次話前話小説目次 





Illusion sand − 107








雨音を遮って響く警報に、ザックスは驚いて魔晄炉を見上げた。
吹き抜けの天井部分からは、いつもより強い魔晄が漏れ、外壁についた回転灯が回っているのが見える。


「何だ!?」
「落着けよザックス。魔晄炉内部で何か起きたんだろ。今は副社長が視察に入ってるから、ちょっとマズいな……。どうする?」

「どうするじゃないだろ。行くぞ!」
「おいおい、置いてくなよ!」


故障と決まったわけではないと言う同僚を無視して、ザックスは建物の正面入り口へ走った。
重役が内部にいる状態での非常事態は勿論だが、ルーファウスと共に行ったの事も気にかかる。
彼女の身に万が一の事が起こるとは思いたくないが、科学部の庭である魔晄炉で事が起きたとなれば、不安にならずにはいられなかった。

魔晄炉での非常事態というだけでも冷や汗ものだが、こうもタイミングが重なっていると、どこかしらの陰謀を勘繰りたくなる。
護衛という仕事柄、ルーファウスが無事を確認できれば、彼女の安否は分かる。
神羅側からの護衛であるレノが無事であるなら、が無事であると考えて良いだろう。会社からの護衛を差し置いて動くほど、は出しゃばりな性格ではない。慎重にならざるをえない時期なのだから、最後の最後になって少しだけ腰を上げるぐらいに考えているはずだ。


追ってきた同僚は、無線で他のソルジャーに指示を出しているが、ザックスは彼を置き去りにする勢いで廊下を走る。
ドアに張られたプレートを確認し、制御室を探していると、突然横の壁が開き、いくつかの人影が目の前に飛び込んできた。


「うわっ」
「おっとぉ!危ないぞ、と」
「わわっ!」
「どうし、うわっ!」
「おい、いきなり立ち止まるな!」


驚いて足を止めたザックスに、隠し通路から出てきたレノは激突しそうになり、咄嗟に身をかわした。
後ろから来たらしい作業着や白衣の男達は、勢いを殺しきれず、そのまま床の上に倒れこむ。

「…気をつけろよ、と」
「おい、大丈夫か?」
「痛たたた。おい、早くどいてくれ!」
「そんな事言ったって……おい!」
「ちょっと待ってくれ!」

「早くしろよ、と」
「…ってか、レノ。あんたなんでこんな所から出てきたんだよ」
「緊急避難経路。炉内の視察中に異常が起きた。警報が鳴っているだろう」


神出鬼没すぎるだろうと問うていると、ルーファウスが通路から姿を現した。
最優先の救出対象が無事だった事に、ザックスは嫌な予感と不安が拭われた気がして、内心胸を撫で下ろした。

自分の姿を見て表情を明るくしたのが少し引っかかったが、おそらく『ソルジャーが来た』という事実によるものだろう。
困っているなら助けるが、正直オッサンの顔よりは女の子の顔が見たいザックスは、職員達の後ろを覗き込んでの姿を探した。


「異常って何だよ一体。魔晄、外から見ても分かるぐらい強くなってたぞ。大丈夫なのか?おーい、大丈夫だったかー?」
「…………」

「…ん?聞こえなかったか?ー、ただ今大注目の出世株ソルジャー2ndザックスさんが助けに来たぞー?喜んでくれよ〜」
「…………」


大の男達に隠れて見えない彼女に、ザックスは背伸びをしながら声をかける。
だが、彼女からの返事は無く、代わりのように男達は気まずそうに視線を泳がせた。
唯一、落着いた姿を崩さないルーファウスは、怪訝な顔になったザックスを見上げて思案するように腕を組む。


「……………なあ…………?」
「彼女はまだ奥だ」

「……は?」
「彼女は炉内に残っている」

「…………」


ルーファウスの声があまりにも淡々としているせいか、ザックスは言葉の意味が一瞬理解できなかった。
呆けた顔で見つめるザックスと視線を交えながら、ルーファウスは表情を変えることなく、しかしやや早口で言葉を続ける。


「魔晄濃度が上がっているため、我々普通の人間は入れない」
「何っ……どういう事だよ!?」

「詳しい説明は後でしよう。ソルジャーならば、普通の人間より魔晄への耐性がある。ソルジャー2ndのザックス…と言ったか。責任は私がとる。取り残された1名の救出に向かえ」
「わ、わかったけど、何でが残ってんだよ!!アンタら…」

「同じ事を何度も言わせるな!!時間が惜しい事もわからないか!?この通路をまっすぐ行けば、炉内に出る事が出来る。彼女は炉内中央の濃縮路付近にいるだろう。ついでに濃縮路の緊急停止装置も止めて来い。ガラスで覆われた凹みだ。ガラスを破れば作動する。早く行け!!」
「っ……んだよ!行けばいいんだろ!?後でちゃんと説明しろよ!逃げんなよ!!」


突然声を荒げたルーファウスに気圧され、、ザックスはロクに怒りもぶつけられないまま通路の奥に走る。
深く息を吐いてそれを見送ったルーファウスは、目を丸くして見つめる一同を睨みつけると、呆然とする男達をかき分けて制御室に向かう。

慌ててついてきたレノとソルジャーに、急ぎ応援を呼ぶよう命令した彼は、冷静さを欠いている自分に内心舌打ちをした。
ばたばたと煩い足音を立ててついてくる職員の顔は、既に血の気が失せているが、気付いているのはレノだけだ。

隠し通路を出た途端に大きくなったとはいえ、警報にさえ眉を顰める自分に、ルーファウスは深い溜息をついて自身を落ち着けようとする。
自然とジャケットのポケットに伸びた手は、中にある時計を握り締め、伝わる短針の音を探っていた。

いやに早く時を刻んでいると思うのは、逸る気持ちのせいだろう。
腕の時計を見て確かめたが、時計の音は乱れてなどいない。先日のように、妙に大きくなる事も無い。
ならば、は無事なのだろう。
非科学的すぎる考えだが、彼女に関わる事を逐一理論立てて考えるのは無謀の極みだ。

そんな考えに疑問を挟もうとしないのだから、自分も相当に毒されている。
いや、それは今に始まった事ではないか。


気が抜ける思考に持っていく事で、無理矢理自身を落ち着けている事に気付きながらも、ルーファウスは口元に笑みをつくる。
表情を正し、普段の自分を作り直すと、彼はざわめきが筒抜けになっている制御室の扉を開いた。























『間もなくミッドガルに到着する。総員降機準備せよ』


スピーカーからの声と、少しだけ騒がしくなった周りの声に、セフィロスは浅い眠りからさめた。
大きく伸びをする同僚を横目に見ながら、軽く首を捻らせた彼は、背を預けていた小さな窓の外を見る。
小さな雨粒がついたガラス越しに見た景色は暗く、魔晄炉の光で薄ぼんやりと青緑色に浮かんでいた。

報告が終われば、久しぶりに家に帰れる。と言っても、自宅待機でしかないのだが、人心地つける場所に行けるのとそうでないのでは大分違う。
昨日の電話で…いや、時差を考えると、今日の深夜だったが、にはまだ暫く帰れないと連絡していた。
急な任務変更だったので、まだ帰る連絡はしていないが、一報ぐらいはしておくべきだろうか。

初めて携帯から電話をしてきた彼女の『ふぉおおお!!』という謎の第一声(感動と驚きによるものらしい)を思い出しながら、セフィロスは携帯を取り出す。
仕事中だったので、こちらからの連絡は夜中の電話のみだったが、その時は同僚達と少し離れて電話していたのだ。
会話が丸聞こえのヘリの中で電話するのは、少々気が引ける。
メールを…と考えてはみたが、はたして彼女は携帯のメール機能まで使えるようになっているのだろうか。

迷って携帯を弄んでいると、傍にいた同僚の携帯の画面が目に入る。
恋人に送るらしいメールは、文面こそ見えないが、キスマークやら顔文字やらに溢れているのがわかった。
メールを打っている本人の顔をチラリと見てみると、文面に合わせて表情が動いているようで、唇を突き出してニタニタと笑う気色悪い表情をしていた。


やめよう。


即断すると、セフィロスは携帯を仕舞う。その時ポケットから赤い石が落ちて、セフィロスは慌ててそれを受け止めた。
触れるとじわじわと熱を伝えてくる石を、彼は指先で弄びながら眺める。
歪な形の赤い石は、角を落として研磨したおかげで、彼の皮膚を傷つける事は無かった。

磨くとき小さな火花を出すので手がかかった。

そう愚痴って少し高めの工賃を要求した石工の事を思い出しながら、セフィロスは石の中を覗き込む。
元は深い赤色の球だったが、破片であるせいか、色の深さは少し薄れた気がする。
それでも、宿る力を限界まで育てていたためか、親指ほどの破片でも、確かに炎の獣の気配が感じられた。

石を仕舞っていたのとは逆のポケットを探ったセフィロスは、から預かっていたペンダントを出す。
ペンダントのトップと石を並べ、大きさが問題ないことを確認すると、セフィロスは手袋を外して石をトップの中に入れた。
一見雑に見えるが、よく見れば細かく謎の文字が刻まれているワイヤー作りのトップは少し歪んでしまった。
元々、ずっとがつけていたものなので多少歪んでいたのだが、やはり少し申し訳ない気分になる。


渡したら、はどんな反応をするだろうか。

喜んでくれるだろうか。
それとも、イフリートを召還できないかと無茶な挑戦をしないだろうか。もしそんな事をしようとしたら、全力で止めなければ。
本来の姿を失ったマテリアは、置いておく分には問題ないが、魔力を注いだりしたら何がおこるかわからない。
彼女は何を仕出かすかわからないから、最初に注意しておかなくては。

心配だ…。

そう思いつつも、自然と逸る気持ちに、セフィロスは心地よさを覚えて目を閉じる。
ルーファウスの護衛は、いつも夕方6時でタークスと交代になると言っていたので、自分が彼女の帰りを待つことになるのだろう。
何か軽い悪戯でも仕掛けてやろうかと一瞬考えたものの、彼女がどんな予想外の反応をするかわからないので、やめる事にした。
いつも通り、夕食を作って待っているのが一番だろう。

軽く握り締めた掌の中で、石から伝わる熱が増した気がして、彼は微かに眉を上げる。
まさか、心を読んで嫉妬したわけではないだろう。
そういう妙な現象は、特有ではないかと思った瞬間、閉じていた瞼の裏が赤く変わった。
何が起きたかと思う間もなく、炎の獣の背中が見え、それが伸ばした手に捕まれた自身の腕が強く引かれる。
ガクリと状態を引かれ、驚いて目を開けた彼だったが、咄嗟に手を着いた地面にあったのは鉄板で出来たヘリの床だった。


「うわっ!どうしたセフィロス!」


隣にいた同僚の驚いた声と共に、聴覚が平常のそれに戻った。
そう認識した瞬間、今の一瞬は別の何かを聞いていたのだと理解する。けれど、それがどう形容すべき音なのかまでは、停止した思考では考えられなかった。
鉄の板で隔てられても聞こえる機械音と、驚く同僚達の声を認識しながら、彼の瞳は見開いたまま手元にある赤い石の破片に向けられていた。


『セフィロス、待機予定のところ悪いが、指令から緊急の任務だ』


スピーカーから聞こえた操縦士の声に、セフィロスはゆるゆると顔を上げる。
いつになく呆けた顔の彼に、同僚達は驚いて目をぱちくりさせるが、彼らがいる場所が見えない操縦士はマイクを司令室からの直通に切り替える。


『四番魔晄炉で異常が発生した。副社長の視察に同行していた民間人の護衛が、炉内に取り残されている。戻り次第、救出に向かってくれ』


何だ、それは……。

呟きのような言葉しか出てこないのは、思考を放棄したいだけなのだろう。
予想など簡単に出来るのだ。だが、したくない。しなければならないと分かっていても、彼はそれを拒否したがった。


『名は。君がよく知る女性だ。救出には、魔晄炉の警備に当たっていたソルジャーが向かっているが、炉内の魔晄濃度が2ndの安全規定値を超えている。ミッドガルに着いたら、そのまま四番魔晄炉へ行き、彼女の救出に向かってくれ。アンジールにも、到着し次第向かうよう連絡する』


何なんだ、あの女は……。

もう少しで人心地ついて、ゆっくりと話の一つでもできると思っていたのに、少しだけ突っ走る事を許したかと思えば、人の気も知らないで休む暇も無く次から次へと問題を起こす。
心配して走っていけば平然としていて、大丈夫だろうと思っていれば、洒落にならない状態になっている。
迎えに行かなければならない場所まで行くなら、大人しく家にいればいいだろうに、何故手が届く場所にいようとしない?


「……ふざけるな」



感情の乱れを鎮める事も捨て、セフィロスは正宗を掴んで立ち上がる。
怒りに表情を歪め、殺気を溢れさせる彼に、同僚達は顔を青くして固まっていた。

熱くなった掌に、セフィロスはのペンダントを睨み下ろすと、乱暴にそれを首にかける。
自称父親なら、亡霊になってでも彼女を抑えるぐらいしろと心の中で吐き捨てると、セフィロスはヘリのドアをこじあけた。

部品が折れる酷い音と共に、強風がヘリの中に入ってくる。
ぐらりと揺れた機体も気にせず、ミッドガルの街並みを見下ろしたセフィロスは、降りる場所に目星をつけると、そのまま宙に飛び出した。


風を切る音に、街の喧騒が混じりだす。
それを思考から切り捨てる脳裏で、イフリート手を引かれているとき感じていたのが、悲鳴のような咆哮だったのだと理解した。






2011.08.22 Rika
次話前話小説目次