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引っ越しの翌朝。
とセフィロスは、夜中に井戸の先住者が触っていた柵を確認したが、破損は見られなかった。
だが、先住者が落ちたと思しき柵の向こうは、大柄な大人の体分ほど草が倒れていた。
逃げた方向の草は所々倒れていたが、緑あふれるこの季節なら、それらの痕跡など数日で無くなってしまうだろう。

「柵が壊れていないなら、良しとしましょうか」
「そうだな。9時にはタクシーが来る。少し朝食を急ぐぞ」

「はい」

もう井戸の先住者は戻って来ないだろうと思いながら、2人は時計を見ると急ぎ足で家へ戻った。


Illusion sand ある未来の物語 105

引っ越しの翌朝。
とセフィロスは、夜中に井戸の先住者が触っていた柵を確認したが、破損は見られなかった。
だが、先住者が落ちたと思しき柵の向こうは、大柄な大人の体分ほど草が倒れていた。
逃げた方向の草は所々倒れていたが、緑あふれるこの季節なら、それらの痕跡など数日で無くなってしまうだろう。

「柵が壊れていないなら、良しとしましょうか」
「そうだな。9時にはタクシーが来る。少し朝食を急ぐぞ」

「はい」

もう井戸の先住者は戻って来ないだろうと思いながら、2人は時計を見ると急ぎ足で家へ戻った。


Illusion sand ある未来の物語 105



予約通りの時間に迎えに来たタクシーに乗り、ジュノン近くの店で車を受け取った二人は、その足で買い物に向かう。
集合住宅から戸建てへと移り住んだことで、新たに必要になったものがあるためだ。
庭先を掃除する道具や、増えた部屋の分のカーテン、害虫避けなど、細々としたものが多くある。
掃除用具などはアイシクルエリアの家に行けばあるのだが、わざわざバハムートに乗って取りに行くのは面倒だった。

「ああ、そうだセフィロス。電気屋に行きましょう。台所の照明なんですが、電球が一つ切れていたんです」
「かまわんが、型式は見てきたのか?」

「ご安心を。電球を一つ持ってきています」
「ならいい。だが……随分古い型の電球だな。大きめの店に行った方がよさそうだ」

「でしたら、この先にあるモールへ行きませんか?家具屋も入っていますから、買い物が全て済みますお」
「わかった。時間がかかりそうだが、昼食はどうする?」

「遅くならないのなら家で食べましょう。朝に作った炊き込みご飯が沢山残っていますから」
「そうだな」

久々の右ハンドルで若干運転が覚束ないセフィロスは、の提案に頷くと道の先に見えた大型のショッピングモールへ入る。
大型店舗だけあって駐車場は広かったが、同じくらい車が多く、角を曲がる度に何度も確認をしてしまう。
そんなセフィロスの様子を助手席で見ていたは、あちこち行くのは大変だろうとモールを提案したのだが、逆効果だったかもしれないと思った。
だが、口にすれば、無駄に彼の気を散らせてしまうので、降りるまでは口を噤んでおく。


目当ての買い物を済ませ、最後に食材を買うと、昼食時が迫っていたこともあって2人は早々に店を後にした。
モールの駐車場で何度も右折左折をしたおかげか、セフィロスの運転は先ほどより安定感がある。
彼が言う通り、頻繁に運転するなら2〜3日で慣れるようだ。
安堵したは、景色や他の車へ目を向ける余裕が出来てきて、ぼんやりと町の景色を眺める。

温暖な地域の家々はどれも窓が大きく、それを眺めているだけで見知らぬ土地で生活するのだと実感した。
道路の端にあるレーンを行く自転車に目をとめ、移動手段として考えている事をセフィロスに言い忘れていた事を思い出す。

「……まあいいか」
「どうした?」

「大したことではありませんよ。家に帰ったら話しますね」
「わかった」

心なしか、彼の声がいつもより素っ気ないのは、まだ運転に余裕がないせいだろう。
けれど、それでも自分の小さな呟きに反応してくれた彼に、は少しだけ頬を緩めて再び窓の外へ目をやる。

道の景色に慣れ始めたのだろうか。
スピードは出していないのに、内覧や引っ越しの時より早く景色が進んでいく感覚を覚えていると、家々が途切れて平原と赤い屋根が見えてくる。
午後1時を指そうとする時計に、荷物の片づけは昼食後にしようと考えている間に、車は家の前についた。

車が止まると、家の前に立っていた男が、纏っていた赤いマントを腕で払いながら振り返る。
大きな道路から小道に入った時点で気づいていただろうに、わざわざ車が家の前へ来るまで背を向けている必要性はどこにあるのか。
昔あった時の事は既に記憶が曖昧だが、今見るその仕草や佇まいに、結構変な奴かもしれないと思いながら、は車から降りた。

「お久しぶりですね。えーっと……お名前は何でしたっけ?」
「……ヴィンセントだ」
「随分と暑そうだが、マントぐらい脱いだらどうだ?」

「今、玄関を開けますから、話は中でしますよ。いいですね?」
「……ありがたい」
「新しい家の前で倒れられたくないだけだ。、回復してやれ」

着ているマント程ではないが、ヴィンセントの顔は赤く、体も少しフラついている。
海に近いから多少涼しいとはいえ、こんな晴れた日に長時間陽に当たっているのは、かなり暑かったはずだ。
一体いつから待っていたのだろうか。

セフィロスに言われるままヴィンセントにケアルをかけたは、その顔色が普通に戻ったのを横目に確認すると玄関の鍵を開ける。
靴を脱いで家に入った彼女を見て、ヴィンセントは一瞬動きを止めてから自分も靴を脱ごうとしたが、金属製らしいそれはすぐに脱げないようだった。
しゃがみ込んで足元からガチャガチャ音を鳴らしているヴィンセントを横目に、セフィロスは買ってきた荷物を次々とへ手渡す。
あらかたの荷物を渡し終わったところで、やっと靴を脱ぎ終えたヴィンセントは、歓迎も拒絶もしていないセフィロスと共に家の中に入った。

「俺達はこれから昼食だが、お前はどうだ?」
「どう、とはどういう意味だ?」

「もう食べたのか、食べていくのか、どっちだ?」
「気遣いは不要だ」

「……、水だけでいいらしい。それと、家の中をもう少し涼しくできるか?」
「…………」

人の家の前で、暑さで顔を赤くしながら待っていたくせに、気遣うなとは……。
何を言っているんだこの男はと思いながらに水を頼んだセフィロスは、既に昼食が出され始めているダイニングテーブルにつく。
すぐに下がった室内の温度に、ヴィンセントは怪訝な顔でに目をやったが、温度調節に慣れてしまっている2人は彼の驚きに気づかなかった。

布団をとっている炬燵テーブルに冷えた水を置き、ヴィンセントに待つよう言うと、は先に食事を始めているセフィロスに汁物を出す。
ヴィンセントが来た目的など知ったことではないが、用があるのは間違いなくセフィロスだろう。
身体に悪いと思いながら、急いで昼食を終えたセフィロスは、まだ自分の昼食すら準備していないからお茶を受け取る。
無言でグラスの水を見つめているヴィンセントに、いい加減マントを脱いだらどうだろうかと思いながら、セフィロスは座椅子の上に腰を下ろした。

「それで、俺になんの用だ?」
「目的を知りたい」

「目的?」
「何故再び、私とクラウドの前に現れた?」

「…………?」

クラウドになんて、何処かで会っただろうか?と、セフィロスは最近の記憶を引っ張り出してみるが、当然覚えなんてない。
クラウドはルーファウスと同年代なので今は90歳ぐらい。
ならば目印の頭はツンツンからツルツルになっているかもしれない。
まあ、どちらにしても、記憶にない事は変わりないので、考えるのはやめた。

だが、『ヴィンセントの前に現れる』とはどういうことか。
こちらはアルバイトの人員など指定できないのだから、むしろ、ヴィンセントの方から現れたというべきでは……いや、それこそ偶然でしかないではないか。
ヴィンセントの言い分が理解できず、セフィロスは『こいつの頭は大丈夫か?』と、つい訝し気な顔になる。
そんなセフィロスの表情の変化をどう受け取ったか、ヴィンセントは真剣な顔でセフィロスと数秒見つめあうと、再びその口を開いた。

「かつて、お前は幾度も蘇り、この星を脅かした。だが20年前現れたお前は、私たちの前に姿を見せながら何もせず姿を消した。まるで、過去とは無関係の人間であるかのように」
「…………」

「にも拘わらず、今になって再び存在を知らせた。その目的は何故だ?」
「何を言っているのか、まるで理解できんな。たまたま頼んだ引っ越しで、たまたまお前がバイトしていただけだろう」

「クラウドの便利屋を使った事も偶然か?私は、偶然顧客名簿からお前の名を知ったクラウドに頼まれてきた。お前が、本当にあのセフィロスか、確かめてほしいとな」
「生憎、クラウドの商売など、俺は知らん。便利屋を使ったのは、不動産屋の契約に引っ越しのオプションでついていたからだ。怪しいと思うなら、仲介した不動産屋に聞け」

呆れが混じる声で告げたセフィロスに、ヴィンセントは真偽を確かめるように再び彼を見つめてくる。
疑われるのは当然で、しかし何を言ったところで、ヴィンセントがセフィロスの言葉を完全に信じる事はないのだろう。
別にヴィンセントからの信用など必用としていないので、セフィロスは何と答えたら帰るだろうかと考える。
しかし、別に後ろめたい事をしているわけではないので、余計な嘘はつかず、必用な事を正直に答えるべきただろうと結論を出した。
同時に、ヴィンセントが言った20年前という言葉に、蘇ってからもうそんなに経つのかと、つい思い出に浸りたくなるのを抑える。

「何故俺が、20年前に蘇ったのかと聞いたな?」
「……」

に呼ばれた。目が離せない女だからな。彼女に付き合うために、蘇っただけだ」
「……馬鹿馬鹿しい」

無駄な嘘をつくなと言わんばかりに首を横に振るヴィンセントに、セフィロスは自分でもそう言うだろうと思いながら、ちらりとダイニングテーブルへ振り返る。
こちらの話は聞こえているだろうけれど、彼女は気にした様子もなく、ゆっくりと昼食を続けていた。
同じくへ目をやったヴィンセントは、暫く彼女を観察していたが、やがてまた溜め息をついてセフィロスへ視線を戻す。
だがふと、何かに気づいたようにへ視線を戻し、その姿をじっと見つめた。

「昔見た姿と変わらない……まさか、彼女がジェノバか」
「そんなわけがあるか」
「おい小僧、私をあの程度の化け物と一緒にするな」

「…………こ……小僧……?」
「早めに撤回しておけ」
「相手の力量も見図れぬなら、何を言ったところで分かりはするまいよ。セフィロス、これの相手をしていても、時間の無駄では?」

「……失礼な事を言った。撤回する」
、お前の気持ちは分かるが、今話をしておいた方が、後々面倒がない。堪えろ」
「貴方がそう仰るのなら」

から冷たい視線を向けられたヴィンセントは、色々と納得出来ないながらも、酷い勘違いをした事は理解したので頭を下げる。
確かに、母と言って縋っていたジェノバを妻にして、更に何十年も大人しくしているなんて妙な話だ。

しかし、ならば妻に呼ばれて蘇ったというセフィロスの言葉の方に納得が出来なくなる。

昔ウータイで遭遇した後、改めてセフィロスについて調べると、以前はなかった結婚歴と子孫の存在が見つかった。
ルーファウスの庇護下で育った孫がいる事を調べていた最中、図ったようにルーファウスが亡くなったので、もしやまた神羅が何かを企んでいるのではと考えたものだ。
その時も、セフィロスの妻とされている女性が名も容姿も同じな事に混乱させられたが、当時は彼女の事は二の次として、調査を切り上げた。

ただ安穏と生きるために、あのセフィロスが蘇るはずがない。
その確信の元で何度も調べ、リーブもWROから調査し、アイシクルエリアに住んでいると知ってからは怪しまれないよう監視をしていた。
だがセフィロスは何の騒ぎを起こすでもなく、静かに妻と暮らすだけだった。
その様子から、まさか女に絆されて牙が抜けたというのか……と、願望と疑念を持っていたのだが……。


「彼女は何者だ」
。俺の妻だ。……が、そうだな、今は、星から召喚獣として認識させているらしい。元は星が呼んだ、こことは違う世界の人間……人間か?」
「さて、どうでしょう?こちらはそのつもりでしたが、最初から星は化け物扱いしていたでしょうね」

「違う世界……。星が呼んだとは、どういう事だ」
「俺とジェノバを倒すため、次元の狭間にいた彼女を、星が受け入れた。その狙いは結局は失敗したがな」

「理解し難い」
「だろうな。お前たちが何を心配しているかは想像できるが、俺は今更この星を相手にする気はない。もう、興味がないからな」


口では、どうとでも言えるのだ。
セフィロスが語る言葉は一先ず保留して、ヴィンセントは思考をの方へ向ける。
脅威はセフィロスだけと思っていたが、もしやその妻の方が厄介な存在なのだろうか。
少なくとも、セフィロスの言葉からは、の方が序列が上な様子が見える。

星が呼んだ化け物、異世界の人間、そして次元の狭間という言葉に、一瞬何かが記憶の端を過った気がしたが、その正体に目を向けた途端に霧散する程度の違和感だった。

気を取り直し、食事を続けるに視線をやったヴィンセントは、ついで呑気にお茶を飲んでいるセフィロスに目を向ける。
これが嘗て星を滅ぼさんとした男の姿だろうか。
ヴィンセントが知るセフィロスは、昔、北の大空洞で相見えた僅かな時間で見た、壊れ、狂った姿だけだ。それだけしか知らない。
だから余計に、目の前にいるセフィロスとは結びつかないし、同じ顔をした赤の他人と言われた方がまだ納得できる。
けれど、呑気に見せていても隙はなく、牙と爪を綺麗に隠しているのがわかるせいで、他人だとは思えない。

相手にしない、興味がないと言いながら、間違いなく昔より強さが増しているセフィロスに、ヴィンセントは思考を放棄したくなるのを堪える。
だが、投げやりになる自分を振り払うように視線を向けた先で、室内を快適な温度に保ちながらのんびり昼食をとっている更なる脅威の存在に気が付いた。
薄く、何の違和感も覚えさせないほど自然に漂う魔力と、そこから感じる冷気に、ヴィンセントは慌てて部屋の壁を見回す。
だが、そこに冷房やファンはなく、気づいた瞬間、ヴィンセントは冷や汗よりも大きなため息がでた。

突然キョロキョロした後、テーブルに突っ伏すように肩を落として大きな溜め息をついたヴィンセントをセフィロスは一瞥する。
何に驚き、そんな反応をしているのかは分からなかったが、問いかけるほどヴィンセントに対して興味がないのですぐに視線を外した。

静かに椅子を引く音の後、が食べ終わた食器を片付ける足音がする。
そのまま洗い物を始めた彼女に、終わったら何処へ座らせようかと考えたセフィロスだったが、答えを出す前にヴィンセントがゆっくりと顔を上げた。


「セフィロス、お前を蘇らせ、妻となった彼女の目的は何だ?」
「俺と、生きる事だ。できるなら、普通の人間のようにな。……俺も彼女も、普通の人間とは程遠いが、今のところ、上手くやっている」

「……ならば何故牙を研ぐ。その身に宿る過去を超えた力は、何のためだ?」
「自衛のためだったが……俺達には、もうその必要がなくなった」

「無くなった?」
「……、あの事は話して良いのか?」
「そうですねぇ…………良いでしょうけれど、言わなくても大丈夫だと思いますよ。放っておいても、自分達でどうにかできるのでしょうし」

「何の話だ?」
「未来は分からないという話だ。せいぜい足掻くがいい」
「セフィロス、それだと、私たちが何かすると思われますよ?」


セフィロスの返答に、当然ながらヴィンセントが警戒してしまったので、は家事の手を止めてセフィロスに注意する。
言われて気づいたセフィロスは、訝し気にへ目をやったヴィンセントに気づくと、湯飲みを置いて腕を組んだ。

「……俺には、と共通の友人が一人いる」
「友人?」

「そうだ。奴には大きな貸しがあるが、同じだけの恩がある。それに、俺を蘇らせるとき、奴が死ぬまでは、俺を大人しくさせていると、彼女が約束してしまった」
「お前ならば、彼女を振り切って再び災厄を齎す事も可能なはずだ」

「振り切る……か。………無理だな。逃げきれん」
「………?」

止める手を振りほどいた瞬間、首から下を氷漬けにされている自分しか思い浮かばなくて、セフィロスは遠い目になる。
と手合わせをして、最後に勝てたのはいったいいつだっただろうか。
一時期はに追いついたと思っていたのに、レベルが近くなった途端に遠慮なく魔法や技を使われるようになり、再びその背中は遠のいた。
魔法を封じようと接近戦に持ち込んだら、嫌われているのかと疑うくらいステータス異常にしてくるし、徹底的に弱点を攻めてくる。
『いろめ』を使われてつい前傾姿勢で動けなくなったところに、『つるぎのまい』を踊られて刀を持つ腕をズタズタにされた時は、いい年をした男なのに泣きたくなったものだ。

そんな事もあり、ヴィンセントが、一瞬だけヤバい女を見る目でを見ていたが、ある意味正解なのでセフィロスは咄嗟に止める言葉が出なかった。

「信じられないだろうが……俺は、完全に彼女の尻に敷かれている」
「…………」
「セフィロス、今の言い方は聞き捨てなりませんよ」

「訂正する。俺は彼女なしでは生きられん。彼女も同じだ」
「……確かに、尻に敷かれているようだ」
「赤マント、口に気を付けろ」

から強めの口調で注意され、ヴィンセントは『その上、鬼嫁か……』と心の中で呟いた。
とりあえず、セフィロスが動くにはまず妻をどうにかする必要があり、何だかんだで仲は良さそうな2人に、過度な心配はいらないのだろうとも思う。
共通の友人とやらと約束した通り、妻がセフィロスを抑えているのは確かなのだろう。
だがそれは、その妻が敵と判断したら、セフィロスもそれに従い、誰も止められなくなるという事ではないか?
心配は不要なのではなく無駄で、安心する要素は無いのではなかろうか。

「セフィロス……お前たちは、これから、どうするつもりだ?このまま平穏に暮らしたところで、いつか気が変わるという事を否定できないはずだ」
「ならば喜ぶがいい。……いずれ俺達は、この世界からはいなくなる」

「…………?」
は星と仲が悪い。ただ生活しているだけで、嫌がらせをされるくらいにな。この星に留まっているのは、ル……友との約束があるからだ。奴が死んだ後は、俺はこの世界を捨て、彼女が生まれた世界へ行く」


再び出てきた異世界話が理解の範疇を超えたのか、ヴィンセントの顔が疑念と心配に染まり、セフィロスとの間を行き来する。
当然の反応だろうと考えつつ、しかし理解できるまで説明してやるだけの情をヴィンセントに持っていないセフィロスは、分からないならそれで良いかと気にしないことにした。

台所の片づけが終わったは、代わりのお茶とお菓子を用意し、2人に出す。
未だ手をつけていなかったヴィンセントの水はそのままに、セフィロスの冷めたお茶を回収した彼女は、それをシンクの中に置くと自分のカップを持ってきてセフィロスの隣に腰を下ろした。

テーブルが小さいせいか、ぴったりとセフィロスにくっついている彼女は、茶菓子のクッキーをセフィロスのティーカップのソーサーへおく。
彼女が隣に来ると同時に、ふっと肩の力を抜いたセフィロスは、小さく礼を言うとそれを口に入れ、一仕事終えたような顔で一息ついた。

目の前に客がいるのに、お構いなしで寛ぐ雰囲気になった2人に、ヴィンセントは猛烈な居心地の悪さを感じる。
セフィロスを訪ねるにあたり、ヴィンセントは色々な状況を想定して覚悟を決めてから来たのだが、こんな空気になるとは予想外だ。
まだ問いたい事はいくつかあるのだが、少なくともセフィロスはもう話が終わった雰囲気で、紅茶とクッキーを楽しんでいる。
しかし、質問を拒む雰囲気や追い返そうという雰囲気はなく、本当に、会話の途中に唐突に休憩時間に入られたような雰囲気なのだ。
誰だって困惑する。

「ヴィンセント、他に何か聞きたいことがあるのではありませんか?」
「もう殆ど聞いているんじゃないのか?」
「……今は、もう十分だ。邪魔をした」

気きたい事はあるが、言える雰囲気ではない。
最低限聞くべきことは聞いたので、その回答が納得できるかはさておき、一応の目的は果たせただろう。
セフィロス達がどこまで本当の事を言っているかも段々判断がつかなくなってきたので、ヴィンセントは一時撤退を決めた。
外の暑さでやられていた体力も戻っている。
温くなっている水を一気に飲み干すと、ヴィンセントは立ち上がった。

すると、セフィロスも食べかけのクッキーを皿に置き、見送るために立ち上がる。
かつて戦った相手から、普通に見送られる状況に、ヴィンセントは一瞬もの言いたげに口を開き、しかし言うべき言葉が見つからず口を閉ざした。


「俺達は暫くここに住む。監視したければ、好きにしろ」
「……私はそれほど暇ではない」

「今はまだ家の整理で忙しい。聞きたいことがあるなら、日を置いてから来い」
「……覚えておこう」


用があったら来ても良いと、そんな意味の事を言われて、これほど複雑な気持ちになる日が来るとは思わなかった。
今のセフィロスと会話するのは、命を懸けた緊張感とは違う疲労が酷く、できるならしばらく顔を合わせたくない。
次に来た時も、また寛いだ雰囲気で話をされたら、どんな態度をとれば良いのか。
セフィロス達に敵意が無いのは幸いだが、心底どうでも良いと思われているのをひしひしと感じては、また訪ねるにも別の勇気がいる。

一先ず、この後はセフィロスの妻であるについて、昔の記録も含めて調べなおそう。
そうすれば、今回セフィロスから言われたことも半分くらい理解できるだろうか。出来たらうれしい。
そんな事を考えながら、ヴィンセントはセフィロスとに見られながら靴を履き、2人の家を後にした。


暑い日差しに僅かに顔を顰め、広い道に出ると同時に吹いた海風の涼しさに小さく息を吐く。
草が揺れる音に何気なく振り返った先には、草原の中に立つ赤い屋根の家という、長閑な風景があった。
住人は全く長閑な存在ではないが。

おかしな夢を見ていたような錯覚を覚えたヴィンセントは、現実逃避する頭を軽く振ると、車がまばらな道を歩く。
ヴィンセントに調べてほしいと頼んできたクラウドに、この後どうやって説明しようか。
考えると頭痛がしそうで、ヴィンセントは大きな大きなため息をついた。






「あの男、あれで納得したんでしょうか……」
「していないだろうな。そのうち、また来るだろう」

紅茶にも茶菓子にも手を付けず帰っていったヴィンセントを見送った2人は、休憩を切り上げてカーテンの取り付け作業を始めていた。
リビングの大きな窓は、手が届くセフィロスが。
はそれ以外の小窓に、レースやオーガンジー素材のカフェカーテンをつけて、外から入ってくる強い日差しを和らげていた。

「うーん、何だかんだと理由をつけて、来ない気もしますが……」
「そういう事もありそうだな。随分と混乱していた」

「そうですよね。私、凄い目で見られていましたよ?……もし次に来たら、もっと理解できるように次元の狭間に軽く落としてみましょうか……」
「それは流石にやめてやれ」

別にヴィンセントに理解されなくても、こちらは何も困らないので、次に来られても似た説明をして帰すだけだ。
今更棺桶に片足を入れた年齢のクラウドと揉める気はないので、同姓同名の他人だったと伝えてもらいたいものだが、もセフィロスもヴィンセントの性格は殆ど知らないのでどうなるか読めない。
しかし、老人クラウドが剣を持って向かってくるなんて事はないだろうし、深刻に考えてはいなかった。

「そうそう、セフィロス、晩御飯は何がいいですか?」
「久しぶりに揚げ物が食べたい。鶏肉を買っていただろう?唐揚げはどうだ?」

「でしたら、以前作ってくださった、甘酢ダレをからめたのが食べたいですねえ。タレだけで良いので、作っていただけませんか?」
「わかった」

喜んで寝室にカーテンを運んでいくの姿を横目に見ながら、セフィロスは小さく笑みを零す。
だが、彼女がああして喜んでいるときは、作り置きかと疑う量を作る事を知っている彼は、後で注意して見ておこうと気を引き締める。
レースのカーテンで程よく遮られた景色に、セフィロスは頬を緩めると、洗面所の窓にかけるカーテンを手にリビングを後にした。








ストライフ・ハンディマン・サービスは、その名の通りクラウドが作った便利屋って設定で作りました。
運送屋から分社化して、小さな手仕事から魔物の討伐、街道の護衛も請け負ってくれる便利屋……みたいな。
今は子供と孫が経営してる小さな会社で、クラウドはたまたま様子を見に行ったとき、引っ越し依頼の受付伝票見て目玉飛び出てヴィンセントに様子見をお願いしました。
腰は昔よりマシになってますが、それでももうヨボヨボしてます。

ところで、好き勝手に書いてるから、続編が本編の話数を越えてしまいそうです。
本編がプロローグとエピローグ合わせて115話なんだけども……越えそうですなぁ……。


2024.04.25
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