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映画のエンドロールが終わると同時にカップへ手を伸ばしたセフィロスは、底で乾いた紅茶に気づいてソファから立ち上がる。
次はどの茶葉にしようかと考えながら台所へ行くと、貯蔵室の入り口でメモを手に考え込むがいた。

視線だけよこしてまた貯蔵室に視線を戻した彼女に、セフィロスはカップをシンクに置くとメモを覗き込む。
どの食材も平均的に使っているようだが、よく見れば肉の在庫が心許なくなっている。


「買いに行くのか?」
「いえ……うん。ちょと狩りに行ってきます」

「……ん?」
「貴方はどうします?ついてきますか?家で寝ていますか?」

「待て。買いに行くのか?」
「いえ、狩りに行くんですよ?少し北に行けばキングベヒーモスがいますから、1体狩れば夏の中頃までは持つでしょう」

「…………」
「それで、一緒に行きますか?家にいますか?運搬はオーディン辺りに手伝ってもらいますから、どちらでも良いですよ?」


またが何かおかしな事を言っていると思いながら、セフィロスは自宅待機を申し出た。
キングベヒーモスを仕留めるのは問題なさそうだが、その後の解体まで手伝える気がしない。

「加工方法で希望はありますか?」
「それは手伝う。肉の状態になってから呼んでくれ」

「最初から肉では?」
「……この間食べたベーコンのような肉が美味かった。出来れば、次はもう少し量が欲しい」


やっぱりこの女、自分より頭がおかしい気がする。
成長環境の違いによる根本的な考え方の違いをひしひしと感じながら、セフィロスは会話を適当に流す。
いつか自分も彼女のように狩猟から解体までするようになるのだろうが、それは暫く先の話だろう。
『肋骨周り薫製多め』とメモして食材の在庫確認を再開したを横目に、セフィロスは台所に置いている料理本から燻製についての本を取り、パラパラと中を眺めた。




Illusion sand ある未来の物語 13




『帰ってきたら起こしますが、そのままでも明日の朝には起きるようにしますね』


ベッドに横たわるセフィロスにそう言ったにスリプルをかけられてどれくらい経ったのか。
穏やかな眠りの揺りかごの中に意識を漂わせていたセフィロスは、背中から突き上げられるような魔力の揺れに目を覚ました。
驚いて起き上がると同時に、閃光が部屋を包み、轟音が家を揺らす。
痛いほど眩む目を押さえ、事態を確認しようとした彼は、外にあるの魔力と、彼女の魔力を纏う何となく覚えがあるような2つの魔力に動きを止める。


「それはオーディンの取り分だと言っているだろうが!何もしていないトカゲは内臓と首だけ持って帰れ!」
「ケチケチせんでもよかろうが!脚が一番美味いんじゃ!1本ぐらいくれても良かろうが!」
「我の肉、返してもらおう!」


どうやらとバハムート、あとオーディンが外で喧嘩しているらしい。
恐らく、先ほどの光と衝撃は、バハムートのフレアをが防いだのだろう。
馬の嘶きと共に聞こえるバハムートと思しき悲鳴を聞き流しながら、セフィロスは瞼を伏せて視力の回復を待つ。
ほんのりとオレンジ色に変わる瞼の裏に、夕暮れの色を感じた。


冬籠もりにかこつけて引きこもっているとセフィロスだが、それでも外出しなければならない時がある。
今のところは一人で済む用事しか無いが、自分が外へ出かけることも、と離れる事も嫌なセフィロスには、それは大きな問題だった。
二人の復活から、既に1月以上は経っているが、気配が感じられない距離に離れるのは彼の精神に負担が大きい。

考えに考え、やがて考えるのが面倒になったによって、セフィロスは彼女が外出する際、魔法で強制的に眠らされる事になった。
説明も何も無く『ではこうしましょう』という一言と同時に眠らされ、次の瞬間には夕方になっていたセフィロスの心情がお分かりいただけるだろうか。

夢さえ見ないほど深く眠れた事や、心なしか体が軽いのは有り難かったが、心情的には最悪である。
もう少し説明が出来なかったのかと言いたくなったが、そうなっても自分が拒否する事はセフィロスも予想できた。
だからといって納得は出来ないので、流石にに文句を言ったが、なら眠らせたセフィロスを担いで外出するしかないと言われて文句を言うのをやめた。
他にも、ミニマムという魔法で小さくして鞄に入れていくだとか、オールドという魔法でヨボヨボの爺にして背負っていくだとか提案されたが、全て却下した。
外出しても極力人と関わらずに済む方法を考えてくれたらしいが、どうして碌な案がないのだろうか。
セフィロスも我が儘を言っている自覚はあるので、あまり文句は言えなかったが、もっと繊細にいたわってほしいとちょっとだけ思った。


外の騒ぎが幾分か収まり、聞こえてくるのがバハムートの悲鳴だけになってきた。
視力が回復したセフィロスは、窓の外の夕暮れをちらりと確認すると、上着を着て外へ出た。

事前に解体作業は狩った場所でしてくると言っていたので、気になっていた血の臭いは少ない。
野生の獣の肉が大量にあるのに獣臭さが少ないのは、が絶えず風の魔法で匂いが溜まらないようにしてくれているお陰なのだろう。

キングベヒーモスの頭を口に突っ込まれて凍り漬けになっているバハムートを横目に、セフィロスはせっせと肉を仕訳するとオーディンの元へ向かう。
途中、助けを求めるバハムートのわざとらしいほど悲しげな鳴き声が聞こえた気がするが、恩も借りも無いので無視しておいた。


「おやセフィロス、先ほどの騒ぎで起こしてしまいましたか。すみません」
「いや、丁度夕方だからかまわない。何か手伝うか?」

「では、こちらの凍らせた肉を大きい方の冷凍庫へお願いします」


殺菌のため、酒気を吸うだけで咽せそうな強い酒を手や作業台に振りかけながら、は作業台の端に山積みのステーキ肉を指す。
その横では、鎧姿のオーディンが積まれた肉をせっせと蓋付きのホーロー容器に詰め込んでいた。
既に山積みの容器を無言で差し出され、セフィロスは大人しくそれを抱えると勝手口へ向かう。
途中、キングベヒーモスのものと思われる尻尾を、ガムのように噛んでいるオーディンの愛馬を見かけたが、6本脚の馬が草食か肉食か、そもそも召喚獣の愛馬に草と肉の違いが関係あるのかと考えて……それ以上考えるのをやめた。

貯蔵庫にある大型の冷凍庫に肉の容器を仕舞い、セフィロスはすぐ作業台へ戻る。
この作業、夜までに終わるのだろうかと考え、いや、ならヘイストを重ねがけしてでも終わらせるだろうと思っていると、作業台に立つ二人の人外が予想通り人間離れした早さで手を動かしていた。
肉を詰め終わったオーディンは、呆れて眺めるセフィロスの足下に容器を積み上げると、の向かいに立って山積みの屑肉を挽き肉に変えだした。
辺りは睫が凍るほど寒いのに、とオーディンの周りは二人が吐く息で白く霞がかり、その靄の中で塩と香辛料を塗り込まれた肉塊がどんどん積み上がっていく。
あの光景の一員にはちょっとなりたくないし、なれる気がしないと思いながら、セフィロスは黙って運搬作業を再開した。

生ハムとか、ベーコンとか、色々想像して楽しみにしていたセフィロスだったが、ひたすら大量の肉の処理をする二人に、そんな事を言う勇気はない。
はセフィロスが薫製の本を読んでいたことを知っているので、数日して肉の処理が落ち着けば、何かやらせてくれるだろう……多分。
そうだといいなと思いながら最後の容器を冷凍庫に仕舞って戻ると、オーディンが巨大な脚肉を担いで帰るところだった。


「今日は助かった。明日も朝から処理の手伝いを頼む」
「報酬は既に受け取っている。これは我の趣味。気にするな」

「ああ。もし私が起きるのが遅かったら、先に作業を始めていてくれ」
「承知した」


スレイプニルと共に異空間へ帰って行くオーディンを見送ると、は大きく伸びをして体を解す。
追加でいくつも作られた氷の作業台と、その上に一つ一つ氷の箱に仕舞われて積まれた漬け込み中の肉にセフィロスが呆れた顔をしても、彼女は朗らかに笑って返すだけだった。


「今日はもういいのか?」
「ええ。あらかたの処理は終わりましたので。明日は作業台の上にある肉を仕舞って、その後は味が染みこむのを1週間ほど待ってからですね」

「手間がかかるな。量が多すぎるせいもあるだろうが……」
「ええ。ですが、これらを買うとなるとかなりの出費になりますからね。味も自分の好みに出来ますから、楽しもうと思えばいくらでも幅が広がりますよ」


そこまで楽しめるのは、この生活にもう少し腰を据えられてからだろうけれど……。

凍てつくような風に身震いしたは、セフィロスを急かして足早に玄関へ向かう。
汚れた手を見せつけて、早くドアを開けてほしいと訴えると、彼は小さくため息をついて玄関を開けた。

「セフィロス、すみませんが、洗面所も開けて下さい」
「わかっている。蛇口もだな」

「おねがいします。体に匂いがついているので、そのままお風呂に入りますね」
「なら俺も入「2階のシャワー室も温めておきますね」


皆まで言わさずピシャリと言い放つと、はさっさと手を洗ってセフィロスを廊下に追い出す。
扉の向こうで不満げに息を吐いたセフィロスだったが、やがて諦めてリビングへ向かっていった。
階段を上り、2階にある元タークス用のシャワー室へ向かう彼の足音を聞きながら、は衣類を脱いで風呂へ入る。
勢いよく湯を被ると、髪にこびりついた獣と血の匂いが余計鼻につく。
思わず顔を顰め、セフィロスから『土と草むらのような変な匂い』と酷評された愛用の石鹸で髪を洗うと、浴室に充満していた獣臭は一気に消えた。

人心地ついていると、真上にあるシャワー室を使っている音が響いてくる。
けれど、きっと彼は寝る前に湯船に入りたがるだろうと考えて、は空のバスタブに湯を入れた。

昔、自分やセフィロスが愛用していたシャンプーは、既に販売終了しているどころか製造企業すら存在していない。
彼が、無自覚にシャンプーの香りに煩いのを知っていたは、何とか近い香りのものを探したのだが、生憎あまり反応はくれなかった。

大げさに驚いてほしいわけではないが、何か一言あっても良いのではなかろうかと、はセフィロスがいない場所で大きくため息をつく。
既に、それに反応する余裕がない時期は過ぎている気がするのだが、どうにも余計な所ばかり反応して、気付いてほしい所には気にしないという選択をされることが多い。

自身、今の生活への慣れで、望みが多くなっているのだろうと反省する。
けれど、けれど…と、ついつい最近のセフィロスについて、取るに足らない不満が溜まってしまうのだ。

きっと、セフィロスも同じように不満や小さな要求は溜まっているだろう。
最近の彼は、数日に一度だが、明け方になると寝ながらの下着の紐をほどいてくるので、別の欲求もあるのだとは思う。

昔と合わせれば、一緒に暮らす時間は1年以上。互いを知っている時間は、数十年だ。
そういう望みが出るのは当然だとも分かっている。むしろ出ない方が逆に問題である。
受け入れる覚悟はとうに出来ているし、彼が手を伸ばしてくるなら当然のようには答えるだろう。
だがしかし、それを思いとどまらせる問題が、今の二人の前には……否、少なくともの前にはある。


「……名前を呼ばれないままは、ちょっとな……」


呟いて、は湯船の中に体を沈める。

セフィロスも自覚しているだろう、の名前を呼べない問題。
それがここにきて、の日常における不満の根幹になっていた。

暫くすれば、はずみで呼ぶだろうと安易に考えていたのだが、セフィロスは何かの制限がかかっているかのように、頑なにの名を口にしない。
呼んだとしても『お前』である。
昔もそう言われていたし、それに抵抗はないのだが、名前を呼ばないことが前提となると心証はまた違ってくる。
二人しかいない生活では、それで不便がない事が、また問題だろう。

彼の口から、としてきちんと認識している証左が示されないと、どうにも信用できなかった。
後々『単に身近にいて縋れる存在で、それが異性だから手を出して繋ぎ止めようと手を出したのでは?』という疑念を持つ自分が簡単に想像できる。
そもそも、いくら惚れていようが、自分の前を呼んでもくれない男に手を出されて喜ぶ女はあまりいない。

余計な事を考えるから物が進まないという考え方もある。
それも一理あると理解していたは、復活当初、必要と考えない限りは強く自制する事もなく、セフィロスのどんな行動も良しとして見守り受け止める立場をとっていた。
それは彼が目覚めて2週間程経った日、ベッドに入ったの上に彼が覆い被さった時も変わらなかった。
気力が回復しきれていないはずの彼の行動に驚き、焦燥の色が見える彼の瞳に少々思うところがあっただったが、それが今のセフィロスに必要ならばと腹を括ったのだ。

しかし、残念ながらその夜は、彼の心身の回復が本人が思っている以上に進んでいないことと、男の体はとても繊細だと思いながら、見た事ないほど絶望した顔で言葉を失うセフィロスを抱きしめて眠ることになった。
俗に言う清らかな乙女の体のままなに、そんな状態の異性をどうにかする技術など無い。
むしろ、事を進めながらもいざというタイミングで相手の体が男性的に無反応という、初めて異性を受け入れる側として最悪な状況になったのだ。よく泣き出さなかったものだと思う。

セフィロス本人の方が、より遙かに衝撃を受けていたので、咄嗟にまだ時期じゃないのだろうと言って寄り添ったが、の女としての自尊心はボロクソである。
その後1週間、セフィロスは見てわかるほど落ち込んでいたし、自分の事で精一杯な彼には、のフォローをする余裕もそれに思い至る余裕もない。
もしかしたら、がすぐに彼の状態を受け入れる対応をしたせいで、男性経験があると勘違いされているのかもしれない。いや、それでも、その後一切フォローしない理由にはならないだろう。
経験で考えるなら立場は逆のはずで、けれど経験の問題ではないと分かっているので、は行き場のない不満を抱えてはそれを我が儘だと自己嫌悪するしかなかった。

そんな中で、セフィロスがの名を呼べるかという点は、彼の精神的な回復を示す大事な目安だった。
はっきりと『名を呼んでほしい』と言えれば良かったのだが、セフィロスの口から自然との名が出ない現状では、まだその言葉は彼を追い詰めるものなのだろう。
彼が自らの名を呼べるまで回復したなら、触れ合った結果に同じ問題が起きても、ゆっくり解決しようと前向きに考えられる。
けれど、そこまで回復しないまま、また同じ行動と結果になった場合、流石のも彼を傷つけない反応をする自信がなかった。


「……しかしな……。少し冷たくしすぎたか……」


小さな不満が溜まっているとしても、寒い中で作業を手伝ってくれたのに、言葉を遮って洗面所から追い出すのは酷かったかもしれない。
いや、追い出さなければ済し崩しに風呂まで一緒になって、中途半端に手を出された結果また絶望される可能性が高いので、対応自体は正解だろう。
寝ぼけて下着を取るのは気づかないフリをして許しているのだ。この線引きは許して貰わなければ困る。

とりあえず、次は追い出すにしても、もう少し優しい言い方にしようと考えて、は湯船から上がった。
最近暇を持て余して作った香油を髪と体に塗って、全身を魔法で乾かすと、脱衣所に清涼な花の香りが広がる。
日によって香油の配合を変えるのが楽しいのだが、一度セフィロスから食欲をそそるハーブの匂いがすると言われてから、空腹時には調合しないと決めた。

体にタオルを巻いて着替えを取りに行くと、既にシャワーを終えたセフィロスがリビングで暖炉に火を入れている姿が見えた。
その髪がまだ湿っているのを遠目に確認すると、はすぐに寝室で着替えて彼の元に向かう。
リビングに入ると同時に振り向いた彼は、火掻き棒を片付けると、ダイニングの椅子にかけてに髪を向ける。


「頼む」
「はい。……毛先に少し灰がついてますね」

「ああ。少し寒くて、待てなかった。寝る前に、一度湯船にはいるつもりでいる。その時に少し洗おう」
「わかりました。……どうぞ、もう乾きましたよ」

「助かった。お前がいると、風呂の後が本当に楽だ」
「この長さをドライヤーは辛いでしょうからね」

「ああ。お前がいなくなってから、何度髪を切ろうと考えたか分からん」
「おやおや。綺麗な髪なのに、切ってしまうのは勿体ないですよ。でも、髪が短い貴方も、少し見てみたい気がしますね」

「そのうち、気が向いたら考えよう」
「では、気長に楽しみにしています」

「あまり期待はするな」
「分かっていますよ」


切る気がないならハッキリ言ってくれて構わないのに、少しだけ希望を残してくれるセフィロスに、は小さな笑みを返す。
そのまま腰を落ち着ける様子のセフィロスへ、昨夜飲みかけにしていたワインを出すと、適当なつまみを作り始める。

肉体労働をしてきたので、夕飯はしっかりしたいものが食べたいが、長時間肉の匂いをかぎながら作業していたので肉以外が食べたくなる。
簡単に白身魚の鍋にしようと決めて材料を出していると、様子を見に来たセフィロスが背中から材料を覗き込んできた。


「何を作るつもりだ?」
「簡単に鍋にしようかと思っていました。今日は肉以外が食べたいので」

「わかった。今日は俺が作る」
「鍋がお嫌でしたら、他のものにしますよ?」

「お前は疲れているとすぐに鍋や煮込み料理にする。魚なら何でも良いんだろう?ソファか椅子で休んでいろ。ワインも先に飲んでいるといい」
「……お言葉に甘えます」


完全にバレていると思いながら、は先ほどまでセフィロスが掛けていた椅子に腰を下ろす。
こういう時のセフィロスは、手伝いを申し出ても休んでいろの一点張りで手を出させてくれない。
が出した材料を半分片づけ、代わりに別の赤身魚や野菜を出す彼の姿を眺めながら、グラスの中のワインをチビチビと楽しんだ。

茹でた野菜の甘い香りや、少し醤油が混じるバターの香りに食欲をそそられて、は何が出てくるのかワクワクしながら出来上がりを待つ。
鱈のムニエルを作っていたセフィロスは、ふと顔を上げた先にいるニコニコで食事を待つの姿に、思わず顔を背けて噴き出した。


「どうかしましたか?」
「……何でもない」


ブンブン揺れる尻尾の幻が見えそうだったとは言えず、セフィロスは小さく咳払いすると調理を再開する。
アルコールが入ったせいか、段々と緩んでいくの雰囲気に、セフィロスは急いで料理を仕上げていく。
幸い彼女が本格的に眠気を感じる前に夕飯を完成させた彼は、素直に目を輝かせて食卓に手を合わせるの姿に、また顔を背けて肩を震わせた。

食事中、眠気が限界を迎えたは、自分にエスナをかけて無理やり眠気を覚ます。
副作用でワインの酔いも覚めてしまったが、食べながら眠るよりはマシと判断した。
気を取り直してサーモンのマリネを食べる彼女に、セフィロスは呆れた顔になったが、彼が作ってくれた食事を途中で切り上げる方がには問題である。
料理をしっかりと堪能したは、渋るセフィロスをリビングのソファに追い立て、さっさと片付けを済ませてしまう。


「休めと言っているだろう」
「何もしないのは性に合わないもので。癖だと思ってください」

「自分を酷使する癖だけはなおしてくれ」
「……善処します」

「お前のそのセリフは本当にアテにならない」
「返す言葉もありませんねぇ」


性分は簡単に治らないから性分なのだが、言っても怒られるだけなのでは黙ったままセフィロスにワインを差し出す。
ため息をついて受け取った彼とグラスを重ね、今日の狩りの成果や北の魔物の状況について話していると、テーブルに置きっぱなしにしていたの携帯が鳴った。

ルーファウスとの連絡以外で使わないそれを、は緩慢な動きで手に取ると、送られてきたメッセージを確認する。
何やら感心した反応をするに、セフィロスが内心首を傾げていると、彼女は画面を何度か操作すると、数字が羅列されたページを見せてきた。


「今日のキングベヒーモス狩りですが、間引きで多めに狩った分をルーファウス経由で売ってもらったんです。その代金が早速入ってきました」
「これは……お前の口座か?」


良いのだろうかと思いながら確認すると、元々結構な残高がある上に、今日の日付で入った金額はセフィロスの昔の給料3か月分はある。
一体どれだけのキングベヒーモスを狩ったのだろうかと思ったが、それ以上に入金元が全てルーファウスなのが気になった。


「何故ルーファウスから金が?」
「たまに、ルーファウス経由で仕事をしているんです。今回の食肉や僻地での魔物の間引きのほか、細々とした情報収集がたまに。それ以外は、彼の護衛代ですよ。必要ないと言っていたんですが、律儀に口座を作って報酬を貯めていてくれたんです。おかげで、今は先立つものの心配はあまりせずに済みますから、彼には頭が上がりません」

「……随分と親しくしていたようだな。昔も今も、お前は奴の特別のままか……」
「私には、他に会話できる人間がいませんでしたからねぇ。あの人、憐れみを隠そうともしてませんでしたねぇ……」


ただの憐れみで家を1軒くれる男がいるものか。
ルーファウスの、危機管理だけではない、男としての打算を理解していないのか、その上で気付かないふりをしているのか。
がどう考えているのかは分からないし、今のセフィロスはそれを知りたいとは思わなかった。
ただ、今目の前の男が小さな嫉妬をしている事には、彼女は気づいていないようで、彼はため息をついての手から携帯を奪う。

そのまま画面を閉じて話題を変えようと思っていたセフィロスは、しかし彼女が見ていたド派手で形容し難くファッショナブルなジャケットの写真に動きを止めた。
一体どんな場面で着るのか不明なジャケットは、昔、いくつか小物を持っていたハイブランドのものだ。
確か、キーケースと靴を一時期使っていて、それはシンプルなデザインだったから気に入っていた。使い心地も値段相応だった記憶がある。
ただ、そこの服だけはセフィロスの趣味とは全く合わず、自分なら着こなせると分かっていても、絶対に着たくないと思っていたのだ。

そのブランドのページを、なぜが見ているのか。
しかも女性ものではなく男性ものである。
臨時収入的なものが入った直後と考えると、嫌な予感しかしない。

なにせは、服の趣味は良いし見る目はあるが、センスが何だか少しおかしい。似合うのに、何かが微妙におかしいのだ。
品質が良いものを見極める目があるので、フォーマルなどのクラシカルな服はあまり問題ないが、それ以外になると……特に組み合わせという点では酷い有様だった。
セフィロスが選んだ服を、小物一つでクソダサくした経験は数えきれない。


「……どうして、このブランドを見ていた?」
「貴方の荷物に、同じブランドのものがあったので、お好きなのかと……勘違いでしたか?」

「ああ。一時期小物を気に入って使ったが、ここの服は派手すぎて好みじゃない」
「そうでしたか。後学のためにと思って見ていましたが、別のブランドを見た方が良さそうですね」

「そうだな。だが、お前のものも含めて、服は俺が選びたい。気になるブランドを見つけたら教えてくれ」
「ええ、そうします」


何かプレゼントされるんじゃなくて良かったとセフィロスが胸をなで下ろしているとは知らず、は携帯を返してもらうとルーファウスに返信してページを閉じる。


「そういえば、今着ている服を用意しようとした時も、ルーファウスに選ばせてほしいと言われたんですよ。レノも一緒になって、貴方の分も選びたいと言ってくださったので、お言葉に甘えましたが……」
「今度二人に礼を言っておいてくれ」

「わかりました。靴下一つにさえ気を使ってくれていましたから、伝えればきっと喜んでくれるでしょう」
「ああ……」


小さな嫉妬をしてしまった事を心の中で小さく謝罪しながら、セフィロスはルーファウス達の機転に感謝する。
本人達に会って直接礼を言うかどうかは、まだ何とも言えないが、そのうち会う機会があったなら、礼を言うか考えるかもしれない。

そう考えられるようになった分、自分は少しは回復しているのだろうか。
昔のままに戻れる事は出来ない以上、どこかでこれで良いと線引きする事になるのだろう。
その判断をするのは自分なのか、それとも彼女の反応で決めるのだろうかと考えていたセフィロスは、の携帯に写ったスタイリッシュすぎるサングラスの写真に、再び彼女から携帯を奪い取った。






2022.07.26 Rika
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