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Illusion sand ある未来の物語 10


視線を感じる。

閉じた瞼の裏から凝視されているのをひしひしと感じながら、は眠りから覚めた。
寝息の変化で、彼女が起きた事はわかっているだろうに、その顔を凝視しているセフィロスは声をかけるでもなく、ひたすら彼女の顔を見ている。

セフィロスが目覚めてから今日で5日目。
の朝は彼の視線を感じる事で始まっていた。

彼が目覚めた翌日は、可愛いことをしていると思って、すぐに起きて一緒に朝食を作った。
2日目は、仕方ない人だと思って起きようとしたが、まだ休んで良いと言われて、二度寝してしまった。
3日目は、試しにどれぐらいで起こそうとするか待とうと思ったが、家の中が冷え切っていたので暖炉に火をつけるために起きた。
4日目は、何かおかしいぞ?と思って寝たふりをしたら、10分たっても20分たっても無言で凝視された。30分したところで起きようとしたが、もう少しベッドにいたいと言われて、結局午前中ずっとベッドで話をしていた。

そして今日である。
普段なら、見られる事自体は気にしないのだが、こうも毎朝起きるまでじっと見られるのは、いくら何でも気になってしまう。
4日目…昨日、話をした時に聞いたら、気づいたら時間が経ってしまっていたとセフィロスは言っていた。
だって、毎晩先に眠りに落ちるセフィロスの寝顔を見ているし、それを密かな楽しみにはしているが、せいぜい彼女が眠りに落ちるまでの数分ぼんやり見るだけである。
こんな風に、ずっと無言で凝視はしていない。
とりあえず、嫌がらせで見ているわけじゃないとは言っていたが、こう連日となると、むしろ嫌がらせの方が良かったと思う。

セフィロス自身、自分の行動の理由が分かっていないわけではない。
昨日の話し合いで『これまでの数十年分を取り戻したいのかもしれない、今は少しでもお前を見ていたい』という内容の事を言ってくれた。嬉しい言葉だが、それにしても方法を考えて欲しい。
これで、の手や顔を触るなどの悪戯をしてきてくれるなら、も受け入れ、会話で間を持たせるのだが、ひたすら凝視はさすがにキツかった。


『どうしよう。起きたくない』


しかし、いつまでも狸寝入りをしているわけにもいかない。
この凝視されての目覚めはいつまで続くのだろうと思いながら、は諦めて瞼を開けた。


「何故すぐに目を開けない?」
「おはようございます。……何故だと思います?」

「おはよう。まだ眠いなら寝ていろ」
「……いえ、起きます。眠いのではなく、貴方の視線を感じたので、いつ目を開けようか迷ってしまいました」

「お前の起きている顔は昼間見られるが、寝顔は朝しか見られないからな」
「……そうですか。では、好きなだけ見ていて下さい」

「無理に寝ろとは言わん。今日は剣を振っておきたいと言っていただろう?快晴だ。起きるんだろう?」
「起きます」


快晴と聞いて、は凝視されていた事も忘れて起き上がる。
腰を抱いているセフィロスの手を掴み、引きずるようにベッドから出ると、窓の外を確認してから、手早く身支度を調えた。
剣と快晴と聞いただけで、寝起きとは思えないほど素早く行動する彼女に、セフィロスは若干呆れながら後に続く。

セフィロスのマンションに住んでいた頃は、鍛錬する場所がなかったから、は剣を振りたいのを相当我慢していたのだろう。
朝食をとるスピードまでいつもより早い彼女に、遊びに行く前の小学生のようだと思ったが、口にはしなかった。


雪に埋まっている玄関をこじ開けたは、辺りに積もった雪をエアロで森の中に飛ばす。
突然宙へ舞い上がって飛んでいく雪に、何事かと驚いたセフィロスだったが、気にせず歩いて行くの姿に、彼女の魔法だろうと当たりを付けた。

目覚めて5日目にして初めて家の外に出たセフィロスは、目に痛いほど白い景色に目を眇める。
太陽の光を反射する雪は、家の中から見るのは平気だったが、窓硝子を隔ていないせいか、余計に眩しく感じた。

「本当に山と森しか無いな……」
「ええ。人目を気にしなくて良い分、楽でしょう?」

「ああ」


リビングや寝室から見た景色の通り、家の周りは南側にある平野以外は、少しの平地を挟んで森が広がっていた。
玄関からまっすぐ行くと町へ続くらしい道があるが、今は雪に埋もれており、木々がないから道だと分かる程度だ。
家の隣にある車庫も、セフィロスの膝あたりまで雪に埋もれていて、普通なら一番に雪かきするところである。

から、町への道は舗装されていない林道だと言われていたので、セフィロスは食料等の買い出しが心配だったが、彼女の除雪方法を見て納得した。
車があるとは聞いていたが、の事なので、もしや山の中を自分の足で走っていくつもりではないかと彼は思っていたのだ。
いや、緊急の用件があった場合、本当に走った方が早いと言って山越えしそうだが……。

そんな事を考えていたセフィロスは、ふと、ここが何処の地方なのかも聞いていない事に気がつく。
人里離れた場所とは聞いているし、この数日の降雪量から、アイシクルエリアの何処かだとは想像がつくのだが、山と森しか無い景色に目印は無い。

「ここはどの辺りの地域だ?」
「アイシクルロッジという町から北東にいった所ですよ。この辺りでは一番大きな町だそうですが、ご存じですか?」

「昔、何度か仕事で来た程度だ。あまり覚えてはいない」
「そうですか。元は小さな町だったそうですが、5年周期で冬のスポーツが流行るらしく、徐々に町が大きくなったそうです。こことは離れていますが、別荘地もあるそうですよ」

「……人が多そうだな」
「ええ。ですから、新参者が悪目立ちすることはないでしょう」


正直、セフィロスは町に降りたいとは思っていなしい、人に会うのも気が進まなかった。
が一緒だとしても……否、と一緒だからこそ、余計に声をかけられない事は不可能に近い。
なにせ、2人揃ってこの容姿だ。しかもセフィロスは身長と体格があるので嫌でも目立つ。
ある程度の年齢の者ならセフィロスを見て間違いなく英雄について口にするだろう。

詮索されるのは嫌だし、話しかけられるのも嫌だ。何より、それで噂が立ってしまうのが一番嫌だった。
全く老いていない姿を見れば、他人のそら似か血縁者と思うだけだろう。けれど、自分達の存在が、どこからクラウド一味に知られるか分からなのだ。
昔は本当に地の果てまで追いかけ回されたし、その後は自分からリユニオンしてコンニチハした仲ではあるが、今はわざわざ時間をとって関わりたいとは思わない。
今は自分の事で精一杯だし、彼らに構う時間があるならと家でゆっくり休んでいる方が精神衛生的に良い。


けれど、生きている以上食事はするし、買い溜めしてくれている消耗品だってそのうち無くなる。
ルーファウスの別荘だった家は、彼が護衛を連れて歩くおかげでどの家電も大型が揃っている。
多少の古さはあるが、台所に置かれた業務用の冷蔵庫と冷凍ストッカーには暫く籠もっても良いだけの食料が用意されていた。
けれど、いつまでも食料があるわけでは無いので、いつかは町に行かなければならない。

「そんなに町に降りるのがお嫌でしたら、私一人で行ってきましょうか」
「……お前を一人で行かせる気にはなれない」

「……そうですか」


離れがたいというより、目を離すと何かしでかしそうという目で断ってきたセフィロスに、は一瞬言い返そうとして言葉を飲み込む。
セフィロスが家に籠もってしまうのは問題だが、今はまだ無理矢理外に連れ出そうとは思わなかった。
暫くの間、食料はルーファウス経由で最寄りの集落にある商店に届けてもらうか、ヘリで空から落としてもらう方が良いだろう。

少し先の外出に気落ちしているセフィロスを横目に、は食べるものがなくなったら、その辺の山にいる獣でも狩れば良いかと考えていた。
北の大空洞の辺りにはベヒーモスが住んでいるので、1匹狩れば一冬越せるだろうぐらいの、軽い感覚である。

この世界の軍人が、行軍先の食料を狩猟による現地調達ではなく、携帯食で済ませている事を失念しているは、セフィロスも普通に狩りや基本的な解体が出来るものと考えていた。

穀物と根菜は十分な備蓄があるので、暖炉の上でベビーリーフでも育てればとりあえず栄養は大丈夫だろう。
そんな暢気な事を考えながら、は雪が無くなった枯れ草の平地を見回す。
10m四方程度の広さだが、が剣を振る広さには十分。セフィロスも剣を振るなら、もう少し拡張しようと思いながら、は掌に氷の剣を作った。

「セフィロスはどうしますか?体を動かすなら広くしますし、このまま私の服を掴んでいるなら、それはそれで構いませんが」
「流石に掴んだままでは邪魔になるだろう」

「そういう状態での守り方は学びましたので、出来なくはありませんよ。かなり久しぶりなので、大分忘れていますが……」
「……そんなものがあるのか……」

「昔取った杵柄です。混乱しておかしな行動をされるより、掴まっていても大人しくしてくれていた方が、守りやすいでしょう?」
「なるほど。……俺も、少し体を動かす。場所を作ってくれ」

「それはいいですね。わかりました。ですが、あまり南側に行くと、納屋や畑にぶつかりますから、気をつけて下さいね」
「わかった」


が雪の処理を始めた時、気を使って繋いでいた手を上着の裾に変えてくれたセフィロスには、それが殴って気絶させられない身分の女子供を守る時の戦い方だとは言えなかった。

少し不満そうだが、諦めて気持ちを切り替えたセフィロスは、から手を離した手に刀を出し、草地の上を歩いて行く。
初日、風呂やトイレでさえと離れるのを渋って困らせた彼の変化に、お顔にはは自然と笑みが浮かんだ。
毎朝寝顔を凝視されては、精神状態が悪化しないか心配になっていたが、短時間とはいえ手を離しても大丈夫そうな背中に昔のような安心感を覚える。

無理はしてほしくないが、ゆっくりでも心を回復していってほしい。
そう思いながら見つめるの視線の先で、セフィロスは感覚を確かめるように刀を振り回す。
戦いに身を置く者の性か、久しぶりに肉体で刀を振るう彼の表情は、家の中にいるより落ち着いていた。

白い息を吐き、空に向かって刃を振るだけでも、きっととても楽しいのだろう。
なにしろ、その風圧で舞った木々の雪が、風に乗っての方へ降りかかっているのに気づかないくらいだ。

刀を振らせておけば回復してくれるなんて、そんな都合が良い事など無い事はわかっている。
けれど、その慣れた感覚の中で無心でいられる時間が、彼に必要な事は間違いなかった。


『これは邪魔できませんねえ……』


楽しそうなセフィロスの後ろで、殺気を垂れ流しながら剣を振り回す気になれず、は今日の鍛錬を諦めて手の中の剣を消す。
寒さで痛くなってきた鼻先に、魔法で自分の周りだけ春のような温度に調整した彼女は、彼が疲れて刀を下ろすまでニコニコとその姿を眺めていた。







2022.01.08 Rika
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