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制御室のドアから漏れ聞こえる職員達の歓声に、セフィロスは冷めた顔で静かに細い息を吐く。 事が殆ど終わってからやってきた応援のソルジャー達は、彼が放つ刺すような空気に、その背を見つめたまま重く口を閉ざしていた。 ザックスを救護部隊に預け、ソルジャー達の後を追ってきたレノが、立ちすくむ男達の合間を縫ってセフィロスの隣に立つ。 一向に扉を開けようとしないセフィロスに一瞥をくれる事もせず、レノはドアを開け、騒がしい制御室へと足を踏み入れた。 ドアへ注目した職員達は、英雄の登場に一瞬だけ活気付く。 だがすぐに、彼と、彼の後ろにいるソルジャー達の異様な空気に気付き、誰が言うでもなく口を閉ざしはじめた。 椅子に腰掛けていたルーファウスがゆっくりと振り向き、口元に綺麗な笑みを作る。 それに対し、ソルジャー達は気まずそうに目を伏せ、あるいは気遣わしげな目をセフィロスの背に向けて、現場と指揮官の温度差を如実にさせる。 喜色の欠片もない空気に、ルーファウスは僅かに眉を上げるが、余裕のある笑みを消さないまま椅子から立ち上がった。 「ご苦労だったな、セフィロス」 副社長とはいえ、ルーファウスから直接ねぎらいの言葉が与えられる事は珍しい。 普通なら、ソルジャー達はそれだけの功を認められた事実に喜び、セフィロスもやれやれと溜息をつきながら、どんな風の吹き回しかといぶかしむだろう。 だが、今の彼らはルーファウスの言葉に何の反応もせず、ただ気まずそうに視線をそらすだけだ。 唯一、セフィロスだけはルーファウスへ向ける視線を逸らす事はなかったが、その瞳は何の感情も見せず、纏う空気も過ぎた静けさを変えない。 踏み出した彼の足が、静まり返った制御室に靴音を響かせる。 危機を免れた直後とは思えないほど、重い静寂に包まれた制御室の中、セフィロスはゆっくりとルーファウスへ向かって歩いていく。 英雄がもたらした妙な空気に、ルーファウスは僅かに首をかしげながら、立ちすくむソルジャー達の顔を見る。 ちらり、ちらりと視線を彷徨わせ、探している人物がいない事を確かめたルーファウスは、直ぐ傍で立ち止まったセフィロスを見上げた。 自分を見下ろす青緑色の瞳から、徐々に怒りの感情が滲みだす。 よほど頭にきたのだろうと、暢気な事を考えつつ、再び顔に笑みを作ったルーファウスは、警戒し出したレノを目で制した。 「…ところで、彼女の姿が見えないようだが……?」 「………………」 「セフィロス、はどこにいる?」 問うた瞬間、ルーファウスの視界は一瞬乱れ、一気に辺りが騒がしくなたる。 頬と首に鈍い痛みを覚える中、耳に届く音には怒号と悲鳴が混じり、暗くなっていく視界の中で、ソルジャー達がセフィロスを数人がかりで羽交い絞めにする姿を見る。 しかし、セフィロスは動くことも抵抗する事もせず、レノに呼びかけられながら意識を手放していくルーファウスを静かに見下ろしていた。 Illusion sand − 110 「何やってるんだ、お前は……」 友人の呆れた声に、セフィロスは閉じていた瞼を開ける。 腕を組んで見下ろすアンジールを、ぼんやりと眺めていたセフィロスは、独房の硬い寝台からゆっくりと上半身を起こした。 ちらりと壁の時計に目をやれば、時刻はもうすぐ夜の9時をまわる。 魔晄炉から本社に連行され、この独房に入れられたのは、およそ6時半頃。 まだあれから2時間弱しか経っていないのかと、内心溜息をついた彼は、早々と面会に来た友へ再び視線を戻した。 「は見つかったか……?」 捜索は炉内を中心に行われるので、見つかるわけはないだろうと内心思いながら、セフィロスは静かな声で問う。 数秒見つめあい、沈痛な面持ちへと変ったアンジールは、覚悟を決めるように瞼を伏せて静かに口を開いた。 「今回の事は、あくまで私的ないざこざだ。だから、会社としての処分はしない。……そう、副社長から連絡がきた」 「……アンジール……」 「ただし、お前も分かっている通り、ソルジャーの私闘は禁止されている。些細な喧嘩でも、例外じゃない」 「は見つかったのか……?」 「戦中特例で、お前の処分は自宅謹慎だけだ。俺が送っていく」 「……………………答えてくれ」 「……………」 「……………」 感情的になるでもなく、静かに問うセフィロスに、アンジールは渋い顔をして口を閉ざす。 まっすぐに見つめながらも、セフィロスの顔には酷い疲れの色が見え、既に答えを知っているように見えた。 嫌な事ほど重なる…。 未だ行方が知れない友の事が頭に過ぎり、アンジールは暗鬱とした気持ちになる。 だが、答えを待つセフィロスを前に、自分の感情に浸る暇はなく、アンジールはキリリと痛む胸の内を押さえつけた。 アンジールが目を伏せ、ゆっくりと首を振ると、セフィロスは何も言わず視線を床に向ける。 怒るでも嘆くでもなく、呆けたように一点を眺める姿に、アンジールは眉を寄せて溜息を飲み込んだ。 「魔晄炉の中から上着が発見された。副社長に確認したが、彼女のもので間違いないそうだ」 「…………」 「発見場所は、降りていくには不可能な場所だったらしい。……恐らく、ライフストリームの中に落ちたんだろう。発見は不可能と見て、捜索作業は終了された」 「…………」 「上層部からは、この事は伏せるよう通達が来ている。業務上の秘匿事項だそうだ。魔晄炉と副社長が絡んだ以上、公には出来ないらしい」 「…………」 「色々な部署が水面下で動いている。恐らく、彼女が存在した痕跡は全て消されるだろう。俺には訳が分からないが、お前なら分かるんだろうな……」 「…………」 追い討ちをかける現実を突きつけても、セフィロスは僅かに視線を動かすだけの反応しか見せない。 それほどに手痛いのか、それとも、全て予想していたのか。どちらにしろ、この様子では暫く使い物にならないかもしれない。 副社長から直接出された自宅謹慎の処分は、セフィロスのこの状況を予測しての事なのだろうか。 「謹慎は……どれぐらいだ?」 「…………明日から3日間。短すぎるという声もあったが、それ以上任務に穴を開けるのは無理だとラザードが突っぱねた。副社長も了承済みだ。代わりに、溜めていた有休がゼロになったがな」 「……そうか。……アンジール、世話をかける」 「いや…………こんな時だ。お前は気にせず、ゆっくり休め」 繕った気休めの言葉は吐かないアンジールに、セフィロスは微かに笑みを浮かべると、静かに立ち上がる。 本当に大丈夫なのかといぶかしむアンジールだったが、顎で扉を指すセフィロスに急かされ、彼は独房の扉を開いた。 看守達の不躾な視線を無視し、廊下を行くセフィロスの姿は、疲れが見える以外には普段と変わりない。 まるで何事もなかったかのような態度は、不自然以外の何者でもなかったが、問い質したところでセフィロスの精神を消耗させるだけなのだろう。 と全く関わりが無かったアンジールは、セフィロスとザックスが言う『強烈』という言葉と、ジェネシスが言っていた『面白そう』という言葉ぐらいしか印象が無い。 士官学校の実習旅行等、僅かに接触する機会はあったが、会話も殆どしなかったため、アンジールはがどんな女性なのか全く知らなかった。 どんな女性だったのだろうか。 近いうちに紹介するとセフィロスが言ったのは数日前だ。 とうとう腰を落着けるのかと、喜ばしくも感慨深い心境になっていたのに、どうしてこんな結末が予想できるだろう。 セフィロスが落ち着いて見えるのは、今だけだろうとアンジールは考えた。 恐らく今のセフィロスは、感情を遠ざけて平静を保っているに過ぎない。 プライドが高い男だ。家に帰り、誰の目も無くなったなら、押さえつけていた感情を暴れさせるのだろう。けれど、きっと泣く事はない。 いや、泣けないのだろうか。 プライドが邪魔しているのでも、悲しみが無いのでもなく、泣ける場所ではないから泣けないのかもしれない。 その場所が彼女だったのだろう。 そう確信させるほどに、彼女と出会ってからセフィロスは変わっていった。 長い付き合いだから、アンジールは否応なしにそれを目の当たりにし、感じていた。 そして、今後セフィロスがどんな行動をするかも、なんとなくわかってしまう。 恐らく、謹慎が明ければ、彼はこれまでそうしてきたように、いままでと変わらない態度で仕事に来ようとするだろう。 セフィロスが自身の綻びに気付くか否かまでは、アンジールにも予想できないが。 たった3日で、持ち直す事など出来るだろうか。 恐らくは、謹慎が明けると同時に戦地へ派遣されるセフィロスに、アンジールは不安を覚えて彼を見る。 セフィロスが簡単にどうにかなる事など無いだろうが、自棄を起こさないとは言い切れない。 アンジールの視線に気付いたのか、セフィロスは僅かに彼へ視線を向けたが、目を合わせる事はしなかった。 一見落着いているこの状態から、どれだけの揺り返しが来るのか。 想像して、アンジールはセフィロスに知られぬよう、深い溜息をついた。 当事者達が思っている以上に、周りはセフィロスの行動を恐れたらしい。 数日の謹慎という処分にも関わらず、本社ビルの前には、見張りの兵士付きで自宅までの車が用意されていた。 物々しい雰囲気に眉を潜めるアンジールの横で、セフィロスは特にこれといった反応をせず車に乗り込む。 無駄に大きな車の中、銃を持った兵に挟まれて運ばれる様は、完全に囚人だ。 その扱いに内心憤慨するアンジールとは対象に、セフィロスは自分を銃1本の装備で護送している兵士を見て、薄く笑っていた。 英雄が向ける嘲笑に、普段なら噛み付こうとする兵士達だが、この状況で笑っている姿に薄気味悪さを覚えたのか、眉を潜めたまま静かにしている。 武装した兵に護送されているのに笑っているのだから、当たり前の反応だ。 行方をくらませたジェネシスに続き、セフィロスが謎の護送となれば、妙な噂が流れるのは必至。 残る1stソルジャーの自分も注目される事になるだろうと、アンジールは内心溜息をつきながら、格子がはめられた窓から見える景色を眺めた。 流れる街並みに変りは無く、常の平穏しか見えない。 歩けば少し面倒な距離にあるセフィロスの自宅も、車となればあっという間に到着し、二人は兵に促されて車から降りた。 時折雫が落ちるだけになった空を見上げたアンジールと共に、セフィロスも上へと視線を向ける。 幾つもの窓から漏れる明りの中、暗いままの自室を確認した彼は、すぐに視線を下へ戻す。 兵から正宗を受け取ったアンジールを横目に、セフィロスはさっさと建物の中に入る。 慌てるやら呆れるやらの声を無視して扉を閉めると、エレベーターのボタンを押したところでアンジールが追いついてきた。 ポケットの中のアイテムを確認するセフィロスの横で、アンジールは物言いたげな顔をしているが、口を出そうとまではしない。 引き返していく車のライトをパネルに反射した光で確認したセフィロスは、アンジールの手から正宗を奪い、怪訝な顔をする彼に部屋の鍵を押し付けた。 「俺は非常階段から行く。お前はそれで先に上に行け」 「……は?」 「着いたら先に中に入ってろ。多少なら散らかしてもかまわん。油断するな」 「いや、おい、どういう事だ?」 「…念のためだ。行けばわかる」 言いたい事を言うと踵を返してしまったセフィロスを、アンジールは呆気にとられながら引き止めるが、対する彼は短く答えて廊下の奥にある扉に消えてしまった。 勝手に家に入れまでは分かるが、油断するなとはどういう意味か。しかも、なぜ当の家主は武器を持って非常階段から行くのか。 まさかとは思うが、今感じている予想が当たりだとしたら、完全に貧乏くじを押し付けられているのではなかろうか。 いくら友達でも、それは流石に酷くないか? しかし、不満をぶつけようにも、セフィロスは既に目の前におらず、到着したエレベーターは小さなベルの音を鳴らして扉を開く。 2m四方、高さ2.5mの無人の空間を、数秒見つめたアンジールは、痺れを切らして閉じ始めた扉に、諦めて足を踏み入れた。 セフィロスが忠告してくるのだから、何かしらあると見て間違いないだろう。 一体彼はどんな厄介事に足を突っ込んでいるのだと内心愚痴りつつ、アンジールは剣を抜いてシミュレートを始める。 多少なら散らかしてかまわないと言われたが、狭い室内で揉めるのなら、家具への被害は少なくないだろう。 だからセフィロスは『多少』と言ったのだろうか。 家主がそう言うなら、アンジールとしては別にかまわないが、近隣住民に通報される可能性も考慮しなければならない。 とどのつまり、万が一が起きた場合は、騒がれる前に一撃必殺しろという事か……。 自宅を殺傷現場にする事を止むを得ないと判断する辺り、セフィロスは流石だとアンジールは余計な感心をした。 そもそも何故そんな可能性を踏んだ行動をしているのかと考え、そしてすぐにアンジールは漠然とした答えを出す。 =の痕跡だろう。神羅にあるデータや外にある痕跡を完全消す事は、手間はかかっても不可能ではない。 だが、セフィロスが家主である自宅の中までとなると、そう簡単ではない。 しかし、何故そこまでする必要があるのか…とも思う。 確かに神羅は横暴と言える行いをする事もあるが、家の中まで踏み込んでくるというのは過剰行動だ。 一人暮らしだったというなら、自宅の中まで痕跡を抹消という手も打つだろうが、同棲している人間がいてその行動は考えにくい。 しかもその同棲相手はセフィロスである。リスクが高すぎるにも程がある。 家の中に踏み込んでまでくるなど、セフィロスの記憶まで消したがる勢いではないか。 何故、そこまでする必要があるのか。 既に亡くなった人を、そこまで消したがるなど、余程厄介な理由があるか、余程恐れているという事か。 その上、ここまで慌しく動き出すとなると…… 「……まさか、生きてるのか……?」 いや、そんなはずはない。 今回の魔晄炉での事は、アンジールもラザードから詳しく聞いていた。 あのセフィロスが、初めて任務を失敗したという驚きから、詳細を事細かに聞いてラザードに煙たがられたのだ。 その救出対象である・が存在しなかった事になったのだから、経歴上は任務失敗ではなくなったが、それに対してはラザードもアンジールも後味の悪さを覚えた。 厳戒態勢になっていた魔晄炉から人が出たという報告は無く、ライフストリームの中に落ちた痕跡もあった。 ソルジャー部隊が撤退してから、軍と科学部の人間達が炉内をくまなく探しても、見つけられなかったのに、どうやって生き延びられるのか。 しかし、そうなると、彼女に対する神羅の過剰な反応が納得できない。 「わけがわからん……」 腑に落ちない事だらけだと独りごちたところで、エレベーターが目的の階に着く。 シンと静まり返った廊下を見回し、セフィロスから受け取った鍵を確認したアンジールは、足音を立てないよう静かに部屋の前に移動した。 監視カメラに映る自分は、不審者以外の何者でもないだろうと思いながら、そっとドアに耳を当てる。 隣の家のテレビの音に混じり、人が歩き回るような音が聞こえるが、それがセフィロスの家のものなのか別の家のものなのかは判断できなかった。 カンカンと、鉄板を蹴る音が聞こえ、アンジールはドアから耳を離す。 数秒待つと、廊下の先にある鉄扉が静かに開き、僅かに髪を湿らせたセフィロスが出てきた。 幽霊みたいだな……。 夜にセフィロスに会う度に思うことを、今日もまた内心で呟いて、アンジールはセフィロスに鍵を差し出す。 家の扉とアンジールへ視線をやった彼は、ゆっくりと鍵を開け、薄く開けた扉から暗い室内を伺った。 「…………あいつか……」 「…誰かいたのか?」 肩の力を抜いて呟いたかと思うと、セフィロスはそれまでの警戒を解き、扉を開ける。 目を丸くするアンジールが中を覗き込むと、廊下の明りが照らす廊下に人の足らしきものが一つ、二つ…。 数えている間に、セフィロスが玄関にある電気のスイッチを入れ、中に倒れている3人の人間が姿を現した。 予想外すぎる光景を前に、呆気にとられているアンジールをそのままにして、セフィロスは靴を脱いで中に入る。 廊下を塞ぐ人間を足で乱暴に端へ寄せると、3人が囲んでいる扉の前に立ち、ドア板に薄く浮かぶ文様に苦笑いを零した。 「セフィロス、一体何がどうなってるんだ」 「まずは、コイツらを縛るのを手伝ってくれ。説明はその後だ」 言うと、セフィロスは傍にあった物置からガムテープを出し、アンジールの方へと放る。 すぐに通報した方が良いんじゃないかと呟く彼を横目に、セフィロスはドアにある文様を観察し始めた。 指先を近づけると、文様は淡い光を放ちながら、彼の指先に微弱な電流を放つ。 静電気のようなパチリという音に、アンジールが振り向いたが、セフィロスは気にせず辺りを見た。 「セフィロス、今の音は何だ?」 「罠だ。相変わらず、用心深い……」 「罠?」 「の部屋だ。留守中は気をつけるように言っていたが、ここまでするとはな……」 「…………」 何だその女……。 『強烈』だとか『面白そう』とは明らかに何か違うんじゃないかと思うアンジールの視界の先で、セフィロスはリビングへと歩いていく。 説明を急いでも無駄と判断し、さっさと侵入者を縛ったアンジールは、セフィロスの後を追いかけた。 と、思ったら、セフィロスは小さな紙切れを手に戻ってくる。 足早に玄関へ向かった彼は、靴箱を開けて一番上の段に手を突っ込むと、そこから出した小さな紙切れを手に戻ってきた。 「何してるんだ?」 「罠を解除する方法だ」 言うと、セフィロスは気を失っている3人の服をまさぐり、身分を証明するものを探す。 が、予想通りというべきか、彼らの衣服にはそれらしいものも、財布すら見当たらなかった。 どうせ金で雇われただけの人間だろう。 そう考えると、セフィロスはガムテープで拘束していた部分を残し、3人の衣服を剥ぎ取り殆ど全裸の状態にした。 唖然とするアンジールを横目に、彼らを引きずって玄関を出たセフィロスは、容赦なく玄関の外に放り捨てる。 剥ぎ取ったせいで所々破れた衣服を3人の首にかけ、家の中に戻ってきたセフィロスは、洗面所に入ると水が入ったバケツを手に出てきた。 まさか…と、アンジールが思っている間に、セフィロスは3人にバケツの水を浴びせると、気がついた男達を更に引きずっていく。 何処へ連れて行くのかと見ていると、彼は3人をエレベータの中に蹴りいれ、各階のボタンを押して閉ボタンを押した。 男達が上げる悲鳴と間抜けな姿が、閉じていく扉に遮られるのを見送ると、セフィロスは何事も無かったような顔で玄関に戻ってくる。 「セフィロス、お前……」 「気にするな」 「……わかった。他の部屋は大丈夫か?」 「ああ。リビングはなんとも無い」 「お前の部屋は?」 「今から確認する。アンジール、悪いが、台所の方を見てきてくれ」 「俺はお前の使いっ走りか」 「ついでだ。それとも、俺のベッドを調べたいのか?」 「台所でいい」 「頼んだ」 呆れながら台所に向かうアンジールに少々の申し訳なさを感じつつ、セフィロスは自室のドアノブを掴む。 捻ろうとしてみるが、しっかり施錠されているお陰でノブは動かなかった。 寝床にまで入り込まれるのは流石に気色が悪いが、幸い寝室に侵入されてはいないようだ。 少しだけホッとし、しかし侵入者の目的が更にハッキリした事に不快感を覚えながら、彼はドアの近くにある鉢植えの下から部屋の鍵を出す。 開錠し、室内の明りをつけると、見慣れた寝室が目にはいった。 だが、部屋の中央にある大きなベッドの上にある乱れてた布団とシーツに、彼は首をかしげる。 いつもなら、ベッドの上を起きた時のままにしていても、帰ってくればが直していた。 留守の間に彼女が一度も部屋に足を踏み入れなかったとは考えにくく、他の場所が綺麗に整頓されているだけに、使った形跡が残ったままのベッドに違和感があった。 とりあえず、と、室内が荒らされていない事をざっと確認したセフィロスは、ベッドに近づき枕の下にあるナイフを確認する。 場所がズレている上に、見慣れない木刀まで隠されていたが、それだけで、彼にはベッドが乱れている理由が分かった。 大丈夫そうに見せるクセに、素直というか、素直じゃないというか…。 苦笑いを零したセフィロスは、彼女が使っていたシーツの上をそっと撫ぜる。 指先に見つけた長い黒髪をつまみ上げ、自分が見ていない場所での彼女の姿の一端、その証拠を見つめた彼は、頬を緩めてシーツの上に身を預けた。 冷たいシーツと慣れた柔らかさに息をつき、凹みが残る枕を撫ぜながら静かに目を伏せる。 「何寝てんだお前!」 アンジールに怒られた。 せっかく人が浸りかけているのに、空気を読んで黙っている事も出来ないのか。 いや、人にあれこれ頼んだ本人が、いざ部屋に行ったらベッドでゴロゴロしているのだから、アンジールが怒るのは当然だろう。 「…アンジール、早かったな」 「はぐらかすな。人が家の中歩き回って手伝ってるっていうのに、お前は何やってるんだ」 「………の匂いがするんだ……」 「…………」 「俺がいない間、ここで寝ていたらしい」 「…………」 「可愛いところがあるだろう?」 「惚気けてないで早く立て。罠を解くんだろうが」 不満そうな顔をして起き上がったセフィロスに、アンジールは呆れの色を隠さない。 緩慢な動きで机に向かったセフィロスは、引き出しの中に手を突っ込むと、上段の裏側から1枚の封筒を剥ぎ取った。 椅子に掛けたセフィロスは、アンジールに適当に座るよう言うと、封筒に入っていた数枚の紙に目を通し始める。 泥棒やら罠やら解除方法探しやら……。 とりあえずセフィロス達が変なのは分かったから、何でも良いから早く終わってくれないかと、アンジールは空ろな目で何も無い所へ視線を彷徨わせる。 いや、そもそも、自分はセフィロスを家に送るまでが仕事なのだから、もう帰っても良いのではなかろうか。 そうしよう。それがいい。 「セフィロス、そろそろ……」 「ああ、悪かった。罠の方はもういい」 「そうか。じゃあ……」 「あまり時間が無いから、かいつまんで説明するが……は死んでいない」 「え……?」 「俺が着いた時点で、魔晄炉から逃がした。死にかけてはいるだろうが、生きているのは間違いない」 帰ると言おうとしていたのに、話を始めてしまった上、の死亡をアッサリ否定されて、アンジールは目が点になる。 本来なら、生きていると聞いた時点で『よかったな』と言うべきなのだろうが、色々驚いたせいで思考が止まる。 どう言葉をかけるべきか、それとも黙って聞いているべきなのか。 一瞬迷ったが、わざわざ説明をするという事は、後々自分にも関係してくる事なのだろう。 それはそれで面倒だな…と思ったが、セフィロスは真面目な顔で話し続けているので、アンジールは大人しく聞くことにした。 「……だから、魔晄中毒検査という名目で科学部管轄の医療部署に連れて行かせるわけにはいかない」 「……となると…まさか、副社長を殴ったのも、時間稼ぎのためか?」 「ルーファウス本人が許可した。謹慎期間中に、を神羅の目が届かない場所に隠せとな。今回は、奴やレノは一切動かない。目立つからな」 「…それで、俺にも何か手伝ってほしいという事か?」 「そうなる。謹慎が解けるまで、俺は殆ど連絡が取れない状態になる。緊急の任務が起きないように……起きても俺が呼び出されないようにしてほしい」 「俺だけで対処…か。わかった。その間にはジェネシスも帰ってくるかもしれん。何とかしよう」 「頼む。彼女が生きている事を知っているのは、俺・ルーファウス・レノ、そしてお前だけだ。これ以上人数は増やしたくない。悪いが、ラザードやジェネシスにも内緒にしてくれ」 「それはいいが……ザックスにも秘密にするのか?仲が良かっただろう?」 「あいつが嘘をつき通せると思うか?」 「…………だな」 良くも悪くも真っ直ぐなザックスが、大勢を相手に平然と嘘を続けるのは骨が折れるだろう。 周りはが亡くなったと認識し、対応してくるのに、そんな性格のザックスが平然としていては勘繰ってくれと、言っているようなものだ。 セフィロスが淡々とした対応をしても、さほど問題なくいられるのは、彼が元々感情を表に出さない性格だからだ。 独房にいた時から続く苛立った雰囲気や、人を振り回していながら気遣いを忘れている姿を見ると、そうでもないように思えるが、それも親しい仲でなければわからない程度だ。気付いた他人がいたとしても、昨今の仕事が立て込んでいる状況のせいだと思うだろう。 それにしても、今のセフィロスの落ち着きのない事……。 本人に自覚があるのかはわからないが、アンジールに事を説明する言葉も幾分か早口ぎみで、いつもは落着いている姿が今はどこかそわそわしている。 その理由が分かるだけに、アンジールも余計な質問は極力せずにおいた。 「まぁ、大体はわかった。今日はこの辺にして、お前は早く彼女を迎えに行け。細かい話はお前が帰ってきてからにしよう」 「ああ。事が済んだらすぐに連絡する」 「あまり気負いすぎるなよ?」 黙って頷いたセフィロスに、やれやれと肩の力を抜くと、アンジールは彼の部屋を後にした。 玄関を出ると、建物の近くからサイレンの音が届き、彼は小さく息を吐いてエレベーターに背を向ける。 騒がれているのはマンションの表玄関側。恐らく、先ほど裸で放り出された侵入者を誰かが発見して通報したのだろうから、エレベーターは使えないはずだ。 非常階段に出た途端襲ってきた冷たい空気に肌が粟立ち、体が自然と身震いした。 騒がしい地上へ目を向けると、治安維持部の警備車両のランプに照らされる家々と、窓を開けて様子を伺う野次馬の姿が見えた。 階段を下りて地上に近づくにつれ、テロか、ウータイかという声が聞こえてくる。 以前なら、何の事件かという声が聞こえるだけだったのに、ミッドガルの空気も悪くなったものだ。 これだけ人の目が表に向けられていれば、セフィロスも裏から出てこれるだろう。 治安維持部が辺りの巡回を始める前に出てくれば良いが…。 そう思いながら、先ほど出てきた出口を見上げると、全身黒尽くめの大男が階段を駆け下りてきたところだった。 目立つような、目立たないような……。 一番目を引く銀髪を帽子とコートの中に隠してはいるが、体つきと身のこなしであっさりセフィロスだとバレそうな気がする。 まぁ、戦場では案外ばれずに上手くやれているし、本人はあれで一生懸命なのだろうと、アンジールは端に寄って道を譲った。 すれ違う彼を見送るでもなく、アンジールは手摺に身を預けて夜の街並みに視線を流す。 物騒な事件かと集まっていた野次馬は、事の内容を知ったらしく、変態集団が出たと多少大げさに言いながら騒ぎ始めている。 これぐらい平和なのが、一番丁度良いな。 自分が生まれ育った町のような長閑さは無いが、物騒と言われるミッドガルでは時折ニヤリと笑いたくなる事件が起きる。 凶悪事件かと思えばただの哀れな不法侵入者。 友人の恋人が死んだかと思えば実はこっそり生きてている。 孤高に立って不可触に思われがちな男は、女のために夜の街をひた走る。 「・・・平和だな」 酒が欲しいな…と加えて呟きながら、アンジールはいつもとは違う場所からのミッドガルの夜景を、のんびりと眺めた | ||
2011.12.31 Rika | ||
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