手で持てる。かさばったところで荷物ではない。家に固定台があるし台所は広いので置き場所にも困らない。
何一つ問題がない事を脳内で確認したセフィロス。しかしその手があと少しで生ハムに触れるという所で、細く白い手が彼の手首を捕らえた。

がっちり掴んでくる手を辿っていくと、全く笑っていない目で微笑むの顔がある。
視線で、あれがほしいと生ハムの原木を示すセフィロスに、は全く表情を変えず、原木の下に並べられたブロックの生ハムを取って彼の手に握らせた。


「大きくても、扱いさえしっかりすれば、夏には無くなる」
「ええ。ですが、原木は匂いが強いので、密閉容器より大きいものは駄目です」

「…………」
「台所どころかリビングまで匂いがしますよ。髪や布にも匂いがつくでしょうね」


匂いについて言われた事で、セフィロスは、昔ジェネシスが生ハムの原木を買ったと自慢し、数日後に独特の匂いが気になると愚痴っていた事を思い出した。
その後暫くジェネシスの香水がきつくて、アンジールと一緒に文句を言った結果、ほんのり香水の匂いが移った生ハムの塊を押しつけられた記憶まで蘇ってくる。
人に食わせる匂いじゃないと苦情を言ったら、ちょっと涙目のジェネシスから臭うのは分かっているが早く食べきろうとしているのだから文句を言わず協力ぐらいしろと、謎の逆ギレをされて喧嘩になった。
まだ、互いに幼さが抜けない若い頃の話だ。

当時かいだ生ハムの匂いは忘れたが、それほど強い匂いなら無理をして買って食料庫に入れても、他の食材に匂いがつくとに断られそうだ。
名残惜しげに原木を見たセフィロスは、小さく肩を落とすとに手渡された生ハムのブロックを篭に入れる。
初心者向けミニ原木と書かれたシールを眺め、いつか目の前の10キロサイズを買ってやろうとセフィロスは密かに誓うのだった。






生ハムは匂いが強いですよね。

2022.09.12 Rika
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