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Illusion sand ある未来の物語 01




『いつまで私が見えないんだろうな、この人……』


数十年前、クラウドに二度目の敗北をしたというのに、諦めずにまた再統合の準備をしているセフィロスを眺め、は思わずポツリと呟く。
そんな呟きも、彼女が目の前で腕を組んで立っている事も、彼には感知できていないようだった。

場所はライフストリーム。
かつて英雄と呼ばれた厄災と、そんな男と一時ではあるが共に在り絆を結んだ異世界からの漂流者。

新たな災いを引き起こそうとしているセフィロスに対し、それを眺めるの空気は緩みきっていた。
今日も気づかないな−……と退屈そうな顔であくびまでする始末である。


ミッドガルでクラウドに負けてから少しの間、セフィロスは休憩でもしていたのか大人しくしていた。
が、数ヶ月もするとやる気が復活したのか、またせっせと世界中に意識の枝葉を伸ばし、拡散されたジェノバ細胞を探し始めたのである。

暫くは気が済むようにやらせようと眺めていただったが、親切心でルーファウスに注意しに行ったところ、地上は地上で大変な様子だった。
ミッドガルの地下にある施設に関する揉め事で忙しそうだったので、その時は顔を見せずにライフストリームに戻ったが、後から聞いたら結構大変だったらしい。


それからは、地上の様子を確認しつつ、状況を見てセフィロスの行いを眺めたり、邪魔したりの繰り返しの日々である。
邪魔されると、セフィロスは不可解そうに原因を探ろうとするが、いつもあと一歩での存在を感知できそうな所で切り上げてしまう。
そして、星の力の根源へ八つ当たりのような攻撃をするのだ。
完全にとばっちりを食らっている星が少し哀れに思うだったが、元はと言えば星がを駒にしようとしたせいで死ぬ事になり、こんな事態になっているのだ。
少しいい気味だと思った。


『私はルーファウスの様子を見てきますから、あまり羽目を外しすぎないで下さいね』


聞こえないと分かっているが、念のため注意をすると、はセフィロスの元を離れてライフストリームの中を飛んでいく。
その体から剥がれかけた象牙色の砂が、サラサラと音を立てて彼女の後を追っていった。

残されたのは、今日もまた不可解な現象で復活の作業を阻止され、眉間に皺を寄せるセフィロスの思念だけである。







『……というわけで、やはり今日も気づいてくれなかったんですよ』
「それだけ妨害して気づかないとなれば……、やはり奴はお前に気づきたくないのだろう」

『嫌なことを言わないでください』
「認めたくないか?だが、それが事実だと、お前自身気づいているのだろう?」


山々を望む小さな庭で、コーヒーを味わいながら目を細めるルーファウスに、向かいの席へ腰掛けたは憮然とする。
星痕症候群に肉体が犯されていた際に化けて出てきた時から、は何かとルーファウスの前へ現れるようになった。
初めて化けて出てきた時こそ、所々朧に砂で姿形を作っていた彼女だが、今は殆ど生身の人間と変わらない。
いや、よく見ればテーブルに隠れて見えない太股の先が無く、象牙色の砂が揺らめいていた。

長くて数年、短くて3ヶ月ほどの周期で顔を見せる旧友は、相も変わらずの美貌である。
対するルーファウスは、既に髪の半分が白くなり、顔にも流れた月日が皺となって刻まれている。
だが、その身から滲む覇気は衰えるどころか、益々大きくなっているようだった。
隠居という立場をとりながら、裏で色々と手を伸ばしているからだろう。


、一度、思い切ってその魔力をセフィロスにぶつけてみてはどうだ?自分の中にお前が混じるとなれば、流石の奴も気づくのでは無いか?」
『実は既に一度やっているんです。けれど、相性と加減の具合が良くなかったようで、セフィロスの首から下が爆散してしまって……ああ、もちろん、精神体の話ですよ?』

「どちらにしろ酷い事に変わりは無いな」
『ええ、本当に酷かったですよ。流石の私も、あれは焦りました。彼の中に染みついたジェノバの要素は、私の魔力とはすこぶる相性が悪いらしくて。慌てて回復させましたが、心臓が止まるかと思いましたよ』

、その体は砂と魔力だと聞いたが、心臓があるのか?」
『いいえ、物の例えです」


砂の体に心臓だけがあるなら面白いと期待したルーファウスだが、彼女の返答に内心肩を落とす。
しかし、会う度に生身の人間に近づいていく彼女なら、いつか本当に肉体を完全復活させるのだろうとルーファウスは思った。

星の力によって命を落とし、肉体が砂へと還っただったが、意識はずっとこの世界を漂い続けていた。
こんな風に目に見える形で実体化できるようになったのは、ミッドガルがメテオで崩れてから暫く後。
砂になって世界中に散らばった肉体が、彼女の意識に宿る魔力に引き寄せられ、気づけば朧ながら実体を作っていたのだ。

集まった砂を魔力によって結合し、肉体とする。

聞いた当初は、そんな馬鹿な……と思ったルーファウスだったが、実際目の前でそれをやっているのだから信じるほか無い。そもそも相手がである。
因みに、当のもそんな芸当が出来るとは思っていなかったらしく、大層驚いたらしい。
初めて化けて出てから20年以上経った今では、大分普通の人間の見た目を作れているが、それでもまだ3分の1ほどしか肉体という砂を回収できていない。


『完全に体を取り戻すには、まだ時間がかかりますよ。手段を選ばなければ何とかなりそうではありますが、それは流石に……』
「そうか。だが、あまり無理はしないことだ。それでなくとも、お前にはセフィロスを抑えてもらっているのだからな」

『私が好きでやっている事です。お気になさらず。ところで、そちらは何か大きな変化はありましたか?』
「生憎、今は随分と平和なものだ。少々退屈なくらいだな」


肩を竦めてみせるルーファウスに、は苦笑いを返し、ふと顔を上げる。
青い空をまっすぐに飛んでくる巨大な竜の影に目を細め、つられて視線をやったルーファウスと顔を見合わせる。


「お前は、本当に騒動を連れてくる体質だな」
『今回は何もしていませんよ。それに、これは騒動の内に入らないでしょう?』

「お前にとってはな。だが、あのバハムートを目にした一般人は、今頃、恐れ戸惑っていることだろう」
『だから、私は何もしていませんってば』


口の端を上げて笑うルーファウスに、は鬱陶しげに言い返すと、咆哮を上げて近づいてくるバハムートの影へ手をかざす。
瞬間、蔦のように練り上げられた魔力が遙か上空のバハムートへと伸び、その体を捕える。
強く引き寄せられながら、みるみる小さくなっていくバハムートは手のひらサイズになっての手に収まった。


『バハムート、随分楽しそうだが、あまり歓迎できんな。悪いが、別の世界で遊んでもらえるか?』
「ピキー!ピキィィィー!!」


手の中で怒り狂いながら吠える灰色の小竜に、は締める力を強める。
諦めずに暴れていたバハムートだったが、締められた上に魔力までに奪われ始めると、助けを求めてルーファウスを見た。


「……助けてほしいか?」
『やめておけバハムート。その男に借りを作るのは勧めない』


2人の言葉を理解するかどうかのうちに、バハムートの体は魔力枯渇でかき消える。
手に入りそうだった玩具をお預けされたルーファウスは、これみよがしに残念そうな顔を作ってを見たが、彼女は無視して席を立った。


『少し様子を見てきます。問題があればまた来ます』
「忙しないな。せっかく来たのだから、もっとゆっくりしていったらどうだ?」

『自分を狙って召喚獣を放たれたというのに、相変わらずですね』
「お前の目がありながら、私に害を与えられる者がいるとは思えんな」


言って、胸元から銀の懐中時計を覗かせるルーファウスに、は諦めてため息をつく。
時計には、の魔力を繋げてあり、ルーファウスが呼べばいつでも目の前に来られるようにしている。

一度死んだ事で何かしらの魔力の制限が外れたのか、砂の実体で蘇っている自分に自棄を起こした結果か。
以前より更に細微な魔力の操作が出来るようになったは、使途不明な技量が爆上がりしていた。
そんなに『流石化け物を自称するだけある』と笑っただけで済ませたルーファウスの器の広さは留まるところを知らない。

時計を奥の手と言わんばかりの顔で見せるルーファウスだが、はこれまで何度か、彼が危険に陥った際に時計を使って呼び出されていた。
危機に呼ばれるのはかまわないが、大掃除の人員だとか、壊れた冷蔵庫代わりの冷却作業だとか、時折しょうもない用事で呼ばれるのは納得できなかった。


早めに肉体を完全復活させて、ルーファウスの金で高くて美味い酒を腹一杯飲んでやる。


半年前、故障した温水器代わりに湯を湧かせる作業を頼まれた時に感じた思いを再び胸に抱き、はルーファウスの家を後にした。



肉体を砂に変え、魔力に乗せて空を泳ぎ渡る。
バハムートの魔力の残滓を辿り、深い森を飛び越えた先に見えたのは、山の中腹で双眼鏡と赤いマテリアを握りしめる中年の男だった。
ボロボロの格好をした男は、バハムートが消失し、標的を仕留め損ねたためか、歯を食いしばって顔を赤くしている。


何か……変態みたいで気持ち悪いな。


久々に見るタイプの襲撃者だと思いながら、は男を観察した。
ライブラで見た様子では、この男自身にはバハムートをあの大きさで呼び出す事も、遠距離での攻撃を指示できる魔力もない。
何か特殊な道具を使っているのは間違いないので、マテリアから漏れているバハムート臭い魔力を消して男の様子を探った。



『……お前、良い物を持っているじゃないか』


ざらざらとした音が混じる女の声が響くと同時に、男の目の前に砂で出来た顔が現れた。
驚きのあまり悲鳴も出せない男の前で、どこからか風に乗ってきた砂が化け物の顔から下を徐々に作り出す。
手抜きで作ったその実体が恐れられるのを知っているは、怯える男を無視して二つの力が蠢く男の上着に手を伸ばした。
男が固まって動けないのを良い事に、胸ポケットへ手を入れ、中から汚れた巾着を取り出す。

何やらぐちゃぐちゃとした感触に朧な顔を顰めると、彼女の手にある袋に気づいた男が、小さなうめき声を上げた。


『私の体と、奴の欠片……。お前、これは、何処で手に入れた?』
「ジュ、ジュ、ジュノンの外れにある闇医者から……マテリアより魔力が増えると言われて……」

『他にもあったか?』
「何も知らない!材料を集めて作っていると聞いたが、それだけだ!」

『なるほど。面白い事をする奴がいるものだ』
「殺さないでくれ」

『いいだろう。情報をくれた礼だ。私はお前の命をとらない』


その言葉に、男が安堵したのも一瞬。
は男の足を掴むと、断末魔のような悲鳴を無視してルーファウスの元へ飛んで戻った。






ただいまー!!


2021.06.06 Rika
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