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Illusion sand ある未来の物語 05




登り始めた太陽に森が目を覚まし、いち早く声を上げた鳥が朝焼けの色を残す青空を飛んでいく。
冷えて澄んだ空気を吸い込み、胸に広がる朝露の香りに瞼を伏せると、強く照らす日の光が微睡みの気配すら追い払ってきて、は仕方なく目を開いた。

騒がしい都会から離れた森に建つルーファウスの家。
家の主がまだ目覚めていない早朝に、勝手に庭の椅子にかけて寛いでいるに、家の中にいた警護のタークスが一瞬ギョッとした顔をする。
だが、すぐに庭の不審者が誰かわかると、触らぬ神に祟りなしとばかりに窓の外から視線を外した。

その気配を感じてはいるものの気に留めず、は指先に絡めた魔力の糸を弄ぶ。
それが繋がる先は、セフィロスに預けてきた自身の髪の一房。伝わるのは、彼の心が波立つ様と、呟かれた懐かしい声だった。
未だ名を呼んでくれない事に、の心もまた少しだけ揺らめくが、それもまた想定の内と、仕方が無いことだと言い聞かせて自分を落ち着ける。


「とりあえず、予想していたよりは元気そうで良かった……」


ライフストリームの中で激しく心を浮き沈みさせるセフィロスの様子を感じながらも、は1人呟くことで自分を安心させる。
最悪、が接触する事で箍を外して暴れ出される状況も予想していたので、今の自制心を持っている彼の様子はそれほど悪くない状態だった。
復活させるどころか殺すことにならなくて良かった。そう考えることで、臓物に纏わり付くような重い感情を大きな息とともに吐き出した。
同時に、魔力を通して伝わってくるセフィロスの心の揺らぎに引きずられないよう、気を引き締める。

出来ることが増えるのは良いが、相手の感情が伝わりすぎるのは考え物だ。
昔のような、ジェノバの細胞と意思によって向けられた一瞬の憎悪や殺気ではない、セフィロス自身の感情による怒りと苛立ちを向けられるのは、覚悟をしていたの心に少しだけ擦り傷をつけた。

けれど、大丈夫。擦り傷なら、どうせすぐに治るのだからと、は今一度腹を据え直す。
差し違えることも覚悟の上で、彼を呼び戻すと決めていたのだ。最初が最悪で無かっただけで、いつまでも喜び浮ついているわけにはいかなかった。


「人として生活する気でいるなら、夜に眠ることを思い出してはどうだ?」


呆れた声に振り向けば、既に身支度を調えたルーファウスが庭に出ていた。
言い返す言葉が無く苦笑いを返したの顔に疲労の色を見つけながら、ルーファウスは彼女の向かいに腰掛ける。


「随分早いお目覚めですね」
「年のせいか朝が早くてな。最近は、誰かが不調を調えてくれたお陰で、余計に目覚めが良い」

「それは親切な方がいたものですね」
「全くだ。しかしその本人は、自分の不調をそれと認識していない。世話がやけると思わないか?」

「本人にとっては、不調の内に入らないのでしょう。貴方が気に病まずとも大丈夫なのでは?」
「生憎、私にとっては大事な友人だ。たとえ大丈夫であっても、心配をするのは自然な事だろう?」

「耳が痛い」
「ならば心に留めておくことだ」


ようやく、自然に笑みを零したに、ルーファウスは口の端を上げて見せる。
けれど、最近よく見せていた楽しそうな表情に変わらない彼女に、彼は簡単にその原因を予想できた。


「やはり、セフィロスの復活は、簡単に行かなかったようだな」
「本人の意思ばかりは、蓋を開けなければどうにもなりませんから」

「お前とは別の方向で、面倒な性格をしている男だ。仕方がない」
「繊細な人なんですよ。そんな言い方しないでくださいな」

「それで片付けてくれるのは、お前くらいのものだろうな」
「自分の性分に自覚がありますので、人様をどうこうは言えませんね」

「自覚があったところで、改善する気は無しか……。、その様子では、はやりセフィロスとは禄に話は出来ていないようだな」
「混乱していましたからね。少し、1人にする事にしました」


その気の使い方を、どうして自分自身に向けられないのかと、ルーファウスは面倒な友人に呆れる。
数週間前まであった、彼女を浮き足立たせるような焦燥は少し落ち着いたようだが、代わるように、自分に頓着しない悪い癖が出てきた気がする。
予想通りすぎて説教をする気も起きないルーファウスだったが、しかしに自棄を起こす気配は無いのだからと、自分を納得させた。
それに、早朝であることはさておき、こうしてルーファウスの元へ来て、起きるのを待っていたのだ。彼女が人を頼っただけでも十分だと考える事にした。


、私が若返った事で、猶予が伸びたと思っているようだが、あまり期待しすぎないことだ」
「……ええ、分かってますよ。大丈夫。貴方がいなくなる前に、ちゃんと……どうにかします」

「私以外に、人間の友人を作ってはどうだ?いまの肉体を持つ状態なら、可能だろう?」
「以前も同じ話をしませんでしたか?答えなんて、そう変わりませんよ。やめましょう」


うんざりした顔でそれ以上の問答を拒むに、ルーファウスは予想通りと知りつつ、小さくため息を吐く。
ほんの一言、二言の問いなのに、疲労の色が濃くなった彼女の顔に、小さな罪悪感を覚えた。

けれど、今、ただ1人、彼女を化け物や召喚獣ではなく、1人の人間として見るルーファウスも、いつか寿命を迎えていなくなる。
『他に友人を……』と口にしてしまうのは、彼女を気にかける以上仕方がない事だった。
それが、彼女にとって死別する友を増やすだけだとしても。

だから、ルーファウスが年を重ねる毎に、の中で焦りが生まれていった。
自分をただの人間として、嘗て知ったる者として、変わらず接してくれている彼がいる間に、セフィロスの事をどうにかして解決しなければ、と。

ルーファウスという楔が亡くなってしまったら、いつかの人間としての感覚は擦り切れ、捨てて、その原型さえ忘れてしまうだろう。
そしていつか耐えられなくなって、星の運命を見捨ててもセフィロスに自由を許す自分が想像できてしまったのだ。
その時になって、ただの一人の人間としてセフィロスと接していた自分を思い出し、かけ離れてしまった自分に顔を覆って、彼にそれを知られる事を恐れ、きっと動けなくなる。
だからは、人としての自分を戒め、繋ぎ止めてくれているルーファウスが生きている間に、事を起こさなければならなかった。

ルーファウスが若返るという予想外のことは起こったが、それで増えた時間は、彼女にとってわずかなものだ。
たとえ、ルーファウスが言うように、新たに楔になる友を作り、それを永遠と繰り返しても、いつか限界がくる。
その頃には、きっとの正気は手遅れになっているだろう。

昔と同じ、人である事にしがみついている間に、何も変わらない姿をセフィロスに見せたかったのだ。
壊れてしまってからでは、そんな姿を見せては、それが彼を責め、苛むことになってしまう。
そんな風に彼を傷つけたくて、死を踏み越えたわけじゃない。
だから今、尚早だと言われたとしても、は事を起こさなければならなかった。
未来を考えれば考えるほど、ただ思考停止して立ち止まっている事は出来なかった。


、お前は、運命というものを信じるか?」

考え込んでいたは、ルーファウスの言葉に顔を上げ、一拍遅れて言葉の意味を理解する。
反射的に出かけた言葉を飲み込み、少しだけ考えてみるが、しかし出てきたのは最初に浮かんだ言葉と同じだった。

「……あるとしたら、言い方は悪いが……クソ食らえですね」
「なるほど。確かに、お前はそう思うだろうな。では、巡り合わせと言い換えたら、どうだ?」

「それは、否定出来ませんね。……今回のことも、そうだと?」
「メテオ災害、セフィロスの二度目の復活、ディープグラウンド。それから二十年以上経った今になって起きる、お前とセフィロスの復活。、お前がこれまでも、自分自身の復活のために動いていたことは知っている。にも拘わらず、今回だけは、お前の体だけではなくジェノバの細胞までもが揃って目の前に現れた。偶然にしては出来すぎていると思わないか?」

「……私は何もしてませんからね?」
「分かっている。だが、今、セフィロスが復活して、一体誰が止める?クラウド達は年を取って衰え、若い世代に全盛期の彼らを超えられる者はいない。もはやセフィロスを止められる力を持つのは、、お前だけだ。誰も、そこに割って入ることはできないだろう」


それ以上聞くのが嫌だと表情で訴えるを無視して、ルーファウスは口の端を上げて笑って見せる。
心底嫌そうな顔をして、耳を指で塞ぐ彼女に、小さく声を漏らして笑ったルーファウスだったが、口を閉ざしてやる気は無かった。


、意図せず歯車が集まり噛み合う感覚を、お前ならばよく知っているのではないか?」
「誰かが何かしてるんですか?」

「いいや。少なくとも、私が知る限り、今回の件で糸を引いている者はいない」
「だから、運命なんて口にしたんですか?気持ちは分かりますが、考えたところで何も変わりませんよ」

「そうだな……その通りだ」


昔と変わらない目で答えるに、ルーファウスは少しだけ眩しそうに目を細めた。
繰り返す会話の一体何処に、彼女が人でない要素があるのだろう。
少なくとも、ルーファウスの目に映るは、過去の延長線上から少しもはみ出ない、ただの一人の友人でしかない。
幾度か心が弱り、とりとめもなく語り合うことで頼られる事はあったが、そんな時でさえ、ルーファウスには彼女が恐れている化け物の気配を感じなかった。
ただ、少し抱えている物をいくつか吹っ切って、受け入れた事で会話の内容に変化があっただけだ。彼女自身は昔と全く変わらず、ルーファウスは過去に戻った錯覚を覚えることもしばしばだった。

化け物といって恐れている姿を、見せまいとしているのか。ルーファウスとの会話で、その恐れを忘れられるのか。
どちらも、正解なのかもしれない。


「お前のことだ。たとえ困難な壁があったところで、かまわず打ち壊すのだろう?」
「人を暴れ牛のように言わないでもらえますか?」

「それはすまなかった。お前なら、肩に当たって粉砕したものが壁であったとしても、気づかず進んでいるのだろうな」
「更に酷くなっている……」

、そんな悲しそうな顔をするな。これは、私のお前に対する信頼だ」
「貴方が持つ信頼の概念とは……」


いきなりボロクソに言ってきたルーファウスに、は意思の疎通を放棄して遠い目になる。
何か怒らせる事を言っただろうかと考えても、思い当たるのは明け方に来て勝手に庭で休んでいた事ぐらいだ。それで十分だった。
日が昇ってきたので、腹が減ってきたのだろうと考えると、は椅子から腰を上げる。
セフィロスの方も、考えすぎて疲れたのか眠っているようなので、今のうちに戻ることにした。


「そろそろ行きます。ありがとうございました」
「そうか。、くれぐれも、無理はしすぎない事だ。私でよければ、いつでも胸を貸してやろう」

「また顔を出しますね。では」


いつも通りつれない、と首を振ってみせるルーファウスに笑みを返して、はその身を砂に変える。
風に乗って流れていくそれを見送ったルーファウスは、テーブルの上に残った砂の一粒を指の腹で拾うと、息を吹きかけて風に返した。

朝日と森に溶けるように消えていく象牙色の砂が、初めてが砂を纏って現れた日を思い出させる。
自らが蘇ることは無いという言葉を覆し、セフィロスが自分に気づかない事を一度は受け入れながらそれもまた覆した。

がセフィロスを蘇らせる理由が、精神の限界だけではない事に、ルーファウスは気づいている。
けれど、それを決して口にしない彼女に、それがルーファウスではどうにも出来ないばかりか、一緒に抱えることすら不可能なのだと理解した。
きっと、人の力が及ぶ領域の事では無いのだろう。 がルーファウスを訪ねる間隔が数年おきになっても、定期的に召喚獣が上空にいる姿が目撃されている。
先日のように民間人に被害が出る騒ぎは稀だが、この20年、誰かが呼んだものでもない召喚獣が人里離れた土地で目撃される事が増えた。

彼女が警告すらしてこないのは、その何かはルーファウスが生きている間に起こる事ではないからだろう。
セフィロスを復活する事になっても、悠長に浮かれた様子を見せていたのだ。
切羽詰まっているなら、自分の体が中途半端だろうが蘇らせているだろうし、ルーファウスに住む場所の相談だってしない。
セフィロスが何かしら関係しているだろうと予想できるが、もしかしたら、彼の復活すら不安要素を排除する過程の一つでしかないかもしれない。

今までに無いほど察知させまいとしているのだ。
ルーファウスが死の間際になって冥土の土産にと頼んでも、教えてはくれないだろう。

もしかして、この星の未来ではなく、の故郷や別の世界に関わる事だろうか。
そんな少年のような空想をした自分に、ルーファウスは驚き、小さく笑みを零す。
若返った体に、精神が引き寄せられたとしたら、少し生活が面白くなるかもしれないと思いながら、朝の肌寒さに席を立つ。


昔であれば、抱えるものを語らないに、ルーファウスは信頼しきれないのかと肩を落としていただろう。
けれど今は、語らないのならそれでも良いと思う余裕がある。
余計な心配はせず、今、この生きている時間を謳歌する事が、彼女にとって一番の安心だと分かるのは、年を重ねてきたお陰だろう。
老後が延びた事で、今後の人生設計が少し変わってしまったが、に関わっていれば退屈はしないだろう。
手加減を間違えてルーファウスの余命を伸ばした事すら、セフィロスの復活同様、何かしらの計画の一端なのかもしれない。
乗ってやる代わりに、延びた寿命の分だけで遊んでやろうと、ルーファウスは意地悪く口の端を釣り上げた。







ホント、お待たせしてすみません。

2021.09.30 Rika
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