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Illusion sand ある未来の物語 09 が煎れた紅茶を飲んで一息ついたセフィロスは、その時になって初めて窓の外を見る。 薄灰色の雲は山々を飲み込み、裾野の木々を白く染めている。 窓の向こうにある平野も、草葉に霜と雪を纏い、さらに降ってくる雪に姿を隠し始めていた。 寒さの理由に納得しながら、自分が蘇るまでどれだけの時間がかかったのか考える。 平野の手前。家の近くには、畑と思しき土の部分があるが、白く覆われ始めたそこに作物や畝の跡はなかった。 「俺は、どれぐらいで目覚めた?」 「3日から4日くらいですから、心配なさらなくても大丈夫ですよ。前に復活された時は一瞬だったので、すぐに目覚めないのが少し心配になりましたけれどね」 「以前……ああ、あの時か」 廃墟となったミッドガルでリユニオンを成功させるも、すぐにクラウドに倒された事を思い出し、セフィロスは少し目を泳がせる。 全部に見られていたのだと思うと、必要の無い点まで恥ずかしく感じてくるのを、何食わぬ顔をしながら気合いで抑えた。 あの時、は復活したセフィロスに何とか気づいてもらう方法はないかと、必死になって考えていた。 だが、蘇って一時間もしないうちに帰ってきたセフィロスに驚かされ、なのに懲りずにすぐ復活の機会を探し始めた彼に、呆然としつつ何とも言えない気持ちになったものである。 いくらなんでも、あれを思い出話にするのは可哀想なので、はその件に関してそれ以上口にする気はなかった。 「それで、お体は大丈夫そうですか?私の方でも、魔力循環での確認はしていましたが、まだ万能ではありませんので……」 「今のところ、問題はない。何かあれば、すぐに言おう」 「わかりました」 「お前はどれぐらいで目覚めた?」 「私は眠りませんでしたから、すぐに貴方を連れて、ここへ来ました。家の準備は、ライフストリームで貴方とお話しする前に終えていましたから」 「そうか……。手間を掛けたな」 「いえ、どうぞお気になさらず」 カップを置いて視線をくれたセフィロスに、は柔く目を細めながら繋いでいる彼の手を親指で撫でる。 やっておかなければならない事は山とあるが、彼と視線が絡み合うと、全部後回しにしたくなる。 早いほうが良いが、急ぐほどではない。そんな用件ばかりな上に、これから余すほど時間があるせいだろう。 暖炉の火で部屋が暖かくなったからか、思考も気も緩んでくる。 まして、はセフィロスの目覚めを待ってこの数日殆ど寝ていない。 砂の体なら睡眠など必要としなかったが、シヴァに教えてもらった魔術で作った体は、生身と同じで食事も睡眠も必要だった。 惚気て用事を後回しにしている場合ではない。 まだセフィロスに説明する事があるし、寝起きの彼を放置して眠りこけるわけにはいかないのだ。 けれど、一度感じてしまった眠気はなかなか振り払えず、は強く目を瞑ると空いている手で目頭を揉みほぐす。 「どうした?」 「……いえ、何でも…………いや、駄目ですね。すみません、少しで良いので、眠らせて下さい」 「どこか具合が悪いのか?」 「いえ、この数日、あまり寝ていないので、限界が……すぐ起きるので、肩か膝を貸して下さい」 言いながら、セフィロスに体を預けたは、ずるずると彼の膝に頭を預ける。 その目に困惑と不安を浮かべた彼に、彼女は小さく微笑んで返すと、解けそうになった彼の手を握り直した。 「貴方が目覚めるのが待ち遠しくて、あまり寝ていないんです」 「っ……。寝ろ」 「5分ほどで起きますね」 「もう少し寝ておけ」 そんな短時間は寝た内に入らない。そう咎めるセフィロスの言葉を聞かないうちに、の瞼が落ちる。 自分を酷使する癖が全く治っていない彼女に、セフィロスは大きなため息をついた。 男の硬い膝で寝ても、休まるどころか首が痛くなるだけだろうに。 だからこそ、寝過ぎなくて良いと思ったのだろうか。 それにしては、彼女の寝息は穏やかだ。よほど眠かったのだろう。 繋いだ手の指先で、彼女の指を弄びながら爪の形を確かめる。 伏せた瞼、長い睫、鼻筋から唇と、その形を確かめるように視線を移して、知らぬ間に曖昧になっていた記憶を補完する。 目の前にいて、切っ掛けさえあれば、過去は昨日のように思い出せる。 けれど、自分が思っていた以上にの記憶が薄れていた事を思い知ったセフィロスは、彼女の事を完全に忘れてしまう未来の可能性を想像して、寒気がした。 負の感情は、簡単に心を飲み込んでしまう。 もしもの想像でしかないはずなのに、生まれた不安は急に大きくなって、すぐに思考を振り払おうとするが上手くいかない。 けれど、広がる心の隙は不安に染められるより先に、体を包み込んでくるの魔力で埋められた。 「……起こしたか?」 眠ったばかりなのに、悪いことをしてしまったと、セフィロスは彼女の顔をのぞき込んでみたが、伏せられた瞼も静かな寝息も変わることはない。 まさか無意識にやっているのかと驚いて、同時に、彼女からそれほどに気に掛けられいる事が素直に嬉しかった。 自然な事になるほど、彼女はいつでも自分を見ていて、今はこうして手を繋ぎ、目で、感触でその存在を確かめることができる。 そう理解して、やっとを取り戻した実感がセフィロスの中でじわじわと湧いてきた。 混乱の中で離すまいと縋っているのとは違う。自覚できるほどタチが悪い独占欲と執着が沸き上がってきて、身を任せて眠る彼女の体をそっと抱き上げる。 ぼんやり目を開けた彼女に目を細め、その体を壊れ物のように腕の中に閉じ込めると、口が自然と笑みを作る。 決して優しい物ではない、狂気の混じるこの笑みを、彼女には見られたく無かったと、彼女には向けたくなかったと、冷静な頭の片隅で思っていた。 けれど、彼女はずっと傍にいたと言ったのだ。ならば今更ではないかと、欲に負けた自分が囁いた。 夢現な顔で瞬きを繰り返すに小さく笑みを零すと、セフィロスは彼女の頬を撫で、その額に唇を寄せる。 驚いて逃げようとするか、正気に戻そうと言葉を尽くしてくれるのか。 どちらでも良いから、その必死な姿を見せて欲しくて、出来るなら一瞬でもそれをねじ伏せてみたくて、セフィロスはの瞳をのぞき込んだ。 しかし、離れた唇をぼんやりと眺め、セフィロスを見詰め返したは、彼の予想に反してその顔に笑み浮かべ、頬を薔薇色に染める。 虚を突かれたセフィロスの首に腕を掛け、彼の頬と自分の頬を重ねると、は呆ける彼の目尻に優しく口付けた。 満足げに一つ大きく息をつくと、は彼の首元に頬をすり寄せ、また静かに寝息を立て始めた。 「…………待て」 『何だいまのは』と内心叫ぶセフィロスなどお構いなしに、はそれはそれは気持ちよさそうに眠っている。 今までセフィロスが見たことが無い、まるで夢見る少女のような顔を見せたに、彼はもう一度その表情を確かめようとするが彼女の頭の位置のせいで上手くいかない。 また予想外の反応だとか、先ほどまでの自分の精神状態だとか、そこら辺はもうどうでも良くなっていた。 とにかくまず、今の可愛らしい表情をもう一度見たい。見なければならない。 『そんな顔昔は見せた事なかっただろう』とか、『どこでそんな表情を覚えたのか』とか、色々問いたくなったが、口に出せばが起きてしまう。 眠りから覚めた状態の彼女が、同じ表情をする事はまずないだろうから、今を逃すと二度と見られないかもしれない。 何とか見えないか、少しでも見えないかと、セフィロスは慎重にからから体を離し、その顔を確かめようとする。 視界の端に未だほんのりと染まっている彼女の頬が見えて、セフィロスは内心で喜んだ。 だがすぐに、はセフィロスに身を寄せて彼の首元を枕にする姿勢に戻って、顔を見えなくさせてしまう。 「………………クソッ」 熟睡している彼女を二度も引き離す事は出来ず、セフィロスは小さく悪態をついてソファの背もたれに拳を落とすしかできなかった。 風が窓を叩く音に、は瞼を開ける。 目の前にある喉仏と銀の髪に数秒考え、状況を思い出すと、起きた気配に気づいて見つめるセフィロスに視線を合わせる。 どこか苛立ったような不満そうな顔をしている彼に首をかしげるが、寝起きのに心当たりなどない。 「おはようございます。どうしたんですか?」 「……覚えておけ」 「は?」 「いや……何でも無い。ぴったり5分だな。本当にまだ休まなくていいのか?」 「ええ。夜に早く休めば、問題ありませんから」 「そうか……」 よく分からないセフィロスの対応に少し考えただったが、彼が普通の様子に戻ったのを見て、それ以上口にするのはやめた。 離れがたいのを我慢して、セフィロスの腕の中から体を起こすと、軽く座り直して温くなった紅茶に手を伸ばす。 腰に手を回して身を寄せてきた彼を見上げると、何故か彼は観察する目でこちらを見ていたが、どうしてそんな目で見られるのかさっぱり分からない。 自分が寝ている間に、彼が何かを考えた結果の行動だとは思うが、それにしては妙な気がする。 「どうかしましたか?」 「昔は、俺がこうして触れると慌てていたが……今は慣れていると思ってな」 「……………」 「何だその沈黙は」 「いえ、どう答えようかと……。私は、ずっと貴方のそばにいて、手に触れたり、胸を借りたりしていしましたから、その慣れはあるかと」 「……そうらしいな。俺が知らない間に、俺に好き勝手していた……か。初心だったお前が、随分大胆になったものだ」 「ぐ……勝手をしていたのは謝りますが、誤解しないで下さい。いかがわしいことはしていません。誓って、していませんからね」 「出来ない、の間違いだろう。心配しなくても、お前を疑ってはいない」 鼻で笑うセフィロスに、からかわれたは不満げに眉を寄せる。 少し元気が出た彼に嬉しさは感じるが、その口調に若干八つ当たりされていると感じるのは、勘違いではないだろう。 自己嫌悪するのが分かっているのに仕方が無い人だと思っていると、早速セフィロスの表情が渋いものに変わってきて、は小さく笑みを零した。 「笑うな……」 「すみません。ですが、貴方からの八つ当たりで、私が怒ると思いますか?」 「普通は怒るだろう。お前は……少し、俺を甘やかしすぎる」 「……その台詞、昔の貴方にそっくりそのまま言って差し上げたい……」 「おい」 「……すみません」 信頼の上だったとはいえ、当時一番を好き勝手させて自ら頭痛を抱えていた人の台詞に、彼女は顔を覆って笑い声を抑える。 物言いたげなセフィロスに、は笑いを収めると、その目を穏やかな物に変えて彼が口を開くのを待った。 迷うように時折窓の外へ目をやり、暫く考え込んでいたセフィロスは、やがて小さく息を吐くとゆっくりと口を開く。 「俺を、憎く思わないんだな、お前は」 「ええ、全く思いませんね。どうして、そんな風に思ったんですか?」 「……お前を殺したのは俺だ」 「否定させていただきたいのですが、まず何故その考えに到ったか、教えていただいても?」 「……俺が傍にいなければ、お前は星に敵視される事はなかったはずだ。お前が嫌がっても、手放すべきだったと、何度も思った。そうすれば、少なくとも、お前だけは生き延びられたかもしれない。お前が全て覚悟していたのは、分かっているが……俺が、傍にいろと言わなければ……」 憂いと後悔を映す瞳で、まっすぐにを見つめて語ったセフィロスは、続く言葉が思い浮かばず口を閉ざす。 昔予想していた通りの拗らせ方をしているセフィロスに、は少しだけ緊張していた肩から力を抜いて、同時に変に抜けそうな気を引き締めた。 彼が自分を悪者にする事で踏ん切りがつけられるなら、それでいい。けれど、の死因についてはそれではいけない。 後生ずっと後ろめたい気持ちを抱えさせるなんて、そんな拷問をするために彼に蘇ってもらったわけではないのだ。 「セフィロス、あのトカゲ……バハムートの奴が、私の死に様を何と言っていると思います?」 「…………?」 「『壮大な自殺』だそうです」 「…………」 あんまりな言いぐさに絶句するセフィロスへ、はニヤリと笑って見せると、冷めた紅茶に口を付ける。 言葉を探す彼に目を細めてその手を取れば、彼は自然と握り返してくれて、彼女は彼が逃げないようにその指を絡めた。 「覚悟があろうと、何を思っていようと、避けられる破滅に自ら向かって行ったのだから、違いないだろうと言うんです。言い方は悪いですが、バハムートの言葉は間違ってはいません。私は私の意思でああ生きました。だから、私の死は私が背負うものであり、貴方が背負う責任ではありません」 まっすぐに目を見て言うに、セフィロスの目には惑いと僅かな恐れが浮かぶ。 そんな彼を逃すまいと、は手で、瞳で彼を捕らえる。 けれどそれでも、セフィロスの心が怖じ気づき頑なになる気配を感じて、は彼の目に見えるよう、絡めた彼の指に唇を落とした。 「!?」 「1人で逃げようとなさらないでください。セフィロス、私はここにいるでしょう?もう離れる気はないのです。諦めたつもりで、私を見続けてくださいな」 の思いも寄らない行動と、柔らかく温かな唇の感触に、セフィロスは目を剥いて固まる。 その反応が少し引っかかっただったが、彼女は止まる事無く、彼と向き合い続けた。 訴える声と瞳に、彼が持つものと少しだけ似た憂いを乗せ、そしてそれ以上の恋い慕う色を晒して、動揺から僅かに後ずさった彼との距離を詰める。 物理的に引け越しなセフィロスに、内心で首を傾げるだったが、平静に見せているだけで必死な彼女は、自分の行動を冷静に思い至る事はできなかった。 「分かっ……待て、落ち着け」 「それにね、セフィロス。貴方が私を殺したというのなら、私だって貴方を殺した1人です」 「…………何を言っている?」 「私だって、あの時、貴方を追い詰めてしまったでしょう?私は、貴方は1人じゃないから大丈夫だと勝手に決めて、探して欲しいだなんてまやかしの希望まで押しつけて、貴方に立ち止まって休む事を許さなかった。私が貴方に関わらなければ、あの後の貴方は堪えられたかもしれない。まだ自分で立ち続けることが出来ていたかもしれない」 「やめろ。お前は違う。あれは、お前のせいじゃない」 「……貴方がそう思っているように、私だって、貴方が私を殺しただなんて思っていないんです」 「…………」 「それに、たとえ私と貴方が関わらずに生きていたとしても、いずれこの星は私を始末しようとしたでしょう。不穏分子の異物ですからね」 「…………」 「だからね、貴方が、どうしても私を殺したという思いが消せないなら、せめてお互い様にしてほしいんです。すぐには難しくても、少しずつでも、考えてみてください」 納得出来ない顔で口を閉ざす彼に、は仕方が無い人だと眉を下げる。 けれど、そんな彼の様子も、予想はしていた事だ。むしろ、のこんな言葉であっさり解決できる問題なら、彼がメテオを降らせる事はなかっただろう。 それに、この時点で強く拒絶しないのは、かなり良い兆候だと思った。 多少首を傾げる反応もあったが、現時点で彼を力尽くで抑えなければならない可能性が少ない事に、は内心で安堵していた。 「セフィロス、貴方は、貴方の行いや死に、私の責任が無いように言いますが、それもそれで酷いと思いませんか?」 「……どういう事だ?」 「だって考えてみて下さい。もし、私が貴方と出会わなかったとして、それでも貴方の辿った道が変わらなかったとしたら、私は貴方を余計に傷つけて追い詰めた事になりますよ?トドメというか、追い打ち……それどころか、死体蹴りをした事になるのでは?」 「そっ……」 自分の事なのに、そんな言い方は無いだろうと思ったセフィロスだったが、彼女の言う事に納得も出来てしまって言葉に詰まる。 確かに、たとえに出会えていなかったとしても、自身の出生について知った自分は、同じ行動をしていたと確信できる。 との記憶と、その死による喪失感で酷く苦しんだことは事実だ。 だが、それを、いくらなんでも死体蹴りと言うことはないだろうと思う。 けれど否定すれば、が自分に責任があるという事だと言い出すのは目に見えていた。 「セフィロス、貴方が思っているほど、貴方だけに責任があるわけではありません。特に、私の事に関してはね」 眉間に皺を寄せて考え込み始めた彼に、はそっとソファから立つと暖炉の前に膝をおろす。 3分の1が灰になった暖炉の中に新しい薪をくべて振り返ると、不安そうな顔でソファから腰を浮かせたセフィロスと目が合った。 「……これから朝食を作る予定ですが、一緒にやりますか?」 「いや、ここで待っ…………一緒に作る」 「では台所に行きましょう」 昔の姿からは想像がつかないくらい世話がやけるようになった彼に、は苦笑いを浮かべて手を差し出す。 大人しく手を取って立ち上がった彼は、一瞬だけホッとした顔を見せたが、すぐに表情を曇らせて考え込み始めた。 とりあえず、これから2〜3日はこのまま気が済むまで考え込ませておこうと考えると、は念願の竈に火を入れて昨夜のスープを温め始めた。 |
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何でかさんがグイグイいきよる……。 あと更新する前に年変わってまっただよ。 2022.1.1 Rika |
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