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Illusion sand ある未来の物語 07



シヴァとの会話を一度忘れるためか、彼女が帰ってから速やかに眠り始めたを抱えて、セフィロスはひっそりとため息をつく。
今後、との関係がどうなるのか、今のセフィロスには見当がつかない。自分がどうしたいのかさえ、今は分からなかった。

昔なら、シヴァからの助言内容に呆れながらも、内心親指を立てていただろう。
一線を越えようかと考えた事は何度かあったが、結局その前には死んでしまった。その頃の事を思い出すと同時に、一度踏み込み方を間違えて逃げられた事を思い出して、口元には自然と笑みが浮かび、そしてすぐに消えた。

長く目を背けていた懐かしさは、今、腕の中にあるの感触に呼び起こされ、堰を切ったように溢れようとしてくる。
昔はそれと同時に痛みが顔を覗かせて思考を振り払わせていたのに、今は苛立ちとも憎しみともとれる感情がすり寄ってきた。

消化しきれない感情をどこかにぶつけたがっているにすぎないと分かっているのに、気を抜けば感情がそちらに引きずられそうになる。
そのまま感情に心を任せてしまえば楽になると知っているのに、今更になって現れたの感触がそれを留まらせて、また苛立ちを募らせた。

どうして今頃なのか。何故昔ではなかったのか。1人で考えている間に何度も繰り返した問いが、体に纏わり付いてきて、過去以外を見せなくなせる。

不都合な事すべてに目を背けさせて、何故、どうしてとをなじりたくなった。
感情のままに刀を振るい、どれほどの痛みを抱えてここにいるかぶつけたかった。
召喚獣という友がいたには、自分が抱えた孤独などわからない。そう叫びたくなる。
は全て受け止めてくれるだろう。
それを分かっていて求める自分の甘さと横暴さに、嫌悪感が湧いてくる。

嘗て、セフィロスはの記憶に背を向ける事で、それを心の聖域として、悪感情に浸食させなかった。
けれど今、セフィロスがに抱く感情は、世界に向けて抱くそれとよく似ていた。
彼女が存在しなければ、こんな苦しみはなかった。その思いが強烈な破壊衝動となって、腕の中の感触に向かっていく。
けれど、再び共に時を重ねれば、この荒れ狂うような凶悪な感情が、絆され風化していく事が簡単に予想できてしまう。
彼女が再び腕の中に戻ってきた今、その存在を失ったら、自分がもう息が出来ないことも分かっていた。

そうなることが分かっていたから、心を掠める記憶に見て見ぬふりをしていたのに、どうしてその声と感触が帰ってきただけで、簡単にそれ以上を求めてしまうのか。
憎しみと殺意さえ抱いている男の腕で、穏やかに寝息を立てる彼女がどんな顔で眠っているのか。
微睡みから抜け出した彼女がどんな顔で自分を見るのか。
それは記憶と重ってくれるだろうか。
そんな期待をしてしまうのだ。


「俺はどうしたい……?」


その答えさえに求めている自分に、どうしてこんな惨めなほど弱くさせるのかと嘆きたくなった。
そんな彼の心など知らず眠っていた彼女だったが、セフィロスの声にゆるゆると目を覚ます。
一度大きく欠伸をして、深く息を吐きながら彼の胸に顔を寄せた彼女は、眠気が覚めない様子で何度も小さな欠伸を繰り返した。


「疲れた……何だあの魔術、ややこしすぎだろ」


起きたばかりだというのに、の声は疲れ切っていて、呟いた後に大きなため息をつく。
彼女が言う魔術が何か分からず、話しかけるタイミングを伺っていたセフィロスだったが、彼が声をかけるより先にが彼の胸に額をこすりつけて拗ねるように唸り始めた。


「何とか使えそうだが……使いこなすには時間がかかりそうだな……。あー、寝たのに頭が疲れた。セフィロス、疲れました。私は頭が疲れましたー」


愚痴りながらギュウギュウ体を寄せて頭を擦りつけてくるに、セフィロスは驚き戸惑う。
からこんな甘え方をされたのは記憶にある中では初めてで、それだけ疲れていると分かった。
だが、セフィロスが彼女の姿以外認識できる事を失念している様子に、どう言葉をかけて良いか迷う。
そんな彼女の表情を見られないことを残念に思い、同時に、その体温を感じる事も出来ていないと気がついて、物足りなさが募る。
自分が知らない間も、こんな風に甘えていたのだろうかと、その時はどんな顔をしていたのだろうと思いながら、セフィロスの手は自然との背を辿り頭へ延びていた。

グローブ越しに伝わる髪の感触が懐かしくももどかしい。
そんな風に、すこしぼんやりとした頭で考えていると、セフィロスに頭を触られたが驚いて彼から体を離す。
体から離れたの感触に、セフィロスは半ば無意識に繋がれていた手を強く引き、彼女の体を再び腕の中に閉じ込めた。

「ぶぐっ!」

セフィロスの胸に鼻をぶつけた感触がすると同時に、の悲鳴が聞こえる。
腕を緩めてやらなければと思うのに、彼の手は顔を横に向けようとする彼女を無視して、その体を強く引き寄せていた。
抑えられない手の震えが、咄嗟でも自分から離れようとしたへの怒りと焦燥のせいだと理解しても、冷静さを取り戻す事が出来ない。
自然と開いた口に、自分でさえ何を言い出すのかと恐れを抱き、けれどその思考も湧き上がる感情に飲まれそうだった。


「どこに行くつもりだった?」
「すみません、どこかへ行くつもりはなかったんですが、寝ぼけていて……」

「いなくならないと、そう言ったのはお前だろう」
「はい。すみません」

「二度と逃げるな」
「はい。約束します」


声に怒りを滲ませるセフィロスに、は反論はせず、ひたすら従順に謝る。
何十年もから逃げていたくせに、自分は逃げるなと言うのはなかなか理不尽だとは思ったが、その辺は想定していた事なので気にしない事にした。
むしろ、感情のまま怒鳴りつけたり、また逃げて突っぱねたりしてこなかったセフィロスの精神力に流石だとさえ思う。
ただ、それは決して良い傾向とは言えないので、話がついたら早めに爆発してほしいのがの本音だった。

そんな風に思考を逸らすことで落ち着いたは、寝起きよりも増した疲労感に息を吐いてセフィロスに体重を預ける。
ほんの何十時間か前までは人形のように無反応だったのに、感情を露わにして、痛いくらいに抱きしめてくる彼に、顔が緩みそうになるのを堪えた。
何度か深呼吸をしていると、セフィロスの腕の力も緩んでくる。
けれど、顔を上げれば眉間に皺を寄せてを……否、の顔がある辺りを睨んでいる彼に、彼女はもう少し彼が落ち着くのを待った。


「何故……お前が見えない?声や物音は聞こえて感触もあるのに、体温を感じないのは何故だ?」
「人の形をしていても砂と魔力で出来た体ですから、体温を作るのは省略しているんです」


眠る前と質問の順序が変わったセフィロスに、は小さく笑みを浮かべながら答える。
反応にこまる返答をしていると自覚していたとおり、彼女の答えを聞いたセフィロスは、何か言おうと口を開閉するが諦めて口を閉じた。


「私の姿が見えない理由ですが、やはり分かりませんでした。貴方が眠ってから、状態を見させていただいたのですが……確証のない推測ぐらいしか」
「何でも良い。言え」

「恐らく、私が生まれた世界と、あのに……ジェノバの相性が悪いのではないかと……。
お気づきだったかはわかりませんが、私が生きている頃から、ジェノバは貴方と私を引き離したいようで時々貴方の感情に影響を与えていました。
私が死んでからは、私が貴方に影響を与えて行動を思い留まらせるのを避けるため、貴方が私を感知しないようにしていました。
今回、貴方を蘇らせるためにルーファウスにジェノバの細胞を集めてもらったのですが、それで直接ジェノバと話し合いをしまして。
余計な妨害を一切やめるという事で、話を付けたのです。
だから今、貴方は私の声や感触が分かるようになった。
ただ、そこでジェノバと私の世界の相性が問題になりました。
貴方の中のジェノバの因子は、肉体だけではなく、精神体にも影響を及ぼしている。
対して私の体はそのジェノバと相性が悪い異世界の砂です。
いくらジェノバが干渉をやめたとしても、生まれつき貴方の物となっている因子の働きまではどうにもできないのでしょう。
それが、貴方の視覚に何らかの影響を及ぼし、私の姿が見えないのではないのか……と。
私が予測できるのは、このぐらいです。
詳しく検証するには、オーディンやラムウのような知恵を持つ存在が必要でしょう」
「…………」


聞いたは良いものの、予想以上に詳細でややこしい回答に、セフィロスの顔が困ったものに変わる。
途中で寝なかっただけ万々歳だと考えるとは対照に、真面目に聞いていたセフィロスはの生前から始まるというジェノバの影響に困惑していた。
思い返せば、確かに記憶に引っかかるものがあったが、長い間『母』と言って縋っていた存在がそんな影響を与えていたとは受け入れがたい。
そもそも、セフィロスは感情の吐露によっての姿が見えないことを問うてしまっただけで、今すぐ答えを求めていたわけではなかった。
何とかの仮説を消化しようとするが、それより感情を吐き出したがる心のせいで、上手く頭が働いてくれない。

怒りが収まりきっていないが、明らかに思考が遠くへ飛びかかっているセフィロスの目に、は少し申し訳なくなった。
彼にはどんな事も嘘偽りなく言葉を伝えようと思っていたのだが、だからと言って何でも馬鹿正直に言えば良いというものではなかった。
口を開くべきか、暫く大人しくしているべきか考えていたが、セフィロスの目が遠くを見始めたので、はその注意を引き戻すことにする。


「推測はあくまで推測です。ただ、昔の貴方は普通に私を見ることができていたので、互いに肉体を得て復活すれば、今のような不自由はなくなるかと……」
「俺が蘇る意味が…お前は分かってるのか?」

「……?当たり前じゃないですか。でなければ行動しませんよ」
「…………」

「そう恐い顔で難しく考えなくても大丈夫ですよ。お互い時間は沢山あるのですから、焦らずのんびり考えても良いとは思いませんか?」
「……随分悠長だな」

「あまり急いでアレコレやっても、後から時間を持て余してしまいますよ?心配しなくても、まずいと思った時はちゃんと止めますから、安心してください」
「…………」


柔らかな声で言うに、むしろ自分がを止める事の方が多いのではないだろうかとセフィロスは不安になる。
現段階ですら、当たり前のようにセフィロスを復活させようと言うに対して、セフィロスの方が本気で言っているのか確認をしている状態だ。
正直全く安心できない。

その上、余裕を崩す様子がない彼女に、自分が何をしたところで簡単に抑えられるのだと察しがついてげんなりする。
それが彼女と再会してから感じている苛立ちの理由の一つだと気づいて、更に気力が削がれた。


「俺を蘇らせる理由は何だ?」
「……うん?私は疑われてるんですか?」

「違う。純粋な疑問だ。こういった犠牲が出かねない事で、お前は無駄な事はしない」
「ああ、なるほど。……あの、ご期待に添えず申し訳ないのですが、私は純粋に貴方と生きる時間を取り戻したかっただけですよ?」

「それ以外に、何もないのか?」
「2〜300年先の話ですが、あなたがここに留まり続ける事で危険に晒される可能性はあります。ただ、そうならないよう対処は可能ですから、心配には及びませんよ」

「先の長い話だな……」
「ええ。それ以外は特に気にするような出来事はないと思います」


絶対嘘だ。

基準で気にしない事でも、他の普通の人間なら大騒ぎになる事が確実にあることを、セフィロスは経験から知っている。
この点に関してだけは、は絶対に信用できない。
そして、心配いらないと言っている数百年後の出来事も、絶対に安心して眺めていられるものではないはずだ。
ライフストリームの中にいて危険に晒される可能性がある時点で、全く心配なくない。
もし今蘇る事を拒否しても、その数百年後の出来事の関係で『状況が変わった』と言って半ば強制的に蘇らされそうな気さえする。
そうでなければ、セフィロスには予測不可能な、意味不明の状況にさせられる気がする。
何せ、相手はだ。大きいことから小さいことまで、何をしでかすか全く予想できない。

共に生きる時間を取り戻したいというの言葉は本当に嬉しいが、正直それより気になる点が多すぎた。


「ああ、そうそう、セフィロス、貴方が以前から頑張っている、世界を滅ぼすという活動なのですが……」
「学生の部活動みたいに言うな。別に頑張ってるわけじゃない」

「それは失礼しました。それで、その活動なのですが、継続してくださってもかまいませんよ」
「……正気か?」

「ええ。ただ、今回は私の砂やジェノバ細胞の回収などで、ルーファウスにかなりお世話になったので、できれば彼が寿命で死ぬまでは、待ってあげてください」
「……断ればどうな…………いや、いい。どうせロクな事じゃない」

「それは、そうですね。少々荒っぽい事にはなると思います。ですがセフィロス、私は貴方にそんなに酷い事はしませんよ?」
「……お前が荒事と言っている時点でもう何も考えたくない」


首から下を吹き飛ばした事は酷い事に入らないのだろうか。
それとも、知られていないと思っているからそう言っているのか。

どちらにしろ酷い女だと思ったセフィロスだが、実際に蘇った場合、彼女が本当に酷い仕打ちをしてくる事が無いのも分かっていた。
ルーファウスの死後は好きにして良いと言っているのがその証拠だ。

どうせ蘇る以外の選択肢は無いのだろうという思いは、の言葉に絆されたのか、願望なのか。
諦めもあるのだろうと思いながら、繋いだ手に力を込めれば、彼女が小さく笑う息づかいの後、掌が握り返される。

今、どんな表情をしているのか、想像で補うにはもう記憶が曖昧で、セフィロスには朧な輪郭と柔らかく細められた目と黒い瞳しか思い出せなかった。
同時に、蘇りを拒否しない一番の理由がそれだと気づいて、全てが腑に落ちたような気がする。

流されているだけだとはわかっているが、今はその心地良さに身を任せたかった。
足掻いて迷って疲れても進もうとしていたせいだろうか。行き着く先に見た夢は、この流れの先に垣間見える穏やかさと重なるような気すらしてくる。
もし、間違いであったとしても、一時の夢だった事にすれば良い。
はきっと、それも受け入れてくれるのだろう。


「ルーファウスの寿命など、せいぜいあと30年程度か……」
「あ、いえ、先日間違えて若返らせたので、あと6〜70年は生きるかと」

「……説明しろ」
「わざとじゃありませんよ!今回お世話になったお礼に、内蔵の不調を魔力で調えてあげようとしたんですが、思ったより健康で、こう、余剰魔力が、その、こう……ハッハッハッハッハ!」

「笑って誤魔化すな」
「はい」


この女を野放しにしてはならない。

昔うっすらと感じつつ、あえて考えないようにしていた思いが、今になって明確になる。
放っておけない女なのは間違いない。目を離せないのも間違いでは無い。
だがやはり、放し飼い厳禁なを、放置するのは気がかりすぎた。

ルーファウスが若返ろうが、それで他の人間達が何をしようがどうでもいいが、それによってに及ばされる影響が心配になる。
それを相談か雑談かで聞かされる事になる未来を想像すると、ライフストリームに引きこもり続ける気にはなれなかった。


「お前の願いを聞こう」
「え?」

「蘇ると言った。お前の、望み通りな」
「…………」

仕方ないといわんばかりにため息をついて告げると、が呼吸を止める気配がした。
普通の女のような反応は全く期待していないセフィロスの予想通り、彼女は幾度か深呼吸すると、そっと彼の腕から逃れる。
離れていく感触に名残惜しさを感じながら、彼女の反応を黙って待っていると、予想通り、少し離れた所からの猛々しい雄叫びが聞こえた。





やっと復活までこぎつけました。
最初書いてた7話は、セフィロスが失言してが激怒して、かなり険悪になったんですよ。
なので、途中から書き直しました。
ちょっと時間かかってしまいましたが、次からはのんびりスローライフな感じでいけると思います。

2021.10.22 Rika
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