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夏の間に生活を整えた二人は、暑さが和らぎ始めた頃、目当ての学舎へと通い始めた。 小さな専門学校は、学校というより専門塾のような数十人という規模だったが、そのためか年齢も性別も様々な人間が通っていた。 目的意識が強い者か、本業を抱えながら通う多忙な人間しかいないため、煩わしい交流はない。 最初こそ、その容姿で目を引いていた2人だが、突出した知識や技術を持たず授業でも大人しかったので、数週間もせずに周りは慣れた。 威圧も覇気も魔力も極限まで抑え、気配を周りと同程度まで抑える事で、存在感を埋没させているおかげだろう。 学ぶ分野を分けたため、教室が別になった事も良かった。 注意して2人を見れば、容姿からくる華やかさと独特の雰囲気に気づくが、教室内で無粋な接触をする人間はいない。 その学習環境は、2人にとって思っていた以上に快適だった。 Illusion sand ある未来の物語 106 ひとまずが生まれた世界へ行くと決めた二人だったが、その後どんな土地に落ち着くか、はたまた更に違う世界へ向かう事になるのか、予想がつかない。 だが、どんな土地であれ、住むのなら住居が必要で、まさか野生動物のような洞穴暮らしはしたくない。 人が住む土地ならば借家や宿暮らしできるが、事情ができて人がいない土地に住む場合、それなりの家を自分達で作らなければならなかった。 そのために2人が選んだのが、ジュノンの外れにある古く小さな建築学校だった。 そこで教えられる石や煉瓦を主に用いた建築は、神羅カンパニー最盛期以前の前時代的なもの。 普通ならば淘汰されているものだ。 しかし、未だ資材の入手に難儀する僻地に住む人間は意外と多く、そんな土地に赴く専門の技術者がいた。 同じ教室にいるのは、そんな技術者を目指す者。 離島や山奥の故郷から、次代の大工だと送り出された者。 逆に、技術を得てから田舎に帰ろうという都会に疲れた者。 他にも目的や理由は様々だろうけれど、が教室内で小耳に挟んだのはそれくらいだ。 騎士時代、遠征先で急誂えの拠点や砦を作る訓練を受けていた知識と経験から、は家を作る方の科目を選んだ。 勿論、軍にあった工兵部隊のような頑丈な砦は作れないが、ある程度の攻撃に耐えられる屋根がある部屋を作る方法は知っている。 それも、学んだのは大昔すぎて、言われたら首を捻りながら思い出す程度だが、全く知識がないセフィロスよりは土台があるだろうという判断だ。 そしてセフィロスの方は、同じ学校内にあるもう一つの科で、建具や、それに必用な金属部品を材料から現地調達し作成する術を学ぶ事になった。 ほんの1年前までは、調香や農耕を学ぼうなんてぼんやり考えていたセフィロスだったが、そんな呑気な事を考えている場合ではなかったのだ。 アイシクルエリアの家で、がうろ覚えながら試しに作った石積みの小屋。 天井板の代わりに使った氷の板で青空が丸見えだったその小屋の玄関は、ドアではなく紐に引っかけた厚い布だけだった。 組んだ石は漆喰の代わりに粘土が詰められていたが、所々隙間があって外が見えている。 一人で作った見本にしても雑すぎると思っていたら、は当たり前の顔をしながら壁の穴に松明を差し込み、残る隙間を通気口代わりにしていた。 前時代どころか古代の雰囲気すら感じて、セフィロスの頭の中のお花畑は一瞬で弾け飛び荒野になった。 何が調香か。 何が農耕か。 必用なのは、それ以前の知識ではないか。 好きな事を学べば良いと言ったが、セフィロスと同じく楽観的に考えているのか、それとも自分一人が知識と技術を習得すれば良いと思っているのか。 問えば、後から知識を共有するつもりだったと返されたが、以前から眩暈がするような知識量の魔法指導を受けた身では、不安を覚えずにいられなかった。 基礎の理論だと言われて学んだが、当たり前の顔で教えられたそれは、今思えばかなり専門性が高く難解だった。 同じことが起こるという予想は間違いではないだろう。 調香などできなくとも、生活に難儀はしない。 即座にそう判断したセフィロスは、と同じ学校の別の科へと入学先を変えた。 本来希望していた分野でないとはいえ、生活にかかわる点を差し引いても、学ぶ内容は意外と面白かった。 気づけば射るような夏の日差しは遠のき、海辺の町の風が乾いたものに変わる。 少し肌寒く、けれどアイシクルエリアよりずっと暖かな秋が来たと思ったが、地元の人間は冬の気配を感じでいると知って2人は少し驚かされた。 「思った以上に、ジュノンの冬は暖かいのかもしれませんね」 「ミディールの冬も暖かかったが、あそこは地面からの熱のせいだったからな。ここの冬は、ミッドガルと変わらないが……アイシクルエリアにいたのが長かったからな。もう感覚が思い出せん」 休日の自宅。 家に二つある部屋のうち一つを物置兼勉強部屋にした2人は、寝食以外の時間は殆どそこで机に向かって過ごしていた。 勉強の合間に取った小休憩中、コタツ布団はいつ出そうかと考えながら言ったは、一度だけ過ごしたミッドガルの秋を思い出す。 確かに、ミッドガルの秋はアイシクルエリアに比べ、上着の厚さが半分ほどだった。 それ以上を思い出そうとしても、出てくるのは当時のセフィロスのやたら心配そうな顔と呆れ顔、それに彼の手が温かかった事ぐらいだった。 「セフィロス、ジュノンでは雪は降るんですか?」 「……時折ちらつく程度には降っていたが、積もるほどではない。ただ、山脈の近くはそれなりに積もる。この辺りの平野は大丈夫だろうが、海風はかなり冷たくなるだろうな」 「では、次の休みは北の家へ、衣類を取りに行きましょうか」 「俺は再来週開けに小試験がある。、悪いが、今回は一人で行ってもらえるか?」 「おや、そうですか。わかりました。では、後で持ってきてほしい物をメモしておいてください」 「頼んだ。肉の熟成は終わっていそうか?」 「去年作ったものはまだですが、その前の年の分があるはずですから、そちらを持ってきますね」 「わかった。出来れば、大きめの塊を持ってきてくれ。つまみにほしい」 食べなれた北国の加工肉は、遠いジュノンの地で買うと倍ほども値段が違う上、チーズは殆ど手に入らなかった。 にもかかわらず、ジュノン南方の平野部では50年ほど前からワイン生産が盛んになり、美味い酒は簡単に手に入った。 豊富な魚介を使ったつまみのレパートリーが増えたが、まだ引っ越して半年も経っていない舌は、慣れた味を欲しがっている。 この家の台所に生ハム原木を置けば、また匂いに顔を顰める日々になりそうだが、仕方ない。 暖かな冬でも、迎える準備はしっかりしなければと考えると、は一度大きく体を伸ばしてから再び机に向かった。 セフィロスは再来週が小試験と言っていたが、はこの休日明けに小試験がある。 別に根を詰めて勉強しなくても、内容は理解しているし学んだ知識は頭に入っているが、人に出された問題を解けない程度の理解度では、将来作った家が崩れかねないのだ。 来年からは実地による学習が始まるので、それまでに必用とされる知識は完璧に頭にいれておかなければならないし、自身の気が済まない。 でなければ、何のために金と時間を使って学んでいるか、わからないではないか。 何より、壁や屋根が崩れかねないような家で、セフィロスを眠らせられない。 何度も目で追った教科書の文字を確認し、追加で購入した資料や専門書籍も机に広げて、はひたすらノートに文字を綴る。 飲み物を置く場所もないくらい本を広げて勉強している横では、同じく学習用の机につくセフィロスが、同じように教科書や資料を広げてペンを走らせていた。 そんなセフィロスの思考もまた、『いつ外れるか分からないドアや配管がある家に住みたくないし、を住まわせられない』という、お互い似たり寄ったりなものだった。 暇さえあれば教科書を睨んでいるガリ勉夫婦なと密かに囁かれている事も知らず、2人はひたすら知識の吸収に努めながら冬を迎える。 秋の終わりには生活の変化によるストレスから、少しだけセフィロスの体調が崩れたが、毎朝が魔力の乱れを整えていたため、昔のような目だった不調は起きなかった。 若者が通う専門学校のような長期休暇は無く、年明けに1週間ほどの休みがあったくらいだった。 その頃になると教科書の内容を予習し終わったは余裕を持ち、休憩がてら各地の建築に使われていた木や石の材質、それらが取れる気候や地質についての書籍まで手を伸ばすようになる。 セフィロスは逆に机に向かう時間以外に本は開かず、それ以外の時間は庭で刀を振るか、料理でストレスを発散するようになった。 海から吹く風は冷たいが心地良い。 玄関横の小さなウッドデッキには、魚を干す網がいくつも吊り下げられ、一見すると漁師の家かと勘違いされそうな姿だ。 生ものを干す独特の香りも、厩舎や肉の加工場の匂いに比べれば苦にはならない。 匂いにつられた野良猫か魔物が寄ってくるかと多少警戒していたセフィロスだったが、網の傍にいるのは期待に目を輝かせて乾燥を待つだけだった。 「、眺めていても、乾燥は終わらん。体が冷える前に家に入れ」 「……もう少しだけ見てます」 「さっきもそう言っただろう。あれからもう30分は経っている」 「ちょっとだけ味見しても……」 「」 「はい」 まだ表面が半渇きな毒魚の薄切りを名残惜し気に見ていただったが、セフィロスに強い声で呼ばれて諦める。 以前が求めていた毒魚の珍味は、あれから間もなくセフィロスが再現してくれた 歓喜の雄叫びを上げるに、セフィロスは呆れるような嬉しいような複雑な気持ちになりなったものだ。 味見してみたセフィロスの感想は、『自分が作ったタレが美味いおかげ』という自画自賛だった。 ただ、見た目や毒で嫌厭していたあの魚も、この珍味の状態なら、手間をかけて作っても食べたいと思う。 毒袋を取る工程は、失敗した時のの反応が恐いので、絶対にやりたくないが。 初夏が旬だったあの魚は、冬となった今ではめっきり見かけなくなった。 運が良ければ数週間に一度くらい市場で手に入るので、そんな時は、はあるだけ買い込み、こうしてセフィロスに調理してもらっている。 今回魚を手に入れたのは2カ月ぶりなので、は完全に『待て』をされた犬状態だ。 隣にザックスの亡霊が見えそうなくらいである。 既に庭先に用意されている炙り焼き用の七輪を横目に見ながら、セフィロスはの首根っこを掴んで家の中に連れ戻す。 すっかり冷たくなった彼女の髪や体に、炬燵へ向けていた足をシャワールームへ向けると、ポカンとした顔の彼女から衣服をはぎ取った。 「ヒィェェェッ!?何をするんですか!?破廉恥な!服をお返しください!」 「体が冷えている。少しシャワーで温めろ」 「い、いいいいいい一緒には入りませんよ!?昼間から何をするんですか!?確かに最近は致しておりませんが、陽が高いうちに風呂場でなんて辞退します!辞退します!!」 「……安心しろ、入るのはお前だけだ。これ以上冷える前に、行ってこい」 「本当ですね!?貴方への信頼がかかってますよ!?絶対ですね!?」 「早く行け」 いきなり全裸にされた混乱があるとはいえ、首まで赤くして騒ぐに、セフィロスは呆れ顔でため息をつくと、彼女をシャワールームへ押し込んだ。 が言う通り、昔より艶事の頻度は落ち着いているが、だからと言って溜め込んでいるわけではない。 色気もなく服をはぎ取ったのにそんな発想するお前の方が、よっぽど破廉恥だろうが。と思ったセフィロスだったが、口にすれば昔のように臍を曲げられそうなので黙っておいた。 そもそも、この家のシャワールームはセフィロスが使って丁度良い程度の狭さなので、2人で入れば狭く、更に事に至るとなれば窮屈すぎた。 アイシクルエリアの家にいた時は、年に2回くらいは一緒に風呂に入ってくれたのだが、その後の彼女は少し見つめるだけで顔を赤くして逃げるようになるので、かなり楽しかった。 思い返すと、1年ほどをそういう状態にさせていないのだが、移住したことで、その年に2回の楽しみが無くなった事にセフィロスは今更気が付く。 「……次の連休は……来月か。実技学習が始まっているな。となると……かなり先か?」 ルーファウスの顔を見るついでに、ミディールの部屋付き温泉がある宿へ……と考えたセフィロスだったが、行事予定を考えるとそんな余裕はなさそうだった。 9月の入学から約半年間で基礎知識を学び、試験に合格した者から地方へ赴いて実技を交えた学習になる。 通常なら5年かけて得る知識と技術を、3年で学ぶ学校なので、呑気に旅行できる休みなどありはしなかった。 週休二日で定時に帰れる時点で、とセフィロスにとってはソルジャーや騎士をやっているより楽だった。 しかし、他の生徒はそうでもないようで、時折教室内では長い休みを求める声が聞こえる。 年齢層が高いせいか、疲れが取れなかったり、家族との時間がとれなかったりという理由である。 2学年、3学年は年間の殆どが地方での実技のため、学舎にいるの1学年のみ。 それも、二つの科を合わせても10人程度だ。セフィロスの科は彼含めて3人しかいない。 ちなみに、1学年の最終月まで実技試験に合格できなかったものは、問答無用で退学処分になる。 今のところ、セフィロスもも試験に不安はなく、スムーズに実技学習に向かえる予定だ。 つまり、あと数年はゆっくりイチャつく時間がない。 「…………」 今からでも、一緒にシャワーを浴びようか……。 ドアノブを見つめて、真剣に考えたセフィロスだったが、が言っていた『貴方への信頼がかかってますよ!?』という言葉を思い出して諦める。 明日が休日だったらシャワーから出てきたところを回収して寝室に行ったのに……とも思ったが、仮に明日が休日でも干物の珍味を心待ちにしている彼女が大人しく従ってくれるはずがない。 「……週末か」 いや、前に抱いてからの日数を考ええると、平日の間にの方から誘ってくる頃か? どちらにしろ、暫くゆっくりと2人の時間は取れないので、1日くらい夜に勉強をしない日は必用だと考えると、セフィロスは彼女の着替えを取りに向かった。 「っくぁぁぁあああ!美味い!これですコレ!流石セフィロス!やっぱり今回もいつも通りの美味しさです!!素晴らしい!」 「そうか。よかったな……」 夕食後、待ちに待った珍味を口にしたの賛辞に、セフィロスは呆れ顔で自分の酒を飲む。 翌日学校がある日の酒は、グラス1杯までと2人で決めているのだが、チビチビと飲むセフィロスに対し、は珍味に誘われるかのようにグラスの中身をグッと煽る。 「美味い!生きていてよかった!美味い!美味い!」 「そうか……」 これほど喜んでくれなら作り甲斐があるのだが、の毎回のこの反応は、一体いつまで続くのだろう。 散々喜んで声を上げ、一瞬でグラスを空にした後の彼女は、珍味の端を咥えて、日向で寝る猫のように満足げな顔をしている。 次からは、料理ばさみで細く切ってから出してあげた方が良いだろうか……。 唇を醤油でほんのり茶色くしながら、目を閉じて味わっているを眺め、セフィロスはそんな事を考えていた。 |
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平和〜 2024.05.13 Rika |
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