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Illusion sand − 109



空を見上げ、浅い呼吸を繰り返すザックスの横で、は蹲り、床に髪を散らしながら荒い息を繰り返す。
いくつか爪が剥がれた指で、きつく鉄網を握りしめては、己の意思に反して動こうとする魔力と体を押さえていた。


「っ……っふ……っはっ……ぁ」


噛みあわない歯を食いしばり、口の端から垂れた唾液を拭う事も出来ず、見開いた目から流れる涙が噴出す汗と共に頬の上を流れていく。
ようやく取り戻した体の主導権は、僅かに気を抜いただけで、身の内で暴れる獣と、絶えず体に入り込んでくる存在によって再び奪われそうになる。
青緑と白に変わりかけた視界に、己を奮い立たせ、絡みついてくる他なる意識を振り払う。

「……っ……くっ……」

長くは持たないと感じるが、それは決して許されない。
如何にすれば、この未知なる敵に打ち勝つ事ができようかと考えるも、手立てなどありはしなかった。

希望が欲しい。
それは肉体の自由を与える者ではなく、この体を止めてくれる者。
傍らで弱弱しく息をする友を救ってくれる者でなければならない。
破壊衝動に支配された獣に、身の内に侵食し体の隅々で蠢く獣に、魔晄の中をひしめき合う膨大な気配に。それらに意識が食い尽くされる前に、この命を屠ってでも止めてくれる希望がほしかった。

空ろな感覚に満たされた体を動かし、彼女は身を引きずるように前へと進む。
鉄網の硬さが、摺れた膝に痛みを伝え、冷たさが掌へ伝わるが、それは彼女の感覚を繋ぎ止めるものの一つになってくれる。
ゆるりと視線を上げ、制御装置を視界に見とめるが、歩けば僅かな距離さえ、今の彼女には遠い。

通路の手摺を支えるパイプを掴み、身を起こそうとするが、指先に力は入らず、伝った血で掌が滑る。
苛立ちを押さえられず、眉を顰めた彼女は、両手で手摺を掴むと、足の力で無理矢理立ち上がった。
視界を歪ませる眩暈に、手摺へ身を凭れさせて過ごすと、足を引きずりながら前へと進む。
侵食が増すごとに、体が冷たくなっていく錯覚を覚えても、歩みを止める事が出来ない事はわかっていた。

濃縮炉など、放っておいて問題ないものであれば良かったのだ。
魔晄炉が、人気の無い辺境にあってくれれば、こんなに体に鞭を打ってまで動きはしない。
近くに誰かが生活する場所でなければ、濃縮炉の暴走が多くの命を奪うものでなければ、ここにザックスがいなければ、ルーファウスやレノがいなければ、ここがミッドガルでなければ、彼と生活する家がなければ、帰る場所が無ければ……。
もしもそうであったなら、簡単に見捨てる事ができただろう。

自分は、抱えすぎたのだろうか。しかし、この手の中にあるのは、きっと人並みのものでしかない。
欲を持ちすぎたのだろうか。異なる世界へまで落ち延び、生きたがった事が過ちだったのか。いいや、そんなはずはない。

彼は言ってくれたのだ。
『本当に存在する事が許されないのなら、初めから出会う事だって無かったはずだ』と。
存在する許しをくれたのだ。
『傍にいろ。後ろじゃない、俺の隣だ』と。
帰る場所を、生きる場所をくれたのだ。
その言葉を受け取った自分が、揺らいでどうするというのか。彼を信じていながら、その信頼を裏切ってどうするというのか。

生き、足掻けば良い。これまでと同じように。
失うことを心底恐れ、意地汚いほどに、醜悪なほどに、捨てられない唯一のものにしがみ付いてやろうじゃないか。


「……ハッ……」


涙と汗に塗れた顔に笑みを浮かべると、は顎に伝っている唾液を肩口で乱暴に拭う。
地に着きそうな膝を立て、ガタガタと震えだした掌に力を入れ、身の内で暴れる獣に煩い黙れと叫びながら、止まりたがる脚を前に進めた。

これだけ体を酷使しているというのに、まだ通路の半分までしかた辿り着けていない。
いや、この状態で半分なら、自分を褒めてやべきだろうか?

そう考える事さえ面倒になり始めた自分に、彼女は笑みを浮かべそうになるが、その表情は上手く動いてくれない。
強い疲労感を背負っているのに、思考は冴えていて、どうしたら早く家に帰れるかとばかり考える。
昨日のように、彼がいない日のように、今日もまた彼の香りが残るベッドで密かに眠り、彼が帰ってくる日を指折り待とう。
なんて事は無い、ただの日常だ。代わり映えの無い日々だ。そう分かっているのに、何故それが叶わない願いであるかのように求めてしまうのか。愛おしんでしまうのか。

崩れようとする心を奮い立たせながら、ぼんやりと彼女は思い起こす。
嘗て、自分が本当に広い世界を求めた事などあったのだろうか……と。

遠い彼方を目指して尚、それは手の内にある世界を守るための手段でしかないのに、世界は否応なしに広がっていた。
喪失感と空虚さを知っているせいだろうか。失う事が目に見えているから、身に余るものなど手に入れたくなかった。
それでも……と望んだのは、今、この時だけだろう。

望まないものを求める気などなかった。大きな世界も、力も、ほしいのなら、何だって差し出してやる気でいた。

けれど、一つだけ。
自ら閉ざしかけたこの目に、再び光を灯した人々だけは…。終焉を望んだ胸に、希望を与えた人々だけは…。それだけは、手放したくないのだ。
彼らが与えてくれた、この小さな世界だけは、何にも代える事ができない。

聞き届けてくれるというのなら、神の無い天に祈ろう。
牙を剥く大地に請おう。奪われた腕を伸ばそう。音にならない声で叫ぼう。

「……っ……星よ……」

どうかこの小さな世界だけは、壊してくれるな。
















眩んだ目に、セフィロスは眉を顰めながら目が慣れるのを待つ。
徐々に視界が開けていく僅かな間、ぼんやりと周囲の状況を確認した彼は、まず数メートル先で倒れているザックスを見つけた。
胴辺りの床にある血痕に、慌てて炉内に目をやると、手摺に凭れながら濃縮炉へ向かうの背中を見つける。
満身創痍という文字を背負いながら歩く彼女に、セフィロスは焦りと怒りを覚え、炉内へと足を踏み入れた。

すると、踏み出した足の裏に硬いものが当たり、弾みで数歩先へ転がっていく。
耳障りに響く金属音に、一瞬、落ちてきた部品でも踏んだかと思ったが、目に入ったのは折れた剣の刃だった。
眉を潜めて辺りに視線を走らせると、折れた剣の片割れは、仰向けになったザックスの傍に転がっている。

覚えがある剣に眉を潜めるも、彼は確認を後回しにしてザックスの傍に行く。
顔を覗きこむと、ザックスは僅かに瞳を動かし、セフィロスの姿を見て僅かに目を見開いた。
安堵したように気が抜けた笑みを浮かべたザックスは、しかしすぐに表情を歪めると、たどたどしく唇を動かす。
だが、そこから出るのは乱れた呼吸音だけで、伝える言葉の代わりのように、彼の目尻に一筋の雫が伝った。


「心配するな。お前は少し休め」


尚も声を出そうとするザックスに、セフィロスは笑みを向けると、汗と埃で汚れたザックスの頭を乱暴に撫ぜる。
これで静かになるかと思いきや、ザックスはくしゃりと顔を歪め、泣きながら更に声を出そうとした。

後ろ髪引かれる思いはするが、現状ではこれ以上ザックスに付き合ってやれる余裕が無い。
状況から察するに、ザックスとがやり合ったという事は間違いなさそうだが、声を出す事すら出来ないザックスに、詳しい話を聞くのは不可能だった。
二人が争うなど、有り得ない事だとは思う。だが、付近に第三者による目だった痕跡が無い上に、高濃度の魔晄で封鎖されている炉内に侵入者があったという報告も受けていない。その上で、こんな姿のザックスを目の当たりにしては、二人が争ったと考えるのが自然だろう。


「レノ!ザックスをそっちへ運んで手当てしろ!」


ザックスの脇腹を確認し、破れた服の中が無傷な事を確認すると、セフィロスは待ち惚けの暇人に怪我人を押し付けた。
破けていた服の範囲はかなりの大きさだが、血痕の割に外傷が殆ど無いという事は、既にが傷を治したのだろう。
一体どういう経緯があったのか。

少々呆れはするが、らしい行動だと思いながら、セフィロスは立ち上がって彼女を見る。
彼女の事だ。もう、気配や声で、自分が来た事に気付いているだろう。

そう思っていたセフィロスだったが、彼女の背は未だこちらに向いたたままで、その足は靴裏で鉄網を擦りながら濃縮炉へ向かっている。

機械の作動音で声が聞こえなかったのだろうか。
気配を読めないほど弱っているのか。

よくよく手間がかかる女だと内心溜息をつき、セフィロスは彼女を追う。
通路に足を踏み入れれば、地下から溢れてくる魔晄の干渉が強くなり、彼は僅かに眉を顰めた。
精神が弱い者なら、途端に自我を失ってしまうほどの干渉に、確かにこれでは職員でも入り込めないと納得した。

の状態を推察すると、すぐにでも濃縮炉を止めるべきだが、それではルーファウスの考えに沿わない。
仮に、手筈を無視して強制停止装置をさせたなら、おそらく彼女は身体検査やら魔晄中毒治療といった名目で、科学部に持っていかれるだろう。
彼女の体調が万全であっても、それは変わらない。

とりあえず、を隠すのが先だが、はてさて一体何処に隠したら良いものか。
何処も何も、逃げやすさを考えると、ミッドガルの外しかないだろうが……。






耳に届いた短い雑音に、は微かに瞳を動かす。
一瞬、何故かそれに酷く心を引かれた気がしたが、その隙を突くように増した魔晄の干渉に、彼女はすぐ意識を自分の体に戻す。


「……聞こえていないのか?」


ザワザワと。
またも雑音が彼女の意識を引き寄せてきた。

邪魔しないでくれと思うのに、それでもそれに注意を向けようとする自分に、は不可解な心地と行き場の分からない苛立ちを感じる。
それは鈍くなっていく体の感覚を加速させ、ただでさえ重く感じる足を、立ち止まらせようとまでしてきた。

魔晄の干渉でもなく自分の意思を無視しだした体に、何故と思う思考さえ邪魔で仕方ない。
視界を滲ませるほどに溢れ、頬を流れ落ちる雫が厄介で仕方が無い。


足を進めろ。
立ち止まるな。
座り込めば、二度と立ち上がれなくなる。
だから止まらないでくれ。


「……もういい。休め、


雑音が、人の声に変わる。
けれど、それは誰の声だっただろうか。

覚えがある、記憶にある声のはずなのに、には誰のものだったか分からなかった。
侵食する意識が騒ぎ出し、自然と振り向こうとした彼女の視界を色と光の無い世界で遮っていく。
脳内に投げ捨てられたままの記憶が、声の主を探して数多の音を引きずり出す。




『ダメよ、ちゃんと休まないと』

違う

『こら、おぬし少しは休まんか』

違う

『何だ、お前は休まなくていいのか?』

違う

『ねー、休もうよ』

違う

、頼むから、少し休んでくれ』

違う


『お前は……人か?』




ああ……


「見ツけタ――」


何故、片時でも彼の声と名を忘れてしまったのか。
空にある銀の月と、同じ色の髪をした……


「――イニシエノ災厄――」


私の希望を、どうして見つけられなかったのだろう。


「……セフィ…ロス……」
「…お前はまた……肝心なところで、俺のいう事を聞かない……」

「………っ…」
「……、何故お前はすぐ命を賭けるような選択をする?」


呆れて見下ろす彼の声を横に聴きながら、その響きに安堵を覚えた彼女の意識が渦を巻くように歪む。
言葉を続ける彼の声が遠ざかり、逃れようともがくのに、体はぴくりとも動いてくれなかった。


「……泣くほど苦しむくらいなら、助けを求めて叫んだらどうだ?」


始まりの記憶を繰り返すように、世界は彼女の瞳に映る世界と違える。
けれど、訪れたのは穏やかな闇ではなく、青と緑が混じる光。
静寂ではなく騒音が、安息ではなく焦燥が、眠りではなく侵食が、瞼を伏せようとしない彼女を深い底へと引きずり込んでいった。


「……、聞こえていないのか?…………?」


伸ばされた手は誰の意思によるものか。
赤い血を滴らせる指先は、顔を覗きこむ彼の髪の合間を抜けてその喉元へ伸びる。
僅かに振り向いた彼女の瞳は、黒から青へと濁り、青緑色に変わると同時にその口元を吊り上げさせた。


「っ!?」


その変化に驚くと同時に、セフィロスは本能的に身をのけぞらせ、彼女の手をかわす。
宙を掴んだの腕を掴み、更に伸ばされたもう片方の腕も捕らえるが、彼女を拘束する間も無く辺りの空気が大きく震えた。
彼女の腕の辺りの空気が、肌を刺すような冷たいものへと変わり、セフィロスは咄嗟に後方へ飛ぶ。
床に足を着くと同時に、飛んできた氷の杭を正宗で切り捨てると、滑り落ちていく氷の奥から網のような雷撃が広がった。


「くっ!」


間髪入れずに飛んでくるそれを剣圧で切り裂き、次の攻撃に備える一瞬、視界に黒い糸が舞う。
瞬時に身を交した彼の胸元を、彼女の腕が掠め、その指先に絡まる冷気が彼のコートの襟を裂いた。

一度も逸らされる事無く向けられるの瞳と、セフィロスの視線が再び交わる。
冷たく色を変えた彼女の瞳には、見慣れていた温もりや覇気は無く、一切の飾りを捨てた殺意だけがあった。

それは、混乱を覚えていたセフィロスの中に答えと納得を生み、曖昧に心を支配していた迷いを消し去る。

理由など知らない。
しかし、今目の前にいるのは、であってではない。
その事実だけを理解すると同時に、彼の中の感情は息を潜め、意識は今成すべき事だけ集中する。

が姿勢を正そうとした瞬間、セフィロスの膝が彼女の背に強く打ち付けられる。
僅かな手加減さえしないそれに、彼女の体を軽々と宙に舞い、ザックスの体を引きずっていたレノの横をすり抜けて壁に叩きつけられた。


「っ…ぁっ……がっ……っぁ゛………ぁ゙あ゙っ………゙あ゙あ゙……」



床の上に崩れ落ちた彼女の体は、酸素を求めて暴れもがき、その口から獣のような呻き声を出す。
目を見開き、血が混じる唾液を撒き散らせて悶える彼女に、動きを止めて見つめていたレノは血の気が引いていく感覚を覚えた。


「ぁ゙ぁ゙あ゙あ……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」


冷静に、楽観的にと努める事で押さえていた不安が、一気に噴出して身を支配していく。
もがくほどに吹き上がるの魔力は、餌を食らうように辺りの魔晄を絡め取り、彼女の体に取り込んでいった。
新たな力を歓喜するように顔を歪め、喉の奥から苦悶の叫びを上げ、自らの首を血塗れの手で掴みながら、理性を殴り捨てたかのように唾液と涙を垂れ流す。


『これ』は『何』か。
の姿をしながら、その欠片すら消え失せたこれは、一体何なのだろうか。

そこにいるのは、レノが知る誰でもない。
もはやルーファウスが欲しがっていた女は無い。セフィロスが庇護していた女は無い。そういう事なのだろうか。

呆然とするレノの前で、を追ってきたセフィロスが、漸く立ち上がろうとした彼女の鳩尾を蹴り上げる。
再び壁に叩きつけられながら、呻き声と共に胃液を吐き出したその体は、セフィロスに首を捕まれ、崩れ落ちる事も許されないまま壁に押し付けられた。


「………っ……がっ……っ……ぁっ……」
「早くザックスを運べ」
「…っ……!」


感情の色を一切持たない声に、レノは我に返ってザックスの体を抱えなおす。
レノが慌てて通路へ進みだすと同時に、セフィロスはの体をレノたちとは逆方向に放り投げた。

力なく宙に投げ出された体を追いながら、セフィロスは刀を返して狙いを定める。
空ろになった彼女の瞳は、黒と青緑を混ぜながら、刃を振り下ろす彼を見つめていた。

触れる瞬間緩められた力は、しかしそれまでの勢いを殺しきれないまま彼女の首筋に叩き込まれる。
息を呑んだレノの瞳に、セフィロスの背の向こうで床に崩れたの姿が映る。
同時に、それまで起きていた魔力の風は止み、炉内は機械音だけの沈黙へ帰った。




今しがた言われたばかりの指示も忘れ、レノは思考が停止したままセフィロスの背中を見つめていた。
横たわるの肩に足をかけ、仰向けに転がしたセフィロスは、彼女の首筋に刃を添えながら様子を見る。
目を閉じる顔を刀の背で軽く叩き、名を呼んでも答えない事を確認すると、彼は懐から赤いマテリアを出した。

一瞬輝いた赤い宝玉から、煙のような闇が流れ出る。
それは宙を泳ぎながら量を増すと、雨のように降り注ぎながら、空中に水面のような黒い扉を作り上げた。
遠い場所から馬の嘶が届く。
刹那、黒の扉が押し開かれ、更なる闇が溢れ出た。
蹄の音と共に現れた馬上の戦神は、銀の甲冑から闇の雫を滴らせながら、己の召還者を見下ろした。

その背に燻る怒りを無視し、セフィロスはの体を抱き上げると、彼女の上着を剥ぎ取る。
スレイプニルの蹄が鉄の床に着くと同時に、オーディンは馬上から降り、セフィロスへと歩み寄った。


を街の外へ連れ出せ。誰にも知られないように、だ」
「………………」

「傍にいて、見張っておけ。俺は後から行く」
「………………」

無言を肯定と受け取り、セフィロスはオーディンにの体を差し出す。
僅かな間の後、彼女を受け取ったオーディンに、セフィロスは雨が続く天上へと視線をやる。
晴れる気配の無い暗雲に目を細めた彼は、召還獣の片腕に抱かれた彼女に視線を戻し、首から下げていた赤い石を外すと、それを彼女の首にかけた。


「もし目が覚めて、それがでなかった場合は…また気絶させておけ」
「お主の魔力では、夜明けまではもたぬ」

「その時は、の魔力でも何でも使え。死なない程度なら、問題は無い」
「…………やむを得ぬ」


唸るように答えると、オーディンはを外套で包み、ひらりと馬の背に跨る。
スレイプニルが一声嘶くと、雨粒に混じる闇が舞うように広がり、彼らの姿を覆い隠した。
地を離れる蹄の音を一度だけ響かせ、音も無く空へと駆け上がる黒影は、やがて夜闇に溶けて遠ざかっていく。

それを見送ったセフィロスは、彼らの姿が見えなくなると同時に深い溜息をつき、同じく彼らを見送ったレノへ振り返った。
未だザックスを抱えたままの彼は、セフィロスと目が合うと大げさに肩を落とし、疲れた表情で笑みを作って見せた。
透けて見えるやせ我慢に、セフィロスは微かに目を細める。
だが、すぐに自分の表情に気付いたらしいレノは、一度軽く表情を歪めると、すぐに飄々とした笑みを作りなおした。


「殺しちまったかと思ったぞ、と」
「見くびるな。それより…早くザックスを運べ。魔晄中毒になりたいのか?」

「へいへい、と。そういうアンタは平気なのか?」
「ソルジャーとお前らを一緒にするな」


不機嫌さを隠そうともせず言葉に出すセフィロスに、レノは苦笑いを浮かべるとザックスの体を通路に引きずっていく。
濃縮炉へ向かったセフィロスは、の上着を軽く裂き、ポケットの中身をいくつか床に捨てると、それを支柱だらけの地下へ放り投げた。
右の袖が取れかかったのジャケットは、魔晄の圧力と冷却ファンの風に煽られながら、数メートル下の支柱に引っかかる。
上から降りるには難儀する場所に引っかかってくれた事に感謝すると、セフィロスは再び濃縮炉へ向かった。

疲労感に溜息をつきながら、強制停止装置を作動させると、それまでの作動音に別の作動音が混じり、振動と共に遥か地下で魔晄供給口が閉じていく音がした。
地下にされた巨大な蓋により、それまで溢れていた魔晄は遮られ、炉内は非常灯と濃縮炉の運転ランプが照らすのみとなる。
その濃縮炉もまた、徐々に作動を止め始め、辺りは先ほどまでの明るさが嘘のような暗闇に変わった。

目が慣れるのを待ち、朧な非常灯の明かりを頼りに通路を戻ると、それまで沈黙していたスピーカーからノイズと共にルーファウスの声が響く。
彼からの任務完了の労いを聞き流しながら、セフィロスは床にばら撒いたの持ち物を拾い、辺りをぐるりと見回す。
を連れて制御室へ来るよう伝えるルーファウスに白々しさを覚えながら、セフィロスは通路口にある彼女の折れた剣を拾い上げ、炉内から出た。











2011.10.18 Rika
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