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Illusion sand ある未来の物語 11 「どうせお前も後から風呂に入るのだろう?」 「ん?ええ、まあ、そうですね」 「別に入るのは手間だと思わないか?」 「……と、仰いますと……?」 「今、一緒に入っても良いと思わないか?」 「………………………………良いわけがないでしょう!いきなり何を言ってるんですか!?」 「別におかしな事は言っていない」 「言っているでしょう!寒さで頭が回っていないんですか!?破廉恥な事を言っていないで早く入ってきて下さい!」 耳まで赤くなって声を上げたによって脱衣所に押し込まれたセフィロスは、予想通りの反応に小さく舌打ちをする。 断られるのは想定の内なので気にしないが、先日のような可愛い表情を少しだけ期待していたので、昔のような慌て方をされて終わったのは少し残念だった。 いや、あの動揺して少し涙目になりながら困っている表情も、それはそれで良いのだが、こういう事はどうしても欲が出てしまう。 慌てているせいか、ガタガタと物や壁にぶつかりながら廊下を行く彼女の物音に、セフィロスは小さく息をつくと乱暴に服を脱ぎ捨てた。 雰囲気も何も無く風呂に誘ったのに、律儀に湯船のお湯どころか浴室まで温かくしてくれているに頭が下がる思いだ。 けれど、同じ家の中にいて、呼べば答える距離にいるのに、を目で見て触れていないと、また手が届かない場所にいなくなるのではと不安になってくる。 彼女の魔力が自分のそれと繋げられているのを感じるのに、それでも廊下の扉を開けて姿を確認したくなる自分のたちの悪さに、セフィロスは眉を顰めた。 落ち着かない気持ちに急かされて、セフィロスは雑にお湯を被ると湯船の中に身を沈める。 じわじわと痺れる手先の感覚に、体の冷えを自覚して、人心地つかせるように大きく呼吸した。 彼女が、この風呂の時間をセフィロスが一人になれる時間として考えていることは、彼も何となく分かっている。 けれど、それで落ち着けるほど、彼の心はまだ安定しておらず、それを自覚しているから、余計に気分は沈んだ。 断られたとはいえ、黙って我慢していた昨日までに比べれば、一緒に入りたいと言えただけ進歩している。 そう自身に言い聞かせると、セフィロスはまだ温まっていない体で湯船から上がり、手早く髪を洗い始めた。 好きで伸ばしていた髪だが、今だけはこの長さが恨めしい。 せめて昔のように、腰辺りまで切ってしまおうかと考えながら泡を流した彼は、さっさと体を洗うと湯船に入って体を温め直した。 そのまま風呂を出てしまいたかったが、まだ指が冷たい。 しっかり温まってから出なければ、呆れたにもう1回風呂に入らされてしまう。 それが分かっていても、すぐに出てを探しに行きたくなるのを我慢しなければならないこの時間は、彼にとって一日で一番苦痛だった。 「セフィロス、着替えをお持ちしました。私は廊下で待っていますから、ちゃんと温まって下さいね」 「…………」 我慢だ。我慢。我慢。我慢。我慢……。 言い聞かせているのに、体はザバリと水音を立てて湯船から出る。 磨りガラスの扉の向こうで、が首を傾げたのと同時に、セフィロスはその扉を開けると、振り向きかけていた彼女の腕を掴んだ。 「駄目だ」 「は?」 「我慢できるものと出来ないものがある。今は風呂でもお前と離れるのは無理だ」 「……は……ぁ……ぅ………ぃぇ゛…おぁ゛…………」 目を見開いて固まるの顔が……顔どころか耳や首まで赤くなっていくが、セフィロスには気に掛けてやれる余裕が無い。 見つめ合っている彼女の口からは、締め上げられた……否、絞り出すようなうめき声が出ているだけで、言葉なんて出るはずが無かった。 「お前に負担をかけているのは分かっている。が、せめて扉の向こうにはいてほしい」 「ぁ……ぁ゛……ぁ゛……」 「……聞こえているのか?」 聞こえるとか聞こえないとかいう問題ではない。 油断しているところをいきなり全裸で現れられ、両腕をしっかり捕まえられたは、血が上って働かない頭で必死に対応を考える。 魔法でぶっ飛ばしたくなるのを抑え、衝動的に投げ飛ばしたくなるのを堪え、大声で叱りつけたくなるのを抑え。 目を覆おうにも腕の自由は無く、顔を伏せれば彼の下半身を直視する。 とにかく視線を下げてはいけない。そしてセフィロスに冷静になってもらわなければいけない。 湯気を纏った肌を平然と晒してくる彼に、戦き強ばった体が段々と悪い力の抜け方をしてくる。 遠のきそうな気を引き戻しても、もはやの脳は思考を働かせるだけの余裕を失っていた。 「ぅあ゛…………」 「おい、血が……」 鼻の中を流れ落ちていく温かい感覚。 それを感知し、拭かなければと思った瞬間、の意識は途切れた。 「脱衣所での待機は了解しました。着替えの際は廊下で待機します。それでいいですね?」 「ああ。悪かった」 「いえ。こちらこそ、お手数をおかけしました」 「気にするな。俺のせいだ。……今後は気をつける」 「よろしくおねがいします」 「ああ」 暖炉の薪が燃える音だけが響くリビングで、鼻にティッシュを詰めたまま項垂れるの声は、今までに無いほど沈んでいた。 元凶の変態は既に服を着ており、気まずそうに隣に座っているが、流石に反省して彼女の手を握ったりはしていない。 セフィロスの髪はに魔法で乾かしてもらい、彼が気を遣って煎れた紅茶は温くなっていた。 が目を覚ました直後から、セフィロスは何度も頭を下げて謝ったが、のダメージは大きく回復するには時間がかかりそうだ。 既に出血が収まった彼女の鼻からティッシュを取ってあげるべきか、自分で取るのをまつべきか。 悩みつつも口に出せないセフィロスは、口に運んだ自分のカップが空だと気づき、気まずそうにテーブルの上に戻した。 今日の夕飯は、自分が作った方が良いだろうかと台所に目をやったが、そこには昼に作り置きした料理がある。 ソファから浮かせた腰をすぐに戻したセフィロスは、横目での様子を窺うが、頭を垂らす彼女の後頭部はぴくりとも動かなかった。 一体どう声をかけるべきか。 やらかしたのが自分である以上、下手な事を言えないので困ったものだ。 何とか慰めようと思っても、良い言葉が全く浮かばず、それどころか、鼻にティッシュを詰めている顔も少し間が抜けて可愛いなどと、言った瞬間色々終わる言葉しか浮かんでこない。 午前、午後と外で刀を振るったおかげで、セフィロスの胸の中は少しだけ軽くなったのだが、よもやこんなやらかしで頭を悩ませることになるとは思わなかった。 本当は自分も剣を振りたいだろうに、は黙ってセフィロスを見守り、これからは出来るだけ体を動かしましょうと穏やかな目で言ってくれたのに。 今度、一度手合わせをしようと約束しながら家に入った時の、充足感のある穏やかな空気が遠い昔のようである。 セフィロスからの謝罪は十分したので、今はの回復を待つ以外にやることが無い。 けれど、いくら割り切りが上手いだって、惚れた男に鼻血を出して倒れる姿を晒したのだから、回復に時間がかかるのは仕方がない事だった。 昔のセフィロスがしていた裸にコートという責めた服装は受け流していただったが、完全な全裸となればまた勝手が違うらしく、そのダメージもかなりある。 初心と言うには些か首をかしげるところがあるが、彼女のそんな所が昔と変わらなくて、セフィロスはひっそりと苦笑いした。 視界の端から差してくる光に目を細め、窓の外への目をやれば、雪雲の合間から覗く太陽が青白い景色に夕暮れの色を差し入れている。 いつもなら、の膝を借りるなり抱き枕になってもらいながら考え事をするか、ほんのり邪魔そうな雰囲気をだしてくる彼女につきまとって一緒に夕食を作っている時間だ。 今日の夕方はの膝を借りて考え事をしようと思っていたのに、まさか項垂れる彼女の隣で呆ける時間になるとはセフィロスも予想外である。 いつもがそうしてくれるように、今回はセフィロスが膝や胸を貸して気力を回復させようかと思ったのだが、止まった鼻血がまた出ると困るという理由で断られた。 元凶なのだから断られて当然だが。 ふう……とため息が聞こえて、セフィロスは窓からへ視線を移す。 ようやく顔をあげた彼女は、大分疲れた表情をしながら、鼻に詰めていたティッシュを抜き取った。 忘れているわけではなかったのだな……と考えながら、テーブル下のゴミ箱を差し出したセフィロスに、は小さく頷きながら血がついたティッシュを捨てる。 ソファの背もたれに寄りかかった彼女は、ちらりと台所を見たが、作り置きを確認するとすぐ視線を戻した。 窓の外を確認し、また一つ息を吐いた彼女は、頬に触れる指の感触に視線をやる。 無表情だが、気まずそうな目で、申し訳なさそうな雰囲気を出すセフィロスに、狡い人だなと思う。 けれど、それを口にしたところで、今のセフィロスに受け流したり受け止めたりする余裕が無い事は分かっているので、は諦めて感情を収める事にした。 ただし、いずれ、彼の精神状態が復活したら、必ず文句を言ってやると心に決めてはいる。 頬を撫でていた手を止めたセフィロスに、は彼の手を取るとそのまま彼の懐に入る。 自ら腕の中に入ってきた彼女に、彼はホッとした顔になると、その体を遠慮無く引き寄せた。 腰が浮いたの膝下に腕を入れ、自分の膝の上に座らせたセフィロスは、彼女の額に口付けると頬を寄せる。 完全に縫いぐるみか何かを愛でるようなそれに、は少しだけ複雑な気分だったが、彼の肩から力が抜けるのを見て好きにさせる事にした。 掌を親指の腹で擽られて小さく笑うと、彼女はその指を握り込んでセフィロスと視線を合わせた。 逃れようとする彼の指をしっかり捕らえたは、絶対逃さんと言わんばかりに、彼のもう片方の手も掴む。 「……ん?抜けないな」 「……ええ。……掴んでますから」 「……くっ……」 「ぬぅ…………」 「…………」 「…………」 普通の男女であれば、男性の力が勝って女性の手が離れてしまうものだが、生憎この2人は時間が許せば何時間でも剣を振り回せる握力ゴリラ……否、よく鍛えた体の持ち主である。 力が拮抗したところで、持ち前の負けず嫌いが互いに発動し、キャッキャウフフな雰囲気どころか静かな闘争が起こっていた。 だが、長い時間張り合う理由は特になかったので、どちらからともなく力を抜いて普通に手を握り合って落ち着く。 そこに至っても一度も視線を逸らそうとしないに、セフィロスは少しだけ首を傾げてみせた。 それに穏やかに目を細めて答えた彼女だったが、それでもその目は昔から変わらずまっすぐに彼を見つめている。 けれど、対するセフィロスの目は、昔とは大分違っていた。 答えるように見つめ返してくれるまっすぐさは変わらないのに、その瞳にを映す度、夢や幻ではないかと確かめてくる。 昔そこにあった強さには色濃い不安と恐れが混じり、彼女の姿を映して見える安堵にさえ怯えの色が見えた。 それは、の死がどれだけ彼の心を抉ったのか、如実に教えてくれる。 「セフィロス、また自分を追い詰めてますね?」 「……すぐに俺の中を読むな」 「おや、それは失礼しました。ですが、私の頭の中は常に貴方でいっぱいなもので、つい貴方の内側をのぞき込んでしまうんです」 「お前……少しルーファウスに似てきたな」 「撤回してください。私はあんなに意地悪くありません。撤回してください」 「そこまで拒絶してやらなくてもいいだろう……。分かった、似ていない。全く似ていない。これでいいか?」 「……まあいいです」 ムキになる点と簡単に感情を見せる点は全く似ていないという意味でセフィロスが否定すると、はどこか腑に落ちない顔をしつつ納得した。 ただ、心の内を堂々と口にしてくる時のの言い回しに、セフィロスはどうしてもルーファウスを思い出す。 長い間、の話し相手は召喚獣以外だとルーファウスぐらいしかいなかったせいとは分かっていても、セフィロスは小さな嫉妬を覚える。 けれど同時に、何十年もの時間があるのに、唯一の人間の話し相手がよりにもよってルーファウスだったというへ、同情もした。 「……セフィロス、何か失礼な事を考えていませんか?」 「気のせいだ」 「それにしては目が哀れんでいるような……」 「気のせいだ」 「……では、そういう事にしておきましょう」 「それがいい」 「では、その調子で、今日はもう頭を使わないで下さいね」 「……どういう事だ?」 「顔が疲れてます。体を動かして気分転換は出来たようですが、それ以外の時間、ずっと考えていたでしょう?」 「…………」 「考えてしまうのは、仕方が無い事だと思っていますが、そうやってすぐに自分を追い詰めようとなさらないで下さいな。言ったでしょう?時間は余るほどにあると」 「……気をつける。またお前が止めてくれ」 「ええ。勿論です。何年でも何十年でも、貴方の時間にお付き合いしましょう」 「それは気が長すぎると思うが……」 「おや、これまで何十年と貴方を見てきたのですから、今更です。これからの寿命も長いのですから、誤差の範囲内ですよ」 「お前の年齢を忘れていた。……そうだな、お前が誤差で済ませられるなら、好きにするといい」 「ええ。好きにさせていただきます」 自分との感覚の違いに納得しつつ、投げやりになったセフィロスに、は満面の笑みを浮かべて彼の胸に頭を預ける。 願ったとおり、考え込むのをやめた様子のセフィロスに、知られぬように安堵の息を吐く。 頬に触れた彼の指に顔を上げると、物言いたげな彼と視線が交わる。 柔らかく目を細めて返しながら、薄く開いた彼の唇に目をやっただったが、彼は声を出す事無く口を閉ざした。 この数日で、数え切れないほど目にした姿だ。 この地で蘇ってから、セフィロスは何度も何度もの名を呼ぼうと唇で音を象り、けれど声にできずに口を閉ざす。 呼んだ瞬間、目の前の全てが夢のように砕けるではと、そんな恐れを目に映す彼に、はその手を握り、今はそれで良いのだと笑みを返すしか出来なかった。 ずっと、そばで彼を見てきたのだ。 体が砂になり、それでも何にもなれず、どこにも行けなかった自分は、ただの風にさえなすすべ無く去る砂を見送るしかできなくとも、いつか肉体の檻を捨てた彼に『まだそばにいたのか』と驚かせたいという、下らない理由で彼を見守ろうと決めた。 寄る辺が崩れ、それでも進もうとしていた彼が膝をついた日、彼が最後に名を呼んでくれた日、その目にこの身が映ることが無くとも共にいようと、味方でいようと決めたのだ。 けれどまさか、何度も呼ばれた自分の名が、答える声を届けられなかったそれが、彼にとって絶望という名の呪いになるとは思いもしなかった。 私はここにいるのだと、夢や幻ではないのだと口で言っても意味が無い。 セフィロスが過去の痛みと向き合い、乗り越える勇気と覚悟を持てるようにならなければ、その声が彼女の名を呼んでくれることは無いだろう。 それがどれだけ先になるか、それともすぐ先のことなのか、には分からない。 けれど、セフィロスにとって、この考えるこの時間は必要なもので、それもやがて思い出になる事をは知っている。 に出来るのは、彼が必要以上に自分自身を傷つけないよう、思考を逸らすか中断させる事ぐらいだった。 セフィロスに対し、は苦しませたくないとは思っているが、心配というものはあまりしていない。 時間があるという事は、半端だろうと横道だろうと、いずれ形を作って出口に出るという事だ。 彼が、必要な余裕さえ持てれば、1人で立てる人間だと知っているのもある。 そもそも、次元の狭間で、自分が死ねない事に怒り狂って何度も崖から飛び降りたり、自棄を起こして破壊活動をしたりしていた自分に比べれば、家の中で悶々と考え続ける今のセフィロスは大変健全に思えた。 この世界で過ごした時間のおかげか、その考え方は、多分少しずれているのだろうと分かっているだったが、しかし完全に間違いでは無いと本人は思っている。 その点を訂正し教育する立場になるセフィロスが、自分の事で精一杯の今、が彼を家において外にでる考えを持っていないのは、セフィロスの胃腸的に幸いな事だった。 |
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2022.01.16 Rika |
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