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「気持ちは分からなくないけどさー…そう簡単にセフィロスが考え方変えるのか?」
「可能不可能ではなく、しなければいけないんです。…とはいえ、何処までできるかは、私にもわかりませんが…」

陽が落ちた窓の外を眺めながら、は溜息交じりに肩を落とした。
適任者は誰かと考えれば、真っ先にの名が思い浮かぶが、本当に可能なのだろうかと、ザックスは心配になる。

「ルーファウスのように、人を扱う術に長けていれば良いのですが……」
「そんなに気を落とすなって。俺も、それとなくセフィロスに言ってみるからさ。まぁ、会えれば、の話だけど」

「そうですね。では、その時は、よろしくお願いします」
「ああ。じゃ、俺、そろそろ帰るよ。タークスには、本当は明日まではに会うなって言われてんだ」

「恐らく既にレノは知っていると思いますが……お気をつけて」
「ははは…そうかも……。じゃ、また明日な」


堂々ホテルを尋ねてきた事を思い出したザックスは、空笑いをしながら部屋を出て行った。
初っ端から忠告を破って歩いた彼に、は一抹の不安を覚えたが、危ない橋を渡らせなければ良いと考える事にする。

時計を見れば、時刻は既に6時近い。
そろそろ生徒を夕食に連れて行く時間だ。
もしも彼らがザックスの姿を見たなら、夕食は騒がしいものになるだろう。
平和な事だ。


「………………」


枷となる存在がいることは、幸せなのだろうか。


弱点に成り得る人間が多くいる現状を見つめた途端、そんな言葉が思い浮かぶ。
答など、考え方次第。考えるべきはそこではないのだ。
何故そんな思いが生まれるのか。彼らが枷になると……それは、何処かで邪険に感じているという事ではないか。

実力から見れば、そう思うのは当然だろう。むしろ、自分以外の全てが、そうであると考えても良い。
何にも執着しなければ、心のままに剣を振るい、魔力を解放し、立ちはだかる全てから戦意と敵意を失わせる事もできる。


「馬鹿な事を……」


それはきっととても楽なものかもしれない。
だが、例えどんな状況になったとしても、自分がその選択をしない事は知っていた。
彼らに自分を切り捨てる事は求めても、その逆をする気が全く無いのだ。


「手間がかかる性分だな……全く」


自嘲して、小さく溜息をついた彼女は、ベッドの上にある上着を羽織ると部屋を出た。







Illusion sand − 101









閉ざされた扉を前に、彼はただ立ち尽くす。
時折後ろを通る研究員の目など気にもとめないまま、その瞳は静かな焦燥を秘めて、床の一点を見つめていた。

友を助けられる、と。扉の向こうへ消えて行ったもう一人の背中が、網膜に焼きついたように離れない。
この体に流れる血では助けられない。それを告げた研究員の声は、張り付くように耳に残り、己が無力さを思い知らせてくる。

この状況を作ったのは、他でもない自分自身だ。
友に傷を負わせた事も、それに至る焦燥を与えたのも、全ては自分だ。
理解しているからこそ、この状況が歯がゆくてならなかった。

けれど同時に、ここで自分の力で彼が助かったなら、きっと今よりもっと反発するのだろうとも思う。
そう思うことで、冷静になろうとしているだけだろうか。
取り残された無力さから、逃げようとしているだけだろうか。

仕方が無い事だと分っていながら、この場から動かず、出口の無い思考の中に沈んで、一体何がしたいのだろう。


「君は……こんな所で何を突っ立ってるのかね?」


ねっとりとした独特の声色に、呆れの色を交えた問いかけに、セフィロスはじとりと視線を向ける。
睨みつけられた白衣の男は、彼の視線など何処吹く風で、施術中のランプが点く扉へ視線をやった。


「そういえば、1stソルジャーの一人が怪我をしたと言っていたね。君かと思って期待したが、どうやらハズレだったようだ」
「…………」

「せっかく面白いデータが手に入るかと思って期待したんだが……」
「失せろ」

「…やれやれ。血の気が多くてかなわんね。しかし、廊下の真ん中に突っ立っていられては、通行の邪魔なのだよ。せめて壁際に避けるなりしたらどうかね?」
「…………」


剣呑な態度に応えた様子も無く、宝条は皺の寄った指で廊下の端を差す。
彼の背の向こうから、大型の機材が運ばれてくるのを見つけたセフィロスは、しぶしぶといった態度で壁際に避けた。

数人の研究員が、自分たちに会釈をしながら、黒く大きな箱が乗った荷台を運んでいく。
科学部の機械など、普段なら見向きもしないセフィロスだったが、何故かその荷物を視線で追っていた。


「気になるかね?」
「……俺に何か用なのか……?」

「クァックァックァ!そうか、気になるのか…知りたいかね?」
「早く何処かへ行け」

「あれはね、昔使っていた研究材料の一つなのだよ。とても可愛くてね、私の恋人のようなものなのだよ。今朝、長旅を終えてニブルヘイムから私の元へ帰ってきたんだ。セフィロス、君もきっと、アレの新たな研究結果が気に入るだろう」
「お前の研究など俺にはどうでもいい。話し相手なら他を当たれ。……目障りだ」

「相変わらず、つれないね……。それとも、本当は私が気になって仕方がないのに、素直になれな…………冗談だよ」


調子付いて喋り続けていたものの、セフィロスから容赦ない殺気を向けられ、宝条はようやく口を閉ざした。
大げさに溜息をつき、肩を竦めて首を振ってみるものの、既にセフィロスは宝条を視界の外に追いやっている。

セフィロスの視線を追い、それが相も変わらず扉に向かっている事を確認すると、宝条は再び呆れた顔になった。
無視を決め込むセフィロスへちらりと視線を向けた彼は、面倒臭そうに頭を軽く掻くと、極めて知能が低い人種を見る目をセフィロスに向ける。


「君が此処にいたところで、単なる無駄でしかないのが分からないかね?」
「…………」

「感情に捕らわれるのは、ただの愚か者の行いだよ。他人同士の情など、最も脆く、価値の無いものだ」
「…………」

「もっと物事を合理的に考えて行動する事をお勧めするよ」
「…………」


全く反応を見せないセフィロスに、宝条は呆れた目と溜息をくれて歩き出す。
ゆっくり離れていく靴音を意識の端に聞きながら、無心で扉を見つめていたセフィロスだったが、数秒の後足音は思い出したように止った。


「…そうだ。君は元気かね?」
「…………」

「そうか…それは良かった。大事な体だからね。気にかけてあげると良い」
「…………」

「…………」
「…………」

「……関係は進展したかね?」
「……っ……」

「…………何処まで進んだのかね?」
「………………」

「女性はデリケートだからね。あまり激しくしすぎてはいけないよ?」
「……………………」

「若さとは羨ましいものだね」
「…………………………」


握り締めた拳を震わせ、こめかみに青筋を立てながら無視をするセフィロスに、宝条は笑いを噛み殺しながら背を向ける。
突き刺さるような殺気と怒りのオーラを背に感じながら、満足そうに笑みを浮かべた宝条は、鼻歌を歌いながら去って行った。


八つ当たりに壁を殴りつけたセフィロスが、誤って配線を損傷し、治療中の施術室の機能を麻痺させるのは数分後の事である。













『司令室に白い獣がいる』

「……は?」

朝一番に同僚から届いたメールに、ザックスは意味が分からず妙な声を零した。

科学部からモンスターでも脱走したのだろうか。
だとしても、別段騒ぎ立てる事無く騒動は収まるだろうと、彼はさして心配もせず事の詳細を尋ねる内容の返信をする。

時刻を確認し、携帯を閉じたザックスは、足元にある荷物を背負うと宿舎を出た。
すれ違う同僚達と挨拶し、軍事施設に足を踏み入れると、中央受付に士官学校の生徒が見える。


「オ〜ッス。おはようさんエロ本少年達」

「……おはようございます」
「おはようございます…あの、変な呼び方しないでくれますか?」
「んぁ?アンタ、実習旅行ん時の……」
先生の愛人だ〜」
「おはようございます、2号さん」
「え?3号じゃねえの?」
「おいおい、どんだけ囲ってんだよ……」

「お前達、今すぐそこに整列して正座しろ」


開口一番に好き勝手言い放った生徒達は、即行でに説教をされていた。
見た事がある顔と無い顔が混ざっていて、誰が誰だかわからないが、さすがの生徒だという感想は、実習旅行のときと変わらない。
一体自分は…というか、はどんな風に生徒に見られているのだろう。
というか、こんな風に思われるとは、は普段どういう指導をしているのかと、ザックスは生徒に説教をする彼女をちらりと見る。


「…わかったな?今後は他人が本気にしかねない冗談はやめるように」
「先生ー、これは俺達なりのスキンシップなんだよー?」
「そうッスよ。つまり俺達なりの愛情ッスよ!」

「そうか。しかし物事には節度というものがある。以後は良く言葉を考えるように」


慣れているのか、至極冷静に言う彼女に、ザックスは何とも言えない気持ちになる。
烈火のごとく怒りながら説教するなら効くだろうが、こうも淡々と説教されては、効果があるのかどうか…。
いや、こんな人気が多い場所で怒鳴り散らせば、逆に余計な憶測を呼ぶかもしれないので、これで正解なのだろう。


「士官学校の御一行さん、ヘリの用意が出来ましたので、第7ヘリポートまでおねがいします」


麗しい受付嬢の言葉に、は説教を止めると生徒達を連れてヘリポートへ向かう。
そこれようやくと挨拶をしたザックスは、綺麗に整列して続く生徒達に少し驚きながら、軍人で溢れる廊下を進んだ。

厚い鉄板の扉を開けると、ヘリが起した風が体にぶつかってきた。
流石に軍用のヘリは、ソルジャー用のものより大きく、巻き起こす風も強い。
それに加え、ヘリポートは海の上に作られた施設の上。隣り合う幾つかのポートにも、ヘリが準備していた。

風圧に目を細めつつ、辺りを見回してみる。
昨日発表されたウータイ戦争再開のためだろうか、ポートにはいつもより多くの神羅兵が、慌しく走り回っていた。


「…………」
、俺が先に行くから、は生徒達の後ろから頼む」

「…………」
、聞こえてるか?!俺が先に行く!は……」


返事をせず、視線だけで辺りを見回す彼女に、ザックスは言葉を止めた。
珍しさから見回しているなら止めるつもりだったが、彼女の周りにある空気が、僅かに張り詰めている。
すぐに事を理解し、ザックスもまた辺りの気配を伺うが、如何せん兵の数が多すぎて、彼女が警戒する対象を特定出来ない。

伺うようにへ視線を向けると、彼女は一度ちらりとザックスへ視線をくれると、すぐに自分達が乗るヘリへ視線を移した。
ヘリが起す騒音の中、そっと顔を寄せてきた彼女に、ザックスは腰を屈める。
耳元に口を寄せた彼女は、世間話をするような和やかな笑みを浮かべると、物珍しそうな目で辺りへ視線を走らせた。


「…随分と、人が多いですね」
「ああ……夕方には告知されるけど……ウータイとの戦争、再開したんだ」

「……なるほど。私達が乗るヘリが、急に軍のものに代わったのも、それですか……」
「まぁな……」


微かに笑って答えるザックスを盗み見て、は微かに目を伏せる。
本来であれば、今頃彼も他のソルジャーと共に、敵地へ潜入しているか、司令室で待機していたはずだ。
一般人や軍への被害を最小限に抑える為に、その剣を振るいに行っていただろう。


「……すまない」
「え?」

「やはり私は、貴方の枷になっている……」
「……何の事言ってんだ?」


首をかしげた彼に、彼女はちらりと目をやり、やがて微かに頬を緩める。
心中を隠すでもなく、純粋に理解していないザックスの瞳は、彼女の肩から程よく力を抜いた。

どうやら自分は言葉を……感情を間違えてしまったようだ。
罪悪感に謝罪したところで、結局は自己満足でしかないとわかっているのに、自分は一体何をしているのか。
枷かどうかは、ザックスが決める事で、自分が決める事ではない。


「感謝しています」
「は?」

「貴方がいてくださるのは、心強い」
「あ…どうも…………え?いきなり何?」


怪訝な顔で覗き込んでくるザックスに笑みを返し、は生徒をヘリに乗り込ませる。
彼女の横で首を捻るザックスに、生徒達は奇妙なものを見る目を向けているが、誰も何も言わなかった。


ドアを閉めて指示された場所に腰掛けると、暫くの間の後機体が微かに揺れる。
ゆっくりと上昇した機体は、やがてジュノンの街を超え、眼下にミッドガルとの境にある山を映しだした。

来る時は3日もかかったというのに、帰る時は半日ほどしかかからない。
文明が発達していなければ、ミッドガルは天然の城壁に守られた堅固な城になり得るだろう。
しかし、空や海を渡る術を持っている現代ともなれば、それほど地の利があるわけでもなかった。
それほど古い時代に作られた街ではない上に、元来戦争よりも経済的な利を考えて建てられたのだろうから、同然と言えば当然だ。
反神羅組織が多く入り込んでいる事を考えると、抜け道や工事の際の欠陥箇所は少なくないのだろう。

遠くに小さく見えてきたミッドガルの街を眺めながら、はぼんやり考える。
地盤や気候を考えてあの場所に街を建てる事にしたのだろうが、いつ考えてもあの形状は不思議だ。
住人の質を基準に、住む場所を上下に分ければ、確かに治安維持の面から見て効率は良い。
しかし、万が一の天災が起きた場合、あの形状は相当危険な代物ではなかろうか。
時が流れて老朽化が進んだ時、大きな地震が来たら、相当な被害が出ると思うのは間違いだろうか。
天災でなくとも、召喚獣や魔法で支柱、もしくは大柱になっている新羅本社ビルの根元を集中攻撃すれば、プレートの半分ぐらいは普通に落とせる気がする。
勿論そんな事をする気は無いが。


「……よくあんな場所に住むものだ……」


自分の居住地がそこにあるのも棚に上げ、は改めて、極めて危険な立地の街に住む住人達に、奇妙な心地を覚えた。




2010.11.29 Rika
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