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「セフィロス、そろそろ私以外と接してみませんか?」
「……正直、気が進まないが……」


ソファで朝食後の紅茶を飲みながら問うに、セフィロスは考えながら呟くように答える。
彼女の提案を、思ったほど拒絶していない自分を確かめて、けれど快諾もしていない自分に、彼はカップを置いて考えながら口を開く。


「……ずっとこのままで良いとも思えない。それは、分かっている」
「それは良かった。私には言えない、けれど誰かに言いたいようなこともあるでしょう?私では、貴方を肯定ばかりしてしまいますし、距離が近すぎますからね」

「……だが、誰がいる?悪いが俺はルーファウスは御免だ。奴は……今は灰汁が強い奴とは穏便に話せる気がしない」
「ええ、流石にいきなりルーファウスと話させたりはしませんから、ご安心を。他の、温厚な知人を紹介しようかと思っていました」

「……俺が接触して問題ない人間で、そんな奴がいるのか?」
「人間ではありませんよ?ラムウです」

「……それは、召喚獣の……か?」
「ええ。友好的に接するなら、穏やかな性格ですし、知識や経験が豊富です。相談相手としても良いかと。もちろん、貴方にその気があればですが」

「……少し、考えたい。召喚獣という発想はなかった」
「わかりました。召喚獣以外にも、街に降りてご自分で友人を作るという手もありますが……」

「街は……まだいい」
「そうですね。では、貴方が大丈夫と思った時に、また考えましょう」


これはラムウと話すのも結局断りそうだと思いながら、は紅茶を口に運ぶ。
そろそろ珈琲の機械の操作方法を調べようかと思っていると、カップを置いたタイミングで膝の上にセフィロスの頭が乗ってきて、身動きが取れなくされてしまった。


『この人、最近やる事が猫みたいになってきたな……』






Illusion sand ある未来の物語 14





冬の寒さがようやく峠を越え始めたものの、積もる雪が温む気配はまだ遠い。
徐々に暗いものへ変わっていく雲と、落ちてくる雪が増える様を眺めていたは、ふと視線を室内に戻したところで、鏡に映る自分の姿に目をとめた。

細い首と浮いた鎖骨、大剣の腹で叩けば折れそうな腕と腰。改めて認識するに従い、その目が険しい物へと変わっていく。
この世界来た時よりは健康的だが、女性としても細い部類に入る体。
そこに、長槍を片手で振り回し、チョコボの代わりにズーを乗り回していた脳筋騎士時代の面影はまるでない。


「っ……何と貧弱な……!!」


別人のように筋肉が落ちた体と、それを良しとして受け入れようとしていた自分の怠惰さに気づき、の口から自身に対する怒りの声が漏れる。
昔のように長槍を振るうことも、長剣を扱うことも勿論できるが、それは魔力による補助を肉体に施した上でのこと。
純粋な筋肉だけの力では、それらの武器を持ち上げるだけで精一杯かもしれない。

それを許していたのは、この世界に来たばかりの体が回復していない時期だけだ。
今、至って健康な状態にあるというのに、鍛え直そうという発想が出てこなかった自分の惰性と慢心に、彼女の中では激しい怒りの炎が燃え上がっていた。


一方、ボーっとしていたと思ったら突然怒りだしたに、隣で珈琲メーカーの説明書を読んでいたセフィロスは驚いて半身分離れる。
険しい顔で自分の手を見つめている彼女からは魔力が漏れ出し、蜃気楼のように辺りの空気を歪ませていた。


「いきなりどうした……?」
「セフィロス、私は今、己の愚かさに気づき怒りに震えているのです」

「具体的に言ってくれ」


また何か始まったな……と思いながら、セフィロスは説明書をテーブルに置いてに向き合う。
何かを激しく悔やむ彼女の顔に、これは多分大した事ではないだろうと考えていると、彼女は自身を落ち着けるように深く息を吐くと、まっすぐにセフィロスと見つめ合った。


「体を鍛え、筋肉をつけようと思います」
「好きにしろ」


やはり凄くどうでも良い事だった。


「私は魔力に頼ることに慣れすぎて、己自身を鍛えることを忘れていました。そんな自分が許せない……」
「手伝いは必要か?」

「お願いします。ですがまずは、一人で基礎的な筋肉をつけなおそうと思います」
「そうか……」

「はい。そこで、暫くは魔法を使わずに過ごしてみようかと……」
「分かっ……部屋の温度調節と髪を乾かすのだけは魔法を頼む」

「…………わかりました。それと、恐らく私は何事も無意識に魔力を使う癖がついています。セフィロスには、気づいた時に注意していただきたいのです」
「……わかった」


それは可能な限り常に魔力検知していろという事ではないかと思いながら、セフィロスはに付き合う事にする。
彼女から、将来的に肉体構築の魔術を覚えてもらうと言われているので、魔力の操作も検知もどうせ磨くことになるのだろう。
セフィロスから了承の返事をもらうと、は早速鍛えてくると言って足早に家から出て行く。

上着も持たずに行った彼女に、セフィロスは呆れて分厚いコートを着ると、の上着を持って家を出る。
の魔法による温度調節が無いと本当に寒いと思いながらフードを被って見回すと、鬼気迫る顔で剣を構えているの姿を見つけた。
宣言通り魔力を使っていないようだが、細腕についた筋肉では剣を支えきれず、剣先が風雪に煽られて揺れている。
寒さで歯が噛み合わなくなるのを食いしばって耐えているようだが、吹き付ける雪が服に張り付き、徐々にその姿が雪と同化し始めていた。

馬鹿すぎて顔を覆いたくなるのを堪え、セフィロスは無言でに近づくと体についた雪の上からコートをかける。
プルプルと肩を震わせる彼女が振り向かない様子にため息を飲み込むと、剣を持ったまま固まる彼女を担ぎ、足早に家の中に戻った。


「行動力があるのは分かるが、もう少し考えて動け」

温かな屋内に入ると同時に吐き出すように言ったセフィロスは、寒さで固まっているをリビングに運び暖炉の前に設置する。
慣れた手つきで薪を足し、にかけていたコートを取ると、服についた雪を払い落とす。


雪が積もる土地を知らないにとって、生身で立った極寒の地は、想像していた以上に寒かったのだろう。
情けない顔で震えながら見上げてくるを見ていると、叱る気が削がれると思いながら、セフィロスは彼女の鼻水をティッシュで拭った。


「剣は離せるか?」
「ゆゆゆゆゆびさきがうううううごきばぜん」

「魔法でどうにかできるか?」
「うぐぅぅ……」


涙目で自分の周囲の温度を上げるは、見て分かるほどに肩を落としている。
彼女の手から剣を離すのを手伝い、解けた雪が染みた服を脱がせると、セフィロスは自分が着ていたコートをにかけて着替えを取りに向かった。
リビングに戻ると、暖炉の前に座り込んだが床に置かれた剣を見つめながら、また何かブツブツ言っていたが、セフィロスはスルーする方針を固める。


「着替えだ。手伝いはいるか?」
「……ソファに連れて行って下さい」

冷えて真っ赤になっている足を擦り合わせるに求められて、セフィロスは彼女をソファに運ぶ。
コートを羽織ったまま、モソモソとニットのワンピースに着替える彼女を横目に、彼は床に置かれたままの剣を拾った。
が扱うには品質的に不釣り合いだが、筋肉をつけるために構えるだけならば、確かにこの平凡な鋼の剣で十分だろう。
そこら辺は考えられるのに、どうして寒さまで考えられないのか不思議に思いながら、セフィロスは着替え終わったの隣に腰を下ろす。


「大丈夫か?」
「はい。お手数をおかけしました」

「外が寒いのは分かっていただろう?何故薄着で出た?」
「あんなに寒いとは思わなかったんです。セフィロス、貴方は、外で剣を振っていても、体が温まれば上着を脱がれるでしょう?なので、体さえ温まれば問題ない寒さかと思って……」

「俺とお前では筋肉と脂肪の付き方が違う。それに、俺が剣を振っている時は、体がある程度温まるまでお前が周りの気温を調節しているだろう」
「……私、そんな事していましたか?」

「無意識か。とにかく、もう無茶はするな。剣を持つだけなら、家の中でも出来るだろう」
「……はい」

「お前は、思い詰めると極端に走る傾向がある。次から、何かするなら俺に相談してからにしろ」
「わかりました」

「昼食まではそのまま体を温めて休め。午後から俺もトレーニングに付き合う。2階の空き部屋を使うぞ」
「よろしくお願いします」


意気消沈して肯定するだけになっているに少し不安になりながら、セフィロスはテーブルに置いたままにしていた珈琲メーカーの説明書を開く。
一通りの操作方法が理解出来て、これで珈琲を飲めるようになると思って顔を上げると、掌の上に炎と氷と雷が混ざるピンポン球サイズの魔法を作っているがいた。

小さな魔法ながらかなりの威力があるのが見て取れるのに、どういう仕組みか振り返って目にするまでまるで気づかなかった。
そんなものを暇つぶしで作れるに、セフィロスは彼女が体を鍛える必要性は無いんじゃないかと普通に思ったが、きっと彼女の中でそれとこれは別なのだろう。

彼女の中で納得できる筋肉量がどの程度か分からないが、過度でなければ良いと思いながら、セフィロスはの手にある魔法が糸を解すように解除されていく様子を眺めていた。


「やはり長剣を扱えるぐらいの筋肉は取り戻したいですね」
「……無理はしないようにしろ」

「はっ!セフィロス、もしや私は、今のこの肉体なら大剣の二刀流で乱れ打ちが出来るまで鍛……」
「絶対にやめろ」


自分を大事にしないどころか、全く頓着していないのがよく分かるの言葉に、セフィロスは絶対に自分が見ている場所以外でトレーニングさせないと決めた。
不健康でなければ体型はあまり気にしないが、セフィロスに並ぶくらい肩幅がありそうなゴリラになるのは絶対に勘弁してほしい。
放っておけばどこに目標を定めるか分かったものではないに、セフィロスは落としどころを探して、ソファに立てかけていた鋼の剣に目をとめた。


「とりあえず、この剣を普通に振れる事を目標にしたらどうだ。元のお前の剣と、そう変わらない重さのはずだ」
「そう……ですね。確かに、貴方が言うとおり、今はそれが一番良いのかもしれません」

「ああ。そういえば、お前の剣はどうした?魔晄炉で折れた後、お前の部屋に置いたままだったが……この家には持ってきていないのか?」
「あれは、ルーファウスに頼んで、鍛冶師に作り直してもらっています。ポッキリ折れてしまいましたからね。一度溶かして作り直すしかありません」

「そうか。いつ届くのかは分かるのか?」
「預けた時点で1年待ちと言われていましたから、暫く先でしょう。腕が良い鍛冶師らしく、忙しいようですから」


それでも、届くのが楽しみなは、笑みを浮かべてカレンダーを眺める。
早ければ秋。遅くとも来春には届くという話だが、剣に使われている素材を見た鍛冶師が何の金属だと首を傾げていたそうなので、もしかしたらもっと時間がかかるかもしれない。
柄にある家紋を削らないよう念押しした上に、鞘の補修用に分けた神竜の皮を見て更に首を傾げていたらしいので、無理だと判断されたらそのまま返ってくるが。
その時は、他の方法を探すか、折れたまま仕舞っておく事になるだろう。


「お前があの剣を手元に置かないのは、少し意外だ」
「折れたままにはしたくありませんでしたから。それに、私も、昔よりは、色々なものにしがみつかなくなりました」

「……そうだな。お前は、昔より少し身軽になったような気がする。少しどうかと思う方向に振り切った所もあるが……」
「ふふん。物事の優先順位が変わっただけです。それに、開き直りは大切ですからね」


胸を張って言い切るが少しだけ羨ましく思えて、セフィロスは小さく苦笑いを零す。
同時に、何一つの憂いの影も見せない彼女に小さな妬みも生まれて、その感情を揺さぶってやりたくなった。
おかしな返答で返り討ちになるのは予想できたが、それぐらいは織り込み済みだ。
油断してソファにもたれるに、セフィロスはその手を取ると、ゆっくり引き寄せる。


「それで、お前は不要なものを捨てて、出来た隙間を俺で埋めたのか?」
「ええ。あとは狩猟や畑……む?」

「俺にお前を手放させておきながら、今更俺にしがみつくとは、随分勝手なことだ。傍にいると気づかないままお前を探す間抜けな俺を眺めているのは、さぞ心地が良かっただろう」


少し驚いた顔をするを見つめながら、セフィロス自身も自分の口から出てきた言葉に驚いていた。
そんな事を言いたいわけじゃなかっただろうと思うのに、『口にしたところで意味は無い』と処理したはずの思いが、勝手に声になっていく。


「俺の意思など気に留めず、選択する余裕も与えず、浮かれるまま望み通り俺を手に入れられて満足か? 俺がどれだけお前とお前の記憶を壊したくなったか、お前は想像もしなかっただろう? 今更現れて、何も無かった顔で隣に戻ってきたお前に、これまでの時間が無意味にされていく虚無感など分からないだろうな」
「…………」

「羨ましい限りだ。お前は耐えていた時が今報われているというのに、俺は無くしたものばかり思い知らされる。挙げ句、その身を差し出したお前で隙間を埋めようと足掻いたというのに、不能と来た。哀れ過ぎて道化にもなれん。よくこんな男を傍におこうと思ったものだ。なぜ放り捨てない?面倒で厄介な奴だと捨ててしまえば良いだろう」


取り繕おうと思うほど、独りでに言葉を吐き出す口を閉ざす事も出来ない。
動揺に瞳を揺らめかせながら鋭利な言葉を吐き続けるセフィロスに、はやっと抑えていた悲鳴を吐き出してくれたと内心で安堵する。
彼に握られた手に少しだけ痛みが走ったが、それより遙かに痛そうな目をしている彼を見ると、苦情を訴える気など起きなかった。

かなり心に痛いことを言われているが、漸く本当にセフィロスが逃げ込める場所になれたのだという実感の方が大きい。
今の彼は脆い。だから動揺や感傷を見せれば失敗すると考えたは、無理に口を閉じようとして失敗した彼が引き寄せる腕に答えて身を寄せた。
捨てろと口でいいながら、逃す気が無い彼の腕の中に収まる彼女は、自身を落ち着かせるように深い呼吸をする彼の背をそっと撫でる。
頬を擦り寄せた彼の唇が、声にならないまま何度も名を象るのを感じながら、その頬に、耳に、こめかみに口付けて返事をする。
落ち着かないまま大きく息を吐き、身を離した彼と見つめ合えば、焦燥を滲ませる瞳に困ったように微笑む自分の姿が映っていた。


「全て忘れて放り捨てろ。そうすれば俺は何も考えず元に戻れる。この星を破壊する事だけを考えて、楽に戻れる」


言って、己の意思に反した言葉に表情を歪めたセフィロスに、は再び言葉を吐こうとした彼の口を唇で塞ぐ。
また何か言おうとする唇を阻むように口づけながら、別に口を塞ぐだけなら手で良かったかもしれないと脳裏で考えたが、強く引き寄せる彼の腕にそれらの思考を捨てた。

できれば、セフィロスにはもう少し吐き出させた方が良かったかもしれない。
けれど、今急いて先を促せば、遠からず彼はまた激しい自己嫌悪で自分を追い詰めるのが目に見えていて、はこのけむに巻く選択を良しとした。

僅かに唇を離せば追うように口付けられ、深く飲み込むようなそれに答えた途端、今度は彼の唇に逃げられる。
戯れに弄ぶなと、セフィロスの襟元を掴んで引き寄せると、その勢いで互いの歯がぶつかり驚いて開いた目が合ったが、どちらも微かに目を細め合うだけで唇は離さなかった。

何度も唇に柔く噛み付かれては噛んだ跡を舌で撫でられていたは、不意に指先で耳と背を擽られ、腰の内側に走ったゾクリとする感触に慌てて彼から身を離す。
けれど、身を引いた勢いのまま何故かソファに横たえられていた彼女は、一瞬状況が理解できず目を丸くしてセフィロスを見上げた。


「……ぬ…………ぬ?」


少し前に見たのと同じ状況。しかし、ベッドではなくソファであるという点で、箱入り朴念仁なの思考は現状を正確に把握できず停止する。
勢いよく離れすぎたせいだろうかと自分を納得しかけたところで、起き上がろうとした肩をセフィロスに押さえられ、呆けて空いた口に彼の空いた手の親指が入り込んできた。

舌と歯をなぞられて背筋がざわついている間に唇を嘗められる。
そのまま入り込んできた舌に口内を翻弄されていると、いつの間にか口の中から消えていた指が腿から上を撫で上げた。
息苦しさにセフィロスの唇から逃れると、咎めるように鼻を甘く噛まれ、は思い出したように鼻で呼吸する。
褒めるように彼から優しく口付けられ、内心でホッと息を吐いただったが、いやそうじゃないだろうと慌てて彼の胸を押し返した。


「何だ?」
「いや、何だではないでしょう?何処で何をする気ですか?」

「……ここでそのまま続きをする気だが?」
「……え?ここはリビングのソファですよ?うん?私の勘違い?いや、そんなはずは……?」

「余計な事は考えるな」
「いや、いやいやいやいや、ソファは寛ぐ場所であってそういう事は寝室でするものでしょう。そもそもセフィロス、貴方は……あの……今は思うようにできませんよね?」


本当に理解できないという顔で止めてくるに、セフィロスは動きを止めて数秒考える。
心底意味が分からないというの表情から考えると、もしかしたら彼女の中ではベッド以外で触れる事は、『廊下でディナーをしよう』と言われているのと同じ感覚なのかもしれないと思った。
そして、それは概ね正解なのだろうという確信もある。
朴念仁の名に恥じぬ無知さだと内心で感心しながら、そこは追い追い教えて行けば良いかと考え直すと、セフィロスはの体を抱き上げ、彼女の望み通り寝室に向かう。



「は?どこに行くんですか?セフィロス、ちょ、私の話を聞いていましたか?もう大丈夫なんですか?また落ち込まれても私は許容範囲を超えてしまいますよ?」
「安心しろ。たとえ俺の体がどうにもならなくても、やり様はどうとでもなる」

「……は?…………は!?待って下さい、待って待って待て待て待て待たれよ暫し待たれよ貴殿の申し出は理解し難く今少し時間をいただきたい」
「待たん。どうせお前は俺を拒みはしないだろう?余計な事を考えずに流されろ」

「そういう問題ではありません。待って下さい。やりようとは何ですか?貴方の言動が想像と知識の範疇を逸脱していて理解し難いのですが私は如何すればよろしいのですかな?」
「正直に分からないと言って問うとは、利口だな。心配するな、簡単な事だ」



口では制止していても、腕の中から逃げずに大人しく運ばれるに、セフィロスはそれが混乱のせいでも良しとして、機嫌良く彼女をベッドに下ろす。
が献身的に身を差し出してくれたお陰か、計らず漏らしてしまった言葉に戸惑っていた時とは比べものにならないくらい、今の彼の心は晴れやかだった。
今朝の自分なら、何をしても無反応な体ではに余計な気を遣わせるだけだと躊躇っていたが、今は自分が反応しなくてもそれはそれで良いと考えられる。
驚くほど前向きなのか、先程の口の暴走で頭の捻子が飛んだのか。
どちらかは分からないが、其れも良し。
運良く自分の体が反応する可能性だって、無いとは言い切れないとすら思っている。

とにかく今は、余計な事を考えず、彼女の体に触れたいという欲求に従う事にした。
以前彼女を抱こうとした時の事は、自身の反応へのショックが大きすぎて、前後の記憶がかなり抜け落ちているのだ。

あの日、セフィロスには、のパジャマを脱がせようとした時点から彼女に抱きしめられながら眠る数秒前までの記憶が、自身の反応に驚いた瞬間以外ほぼない。
むしろ、翌朝の記憶すらかなり曖昧だった。

確かに彼女の体を見て、触れていたはずなのに、思い出そうとする度にあの瞬間の絶望感が強く蘇ってきて、残っていた記憶が朧気になっていく。
ただ、当時余裕が皆無だった自分が、へのフォローまで出来る可能性は限りなく少なく、彼女からのベッドでの印象は最悪だろうと想像はついていた。

何とか挽回しなくてはと内心焦っていたものの、ままならない体で仕切り直しなどできるはずもなく、時間ばかりが経ってまた焦るという悪循環にセフィロスは陥りかけていた。
だが、蟠りを吐き出して余裕ができたおかげなのか、今は事をやり遂げる事より、セフィロスが触れる事にが抵抗を持たなくする事と、間違いなく傷つけただろう彼女の女性としてのプライドを回復させる方が優先だと今更ながら気がつけた。
妙な所で不可解な思考を働かせるには、徹底的にやるしかないと思っている。


身の危険を察知したのか、手を挙動不審に動かして視線を忙しなくさ迷わせるに、セフィロスは笑みを浮かべて覆い被さると口付ける。
結果を悟ったか、思考の許容範囲を超えたのか、動きを止めた彼女に利口で良いと笑みと口付けを深くした彼は、やがて唇を離すと呆ける彼女の頬を優しく撫でた。


「1つ、俺を行動不能にするのは禁止だ。2つ、余計な事は考えず俺に集中しろ。3つ、声は抑えるな。あとは……部屋を暖めてくれ」
「あ、部屋、はい、温めました。…………いや、そうじゃない。そうじゃなくて……」

「ああ、そうだ。4つ、良ければ良いと、嫌なら嫌とはっきり言え。心配するな。悪戯に処女を奪って傷つける事はしない」
「ん?純血を散らさずどうやって……」


事を成すからには純血など無くなるのではないか?
そしてセフィロスの言い方では、儘ならない彼の体でも純血を散らせる方法があるという事か。
そもそも、やりようがあるとは結局どういう意味なのか。

湧き上がる疑問に思考を飛ばしかけただったが、頬に唇を寄せてきたセフィロスによって現実に引き戻される。
髪を撫でる彼の指の感触と、時折触れ合あう唇の心地良さに、自分の中の頑なな部分が解かされていくのを感じた。

けれど、名を呼ばれないままこれ以上触れ合うのは……。
そう思い留まる気持ちさえ、声に出せない代わりに頬に触れた唇で何度も名を象る彼に絆されていく。
囁く声にも出来ず、それが名だと理解されるかも分からないのに、それでも唇で呼び続けられてしまっては、手を振り払う非情さは持てなかった。

純血を散らさないままで、尚且つセフィロスの体がどうにもならなくても、やり様はあるというのなら、もう任せていいかもしれない。
何をどうするのか想像出来ないものの、彼が自分に無体をする事はないだろう。
そう考えると、は頬に名を辿る彼と唇を重ね、その広い背中に腕を伸ばした。



まさか、気分が浮上したセフィロスが、年嵩とはいえ生娘相手に疲労で動けなくなるまで色々と教え込んでくるとは、これまでの彼を見ていたは想像していなかった。
セフィロスが、時間をかけても反応しない自分の体に落ち込んではいないだろうかと、は途中で少しだけ心配になる。
が、何故かそれをに余裕があると判断して更に責め立ててきたセフィロスに、彼女は二度とそちらの心配はしないと決めた。


「お前は、悦すぎると涙目になるのか……悪くないな」


そんな事より体力の限界に気づいてほしい。
ねぶられすぎておかしくなった耳に囁かれた言葉に、は枯れそうな咽から恨み言を吐き出そうとしたが、それを察した彼の指の動きで望んでいたものとは違う声を漏らされる。
今の自分の体に限界という前提が無いせいか、時間を忘れて楽しんでいたセフィロスは、挽回どころか、一周回ってから内心で罵詈雑言をぶつけられていた。



***

……あれ?何か、今回前半の筋トレだけのギャグ回だったのに……
15話書いてから加筆したら何か違うことになった…………あれ……?え?何で?
さんより書いてる私が一番びっくりだわ。
いや……。いやいやいいやいや……。何でこうなったんじゃ。
筋トレしろや。

2022.09.15 Rika

剣のところ、ちょっと修正しました。

2022/10/11
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