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『ルーファウス!少し頼まれて下さい』 「内容を言う前に、その見苦しいものをどうにかしてくれないか?」 様子を見に行ったと思ったら5分もせずに戻ってきたに、ルーファウスはため息をついて紅茶が入ったカップを置く。 呆れた視線の先には、に足を捕まれて地面に倒れる、身ぐるみ剥がされて白目をむく男。 の魔力に中てられたのか、男はうめきながら時折痙攣していたが、ルーファウスは気にせずタークスに始末を任せた。 刺客を捕らえてくれたのはありがたいが、せっかくのティータイムを壊すような捕縛の仕方はしないでもらいたい。 その辺の気遣いさえ忘れているほど、浮かれてしまう事があったのか、と、ルーファウスは満面の笑みを浮かべるを見た。 そのあまりの上機嫌さに、ルーファウスは少し嫌な予感がする。 『それは失礼しました。それでですね、ルーファウス、これを見てください!』 ニコニコ笑顔のがテーブルに置いた汚い巾着の、ニチャッという音と、テーブルクロスに染みていく赤黒い液体に、ルーファウス目を覆って天を仰いだ。 Illusion sand ある未来の物語 02 『……そういうわけで、思わぬ所から私の体の砂と、貴方のリユニオン用になる細胞が見つかったんですよ。今ルーファウスに頼んで製作者を抑え、品物も可能な限り回収してもらっているところです』 久しぶりに得た前向きな情報に、は笑顔でセフィロスへ報告する。 相変わらず、彼が目の前にいる彼女に気づく様子はないが、それに関しては8割諦めて開き直ると決めてしまった。 全身全霊で見えない希望に縋るのは、破滅しかないと途中で気づいてしまったのだ。 長い間色々と試したが、彼と確実に再び言葉を交わすことができるとすれば、双方が肉体を復活させた時だろう。 どちらか片方だけが肉体を得ても、今の認識されない状態はきっと変わらない。 精神体の状態でも、セフィロスがを認識しない根本原因を解決できれば良かったが、試行錯誤した結果がセフィロス首から下爆散事件である。 事件後は、流石のも二の足を踏んでしまった。 しかし、1度目のリユニオンでコツをつかんだのか、やたらとハイペースで復活しようとするセフィロスの邪魔をしていると、の肉体回収は思うように進まない。 ルーファウスには片手間程度で、と、協力を依頼しているが、高濃度の魔力を発するとはいえ世界中から砂粒一つ一つを見つけるのは難しい。 自身が時間をみつけて、自分の魔力を目印に地上を探す方が、ずっと効率が良かった。 『もう3〜40年はかかるかと思っていたんですが、うまくいけば、もう少し早く、お互い復活できそうです』 その時、彼は自分を見てどんな反応をしてくれるだろうか。 幻だと思って切りかかってくるのは勘弁してほしいと苦笑いしながら、はセフィロスの頬をそっと撫でる。 手の甲を擽った銀の髪を指で梳き、彼の耳にかけてみるが、伏せられた瞼を開いてはくれなかった。 首元を指先でくすぐってさえ、ピクリとも反応しない彼に、は小さく苦笑いを零す。 自身の髪を揺らすライフストリームにちらりと目をやり、その力の一筋が彼に纏わり付こうとするのを手で払った。 次いで、辺りを漂うライフストリームを侵食しようと伸ばされたセフィロスの力を、魔力で打ち消す。 『仕方が無い人ですね……』 言って、小さく笑みを零したは、少しだけ表情が険しくなったセフィロスの顔をのぞき込む。 ほんのりと寄った眉間の皺に指を当て、やわやわと揉みほぐしてみるが、指先が離れるとまた皺が戻ってしまった。 『ねえ、そろそろ気づきませんか?』 触れることが出来ているのだから、違和感ぐらい持ってもおかしくないのに、それすら無かった事にしている彼に今日も腹が立つ。 体を爆散したときもそうだが、普段触れている感触や、たまに頭にきてする悪戯を、彼はどう処理しているのか。 復活したら、まずそこら辺からじっくり聞かねばならないだろう。 少し拗ねながら、彼の指先を掴んで遊んでいると、耳にかけていた彼の髪がさらりと落ちて元通りになる。 以前コートを剥ぎ取ってやった時も、少し経ったら霧が集まるように元通りになっていた。 どんな仕組みでそうなるのかは分からないし、きっと彼は全部夢か気のせいだと思っているのだろう。 考えるとまた腹が立ってきたは、弄んでいたセフィロスの手から手袋を取り、遠くへ投げ捨てる。 コートの時のように、気づいたら着用しなおしているなんて事がないように、その手をしっかりと握ると、彼の隣に腰を下ろして目を閉じた。 −、こちらに来られるか?− 微睡みに響いたルーファウスの声に、はゆっくりと瞼を上げる。 眠気が混じる目でセフィロスの顔を見上げ、繋がれたままの手と、素肌の感触に頬を緩めると、彼の手の甲に唇を寄せた。 『ルーファウスに呼ばれたので、少し行ってきます。戻るまで、変なことしないでくださいね』 言って、もう一度セフィロスの手の甲に口付けると、は立ち上がって地上へと向かう。 1人残された彼は、しかしそれに反応する事もなく、星の光の中に佇み続けた。 ゆらりと流れた星の光が、頬の上を掠め、銀の髪が揺れる。 空になった掌に、指先が微かに反応し、伏せられていた瞼がゆっくりと開いた。 「……………」 瞼に映るのは、淡く光る星の深淵。 それ以上もそれ以下も無く、それを理解する間に、今見たばかりの夢の感触が記憶の外に霧散する。 ただ、目の前を流れていく目障りな光に、セフィロスはそれ以上何を思うでもなく、再び瞼を閉じた。 落日が世界を染める。 開かれた窓から差し込む光が、室内を昼間の白から茜へと変える様を眺めていたルーファウスは、耳に届いたさらさらという砂の音に視線をやった。 風の無い景色の中、象牙色の砂が緩やかに宙を流れ、窓から入り込んでくる。 時折日の光を反射する砂は、ともすれば彼方の夜空から先駆けた星のようにも見えた。 瞬きする間に形作られた体は、一度水面のように歪んで見せると、慣れ親しんだ女性へと姿を変える。 記憶より少し短い黒髪を揺らして、彼女は緩やかに微笑む。 その下に身につけたシンプルなワンピースに目をやると、ルーファウスはあからさまに落胆した顔を作った。 「残念だ。今日は変質者のような姿ではないのか」 『いつまでも昔の話を引っ張らないでください』 「冗談だ。掛けてくれ」 昔、やっと砂で体を作れるようになった頃の話を蒸し返されて、は苦虫を噛み潰した顔をする。 体が出来た喜びと、早く見せたい一心で、はルーファウスの前に全裸で現れて報告するという珍事を起こした。 その後も、ルーファウスの危機に急いで駆けつけて服を作り忘れたり、考え事をして服を忘れたりと、何度かやらかしている。 とうとうルーファウスの部屋にガウンを常備され、「もはや一緒に風呂に入っても良い仲ではないか?」と馬鹿にされるに至った過去があった。 今となっては懐かしさすら感じる思い出だが、ルーファウスは時折思い出してからかってきた。 『この短時間で、よくこれだけ集める事ができましたね』 例の小袋を3つ4つ手に入れられれば十分と思っていたは、レノが抱えるバスケットボール大の箱を見て素直に感心した。 もしかして少し無理させたのではないかとルーファウスの様子を伺うが、彼は何故か少し呆れた顔をして小さくため息をついている。 「短時間……か。確かに、お前にとってはそうかもしれんな」 「あれから1年経ってるぞ、と」 『おや?それはそれは……随分寝過ごしてしまったようですね』 長く寝てもせいぜい3ヶ月程度だと思っていたは、部屋の隅に控えているレノから告げられた言葉に目を丸くした。 精神体な上、ライフストリームの中にいると、どうしても時間の感覚と体内時計が狂ってしまう。 以前も似た事があったので、もう少し注意が必要かな、と、はレノの白髪を見ながら考えた。 『必要な分は、そちらで確保しているのでしょう?さて、お礼は何にしたら良いでしょうね』 「例には及ばん。、お前が奴の手綱を離さずにいるのなら、我々にとってそれ以上の報酬は無い」 『そんなに彼を怖がらなくてもいいでしょう?あの人は、あれでも可愛いところがあるんですよ?』 「お前以外には言えん台詞だな。だが、セフィロスに対するその評価が、過去の幻想ではないと言い切れるか?」 念押しの確認をしてくるルーファウスに、は呆れ混じりの笑みを返して珈琲に口をつける。 以前より味が認識できるようになった舌に、内心でヨシヨシと頷くと、カップを置いてルーファウスへ視線を戻した。 『今更ですね。彼の二度目の死から復活するまで2年。それから何十年経ったと思っているんですか?その間、彼が動かずにいた事実は、何の証明にもならないと?』 「無論、それは評価している。だが、厄災であるセフィロスをあえて復活させ、その後本当に世界が無事であると、誰が保証する?、お前が奴に絆される事は無いと、約束はできるか?」 『絆されるどころか惚れているんですがね……。流石にある程度の自由はさせますが、再び星を危機に陥らせるような真似はさせませんよ。力尽くでも抑えられますが、方法はいくつかありますので、ご心配なく』 「そう言うだろうと思っていた。しかし、お前が考えているその別の方法とは、まさかお前自身がセフィロスを斬るという事ではないだろう?」 『それは流石に……出来はしますが、やる気にはなりませんね。もっと穏便で、強引な方法ですよ。どちらにしろ嫌われそうなので、あまりやりたくないのですけれど』 「、それは私にお前が心配だと言ってほしいのか?」 『冗談ですよ。いえ、まあ、嫌われる可能性は否定できませんが……そうならないように努力します。ええ』 「」 軽口を叩いていたの表情が、セフィロスに嫌われる可能性を口にするにしたがい曇っていく。 本当に大丈夫かと心配になるルーファウスの呼びかけに、力強く頷いて返しただったが、その視線はルーファウスの目ではなく何もない空間を漂っていた。 控えていたレノの視線が、こいつ信用出来るのかと語りながらルーファウルに向けられる。 自信なさげな目をするにルーファウスは小さくため息をついたが、彼女がセフィロスを抑えられる事に変わりはないので、細事として切り捨てた。 「では、セフィロスの事はお前に任せよう。だが、あまり派手な喧嘩はしないでくれ」 『彼次第なところはありますが、善処しますよ。少なくとも、貴方が老衰で亡くなるくらいまでは、星を騒がせないようにしましょう』 「できるなら、私が死んだ後も静かにさせておいてほしいものだ」 『……それなりに善処しましょう』 目を合わせずに答えたに、ルーファウスは長生きする必要がありそうだと考えながら、レノに視線をやる。 確約してくれない彼女に嫌そうな顔を向けていたレノだったが、すぐに表情を直し、ずっと抱えていた箱をテーブルに置いた。 「ちゃんと躾けろよ、と」 『レノ……?あなた、少し見ない間に老けましたね』 「余計なお世話だ」 『それは失礼。以前お会いした時は、もう少し頬が艶々していた気がしたもので、つい……』 「アンタと前に会ったのは5年は前だぞ、と」 『おや、そんなに経ちますか?ああ、でも、確かに、ここ暫くは、貴方の後輩達しか見ていませんでしたね』 「レノの老化についてはそこまでにして、早く中を確認してくれ」 「社長……」 『ルーファウス、その言い方はレノが可哀想でしょう』 「お前が言い出したことだ。言い方一つで私のせいにしないでもらおう。受け取れ、」 二人がかりで好き放題言われ、レノはほんのりと目に涙を浮かべる。 目当ての物を目の前に、は満面の笑みを浮かべ、感触を楽しむように指先で箱の表面を撫でる。 どこか艶めかしささえ感じる手つきでありながら、微笑む彼女の瞳には剣呑な色があった。 もしや狂ったのはセフィロスだけではなかったか……。 警戒しかけたレノだったが、冷静に思い返してみると元々はマトモそうに見えて頭がおかしかったので、今更頭の捻子が数本弾けたところで誤差の範囲内だと考え直した。 レノにそんな事を思われているとは露知らず、は箱の封印を外していく。 箱の中からは、セフィロスが求めてやまない力が、隙あらば逃げだそうと蠢いている。 浮かべそうになる嘲笑を抑えながら、はその力を丁寧に、嫌らしいほど執拗に魔力で絡めては押さえた。 『やはり身の程を知らない……セフィロスに贈る前に、少し躾が必要ですね』 「躾ける?厄災をか?出来るのなら、面白い」 『犬だって主従は理解するでしょう?それ以下の知性なら、余計なものをそぎ落としてやるだけです。簡単でしょう?』 「恐ろしい事を言う。、驚くべき事に、私は今、初めてジェノバに同情をしている」 『おや、ルーファウス、年を取ってまるくなりましたか?』 「言ってくれる……。だが、その様子ならジェノバをお前に任せるのは正解のようだな」 『ええ。化け物の相手は、化け物にさせるのが一番でしょう?』 かつては人でありたいと願っていた口で、彼女は自分を化け物と呼ぶ。 死と復活を経たことで、昔縋っていた多くを諦め、受け入れた今のに、ルーファウスは追憶の遠さを思い知った気がした。 昔の彼女であれば、たとえセフィロスであっても死者の復活など理に反すると思いとどまっただろう。 そして、根本の解決をするべきだと、あちらこちらを巻き込んで、ルーファウスに掌で転がされながら奔走していたに違いない。 きっと、の心根の部分は変わっていない。 けれど、失いたくないと足掻いて守っていた者たちが、運命の上に傷つけられ、命を落としていく様を見続けているしかできなかった彼女は、もうルーファウスの思い出のままの人ではなかった。 それでも、全て自分で片を付ける事しか考えていない辺り、相変わらず自分を大切にしない人間だとルーファウス思う。 傍でそれを見ることになる人間の気持ちを忘れているところも、相変わらずだった。 それに少しだけ安心して、ルーファウスの顔には思い出をなぞった表情が浮かぶ。 「そんな事を言わないでくれ。、私にとって、お前は出会ったときからずっと、1人の美しい女性でしかない」 『その馬鹿にしきった笑い方で言われると無性に腹が立ちますね』 「酷いな。私は偽りのない純粋な気持ちしかない。……時が経とうと、私の想いは報われないらしい。悲しいことだ」 自嘲の笑みを浮かべて悲しげに目を伏せて見せるルーファウスだったが、チラチラとへ視線を向けて挑発する姿勢は崩さない。 乗ってたまるかと、ジェノバの肉片が入った箱に興味を移したに、ルーファウスは口の端を釣り上げながら、これ見よがしにハンカチを広げて乾いた目元を拭っていた。 『セフィロスがこちらに戻って来るのは短くて半年。その前に、私がこの肉への準備を整えるのに、長くて一月ほどかかりそうです』 「、急いては事をし損じる。そうだろう?あまりジェノバに酷くしては、セフィロスがどう動くか……」 『分かっていますが……ええ、そうですね。少し浮かれて、焦っているようです。ただ、この肉、どうにも性質が悪い上に身の程も理解出来ていない。だって聞いて下さいよルーファウス。今少し探って確信できましたけれど、セフィロスから私を隠していたのはこの肉ですよ?20年…30年近くですか?とにかく私が一度死んでから今までずっとです。信じられますか?』 「落ち着け、」 『落ち着いていられますか。昔、何度かセフィロスの意識に影響を与えて私を始末させようとしていたのは分かってましたが、ここまでやりますか?私はこの肉に何かした覚えなどありませんよ?ああ、腹が立つ。ルーファウス、私は今、久しぶりに本気で頭にきています。セフィロスの復活に必要でなければ、思考以外の自由を奪って次元の狭間に叩き込んでやりたいくらいだ。それを分かっていて、この肉が事を起こしているのが尚のこと腹立たしい!』 「やはりそうだったか。だが、、そこまでにしておけ。それは、セフィロス復活を叶える大切な素材だ。そうだろう?」 「何でもいいけど部屋壊すんじゃないぞ、と!」 が感情的になるにつれ、室内の空気がパチパチと音を立てて小さな火花を放つ。 垂れ流される魔力が風を起こし、カーテンが音を立てて揺れる様にレノが戦きながら抗議の声を上げる中、ルーファウスだけは悠々と紅茶に口をつけていた。 『この肉、いつか必ずただの肉片にしてやる……』 「それをセフィロスが了承してくれるよう、頑張ってほしいものだ。さて、、そろそろ怒りを静めてくれないか?せっかくの紅茶に埃が入ってしまう」 の大きな舌打ちと同時に、室内の空気が静まる。 小さく安堵の息をついたレノだったが、次の瞬間氷付けになったジェノバの肉片入りの箱を見て、再び息を呑んだ。 ほどよく温んだ紅茶を冷気でアイスティーにされたルーファウスは、一つため息をつきカップに口をつける。 それに気づいたは、少し申し訳なさそうな顔になると、箱から漏れる冷気を抑えた。 『すみません、ルーファウス。つい……』 「気にするな。たかが紅茶一杯だ」 『…………温めますか?』 「いらん」 |
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何でじゃ…。 何でなかなかセフィロス復活までいかないんじゃ…。 2021.09.04 Rika |
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